6月12日 東京都千代田区永田町 首相官邸
それから三日後。
イサム達3人の正式な処遇と、この事件で出てきた物事の機密指定等を決める安全保障会議は、GGGでの説明会を踏まえた上で行なった事もありスムーズに進んだ。
まず、YF-19,21の両機については早急にサポート体制を確立した上で、早期に実験を開始することが決定された。
これはアメリカでの対ムー戦争に絡んだ世情の急激な変化が、将来日米国交断絶すら予測させるものであった事。
「赤い日本」を除けば日本連合に取って最大の「敵」であるゾーンダイクの拠点を偵察可能な航空機の必要性が生じ、それらに応える戦略偵察機の開発計画がスタートした為、応用が期待されたからであった。
さらにこの2機及びゴーストの解析から得られた各種技術の体系化、応用技術の開発などをトータルした「EOT(Extra Over Technology）」の早期確立、最終的には完全コピー機の実戦配備を目的とした「VF-X」構想も承認された。
そしてイサム達による報告書並びにYF-19から回収されたデータなどから構成された「新統合政府世界」の歴史の紹介となったのだが、その歴史が語られていく中、GGGでの説明会同様参加者からは驚愕の声が聞かれていた。
そこで問題となったのが、彼らの世界でのキーとなった「マクロス」の存在である。
存在力からすれば、確実にこの融合世界に居てもおかしくないのだが、「どこに居るか」が問題となったのである。
「少なくとも小笠原諸島に南アタリア島などと言う島が無い事を考えると、日本連合領域内に居る可能性は低いわね」
鷲羽ちゃんが小笠原諸島の衛星写真を映したスクリーンをレーザーポインタで指しながら言う。
イサム達の情報にあった南アタリア島の所在地を差すが、そこにはただ海が広がるだけで何もない。
実を言うとその場所には”ミスリル”拠点であるメリダ島が存在するのだが、ここでは公にできない場所であった。
「念のため周辺海域をGGG所有の多次元諜報潜水艦および探査ロボットを用いて捜査してみましたが、どこにも全長1.2kmに及ぶ宇宙船らしきものが有ると言う証拠は見つかりませんでしたな……もし有るのであれば、先年見つかった『とらいおん』同様反応が有ってもおかしくないのですが……」
獅子王博士が困った、と言った顔で報告する。
この場所にあるとすればメリダ島の地下深くか、周辺海域に埋まっているものと思われるが、幾ら金属反応を探してみても見つかっていなかった。
「後は可能性としては新統合政府世界の首都が有ったアラスカ近辺ね。時空融合に巻き込まれるまで居たと言う事を考えると、可能性が一番高いところだと思うの」
と、手元のリモコンを操作し衛星写真をアラスカ近辺に切り替える。
数日前に撮影された「マクロスシティと思われる場所」のものだが、そこにはただ無人の平原が広がっているだけで何も見当たらない。
「でも、結果はこの通りよ。当の地上には何の変化もなし、大気圏上層を周回している『ターポン』からの定期連絡でも、アラスカ周辺にも揺れ戻しで生じるはずの空間歪曲が観測されなかった」
「そうなると、あと考えられるのは……」
鷲羽ちゃんの発言に続く岸田博士の言葉に安全保障会議のメンバー全員が注目する。
「ご名答。この後いずれかの場所へと出現する可能性があるということよ……それもほぼ確実にね」
その言葉を聞いた安全保障会議メンバーが見せた反応は「やはり」と納得するものと同時に表情を強張らせるというものだった。
「考えてもみて。元の世界で人類を二つの陣営に分けた『統合戦争』の火種となり、その後も歴史に影響を与え続けている『マクロス』の存在力がどれ程の大きさであるかということを」
「『OTM（Over
Technology MACROSS）』『統合戦争』そして、『第一次星間大戦』で人類に滅亡の危機と勝利を齎した存在『SDF-1
MACROSS（マクロス）』ですか……」
加治首相は、データの数々を映し出す端末を前に鷲羽ちゃんの発言を聞きながら思わずつぶやく。
