Super Science Fiction Wars 外伝

紋別奪還作戦「トッカリ」

Eパート


新世紀3年8月28日 0400時
北海道紋別市沖合 第一司令艦隊指揮下 第11護衛隊

「最上より各艦へ。第12護衛隊と交代だ」

スピーカーから流れてくるのは隊司令である吉川大佐の声。
それを聞いたクルーの表情が僅かに綻ぶ。

上陸作戦を目前にして海中から艦隊に迫っていた謎の存在を迎撃するべく囮となった第11護衛隊だが、単独で囮の役目を担当しているわけではない。
現在の任務が与えられた際、長時間にわたって囮という任務を担うのはクルーにとっても精神的な負担が大きい為、定期的に僚友部隊とでも言うべき第12護衛隊と交代で囮と通常の護衛任務を担当する事となっていた。

第12護衛隊は第11護衛隊と同時期に編成された部隊であり、護衛隊の艦艇も旗艦の最上型2番艦「三隈」と島風型の準同型艦と言われる「高潮」型護衛艦4隻である。
つまり、この2護衛隊は全く同じ種類の艦艇で編成された姉妹部隊であり、同じ任務を交代で担当させるには丁度良かった。

違いがあるとすれば旗艦の三隈は近代化改装の際に最上とは若干仕様が異なっており、対潜ヘリの搭載数が少ないぐらいである。

「交代するとは言え、安心は出来ませんね。上陸作戦の予定が大幅に変更した為に」
「急な事だったが悪い事では無いよ阿倍野君。司令部も『これで全戦力を紋別に投入出来る』と大層喜んでいる」

モニター越しの吉川と話す阿倍野は、上陸開始の直前に入った一報とその後の動きを思い出す。
謎の存在を警戒した艦隊司令部が第11護衛隊に囮の任務を与えた直後、艦隊旗艦である「赤城」に一通の緊急電が入った。

「サロマ湖周辺の敵軍は当方の降伏勧告を受諾」

これが緊急電の極めて簡潔な、そして今後の戦局を左右する内容であった。
詳細な報告が届いたのは全ての作戦が終了した後の事となるが、揚陸艦から上陸部隊が発進するまさにその直前にサロマ湖方面に展開していた「赤い日本」の守備隊は第2師団の猛攻により壊乱し、結果降伏した。

紋別の奪還とは異なり、それほど時間は要さないと想定していた作戦司令部でもこの早すぎる降伏は予想外だったが、これはサロマ湖方面の敵軍が脆かった事にも起因する。
また、日本連合が想定していた赤い日本の増援はサロマ湖方面には出現しなかった。

結果、サロマ湖方面に展開した赤い日本の部隊は拠点としていた建物――戦後の調査でNISARという組織の基地であると判明――にまで追い詰められた上、突きつけられた降伏勧告を受諾したのである。
この時の攻撃は、第2師団による烈火の如き猛攻とそこに海上から戦艦による砲撃が加えられたのだから建物に逃げ込んだ赤い日本の生き残り部隊が徹底抗戦の意思を喪失したのも仕方がない。

ましてや赤い日本側としては「筑後」の存在は予想外であったらしい。
大和型戦艦二隻をカタマラン接続した双胴戦艦と言うこの突拍子もない艦は改造でウェルドックを追加しており、「浮かぶ要塞」の異名をすでに持っていた。

サロマ湖方面の敵軍が降伏したとの報告を受けた攻略軍司令部はこれにより急遽当初の予定を変更し、その上陸戦力全てを紋別市に向ける事となる……。




「サロマ湖方面部隊降伏」の一報が紋別防衛隊に与えた影響は大きかった。
そこへ立て続けにもたらされた「敵艦隊は紋別港に迫りつつあり」の報は更なる衝撃を防衛隊に与える事となる。

防衛隊の司令部がこれらの報告により衝撃を受け、恐慌状態に陥ったのもある意味当然だった。
これまでの情報から日本連合の上陸部隊は紋別港の周囲に張り巡らされた防衛線を警戒し、サロマ湖方面から上陸し陸路を進軍してくる筈であると考えられていた。
紋別近郊にて進軍してきた敵戦力を迎え撃つというのが今回の戦いにおいての防衛作戦計画とされていたのである。

だが、未明に海上から行なわれた対艦ミサイル群への攻撃と、タイミングを同じくして開始された敵の機甲師団による紋別への攻勢、そして早ずぎるサロマ湖方面の降伏により作戦計画は根本から崩壊した。
いや、紋別港へのドールズ奇襲上陸と市街地拠点制圧を許した時点で崩壊していたといってもいいだろう。
それでも、防衛隊司令官の須加だけはなぜか平然と情報を聞き流し、余裕の表情を浮かべていた。
その様子は他の将兵にある種の安堵感を与えていたが、彼が平然としていられる真の理由と恐るべき秘策に気が付く者はいなかったのである。




話を艦隊に戻す。
海中の脅威が来襲するのを警戒しながらも一向に結果が出なかった第11護衛隊は、第12護衛隊との交代により上陸部隊の護衛に回る事となった。
当初の予定を上回る上陸部隊は紋別の沿岸部に迫りつつあり、他の艦艇は支援砲撃を紋別港と沿岸部に残る敵陣地へと叩き付けている。

第11護衛隊は室蘭からの新規参加となった部隊の直接護衛についており、島風の隣には阿倍野が室蘭出航前に偶然から訪れた強襲揚陸艦「三浦」の姿があった。
三浦の船尾にあるゲートはまだ開かれていないが、既に艦内では兵員や車両を搭載した上陸用舟艇が出撃の時を待っているのは間違いない。

「阿倍野少佐、三浦の護衛を担当してくれるのは貴官の艦だったか」
「中川艦長、上陸まで三浦の安全は自分の指揮する島風が守ります。ご安心ください」
「貴官の性格は三浦に偶然訪れた一件で判っているから心配はしていない。こちらこそよろしく頼む」

上陸開始の命令を待つ間、阿倍野は三浦の艦長である中川大佐とモニター越しに話していた。
警戒は怠っていないが、すでにこの時点で艦隊にはそれだけの余裕が生まれている。

一方、言葉を交わしていたのは彼等だけではない。
島風と三浦の艦上では双方の船魂が姿を見せていた。

「島風、護衛してくれてありがとう!おかげで皆無事に上陸出来るよ!」
「こっちは護衛が任務だから平気だよ。三浦ちゃんもがんばってー」
「皆を下ろしたら湾外に一時退避だから、その時はまたお願いするね。あ、それから」
「?」
「少佐さんにもよろしく伝えてね!ありがとうって!」

三浦が嬉しそうに笑ったかと思うと口にした意外な言葉に、小首を傾げていた島風は思わず呆気にとられた表情を浮かべてしまった。
島風が言葉の意味を聞き返そうとしたその直前、艦が急に反転し護衛対象である三浦から離れていく。

それが何を意味するのかは明らかだった。
あの謎の存在が再び艦隊に迫って来たのである。








0500時 東京都新宿区市ヶ谷
防衛省技術研究所内

場所は変わって、日本連合の首都東京にある防衛省技術研究所。
技研の通称で知られるこの建物は昼夜を問わず研究員が詰めており、新兵器の研究や開発・改修を行なっている。

公的研究機関でありながらよくも悪くもマッドエンジニア的な技術者が多い事でも知られており、過去にはそれを遠因とする統制違反を引き起こした事もあった。
もっとも、統制違反事件以降の技研については抜き打ちの査察や義務となっている定期的な上層部への各種報告を行なっている事から同様の問題は起こしていない。
それでも職員採用の基準を厳しくし、殊更人格面での審査に重きを置いているとはいえマッドエンジニア的な人間が多いのは変わりないのだが……。

その技研内にある職員用の休憩室にて。
夜明け間近であるにも関わらずそこには研究員をはじめとする職員が大勢集まり室内の大型液晶テレビに注目している。
テレビに映るのは紋別への上陸を目前にした海上防衛軍の護衛艦群。
誰もがこれから始まる大規模な上陸を期待する様な目で見ているが、そこにスポーツ観戦をする時の様な輝きはない。
皆、鋭くこれから映し出される何物も見逃さぬという雰囲気を漂わせながら視聴していた。

そこに仮眠室から起きて来たのか、若干寝ぼけたような白衣姿の研究員がやってくる。
その研究員が他の者と異なっているのはその経歴であった。

彼は全体主義化するアメリカからの亡命者――世間では脱米者と呼ばれる――であった。
友人知人と共に日本連合へ到着した彼は、暫く隠遁生活を送っていたがアメリカがいよいよ軍国化する中で自分の技術が何かの役に立てばと考え、紆余曲折を経て技研の職員になったのである。
採用前の審査時には、アメリカのスパイではないかと疑われ採用後も暫くは監視が付いたが現在ではその素行等からスパイの疑いは晴れている。

話を現在に戻すと、自販機で買ったコーヒーを口にしていた彼はテレビの方に人だかりができているのを見て同僚に声をかけた。

「一体何をやっているんだい?」
「紋別の奪還作戦だよ。もうすぐ上陸が開始するらしい」
「上陸作戦か……」

横目にテレビをチラリと見た彼は興味無さげな様子で食堂を後にし、自分の部署に戻って行った。
彼の頭にあるのは所属部署で研究しているPLDのバージョンアップと問題課題の洗い出しであり、上陸作戦そのものへの興味も薄かったのである。
これから数時間後に起こる出来事と共に彼の運命も大きく動くとは思いもせずに……。




ここで舞台は再び紋別沖。
海上からの支援砲撃により紋別港周辺の障害を排除したと判断した艦隊司令部は、全揚陸艦に上陸部隊の出撃を命じた。
命令が発せられると同時に各揚陸艦が船尾門を開き上陸用舟艇を次々と海上に送り出す。
上陸用舟艇が一斉に紋別港を目指し移動を開始するのを確認した揚陸艦は沖合に退避していく。

「いいか、上陸は戦車を搭載した艇を優先しろ!兵員は後から降ろせ!」
「反撃が無いとは言え、陸さんからの連絡ではまだ紋別に敵の戦力が残っているから油断するな……おわっ!」

