Super Science Fiction Wars 外伝

Steel Eye'd ladies~鋼鉄の眼差しの乙女達

第2話 ファースト・コンタクト


新世紀2年6月16日 午前0時15分 北海道美深町

「お会いできて光栄です、ヤオ中佐。私はあなたたちの時代から100年ほど経った時代の177特務大隊所属。ナガセ・マリ中尉です!」

光学迷彩を装備した首なしのPLDから姿を表したパイロットを、ヤオはぎごちなく敬礼しながら見るしか無かった。

「100年後のドールズって……」
「はい、にわかには信じてもらえませんかも知れませんが……」
「あんたが乗っているローダー見りゃ信じる気にもなるわよ」

ヘルメットを脱いだナガセの顔を見ながら、ヤオは溜息をついた。
いきなり地球に飛ばされたと思ったら100年後のドールズ隊員と出会う、とはねぇ……。

「フォックスリードよりヒドラウィング。フォックスリードよりヒドラウィング。今ポイントから北へ10km地点で100年後のドールズ隊員というパイロットと接触した。光学迷彩を装備したステルスローダーに乗っている」
『こちらヒドラウィング、ハーディだ。こちらでも通信を確認した。すまないがその100年後のドールズとやらに連絡を取りたい。交渉のため出向いてもらえないか』
「了解。これの貸しは高くつくわよハーディ」
『判った、今度びょうきもちで奢るわよ』
「びょうきもち?判った。言っとくけどビール程度じゃないからね」

珍しく「女言葉」でハーディの苦笑する声がヘッドフォン越しに聞こえた。
軽い冗談が言える辺り、自分でも精神的余裕が出来てきているのかも知れない。

「そいじゃあ、ナガセ中尉。我々を100年後のドールズのところまでご案内していただけますかね?」
「喜んで。伝説の英雄を見られるとあれば、皆喜びますよ」

ナガセのローダー……実戦テスト中の試作機であるXD-10装甲隠密歩兵と言うらしい……は機体を起こすと先ほどの亜空間通信センターに向けて歩みを進めた。

「さすがに隠密歩兵とはよく言ったものね……足音がほとんど聞こえてない」

マルチセンサに映る情報を眺めながら、ヤオは一人その性能に感心していた。ナミが見たらもぉ涙流して喜びそうだね~。と心の中で付け加えたが。

「確かにそうですね……RRのパッシブソナーでも辛いんじゃないでしょうか?」

セルマも前を歩く機体の静粛性に驚きを隠せないようだ。
X4RRのすねの部分に搭載されているソナーは、歩兵の足音でも聞き分けると言うほどの高性能を誇っているが、XD-10の足音を聞いてもそれがPLDだと判断するのは非常に難しいことは容易に想像できた。

「あんまり変わって無いように見えるけど、やっぱり100年先、ってことなんでしょうかね」
「やっぱあんたもそう思う?」
「速度は遅いみたいですけど」

実際、目の前のXD-10は全速で走っているようだが、ヤオとセルマはスロットルを70%のところで絞っていてもすぐに追いついてしまうのだ。

「うーん……これじゃあ隠蔽性が高くても忍者とは言えないわねー」

ナガセには失礼と思うが、ヤオは内心つぶやく。
4,5分ほど歩いただろうか、森が開け、先ほど見えた亜空間通信施設の前にやってきた。
そこには、先ほどのPLD部隊が二手に別れて整列し、歴史上の英雄に対する敬意を表さんと敬礼していた。

『ようこそ、2600年代のドールズへ。ヤオ中佐』

その真ん中に立つ、褐色の肌をした黒人と中国系の特徴が混じった女性の顔が通信画面に映っていた。

『私がDoLLS隊長、フェイエン・ノールです』
「先輩より落ち着いていそうですね」
「どーゆー意味よ、セル」

さりげなく接触回線でセルマがからかってくる、とりあえず突っ込んでおくと、コクピットハッチを開け、機外に顔を出した。

「我々が……」
『存じておりますよ、ヤオ・フェイルン中佐。セルマ・シェーレ大尉。PLD戦術の教則本であなたたちの名前が載っていない本はありませんから』
「はぁ……」

自分たちがおそらくは死んでいるか、おおよそ今からは想像も付かない老婆になっているであろう時代の人間の言葉にヤオたちはただ頷くしかなかった。

「こちらもローダーに乗ったままじゃあ失礼ね。今降りるわ」
「アテンション!」

フェイエンの号令が夜空に木霊する。

「ハンド・サルート!」

ヤオとセルマ、おそらくは実際に会えるはずの無い人物二人を前にした30人を越える面々は一斉に最敬礼をする。

「お見事」

ヤオは手を叩いてフェイエンを賞賛した。

「ここまで鍛えるのは大変でしたよ。ジアス戦役が終わってから100年近く、大規模な戦争が無かったので……」

フェイエンは黙って苦笑する。
事実、軍人家系であった自分も実際にサイフェルトとの戦争が起きるまで、どこか抜けていたと思うところが多々あった。
それゆえに自分もなり手が居なくて半ば押し付けられる形で就任したDoLLSを率いて、ようやく軍人として足りないものを手に入れたような気がしているのだった。

「平和ボケ、と言われても仕方が無い問題児ばかりだったんですが……」
「DoLLS隊長はいつも苦労する、って所か」

ヤオの相槌に、フェイエンは苦笑する。

「総員、休め!」

直後、ざっ、と音を立てて全員が直立姿勢から体勢を崩した。

同時刻 北海道美深町上空 高度7500メートル

「ビンゴ!奴等を見つけた!」
『反応を見るとどうやら二手に分かれている様だな。出現後に分かれたか、或いは個別に出現したのか……』

ヤオとセルマが100年後のDoLLSと接触していたのとほぼ同じ頃、その遥か上空では東京から偵察に飛んできたイサムとガルドがDoLLSを捕捉し追尾を始めていた。
揺り戻し現場直前で一旦高度を10000メートルまで落とし、そこから更に降下してエンドレスエイトへ入った直後、2機の機体下部へ搭載した複合偵察ユニット「エレメント」が反応を示したのである。

「数は両方合わせて40ぐらいか……。ガルド、お前の機体でもう少し何か分かるか?」

イサムは隣を飛ぶガルドの搭乗するYF-21に通信を入れる。

YF-21はイサムのYF-19以上にハイテク装備が充実しており、機体に装備されたセンサーによる索敵能力も高い。
「エレメント」では収集しきれない情報を、親友が乗る機体の性能で拾えないかと考えたのである。

