Super Science Fiction Wars 外伝

紋別奪還作戦「トッカリ」

Dパート


新世紀3年 8月28日 0:00
北海道留萌管区 増毛沖20kmの洋上

紋別奪還作戦「トッカリ」の開始を告げる号砲が道東にて鳴り響いたころ、北海道の反対側と言える留萌近隣地域でももう一つの作戦が始まろうとしていた。
その主役と言える艦隊が今、通常では進出しない羽幌沖まで北上してその時を待ちわびている。

その艦隊は現在紋別沖に集結しつつある大艦隊に比べると規模は小さいが、ひときわ目立つ超大型戦艦が一隻、さらにこんごう型イージス艦が2隻。
そしてその周囲を警戒する球磨型軽巡改装DDG二隻に特型駆逐艦改造LCSが8隻と言うかなりの規模を持つ打撃護衛艦群である。

彼女らは室蘭鎮守府を拠点とする北部方面艦隊の中で主に札幌・小樽の防空を主任務として余市基地に常駐する第3要撃護衛艦群であった。

札幌と「赤い日本(以下北日)」の拠点とされる天塩ミサイル基地(この時期にはすでに天塩要塞と言う呼称が一般化しているが)との距離は100㎞少々。
巡航ミサイルの射程には十分収まる距離である。
そのため、北日による札幌へのミサイル攻撃に対する防衛は重要とされ、札幌近隣の街でも北西部側の石狩市・当別町には第三高射群のパトリオットとナイキで構成される対空ミサイル群が常駐し、さらに千歳と丘珠にはP3-CにE2-Cの早期警戒レーダーとF-14の火器管制システムを搭載し、AIM-54フェニックスを12発装備した「空中巡洋艦」ことFP-3Cが合計12機配属されて居る。

そして、この第3要撃護衛群が海に置ける留萌~札幌~小樽を結ぶラインの防空の要として整備されていたのだ。

晩夏……いや、もはや秋と言っていい道北の八月末の海霧の中、灯火管制を敷いた打撃護衛艦BB-11「やまと」のCICは緊張に包まれていた。
数奇な運命により戦後も生き延び、分断国家となった戦後日本と東西冷戦の歴史の狭間で戦歴を重ねながら近代化改装を重ねた彼女は幾つか出現した「戦艦大和」の中でも異形の姿へと変化している。
特筆されるは1980年代に『10・4・10・10艦隊計画』に基づき「アーセナルシップ」の構想を反映したイージスシステムの搭載と対潜ヘリコプターの搭載、さらに主砲の長射程化が図られた事であろうか。
それらの要素と出現時点ですでに50年近い艦齢を重ねていたこともあり、彼女は「札幌圏の空の守りの要」と言う任務を任されることとなったのだ。

「0:00、作戦開始時刻です」

CIC内部のコンピュータが合成音声で作戦開始時間を告げる。
その声に、隊司令黛治夫(マユズミハルオ)少将は「機械とは思えない艶っぽさがあるな」と思わずつぶやいてしまう。
実際、時空融合後に艦載コンピュータが音声合成機能を備えている場合、その声が人間的になったと言う話が多い。
船魂と言うのが関係しているのか、と考えてしまうが艦長の東郷大佐の言葉に姿勢を正し、作戦開始の号令を発する。

今回の第3要撃護衛艦群の主任務は「トッカリ」に呼応した北日拠点天塩要塞近隣地域への砲撃による牽制。
基本、第3要撃護衛艦群は北日側の巡航ミサイル攻撃に対して陸自・空自のミサイル部隊と連携して迎撃したのちに浜益沖まで進出した「やまと」がLRLAP(ロケットアシスト)砲弾による砲撃で敵ミサイル拠点を潰すというのが通常の任務となっている。

だが、今回は射程が短くなるのを承知の上で各種対地攻撃用の通常砲弾を装備し、羽幌沖へ進出することで天塩要塞を直接砲撃することを主目的としていた。
これはトッカリ作戦において北日側が増援を送れなくすることと、同時に天塩へも本格的攻勢を取ったと勘違いさせることを意図している。

作戦予定海域への到達を確認すると、黛は自分を鼓舞する気持ちも込めてマイクを取り、艦隊所属艦すべてに対して作戦開始の合図を送る。

「これより作戦を開始する。北の連中に一泡吹かせてやれ」

その言葉に幾分もなく、「やまと」の主砲が旋回し、最初の砲撃弾が装填されたことがスクリーンに表示される。

「撃ち方、始め!」

東郷の声が飛ぶと同時に、最大仰角を取った「やまと」の9門の主砲が一斉に吠える。
艦砲射撃の恐ろしさ、とくと味わえ……と砲撃の音と振動を聞きながら黛はつぶやく。
この「やまと」の出身世界での自分はソ連が参戦した際の海戦で事も有ろうにこの「やまと」の艦長として戦死したとのことだが、歴史は変わっている。
まったく違う生き方をしてやろうじゃないか、と言う気持ちでこの艦隊と「やまと」を預かろうと言う思いが彼には有ったのだ。

再度装填作業が終わったとの報告、幾分もなく砲撃音。

「長丁場となるぞ、油断をするな」

三度目の砲撃が終わると、今度は天売島沖まで進出することになる。
そうなると北日側の対艦ミサイルを警戒する必要があるが、黛は北日のミサイル攻撃に対するこの艦隊の防空能力に信頼を置いていた。
「やまと」と「ちょうかい」「みょうこう」と言うイージス艦三隻に加えて重雷装軽巡として改装を受けたことを活かし「ミニ・アーセナルシップ」的発想でMk-41VLSを72セル搭載したDDGとしての改修を受けたDDG-1364「北上」と1365「大井」。
艦隊単位で考えると一度に300発以上のスタンダード対空ミサイルを集中発射できる防空能力は、少なくともこの防空能力をかいくぐり、打撃を与えるには自分たちもまきこむ覚悟で「核」を使うぐらいしかないだろうと黛は考えていた。








0030時 紋別市沖5kmの海中
輸送潜水艦 ASSA-N451「みずち」発令所

「夜盗から入電、「トラトラトラ」とのことです」

ソ連時代からこの艦に乗り組んでいた船務長のイーゴリ・シェルジェンスキー大尉が通信文を読み上げる。

「トラトラトラ……奇襲成功か。ではお客さん達を送り出さんとな」

艦長のピョートル・ルヴィンスキー大佐はその言葉に艦長席から立ち上がり、作戦開始とこの海域まで運んできた「積荷」を降ろすための指示を出した。

幾分もなくブザーが鳴り響き、艦内は騒がしさを増していく。

「いよいよ作戦開始か……」

草薙素子少佐以下、第一空挺師団第1051特務小隊の面々は待機室にて装備を確認していた。
フローターの準備は大丈夫か、と半場相方となっている元レンジャーのバトーの声に大丈夫だ、と返しながら彼女も最新鋭の熱光学迷彩を搭載したウェットスーツを着用する。

「で、大丈夫なのか『クロルデン』は」

同じく装備を整えた石川の問いに今のところ配置部隊に動きは有ったようだけど、大幅な増員とかは無いと答える。
潜水艦から自分たちが先行して上陸し、続いてドールズが上陸して港湾区画の敵を排除、市街地を早期に制圧するという作戦だ。
頭の中で任務内容を確認しながら、同時に装備を確認する。

熱光学迷彩を装備し、ひれ(フィン)とアクアラングを外せばそのまま戦闘服となるウエットスーツ。
愛用と言っていいセブロM26アサルトマシンガン。
対光学迷彩用能力を持つ暗視ゴーグル。
その他、ナイフなどをはじめとした諸装備を入れたポーチ。

人質となっている市民が収容されている市民ホールなどの各施設の位置は既に把握しているが、防衛戦力がどの程度なのか、それらを駆逐するDoLLSとの連携もどこまで行けるかどうかだった。
とりあえず予定としては漁港側から自分たちが先行上陸、警備体制を破壊したうえでドールズが上陸して可能な限り迅速に市街地を制圧、上陸部隊の進路を拓く……と言う段取りだが、果たして敵兵力はどこまで港の防衛に力を割けているか、どうしても最後は「賭け」になってしまうのも事実である。
ましてや、クロルデンからの情報によれば敵は司令部を市役所から市街地の後背部にある元私立大学キャンパスに移したらしい。

紋別の地形を見る限り、この大学キャンパスは確かに司令部としては使いやすい地点にあった。
ここに自走砲でも置いておけば、こちらをつるべ撃ちに撃破することも不可能ではないだろう。

その状況をひっくりかえせる可能性があるとすれば、今貨物スペースで最後の点呼を取っているであろうDoLLSとなる。
DoLLSの戦闘訓練機動を初めて見たときには、総重量20tを超えるはずなのに軽々と宙を舞うPLDに驚きを隠せなかった。
彼女らの世界でも一応はアームスーツという人型兵器があったのだが、火力の面でこういった作戦に投入することが難しい存在だった。