人類が一度滅亡に瀕しながら、その危機を乗り越えて逞しく復興し半世紀足らずで他惑星へ進出しているという事実には、さしもの彼も驚嘆せざるを得なかった。
「そう、そんなマクロスが時空融合当初に出現しなかった事がそもそも異常だったとしか思えないわね。だからこそイサムちゃん達の揺れ戻し出現だけで終わる筈がないのよ」
「先ほど『ほぼ確実』と断定できる言い方をしたのは、そういうことだったのか……」
鷲羽ちゃんの言葉を聞きながら、誰と無くそうつぶやく声が聞こえてくる。
そして、誰もがマクロスが出現した後に起こる事を想像し、思わず背筋が寒くなるのを感じた。
「もし、マクロスシティが存在していたアラスカに現れた場合……」
九条外相が漏らすように言う。
彼はきな臭さを増す対米状況を考えると、マクロスの存在自体がこの世界に危険な結果をもたらしかねないと考えていたのだ。
「場合によっては、アメリカ、我が国、ソ連がアラスカで三つ巴の戦争をする羽目になりますな……」
土方防衛相もその時起こるだろう最悪の事態を口にする。
もっとも、ムーとの戦争に国力の大半を費やしているアメリカと、東欧諸国に対して軍事的侵攻を行なっているソ連がこの件にどれほどリソースを割けるかという疑問はあったが。
「不幸中の幸いは、この事を知っているのが我が国のみということでしょう。マクロスの存在とその重要性と危険性、そしていずれ出現する可能性があるという事実を」
「問題は、何時出現するかということなのよね。今日の段階でもアラスカ上空を通過したターポンからの報告では出現したという情報はなかったから」
加治首相と鷲羽ちゃんの発言にメンバーの全員が肯く。
「そうなると……常時探査を行う必要性がありますな。あるいはアラスカ近辺の地下調査が可能な衛星を用意するか」
「ナデシコA・Bを交替でアラスカ上空へ貼りつけにしておく手もあるが、そうなると今度は本土が危なくなるじゃろうから、それが一番じゃな」
獅子王博士と岸田博士も口々に発言する。
いまだ現れていないか、あるいはアラスカの地下に埋まっているかのどちらか……というのが会議メンバーの結論であった。
このことが戦略偵察機計画SR-X……後にSR/F-1「彩雲」と呼ばれる超音速電子戦闘偵察機の異例ともいえる早いデビューを促すこととなる。
「もっとも、まだアラスカに出現すると限ったわけじゃないけどね。マクロスが元の世界で最も注目を集めたのは、南アタリア島へと落下した1999年7月のことだから、今後落下地点とまとめて出現する可能性もあるのよ」
「だとしたら、余計に気を遣わなくても済むんじゃがなぁ……これだけはどうにもならんわい」
鷲羽ちゃんの言葉は、希望的観測に過ぎないものだったが、マクロスがアラスカに出現していた場合起こりうる「最悪の事態」ばかりに目が行った会議の空気を多少和らげた。
実際には不確定要素も多い為、岸田博士の言うようにどうにもならないことの方が多かったが。
「ま、今悩んでも仕方がないわよ。それよりも今後アラスカにマクロスが出現した場合に備えて、それが日本連合のものだと主張できるだけの証拠を揃えて、穏便に解決する準備をしておくのが大事かもね」
「幸い、こっちにはイサム君やガルド君がいますから彼等に証人として立ってもらうことも出来るでしょう。OTMの産物であるバルキリーという強力な証拠もあります。そうじゃろうイサム君？」
「俺た……小官等はこの件について協力は惜しみません！」
いきなり獅子王博士に話を振られたイサムは、思わず立ち上がって敬礼してみせる。
「皆さんの協力には感謝します。九条外相、報告会が終わったら今後に備えて外務省で対応を協議するようにしてください」
「了解しました」
加治首相の言葉に九条外相は即答する。
「ああ、それから……ダイソン中尉もそれほど緊張されなくても大丈夫です。もう少しリラックスして結構ですよ」
加治首相の言葉にまだ席から立ち上がったままだったイサムは少し照れた様子で席に着く。
どうやら先日の報告会と異なり、お偉いさんに思いっきり近い場所での発言ということもあって緊張していたらしい……。