上陸用舟艇の甲板上で、士官や古参兵が年若い新兵に指示を出す。
その真横に砲弾が落下し水柱が上がるとさしもの士官達も言葉が途切れた。
辛うじて直撃は免れたが、その砲撃を前に上陸部隊に動揺が生じる。
しかし、融合前から数多の戦闘を経験してきた将兵は上陸地点である紋別港を目指す判断を下した。

「まだ生き残っている戦力がいるのか!艦隊に連絡し敵の火点への支援砲撃を要請しろ!」
「了解です!」

未だ健在な沿岸部の火砲は少ないのか砲撃はまばらであり、照準もろくにつけてないのか命中弾もでていない。
一方、上陸部隊からの連絡を受けた艦隊司令部は無人偵察機で生き残った火砲を発見するとそこに支援砲撃を叩き込む。
これにより戦力を無傷のまま紋別港の岸壁に到達した上陸部隊はいよいよ陸戦へと突入していくこととなる。

「まだ生き残っている連中がいる筈だ。警戒しつつ前進せよ」
「目標は連中の司令部となっている建物だ。既に発信されている通信量から北都大学の校舎と判明している!行くぞ!」

紋別市とその周辺の地図を見る兵士達の耳に指揮官の声が入ってくる。
上陸前の段階で紋別市内に潜入していた協力者――関係者の間では“クロルデン”の通称で知られていた――からの情報で敵司令部の位置は大方判明していた。
それが作戦開始と同時に紋別から発信される大量の通信によって確実なものとなったのである。

上陸した各部隊は、戦車部隊を前面に押し立てつつ目前の市街地を迂回し進撃する。
市街地への潜入を避けたのは待ち伏せしているであろう敵との出会いがしらの戦闘や奇襲を回避する為であった。
すでに市民の大部分が避難しているとしても必要以上の戦闘で被害を出すつもりも無かったのである。

「このまま開けた場所まで出て敵の司令部まで一直線に進めたらいいが……」
「難しそうだな。陸さんの部隊も進撃速度が大幅に落ちていると連絡が入ってきている」

紋別港に即席の前線司令部を構築した陸戦部隊の将兵は地図を見ながら現状が決して楽観出来る状況に無い事を再認識していた。
陸路から進撃していた第7師団と第60師団は紋別市の外周に到達した辺りからゲリラ戦による奇襲に転じた敵の待ち伏せ攻撃により進撃速度を鈍らせているという。
これに対し、両師団の司令部は数の差では完全に圧倒しており制空権の確保も確実である事から力押しで突破するのではなく、確実に敵戦力を潰しながら進撃する手段を採ったという情報が入ってきていた。

「しかし、制空権をこちらが握っているとはいえ相手もなかなかしぶとい」
「敵にとっては外部との接触に用いる貴重な窓口です。必死になるのも当然でしょう」
「だが、紋別を落とせば今後の戦いはかなり楽になる……」

司令部では以上の様な会話がなされていたが、現在の戦いが楽と言えないのは誰もが理解していた。
事実、こうしている間にも無線機を通じて敵との交戦に突入しているという報告が入って来ているのだから……。




同じ頃、敵の司令部を目指す上陸部隊の主力は、散発的な戦闘を繰り返しつつ進撃を続けていた。
当然だが、司令部である北都大学へと近づくにつれてその戦闘回数は増え、抵抗も激しいものとなっていく。
装備の差で優勢とはいえど相手が現時点で何を持ち出してくるかまでは分からないものである。
前線部隊は、敵との遭遇する度にその予想外な装備を目の当たりにしていた。

「敵撃っていた!後退しろ!」
「畜生!戦車を呼べ戦車を!」
「連中がレイバーを持っているなんて聞いてないぞ!」

市街地を迂回して進撃していた部隊は、突如茂みや森林にカモフラージュされていたレイバーが攻撃してきた事で散開、後退する。
これが民間の作業用レイバーに毛が生えた程度の代物だったなら即座に反撃しただろう。
彼等にとって意外だったのは、それらのレイバーがいずれも融合前から存在する軍用の機体だった事だ。

レイバーの種類は雑多で寄せ集めだが、その形状からいずれも融合前から実際に用いられていた機体ばかりである。
例えそれらの機体が防御力の面で貧弱――こと、二足歩行型は多脚型と比較してこの傾向が強い――だとしても装備する火器の威力は歩兵にとって脅威だった。
その意味で後退命令と、レイバーを一撃で撃破出来る戦車による支援要請は正しかったと言える。

しかし、歩兵だからと言って徒に後退するわけではない。
戦車の到着までに手持ちの火器で撃破出来るならばその為の努力を払うのもまた当然である。
すぐにカールスグタフやパンツァーファスト3といった対戦車火器が敵レイバーの一団に向けられ、放たれる。

それらは次々とレイバーへ命中し、煙が視界を遮る。
だが、全てのレイバーを撃破出来たわけではなく後方にいた機体が前に出るや装備している機銃を歩兵に向けた。

「生き残りがいるか!装填急げ!」
「やってますが時間が!」
「戦車は間に合わんか、更に後退するのが……っ!?」

指示を出す指揮官の言葉を遮ったのは戦場に響いた爆音の為である。
敵レイバーの向けて来た機銃が火を噴くより先に何者かがその射線上に現れたかと思えばそのまま敵レイバーを殴り飛ばしたからだ。
仰向けに倒れた敵機はそのまま自重と衝撃で行動不能となり、一部の機体は装備していた火器が暴発したのか派手な爆発音をあげて動きを止める。
兵士達の危機を救った存在、多くの者にとってその正体は既に知られた機体であった。

「間に合ったみたいですね」
「そうね。それにしても周辺に注意も向けられないってどうなのよ?まぁ、敵の練度が低いのは助かるけどね……ってそうだ。DoLLSより上陸部隊の将兵一同へ、遅参ご容赦!」

自分達の活躍で味方の危機が去った事を確認したヤオはいささか演技がかった口調で合流に送れた事を上陸部隊に詫びる。
そう、上陸本隊に先んじて潜水艦からの上陸した彼女達DoLLSの駆るPLDが歩兵部隊を救った機体の正体だった。

「すまん、助かった!合流する部隊があるとは聞いていたがあんた達だったか」
「市街地と言っても私達の隊にとっては広くてね。移動するにも一苦労なのよ」

歩兵部隊の指揮官からかけられた声に、機体から姿を見せたヤオは苦笑しながら答える。
今回の強襲作戦任務で紋別に上陸したPLDの総数は決して多くない。
結果として上陸作戦の主力たる部隊が上陸後に合流を目指したものの、途中で敵との遭遇戦を重ねる事となり結果時間がかかってしまったのである。

しかし、これで歩兵を支援しながら自分達も逆に歩兵部隊から支援を受けられると思った矢先、ヤオの元に緊急の連絡が入ってくる。
緊急通信の発信元を確認したヤオは、その内容に納得しながらも(忙しい……)と顔をしかめる。

通信内容にあったのは、現在紋別の外周からいよいよ市内に突入しようとする第7師団と第60師団への支援命令だった。
直前まで敵のゲリラ戦術に悩まされながらも質量の両面で凌駕していた二つの師団だったが、未だに抵抗を続けている敵の掃討に際してDoLLSの投入を求めてきたのである。

「先輩、どうします?」
「どうもこうもないわよ。セル、全員に装備の再チェックと弾の装填、そして残弾の確認を。それから第三小隊(GrayHound)へこちらへ合流する様に連絡して。もうこっちに来てるはずだから」

GrayHound……第三のドールズ部隊として空挺特科部隊とともに降下した1201小隊のことである。
現在60師団とともに紋別市外の敵部隊を殲滅しながら移動しているはずだが、合流は可能なはずだ。
ヤオはセルマに指示を出した後、歩兵部隊の指揮官に声をかけた。

「悪いけどここまでしか手伝えないわ。戦車部隊が到着するまで留まる事にするけどね」
「いや、構わんよ。そちらも事情あっての事だろう。我々は危機を救ってもらっただけで十分だ」
「そう言ってもらえるとこっちも助かるわ」

戦車部隊が到着したのはそれから10分後の事である。
それを見届けたヤオ達は次の目的地である第7師団、第60師団の展開する戦線に向かった。




その様子を見ていた者達がいた。
撃破されたレイバーから辛うじて脱出し、残骸と化した建物の陰や茂みに逃げ込む事の出来た敵パイロットである。

「なんて強力な機体だ……これでは話にならん」
「おまけにあいつらはDoLLSじゃないか?」
「知っているのか?」
「ああ、3年程前から名前を聞く様になった部隊だがな」

赤い日本でも数少ないレイバー乗りの間でもDoLLSの名は知られており、ある意味恐怖の的であった。
彼等にとって驚きだったのはそのDoLLSがこの戦いに参戦してきた事である。

小規模な部隊で空挺降下により突如現れ、輸送中隊などであればまさに「悪鬼」に襲われたがごとく壊滅の運命が降りかかる存在。
このような大規模作戦に彼女らが出てきたことは、赤い日本側にとっては想定外だったともいえる。

作戦序盤、港から人型機動兵器多数上陸と聞いて多くの将兵らは真っ先にDoLLSの可能性を考えたが、実際にその光景を目の当たりにした兵士の多くはそれを伝える前に死ぬか、白旗を掲げている。
必然的に彼等もまた白旗を掲げる事となるのだが、それはDoLLSが次の戦場に移動してからの事となる。
そして、歩兵の携行火器で倒された者達は自分達が幸運だったと再認識しただろう。
DoLLSの攻撃で撃破されたレイバーに乗っていた者達は全員死亡か再起不能の重体という結末に至ったのだから……。

そのDoLLSはというと、捕虜になった者達の思惑等知る筈も無く次の戦場に向かっていた。
第60師団の進撃ルート上にて抵抗する残敵を掃討する為、目的地に到着したヤオ達は予定通り第三小隊と合流してから間を置かず標的たつ敵残存戦力への攻撃を開始したのである。
その移動中にもリアルタイムで情報が入ってくるのを確認しながらDoLLSのメンバーは通信によるやり取りを行なっていた。