ある意味非常識な存在に思える彼女らがこの作戦でいわば「陽動」を務めてくれることで自分たちが人質救出を行える。
そういった意味では、この作戦は比較的「楽」に思えるがどういったイレギュラーが起こるかわからない。
ある意味、去年の南米とは違った意味で難しい作戦だと内心つぶやく。

把握できた増員された兵力はごくわずかだが、その少なさが上層部を逆に疑心暗鬼に陥れているようにも素子には思えていた。
と、そこにバトーの全員準備が終わった、との言葉に素子はスーツのジッパーを閉めると隊員らの方を向き、改めて全員の顔を見る。
それに応じ、彼女は整列したメンバーの前に立った。

「さて、今回の任務を再度確認する。諸君、良いか?」
「了解(イェス・メム)!」

全員が一斉に敬礼するのを確認して、素子は言葉をつづける。

「今回は敵に長らく占拠されている都市の解放、その栄えある先行上陸任務を我々が命じられた。我々の任務は?」
「洋上より上陸し、揚陸機動部隊と連携の上紋別市内拠点を制圧することです!」
「行動のモットーは?」
「迅速!巧妙!!確実!!!」

任務を復唱させ、勢ぞろいした面々を再度見直し、その中に左目にアイパッチのような義眼を装備した男……斉藤の姿を見てふと今度のミッションは全員生還できるか、と言う疑念に囚われる。
時空融合の数年前、南米での紛争鎮圧任務を目的としたPKFに素子らの部隊が参加した際に反政府ゲリラに加わっていた兵士が斉藤である。
その斉藤に部下を何名か殺され、その決着をつけた時に素子は彼を部下にした。

何故か素子は、その時の事を思い出してしまった自分を訝しむがとりあえず、全員無事で任務を終えられればいいのだがと思いなおしウエットスーツのフードをかぶり直した。




同じころ、「みずち」貨物室区画でもDoLLSの出撃準備が進められていた。
騒音をたてぬように細心の注意を払いながら、巨大な魚雷といった印象を与えるシールドスーツを装着したPLDの最終点検とパイロットの乗り込みが進められる。
PLDをほぼ完全に複製し、製造できる日本連合の技術力を信用していないわけではないが、「過去」の日本連合の技術でどこまでシールドスーツを再現しているのかという点ではドールズメンバーは今回の任務における不安要素の一つだった。
特にこのシールドスーツは装着したまま上陸できるように脚部を露出させることが可能だが、その機構を含めてテストはとりあえずできているものの事実上ぶっつけ本番といってよい。

オムニ独立戦争当時のシールドスーツも実質ぶっつけ本番であったことから独立戦争経験組のヤオやセルマ、マーガレットらはまたかという気持ちではあったが、シミュレータを除けば初めてこの装備を扱うミリィ・フェイス・エイミーらはいささか不安を感じずにはいられなかった。
水密テスト、航行用燃料電池の動作、すべてが大丈夫と言われても、である。

雑音対策を兼ねてPLDに搭乗した各メンバーの機体へ小隊長たるヤオが点呼と訓示を通信を介して流れる中、ミリィはシールドスーツ側にセットされたカメラに表示される格納庫の中に視線を移す。
整備員たちも基本、ヘッドセットとマイクを装着して可能な限り「大きな音」を外部に漏らさないように細心の注意を払っているのがわかる。

本来、潜水艦の乗組員は「大声を出すこと」すら憚られる。
だが、この「みずち」からの上陸部隊の出撃は大きな音を立てるような作業が多い。その矛盾した状況を表す状況といってもよかった。

やがてミリィの耳にブザーの音が響き、作業員退避のアナウンスがかかると作業員たちが視野から離れていく。
乗組員の一人がミリィの方を向き、敬礼をしてくると向こうからは見えてないと分かっているが、彼女も答礼する。

やがて格納庫の床に水が溢れ、時間をかけて視界が水に満ちていく。
視界が水で満たされ、青い闇に染まるとヘッドセットにブザー音が響き「ゲート開放まであと30秒」とANTVGの画面に表示が出る。

カウントダウンがゼロとなり、鈍い音とともにエレベーターが高速で下がるような不快感。そして浮揚感。
白い照明が照らす範囲外は漆黒の闇と海中に密集するプランクトン以外何も見えない海の中にミリィの乗った機体は居るのが分かった。

視野にスキューバ装備の水中作業員とヤオのシールドスーツが映る。
その誘導に従い、「みずち」が停泊している海底の岩場に引っかからぬよう慎重にスティックを動かし、機体を動かす。
やがてヤオ機の姿が見えると、その後ろにつけて航行モードを自動にセットする。
幾分もなくセルマ、マーガレット、エイミー、フェイスらの機体も到着し、待機していた偵察隊の面々が指定されていたシールドスーツにつかまり準備ができたことを知らせる音がシールドスーツ越しに伝わって来た。

「シルバー3、荷物の積み込み終わったわ。宅配して」

シールドスーツに取りついた隊員……こともあろうに先ほどの草薙少佐だと言う事がミリィにはわかった。

「シルバー了解。しっかりしがみ付いてて下さい」

12機のシールドスーツを装着したX-7はそれぞれに草薙偵察隊を数名ずつ乗せ、「みずち」が沈底した海域から約一時間ほどの航行で紋別港の防波堤を間近に望むところまで到着した。
紋別港入口への防潜ネットを確認すると、一応用心はしているのかネットが防波堤と防波堤の間に念入りに張られているのが解る。

機雷も撒かれてない癖してネットだけは張ってあるとはね、とヤオは内心つぶやく。
沿岸地域でなら、最悪大型漁船を使ってでも設置できるのにそれをやらないとは向こうは相当追い詰められているのか、それともそこまで頭が回ってないのか。

シールドスーツには一応対潜網用のカッターが装備されているが、もし対潜網が『鳴子仕様』だったらどうなるか?
破った途端にセンサーが作動してしまっては元も子もない。

(そこは悩んでも仕方がないわね。先行した部隊の情報が正しいならこちらの動きはつかめないはず)

本作戦に先だって紋別市内に潜入した諜報員――黒部というらしい――がもたらした情報によると、紋別の守備隊が有する装備は万全の状態とは言い難く中には不良状態の物も少なくないらしい。
腹をくくるか、と内心呟いたヤオの耳に唐突に言葉が走った。

『草薙よ、ヤオ中佐。我々ならこのネットの小細工を調べるぐらい大したことが無いが?』

ミリセント機に便乗している草薙少佐からの通信だった。
だが、ヤオは草薙の申し出を敢えて断った。

「少佐、ありがたい申し出だけど時間を考えるとそんな暇はないわね。多分に奴さんらは時間稼ぎを狙ってるのかもしれないから賭けに出るわ」

覚悟を決める――そんな言葉を頭に浮かべヤオは射出に備える。
既に準備は整っており、後続部隊の上陸に要する時間を考えればこれ以上のロスは許されないだろう。

「シルバー1より各機へ。このまま増速し前進する。展開する防潜網を切断あるいは回避して当初の予定のポイントに上陸するわ」

直後、ヤオの指揮下にある11機から「了解」の返答が入る。
防潜網は目の前に迫っており、全ての機体がシールドスーツからカッターを展開させる。

防潜網は第一防波堤と第二防波堤の間、100m弱の幅全域に海底近くまで張られており、回避すると言う選択肢はなかった。
多分にもう一つの出入り口についても同じと思われ、別の入り口から入り込むと言う選択肢はなかった。
深度は20m弱。哨戒艇が出れば見つけるのは容易だ。

まず、シールドスーツ装着状態のPLDの操縦に慣れていてなおかつ偵察隊員らを乗せてないセルマ機が慎重に防潜網に接近していく。
カッターの切っ先が網に触れたと思いきや網はあっさりと切れ、幾分もなく網には大きな穴が開く。
防潜網が切断されたのはそれから10秒もしないうちの事だった。

「防潜網切断!警報は……っ!?」
『中佐安心して、これはタダの防潜網よ。警報システムの発報信号は検知されてないわ」

少佐からの一言を聞いた瞬間、ヤオの緊張が幾分緩和される。
特殊な仕掛けの無い単純な防潜網ならばここを潜り抜ければあとは上陸地点を目指すだけだ。

警報装置も無い防潜網となるとオムニでは考えもつかないクラシックな代物だが、逆に助けられたとも考えられる。
一番最後にヤオが防潜網を潜ると、先にくぐり抜けたミリセント機がプローブを射出するかどうか聞いてきた。