一方でガルドやミュンはお偉いさんとの会合等で場慣れしていた経験があったのか緊張した様子もなかったのが対照的だった。
その様子に場の空気が和んだのも一時のこと。
新たな資料を手にした鷲羽ちゃんは再び話し始める。
「少なくともマクロスはアメリカが手にしていいものではないわよ。もしOTM……EOTをアメリカが手に入れたら、提出されたデータにもある『反応兵器』を使うのは眼に見えてるもの」
鷲羽ちゃんの言葉に、参加者全員が緊張した面持ちで頷く。
反応兵器……半減期の極めて短い核物質、あるいは反物質を用いた「死の灰」が出ない核兵器の存在。
それは、現在ムーという外敵に国家の存亡すら脅かされているアメリカにとって理想的な兵器であるのは間違いない。
だが発生する熱量は桁外れであり、地球の「熱死」や「高度温暖化」による文明崩壊を早めかねない事実があった。
「確かに、半減期が現用の物と比較して圧倒的に短いことと、優れた破壊力を考えればこれはアメリカにとって魅力的でしょうね。ですが相克界の存在を考えれば……」
「今のアメリカにそれだけの冷静さがあるとは思えないわよ。現に4月のメキシコで使ってしまっているもの。それに……使えば熱死以上の事態が起きるわよ」
加治首相の言葉に対する鷲羽ちゃんの言葉――それも「熱死以上の事態」を強調した――に全員が凍りつく。
熱死の問題は地球規模で対処しなければならない問題だが、それ以上の事態とは何なのか。
「百聞は一見にしかずという事で、ここにアメリカ軍が南米でムーを殲滅できるだけの反応兵器を使用したと過程してシミュレートしたデータを用意したのよ。見てちょうだいね」
そう言って、鷲羽ちゃんが会議室のスクリーンに映し出したデータは衝撃的なものだった。
反応兵器が使われた際に起こる「熱死以上の事態」と発生までのプロセスは要約すると以下の様なものである。
一通りのデータと、シミュレーションの結果この様になるであろうという解説。
そして、地球上のあらゆるモノが凍結し、猛烈なブリザードが吹き荒れるというイメージ映像が次々と流されていく。
最後に、表面を分厚い氷の層に覆われた地球の映像が映し出され、一連のシミュレートデータが終了する頃には会議室内の空気が凍結したかのように感じられた。
暫らくして、鷲羽ちゃんが口を開く。
「見てのとおりよ。場合によっては『全球凍結（スノーボール・アース）』レベルの超氷河期が到来する可能性だってあり得るわ。そうなろうものなら……」
「熱死に匹敵する人類の危機、ですね」
わざと言葉尻を濁すようにはっきりと言わなかった鷲羽ちゃんの言葉に、加治首相は続ける。
自分の時代からすれば未来のNHKで放送されたというTV番組に出てきた、新宿のビル街が「頭」だけ氷河の上に顔を出した「全球凍結した地球」の映像が頭をよぎる。
「そうじゃの、熱死が地球の金星化なら、全球凍結は地球の火星化と言った方が良いかも知れんのう」
岸田博士の言葉に、その場の一同は再び身を固くする。
金星化するにしても火星化するにしても、人類が生きていけなくなると言う事だけは絶対の事実だ。
「マクロス調査計画及び反応兵器の存在については、SSS級機密の中でもさらに重要な特SSS級とするべきでしょう。国家戦略どころか世界の命運を握るものですから」
五十嵐情報局長が、資料に目を通しながら発言する。
特SSS級機密……それは、SSS級機密の中でも漏洩が地球規模の問題を引き起こす危険性が高いものに付される暫定機密指定ランクである。
神秘学に関した事項であってもSSS級機密が良い所であり、特SSS級機密の危険性は漏洩に際しての処罰が外患誘致と同様に未遂でも例外なく死刑となる点から自ずと解るだろう。
そして、このランクに指定された事項は今まで唯一つ――アメリカが時空融合発生の元凶であり、日本連合がエスパー等を駆使して突き止めたという事実――しか存在しない。
この場合、特SSS級に該当するのは事実そのものではなく“日本連合がこの情報を所持・秘匿している”という点なのだ。
世間の噂や、国家間の陰謀に用いられるだけならまだしも、これが事実として広まれば、アメリカが世界中から総スカンを喰らった挙句孤立するのは間違いない。