「しかし、敵も最近は降伏勧告に従う事が増えましたね」
「相手も分かってきたということよ、セル。社会主義者相手に戦うなんてこれが初めてだったから『連中は降伏しようとすれば背後から撃たれるので戦う人種だ』なんて聞かされた時は驚いたけどね」

セルマに対して先ほどの戦闘で撃破したレイバーのパイロットを捕虜にしたとの報告を見ながらヤオは器用に愛機を操縦する。
同時に、ここ数ヶ月で「赤い日本」の捕虜が増え始めた理由を頭に思い浮かべていた。

(恐らくは去年の末に起こった「大脱走」の影響ね)

ヤオの言う「大脱走」とは新世紀2年の末から翌3年の頭にかけて起きた「赤い日本」の将兵による集団脱走の事である。
元々は融合直後の段階で投降する予定だった筈がタイミングを逸してそのままズルズルと戦っていた一部の将兵が、戦線の膠着を機に脱走し日本連合への投降ないし保護を求めた事に端を発する。

この脱走に際して日本連合側は北部方面軍(当時はまだ北部方面隊)の各部隊だけでなく虎の子と言うべき特殊作戦群まで投入し脱出を支援した。
最終的には、赤い日本の上層部が脱走者予備軍の監視を強化するまでに数百名の脱出を成功させている。

脱出に成功した赤い日本の元将兵には天塩要塞及び大雪山要塞の位置や規模に詳しい者もおり、彼等から得られた情報は日本連合側でも重視されていた。
同時に、日本連合側はこの時期にある人物との接触に成功している。

それが、今回の紋別奪還作戦において重要な役割を果たすこととなるハッカー黒部。
「クロルデン」の通称で呼ばれる人物だった。

元々、一介のハッカーに過ぎなかったクロルデンだが、彼が興味本位で行なったハッキングにより赤い日本を見限り脱走しようとする将兵の存在を明らかにした。
そのハッキング能力を重視した草薙素子三佐(当時)は彼に接触し、紋別市内に潜り込みハッカーとして活動する事を依頼したのである。
もっとも、潜入前の準備段階で「身動きがとりやすい様に」という理由で強引なダイエットをやらされた結果彼の外見は大きく変わったらしい……。

ヤオ達が話のネタにしていたそのクロルデンだが、時を同じくして草薙少佐と合流し安全な場所に誘導される形で退避したとの報告が入っている。
更にそれから数分後、ヤオ達は次の戦場に到着した。
紋別市を巡る戦いは未だ止まず更に熾烈さを増していく……。




場所は変わって紋別奪還作戦の陸側における主戦線である第7師団と第60師団の展開する市街地南西部。
DoLLSの主力合流まで数分との連絡を受けた両師団は攻勢を強め、敵司令部のある北都大学の校舎へ向けて進撃速度を上げていた。
だが、戦線は延伸しているものの守勢に回った敵の抵抗は予想以上に激しいものとなっているのも事実である。

抵抗は無意味と判断し投降した兵士達もいたが、多くは市街地の地形を利用して巧みにゲリラ戦を展開し徹底抗戦をしかけてくる。
それらを残しておけば後々面倒な事となるのは確実であり、本来なら市街地における敵を掃討するべきなのだが、その為に進撃速度を落としたままというわけにもいかなかった。
結果としてDoLLSに残敵掃討の支援を要請した両師団は市街地を走り抜けてそのまま目的地を目指す事としたのである。

しかし、市街地に残る敵戦力は歩兵やレイバーばかりではない。
激しい戦闘の中で、いよいよ機甲師団の相手に相応しい敵が現れたのだから。

「正面に敵戦車!数3、距離4000!」

第60師団の先鋒を務める装甲偵察大隊より各車両へと通信が入る。
作戦開始からその姿を見なかった敵戦車発見の報は、その奮戦ぶりから半ば伝説として語られるドイツ機甲師団の猛者にとって格好の獲物が見つかったという吉報であった。

「師団長より各車へ、敵戦車を排除せよ」

師団長であるマイヤーの簡潔な命令に各車両から「了解」の意味を示す信号が送られ師団長の乗り込む戦車のディスプレイ上に表示される。
一方で、これから数の上で10倍近い戦車に蹂躙される敵戦車に対する同情は無かった。
この戦いが終わり紋別市を奪還してもまだ敵の本拠地を落とすその日までは更に時間がかかるのは間違いないからだ。

「黒騎士1(アイン)より中隊全車へ。戦闘隊形で続け!」

敵戦車へ最初に接敵した師団司令部の直轄中隊――通称「黒騎士中隊」――の隊長であるエルンスト・フォン・バウアー大尉からの命令が発せられる。
その言葉に中隊の各車から「了解(ヤヴォール)!」の返答が発せられ、敵戦車への攻撃を開始する。
一連のやりとりは融合前の無線によるものと異なり、データリンク上で行なわれていたがその様子を前にバウアーは融合前からの部下が現在の車両を十全に使いこなしている事に満足していた。

不運だったのは、その黒騎士中隊を相手にする事となった赤い日本の戦車部隊である。
第60師団の進攻ルート前面に展開していたこの3両からなる小隊は、後方の本隊へ敵接近の報を発するより先に戦闘へ突入する事となった。

「1号車より2号車、3号車へ!こちらの砲でこの距離から敵の正面は抜けん!ギリギリまで引きつけろ!」
『2号車了か……ぐびゃっ!』
「2号車どうした!?返事をしろ!」
『こちら3号車、2号車は……ぶぼっ!』

2号車と3号車から悲鳴とも絶叫とも思えぬ声が聞こえた直後、通信は途絶しノイズが聞こえるだけである。
1号車の車長でもある小隊長は、まさかと思い砲塔のハッチを開き身を乗り出す。

「バカな……擬装が見破られるなど……」

彼の目に飛び込んできたのは、離れた所で煙を上げて炎上する2号車と3号車の姿。
先に撃破された2号車に至っては砲塔が外れて車体からずれ落ちかかっている。
その近くには脱出しようとしていたのか或いは車外に飛散したのか、人間だった「部品」が幾つか転がっていた。

「後退する…………」

その言葉を彼が最後まで言い終わる事は無かった。
突然の衝撃に砲塔の中へと叩き落され、気を失ったからである。

「こちら黒騎士1よりパンツァーファウスト(上級本部のコードネーム。ここでは師団司令部あるいは師団長車を指す)へ、敵戦車3両を撃破し進路を確保した」
『パンツァーファウストより黒騎士1、よくやってくれた。引き続き警戒しつつ前進してくれ』
「了解」

戦車小隊の車両を撃破したのはバウアーの乗る中隊長車であった。
結果として彼の後を追いかけてきた他の車両は一発も主砲を撃つ事なく終わったのである。
師団司令部から発された進撃命令により第60師団は敵の防衛線を越えて目的地である敵の司令部に迫ろうとしていた。

同じ頃、虎の子である戦車小隊が撃破された事も知らない将兵は自分達に迫る危機に気づく様子もなかった。
その状況から優雅に紅茶を飲んでいたというわけではなかったが将兵の多くは戦車小隊の通信が途絶した際に偵察隊を出さず只管待ち伏せに徹しただけだった。
もしこの時に一個分隊でも偵察隊を出していたらこの数分後に起こる悲劇も避けられたかもしれないにも関わらず……。

「なんだ、この音は?」

突如聞こえてきたのは何かの落下音。
それも一つでは無く複数である。

「これは……全員後た……」

響いてくる音の正体を察した者は確かにいた。
しかし、彼等はそれらへの対応策を言い終わる前にあの世へ転属する羽目になった。
上空からの物体が落下すると同時に爆音と火柱、土煙が戦場を覆う。
それは一度で止まず、間断なく続きその場にいた兵士達を纏めてあの世に転属させていく……。

「砲撃止め、師団の各部隊は残敵に注意しつつ前進せよ」
『艦砲による支援を要請する間でも無かったですな』
「師団の全力で出撃してきたのだ。出番が無くては砲兵達が泣くというものだろう」

敵部隊を壊滅させたのはマイヤーの言葉にある通り、師団隷下の砲兵部隊によるものだった。
もともと機甲師団として編成された第60師団は、配備されている車両もその全てが装甲化されている。
それは当然だが砲兵部隊にも及んでおり、今回の作戦においても師団の作戦行動に追随可能な自走砲を投入してきていた。
その自走砲による一斉砲撃が降り注いだのである。

「反撃がありませんね。これは一方的な虐殺ですよ」
「言うなクルツ。俺達にとっては融合前から既に見慣れた光景だ」

モニターに映し出される車外の鮮明な光景に顔をしかめる砲手のクルツに対してバウアーは表情を変えようとしない。
それは黒騎士中隊だけでなく、融合前にソ連との最前線である東部戦線で死闘を繰り広げたドイツ軍の将兵にとっては見慣れた、そして忘れられぬ光景である。

爆風と衝撃波で原型も留めぬ遺体、炎に炙られ燻ぶる遺体から漂う肉や臓物の焼ける臭い、大地に零れ落ち酸化によりドス黒く変色していく鮮血……。
緒戦の優位は消え去り、守勢に回り橋頭堡が縮小する中で瀕死の味方を楽にしてやりその亡骸すら回収出来ぬ撤退戦……。
それ全てが第60師団の将兵にとって共通する体験だった。
例え融合前と異なり、優秀な装備と強力な味方に恵まれているとは言えど、それらの遺体を前に過去を思い出させるのも無理はない。

それでも、この戦いにおいて融合前に戦闘を経験していた彼等が進攻部隊の先陣を務めたのは正しかったと言えるだろう。
融合前に多数の実践経験を積んでおり、戦場の非情な現実を知っている者だからこそ先に進めるのであり、そうでない者ならばそれこそ一生もののトラウマとなるかその場で戦意喪失していたからだ。
もっとも、その様な人間が現在の防衛軍にまだいるのかは疑問符がつくのだが……。