もう少し岸まで近づいてからにしろ、と伝えると「了解」を示す通信が返ってくる。

防潜網を抜けて更に進み、ある程度進んだ地点でコクピット内にアラームが響く。
それは、草薙少佐率いる偵察隊の上陸予定地点に到達した事を示す合図だった。

じゃ、後で会いましょ。とまるでこれからどこか買い物に出かけるような軽い口調を残して草薙らが離れていくと、ヤオは再びシールドスーツを沈底させる。
とりあえずは敵の監視網を潜り抜けて上陸は出来そうだとヤオは安堵し、再び気を引き締める。

(ここからが本番ね)

そう、DoLLSはこの上陸作戦における尖兵であり橋頭堡を築く役目を果たさなければならない。
目標であるポイントは目前に迫っていた。

DoLLSと別れた偵察隊は、紋別港の漁港エリアに近い埠頭へ近づく。
シールドスーツを装着したPLDが上陸するには、漁船を陸揚げして整備するためのスロープを利用したほうが早い事からである。

「急げ」

短く、そして小さいながらもはっきりと聞こえる声で草薙少佐は部下達に指示を飛ばしながら周囲を警戒する。
埠頭は無警戒なのか、それとも対艦ミサイル群を破壊された事による混乱からなのか人の気配は無い。

恐らく混乱しているのだろうが、こちらにとっては好都合だと考えた少佐は「上陸成功」を示す暗号を自分達の元に向かってくるDoLLSに向けて発信した。

『風呂上がりにはフルーツ牛乳』

そう知らせる連続したイルカの鳴き声に偽装した発信音によるモールス信号が海中に流れる。

『フルーツ牛乳』は予定通りの弁天町船揚げ場からの上陸を意味する。
漁港エリアであり、漁船を整備するための広い船揚げ場が有る。

最も市役所からは比較的遠いため、シールドスーツをパージして本町の岸壁から上陸するルートとの二択であったのだが装備を濡らさずに済む弁天町ルートがガラ空きと言うのはDoLLSからしても意外であった。
しかし、今はそれを気にしている暇はない。

(このまま順調に行けば予定時間より10分早く……ッ!)

ヤオはすぐさま少佐からの信号に応えるべく通信を飛ばす。

『思ったより脱衣場が空いていた。シャンプーを返しに行く』

ヤオは所定の返答を暗号で送ると、周辺に待機していた彼女の指揮下の6機……シルバーフォックスのメンバーに指示を送ると浮上準備に入った。

既に上陸予定地点では準備が整っており、発見した敵兵も極少数であった為捕虜とした旨の連絡が草薙から届いている。
かくして、紋別奪還作戦「トッカリ」は新たな段階に進むこととなったのである。








10分後 紋別市内
弁天町 漁港近辺

「それ」を彼等が発見したのは全くの偶然だった。
紋別市の外周で多数の爆発音と火の手が上がったかと思うと、無線機から対艦ミサイルランチャー群が壊滅したとの報が入り紋別市内を防衛していた部隊は混乱することとなる。
しかし、同時に港への敵による攻撃にも警戒しなければならなかった為、多くの部隊はすぐに動けずにいた。

そんな中、紋別港から海上を監視していた兵の一人が急に泡立つのを目撃したのである。

「おい、ありゃなんだ?海面が泡立っているぞ?」
「そりゃ鯨かシャチじゃないのか?あの天変地異からこっち珍しくないからな」
「バカ言うな。今は夜だぞ……」

監視していた兵士が相方とそんな会話をしている間にも海面の泡立ちは更に激しくなっていく。
更にその数も徐々に増えていく中で、兵士達は目を見張る。
そして「それ」が姿を現した。

「お、おいあれ……」
「潜水艦だよな……潜水艦が……歩いている?」
「どうするおい!?」
「無線だ!無線で司令部に伝えろ!」

傍らの無線機を手にした兵士は大慌てで通信回線のチャンネルを設定し、眼前で起こっている事態を報告する。
しかし、焦りと混乱から正確な報告が出来ずその支離滅裂な内容は彼等の上官が無線を遮断した事で打ち切られた。
結果として、紋別港の周辺に展開した部隊が敵上陸の事実を知るのはその攻撃を受けてからの事となる。

「どうする?無線切られてしまったぞ?」
「お前が上手く伝えられなかったからだろうか……もういい、ここを離れて走るぞ!」

こうなったらもう直接司令部に向かうしかないと判断した二人は近くに停車していた軽自動車――市民から徴発した物――に乗り込もうとする。
だが、その足は自分達に向けられた複数のレーザーサイトによって止められた。

「動かない方が身の為よ。武器を捨てて、手を頭の後ろに組んで」
「こちら側のデジタル無線機か、良い物もってやがる」

突然現れた複数の人影を前にして二人は抵抗が無駄と判断したのか、武器をはじめとする装備をその場に放り出すと言われた通りにした。
それらの装備を何人かが検分し、回収していく。
とりあえず従っておけば乱暴はされないと判断した二人は安堵の溜息をついた。

そこに味方によるものか、複数の砲声が響いてくる。
どうやら先程の上陸した「歩く潜水艦」に他の部隊も気が付いた様である。

結束バンドによる拘束を受けながら二人の兵士は(とうとう始まったか……)とだけ思った。
敵の戦力はかなりの規模と推測されていたのは彼等ですら知っていた。
はたして戦いが終わるまで双方どれだけの犠牲が出るのだろうか……。




同じ頃、上陸を開始したDoLLSはヤオの機体を先頭に紋別港の埠頭から市街地に向けての進攻を開始していた。
といってもこの夜間奇襲は後続の本隊にとっての橋頭堡確保と同時に陸地から進撃する部隊への目を逸らす役割を果たしている。
つまり単純に市街地へ突き進むのではなく、上陸拠点を維持する戦力は残しつつ進撃するというかなり難しい任務であった。

「12機でやるにはかなり困難ね……」
「仕方がないですよ。元々この奇襲は少数精鋭でやる予定だったんですから」
「とりあえず、一旦進撃すると見せかけて再びここに戻るというのを繰り返すしかないみたいですね」
「反撃が少ないのはありがたいから今から動きますか」

ヤオ、セルマ、ミリィ、フェイスといった上陸作戦の参加メンバーは口々にこの作戦に対する思いを口にする。
いずれにしても自分達がここを維持しなければ本隊の上陸に多大な損害が生じるのは間違いないのだ。

「それにしても……」
「えらく敵の反撃が少ないですね」
「混乱しているみたいだけど、こちらの数ぐらい把握できそうなのにねぇ……」

既に上陸して30分近くが経過したが、敵からの反撃は最初の段階で散発的な――それも見当違いの方向に向けられた――砲撃が数回あっただけであとは機銃音が響いてくるぐらいであった。
その時、上空から爆音が響いてくる。

「味方の艦載機ですね」
「流石にまだ支援の空爆は出来ないか……」

共に上陸を果たした草薙少佐からの通信によると未だに市民の避難や誘導はこれからとの事である。
既に一部の市民が自発的に避難・脱出しているのを手助けしているという連絡も一緒になされてたが、市民の大多数が未だ市街地に留まっている以上は誤爆を避ける為にも空爆は未だなされていない。
おそらく偵察の為に空母から発艦したのだろうとヤオは思いつつ、ある事を回想していた。

「それにしてもあの二人が支援に出てくれてたら、今頃超精密爆撃で片が付くのにねー」
「先輩、無い物ねだりをしてもどうにもなりませんよ。確かにあの二人が協力してくれたら頼もしいですけど」

ヤオとセルマの頭には、半年前に行なった模擬戦を切っ掛けに知り合ったテストパイロット達――イサムとガルド――と彼等の搭乗していた機体が浮かんでいた。
今では互いに他の惑星から来た者同士仲良くやっている良き「戦友」であり、今回の作戦にも参加する予定があったのだが、現在開発中の新型航空機がテストも大詰めとの事でやむを得ず不参加となったらしい。

(大方例の機体に関係している物よねー。詳しい事は教えてくれなかったけど機密に抵触する以上仕方がないか)

出撃前にイサムやガルド達から聞いた話を思い出しながらヤオはモニター越しに上空を飛び去る味方機を見つめていた。

地上からは味方機に向けて対空砲火が撃ち上げられているが、あまりにもまばらで到底当たるとは思えない。

(バカね。あれではみすみす自分達の居場所を教える様なものなのに)

半ば呆れながらヤオは、指揮下の全機に予定通りの行動を開始する様に伝えた。
予想より敵の反撃が少ない今ならば、点在する敵の火点を潰しながら上陸拠点を維持できるだろう。

問題は敵が温存していると思われる戦力がこちらに向いているかどうかだが、こればかりはどうにも分からない。
少なくとも事前偵察や共に上陸した草薙少佐率いる部隊からの情報ではそういった物は存在していないみたいだが……。