最悪の場合、国際社会とムーの双方から追い詰められたアメリカが一気に全体主義国家へ変貌し、世界の安定が崩れるの確実という結論が出されていた。
更にもう一つ、この頃の日本連合は知らぬ事だが、情報が漏洩していれば確実にダマスカスとその系列組織がアメリカの中枢に食い込む可能性もあった。
以上の様な理由に加え、世界が人間同士で戦争を始めたら丸損である日本連合としては到底このような情報を出せる筈がなかった。
余談であるが、特SSS級機密とSSS級機密の区分は世界全体を破滅させかねない情報なら特SSS級に該当し、日本連合だけが破滅しても世界が無事である情報ならSSS級止まりというのが安全保障会議メンバーの見解となっている。
例えば、日本連合がエマーンやアメリカの技術力に勝る貴重なカードとして押さえている神秘学と霊力工学はSSS級機密指定であるのは「世界を破滅させるまでに至らない」と判断されているからだ。
仮に神秘学の機密が漏洩しても、日本連合に取っては他国に対するアドバンテージを失うと言う大きな国益の損失だが、人類全体からみれば科学の一分野が明らかになるだけである。
また、アメリカがムーとの戦いに勝利して存続する可能性が生まれるなど世界的にはむしろプラスとなる事の方が大きいのだ。
上記の事を考えると、「神」と「魔」の実在等を除けば神秘学とてSSS級機密止まりで有る事に疑問はないだろう。
「やむを得ませんね、この事はあまりにもセンシティブに過ぎます。私としては異存有りませんが、皆さんはいかがでしょうか？」
加治首相の言葉に、参加者の殆どが異議なしと答える。
その後、連合議会での審議とする事項と方向性について確認した後、安全保障会議は解散となった。
「あ、イサムちゃん達は帰るの待ってくれない？」
「え？まぁこっちは時間があるからべつにいいけど一体……？」
「ちょっと話しておきたい事が有るんだけど……いいかしら」
解散後、オブザーバーとしての参加で有ったため、末席から帰ろうとしていたイサム達3人は鷲羽ちゃんから声をかけられた。
イサム達も鷲羽ちゃんがまだ13歳と言う年齢ながら、日本連合でもトップクラスの知識を有する科学者である事は知っており、その彼女が話したい事があると言うのは、何かあるのだろう。
安全保障会議の会場となった円卓式の会議室とつながる閣僚用控室の一つに入った加治首相と鷲羽ちゃん、そしてイサム達3人は応接用ソファーに向かい合う形で座る。
すると、鷲羽ちゃんはテーブル上に有ったノートパソコンにUSBメモリを差しこみ、プレゼンテーションソフトを表示させるとイサム達に口を開いた。
「イサムちゃん達だけに教えておきたい事が有ったの。あくまで仮説の域だから言えない事だったんだけど……」
と、鷲羽ちゃんはプレゼンテーションソフト内の画像を見せる。
そこに映し出されたのは、2機のバルキリーから入手した「新統合政府世界」における地球からエデンが存在するグルームブリッジ34までの星間航路図であった。
「あなた達の居た惑星エデン……ひょっとするとだけど、この世界に来ている可能性も有るわ」
その一言に、3人は一瞬固まった後、大きく目を見開く。
「どういう事でしょうか？Dr.鷲……」
「そこは、鷲羽ちゃんて呼んで」
「……鷲羽ちゃん」
「素直で宜しい」
衝撃から立ち直ったガルドが、やっとと言った感じで口を開いたものの、すかさず鷲羽ちゃんに突っ込みをくらって言い直すこととなる。
イサムとミュンはその様子を見て思わず笑っていたが、このやりとりは3人の精神的衝撃を和らげるのには役立ったらしい。
「それで、エデンまで来ているかもしれないってどういうことなんだ鷲羽ちゃん？」
「説明の前に、予め聞いておくけど3人ともこの世界がどのように生まれたかの経緯については覚えているわよね」
揺れ戻しで出現してから最初の数日で、連合政府の関係者から受けた説明を思い出しつつ3人は肯く。
「それじゃ、説明に入るけど惑星エデンが出現している根拠となるのが安全保障会議で話題に上った『マクロス』の存在力なの」