一方、第60師団による砲撃と戦車による突撃を受けた赤い日本側の防衛部隊は急速にその防衛線を縮小させていた。
第60師団の穿った穴を押し広げるように第7師団と第21師団がそれに続き通り過ぎた後には草一本、アリ一匹残さぬという勢いで進撃していく。
更に残敵掃討の為に合流したDoLLSがその後方で残った敵兵を片付けている。

「あれぞまさに『電撃戦』ね。敵が気の毒になる勢いだわ」
「先輩、私達も人の事言えませんよ」
「まぁ、上陸作戦時に草薙少佐が言ってたわね。『貴女達の暴れた後にはペンペン草も残らないわ』って」
「そうそう」

ヤオとセルマの会話を聴いていた者達から一斉に笑い声が上がる。

「さぁ、この辺りは粗方片付いたわ。こちらも先を急がないと」

地上に向けていた掃射用機銃の複合センサーが「標的無し」の結果をモニターに表示したのを確認しながらヤオが言うとそれに対しその場にいた全ての機体から「了解!」の返答があった。
同時にオホーツク紋別空港の制圧を終えて移動中だった第2中隊を指揮するクァンメイからももうじき到着すると連絡が入った。




第60師団をはじめとする攻略部隊の主戦力と遊撃や側面支援を得意とするDoLLSが赤い日本の司令部である北斗大学を目指していた頃。
それらとは全く異なる一団がやはり北斗大学を目指していた。
もっともその一団は攻略や制圧とは異なる目的があって移動していたのだが。

「やれやれ、ここまで連中に見つかる事無く来ることが出来た。あとは大学のキャンパスに入ってしまえばどうにかなる」
「少佐、それにしても上はどういうつもりでしょうか?ここに来て支援要請も発せず各部隊の司令部集結も命じないとは」
「こういう事は言いたくないが……玉砕するつもりかもな」

一団を率いる男――直江少佐の口にした「玉砕」という単語を前に副官である上杉以下全員が思わず絶句する。
だが、その言葉を否定する者は誰もいない。

すでに司令部の手前まで敵が迫っているにも関わらず味方に後退命令も出さず「現状を維持せよ」としか言わないのは可笑しいのを通り過ぎて非常識と言わざるを得ない。
その中で直江の頭に浮かんだのは「司令部の敷地内にまで到達した敵をなんらかの方法で壊滅的打撃を与えるのではないか」というものだった。

(だとしても、それは司令部の置かれた大学「だけ」に限った事なのか?)

そこから直江は更に考える。

(もし大学の敷地内へ入った敵を壊滅させるとしてもその数はたかが知れている。だが、その「被害範囲」がこの紋別市そのものだとすれば……)

直江は自らの想像に恐怖し、僅かに震えた。
だが、紋別に思い入れの無いあの須加少将ならば眉一つ動かさず実行しても可笑しくない。

(問題はその方法だ。少なくとも天塩の司令部に要請してミサイルを撃ち込むとは考えにくい……いずれにしても)
「上杉、全員に伝えろ。司令部へ急ぐと」
「了解です」

直江達は進撃してくる日本連合の機甲部隊との接触を極力避けて北斗大学を目指す。
既に車両は燃料切れで乗り捨てており、全員が徒歩で移動している。
だが、現在の様な状況では市街地の裏道や建物の敷地内を抜けて進む方が安全である事を彼等は知っている。
それは融合直後から自分達が守備してきた紋別市の細部まで知り尽くしているから出来る芸当でもあった。

しかし、そんな彼等の姿が誰の目にも触れなかったわけではない。
いくら夜明け前に人目を避けて移動していた所で誰かがその姿を目にしている可能性はあるのだ。
それが戦場であるなら尚更である。

「連中はどうしてあんな所を進んでいるのかしらね?」
「今なら一網打尽ですよ。どうします?」

移動する直江達を発見したのは第60師団と合流し北斗大学を目指していたDoLLSの主力部隊である。
第60師団の進撃した後を追う格好で残敵掃討をしていた最中に偶然直江達を発見したのだが、交戦する様子も無くどこかへ急ぐかの様なその姿は彼女達の心に引っ掛かるものがあった。

「やめておくわ。もしかしたら脱走兵かもしれないし。どう見ても戦意は無さそうだもの」
「では、このまま放置って事ですね」
「そういう事……まぁ、他の部隊には伝えておいた方がいいかもね『戦意の無い脱走兵がいるので発見しても迂闊に攻撃しないように』って」

と、言いつつクァンメイはその一団が白旗も掲げずに移動していることが気になっていた。
もし投降の意思があるのなら白旗を掲げていてもおかしくはないし、そもそもこちらの姿を見たなら投降してくるはずだ。

と、なると伝令兵か何かだろうか?

(それにしては人数が多すぎる……。確認出来たのは人数にして一個小隊……でも実際にはそれ以上の人数がいたかもしれない。だとしたら何をする気?)

そこまで考えて、クァンメイの思考は中断された。
先ほど発見した一団とは別の方向にいた敵の残存部隊が投降してきたとの報が入ったからだ。




「どうやら全員巻き添えを食らう事無く来られたか」
「途中で連中の機動兵器を見ましたが、気付かれずに済んだ様ですね」

幸か不幸か、直江達は移動中にDoLLSの存在には気が付いていたものの自分達が見つかったとは思ってなかった。
仮に見つかったとしても彼等は抵抗せずあっさり投降しただろう。
何にしても今の彼等は市街地を抜けて北斗大学の敷地を間近にしていた。

「ところでこれからどうします?」
「このまま乗り込んでもいいだろうが、それをやれば逆に須加が排除しにくる可能性もある。なら、ここは待つ」

混乱に乗じて司令部にまで一気に乗り込む。
それが直江の考えであった。
だが、ただ待つだけではなくその間に茂みから北斗大学のキャンパス内に配備されている装備に目を向ける。
自分達が紋別の外に放り出された段階では支援部隊が来たとはいえど、どの様な装備が持ち込まれたかまでは分からなかったからだ。

「配備しているのは、戦車や対空車両が各数両にあとは全てレイバーか。戦車が少ないのは意外だったが」
「しかし、輸送面で見れば正しい判断です少佐。短時間でまとまった数を運び込むには戦車より軽いレイバーの方が良いに決まってます」
「ああその通りだ。だがそれでも……」

少ないな。と直江は感じる。
ここが司令部である以上もっと多くの兵器が配備されているも可笑しくない。
しかも、死守する必要がある事から更に多くの兵器が必要であるはずなのに。

「やはり連中が何かたくらんでいると見るべきでしょうか?」
「確実にな。だが……連中短時間であれだけの装備を持ち込めるならもっと早く回して欲しかったものだ」

同時に直江は思う。
その装備を多数有している自分達はいわば「赤い日本」の残党に過ぎないのだと。
あれだけの装備をどこからか調達し配備する事が出来る残党……。
しかし、それは同時に自分達を支援する者がいるということだろう。
そこまで考えたら直江の頭にある事が浮かぶ。

(もしかすれば、我々はその「支援者」の掌で踊らされているのかもしれんな)

だとしても、今は須加の企みを潰すのが先であると考える。

そんな事を考えていた直江の耳に、味方のそれとは異なる砲声や機銃の射撃音が聞こえてきた。
敷地内にいた各種の機体もそれに合わせるかの如く音のする方向へと移動していく。

「連中が来たか。随分と早かったか」
「我々も司令部の中へ向かわなければ」
「まだだ」

上杉の言葉を途中で制した直江は司令部のある建物をチラリと見てから最前線となりつつある方向に目を向ける。

「まだ早い。いよいよ司令部の建物近くに砲弾が落ちるぐらいになってからでも遅くはない」




一方、北斗大学の敷地に突入した日本連合防衛軍の各部隊は迎撃の為に姿を現した敵機を前に正面からぶつかろうとしていた。

「敵正面!数多数!」
「流石司令部だけの事はある。数が多い」
「連中も必死みたいだな。当然だが……」

その様子を見た者達の感想は様々だが、ここまで来て時間を食うわけにはいかないと誰もが思っている。
あとは司令部を落とし敵の幹部将校を生け捕りにする必要があった。

同時に防衛軍の司令部は各種の情報資料を得る事も必須事項としていた。
諜報員が持ち帰ってくる情報のみでは判明しない部分を知るにはどうしても必要な事でもある。
特殊部隊の工作員が今回の作戦で多く送り込まれているのは単に破壊工作や攪乱以外にもこのような理由があったのだ。

そして、紋別奪還作戦は北斗大学を前にして最後の局面を迎えようとしている。
しかしその戦闘は日本連合が単純に数で押し潰すというだけではない。

「敵にはレイバーや以前から見られていた甲脚砲という機動兵器が多数見られるとの報告があります」
「戦車相手の戦闘と勝手が違うのは既に過去の戦闘で判っている。DoLLSや各レイバー部隊と連携を取らせるよう命令を徹底させろ」
「了解です」

その戦闘において最初に接敵した第60師団の司令部では戦車部隊からの情報を元に対抗策を練り、既に実行へ移している。
既にその効果は現れていた。

「セル、敵の便所コオロギ(=甲脚砲の蔑称)が1、ブロッケン1が左から来ている!」
「こっちでも確認です。先輩は司令部へ向かう本隊のフォローを!残りの敵はこちらが!」

DoLLSが迫ってくる敵のレイバーや甲脚砲に攻撃を叩き込んでいる間に黒騎士中隊をはじめとする第60師団の精鋭である戦車部隊が主力となって敵司令部への道を開く。
ここまで到達すれば殆ど勝敗は決したも同然である。
同時に敵の反撃もこれまでになく激しいものがあり、誰もが敵の必死さを理解していた。

だが、この状況で戦場の空気――明らかに何かが可笑しいという――を感じ取る者がいたのも事実である。

これまでの戦闘とは異なる明らかに可笑しい事。
敵に退く様子が無いという点だ。

上陸から現在に至るまでの戦闘だと敵は抵抗する事はするが、ある程度不利と見れば後退あるいは降伏する者が多かった。
だが、ここが敵の司令部である事を差し引いても敵が投降する様子も無ければ逃げる様子も無い。
それどころか、後先を考えずに突出し乱戦にすらなっている。