ヤオが警戒しつつ上陸地点から移動を開始したのと同時に暗号通信が入ってくる。
何事かと内容を確認すると、そこに記されていたのはサロマ湖方面の攻勢開始という一報だった。








同時刻 紋別市外周防衛線
紋別市守備隊陣地

DoLLsと草薙少佐の特務部隊が上陸を開始していた頃、紋別の防衛部隊は先の奇襲攻撃で受けた損害への対応に忙殺されていた。
何しろ前触れも無く出現した敵艦艇の砲撃により防衛の要たる対艦ミサイルランチャー群を徹底的に破壊されたのである。
その物的損害はもとより将兵の受けた精神的打撃もまた大きかった。

しかし、これで彼等が腰砕けになったわけではない。
これある事を予想していた者はいち早く衝撃から立ち直ると生存者の救出と残存戦力による防衛線の再構築にかかっていた。

「生存者を探せ!」
「紋別市の司令部に報告を急げ!」

各所で生存者の救出が行なわれ、陣地に近い野戦病院はたちまち地獄と化す。
重症の者は応急処置の後、紋別市に運ばれたが一体何人が市の病院でまともな治療を受けられるかは誰にもわからない。

その一方では生き残った装甲車両が警戒の為、前線に進出する。
奇襲攻撃は即ち敵の本格的な攻勢が始まる前触れでもあるからだ。

「防衛は市郊外から外縁部の平野を優先する。他は後回しだ」
「そうなると港湾部から敵の上陸を許す可能性がありますが?」
「幸い紋別港の周囲は機銃や野砲が多数配備されている。そっちが破壊されてなければある程度の抵抗は出来る」

図らずも防衛部隊の幹部将校クラスが司令部もろとも吹き飛び全員戦死した事により生き残りの最上位士官として臨時に指揮を執る事となった直江はすぐに指示を飛ばす。
さすがの彼も本格的な攻撃開始前の段階で切り札たるミサイルランチャー群が壊滅するとは想像の埒外だった。
それでもまだ敵の上陸作戦が開始されるには時間があり、戦局次第では戦力の一部を紋別港に回せるのではと直江は考えていた。
だが、それ以上にある疑問が直江の頭に浮かぶ。

「なぜ須加は我々を紋別へ呼び戻さない?」

あの男の性格からすれば、この様な状況になったなら間違いなく自分達を呼び戻すはずなのにその通信が無い。
一瞬、須加が敵である日本連合と内通している可能性が頭をよぎった直江だったがそれをすぐ否定する。
同志川宮と党に忠誠を尽くしているあの男の性格からして内通や裏切りは有り得なかったからだ。

(それとも、やはり何か企んでいるのか……)

前線へ向けて出発した時に浮かんだ一つの可能性。
それがどういうものであるか分からないが、恐らく紋別への上陸を許すことになっても十分お釣りが来る策を考えているのかもしれない。

(あるいは紋別市の何もかも巻き添えにするか!?)

少なくともそれだけの破壊を引き起こす兵器――ありていに言えば核――の様な存在は紋別に配備されていない。
ミサイルを撃ち込むにしても未明の奇襲を考えれば逆に迎撃される可能性があるだろう。
だが、直江が混乱する状況で導き出した仮説は限りなく正解に近かったのである。

「上杉、頃合いを見て中隊ごと紋別に後退するぞ。準備をしておく様全員に伝えろ」
「りょっ了解です!」

いずれにしてもこのまま最前線に留まるのは拙いと直江は判断した。
そして副官の上杉軍曹に後退準備を命じると、急ごしらえの野戦指揮所で地図を見ながら日本連合の攻略部隊と接触するまでどれぐらいの時間を要するか考える。

(連中とて陸路の進軍には国道を用いてくる筈……ならば十分時間稼ぎは可能だ)

日本連合側の機甲部隊が悪路を走破する高い機動力を有しているとはいえ、その移動には道路を用いる可能性が高いと見ていた直江はこの作戦以前から紋別市に通じる幹線道路にかなりの対戦車地雷を敷設していた。
仮に平野部や森林を突破して機甲部隊が進軍してくるとしても、歩兵部隊や後方の輜重隊は道路を用いるから戦力の分断も可能と直江は考えている。
地雷と待ち伏せによる遅滞戦術で時間を稼ぎ、その間に紋別市まで後退し守りを固め天塩からの支援を待つのがこの状況下で直江の思いつく最善の策であった。

しかし、その考えも直後に入った報告により覆されることとなる。

「少佐、紋別の守備隊が発した通信を傍受したのですが……」
「どうした?言え」

引きつった表情の通信手を前に訝しげな表情で直江は続きを促す。

「途中で途切れてますが、潜水艦が歩いてる……と」
「はぁ?」

想像の上を行く通信手の言葉に直江は気の抜けた声をあげた。
「潜水艦が歩いている」というだけでは敵襲なのかそれとも他の何なのか分かる筈がない。
少なくとも、この数年間日本連合を相手に数回小競り合いを繰り返している彼にも該当する敵の装備は記憶に無かった。

(連中の新兵器か?いや、いずれにしてもこのままでは退路を断たれるな……)

いきなりの報告に一瞬思考が止まった直江だったが、その後も次々ともたらされる新たな報告を前に冷静さを取り戻していた。
既に紋別へつながる国道238号線、242号線、273号線の全てから敵の機甲部隊が侵攻している為、天塩との連絡ルートは遮断されており脱出は難しい。

(もっとも増援をよこした手前守り抜けというのが天塩側の言い分だろうがな)

直江がそこまで考えていたところに、新たな連絡が入る。
それは、敵機甲部隊による地雷原突破とサロマ湖方面が崩壊寸前であるとの報告であった。








0050時 サロマ湖近辺
Nisar基地周辺部

「アゴーニ(撃て)!」

その号令により放たれた砲弾はサロマ湖の周辺をえぐり飛ばし掘り返していく。
砲弾が一発、また一発弾着する度に地形は大きく変わり、衝撃波がありとあらゆる物を無慈悲に吹き飛ばす。
無人偵察機がその様子を撮影し、刻一刻と変わる地形と敵の拠点に関する情報を収集する。

収集された情報は洋上に展開する打撃護衛艦群にリアルタイムで送信され、戦況図に反映されると共に映像がメインモニターに映し出される。
各艦のモニターには地形を変えるほどの砲撃を浴びせられながらも依然として健在である敵の基地と思しき建物の姿が映し出されていた。

「これだけの砲撃で崩れないとは」
『思った以上に頑丈ですな』

スクリーンの向こう側にいる黛と話すのは、今回の作戦に参加している最大の戦艦「ニコライ・ヴァツーチン」に乗り込んでいるディミトリー・メドヴェーデフ 大将である。
融合前はロシア太平洋艦隊司令官という地位にあったこの人物に対しては、旧ソ連・ロシア海軍の軍人達は元より山本や山口といった帝国海軍出身者や連合政府の関係者も敬意を払っている。

今回の作戦に際して、彼がサロマ湖方面の攻略作戦に参加する艦隊の指揮官に選ばれたのはその豊富な実戦経験と優れた人格者である故だった。
それは、彼の指揮するロシア太平洋艦隊が時空融合直後に日本連合へと降った際にも艦隊内部での反乱や暴動が発生せず、殆どの将兵が離反する事無く千島・樺太方面の守りについている事からも明らかである。
当の本人は退役が近い自分ではなく若い世代に託したいという考えから一度はこれを辞退したが、他に適任者がいなかった事から改めて引き受けたという経緯があった。
この為、メドヴェーデフ本人は今回の作戦参加を自身の長い軍歴を締めくくる最後の任務と考えているが、この戦いによる活躍もあり彼の退役は先延ばしにされる事となるがそれは別の話である。




話を現在に戻す。
この方面における戦場の主導権は、作戦開始直後から日本連合が握っていた。
既に敵が拠点としている建物の周囲は破壊し尽くされており、陸から進軍する上での障害となる地雷原も完全に喪失している。

一方、陸上防衛軍の内この方面を担当する第2師団と第11師団は既に建物の包囲を終えているものの、海上からの支援砲撃による巻き添えを避ける為に距離を置いている。
その二師団の夜戦司令部では、多くの幕僚が「既に建物の周囲に敵兵の姿は無く、障害物も完全に排除されている以上は進軍し、一気に攻略すべき」という意見を述べていた。
無人偵察機からの情報でも建物自体についても極端なまでに強固な点を除けば何らかの迎撃システムは存在しないという事が判明しており、この意見を勢いづかせている。
その後、時間を置かずしてそれぞれの師団長は攻略作戦を早めるべきとの結論に達した。
同時にヴァツーチンの司令部にも「上陸部隊の投入を急いでもらいたい」との電文が送られる。