『こいつのセンサーか……なるほど、やるだけやってみよう』

パッシブな情報収集という点ではRC-135を超える情報収集・処理能力を持つ「エレメント」に及ばないが、アクティブな索敵能力でいけばAVFの機載センサーは段違いの性能を誇る。
それに「エレメント」は本来なら複座式のSR-Xで専属フライトオフィサが操作しなければいけない物なのだが、単座機のYF-19とYF-21にオフィサーシートを増設する余裕があるわけもなかった。
結果、今回はGGGのビッグオーダールームより遠隔操作する形での運用となり、イサム達の機体は事実上「運び屋」の役割であったのだ。

エレメントのパッシブな情報収集と合わせて、アクティブな情報収集もできないかとはガルドも考えていたのだ。
連中が何時の時代から現れたのか、はたしてどの程度の技術レベルなのかはわからないがやってみなければわからない。

「Hecteyes(ヘクトアイズ、偵察チームの識別符牒)からG3(ゲードライ、GGGの識別符牒)。アクティブサーチによる情報収集を試したい。エレメントの動作モードをアクティブ併用モードへ切り替えてくれ」
『了解しました。エレメントの動作モードをアクティブへ切り替えます』

ガルドの要請に応える命の声が聞こえると、彼の視界内部でエレメントの動作状況を示す表示が、YF-21の機載センサーとの干渉を防ぐアクティブ併用モードへ切り替わる。

「Hecteyes、モードの切り替えを確認した。これより探査を開始する」

そうガルドは応えると、YF-21の索敵をアクティブへと変更する。

直後、機体の各センサー類が地上への探査を開始した。
それらの情報は、BDIシステムの眼となる光学センサーが捉えた映像と共にガルドの脳内で視覚化されていく。

その中に、人型の物体が幾つも存在するのが確認できる。
しかし赤外線による熱反応の数値は、それが人間ではない事を示していた。

むしろ人間と同様の熱反応を発していたのは、人型の物体周辺に存在する更に小さな人型の物体からである。
ガルドが、それらを人型機動兵器とそのパイロットだと認識するのにそれほど時間は要さなかった。

「どうだ、何かわかったか?」
『ああ、地上の反応は人型機動兵器だ。恐らくレイバーやWAPに近いサイズだ』
「なるほど……パイロットらしい連中の反応はどうだ?何話しているかとか分かるか?」
『この高度では無理だな。そこまで調べるならば更に降下する必要がある』
「確かに無茶だな……。音でバレる」

幾らアクティブステルス機のAVFといえど、今は音速以下の速度で飛んでいる。
その状態ではエンジン音を聞かれる可能性が高いし、目標の部隊が高度な索敵技術を持っていた場合は簡単に探知されてしまう可能性があった。

コソボ紛争の際、米軍のF-117ステルス機がロシアの対空ミサイルS-125「ペチョーラ」で撃墜されてしまったのも「音」の存在があったからと言われている。
どうしたらいいものか……としばらく考えたイサムの脳裏に、ふとある事が思い浮かぶ。

「HecteyesよりG3。エレメントは機体からの電源供給切った状態でならどれぐらい動ける?」
『え、ええ?一体何を……失礼しました。すぐ確認を取ります……』

イサムからの意外な一言に思わず戸惑った命は、すぐに獅子王博士へと確認をとりはじめる。
3分後、返答の通信が入る。

『こちらG3、獅子王じゃ。技研からの情報だと大体60分は内蔵電源で動けるようじゃぞ。何を考えとるのかねイサム君?』

獅子王博士の怪訝な顔が通信画面に映る。

「ま、俺にいい考えがあるんですよ。ガルド、エンジン切るぞ」
『なるほど、そういうことか。了解した』

イサムが何を言いたいのか察したのだろう。
ガルドも頷いてみせる。

そして、次の瞬間YF-19とYF-21はほぼ同時にエンジンを切ると、そのまま降下してゆく。

一方、ビッグオーダールームではいきなりの事に誰もが慌てふためき、状況を見守ろうとする。

「現在の2機はどうなっている?」
「YF-19,YF-21共に滑空状態のまま、降下を続けています!現在高度6800!!」
「思ったより随分ゆっくりとした降下じゃな……しかし、何をやるつもりなんじゃ?」

レシプロ機ならまだしも、ジェット戦闘機の形状ではエンジンを停止すると、失速してそのまま墜落するのが普通である。
滑空しながら降下しているだけでも奇跡に近い。

GGGでその様子を見ていた誰もが、地上に激突すると思っただろう。
だが、2機が5000まで高度を下げたとき、それは起こった。

「降下が止まりました!現在は……え、えええ!?これ、どういうこと……?」
「何があったんじゃ?降下が止まったらエンジンを再起動しただけじゃろ」
「2機ともエンジンは停止状態のままデス。でもゆっくりと高度を上昇させてマース!」
「映像を出せるか?」
「はい、両機の外部カメラとリンクしてスクリーンに出します」

直後、命の操作でスクリーン上に2機の様子が映し出される。
その映像を見た誰もが、驚きの表情を浮かべることとなった。

どういうことなのか、二機は降下するどころか緩やかな角度で上昇している。
まるで上昇気流に乗ったグライダーのようだ。

「なんと、こんな芸当ができるとは……」
「戦闘機が風だけで飛んでる……じゃと?」
「凄い……本物の鳥みたい……」
『驚きましたか?これが「竜鳥飛び」って奴ですよ。昔、人力飛行機作ってた頃に考えた飛び方でね。ちょっと小細工するとAVFならできる技なんです』

呆気にとられるGGGビッグオーダールームの面々へ、さぞかし可笑しそうにイサムは笑って見せる。

『これでなんとか下の連中の会話まで拾えるかもしれないんでね。しばらく無線封鎖します!』

イサムの通信が終わると同時に映像が消え、レーダースクリーンが表示される。

「あの様子なら、心配ないだろう……オペレーター、引き続き両機の状態をチェックしてくれ!そして情報の収集と分析も続行!」
「りょ、了解しました!」

まだ誰もが、自分たちの見たものが信じられないという表情をしていたが、それも大河の一言で全員が普段の調子に戻る。
メインオーダールームはまた、あわただしくなり始めていた。

通信後、気流に乗ってほぼ無音に近い状態で低速飛行を続けるイサムとガルドの機体は、そのままエンドレスエイトの状態で緩やかに降下していた。
無線封鎖しているため、意志の疎通も出来ないはずだが、それでも両機は阿吽の呼吸でほぼ同じタイミングで風を掴み並列飛行を続けている。

(どういうことだ……?)

