Super Science Fiction Wars 外伝

東京空中戦 -Battle of Tokyo.-

F-Part.


そして議題は、残る最後の赤い「残骸」……ゴーストX-9に移った。

「では、最後に残ったこの機体……X-9、通称“ゴースト”についてじゃが……ここにいる皆は知っているだろうが、これは先に報告した2機とはいささか事情が異なる機体でな……」

岸田博士はそこで言葉を切ると、再び話し出す。
参加者の誰もが、博士の口調が今までとは打って変わって重く、深刻そうだと感じた。

「外見は酷い有様じゃが、内部は大半が無事だったから今回の予備調査でこの機体に関して色々解った。そして、この機体は今後我々が兵器を作る上で色々考えさせる存在だとも思えたんじゃ……」

深刻さを増す岸田博士の口調に、それまでざわついていた周囲が沈黙していく。

「まずは諸君らもすでに承知と思われるが、この機体は有人戦闘機ではなく無人戦闘機(UAV)じゃ。無人機のメリットはご存じかね?」

参加者の多くが、頷く。

無人機の利点としてはパイロットを必要としないことから、機体の機動性を限界まで高めることができる。
機体が破壊されてもパイロットの損害が無い。
機体をコンパクト化できる……というのが挙げられる。

だが同時に、有人機に比べてAIの判断能力に限界があるため、有人機との本格的なドッグファイトを行えば性能差でよほど上回ってない限りは勝ち目がない……等の問題がある。
多くの世界では、制空戦闘機などの正面装備への完全な無人機導入は行われていなかった(この場合、「完全な無人機」とは遠隔操縦ではなく搭載コンピュータが「人工知能」と言えるレベルの判断能力を持ち自律での戦術行動が行える機体、と言う意味である)。

「ところが、昨日の新宿での戦いでもご覧になられた通り、この機体は有人機に対しても互角以上の機動性を見せておった。この事に関しては、この機体とも直接交戦したナデシコ関係者の話を聞くのが一番じゃろうな。フレサンジュ博士、お願いします」

と、岸田博士が演台から降り、代わって金髪の女性……イネス・フレサンジュ博士が演台に立つと、一礼した後口を開いた。

「ご紹介に上がりました、イネス・フレサンジュです。この機体のAIに関しては、電源回路が破損していたため完全な修復は不可能でしたが、解体調査の結果、我々の持っているAIのレベルと比較しても高度な技術で構成されていることが判明しました」

と、言いながらイネスさんは話し出す。
AIのメインとなって居たのは生体素材を核に据えたバイオ・ニューロチップであり、そのレベルは「首都新浜・福岡世界」の技術者をしてゴースト(人間の「魂」「自我」などを構築する情報)を記録・エミュレートすることも可能と言って良いものだと言う事。
また同時に構造自体も頑強であり、高いGにも十分耐えうる強度を持っていた事などが挙げられた。

「自我を持つことが可能なAI……と言う点では既存のものは複数ありますが、ゴーストX-9のそれは極めて頑強と言う点に特異性があると言えるでしょう」

そこでイネスさんは言葉を区切ると、演台に置いてあったリモコンを操作し一つの記録映像を表示する。

「今回の事件に際し、当社の所属のナデシコBよりこのゴーストに対してクラッキングを試みましたところ、このVTRにあるような現象が発生し、ナデシコB艦長のホシノ・ルリ三佐が逆にハッキングを食らい倒れると言う事故が発生しています。この現象は機体のハードウェアを解析しても説明が付かないところが多すぎるため、現時点でこの映像をご覧になられる方には、A級機密の事項とお考え願います」

それは、オモイカネによって記録し、ビジュアライズされたルリによるゴーストへのクラッキング時の映像であった。
ゴーストのAIが持っていると思われる外部ポートに対し、オモイカネが次々と疑似信号とウィルスを流しこんでふさぎ、その間に偽装したポートにルリを示すアバターがアクセス、侵入する……はずが切り替わった画面に、誰もが衝撃を受けた。

突如として何か、海外テクノ系アーティストのPVのような映像が展開され、その中心から燃えるような緋色の髪をした女性が浮きあがる。
その女性は画面こちら側……そう、視点の主役であるルリに向かい妖艶な笑みを浮かべると、抱きつくような仕草でこちらに向かってくる。