「先輩!こいつら今までの敵とは明らかに違います!」
「分かっているわよ!性懲りもなくワラワラと出てきてくれるわね!」

セルマからの通信を聞きつつ、ヤオも眼前の敵を排除しながら予想を上回るその数に思わず毒づく。
既にキャンパスへの突入を果たしているのに、モニターやセンサーに表示される敵の数は増え続けている。

ただでさえ敵司令部となっている大学キャンパスは高台だ。
乱戦状態で互いに戦力が分散した状態は強行突破も難しくなるが数の差で行くと最終的に敵が不利になる。

時間稼ぎをするのならむしろ戦力を後退させ陣地を堅固にし、可能な限り残存戦力をまとめるのが常道だ。
その意味では敵の攻勢に出るという動きは明らかに常識外れと言える。

しかも、キャンパス内のあちらこちらに隠されていたのだろう、事前の航空偵察では確認できなかった予想を上回る数の敵レイバーや甲脚砲に加えて戦車が出てきたのである。
戦力差がひっくり返るほどの数ではないものの、一時的に増えた敵を前に攻略部隊の主力たる機甲部隊の進撃速度も大きく鈍る。
既に乱戦の中で飛び交う通信には、一部では敷地内から後退しているという報告も入ってきていた。

「まだいる……どれだけの兵器を運び込んできたってんだ!」
「これが連中の策なのか……それとも他に何かあると言うのか?」

先行する第60師団の精鋭も予想外だった伏兵の出現にそれまでの勢いが鈍る。
バウアーだけでなく、カリウスやヴィットマンといった戦車の歴史に名を残す歴戦の戦車兵達は敵の攻撃を受け流しながらそれでも進撃しようとするが、全体を見ればキャンパス内は乱戦状態となっていた。




その情報は紋別沖に展開する第一司令艦隊の旗艦「赤城」にも届いていた。
第一司令艦隊は海上からの艦砲射撃で敵軍を叩く予定だった所で「乱戦状態、砲撃により友軍も弾着誤差の範囲に入る可能性大」との通信により艦砲射撃を中止せざるを得なくなっている。
赤城の指揮管制室に設置された大型スクリーン上に映し出されたリアルタイムでの戦況を前に山本大将と斎藤中将は話していた。
一方、艦隊指揮官である山口中将は戦況を目にしながらも幕僚からもたらされる情報を前に判断を下しながら指示を飛ばしており会話に加わる暇はなかった。

「敵もやるな。こちらの予想を上回る戦力を温存していたとは」
「無人機による偵察もおのずと限界があります。そして敵にも相当の指揮官がいると見るべきでしょう」
「既に後が無いにも関わらず戦力を押し出して司令部周辺からの排除にかかっているのを見ると何かあるかも知れんよ」
「一旦後退と戦力の再集結、そして再攻勢を命じましょう」

山本と斎藤は戦況から敵の指揮官が優秀と評していたが、実際はその予想に反していた。
乱戦という状況が生まれた背景にはまったく別の事情が存在していたのである。

同じ頃、敵司令部である北斗大学の周辺では未だ乱戦が続いていた。
日本連合側の各部隊は再攻勢を目的とした戦力再編の為、一旦後退を開始しようとしたのに対して赤い日本側はこれに喰らい付くかの如く戦力を投入してきたのである。

「ほら行くぞ!全員突撃!敵を混乱させてやれ!」
「え、えぇあの敵軍に突っ込めですってぇ!?」
「アホか!敵は戦艦を投入してきてるんだ!艦砲射撃で粉微塵になるのがいいか、乱戦に飛び込むのとどっちがマシかお前らでもわかるだろう!」
「あああ、まったくもう……突撃!突撃!」

なりふり構わず突っ込んでくる赤い日本の攻撃により後退の途中だった日本連合側は反撃を余儀なくされる。
両者入り乱れての乱戦は再び繰り返されるが、この時赤い日本の兵力は追撃により縦長の陣形となっていた。
同時にこの乱戦にあって赤い日本の側にも「なぜこの様な無茶をやる必要があるのか」という疑問を持つ者も現れていたのも事実である。

ある部隊は、司令部に対し現在の戦況を伝えた後、追加の指示を求めたがそこで返ってきた命令を確認した通信兵は困惑しながらも上官に報告した。

「司令部の指示は『ひたすら時間を稼げ』の一点張りか……。隊長、可笑しくはないですか?」
「我々が疑問を持つ必要は無い。司令部の命令に従うだけだ」

そう言った指揮官の一人は通信兵を下がらせたものの、やはり疑問を抱いていた。

「ああ言ったものの、相変わらずこの一点張りとは……変だ、変だぞ?数の不利は覆らないのにこの命令しか出さないとは何を考えている!?」

しかし、司令部の出す命令は相変わらず変わる事がない。
その結果前線指揮官は新たな命令が下るまで只管突撃していく。
乱戦が生じた真相は優秀な指揮官の存在によるものではなくこのような事情があったのである……。

戦闘は膠着状態に移り始めていたが、赤い日本の戦線はこの時点で伸びきっていた。
後退命令が出ない為、追撃を続けた結果攻勢の限界に達しようとしていたのである。
それは日本連合の側もその戦力差から理解しており、乱戦に陥り後退に難儀する中で忍耐強く戦いの流れが変わるまで待つ事を選ぶという手を採った。

待つ事を選んだ結果は、数分後明らかとなる。
突如、乱戦の最中にある両軍の頭上を炎の矢が闇夜の空を切り裂いて複数飛んで来たかと思えば、その後に衝撃波と音が響いてくる。
飛来した物体は北斗大学のキャンパスに落下し、更なる爆音と衝撃波に炎、煙、土砂を空中に巻き上げ直前まで存在していたあらゆるモノを徹底的に破壊した。

その光景を目にした者は敵味方を問わずその正体を理解する。
キャンパスに落下したのは紋別沖に展開する第一司令艦隊の艦砲射撃による砲弾だった。
一度は艦砲による支援射撃は中止されたものの、味方部隊が北斗大学の敷地外から撤退し更に敵戦力のほぼ全てが追撃の為に出たのを見計らって砲撃したのである。

砲撃により生じた土煙が晴れると、夜明け前でもその一撃により生じた破壊がどれほどの物だったかハッキリとわかった。
司令部のある建物は破壊を免れたものの、兵士の宿舎代わりとして用いられていた近くの建物は完全に破壊され防空の為に残っていた対空車両や機銃砲座はひっくり返るか原形を留めないほどに破壊されている。

「やっべぇ……」

その光景を見て、とある兵士が思わずつぶやく。
彼は融合当時、たまたま紋別に居た観光客であり地元との連絡が取れないまま赤い日本の「現地採用兵」となった。
同じような境遇の兵士は他にもいたが、彼の様な現地採用の補充兵は天塩の上層部からすれば継子扱いに近い紋別守備隊の中でも更に異端の扱いだった為、須加の司令官着任後すぐに前線へ配置されていた。
その行為にどの様な意味があるかは言うまでもないだろう。
戦艦の砲撃による徹底的な破壊を目の当たりにした彼は久しぶりに採用前はごく当たり前に日常で使っていた言葉を口にしていた。

だが、事態の拙さに危機を感じたのは彼だけではない。
次の瞬間、それまでの追撃が嘘の様に赤い日本の各部隊は後退を開始する。
その理由を日本連合の側もすぐに察した。
艦砲射撃の直後から敵司令部のある北斗大学からの通信量が増大し、その内容も全部隊に対する後退命令だったからだ。




紋別方面軍司令部が発した「至急後退し、司令部の守りを固めよ」といういきなりの命令は、つい先ほどまで乱戦にあった前線部隊にとって新たな難問を突き付けた。
後退しようにも司令部から長く伸びた隊列をすぐ反転させ秩序と戦力を維持するのは並大抵の事では出来ない。
そして、日本連合側もそれを見逃すほど混乱していたわけではなかった。

「上空に敵機多数!」
「この状況でだと!対空戦闘は間に合わん!全速前進し、切り抜けろ!」

艦砲射撃に続く次の攻撃は更に空から加えられた。
長く伸びた隊列を丁度側面から断ち切るが如く紋別沖の艦隊から出撃した艦載機が何度も機銃掃射を加えていく。
機銃掃射によりズタズタに切り刻まれた赤い日本の隊列はそれでも北斗大学目指して後退を図ろうとする。

「全員突撃!今度はこちらが追撃する!」
「全員隊長に続け!」

機銃掃射の直後、ヤオの命令と同時にDoLLSが後退いや敗走する赤い日本の生き残り部隊を追撃する。
これで戦いの流れは完全に変わった。

「DoLLSに送れを取るな!Panzer vor(戦車前進)!」
「今度こそ敵司令部を落とす!全部隊突撃!」

DoLLSの後を追う様に第60師団と第7師団の戦車が追撃を開始し、他の師団もこれに続く。
赤い日本の側はといえば、司令部への砲撃と上空からの機銃掃射により混乱の中にあり後退出来なかった部隊は散発的な抵抗の後降伏あるいは逃走に移った。

「すげぇ……勝てないわけだ」
「ああ、お前もそう思うか?やっぱ最初からこうなるのは分かり切ってたんだよ」
「こりゃタイミングを見て投降するしかないな……」

そんなDoLLSの突撃に続く日本連合の反撃と再進撃を呆然とした表情で見送る者達がいた。
彼らは先ほどの艦砲射撃を見て顔を青くした現地採用兵の若者と同じ境遇にあった兵士である。
未だ戦場の真ん中にいて、何時流れ弾が飛んで来るかわからない状況だったが、皆どこか気の抜けたような或いは安堵の表情を浮かべるだけだった。

「とにかく投降するぞ。皆、証拠品は持っているか?」
「ああ、肌身離さず持っているよ。まさかこんな形で役に立つとはな」
「少なくとも収容所送りなんて事にはならんだろうしさっさと投降するぜ」