「攻略にかかるべきだと?」
「はい、『既に艦砲射撃の効果は薄く、このまま砲撃を続けるより一気に攻略した後、紋別の攻略に加勢するべき』と陸軍の側から通信がありました」
「既に陸軍は進軍を開始しているか……よかろう。我々も上陸部隊を送り込むとしよう。ヘリ部隊も投入せよ」

メドヴェーデフは旗下の航空戦艦「伊勢」「日向」及び揚陸艦に残敵掃討ヘリ部隊の出撃と上陸部隊の出撃準備を命じる。
海岸に埋められた地雷は気になるが、砲撃で排除出来た地点の方が多く基地周辺まで進撃するルートは確保出来ているはずだ。
同時にヴァツーチンからも直衛の攻撃ヘリKa50「ホーカム」12機が飛び立ち、敵拠点の制圧が一気に加速する事となる。




同じ頃「赤い日本」が拠点とする建物――後の調査でNisarという組織の基地と判明する――では、立て籠もる将兵がすさまじい砲撃が止むのを待っていた。

彼等にとって、この戦いは最初から不利である以上に敗北が確実なものだった。
十分な戦力も装備も無く、有るのは非常識な強靭さを誇る拠点としていた建物を除けば地雷原や各種トラップによる陣地ぐらい。
それでも守勢に入れば十分戦えるのではないかという淡い期待を誰もが持っていた。

その期待を吹き飛ばしたのが大規模な艦砲射撃による拠点周囲の地雷原一掃と今まさに迫りつつある陸からの大軍である。
赤い日本にも日本連合が複数の戦艦を運用しているという事実は末端の将兵にまで伝えられていたが、彼等の多くが想像していたのは融合前の宿敵たる南日本の「やまと」より格が落ちる金剛型や長門型でありその数も10隻に満たないというものだった。

しかし、この戦いでサロマ湖方面に配置された将兵の殆どが初めて経験する艦砲射撃の洗礼はその想像を粉微塵に破壊した。
まず一度に降り注ぐ砲弾の数が予想より遥かに多く、同時に砲弾の破壊力もすさまじい。
それらが一度や二度ではなく間断なく叩き込まれるのだ。
恐怖以外のなにものでもない。

その砲撃が止んだかと思ったら上空からはヘリのローター音が、そして地上からはキャタピラとエンジンの起動音が響いてくる。
赤い日本の将兵にとっては、それらの正体を肉眼で確認せずとも自分達の終焉が間近になった事を知るには十分なものだった。

「隊長、どうなさいます?もはや敵の包囲網は完成しつつあります」
「話にならんな。籠城するにしても援軍は期待できぬとなると……」
「降伏か死となりますか?」
「死ぬとしてももう少しマシな死に方もあるだろうが」

仮設の指揮所にて、副官の言葉を聞く指揮官は顔をしかめてモニターに映るヘリを睨む。
立て籠もっている多くの兵は建物の強靭さに安心感を抱いているが彼は違った。
歴史上、難攻不落と言われた要塞や城郭が陥落した例は枚挙に暇がないのを彼は知っていた。
だからこそ、この建物も次の艦砲射撃が始まれば崩壊するのではないかという危機感を持っているのである。

同時に、戦死は武人の本懐であるが「籠城したまま建物ごと死ぬ」などあってたまるかという気持ちもあった。
敵に一太刀も浴びせられず一方的に戦死するというのは装備や戦力差という事情を差し引いても不名誉すぎる。
なにより建物の崩壊により瓦礫と一緒に混ぜ返させて遺体も原型を留めないとなったら、これほどおぞましい死に方もそうそう無い……。

(ましてや……あれの存在を考えたらな)

彼の頭にこの基地の地下格納庫で発見された『あれ』の事がよぎる。
もし、建物と同時に封印が破壊されたら……そう考えるだけでも恐ろしい。

(残されていた書類にあった理論など自分には分からん。だが、暴走すれば何もかも巻き添えにして収束不可能な破壊をもたらすならばそれを止められる者に委ねるべきだ)

迷いは無かった。
指揮官である彼は、次の瞬間副官に命じる。

「我々は降伏する。使者を送れ」

白旗を掲げた使者が建物から出てきたのは、まさに一斉砲撃の命令が下る直前だった。
この結果、サロマ湖方面における戦いは終結し、数百名或いはそれ以上の人命が失われずに済んだのである。
同時に日本連合は、この方面における戦力を紋別攻略に振り向けることが可能となり、結果として今回の戦いそのものについても勝敗が決したと言える。

しかし、これで全てが終わったわけではない。
後に、赤い日本が拠点とした建物――Nisar基地――を調査した日本連合の関係者はそこに残されていた幾つもの書類やデータからそこに封印されていた存在を知り、驚愕する事となるのだがそれはまた別の話である。








0000時 紋別市南西約20キロ地点
国道273号線

ここで時間は僅かにさかのぼる。
紋別市周辺への奇襲攻撃と時を同じくして陸上防衛軍も進撃を開始していた。
この作戦で陸上防衛軍は三方面から進撃し、紋別の奪還及びサロマ湖周辺に展開する「赤い日本」の残党撃破を達成するつもりである。

その紋別奪還部隊の主力となる第7師団と第60師団は、渚滑川(しょこつがわ)に沿った国道273号線を用い紋別へ進撃していたが作戦開始から間もなく地雷原を前に足止めされる事となる。
既に国道238号線を用いて北から進撃中の第21師団(※デフコン2以上で編成される予備師団)からも「地雷原により進軍停止す」との連絡が入っており、このままではいずれのルートも大きく迂回を迫られるのは確実だった。
もっとも、地雷原の存在は事前偵察の段階である程度判明していた為にその対処方法も準備されており、その為の部隊が地雷原に向かう事となる。

「で、私達の出番という事ね」

指揮車の車長席で、第201空挺特科中隊(SugarCane)隊長長ライザ・モリーナ大尉はニヤリと笑みを浮かべる。

わずか10分ほど前に戦車部隊の後方に空挺降下で降り立った6両の見慣れない大型トレーラー。
そのトレーラーの荷台は大型の一見コンテナのようにも見えるが、彼女らの護衛を務めるドールズ第2013小隊の面々にはオムニ独立戦争以来おなじみのM151多目的ロケットランチャー……。
パッケージの交換でMLRS・地対空ミサイル・地対艦ミサイル・巡航ミサイル……ありとあらゆるミサイル・ロケット弾を発射可能な汎用ミサイルランチャーとして自衛隊を驚愕させた代物であることは周知であった。

今回M151のランチャーパッケージには、通常の中距離MLRSに加えて新たなる装備が一個小隊3両に2両分装備されていた。
それを使い一気に地雷原を突破するのが彼女らの最初のミッションである。

「SugarLeaderより全車へ、フォーメーションc(チャーリー)を取れ」

ライザの指示で新装備を搭載した4両が指揮車を先頭に前進し、戦車部隊を押し分けるようにして道路上を進む。

丘陵地帯をまたぎ、小さな峠を作って居る地点で4両は道を離れ、百メートルほどの距離を置いてアウトリガーを展開して待機姿勢を取る。

『Sugar1、STBY(スタンバイ)』
『Sugar2、STBY』
『Sugar4、STBY』
『Sugar5、STBY』

全車が所定の位置についた事を確認すると、ライザは再度RPVによってサーチされた地雷原の位置を確認する。

「諸元修正、ルート上の幅20mぐらいを一気にやっちゃって」

オペレータがそのデータを入力し、除去する対象のエリアがスクリーン上にて切り替わる。
スクリーン上にはサーチされた地雷原が表示され、色の濃淡で地雷の埋設された密度までがハッキリと判っていた。
これらをランチャーパッケージ内に収納された新装備――地雷処理爆薬(爆導索)――により一掃するのだ。

地雷原の排除については、戦車の前方に取り付けたローラーやマインプラウによって排除する事も可能であったが今回の作戦では爆導索による一斉爆破という手段が持ちいられた。
排除の際にすさまじい爆発音と炎や煙が上がるものの、これが一番簡単な手段だったからである。

爆導索自体は自衛隊では時空融合以前から用いられていたが、実のところ地雷の知性化が進んでいたオムニでは廃れていた方式である。
だが、自衛隊の地雷処理車両が持っていた爆導索がM151で運用可能と解ったことからオプションとしての改修がすすめられたのだ。

戦闘が終わった後なら時間をかけてローラー作戦により排除すればいいが、戦闘中にそのような事をすればいつ敵の奇襲を受けるか分かったものではない。
何よりも今回の作戦は短時間での制圧を目的としている為、時間をかけるわけにはいかなかった。
それならば、機甲部隊が通れるだけの道を一度の爆破で作ってさっさと進軍すればいいという結論が出たのも当然と言えば当然である。