と、その時点で映像は途切れた。

「この女性が一体何なのか、なぜ軍用AIにこのようなビジュアル化された人格が必要なのか分からなかったのですが……ダイソン中尉らの証言により、彼らの世界で人気のあったバーチャル・アイドルの人格……だという話が出てきました」

イネスさんの言葉に、参加者の多くが怪訝な表情を見せる。

「とにかく、この映像については情報不足でな。この現象に巻き込まれたホシノ・ルリ三佐自身も体調を崩して未だ入院中なんじゃ」

岸田博士が後ろから付け加えるが、事実は幾らか異なっていた。
本来なら報告会に呼ばれていたはずのルリ(大)が事件の後、体調を崩して入院したのは事実だが、この映像が発見されてすぐ岸田博士やイネスさんが口外禁止を含めて急遽出席を取りやめさせたのである。
結果として、その空席におさまったのがウリバタケだったのだが……。

そして、この映像に映るバーチャル・アイドル『シャロン・アップル』についてもその存在だけはこの時点で博士達もイサムやガルド、報告会の場にいないミュンから幾らか情報を入手していた。
だが、その内容――特にミュンから得られた証言――はあまりにショッキングなものだったため、今回は映像を出すに留まったのである。

「今後、ホシノ少佐からも話を聞きつつ、この映像の意味するところについて調査する予定です」

と、いささか強引にイネスさんは状況を〆る発言をする。

だが、実際は違っているのは当然のことである。
加治首相ら首脳部には先持って報告済みであり、この「自我を確立したAIの暴走」は様々な見地から調査の必要あり、とされていた。

特に「自我を確立したAIで自律稼働する」勇者ロボを有するGGGとしては危険性を感じずにはいられない話である。
「ブレイクスルー・シンドローム」という高度な学習を繰り返したAIが自我を確立するプロセスが既に分かっており、シャロンの場合もミュンの自己嫌悪的な感情・記憶の蓄積と「自己保存本能」を持ったハードウェアを与えられたことがこれに該当すると思われていた。

片や「人を護り、ゾンダーに対抗して戦える自我を持つ」事を主眼に置いてそれに合わせた教育を施されたGGGの超AI。
片や苦悩するミュンの感情・記憶「すべての人に最高の感動を与える」と言う相反する条件を持ったことで歪んだ自我を持つに至ったシャロン。

両者はその成り立ちから大きな違いがあるが、それでも勇者ロボ達にとってはアイデンティティの危機と言っても良い事件だったのだ……。

もっとも、それを気にしていない人間も存在していた。
それは他でもない、事件の当事者であるイサムやガルドである。

獅子王博士を通じて「シャロン・アップル事件」の一端を知った勇者達が、自分達の同類とでも言うべき存在が暴走した結果により引き起こされたということがどれ程のショックを受けたかは想像に難くない。
だが、そんな彼等に対してイサムが「悩むなよ、お前等はお前等なんだぜ」と言ったことは、勇者達にとっては救いになったのも確かである。

「まぁ、今は結論の出ないことに時間を割いても仕方がないからの。次にこの機体そのものについて報告させてもらおう」

ここで、参加者から突っ込まれるのを避ける意味も込めて、岸田博士がスクリーンの映像をゴーストの内部構造図に切り替える。

映し出されたゴーストの内部構造は、主翼や胴体などの主要部分については先に紹介された2機と比較しても大きな違いは無かった。
しかし、それゆえにコクピットが存在していないという点が一層参加者の目を引いた。

次に映し出されたのは、東京湾上でYF-19と21の2機から一斉攻撃を受け、干潟に突っ込んで活動を停止するまでの一部始終を記録した映像である。

「ご覧の映像からも解りますように、ゴーストはAIのみならず機体そのものも非常に堅牢な作りをしています。そのお陰で我々は今回その構造をうかがい知ることを出来たわけですが」

そこでイネスさんは、再びスクリーンの映像を内部構造図に切り替える。

「それを可能にしたのはやはり、無人機だったからと言えるでしょう。調査の結果、ゴーストは有人機ならコクピットに集中する制御機器を排除しAIに一本化した他、装甲を強化する方向で設計されていることが判明しました」

事実、あれだけの攻撃を食らいながらも、会場に展示されているゴーストは、翼と胴体が誰が見てもそれが航空機であるとわかるだけの形を保っていた。

(木連の無人兵器だって、これほどの化け物じゃなかったわよ……)