彼らは自分達が融合前から持っていた旅券や私物が赤い日本の兵士ではない事を占めす証拠になると思っていた。
もっとも、時空融合でそれらの物品が必ずしも証拠になるとは限らなかったのだが、それを知らずに降伏したのは幸いだったのだろうか……。
ただ、一つだけはっきりと言えるのは彼等が戦いを強要される事は以後無かったということだ。

一方、その様子を敷地内から見ていた直江達はどうしていたか?
最初の乱戦の時ですら動かなかった彼等も、艦砲射撃とその後の混乱に乗じる形で漸く動きを見せていた。

「建物への潜入はまだ難しいな」
「敷地に砲撃を食らっても持ち場を離れないというのは立派ですが我々にすれば迷惑ですな」
「それだけでも評価に値するだろう。どちらにしても連中を排除しない事にはどうにもならん」

司令部のある建物前には対空機銃の銃座が二基配置されており、その周囲に兵士が展開している。

「人数にして一個小隊、数の上では同等ではだがやはり銃座が邪魔だな」
「一基ならまだしも二基ではやりすごすのが難しいですね」
「上杉、我々には時間がない。ここに南の連中が来てから突入しては須加が何を考えているのか知る事すら出来ん。だからここは強行突破するぞ」

そう言った直江は部下に命じて温存していたRPGを用意させる。
キャンパス内に点在する茂みに隠れながら展開する直江の小隊は司令部を守る小隊に向けてRPGを放った。

直後、対空銃座が爆散し周囲を警戒していた兵士達も倒れ込む。
そのチャンスを逃さず直江達は走り出し一気に校舎内へと進入した。
後方から生き残った兵士が制止せんと声を挙げていたか知った事では無い。

「少佐!正面に機銃です!」
「感づいたか。相手にしている暇は無いのは変わらん」
「手榴弾でも投げますか?」
「いや、そうなったら須加も流石に気付くだろう。別口からこちらに向かっている分隊に連中の背後を取れと伝えろ」

直江の言葉に無線を手にした上杉が即座に命令を出す。
戦闘中という事もあり最小限の言葉を発しただけだが、長年共に戦火をかいくぐってきた部下達は意味を理解した。
数分後、直江の部下達が機銃の据え付けられた地点の反対側に回り込み、射撃音が永久に止めてみせた。

「装備はいいが、背後を取られる可能性も考慮出来んとはな……」
「天塩の連中がこんな事では先が思いやられますな」
「言うな、我々が人の事を言える立場ではない」

沈黙した機関銃を手に取った直江はすぐ傍に横たわる先ほどまでの所有者を一瞥する。
血色の良かったであろう顔からは既に血の気が失われ、体の下に血だまりが広がっていた。

「部下が背後から忍び寄り銃剣で一突きにした結果がこれだが用心もせんとは」
「恐らく司令部付きという事で気が緩んでいたのでしょう。少なくとも外で戦っている者は優秀でした」

直江の言葉に上杉は皮肉や冗談抜きの賞賛を述べる。
その言葉に直江もまた頷いた。

「少佐、軍曹。ご報告が」
「どうした?」

そこに校舎内の調査から戻った部下が来る。
彼の表情には困惑が浮かんでおり直江も異常があった事を察した。

「地下に続く階段らしき場所を見つけたのですが……」
「何があった?」
「来てください」

部下の後を直江達は追いかける。
辿り着いた場所は地下に続く階段が存在するのは確かだったがその前には鉄扉が立ちはだかっていた。

「あからさまに怪しいですな」
「司令部を置くならば地上階ではなく地階だ。ならこの先に司令部がある可能性は高い」
「しかし他の校舎にいる可能性も……」
「わかっている。幸い抵抗が無い今は好機だ。セムテックスはあるか?」

申し訳ありません、と返す部下に直江は「時間がない、RPGを使う」と指示を出した。

本来の大学校舎であったときの防火扉を装甲板で強化したものだが、直江が強化させた時以上に強化されていることが目にわかる。
須加の性格を表してるな、とも内心思うが今はそんなことを気にしている場合ではなかった。

RPGが放たれ扉が爆音と共に破壊され無残な破孔を生じる。
そこから直江達は潜入し地下を目指す。
地下から聞こえてくる電子音からするとここで指揮を執っている可能性は高い。

(全員、一斉に飛び込む。抵抗あるなら射殺せよ)

直江は司令部とおぼしき部屋の直前に到達すると、部下にハンドサインを送る。
それを見た上杉以下全員がAKやマカロフ拳銃を構える。

(突入!)

直後、扉が蹴破られ直江を先頭に全員が一気に突入する。

「全員動くな!その場に伏せ……!?」

そこ迄言って直江も異常に気が付いた。
踏み込んだ先は無人だったのだ。
指揮所の電子音だけが響くのみで後は何もなく、オペレーターが座るべき椅子はがら空きである。

「逃げた……いや、最初から無人だったか……」

自分の勘が外れた事に直江は顔をしかめたがそれも一瞬の事である。
そうなると、須加は別の建物で指揮を執っているのは確実であり、残りの建物からもっとも可能性のある場所を思い浮かべた。
だが、そこで彼の頭にある疑問が浮かんだ。

(最初から無人ならなぜ各機器が起動させられていた?)

侵入者に対する嫌がらせとは到底思えない。
そう考えた直江が本来なら須加がいたであろう指揮卓に近づいた時の事である。

「何だこれは!?」

卓上にあったのはデジタル時計にしては大きな箱状の物体。
そしてそのデジタル計は徐々に数字が減少している。

「まずい!全員退避!すぐに地上階へ向かえ!」
「え?」

直江の絶叫に一瞬戸惑う者もいたが、次の言葉で全員が動いた。

「爆弾が仕掛けられている!死ぬぞ!」

上杉が部下達を先導し、直江は最後に指揮所を飛び出す。
直江が1階への階段を駆け上がり防火扉の破孔を抜けた直後、爆発音と振動が地下から響いてくる。
それから程なくして防火扉の向こう側から流れてくる煙が爆発の激しさを物語っていた。

「一歩間違えば全滅していたな……」
「はい、危ないところでした」
「恐らく、南の連中が突入した時に準備したトラップかもしれんがそんな物で殺されては堪らんな」

全員無事だったものの、直江にすれば須加が予想以上に切れ者であると思い知らされた瞬間であった。

「しかし奴はどこで指揮を執っている。考えられるとするなら……」
「少佐、高台の頂上部にある一号棟の可能性はどうでしょう?」

本来北斗大学の校舎は一棟だけであり、現在の様に校舎が複数存在するのは可笑しいというのが紋別市民の証言で分かっている。
これは時空融合の影響で生じた事なのだがそれを直江達が知る筈もない。
現在では高台の上にある融合以前からあったとされている校舎を便宜上「一号棟」と呼称しそれ以外の校舎には二号棟、三号棟としていた。

「あそこか……確かに規模としては妥当だが、逆に大きさから目立つぞ?」
「ヘリポートがあります」
「それか!」

自分達は殆ど利用しない事もあり半ば忘れていた施設の名を出された直江は納得が行ったかの様に声を挙げる。
確かにヘリで天塩から移動してきた須加ならば脱出を想定した上で指揮所の選択をするのは間違いない。

「そうと決まったら高台まで急ぐぞ。脱出されては元も子もない」
「ですな」

そこで、高台へ向かおうとして直江はふと立ち止まると既に冷たくなっている機関銃の射撃手へ近づく。
上杉や他の部下が訝し気に見ているなかで直江は射撃手の軍服をナイフで引き裂いた。

「やはりな」
「これは……!」
「ああ、薬物中毒だよ」

絶句する上杉へ直江は冷静に言う。
射撃手の死体、その腕や首筋には注射の痕が多数残されていた。

「薬漬けにされたのでしょうか?」
「いや、恐らく手に負えなくなった者を始末するついでに配置したのだろう」

なるほど、背後を取られても気づかなかったわけだ。と直江は納得する。
同時に先程の爆弾を仕掛けた件といい、この様な手を使う須加の狡猾さにも一瞬薄ら寒いものを感じた。

(やはり肩書きだけのエリートと判断するのは拙いか。ならば奴の行動、ますます怪しくなるな)

須加が指示をまともに出さず防戦だけを命じている現在の様子は何かの為に時間を稼いでいるのではないか?
ここに来て直江はそう考えていた。

小心者なら最初からここに来ることは無く天塩の要塞から指揮を執っていただろう。
好戦的な戦巧者ならば最前線に立って指揮を執った筈だ。

(だが、奴が脱出したという話もなければ前線で戦死したという情報も無い)

いずれにしてもまだ脱出してないなら須加が何を考えているのか知る必要があると直江は考えている。
紋別周辺のミサイル陣地が壊滅した時から市内への後退を命じず現在に至るまで死守命令を発するのみと言うのは怪しい。
そして、ここに来て見えてきた須加の危険な本性を感じ取った直江は現在の戦闘も須加がなんらかの目的――それも何か危険で非道な――を達成する為のものであるとも考えていた。

(尤も、人間の盾などという外道の策を考えていた自分が須加を断罪する資格も無いと思うがな)

そう考えて自嘲する直江。
しかし、そんな策を考える彼だからこそ須加が外見からは分からぬ危険な人物であると気付けたのも事実であった。

(例え実行に移したのが須加だとしてもあれを時間稼ぎの策として考えたのは自分だ。この戦いが終わればそれ相応の責任は取らねばなるまい)

それでも今は須加に直接何を考えているのか聞き出す事を優先するべきである。
もし、須加が日本連合に降伏し軍事裁判の場で裁かれてもそこで生き延びてはまたろくでもない事をやる可能性は十分にあるからだ。

だからこそ、直江は危険を冒してまでこの司令部がある北斗大学までやってきたのだ。
そんな直江も須加の「目的」を知った時は仰天するのだが、それはもう少し先の事である。