そして、降下するうち地上の様子がおかしい事にイサムは気付く。
高度計の針は既に3000を切ろうとしているのに、建造物近くにいる一団とそこから離れたところにいる一団のいずれもが自分たちに気付いている様子が無い。

もう何度も出現した一団の頭上を通り過ぎているにも関わらず、対空火器を向けるどころかレーダーで感知した素振りすら見せてない。
この高度ならば、相手のレーダーなり光学センサー辺りで引っかかってもおかしくない筈なのだ。

無線封鎖を解くか?と思ったとき、隣を飛ぶYF-21から通信が入ってくる。

『イサム、おかしいとは思わないか?』
「やっぱお前もそう思うか?」

どうやら、ガルドも同じ事を思ったらしい。

『もういい加減気付かれてもおかしくない頃だと思っていたが……いや、原因はこいつ等か』
「こいつ等……なるほどね。こっちも確認したぜ」

何かを発見したのだろう、ガルドの表情が変わる。
イサムの方もエレメントが、地上の一団と異なる反応を示したのを見て納得する。

新たな反応のIFF信号はレッド。
明らかに「敵」であることを表している。

『拙いな……。こいつはヤバい連中が来ている。規模と熱反応から話に聞いていた「赤い日本」の戦車部隊だ』

まずそうだ、といった表情のガルドを見て、イサムも表情を強張らせる。

「連中はそっちに夢中でこちらはとりあえず無視してるって所か?」
『多分な。或いは、本気でこちらに気付いてない可能性もあるが……』

とりあえず、一端偵察を打ち切り機体を上昇させようとしたその時、エレメントが複合偵察ユニットの名に恥じない情報を掴んだ。
直後、イサムはGGGへと通信を入れる。

「HecteyesよりG3。エレメントが地上の一団による通信のやりとりを捕捉した。そっちに回すぞ!」
『G3より獅子王じゃ。よくやってくれたが、2,3分待ってくれ。こっちでもそうなるだろうと思って今SCEBAIからAYUMIを借りる話をしておったんじゃ』

獅子王博士が、慌てて返答してくる。
恐らく、通信データのデコード(解読)を行なうのだろう。
暫らく待つ間、通信ウィンドゥの向こう側から喧騒が聞こえてくる。

そして、きっかり3分後。

『こちらG3、解読及び内容を確認しました!同時にこちらでも通信データの保存を開始!』

通信ウィンドウに映る命の表情は緊張と驚きに満ちている。
どうやら、通信を捉えられた上に短時間で解読できたのが予想外だったのだろう。

「HecteyesよりG3、データの収集をこのまま続行する。通信の出所も確認した」
『G3、了解です』

GGGと連絡を取りつつ、デコードされた通信内容にイサムとガルドは集中する。

“フォックスリード、ヤオ。どうしたの?”
“こちらヒドラウィング、ハーディ、厄介なことになった。こちらに2個戦車中隊がやってきている。申し訳ないが大急ぎでこちらに戻ってきてくれないか?”
“見つかったの?判った。10分以内でそっちに戻る”

「驚いたな……女性のパイロットかよ……」
『連中も既に気付いていたか。どうやら、こちらも同様らしいな……HecteyesよりG3、地上からの音声を確認した』
『了解、そちらもエレメントでも収集したことをを確認済みです』
「ガルド、そっちの方も成果ありか」
『ああ、お前に聴かせてやれないのが残念だがこちらも女性の声だ』

時を同じくして、ガルドもYF-21のセンサーで地上の音声を拾っていた。

“大変です!所属不明の戦車部隊が接近中!”
“IFFコード・識別レッド。ですが……見たことも無い形式ばかりです!”

センサーを通じて聞こえる女性の声はスピーカーで増幅されているのだろう。
他の音声は聞こえないが、その声だけははっきりと聞き取れていた。

ちなみにガルドの言葉に対するイサムの返答は「一言多いってんだよ!」だったと記しておく。

午前0時30分 北海道美深町近郊 亜空間通信施設敷地内及び上空

「とりあえずだけど、現在の状況について把握していることをお話いただけます?」
「我々もセンター周囲の状況を調査した結果から言うと、オムニとは思えない所に居るのは確かだと思います。植生、星の状況、月の存在などを見ても……」

フェイエン率いるドールズ……別名を4thドールズとも言う。の参謀役、マチルダ・メッテルニヒ少佐がRRのセンシングデータを元に製作した地図を元に説明する。
上空からの観測ではないため、三角測量を行えても正確さにはやや限界があるが、贅沢は言ってられない。

「うちも出した結果は同様ね。場所を正確に言うと……」
「日本国、北海道北部。ですね」

見た感じセルマからあどけなさを抜いてきつめにしたような印象の女性、エディタ・ヴェルネル中尉がヤオの言葉をつなぐ。

「としか思えない。幾らなんでも敵の陰謀にしてはシチュエーションがぶっ飛びすぎているし」

と、そのときだった。
ヤオのX4Sの無線機が、けたたましいコール音を立て始めた。

「フォックスリード、ヤオ。どうしたの?」
『こちらヒドラウィング、ハーディ、厄介なことになった。こちらに2個戦車中隊がやってきている。申し訳ないが大急ぎでこちらに戻ってきてくれないか?』
「見つかったの?判った。10分以内でそっちに戻る」

そう言うと通信を切り、フェイエンに向かい合った。

「申し訳ない、ノール中佐。”我々の”ドールズが敵の襲撃を受けている。至急戻らなければいけなくなった」

と、そのときだった。

「大変です!所属不明の戦車部隊が接近中!」

背中に大きな複合センサーらしきボックスを背負ったPLD……おそらくRR型だろう。
に乗ったパイロットが外部スピーカーで叫び声を上げていた。一斉に周囲は騒がしくなる。

「総員騒ぐな!メアリー、情報を」

一気に場が収まる。

「IFFコード・識別レッド。ですが……見たことも無い形式ばかりです!」
「落ち着いて、収集した情報を分析して。ただし急いで」
「は、はい。あと……現在通信施設の上空に航空機が2機います」