「爆発が派手だというのなら、やればいいだろう。紋別を不法占拠している連中にも聞こえるなら自分達の罠が破られたと教えてやるいい機会だ」

地雷原の排除に関して、作戦会議の際に斎藤中将が口にした言葉である。

姿の見えない艦砲射撃に続いての地雷原爆破による強行突破、北日軍側兵士に対する心理的プレッシャーは相当なものになるだろう。
ライザもそのことを考え、出来るだけ派手に吹っ飛ばす考えで居たのだ。

「大尉、何時でもやれます」

オペレータの言葉にライザは大きく息を吸い込むと号令を放つ。

『マインスイーパ、撃ェっ!』

直後、4両のランチャーからロケット弾が発射される。
だが、そのロケット弾はただ飛ぶのではなく内に収納されていたワイヤー……爆導索を後から引きながら飛んでいくのだ。
その落下した爆導索はただ落下するのではなく地上への落下途中で一部の爆薬が炸裂して多量の断片を地表へ叩き付け地雷を誘爆させた。

そして爆薬が直線状に地上へ落下した直後、残りの爆薬が一斉に炸裂し、残りの地雷を完全に排除する。
煙が止んだ後には地雷の一掃された道が4本完成していた。

「説明は聞いていたけど二段構えというのはまた派手ね」

すさまじい爆発を目の当たりにしたライザは技研で新型爆導索――通称02式地雷原処理ロケット弾――の説明を聞いた時の事を思い出していた。
従来型の様に地面へ落下してからの爆発ではなく、一部が地表へ到達する直前に炸裂する事で広範囲に飛散した断片が散弾の様に機能するのが新型爆導索の特徴である。
「もちろん攻撃にも使えますよ。対人攻撃には絶大な効果を発揮するでしょう」という言葉を聞いた時はその情景を想像して思わず気分が悪くなったりもしたが。

対怪物(ゴジラ世界での「ショッキラス」やガメラ世界の「レギオン」のような集合生物)や将来的にムーの戦闘ロボットの駆逐に用いる事も考慮した……とのことで一応は納得できたが。
気を取り直したライザは師団司令部へ通信を送る。

「シュガーコーンよりセブンスター(※第7師団のコードネーム)及びアイゼンクロイツ(※第60師団のコードネーム)へ。障害の排除を完了した。前進されたし」
「セブンスター了解。前進する」
「こちらアイゼンクロイツ。了解した」

数分後、第7師団と第60師団の装甲車両が次々と先ほどまで地雷の敷設されていた場所を通過していった。
最後に通り過ぎた車両が発光信号で「貴隊の支援に感謝す」と発したのを見届けたライザは各車両に「これより追随する」と連絡を発しながら思う。

恐らくこの作戦で地雷排除の任務はもう無いだろう、と。
日本連合は、事前の偵察と紋別へ入ってくる車両や船舶の移動状況からおおよその弾薬量を把握している。
その量からすれば、この地雷原は紋別を守備する赤い日本の部隊が持てる全ての地雷を投じて作り上げたものだと推測するのは容易だった。

次に出番があるとすれば紋別市の周辺に展開しているであろう守備隊へのミサイル攻撃だろうとライザは考え、ふと思った。
北から進軍している部隊は大丈夫なのだろうかと。




一方、国道238号線から進軍していた第21師団は地雷原を若干遅れて排除していた。

「やれやれ、ようやく進軍可能か」
「召集をかけてから訓練の間も無くの実戦投入でこの程度の時間しかかからないのなら優秀でしょう」

地雷原を排除した跡に立つ壮年の男性と隣にいた若い男性が話している。
その背後にはこれから進撃を再開しようとする第21師団の車両が多数待機していた。
車両はこの時期既に時代遅れとなりつつあった車両を手直しした物であったがこれは師団の性質上仕方がないものだった。

第21師団は時空融合後に新設された師団の一つだが、同じく新設の第60師団と異なり予備自衛官(防衛軍発足後は即応予備兵)を主力としている。
普段は基幹要員のみで運用されている師団であり、装備もこの頃二線級になっていた物が中心になっていた。
戦車一つを見ても、現在主力となっている02式戦車の姿はなく、90式戦車や74式戦車の改修型ばかりである。

「我々の任務は主攻となる7師と60師の側面支援だからな。進軍が遅れては話にならんよ。では、大尉行こうか」
「了解です。師団長」

師団長とその副官である大尉は、車両に向けて歩き出す。
二人の会話にある通り、第21師団の主任務は南から進撃する第7師団と第60師団による主力の攻勢を側面援護する為の援護である。
それゆえに真正面からの戦線突破という危険な任務は任されていない。

そもそも、予備師団がそのような任務を担う事になればそれは第一線部隊の崩壊を意味する。
それを理解していたからこそ、上層部も予備師団を火力の中心に据える事もなかった。

「師団長より、全車両へ。これより紋別に向けての進軍を再開する!」

第21師団の車両が再びエンジン音を響かせて走り出す。
途中で戦闘突入等のトラブルが無ければ遅くとも夜明けまでには紋別市の外縁部に到達するのは確実だった。








0100時 紋別市外周防衛線
紋別市守備隊陣地

「戦線を縮小する。現在の防衛線を放棄し、一気に最終防衛線まで下がると残存する部隊に伝えろ」

直江がそう告げた時、司令部要員の誰もが適切な命令だと感じた。
既に対艦ミサイル群と地雷原による防衛網は崩壊しており、これらを用いて敵の侵攻を頓挫させる当初の前提は崩壊している。
ならば、味方の損害が小さいうちに最終防衛線まで後退して反撃の密度を上げるのは当然と言えた。
命令が下るや融合直後から紋別に駐留していた部隊は迅速に後退を開始した。

だが、この戦いが始まる直前に紋別へ到着した増援の部隊は反応が全く違った。
彼等は直江の指揮下にあった部隊とは異なり後退するどころか迷走の結果、元の陣地に戻ってしまったのである。
それはもはや自滅の道を選んだにふさわしい行動であり、この戦力分散により紋別市の防衛戦力は更に削がれる事となった。

上記の様な結果になった原因。
それは紋別周辺の地理を把握していたか否かの一つに尽きる。
直江達、古参の紋別守備隊は融合後に紋別市周辺の地理を把握する為に入念なフィールドワークを行ない戦闘時に迅速な機動を可能にしていた。

これに対して、戦いが始まる直前に天塩から送り込まれた増援部隊はこれらの地理把握について全く無頓着であり、肝心の地図についても融合以前からの物を用いていた。
直江の側は自分達が独自に作った地図の提供を申し出たが、これらの行動は増援部隊の指揮官である須加少将が「余計な行為は無用だ」という一言で立ち消えになっている。
その結果として、紋別の外周を防衛する為に展開した増援部隊は街道から外れた原野が自分たちの地図とは全く異なるモノへ変化した事を把握できず徒に混乱することになった。
要するに彼等は自分達の指揮官が無能であったが故にそのツケを命で払う羽目になったのである。




同じ頃、後退する直江と指揮下の部隊はその途中で敗残兵をところどころで回収しながら最終防衛線に向かっていた。
その途中、直江と上杉は既に前線へ置き去りにした部隊の事を話す。
今ならまだ連れていくことが出来ると言う上杉に対して、直江の言葉は「放っておけ」と言った。

「放っておくのですか?」
「距離が離れた以上、仕方がないだろう。それに南の連中は降伏すれば捕虜を殺しはしない。あとはあいつらがバカな真似をしなければいいだけだ」

上杉と話す直江だったが、心の中では(もっともあの須加の部下にそれが理解出来るかわからんがな)と付け加えていた。
元々、昨日増援として到着した時からその態度は眉をひそめるものがあったから直江は心情的に助けるにもなれなかったというのもある。
同時に下手な大人数よりも、自分の信頼できる少数の部下を動かす方が効率の良い反撃が出来るから、その時間稼ぎになればという酷く冷淡な考えもあったのだが……。

直江達が最終防衛線に到達しようとする頃、先ほどまで自分達のいた第一防衛線から火の手があがる。

「始まったか」
「どうやら助けに行く必要は無かったみたいですね」
「まあいい。救えなかった者より今はこれから救う者達の事を考えるべきだ」

自分が救うべきは紋別の市民、間違っても司令部でのさばっている須加ではないと直江は自覚していた。




一方、その最前線では戦端が開かれていた。
前線に残った者達は自らの行動を死ぬまで後悔する羽目になる。
なぜなら、最初に接敵した相手は日本連合でも屈指の装甲戦力である第7師団と第60師団だったからだ。

「来るぞ、全員対戦車戦用意!RPG出せ!」
「あ……あれが、南日の新型戦車っ!!」

障害を排除し迫りくる日本連合のMBT――主力戦車――02式戦車の姿を捉えた時、取り残されながらも迎撃せんとする赤い日本の将兵は誰もが恐怖に凍りついた。
同時に、その場から逃げだそうとする者がいなかったがそれだけでも立派と言うべきだろう。