「少佐、敵が再び来ます」

自らの思考に沈んでいた直江を現実に引き戻したのは上杉の声だった。

「どうやら長く留まりすぎた様だな。急ぐぞ」

日本連合の紋別奪還部隊が北斗大学の敷地内に再度の突入を果たしたのは、直江達が再び須加の居場所に向かって移動を開始し校舎を離れた直後の事である。




予想外の抵抗を前に一度は後退した日本連合側だったが、敵の戦力が航空攻撃で減じた事により再び北斗大学へ突入し次こそ司令部を陥落させるつもりでいた。
今度は最初より進軍速度は遅いものの火力の勢いは激しく「炎の壁」とでも形容すべき砲撃、射撃を繰り出して敵の残存戦力を片っ端から無力化していく。

「敵の抵抗は先ほどより弱い。各部隊は伏兵に注意しつつ粉砕せよ」
「二度目の後退は無い!残存する敵戦力を徹底的に壊滅させるぞ!」

第7師団、第60師団の02式戦車が再び先鋒となり、先ほどの戦闘を生き延びた赤い日本の機動兵器や主力戦車を撃破する。
その後に続く第21師団も戦車を全面に押し出して進撃を支援している。
一方、DoLLSも負けじと敵のレイバーや甲脚砲を撃破しながら未だ生き残っている対空火器を片っ端から潰して航空部隊による制空権の確保に助力していた。

「一気に踏み潰す!全機突撃、正面突破を図る!」
「各小隊へ、中隊長の命令に従い全機突撃!突撃!」
「敵司令部への一番乗りは私達だ!」

DoLLSのメンバーは皆ヤオの命令を復唱し、ある者は敵防衛線突破へ気炎を上げる。
その気迫は物理的な勢いとなって敵のレイバーや甲脚砲、歩兵陣地を蹴散らす勢いとなる。
同時に機甲師団の戦車部隊も突撃を仕掛けた。
それらは赤い日本にとっては恐怖以外の何者でもない。

「何てことだ。敵の火力が凄まじくて前に出た分だけ消し飛ばされてやがる」
「司令部からの返答はどうなっている?」
「相変わらずです『現状維持。後退を認めず』の一点張りです」
「新任の司令官はアホか!」

無理な突出と追撃、その後の航空攻撃で戦力を半分近く失っていた赤い日本の司令部守備隊にこの攻勢を押し返す力は残ってなかった。
同時に司令部からの無謀極まりない命令を聞いた各部隊の指揮官は数日前に着任した司令官を罵倒しつつ残された戦力で迎撃にあたったのである。

一方でそれを見ていた直江達は、戦闘を避けつつ司令部のある高台の校舎を目指していた。
紋別市に引き上げた時点で一個中隊はいた彼の部隊だが、ここでは選りすぐりの一個小隊強の人数しか引き連れていない。
ここ数年の戦いで定数割れを起こしていたとはいえど一個中隊というのはそれなりの人数であり、全員で移動すれば敵味方双方から目立つのは確実だったからである。

「これで気づかれずに移動出来るというものだ」
「はっ……しかし、須加司令官がこの状況でどんな手を使う気なのでしょうか?」
「まだわからん。もしかしたら何も無いという事も有り得る。その時は……」
「その時は何です?」

上杉に続きを促された直江はそこで不敵な笑みを浮かべて言ってみせた。

「奴を捕えて南への手土産にでもするさ」
「なるほど、それは名案ですな」

すぐ後方で交戦する音が聞こえている状況で彼等はもう一度顔を見合わせ笑っていた。




再び場所は変わって戦場となっている大学のキャンパス内。
両軍は直江達の移動にも気付かず壮絶な死闘を繰り広げていた。

「こちら黒騎士1、全車撃て!」
「黒騎士中隊に後れを取るな!中隊各車続け!」
「敵の防衛線は手薄だ!このまま粉砕して敵司令部に進撃!」
「航空支援来るぞ!巻き込まれて吹き飛ばされるなよ!」

最初の突入時に予想外の伏兵により後退を余儀なくされた戦車部隊だったが、現在は航空支援を得て進撃し残っている赤い日本の戦車はレイバーを叩き潰す。
既に航空攻撃で優位が失われたとは言えど、赤い日本の側も必死に抵抗するが、多勢に無勢でありそこかしこで撃破される運命をたどっている。

戦局は日本連合の優勢に変わりつつあったが、未だに敵司令部を守る敵の抵抗は激しい。
それ故に誰もが、司令部までの道のりを実際の距離以上に長く感じていたのも事実だった。

その様な状況でも戦線は日本連合側が押しており、その中でも最前線中の最前線で戦っていた黒騎士中隊はキャンパス内への再突入後、建物の一つに迫っていた。

「正面に建物有り。おそらく体育館」
「このまま前進しろ。クルツ、連中が抵抗するなら榴弾を撃ちこんで黙らせろ」
「了解です」

バウアーの言葉を聞いた砲手のクルツ・ウェーバーが弾種をここまでの戦闘で用いていた対装甲用の徹甲弾から榴弾に切り替え装填させる。
融合以前から共に戦ってきた彼等の息はぴったりと合っており、ハイテクにより自動化されている彼等の新たな相棒である02式戦車の性能を十全に引き出していた。
彼等が話している間にも、黒騎士中隊所属の戦車を含む複数の戦車やその他装甲車両が体育館に近づくが想定していた反撃が無い。

「反応が無いですね」
「熱源反応はどうだ?」
「確認していますが、建物の壁面や窓に細工がされているのかはっきりしません」

実際にセンサーの感知した熱源反応の結果は建物周囲の車両や人間の熱反応を感知しながらも建物の内部については大きな変化を示していなかった。

「怪しいな。罠かも知れんが呼びかけるか……誰かいるか!」

バウアーが誰何するも反応は無い。
恐らく無人の可能性はあるだろうが、中の様子が窺い知れない以上即攻撃というわけにもいかない。
しかし、戦闘も同時進行している現状では放置して中にいる伏兵の攻撃を受けては目も当てられないと考えたバウアーは即座に判断した。

「歩兵の突入を要請しろ。我々が援護する」

バウアーがそう命じたのが早いか、後続の装甲車から歩兵が降車し体育館の周囲に展開するが一向に変化はない。
流石にこれは誰もが可笑しいと考える。

突入するかとバウアーが思った時、師団司令部からの命令が入った。
「進撃し、敵司令部攻略を優先せよ」という簡潔な命令。
同時に、現状から大した脅威にはならないと判断したバウアーは既に展開している歩兵に後を任せ進撃を再開することとなる。

「このまま囲んでいても意味がない。突入する」
「大丈夫でしょうか?」

残された歩兵部隊――正しくは小隊――を率いるヴェルナー軍曹は部下に体育館への突入を命じようとしていた。
彼は日本連合への難民輸送作戦、通称「エクソダス」以前はバウアーの黒騎士中隊と共にリトアニアの国境でソ連軍の侵攻に対して防御任務に就いていた経験がある。
その時からの信頼関係もあってから第60師団の編成後は黒騎士中隊と作戦行動を共にする事が多かった。
もっとも、時空融合前はバウアーもヴェルナーも同じ大ドイツ師団の所属だったから、出撃時に同じ編成となるのは当然なのかもしれないが……。

「構わん。全員完全武装は済んでいる」

既にヴェルナー自身も暗視ゴーグルに防毒マスクを着用し、新型の02式小銃を構えている。
いずれの装備もかつての物に比べれば隔世の感がある物ばかりだ。
02式小銃が融合前に自分達が戦っていたソ連製の小銃を参考に開発した物と知らされた時は少しばかり驚いたが……。

だが、それらを使う事に戸惑いは無い。
独ソ戦の時も敵から鹵獲した装備は優秀なら迷わず使っていた彼らにすれば性能が優秀ならば製造元は関係無い事だからだ。

「扉に罠が仕掛けられている様子は?」
「ありません、それどころか鍵そのものが掛かっていません」
「なんだそれは、こちらを馬鹿にしているのか?まあいい、突入するぞ!」

ヴェルナーがそう言った直後、扉が開かれ小銃を構えながら彼等は徐々に館内へと進入した。

「なんだここは?静かすぎるとは思ったが……」

拍子抜けしたような表情で彼らが見たのは、意外な光景だった。
体育館“だった”建物の内部に拡がっていたのは、鉄板を敷き詰めた床へと無造作にばら撒かれた工具や資材、さらに半ば組立あるいは分解途中の車両といったものだったのである。
それらを見て彼等もそこが何であるかを察した。

「なるほど、修理工場というわけか。考えたな」

恐らく、大学そのものを接収した際に修理工場としたのだろう。
だが、転用方法としては間違ってはいない。
体育館の様にだだっ広い空間を十分活用するのにはこの様な使い方が最適だからだ。

「どうやら、全員逃げ出した様ですね」
「まだ分からん。調べろ」

部下のハンスが安堵の表情を浮かべたが、ヴェルナーは内部の探索を続行させる。
外から砲撃や銃撃の音が響いてくるが彼等は探索の為、奥へと進んでいく。

「やはり誰もいないか……」
「んぐぐ……呼んだか?」
「!?」

短時間で奥まで調べ終わったヴェルナー達が戦闘に戻ろうとした時、放置されていた修理中の戦車から声が聞こえてきた。
思わず声のした方向にヴェルナー以下小隊の全員が銃口を向けると戦車の下から何かが這い出てくる。

薄汚れたキャンバスシートを被ってツナギを着ている男。
おそらくここの整備員だろうと誰もが察した。

「ああ、まったくよく寝ていたのに……で、あんたら誰?」
「我々は陸上防衛軍だ。お前こそこんな所で寝ていたとはどういうつもりだ?」
「陸上防衛軍……ああ、日本連合の軍隊か。どういうってそりゃ眠かったからさ」

男はここが戦場である事を忘れさせる様なのんびりとした口調でヴェルナーの質問に答える。
まだ寝ぼけているのか目を擦り頭をかくその様子に誰もが呆気にとられていた。

「で、あんたら俺をどうするつもり?」
「まずお前がここで何をやっていたか知るのが先だ。内容次第では拘束する」
「何って、見てみりゃ判るだろう。ここは整備場で俺はここの整備員さ」