メアリーと呼ばれた女性が一瞬戸惑った後に述べた報告は衝撃的なものだった。
それを聞いたフェイエンの表情は青ざめたかと思うと険しいものになる。

「航空機!?そんなすぐ解りそうなもの、なぜもっと早く気が付かなかった!」
「申し訳ありません。飛行速度が恐ろしく遅いことと、反応が全く出なかった為発見が遅れました!」
「……気をつけたほうが良いわね。先ほどうちの隊員が陸上自衛隊のヘリ部隊を見たって話しだし」

ヤオの言葉に、フェイエンたちは顔を引き締める。

「ヤオ中佐、シェーレ大尉。ここは我々で食い止めますので、あなたたちは元の場所へ。無事に終わりましたら、再度の連絡を」
「了解。あなたたちの戦いぶりを見てみたいところだけど、さすがに2個戦車中隊の相手は大変だからね」

そういうとお互い敬礼を交わし、ヤオは自分の機体へと足を向けた。

「総員乗機せよ!第1種警戒態勢!!」
「上空の航空機はどうします?」
「とりあえず戦車部隊が優先!レーダーロックオンする気配も無い事を考えると脅威度は低いと思え」

テキパキと準備態勢を整える4thドールズたちを尻目に見ながら、ヤオとセルマは戦車部隊の位置を探りながら南へ進路を向けた。

『先輩……実際、あの飛行機はどうします?サイズからいくとかなり高度なステルス機みたいですが……』
「ノール中佐の言うとおりよ。アレが戦闘爆撃機だったらロックオンしてくるかすでに爆弾を落としてきてるわ」

心配げに聞いてくるセルマに、ヤオは心配ないとばかりに答える。
しかし、彼女の心には上空の航空機が脅威ではないという判断とは別に漠然とした不安があった。

(先ほどの報告からすれば、上空の航空機はRR型ですら直前まで確認できなかったということか……100年後のDoLLSですらこれなら我々では攻撃されるまで解らないかもしれない……)

その時、ヤオの脳裏にあることが思い浮かぶ。

オムニから地球に出現したという想定不可能な出来事。

100年後のDoLLSとの出会い。

そして、襲来する戦車部隊とこちらの索敵能力すら凌駕する航空機の存在。

(私達は突如として地球に飛ばされていた。でも、本当にここは“私達が知っている過去の地球”なのか?それともあるいは……いや、考えるのは後にしよう)

頭を振るとヤオは愛機の速度を上げ始めた。

一方、同じ頃二人の通信を傍受し続けているイサムとガルド達は、ヤオとセルマの移動方向を確認すると飛行ルートを2つの集団へ重ねる形にとる。

「どうやら、下の方でも俺達の存在に気付いたみたいだ。もっとも、通信内容が筒抜けって事までは気付いてないみたいだけどな」
『エンジンを切った状態では、アクティブステルスも使えないわけだからな。ここまで気付かれなかったほうが不思議なぐらいだろう。ところでイサム、これからどうする?』
「こっちを脅威と思ってないならこのまま監視していいんじゃねぇのか?その前に『赤い日本』の連中をなんとかするべきだけどよ」
『同感だ。HecteyesよりG3、出現した一団の方向へ接近しつつある『赤い日本』の戦車部隊について、周囲に展開する陸自の偵察部隊へ警告を発するべきだと思います』
『こちらG3、大河だ。その件については私の方から旭川司令部へ連絡しよう。君達は高度を上昇させて引き続き情報収集を頼む』
「G3よりHecteyes、了解した。上昇後に引き続き情報収集を行なう」

大河との通信が終了すると、YF-19とYF-21のエンジンが起動し徐々に出力を上げつつ機体を上昇させてゆく。
そして、ある程度高度を取ったところで一気に加速させる。

その際に轟いたエンジン音は、地上のヤオとセルマ、4thDoLLSにも聞こえていた。

「セル、今の音……!!」
『多分、先ほど話していた飛行機のエンジン音ではないかと思います。ですが、姿がどこにも……』
「確かに……視認できないわね……。とりあえず、今はハーディ達との合流が先ね」

本隊との合流を急ぐ二人の反応は、意外とあっさりしたものだった。

だが、先に2機を察知した4thDoLLSの方はそうではなかったのである。
むしろ、突如響いた轟音に何事かと全員が一瞬驚いたかと思うと、それが上空からのものと知るや短時間の混乱を引き起こしたのだ。

「落ち着け、まだ攻撃を受けたわけではない!今の爆音は一体何かすぐ調べろ!」

フェイエンの一言により、ざわつきが収束し全員が持ち場に戻る。
既に戦車隊への迎撃準備は終わりつつあったが、通信施設の索敵システムとRR型の性能をフルに活用してその正体を探ろうとする。

正体が判明するまでには、数分とかからなかった。
だが、その結果を見た誰もが驚愕することになる。

「あの爆音の正体は、上空にいた航空機のエンジン音だと……!?」
「はい、合致するエンジン音パターン無し。恐らく、先ほど確認した航空機のもので間違いないと思います」

レポートの体すらなしてない、走り書きの報告書とプリントしたデータを前にしたフェイエンは、報告書の作成者であるメアリーの方を見る。

「それで、航空機は現在どこだ?まだ我々の上空にいるのか?」
「その、実は大変申し上げにくいのですが……」
「どうした?」

バジリスクに睨まれ石化したかの様に硬直するメアリーは、意を決して衝撃的な報告を口にする。

「あの爆音より先に……姿を見失いました……」
「見失った……だと……どういうことだ?」

これにはさしものフェイエンも驚いた。 まさかRR型による発見が遅れたどころか、姿を見失うとは予想の範疇外だったからだ。

当然、上空の航空機がアクティブステルスを展開したなど思いつくはずも無かった。

「センサーで形状を確認し、追尾しようとしたのですが2機が上昇を始めたかと思えば、直後に姿が消失しまして……」
「バカな、そんな話あるわけが……だが、今は目先の対処が先だ。メアリー、すぐRR型で広域ジャミング展開!」
「りょ、了解です!!」

慌てて機体に戻っていくメアリーを後目に、フェイエンはある可能性を想定する。

「我々の想像を超えるステルス能力を持った航空機を20世紀の地球で作れる筈が無い……もしかして、ここは20世紀ですらない別の時代とでもいうのか?」

アクティブステルスという単語が彼女の脳裏をよぎる。
だが、オムニの航空機でも余り一般的ではない技術が20世紀、遅く見積もっても21世紀初めの地球に存在しているのだろうか?
光学カメラでならシルエットをとらえられたと思うが、今は解析している暇も無い。