その残骸を見やりながら、イネスさんは内心呟く。
機動性だけに限れば相転移エンジンを搭載し、慣性まで制御してしまう重力制御を推進力とする木連無人兵器も負けてはいない。

だが、大気圏内での速度・機動性、火力などを考えると、ゴーストなら木連無人兵器の5倍近い戦闘能力を持つと言っていい気がする。
このゴーストが5個飛行隊ぐらいで襲ってくれば、ナデシコ級とてひとたまりもなく轟沈の運命が待っているとすら思えた。

想像するだけでも恐ろしい話である。

そこまで考えて、再び説明に戻るイネスさん。

次にスクリーンへ映し出されたのはゴーストの三面図である。
続いて、三面図の各部に赤い光点が浮かび上がり、その光点から波紋状に光が広がる様子が浮かび上がる。

「この図は、ゴーストのセンサー配置状況とその索敵範囲を示したものです」

次にスクリーンの映像が三面図から3D立体映像に切り替えられ、球形の索敵範囲がゴーストをくまなく覆っていることを映し出す。

「ご覧のように、機体の周囲360度をセンサーがカバーしている為、パイロットが振り返ってまで視認する必要がないということです」

「通りで背後を取られてもすぐに回避し続けてたわけだ……」 

参加者の席にいた神田空幕長が戦闘記録の映像を思い出しつつ呟く。
同時に、空自から参加した何人かのパイロットも同様の言葉を口にする。

「また、センサーと装備されていたミサイルの性能から、ゴーストは背後を取られた状態でも攻撃が可能だったことが判明してます。単機で渡り合った藤堂二尉が撃墜されなかったのは幸運というほかありません」

イネスさんの言葉に、参加者の席にいた藤堂二尉は「ごもっともです」と肯いてみせる。

その後は、センサー等の電装系統から機体そのものの耐久性についてへ話が移った。

こちらについては、戦闘時の記録映像や残骸の状態から極めて高い耐久性を持つことが既にわかっていたこともあり、それほど長い報告にはならなかった。

「この機体が持つ堅牢さは、今後無人兵器を開発する上で大いに参考となるはずです。尤もある条件が必須となりますが……」
「ある条件とは?」

ゴーストが無人兵器として完成された存在であり、日本連合の兵器開発に多大な影響を与えるのは間違いない事は参加者の多くが理解している。
しかし、今回の報告に先立っての機体調査に携わった者は、日本連合が無人兵器を保有する上では更にある条件を設ける必要があると考えていた。

「それは無人兵器を確実に撃破・無力化できる兵器を人間側が保有するということ。この一点に尽きます」
「しかし、それでは無人兵器を開発する意味がありません。そもそも人間の代わりを果たすのが無人兵器の役割ではないのですか?」

反論の声を上げたのは、主に技研からの参加者であった。

4月の騒動以降、技研に対する政府の目は厳しいものとなっている。
だが職員が丸ごと入れ替えられたわけではなく、騒動前から無人兵器の研究を続ける職員の間には、未だに無人兵器の登場で人間が戦争をする必要が無くなるという発想が存在していた。

そんな反論を遮ったのは、報告の前にゴーストについての私見を述べた岸田博士である。

「おぬし等は大事なことを忘れてはおらんか?無人兵器が進化するということは、一方でそれらのシステムをクラッキングする技術も同時に進歩するということじゃ」
「言われてみれば……」

博士の一言は、反論の声を上げていた者に大事なことを気付かせたのは確かであり席から立ち上がっていたものも席に着く。

ゴーストが無人兵器として完成された存在であり、「前線」へ立てる人間の数に限界がある日本連合としては重要な兵器で有るのは確かである。
だが、ムーの兵隊ロボットをはじめとする「自立ロボットの反乱」を見ると、無人兵器を主力に据える事は限度がある……と言うのが首脳部の出した結論であった。

「皆さんもゴーストが出現した時、既に暴走していた事はご存知と思います。この件からも、無人兵器に依存する事がどれほど危険か理解できると思いますが?」

岸田博士の言葉を引き継ぐ格好でイネスさんが一気に畳み掛ける。
こう言われては、反論の声も上がるはずが無かった。

ゴーストの暴走は、時空融合に巻き込まれ統合軍司令部との通信リンクが完全に切れてしまった事で生じた「判断を肯定あるいは否定する命令者の消失」と、AIの中枢たるシャロンの自己保存本能に「自爆」という選択肢が無かった為が原因である。
それゆえに自律型無人兵器が司令部とのリンクを失った際、同様に暴走する可能性は無いとは言えなかったのだ。