男はヴェルナーの言葉にもどこ吹く風という感じで構えている。

「それは分かった。ならば他の人間はどうした?」
「逃げたよ。多分」
「多分?」
「俺は徹夜で整備やっていてそのまま寝てしまったからな。そこから先の事なんて覚えちゃいないよ……」

そこでタバコを取り出した男はポケットに手を突っ込み何かに気付いたのかヴェルナーに言った。

「悪いけどさ、火貸してくれない?」
「仕方のない奴だ……ほらよ。あと、暫く大人しくしておいてもらおうか」
「こりゃどうも、素直にそうさせてもらうよ」

タバコから煙をくゆらせる男の両脇には屈強な兵士がついているが彼は気にする様子がない。
まるでこの戦がもう終わった物とでもいう態度であるのを見てヴェルナーも首を傾げる。

「お前、本当に軍人か?」
「違うよ。俺は雇われた民間人。人手が足りないから手を貸せだとさ」
「民間人を引っ張ってくるとは人材不足みたいだな」
「まぁね。給料の入りはいいからずっと続けてたけどそれも終わるみたいだし、家に帰るかな。それにしても情けないねぇ」
「何がだ?」
「いや、他の連中さ。俺みたく手を貸せと言われて集められた奴はいい。だけど軍人さんまで逃げ出すなんてね」

そこまで話してヴェルナーも修理工場の中にこの男しかいなかった事が納得できた。
同時にこの男の処遇について上官に話すべきだろうとも考えていたところで、当の男がまた何か気が付いたのか話しかけてきた。

「思い出したけど、あんた等が勝ったら俺の給料未払い分があるの払ってくれない?」
「は?」

その言葉の意味を理解した直後、ヴェルナーは苦笑するしかなかった。




修理工場内でのやりとりがあった頃、黒騎士中隊をはじめとする主力は敵司令部への攻勢を強めていた。
この季節なら既に空は明るい筈だが、海霧の影響もあってまだ薄闇が周囲を支配している。

「もうすぐ夜が明ける……」

車内から敵の様子を伺いながらバウアーは短く呟く。
暗視装置によって闇夜でも敵の動きは把握出来ているが、同時に彼は思う。
ここまでの激戦は夜中の出来事なのだと。
融合前にも夜間の戦闘は経験しているが、ここまで密度の高い戦闘は彼も数えるほどしか経験した事がない。

「連中、夜明けまで生き残っているでしょうか?」
「どうだろうな。生き残ったところで抵抗すれば夜明けと同時にヤーボ(戦闘爆撃機)の攻撃で片が付く」

融合前から砲手を担当するクルツの言葉にバウアーは現状から考えられる予測で返す。
彼等は知らない事だが、夜明けと同時に大規模な航空攻撃が実施されるのは決定事項だった。
もっとも、それまでに敵が降伏するか全滅するなら話は別だが……。

「正面に対戦車壕。各車、壕を迂回しそのまま敵司令部を目指せ」

会話の間でも彼等の進撃は止まらない。
バウアーが短く命令を下すと、中隊所属の各車から「了解」の返答が送られてくる。

「正面に戦車か、定石通りだな。クルツ、撃て!」
「了解!」

そして、迂回した直後正面に待ち伏せていた敵戦車と正対した直後、バウアーの02式戦車が主砲から火を噴く。
司令部の周辺を守る敵は精鋭だったのだろうが、反応が僅かに遅れたのか発砲する前に砲塔と車体の境目に直撃弾を受けて沈黙する。
同時に戦車の側面に配置されていた銃座も他の戦車から砲弾を叩き込まれて吹き飛ばされた。
後に残るのは戦車と人間“だった”残骸のみである。
だが、それらを前にしても彼等が感傷に浸る事も立ち止まる事も無い。

「次、正面に戦車2!弾種徹甲撃て!」

そう、眼前に新たな敵が現れる限り目が向くのは常に最前線なのだから。
一歩間違えれば自分たちが先ほどの者達と同様に残骸となりかねない。

次の瞬間、新たに姿を見せた敵戦車も相次いで撃破される。
敵司令部まで直線距離で既に1キロメートル程だが、未だに敵は頑迷に抵抗を続けておりまさに一進一退の攻防が続いていた。
その抵抗が何を意味するのか、バウアー達は知る由もない。

この時点で上空から戦況を見れば敵司令部の周囲を取り囲む日本連合の側が包囲網を少しずつ狭めているのが誰にでもわかった筈だ。
戦いは終わりが近づいているが、その終わり方がどの様なものであるかを知る者はまだいない。
判っているのはこの戦いの勝者が日本連合であるということだけだ。








0600時
北海道紋別市沖合 第一司令艦隊指揮下 第11護衛隊

陸上の戦いが激しさを増していた頃、海上でも戦いの山場を迎えようとしていた。
第11護衛隊は、上陸開始の直前になって再度襲来してきた海中に潜む謎の存在を追尾していたが、その存在が漸くソナーに引っ掛かったのである。

既に謎の存在が発する音紋は上空を警戒していたP1が捕捉した時のそれと同じである事は確認済みであり、同時に日本連合がこの時点まで収集していた海洋生物のいずれにも該当しない事も判明している。
海中を移動するならば必須である静粛性を無視し、膨大なノイズを垂れ流しにする存在……。

その報告を聞いた阿倍野は静かに、しかしハッキリとした口調で命令を発した。

「来たか、このまま標的を捕捉。今度は逃すな」
「艦長、最上の吉川司令より通信です」
「回してくれ」

阿倍野が短く命じた直後、艦長席のモニターに直接の上官である吉川司令の顔が表示される。

『漸くだな。阿倍野少佐、君の島風に接近する標的――通称“UNKNOWN”――へ最初の攻撃を命じる。存分にやりたまえ』
「っ!拝命します。しかし……」

護衛隊編成以来、吉川との信頼関係からその判断は間違いないとは言えど、一番槍を任されるというのは流石の阿倍野も予想外だった。
とはいえ、一度承った以上やり遂げるしかないと即時に判断したのもまた事実である。
何より吉川は普段の「君」をつけるのではなく階級で呼んでいる事から間違いなく本気でいるのは間違いない。

『気負う必要は無い。ゾーンダイクとの戦闘でも貴官の島風が最も戦果を挙げている。自分と最上は存分にサポートしてやる』
「了解しました」

通信が終わると、阿倍野は命じる。

「対潜戦闘用意。本艦は最前列で標的捕捉後、戦闘に突入する」

その言葉は全員の緊張を高め、脈拍を早める。
同時にこれから始まるであろう未知の敵との戦いにある種の期待を持たせたのも事実だった。

「行くぞ、島風」
(任せて艦長)

命令の後、短く呟いた阿倍野の隣に姿を現した島風が頷く。

「UNKNOWN接近!距離10マイル、深度300!」
「来たか……対潜戦闘開始。標的を逃すな」

直後、敵の接近を知らせる一報がもたらされる。
謎の存在は未だその姿を見せてはいない。

だが、戦いの熱は第11護衛隊を中心に他の対潜部隊いや艦隊全てに伝わりつつあった。
既に第11護衛隊の姉妹部隊である第12護衛隊も海域に急行しており、そこには他の対潜部隊も加わっている。

しかし先に動いたのはUNKNOWNの方だった。
急に速度を上げたかと思うとそれは島風を標的にするかの如く一直線に向かってきた。

「UNKNOWNの現在位置は?」
「距離5マイル、深度200まで浮上」
「まだ距離は十分ある。魚雷発射管用意、距離2……いや3マイルで発射せよ」

阿倍野の指示があったのと同時に島風の舷側に装備されている魚雷発射管がUNKNOWNの進路上に向けられる。
その間にもUNKNOWNとの距離は徐々に詰まっていく。

「UNKNOWNとの距離3マイル、深度100!」
「今だ!魚雷発射!」

その直後、魚雷が海面へと発射される。
既に諸元入力は済まされており、魚雷が標的たるUNKNOWNを外す事は絶対にないと誰もが確信していた。

「状況は?」
「UNKNOWNに魚雷接近。UNKNOWNは潜航し回避運動を取ろうとしている模様です」
「魚雷更に接近…………命中音!」

ソナー手の言葉と同時にモニター上でも魚雷がUNKNOWNに命中した表示が出る。
それを目にしたCICの誰もが安堵する。
だが、阿倍野だけは気を緩めていない。

「安心するのはまだ早い。引き続きUNKNOWNの追尾を行なえ。同時に魚雷再装填」
「りょ、了解です」

阿倍野の予感――正確には阿倍野と島風の――予感は的中した。
数分後、モニター上に生じた反応に誰もが驚愕する。

「UNKNOWN沈降します……ロストしました。え、いや、これは……」
「どうした、報告しろ」
「海底から反応がもう一つ……音紋のパターンからUNKNWONです!」
「もう一体いたというのか!迎撃準備!すぐこちらとの距離を出せ!」

モニター上から消える反応と新たに出現する反応がそれぞれ一個。
その表示はいずれもUNKNOWNであった。

「やはりそう簡単にはいかないか……」
『どうやらここからが本番となりそうだな』
「その様ですね。この様子ではまだ海底に潜んでいる可能性も捨てきれません。ロストした一体も」
『復活してくる可能性もあり得るか。まるで不死身の怪物だな』

慌ただしくなるCIC内で阿倍野は吉川と話す。
撃破の判定を出しても標的が「生きていた」というのはゾーンダイクのムスカを相手にした時でもそうそう無かった事だ。
その会話が中断されたのはオペレーターからの報告である。

「UNKNWON浮上しつつ本艦に接近。もう一体のUNKNWONも反応を確認しました。健在です!」
「迎撃急げ!」
『忙しくなりそうだな。全艦UNKNWONの迎撃用意!』

今は目の前のUNKNWONを撃破する事が最優先だと確認した阿倍野は迎撃を命じる。
モニターの向こうにいる吉川も最上で同様の命令を出していた。

海中を突き進んでくる謎の存在を相手とした戦いはいよいよ激しさを増していくこととなる。

Dパートへ

Fパートへ