だが、今は眼前の敵との戦闘へ集中するのが先である。
彼女もまた思考を切り替えると、自分の機体に向かって早足で向かった。

同じ頃、南側の施設で同じ爆音を聞いた「元祖」ドールズの面々は音響と光学観測にて戦闘機の「飛行機雲」と「姿」をとらえていた。

「……ほぼ戦闘機サイズ。我々の近くで飛んでいたのは前進翼のシルエットで、フェイ達に接触していたのはAC-17に近いデルタ翼機のようです」

ナミがマルチセンサー装備のS型と狙撃装備であったファン、エイミー機のセンサーを総動員して撮った画像を元に推測を述べる。
戦車部隊監視のためにRR型を回せなかった分、数と人間の眼で補おうという考えでの事であった。

「多分に機体内蔵のジャマーを使ったアクティブステルスが可能な機体と推測できます……ですが……」

報告途中でナミは言葉を濁す。

「これだけ高度なパッシブ式のジャマーを戦闘機に内蔵するなんてほぼ不可能ですよ……。一体これは……」

推測の段階とはいえどオムニの、少なくとも既知の技術では到底生み出せる代物ではない。
そんなものを運用するこの世界が本当に20世紀の日本だというのだろうか?

不安さを隠しきれないナミを見て、ハーディは溜息をつくと答える。

「ナミ、貴方の不安は判るわ。けど、この戦闘機はとりあえず無視して今は戦車部隊迎撃に専念しなさい」
「了解!」

ナミも無理やり自分を納得させるように返礼すると、指揮を取るべく自分の機体へ駆けていった。

「とりあえず皆には『よろしい』……って言いたいところだけど、これでは相手の意図が読めないわね……」

そうやって一人残ったハーディのもとにあるのは、暗視カメラが捕らえた上空を飛ぶ航空機の姿だった。
皮肉なことに、上空の存在とその正体に近づいているのはハイテクに偏重した4thDoLLSではなく、元祖DoLLSだったのである。

もっとも、彼女たちにしても「姿を捉えた」だけであり機体のスペックまでが解るわけではない。
なによりも、攻撃をするわけでもなく単に上空を飛び回っていただけの相手が何を考えているのかわかるはずも無かった。

「いずれにしても、攻撃してこないのであれば放置するべきか……詳しい話は二人が戻るのを待つしかないか」

偵察という線も考えられたが、それならなぜ形の異なる機体を持ち込んできたのか?
普通、偵察任務を行なうなら機種を揃えるのが普通である。

この場合、異なる機体を確認したことが逆に混乱を招いているとも言えるだろう。
どちらにしろ、今は襲来する敵を撃滅するのが先だ。

それでも、ヤオ達が帰還するのまでの間ハーディは暫らく思考を続けていたのである。

地上の4thDoLLSが混乱し、元祖DoLLSにてハーディが思案に沈んでいた頃、イサムとガルドの機体は一気に高度10000メートルまで上昇したのち、引き続き偵察活動を行なっていた。
「エレメント」で傍受した通信データについては会話に用いられる領域をロックしており、現在も情報収集を可能としている。

「地上は随分混乱しているぜ。でも、どうやらそれも収まったみたいだけどな……」
『相当場慣れした指揮官がいるのだろう。センサーで地上の動きをみるとそれがよく解るぞ……っと連中は広域ジャミングを展開したか』

ガルドの視界には基地を中心にジャミングが展開される様子が映し出されている。
そして、ジャミングの発信元は人型機動兵器の一機だということが確認できた。

「やはり覗かれるのはお好きじゃないってところか。この場合、細かいことを気にする女は男に好かれないぞとでも言っておくか?」
『冗談はそれぐらいにしておけ。だが、たった一機で建物の敷地を覆いつくすほどのジャミングを展開するとは連中もそれなりの技術力はあるみたいだな』

YF-21のセンサーがとらえたジャミングの影響下にあるエリアは、件の部隊が集まった電波施設を中心にして半径5km以上はある広範囲なものであった。
機体のサイズからいくと、考えられないほどの広範囲なジャミング半径だ。
統合軍が運用していたデストロイドにはそれほど高度な電子戦能力を持った機体は存在していないし、エリントシーカー仕様のVF-11とてバトロイド形態でのジャミング能力は大したものではなかった。

「確かにな。ところでガルド、お前大河のオッサンが言ってた『最悪の事態への対処法』ってなんだと思う?」
『わからん……現時点でその可能性は限りなく低いからな。正直想像がつかん』

急にイサムから別の話題を振られたガルドも、思わず考え込んでしまった。
その様子に思わずイサムも「やっぱりね」という表情を浮かべる。

「だよな……。ま、とりあえず今は」
『ああ、地上の戦いがどうなるのか、それを見届けるだけだな』

地上の部隊にも陸自ヘリコプター部隊にも悟られないような高度で水平飛行に移った2機は、再び戦いを監視するべくエンドレスエイトの軌道を取って飛び始めた……。

同時刻 北海道千歳市 航空自衛隊千歳基地

二つのDoLLSが「赤い日本」の戦車隊を迎撃しようとしていた頃、ここ千歳基地でもそれに連動するかのごとく事態が動きつつあった。
基地近くに揺り戻し出現した建物は、偵察に向かった調査班が内部に進入し、内部にいた人間と接触した。
そして、現在は情報のすりあわせ段階にある。

これらの情報は、千歳基地及び北部方面隊の総監部にも伝えられており、この件については平和裏に事は運ぶということで誰もが安堵していた。
が、その直後に「赤い日本」の戦車中隊が揺り戻し地点に向けて移動中との情報が入る。

揺り戻し地点で何が出現したのかという報告も入らないうちに、戦闘という事態がありうると判断した北部方面隊では万一に備えての「保険」を用いる準備をとることとした。

その「保険」と称されたものとは……。

「ベースより、各メビウス。これが融合後初の出撃となるだろうが、機体の方はどうだ?」
『メビウス1、機体チェック完了。何も問題は無い。オールグリーン!!』
『こちらメビウス2、同じくオールグリーンだ。爆弾の装備を急いでくれ』
『メビウス3、最終チェック完了。オールグリーン。連中を石器時代に戻してやる』