日本連合が時空融合後に各並行世界の戦車を参考に開発した02式戦車の存在はこの頃、主要な師団に配属され赤い日本との戦闘でその姿を見せていた。
それまで融合前から各並行世界で配備・運用されてきた戦車を相手に戦ってきた赤い日本の将兵にとってこの最新鋭戦車は衝撃と同時に存在を知られることとなる。

今回紋別に派遣された部隊の間でもその情報は戦車部隊の将兵を通じて知らされており、赤い日本の主力戦車たる82式戦車の主砲も通じないと恐れられている。
現状での歩兵による対抗手段は引きつけて複数の方向から対戦車ミサイルを浴びせるぐらいしか存在しない。
ましてや、既に司令部や本隊との連絡がつかない状況では迂闊に後退すればそれこそ待っているのは敗北主義者の烙印を押された結果確実な死があるのみだ。

だからこそ、後退出来ず取り残された部隊は絶望的な防衛戦を展開する事となった。
その蛮勇に対する日本連合からの返答は砲撃によってなされる事となる。




進撃を続ける第7師団と第60師団が「赤い日本」の将兵を捉えたのはRPGの射程に入る遥かに前の事であった。
その最前列を走る02式戦車の砲塔に搭載された複合センサーは、展開している「赤い日本」の兵士についてその人数はおろか装備や展開位置までを既に把握している。
得られた情報は車載コンピュータによって即座に暗号化され、データリンクによってすべての車両へと送られていく。

「師団長より各車。敵については射程に入り次第対戦車ミサイルを優先的に排除。他は各個の判断に任せる」

送られてきたデータを確認した第60師団の師団長であるクルト・“パンツァー”・マイヤー中将の判断は早かった。
上記の命令を通信で発し、それらは戦車連隊の各車へと送られていく。
高度に電子化された現代の戦車戦闘では無線が使われることは無く、殆ど車載コンピュータのディスプレイ上に表示される通信命令によりなされている。

ディスプレイ上に映し出される自軍の戦車による攻撃とリアルタイムで表示される戦果と損害、マイヤーは自らが乗り込む戦車の中でそれらを前にして(時代は大きく変わった)と思う。
日本連合に到着する前は、未来の技術が軍隊という物がどういうものか断片的に知らされていたのみだったが、この様に目の当たりにすると技術の進歩を実感する。

「それにしても、何もかもが情報化されて目の前に出されるというのは便利だが慣れぬものだ」

この02式戦車に乗って初めて指揮を執った日から何度も実戦を経験し、このシステムの扱いにも慣れた筈のマイヤーだが今でも無味乾燥で戦っている気がしないと思う事がある。
しかし、相変わらず車両には無線と信号弾が装備されているのを見ると、自分達の時代で主流だった手段で指揮伝達する時代は終わっていないとも思えた。

(いずれ、何処かでこれらが役に立つ局面が来るだろう。そう、なんらかの手段で今の通信手段が無力化される様な事になるなら……)

そんな事を考えながら、ディスプレイ上の戦況から前線では戦車部隊が敵歩兵部隊を壊滅させ、あるいは逃走に追いやったのを確認したマイヤーは前進を命じた。
第7師団と第60師団が正面の敵兵を排除するのに要した時間は約15分であり、損害は無し。
この一方的な戦闘による遅延は予定の範囲内であり、進軍の速度が早められることは無かった。




第7師団と第60師団が戦場を通過した直後、徹底的に破壊された即席の陣地で動く物陰があった。
そこから姿を見せたのは、先ほどの戦闘で生き残った赤い日本の将兵である。

「生き残れたのはいいが……これからどうするか」
「既に戦線は突破されました。このまま敵の背後を突くにしてもこの有様では」

その間に集まった者達は幸いな事に皆無傷だったが、先ほどの戦闘で対戦車装備はほぼ失われており彼等が手にしているのもAKやマカロフ拳銃といった小火器ばかりだ。
加えて移動手段である車両もほぼ失われているから今更紋別に戻る事も難しい。
戻ったところで戦闘に巻き込まれるだけだろう。

「とりあえず紋別のとの連絡を……」

彼らの中で最上位の士官が生き残った無線機を手にした時、接近してくる爆音と視界を遮る光に彼等は言葉を失った。
そして彼等の眼前に出現したのは、圧倒的な存在感を放つ鋼鉄の猛獣――02式戦車――の一個小隊であり、光源は車体前面のライトである。

「降伏しろ。さもなければ射殺する」

極めて簡潔な警告の前に彼らは顔を見合わせると武器を捨てて頭の後ろに手を置いた。
すぐに戦車兵が彼等を拘束し、トラックが到着したら荷台に乗る様に促す。
それまでの短い時間で戦車兵は捕虜となった将兵に簡単な尋問を行なっていた。

「後方警戒で戦闘はお預けかと思ったが、捕虜を得られるとはな。何か聞き出せたか?」
「はい、士官の一人が『紋別へ後退しようとして離ればなれになった』とか『地形が聞かされていた話と違う』などと妙な事を」
「ふむ……もう少し詳しく聞き出せ。師団司令部に伝える」

小隊長の指示によりその後得られた貴重な情報は無線により紋別へ向けて進む3個師団へと伝えられる事となる。
後方警戒部隊からの報告に第60師団のマイヤー師団長はその情報に「そうか」と短く答えた後、暫し考えた。

(数日前からの偵察情報では紋別周辺の戦力が増強されていると聞いたが捕虜としたのはその連中か?周辺の地理的な情報に明るくないということは奴らの内部でも不和が生じているのか?)

そこまで考えたマイヤーだったが、敵戦力が減少している可能性については否定的だった。
大半の戦力をした上で市街地に侵入した所で伏兵によって包囲される可能性も捨てきれなかったのである。
彼が時空融合以前に経験した欧州における戦いでは無謀な死守命令によって包囲殲滅された味方は少なくなかった。
現在は戦力的に優勢であり最初の一戦目は圧勝だったがそれが油断を引く為の策とではないと言い切れない。

無線機を手に取ったマイヤーは全周波数のチャンネルで師団の全将兵に向けて命令を発する。

「師団長より前進中の各車両へ。先程の戦闘は一方的な圧勝だったが、市街地の敵戦力は未だ詳細不明だ。気を引き締めてかかれ」

直後、各車両から「了解」との通信あるいは信号が送られてくる。
その通信に満足しながらマイヤーは「あのお嬢さん達には負けられんな」と呟くのだった。




0130時 知床半島北側沖
LCC-01「赤城」艦内指揮発令所

陸上において、防衛軍と赤い日本との間で交戦が開始された頃。
赤城の艦内にある巨大な指揮発令所にはリアルタイムで通信情報が送られ、巨大な液晶ディスプレイ上の戦況図では日本連合側を示す青い矢印マークが紋別市に向かう様子が映し出されていた。

「第7師団及び第60師団は戦闘を終了し前進を再開。第21師団が側面より支援の為進軍を続けています」
「第2師団はサロマ湖周辺に展開する敵部隊と交戦を開始」

ディスプレイを見つめる山本大将と山口、斎藤の両中将は自軍の優勢を確認すると「こちらも動くか」とそれぞれ頷く。
山本がオペレーターの席に歩み寄り、マイクを手にする。
それは、この作戦が海戦から陸戦へと本格的に移行する事を誰もが理解していた。

「赤城より作戦参加の全将兵へ。幕僚長の山本だ。諸君等も知っている通り陸上では既に戦闘が始まった。我々もこれより本作戦の第二弾となる上陸作戦を開始する。全員奮励努力せよ」

飾る言葉は無いとばかりに山本は席を離れる。
だが、今の言葉により多くの将兵から歓声が上がっている事は間違いないと思えた。
事実この発令所の士気もこれ以上に無く高揚しているのだから。

「上陸作戦は当初の予定通りまずサロマ湖付近となるな」
「紋別方面はDoLLSと特務小隊による攪乱工作が開始されてますが、紋別港における橋頭堡確保の一報はまだです。時間にはまだ余裕がありますが」
「なら紋別方面の上陸も当初の予定通りでいいだろう。現在進軍している三個師団が戦闘に入れば連中も混乱する。そこを狙うべきだ」

山本の隣では山口と斎藤の両名が幕僚と共に、大型ディスプレイとは別に3DCGで表示された戦況図を前に秒読み段階となった上陸へ向けて最後の話し合いをしていた。 元々存在する地図データに無人偵察機や静止衛星、戦闘中の各部隊より得られた情報を元に現在進行形で戦況を図上に表示し最適の戦闘パターンを割り出す。 その情報を総合した時点で紋別港周辺よりサロマ湖に面したポイントは機雷の敷設や伏兵となる小型艇の姿が確認されてない事から上陸に最適とされた。