「マクロスがねぇ……。そりゃ確かにあれの存在感は半端ないけどよ……」
イサムは頭に「？」を浮かべたりしていたが、それでも鷲羽ちゃんの言葉にはガルドやミュンと共に頷いてみせた。
「それと、大気圏外でパージしたはずのフォールドブースターが新宿中央公園に落っこちていたと言う事実。この二つを中心にして考えるとあなた達が通ったフォールドの航跡を伝わって時空融合の影響がエデンまで波及している可能性が有るのよ」
鷲羽ちゃんの言葉にガルドとイサムは納得したという表情を浮かべる。
YF-19、21ともどもフォールドブースターをパージしたのは大気圏外。
衛星軌道上での事だ。
にもかかわらず、その2本がいずれも新宿に落下していた。
つまり、これらは「新統合政府世界」から融合世界に現れた要素が、彼ら以外にも存在している可能性を示唆している証拠だと鷲羽ちゃんは考えていた。
フォールド航法の理論は、さしもの彼女とてまだ完全に理解できているわけではない。
だが、ガルドから航跡を追跡してフォールドを解除する先を推測する事が可能……と言う事を聞いて真っ先に時空振動波の波及が浮かんだのだ。
「それでね……ここからはあくまで仮定でしかないけど、今後相克界が解除された際……」
「「「「された際……？」」」
その思わせぶりな言い方に、3人は思わず身を乗り出す。
そして次の瞬間。
「要するに、惑星エデン……いいえ、イサムちゃん達が話してくれた超長距離移民船団……これらも宇宙に存在している可能性があるって事なんだよ！！」
「「「な、なんだって～ッ！！！」」」
鷲羽ちゃんの発した某キ○ヤシ調での一言に対する3人の反応もまさしくお約束的なものだった。
一方で加治首相は、そのやりとりを見て笑いをこらえていた。
「まぁ、冗談はここまでにしてね。今後、相克界の外側へと出られる様になれば、エデンや移民船団に事情を説明する必要もあるってことなのよ」
「つまりその時の説明役を俺達にやってくれってことでいいのか、鷲羽ちゃん？」
「そういうことよイサムちゃん。ただ、さっき言ったみたいに事実が確認できない以上は仮定の域を出ないから今は気に留めておく程度に考えてちょうだいね」
「なるほど……でも、鷲羽ちゃんの仮説が事実となれば、私達の責任も重大になるわね」
「今はまだそこまで考えなくても大丈夫。それに、地球との連絡が長期間途切れれば向こうの方からコンタクトをとってくる可能性もあるわけだしね」
（なるほど……。いや、まてよ……それならば……）
イサムとミュンが鷲羽ちゃんと話している間、ガルドはある事を考えていた。
存在力の理論については、自分も説明を受けていたから理解はしている。
そして、マクロスの様に存在力の大きいものは関連する他のモノも引っ張ってくるというのなら、それはつまり……。
「待ってくれ、今思ったんだがDr.……鷲羽ちゃんの仮説通りならエデンや移民船団と同時にゼントラーディ軍の基幹艦隊も出現していることにならないか？」
ガルドの一言に、それは盲点だったと驚いたのか思わずイサムとミュンも彼の方を見る。
「私も同じことを思ってました。ガルドさんの言うとおりであれば、存在力呼応の法則でそういった『敵』も出現することになると……」
加治首相もいささかひきつった顔でつぶやく。
相克界が消滅しても、その後「たかだか」一個艦隊で地球上の都市の殆どを5分足らずで消し去ったゼントラーディ基幹艦隊がいきなり現れようモノならどういったことになるか……。
そこで全員の視線が鷲羽ちゃんに集中する。
一方、当の鷲羽ちゃんは4人の顔を見回すと、軽く咳払いをして口を開いた。
「その事はこれから説明しようと思ったんだけどね……先に首相とガルドちゃんに言われちゃうとは思わなかったわよ。とりあえず、結論を言わせて貰うと……」
鷲羽ちゃんの言葉に誰もが注目する。
「仮説通りならゼントラーディ軍も存在しているわね。それも高確率で」
そして、続いてでた一言に対し4人は思ったとおりだったか。という表情を浮かべた。