千歳基地の滑走路に、格納庫から引き出された3機の大型機が出撃準備を待つ。

しかし、その姿は他の航空機と大きく異なっていた。

「異形」と呼んでも差し支えないその機体は、尾翼が無く上から見れば三角形に近いものだった。
一方、真横から見れば平たくあたかも「空飛ぶ円盤」を思わせる姿をしている。

これこそ、北部方面隊が用意した「保険」と呼ぶべきもの。
関東のとある財閥(ただし、面堂家ではない)が有していた私設軍隊から移管された大型爆撃機……米軍のB-2スピリットとほぼ同型の巨大全翼機だ。

いや、そのスペックからB-2スピリットのフルコピーと言っても大げさではない代物だ。

機体とパイロットは、融合後ほどなくして件の財閥から丸ごと移管されたものの、ここまで使用する場も無く千歳基地のハンガーに留め置かれていたのである。
核やバンカーバスター等の凶悪な兵器を運用できる設計もオリジナルそのままというこの機体を使うことは、「赤い日本」の残存勢力との戦いを極力避けだがっている連合政府にすれば禁じ手も同然だった。

それ故、今回ようやく本来の機体に乗って出撃できるとパイロット達も鼻息荒く、その時を待っているのだ。

「こちらベースよりメビウス各機へ、そう急くな。それに、何も起こらず事態が収束する可能性もあるんだからな」
『メビウス1よりベース、つまらんですね。せっかくこいつが飛べるってのに』
「ははっ、俺もそいつが飛ぶところを見てみたかったところだ。だが、使わないに越したことは無いと思うぞ」
『その点はごもっともで……』

全員を代表する形でメビウス1のパイロットがつぶやく。
もっとも、彼にしたところで自分達の乗っている機体がどれほど物騒なモノかよく解っているし、それ以上何かを言うつもりも無かった。

午前0時45分 北海道美深町近郊 亜空間通信施設付近

「アストロボーイよりマイホーム、揺り戻し現象の発生地点に到達。地図情報に無い電波施設らしきものを目視で発見」

OH-1のコクピットでパイロットは状況を報告する。
件の施設は周囲を横断している国道275号線から離れたポイントに位置しているにも関わらず、煌煌とあかりを付けていた。

『ザザザ……こちらマイホーム。電波施設周辺の状況はどうだ?……ピュー』

マイホーム(旭川司令部管制)からの返信は奇妙なノイズが混じっていた。

「こちら、周辺での大規模なジャミング反応を探知。このジャミングが収まらないことにはブラックジャック(MATジャイロ)による現象の調査は難しいと判断する」

このジャミングが二つの亜空間通信センターに陣取っていたDoLLSのRR(偵察専用型)が行なっていた広域(バレージ)ジャミングであることを後に知った自衛隊は大いに驚愕することとなる。

「マイホーム、光学観測なのでまだ詳しくは判らないが、施設周辺には複数の人影が……いや、建物のサイズや熱源から行くと大型の人型機械……おそらくはレイバーサイズのものが多数存在する。この周辺でのWAP部隊の演習予定はあったか?」
『こちらマイホーム、WAP部隊の演習予定はこの地域には存在しない。より詳しい画像情報を送ってくれ。オーバー』
「了解した」

そのまま南側にある通信施設にOH-1とMATジャイロを近づけ、赤外線カメラでの撮影を開始する。
位置調整のうえ、MATジャイロに搭載されているレーザー通信によるデータ転送を行う予定であった。

「ブラックジャックよりマイホーム、これより撮影を開始。障害が酷いため電波による送信はできない。レーザー転送による受信の確認を行ってくれ」

最寄のレーザー受信施設を確認したMATジャイロは、テールコーンに装着したレーザー発信器より不可視レーザーによる回線を開くと、画像を転送し始めた。

「何だこりゃあ……」

転送されてきた画像に、旭川管制室は唖然とした表情でソレを観るしかなかった。
肩に大型の戦車砲やミサイルを装着したその機体を見て、火力ならWAP以上だな、ということは即座に理解できたが。

『マイホームよりブラックジャック、問題の人型機械はWAPに非ず。先ほど留萌沖に現れた“ドールズウィング”なる飛行隊との関連性があるかも知れない。引き続き慎重に観察を続けてくれ』
「ブラックジャック了解、診察だけでも報酬は高くつくぞ」

ブラックジャックのパイロットはそう皮肉を言ってサーチを続ける。

「アストロボーイよりブラックジャック、緊急事態発生だ。朱鞠内湖北側よりMBTを初めとした装甲車両部隊が進入。熱源反応から“赤い日本”の連中だと思われる。連中が刺激しないよう気をつけてくれ」
「了解アストロボーイ、ところでその情報どこからだ?そちらの高度ではまだ確認出来んだろう」
「ご名答ブラックジャック、情報の出所はマイホームだ」

アストロボーイのパイロットから告げられた意外な事実にブラックジャックのパイロットは驚く。
当然のことだが、イサム達の収集情報がGGGを通じて旭川司令部に送られていたなど彼等が知る由も無い。

「アストロボーイ、そいつはどういうことだ?」
「ブラックジャック、その件はこちらに聞くな。とりあえず“赤い日本”の連中はビッグXにやらせろ」
「ビッグX了解。5分もあれば方を付けられる」

だが、ビッグXのコールサインを持つAH-64が自慢の大火力をフルに生かすことは、この一件ではついに無かったのである。
その頃、南側の亜空間通信施設に陣取っていた元祖DoLLSは突如として接近してきた戦車部隊に対する対応を協議していた。

「どうする。相手が陸上自衛隊という可能性はあるか?」

万が一攻撃を受けた際の対策として通信センター内に移ったハーディがすでに乗機したメンバーに通信を開く。

「先ほどミリィが撮って来た映像を見る限りだと、彼らは我々の知っている世界の日本ではない様ね」
「ですが、先ほどの民間情報を聞く限りでは我々が知っている歴史に近い日本も存在しているようです」

ハーディの問いかけに、答えたのはファンとナミ。

「だとは思います。あの戦車は20世紀後半のソビエトが使っていたT-80ですね。その他の装甲車なども大方ソビエト製です」

やはり、か。 セルマの影響で歴史に興味を持っているらしいミキの言葉に内心ハーディは呟く。

DoLLSではブリーフィングの際、こういった階級差に関係なく発言の機会を与えるフリーディスカッションを行うことが定例になっていた。
これがより緻密な戦術を立てられ、かつ独立戦争・ジアス戦役を通じて一人の戦死者を出していないという奇跡とも言うべき結果の一因となっていた。