「言うならば、孫悟空には金の環とお経を唱える三蔵法師が要る……と思えばよろしいかと思います」

獅子王博士の冗談めかした言葉に、参加者はなるほどと言う顔を見せる。
この時、参加者の多くが「金の環=無人兵器を圧倒する有人兵器」という図式を思い浮かべたのは言うまでも無い。

「金の環」を自爆装置と考える者もいたが、それも無人兵器の暴走によって自爆そのものが無効化される可能性が提示された時点で消えることとなった。

「具体的に言うと、無人兵器を圧倒できる性能の有人兵器による管轄下での運用、と言った所でしょうか。あくまで無人兵器は有人兵器の護衛と言った使い方をする形が良いと思いますな。有人兵器とそのパイロットが三蔵法師なわけですよ」

獅子王博士は言葉を続ける。
後に一部の例を除き、日本連合の戦術兵器においては「完全な無人兵器部隊」と言うものが存在しなかったのは、このときの影響が有ったのは確かであろう……。

その後、再び岸田博士が檀上に上がり、総合的な質疑応答に場が移った。
いくつかの質問が上がったが、その中でも話題になったのがピンポイントバリアーである。

これに対してはイネスさんが応対した。なぜなら、このピンポイントバリアーの技術はナデシコ世界のディストーションフィールドと原理が酷似……と言うより同じ原理で作られていたためである。

ただ、ディストーションフィールドが「機体全体を薄く広く覆う」事を目的としていたのに対しピンポイントバリアは「特定部位を厚く狭く覆い、自由に位置を変えられる」と言う違いが有った。

これらは、エステバリスとVFの思考の違いが如実に表れているという考えもできる。
実際、エステバリスの機体重量が陸戦フレームであれば1t以下しか無いという事はイサム達にとっては脅威であった。

が、同時に陸戦兵器としてのエステバリスは対弾性などの防御力の面で劣っていたのは事実であり、決して使い勝手の良い兵器とは言えないもので有ることをナデシコクルー達は自覚させられていた。
それに対してVFはエネルギー変換装甲をはじめとして、陸戦兵器としても十分なレベルの装甲強度を持った上でのバリアシステムである。

なによりも、エステバリスはナデシコからの重力波エネルギー供給を受けなければ満足な戦闘行動も行なえないという致命的な弱点を抱えている。
大出力の熱核バーストタービンエンジンを搭載し、長時間の飛行と戦闘行動を可能とするVFに比べるとどうしても見劣りするのは仕方がなかった。

それらを考えても、VFと言う存在がいかに「次元の違う兵器」だと言うことはこの場に居る誰もが痛感している事実だ。

「このピンポイントバリアの制御技術は、応用次第では防御のみならず先ほどYF-19が見せましたナックルガードのように攻撃にも転用できるわけです」

実際、人型兵器は人間に類似した「手足」を持っているため格闘戦も可能なように思える。
が、マニピュレータと言う物は精密機械の範疇に入るものであり、工業的に生産可能な構造のマニピュレータで「殴る」行為をやろうとすれば手の部分は使い物にならなくなるし、腕を構成するパーツにも構造的に狂いが出来てしまう。

現在設計が進んでいる量産型グレートマジンガーも、マジンガー系統を象徴する武器であるドリルプレッシャーパンチをどうするかで揉めに揉めている状態なのだ。
実際、マジンガーシリーズを設計・運用した兜博士、弓博士らは設計会議でロボット産業関係者から事ある度にネチネチと嫌味を言われている日々である。

「まさしく、『工業的に量産・戦術的な運用が可能な特機』と言った所ですね、この機体は」

特自を代表する形で参加した剣鉄也が溜息交じりに言った言葉に、誰もがその言葉に納得と言った顔を見せる。

「剣特機将の言う通りじゃ。工業的な量産が効く兵器の中で、これらの機体は性能面で頭一つ抜きんでておる。技術的にも複製ならすぐ、量産化については4~5年も有れば可能じゃろう」