「元々、マクロスはゼントラーディ軍によって損傷した『監察軍』の戦艦を改修したもので、ゼントラーディ軍がその航跡を追って太陽系までやってきたと教えてもらったわ」
鷲羽ちゃんの言葉にイサムとガルド、ミュンは一同に肯く。
「この事から、今後地球上のどこかにマクロスが出現すれば、それと同時かその前後にゼントラーディ軍の基幹艦隊が太陽系に出現する可能性も十分あるのよね……ただね」
「ただ？」
「接触して即開戦ということにはならないと思うのよ。ここまでイサムちゃん達が提供してくれた情報からすればね」
そこまで言って鷲羽ちゃんはノートパソコンを操作すると、イサム達の情報を元に作成した「新統合政府世界」の年表を立ち上げる。
年表には、「新統合政府世界」で起こった歴史的な事柄――主に1999年7月に起きたマクロス落下以降の出来事――が事細かに記されていた。
「年表を見ると、マクロスの乗員がが最初にゼントラーディ軍の基幹艦隊と接触した後、艦隊の一部がマクロスと同盟関係になっているとあるわね」
「ああ、ブリタイ艦隊のことだな。地球の文化にショック受けたことで、司令官のブリタイ・クリダニクが独断で基幹艦隊から離反したんだ」
鷲羽ちゃんの一言にイサムがすかさずフォローを入れる。
彼等にすれば、これぐらいのことは一般常識の範囲でしかないのだ。
「即開戦にならないと言ったのはそこにあるのよ。少なくとも話が通じる以上はこっちからコンタクトを取って事を丸く収めることも出来るってわけ」
「ですが、それより先に基幹艦隊が地球へ到達する可能性もあるのではないですか？例えば相克界が消滅する前の段階で地球に到達すれば……」
続いて口を開いた加治首相の懸念はもっともだった。
もしそのような状況で地球への爆撃が開始されたならもう打つ手は無い。
だが、鷲羽ちゃんはそれも解っていたのだろう、端末を操作しながら話を続ける。
「首相の言うことはもっともよ。でも、相克界が光以外のモノを通さない特性がある限り軌道上から爆撃したところでその攻撃は全部無効化されちゃうからね」
「言われてみれば確かに……」
「もっとも、光学兵器での集中砲火を食らったら間違いなくアウトだけどね」
鷲羽ちゃんが最後に付け加えた一言に、一瞬安堵の表情を浮かべた加治首相は再び顔を引きつらせる。
「だけど、そこまで悲観する必要もないわよ。もし、エデンや他の移民船団が出現しているのなら、接触したときの対処方法やノウハウを持っているから迅速に対処できるし。それに……」
「それに？」
「相克界の外側に出現してる可能性があるのは、何もイサムちゃん達の世界に由来するものばかりじゃないもの」
「つまり、他の世界から来ている連中がゼントラーディ軍の抑止力になるかもしれないってことでいいのか？」
「そんなところよ。流石ガルドちゃんは察しがいいわね」
鷲羽ちゃんはそこで卓上のミネラルウォーターを一気に飲み干すと、ソファーに座りなおし口を開いた。
「さっきガルドちゃんが言った様に相克界の外側がどうなっているか判らない以上、何らかのイレギュラーがゼントラーディ艦隊に襲いかかる可能性だってあるわ」
一同は再び頷く。
すでに各世界からの報告の中には、侵略者や各種の地球防衛の為に設立した軍事組織が地球衛星軌道上に存在しているケースが多数有った。
もしかすると、地上に現れなかった世界の要素が軌道上にあるかも知れず、それらの要素がゼントラーディ艦隊に対抗しうる力を持っていた場合は戦闘に突入する可能性も想定されるのだ。
「もしそうなったら色々厄介なことになるな……」
「出来ることなら、さっさと交渉してこっちの味方につけたいところね。話し合いが通じる余地がある相手なら宇宙へ進出したときの強力な助っ人になるでしょうし」
他にも、沖縄と布哇に出現した「地球帝國世界」からの報告にあった「宇宙怪獣」という人類にとっては危険極まりない存在が出現している可能性もあるのだが、こっちは話し合いの余地も無いと判断されていた。
「するとアレだな……俺達はこの『相克界』とやらが晴れた後も戦争また戦争……になる可能性が有るって事ですか？加治首相……」
重い沈黙の後、いささかげんなりとした表情の3人を代表し、イサムが口を開く。