「敵キャタピラー音キャッチ。直線距離にして5000」
「センターの中に資料があったが、一応は複合装甲らしい。だが、我々が相手をしていたM58やM43に比べるとかなりやわな相手だと思った方がいいだろう」

研究員の中にミリタリーマニアでも居たのだろうか、残されていたパソコンの中に古い時代からの兵器カタログがあった。
そこに残されていた資料を基にすれば、主砲からのミサイルにさえ気をつけていればリアクティブアーマーを装着していてもリニアキャノンを牽制にして白兵戦に持ち込めば10分もしないで片が付くと言うのがフレデリカを初めとした作戦スタッフの分析だった。

「ミサイル接近中!」
「総員、迎撃用意!迎撃出来ない者はデコイを射出して回避、その後各自に攻撃せよ!!」

一瞬、レーダーが捕捉したミサイルに向けて火線が一斉に放たれる。
SMGやアサルトライフルの断続的な音、ガトリング砲のモーター音に近い発射音。
合計20発近く放たれたミサイルは瞬時にして破壊された。

「早速AT-11を放ってきたか……」

ミサイルの燃料や炸薬が飛び散った事による異臭と硝煙がたなびく中、ハーディがつぶやく。
飽和攻撃とも言える多量のミサイルを瞬時にして撃墜する事など現在の陸自が運用している兵器では困難な事であり、陸戦レイバーや空挺レイバー部隊がこのミサイル攻撃を喰らっていた場合、何機かの被害が生じていただろう。

だが、赤い日本の戦車部隊とDoLLSの間には約540年の、移民船団として地球からオムニへ移動していた160年間のタイムロスを差し引いても380年間と言う時間差がある。
19世紀から20世紀の間の発展に比べると遅く見えるが、これだけの時間差は大きい。
X4RRを中心にリンクしたPLD部隊の対空戦力は、現在で言うならばイージス艦に匹敵するのだ。

ましてやこちらは防御に適した高台の上に陣取っている。
圧倒的有利な状況での戦いはDoLLSにとっては遊びと言っても良かった。

「マギー!リカ!ジャミングをバレージからスポットに変更。リニアキャノンの射程に入ったら一斉射撃を仕掛ける!」

偵察から帰還途中のヤオとセルマに代わり、シルバーフォックスの指揮を執るジュリアが檄を飛ばす。

「了解!」
「敵戦車部隊、距離4500まで接近。斜面を高速で登ってきているようです」
「MLRSとかの支援は無いようね」

自走砲による支援が無いことは安心要素とも言えた。

「リニアキャノン、スタンバイ!無照準でかまわん。3点斉射モードで行け!」

丘の斜面を、ゆっくりと戦車は逆V字のフォーメーションを組んで接近する。
両翼のT-80に照準が合った。

「射ェーっ!」

DoLLS全体の戦術指揮を執るファンの号令と共に轟!と発射音というよりは一瞬の衝撃を残して計16本のも光条が戦車部隊に襲い掛る。
初速はマッハ3を軽く超える40mmフレシェット弾は途中でいくつもの細かい錐(きり)に分かれるとすさまじい速度でリアクティブアーマーと劣化ウラン製増加装甲を突き破り、一瞬のあと戦車部隊は閃光に包まれた。

「命中率70%、敵戦車部隊60%が撃破もしくは行動不能です」

RR型の索敵データが各機に届けられる。解析され、CGで整理された画像には一瞬にして鉄クズと化した前列の戦車部隊と、それを乗り越えようと必死に動く後続部隊の戦車や随伴歩兵の姿があった。

爆炎が晴れた後、無傷の戦車は一台も無かった。

「よし!一気に畳み掛ける!120mmの射程内に入り次第攻撃開始!フェイス、ジュリア、アニタ、準備OK?」

ファンの声が白兵戦仕様の機体に乗っているメンバーに届く。
通常兵器の砲撃によってさらに戦力を削り、白兵戦で止めを刺すと言うDoLLSにとっての王道とも言える戦術であった。

X4S,X4+の通常型部隊が横一列になって前進しながら肩に装備した120mm砲を連射する。
命中率よりはむしろ牽制を目的にした攻撃方法だ。
派手に地面をえぐり返すが、これは生き残った兵士の戦意をそぎ、同時に戦車の進路を妨害しようという意味合いもあった。

「フォーメーションAからBへ、一気に殲滅戦をしかける!」

ぱっ、とローダーが散会し、通信回線を異様に興奮したときの声が満たす。

「タリホォ~っ!」

不整地での高速走行性、国土の70%が森林と山脈で占められるオムニにおいて、それまで荒唐無稽と思われていた二足歩行式機動兵器が実用兵器として用いられた決定的な理由であった。
最大の難点であった前面投影面積の大きさという問題も、高さ30mを越す巨木が生い茂るオムニの森林地帯ではそれほど苦にならない。
むしろゲリラ戦において今まで運用できなかった重火器を運用できるプラットフォームとしてこれほど理想的な兵器は無かったのだ。

高速で接近するPLDの群れに、戦車隊はまさに巨人の群れに襲い掛かられたような恐怖を覚えた。恐怖に駆られるがままに主砲を連射するが移動速度に照準が追いついていない。
一際巨人の姿が大きくなったと思った瞬間、強烈な衝撃が車体を走り、電装系が一気に吹き飛ぶ。

PLDが白兵戦を挑んできたのだ。PLDが使用する白兵戦用EMP兵器、スタンポッドの威力である。
第二次大戦中にドイツ軍が開発した吸着爆雷を先祖に持つこの武器は、相手に押し付けた状態で高圧のパルスを流し込み、相手の活動能力を奪う武器である。
前もってEMP対策を施してあるジアスの兵器ならともかく、零距離で小規模な核爆発に匹敵する量のパルスを叩き込まれたT-80が耐えられるはずが無い。
衝撃で搭載した弾薬や燃料が誘爆しなかったのが不思議なほどだ。

「ひぃぃいっ」
「退避!退避ぃ!」

必死でギアを後退最速に入れるものの、ディーゼルエンジンは全く沈黙していた。
始動のフリクションロスが少ないガスタービンならまだしも、に時間がかかるディーゼルエンジンはおそらく再起動するまでにこの「巨人」達の餌食にされてしまうのが関の山だ。