参加者の多くが色めき立つ。
これだけの高性能機を量産化出来れば、日本連合の兵器体系は大革命を起こせる可能性があるのだ。

「じゃがのう……」

と、言葉途中で言い淀む岸田博士に、周囲は一斉に疑問の視線を向ける。

「生産コストの問題を解決しないことには、量産化は不可能じゃよ」

その一言に、参加者から落胆の声が上がる。

「4~5年で量産化可能と言うのは、生産コストを度外視して製造した場合の予測じゃよ。このまま生産すれば、部品制作を行なう企業のいくつかが倒産しかねない金がかかる……と思っていただきたい」

ざわざわとざわつく参加者の中から、質問の声が上がった。

「では岸田博士、このまま分析に全力を投入し、最短で量産にこぎつけた場合の製造コストと言うのは幾らぐらいなのでしょうか?」

久方ぶりに加治首相が質問のマイクを握る。
経済的な分野からの可能性というのは、「時代格差」という社会問題を抱える日本連合としては気になる事なのだ。

「米軍が持ってるB-2戦略爆撃機の価格は幾らかご存じですか?加治首相」

岸田博士の言葉に、加治首相は首を横に振る。

「ざっとじゃが、一機当たり20億ドル。日本円にすると1800億から2000億円じゃよ。こんごう級イージス護衛艦の倍近くするのじゃ。播磨を3隻は近代化改装できるぞ」

さっと加治首相の顔が青ざめたようにも見えた。
こんごう級イージス護衛艦も高価な艦船だが、それの倍近い値段がするとは彼も知らなかった。

「で、今の技術レベルでYF-19を量産化した場合じゃが……一機当たりのお値段は3000億円と出た。B-2の1.5倍じゃな」

その価格を聞いて、さしもの加治首相も思わず噴き出した。

「勿論これは『機体』そのものの値段であって、これに見合った武装……ガンポッドやマイクロミサイルにレーザー機銃を含めると、その値段が更に上がるのは解るじゃろう」
「それに加えて、生産ラインの設置や組み立て治具も一から準備することとなりますので、そこにかかる経費は兆単位となるでしょう」

岸田博士とそれに続く獅子王博士の発言を聴いた直後、参加者の殆どが丸で魂の抜けたような表情になった。

「もう一機のYF-21についてはそれ以上でな。少なく見積もって量産コストがYF-19の3~4倍じゃ。あとは言わんでも解るじゃろう」

その場に居た誰もが一様に納得が行った顔をする。
何処に一機一兆円近くする戦闘機を導入する国が有るというのだろうか。

ウルトラホーク1号も破格の高価格機として航空関係者の度肝を抜いたが、それに匹敵する高価格機を量産するなど正気の沙汰ではない。
ましてや、新世紀元年度の国防費が国家予算の3割以上にも達していることがマスコミをにぎわせている今となっては無理な話だった。

無論、これらの多くが「話し合いの通じない敵」相手の戦争の為に使われている事は多くの国民が承知しているが……。

「わりぃ、ちょっといいか?」

そこで上がった声により、参加者一同は飛びかかった意識を現実に引き戻される。
声の主は、報告者側の席にいるパイロットスーツの男性からだった。

「イサム君かね……何だね?」

質問のマイクがイサムに渡る。
イサムは軽く咳払いして喉を整えると、再び口を開いた。

「俺達の機体を複製することが、金の面で不可能って言ってたけど……だとしたら、すぐに飛べなくなるんじゃないか?エンジンやら弾薬の事を考えると……」

話の流れ……そう、岸田博士と獅子王博士がYF-19の複製製造コストについて言及し始めた時、彼は数年で解析可能という報告に驚かされると共に、その生産価格を聞いて思わず魂消た。
それ以上に、自分がテストパイロットを務めた機体が、このまま飛ぶことなく博物館行きにでもなるのでは?という不安に駆られたのである。

「私も同感です。予備部品が無いのでは実戦はおろか、データ収集時の飛行にも支障が出るのは間違いありません」

イサムに続いて発言したのはガルドだった。
彼もテストパイロットであると同時にYF-21の技術主任でもあったから、予備部品の不足がいずれどのような事態を引き起こすかをよく解っていた。

だが、心配そうに質問する二人に対して、岸田は心配無用、と答える。

「飛べない期間は有るかもしれんが、主要消耗品のコピーは研究分析の目的ですぐにでも始めるつもりじゃよ」

その言葉に、二人は意外な顔を見せる。
少なくとも加治首相ら政府関係者と岸田・獅子王両博士との会話を聞いている限りでは、そんな楽観的に物事を進められるようには思えなかったのだ。