彼の口調を察してか、加治首相は苦笑しながら一概にそうとは言えないですがねと答え、鷲羽ちゃんもまたばつの悪そうな顔をする。
「まぁ……。まだ、あくまで仮定の話だし、実際になってみないと判らない事が多過ぎるの。私たちも観測と研究を続けてはいくけど、そんな悲観的にならないでね」
さしもの鷲羽ちゃんも予想以上に深刻な表情を見せているイサム達を見て、笑顔でなだめようとする。
大の大人3人を、見た目は中学生程度しかない子供がなだめている構図は有る意味シュールだが、全てを把握出来てない状況に対してどうすればいいのか判らないであろうと言うのは彼女にも容易に察せられたのである。
「深刻になるのは解るけど、まだ見ぬ未来のことで悩んだって意味ないわよ。それよりも今後のことを考えるほうが大事な場合もあるじゃない」
「政府としても、この件については今後も調査を継続するつもりです。皆さんには何かわかったらすぐ連絡することを約束しましょう」
鷲羽ちゃんと加治首相の言葉は、まだ幾らか深刻さを残してた3人の精神状態を安定させるには十分だったのだろう。
暫らくして3人がそれぞれ言葉を口にする。
「首相や鷲羽ちゃんの言うとおりだな。先の事ばかり考えて深刻になっても仕方がないか」
「確かにね。これ以上悩むより明日明後日のことを考える方がいいわ」
「同感だ。イサムにしてはいい事言うじゃないか」
最後のガルドによる一言へ「お前ねー」と突っ込むイサムと、それを見て笑うミュンに鷲羽ちゃん。
加治首相はその様子を見て、もう大丈夫だろうと心の中でつぶやく。
そして、同時に滅亡の危機を乗り越えた世界の人々は精神的にも強いのだと思ったのである。
その後は「新統合政府世界」での一般常識や世間話といった内容の話で盛り上がったが、アユミの「次の方を待たせてます」との一言で3人は退室、そのまま帰宅することになった。
控え室からイサム達が出てきたとき、部屋の前に次の来客者と思われる人物が椅子から立ち上がり3人の方に向かってくるのが見える。
明らかに年長者である次の来客者へ、イサムは新統合軍式の敬礼をしてみせ、ガルドとミュンは一礼した。
すると、その人物も自衛隊式の見事な敬礼で返してみせる。
すれ違いざまにイサムは、今のオッサンも大河のオッサンみたいに軍関係の組織にいたのかな、と思った。
そして、新たな来客者を迎えた控え室内では、以下のような話がなされていた。
「それにしても『赤い日本』の工作員が原発に目を向けてくれて助かったわよ。今の東京は地下に色々と厄介な物が眠っているわけだしね」
「原発程度で済んで御の字だったでしょうね。むしろ原発がいい隠れ蓑になったと思いますよ」
イサム達が退出してしばらく経ち、鷲羽ちゃんの言葉に加治首相は頷く。
「この原発は私たちも融合直後まで知らなかった情報でした……が、正直我々の世界での情報等可愛く思えるものでしたな」
イサム達と入れ替わりに入ってきた、見た目は「猿」を思わせる小柄な体格だが、全身から凛とした雰囲気を漂わせる壮年の男が追従する。
彼の名は荒巻大輔、元は「首都新浜・福岡世界」における内務省公安部官僚だったのだが、今は出向と言う形で首相府情報調査部の幹部となっていた。
事実上、五十嵐長官を除けば情報調査部の長と言っても良い立場の人間だ。
荒巻が「可愛く思える」と言ったのも無理がない。
東京における数少ない「首都新浜・福岡世界」からの出現要素である都庁地下の原発、福岡市の資源エネルギー省から東京の首相府へ届いた報告書を見た時はさすがに騒然となった。
しかし、融合後の東京には都庁の大深度地下に眠る原発など可愛く思える代物が多数眠っていたのだ。
中にはSSS級機密扱いの物も含まれている。
具体例を挙げるなら、GS世界由来の霊動シミュレーターや対アシュタロス戦時に用いられた神秘学関連の施設や、帝国華撃団の所有するミカサなどの装備類である。
ミカサの様に発見後、解体されて地上に運び出された物もあるが、多くは未だ地下に留まったままだ。