「現時点でこの地点に先発する部隊を上陸させた後、紋別市とサロマ湖一帯への攻略分かれて進撃させれば短時間での突入が可能でしょう」 「サロマ湖側に向かう部隊は現在交戦に入っている第2師団と共に敵の拠点となっている建造物を攻略一方で紋別市に向かう部隊はそのまま紋別市から敵戦力を引き離すのを目的とします」 「先行するDoLLSの情報によると紋別港周辺の防御陣地は正面から当たれば損害を無視できないとのことだ。ここで少しでも紋別に上陸する第二陣の損害を減らす必要がある」

幕僚の発言をもとに斎藤は減殺の戦況が自軍に有利であるが、これをより確実なものとする為命令を下す。
即ち、本作戦における上陸開始命令である。

しかし「赤い日本」側もこのまま手をこまねいていたわけではない。
この時、上陸を開始せんとする第一司令艦隊を捕捉せんとする「秘密兵器」が海中を突き進んでいたのである。




海中を高速で移動する「何か」を日本連合側が発見したのは艦隊が上陸作戦に向けて動き出してから一時間程後の事である。
この日、領海上空の哨戒任務に就いていたP-1哨戒機の一機が今までにない反応を検知した。

「これは……なんだ?」
「どうした?」

オペレーターの一人が呟いた言葉に隣の同僚が反応する。

「見てくれ。恐らく潜水艦なんだろうが、こんな反応は見たことが無い」
「なんだこりゃ、高速で移動しているみたいだがノイズだらけだぞ」

検知したデータを前にした同僚もその内容に首を傾げた。
おそらく海中を移動しているのだろうが、大量のノイズを発している。
そのノイズ量は潜水艦にとって最重要要素であるはずの静粛性など頭から無視しているかの様だった。

「こいつの移動先はどこだ?」
「どうやら紋別を攻略中の艦隊に向けて移動している」
「まさか『赤い日本』による艦隊攻撃か?しかし、このノイズでは魚雷で攻撃するにしても先に発見されるぞ」

潜水艦なのか未だ正体を特定できない存在の向かう先を知った二人はますます首を捻る。
しかし、次の瞬間。

「……反応が消えた?」
「どういう事だ?」

急な出来事に二人は驚愕した。
時空融合後のP-1哨戒機はエンジンや各種センサー系が最新型に改修されており、外見こそ同じだがその性能は「P-1改」と呼べるほどの大幅向上を果たしている。
その高性能センサーから反応が消えた。

「哨戒を続けるぞ。こいつは怪しすぎる」
「機長に連絡は?」
「既にやってるよ!」
「MAD(磁気探知)とLIDAR(レーザーレーダー)は?」

だが、彼等がその驚きから立ち直るのも早かった。
すぐさま目の前の機材を総動員する形で謎の存在を捕捉すべく追跡する。

対潜哨戒機は潜水艦が地磁気に与える歪みを測定することで位置を測定する磁気探知装置(MAD)が備えられている。
例え推進器を停止して沈降したとしても地磁気のゆがみや水面のわずかな盛り上がりで推測できる筈だ。
何よりも今回の機体はゾーンダイクのムスカをはじめとする怪獣の類に対抗する為の対怪獣センサーまで搭載している代物だから捉えられない筈が無かった。

「どこだ……どこにいる……」
「海底に到達していたとしても隠れ続ける事は不可能な筈だ」

海中に潜む存在の正体は未だつかめていない。
生物という可能性は排除し切れないがそれはごく小さいだろう。

反応が消えた海域周辺を探索する事約30分。
先に動いたのは海中に消えた謎の存在だった。

「見つけた!海底に僅かな反応有り!」
「OK!そのまま逃がすなよ……」

海中の存在は既に捕捉した。
あとは相手がどう動くかだったのだが……。

「まて、別に反応があるぞ?」
「数は多数、今度は何だ?」

海中に潜む謎の存在を追跡中に現れた別の反応。
その数を前にオペレーターは驚いたが、その正体はすぐ判明する事となる。

「生体反応有り、対怪獣センサーへの反応は無し……どうやら普通の海洋生物だな」
「それはいいが補足している奴らはどこだ?」
「わかっている……反応が重なったぞ」

海洋生物の反応と既に捕捉していた謎の存在の反応が重なったかと思うとそれらは一つの反応となった。
本来異質な存在が紛れ込めば普通の生物はそれを忌避する筈だがそれが起こらないのは恐らく群れの真下に潜り込んだのだろう。

「どうする?このまま哨戒を続けても攻撃は加えられんぞ?」
「既に艦隊へは通信を送ったが、迂闊に攻撃出来ないのではな」

オペレーター達は顔を見合わせ、今後どうなるのかという表情を浮かべる。
既に反応は北に反転しており、艦隊から派遣された護衛隊が到底間に合うとは思えない。
恐らくは艦隊もこれについては警戒するだろうが、いつまた先程の存在が迫ってくるか分からないのは不気味だった。




「追跡は中止か、動物の群れに紛れて逃げるとは相手も考えたな」
「仕方がありません。哨戒機も燃料切れで離脱した以上は再度出現するのを待つしかありませんね」

場所は変わって護衛艦「島風」のCIC。
そこでは艦長の阿倍野と副長の吉岡大尉が所属する第11護衛隊の旗艦「最上」から発せられた「追跡中止、艦隊の護衛に戻れ」の報を受けていた。

上空に展開していたP-1哨戒機からの情報を艦隊旗艦の赤城が受け取った時点で、海中から艦隊に迫る謎の存在と最も近い位置に展開していた第11護衛隊が追跡の命令を受けたがそれから間を置かずに追跡中止の命令を受けたのである。
哨戒機も既に上空から離れており、対象が海域を離脱した以上はもはや追跡の意味は無い。
そう判断した艦隊司令部は各艦に対応策を伝えることとした。

「つまり、当面は水際で食い止めるしか無いという事ですね」
「ああ、次の哨戒機が来たところでまた逃げられては意味がない。それならいっそ艦隊そのものに肉薄した所を迎撃し後顧の憂いを絶つ方が良いというのが司令部の判断だ」
「山本幕僚長は博打好きと聞いてましたけど、我々の隊が囮になって相手を釣り上げると言うのもまた思い切った事を考えられましたね」
「だが悪い賭けでもないよ阿倍野君。我々が囮になる事で上陸部隊から連中の目を遠ざけられるなら我々の勝ちだ。何より我々にも強力な助っ人がいる」

隊司令である吉川との会話を終えた阿倍野は、打ち合わせの手順に従い部下に指示を出す。

自分達第11護衛隊が事実上「囮」を演じる事になるが、はたして食らいついてくれるか。
「最上」からはSV-1「MATジャイロ」とMV/SA-32「海鳥」が全機発艦し、周辺警戒に付くとの通達が入る。

阿倍野も島風艦載の対潜哨戒用ティルトローターUCAV「ファルコン・アイ」の発進命令を出し、護衛隊周辺の索敵を密にさせる。
艦橋の後ろからターボシャフトエンジンの甲高いうなり声が聞こえてくるのを聞きながらとりあえず、この作戦時に大規模な台風が来ていない事は救いだと呟く。

(我々の外側には更に潜水艦が展開している。哨戒機の目を掻い潜った所でそう簡単に艦隊には近づけないはずだ。だが、そろそろ相談しておくか)

周囲の人間がスクリーンやディスプレイに注目しているのを確認した阿倍野は、自分だけに見える島風の船魂に話しかけた。

「島風、作戦前に言った通り君の力が必要になりそうだよ」
『わかってるよ艦長。多分、また来ると思う。それから、直接声に出さなくても心で話しかけてくれたら大丈夫だよ』
『そうか、ならば助かる。君も分かっていると思うが我々の外周には潜水艦「はくりゅう」が警戒している。もし先ほどの存在が再び来るならば、はくりゅうのセンサーに引っ掛かる筈だ』

阿倍野の言う「はくりゅう」とは青の6号こと「りゅうおう」の量産型として現在日本連合の潜水艦隊における主力となっている潜水艦の一隻である。
ちなみに、この形式は量産型の一番艦である「たつなみ」の艦名から「たつなみ型」とも呼ばれる。

『もしセンサーに引っ掛からなかったら私の出番ね』
『そうだな。横須賀を出る前、君と話した通りの事態になってしまったが』
『安心して。私も見つけたら艦長にすぐ知らせるから』
「ありがとう、島風」

島風の言葉に、阿倍野は心ではなく小さいながらも声に出して感謝を伝えた。

「さて、これからが我々の正念場だ」

艦隊に接近してきた謎の存在が反転した事で、上陸作戦は遅滞なく進む事となる。
しかし、未だ脅威が去ったわけではない。
これより作戦終了までの数時間、第11護衛隊にとって本作戦で最も過酷な戦いが始まろうとしていた。

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