「は、はわわわわわわ……」

あわててキューポラのハッチを開けた隊長の顔面に、口径20mmはありそうな銃口が突きつけられる。
X4Sが装備しているP9SLアサルトライフルの銃口であった。

自分を見据える巨人の目が、南日本製ロボットアニメの主役メカよろしくギンっ、と光る。

「所属と姓名、階級を」

外部スピーカーを通じて聞こえてきた声はなんと女性の物だった。
南の連中、何時の間にこんな化け物を作っていたんだ?しかも乗っているのは女?内心呟くが口に出したら最後、おそらくは上面装甲ぐらい簡単に貫けるだろう機関砲の銃弾に乗員もろともミンチどころか血煙も残さずに撃たれるのがオチだろう。
この時点で陸上自衛隊が保有する2式特殊攻撃車、WAPは実験中隊でのテストを終えた段階で、いまだ量産化に着手していなかった。

だが彼ら赤い日本の兵士は意図的に上層部の情報隠蔽にあっており、それの存在を知るはずも無い。
彼らにとってこのような人型兵器は存在自体が恐怖の対象であった。

随伴歩兵達の中には持っていたRPG-7で関節や頭を吹き飛ばそうとする者も居た。
だが、彼らが見たのは巨人がHEAT弾の直撃を喰らっても平然とこちらを睨みつけ、その巨大な「腕」が一瞬にして自分達を叩き潰さんと高速で振るわれる姿であった。

「タンデムHEATごときでPLDを倒せると御思いなのかしら?」

音速を超える拳の動きで歩兵部隊を一瞬のうちに血と肉の塊に変えたジュリアはコクピットでつぶやく。
PLDの装甲は、電磁フィールドを装甲内部に展開する事でHEAT弾等のメタルジェットを防ぐ現在よりさらに進んだ電磁装甲である。
この電磁装甲の出現が彼女らの世界に置いて歩兵の優位性を決定的に下げ、対戦車兵器プラットフォームとしての2足歩行兵器の誕生を促したのである。

「アストロボーイよりマイホーム、南側に出現した電波施設で戦闘発生。赤い日本の戦車部隊と思われる。オーバ」
『こちらマイホーム、電波状況が改善されたがどうした」
「おそらくジャミングを解除したか広域を集中に切り替えたと思われる。オーバ」
『引き続き監視を続けろ。状況不利の際にはビッグXによる援護を許可する』

だが、上空で観測を続けるうちに援護の必要なしだな、とアストロボーイのパイロットは判断を下す。
高台の南西部の斜面で行われた戦いは、5分も掛からずに終了した。
人形機動兵器部隊の圧倒的勝利で。

「アストロボーイよりマイホーム、援護の必要なし。南側施設の戦闘は終了した。繰り替えす、南側施設の戦闘は終了した」
『こちらマイホーム、北側施設の戦闘はどうだ』
『マイティウランよりマイホーム、こちらも戦闘はほぼ終了している。こちらはもっと凄い。一台が戦車を片っ端からひっくり返して行ってるぜ。信じられんよ……』

北側に出現した施設を監視していたもう一機のOH-1、コールサイン「マイティ・ウラン」の妙にテンションの上がった声が聞こえた。
一台で戦車を片っ端からひっくり返し、行動不能に陥れているのは先ほどのXD-10と同じく運用試験機であるXC-10装甲格闘歩兵であった。

従来の白兵戦用ローダーである装甲強襲歩兵が大出力の補助ジェネレータと重装甲による「肉を切らせて骨を絶つ」戦法を目的としていたのに対して、XC-10は軽量かつ高剛性の装甲と格闘戦に特化したフレームとアクチュエーターによって高機動性を実現し、「蝶のように舞い蜂のように刺す」戦い方をコンセプトに置いた機体であった。
装甲が薄いといえど30mm機関砲程度では傷は付けられず、主砲で狙おうにも瞬発的には時速200kmを越える速度をたたき出す機動性のために未来位置予測すら狂わされる始末。

ミサイルを撃っても他の機体の射撃に潰されるか、高性能のデコイとチャフで明後日の方向に飛んでいく始末であった。
必死で逃げようとするところを近寄られ、まるで卓袱台返しのように装甲車を放り投げ、戦車の主砲を何かの冗談のように捻じ曲げ、引きちぎる。
とどめは何かを握ると、PLDの拳から何かがスパークしたような電流が流れ、ハッチから煙が流れ出す。

それはスタンポッドのEMPで内部の電装系が吹き飛んだことを示していた。
少し距離の開いた敵に対しては、右腕に装備した粘着榴弾を放つ155mm対装甲ショットガン・スパンカーで上面装甲をぶち抜き、鉄くずに変える。
それでも後退して間を開けようとしたT-80には、EMPパルスを発射する電磁障害弾と大量の対戦車ミサイルの洗礼が待ち受けていた。

なお余談だが、このスパンカーは後に陸自のみならず特自のスーパーロボットに至るまで標準的な近接戦兵器として採用されることとなる。
プロトタイプに比べると脆弱になったマニピュレータの対策として装備された量産型GM用の物はドリルプレッシャーパンチに比べると劣るものの十分な破壊力を持ち、マジンガーブレードを用いた白兵戦に不安を持つ陸自・空自出身パイロットたちからは好評だったと記されている。
それはともかくとして、観測に出動した自衛隊のヘリコプター隊は見るも凄まじい光景にただただ唖然とするだけであった。

「アストロボーイよりマイホーム、こりゃあ大変だ。赤い日本の連中はすべて壊滅。お客さんは損害なしだ」
『こちらマイホーム、了解した。こちらから交渉のための人物を送る。連絡を付けておいてくれ』
「アストロボーイ了解、とんでもないお客さんだな……。こちらがやられないように気を付けて置く。オーバ」

これだけの強力な戦闘力を秘めた部隊が敵性体ではない事をアストロボーイのパイロットは祈った。
殲滅するとなれば今の陸自の戦力を総動員しても犠牲は避けられないだろう……。

「機動兵器部隊のパイロットたちに告ぐ、こちらは日本連合陸上自衛隊である。諸君らの所属と部隊名を告げて欲しい、繰り返す。こちらは日本連合陸上自衛隊である……」

覚悟を決めたようにアストロボーイのパイロットは汎用周波数と外部スピーカーで、眼下に広がる部隊へ連絡を取るべく問いかけを始めた。

<第1話へ

第3話へ>