霊動シミュレーターのような物は、発見されただけならまだしも、その用途が何であるのか突っ込まれたら連合政府としても返答に窮する代物である。
加治首相や鷲羽ちゃんが「原発発覚で済めば御の字」というのもある意味当然だった。
「で、荒巻さん。この事件に対する防諜体制の整備ですが……」
加治首相の言葉に、荒巻は頷く。
「先ほど五十嵐長官が仰られていた通り、特SSS級機密すら有る事項の上に漏洩しやすい事件ですからな……。慎重な防諜体制が必要と思われます。」
その一言に、加治首相も同意する。
VF-X計画は日本連合の技術レベルを軍需・民需両方の面で底上げできるまたとないチャンスだが、同時に「時期」が来るまで秘密のベールに覆わねばいけない事が多過ぎる。
VF-19,21両機のテストは部品確保が可能になるまでは控え、その間は技研の「パンドラの箱」辺りに仕舞っておくしかないだろう。
早期にプランを立案します、と荒巻は答えながら、内心では別の事が頭をよぎっていた。
「首相、今回は敵の組織を『釣る』事が出来ましたが……。こういった『予防』的なテロ対策を常に行える組織がいずれ必要になると思われます」
予防的なテロ対策。
それは荒巻が以前より考えていた事であった。
特に融合後幾度も繰り広げられてきた、特殊重武装テロリストにカテゴライズされる秘密結社群とそれに呼応する「ヒーロー」達の戦い。
それらに関する調査から、秘密結社を横断的に纏める存在の可能性を見た荒巻としては、テロの可能性を未然に防ぎ切る攻性型対テロ組織の必要性を感じ取っていたのだ。
「確かに私もそう思っていた所です。情報調査部は「捜査」に徹する組織ですし、規模が大きい故に小回りと言う点では辛い所が有るとは感じていました」
加治首相も応える。
今回は情報調査部が的確に動いてくれた。
だが、もし「事前に叩き潰す」となるとメンバーに特殊能力者を多数抱える故不可能ではないが、その事だけに専念できるメンバーは決して多くない。
情報調査部は、今後アメリカのCIAやイギリスのSISに匹敵する諜報/防諜組織へと発展させて行く必要性が有る。
それを考えると、対テロ調査には別個の機関を設立する必要性が有ると思えた。
「今すぐ……とは言いませんが、危機管理に関して各省庁を横断的に統括できる組織、そして少数精鋭による捜査能力を持った攻性の対テロ組織が必要になるかと」
荒巻の言葉に、加治首相も頷く。
この時の話し合いが後々「危機管理庁」そして「公安9課」の設立につながっていくこととなる……。
さて、首相官邸で話し合いが続いていた同じ頃、イサム達3人は都内にある政府から提供された自宅へと帰るところだった。
帰宅の途中、3人は雑談をしていたが、ふと思い出したかのようにイサムがつぶやく。
「そういえばさ、岸田博士が所長やってる研究所の略称ってなんだったか覚えてるか？」
「略称？別に『国立科学研究所』でいいんじゃないの？」
「いや、確か正式な名前がやたら長いので略称があったはずなんだけど度忘れしちまって……」
「それならSCEBAIだな。博士はScience,
Chemical, Electronics, Biochemical and Aerospace Industryの頭文字を取ったものだといっていたが」
すかさず、ガルドが略称とその正式名称を口にするとイサムとミュンは、ああなるほどと手を打った。
「それそれ、それだよ。さっすがガルド」
「まったく、正式名称はともかく略称ぐらいは覚えておけよ」
「でも、どうしてまた略称のことなんて言い出したの？」
「ん？いや、このところあっちには行くことがなかったからさ……」
そう言って、その場をおさめたイサムだったが頭の中では別のことを考えていた。
（SCEBAI……『スケベイ』……、一歩間違ったら『スケベ』になっちまうよな？博士、もう少しまともな略称考えられなかったのかよ……）
こんな事を考えていられるというのは、世間がまだ平和な証拠なのかもしれない。
しかし、彼等の与り知らぬ所にいたある人物はまったく平和な状況ではなかった。
もっともそうなった経緯は揺れ戻しによるものなので、この3人に責任は無いのだが……。