「さっき『無理』と言ったのは、数年内に日本連合で運用されておる雑多な戦闘機を全て置き換えるだけの数を生産することじゃからな。実験機としてなら1~2機分の部品ぐらいは一年有れば揃えられると思うぞ」

と、そこで岸田博士はにやりと笑い、ゴーストの残骸を指差す。

「それに肝心のエンジンや装甲なら、お前さんたちの機体をバラさずともサンプルが有るからの。まぁ待っておれ」

そう、ゴーストはAIやセンサーを分析できたことからも分かる通り、エンジンの基本部分をはじめとした心臓部は飽和攻撃と言って良いレベルのAAMと機銃弾の直撃に耐えきり、無事だったのだ。

装甲とエンジン、機体制御系のCCVプログラムに関しては世界最高水準の物が手に入っている。
完璧とは行かぬまでにも、データを取っていく程度で有れば特機関係の研究施設なども総動員すれば維持していく事は不可能ではない、というのが先持ってのSCEBAIの出した結論であった。

「あぁ、そうそうガルド君とイサム君にはな、うちと技研で主に働いてもらうつもりじゃ。パイロット兼技術者としてな」

その言葉を一瞬図りかねた二人であったが、しばらく置いてあぁなるほどと手を打つ。

「この世界で食っていくには仕事が必要じゃろう。テストパイロットなら二人にピッタリと思うぞ」

報告会の前から、連合政府はイサム達3人が日本連合で新しい生活を始めるという意思を示した時点で彼等の処遇を決めていた。
何しろ、この報告会で述べられてない彼等の世界が辿った歴史背景など機密指定されても可笑しくない衝撃的な情報や知識を持っている人物である。

政府としては彼等を危険な目に遭わせるわけにはいかなかったし、出来ることなら自分たちの目が届く範囲に居てもらいたいというのが本音だった。
そして二人のパイロットとして優れた操縦技量は今後、新たな兵器を開発する上で得難いものになるのは間違いないという事実……。

岸田博士が言うように、イサムとガルドがテストパイロット兼技術者として招かれる事になるのは当然だったといえるだろう。

その光景を見て確認したかのように、獅子王博士から分析と平行して航空機や陸戦兵器へのフィードバックを進めていくこと。
そして、最終的にまとまった数の複製機を15年以内に自衛隊で実戦配備できるようにしていきたい……と言う提案がなされた。

「予算の確保などで難しいとは思うがのう、仮にこの計画を"VF-X"。そしてこれらから得られるであろう技術を"EOT(Extra Over Technology)"と名付けようかと思っておりますが……」

岸田博士はそこで言葉を切ると加治首相の方を向き、了承を求める。

「私の一存では判断できませんが、私個人としてはおおむね了承です。これだけの技術を無駄にするのは我が国の損失で有るのは確かでしょうしね。次の通常議会にて提案を出せるものと思います」

「15年以内ね……長いっちゃ長いねぇ」

大まかなスケジュールが表示されたパワーポイントの画面を見て、イサムは呟く。

「仕方が無いだろ……まぁ、VF-1から始めていくことを後で提案してみるけどな」

その様を苦笑しながら、ガルドは答える。
VF-1の設計データ自体は、YF-21のIFFや機載コンピュータにある程度は登録されている上にガルド自身も以前、VF-1の民間向けレストアや複製作業に関わったことが有った。
その為、この状況で必要な改良を含めたプランが頭の中に出来ていたのである。

「ま、しばらくは暇しなくて済む事だけは確かだ。俺としてはな……」

その後、質疑応答の続きを経てこの日の報告会は終了となった。

「二人ともお疲れ様。はい、これ」
「お、サンキュ」
「わざわざすまないな」

報告会終了後、会場となったビッグオーダールームより引き上げてきたイサムとガルドにコーヒーの入ったカップを渡したのは、今回不参加だったミュンである。

彼女も出現の翌日には普通の状態に体調を回復し、以後はGGGから充てられた一室で生活することとなった。
その後、イサム達同様に政府関係者からの事情聴取に応じたり、二人がYF-19,21の調査に参加している間は日本連合で生活していく上での諸手続きを二人の分もまとめて引き受けたりしてたのだ。
それに加えて、シャロンの存在に関してあやふやな形にせざるを得ない今の状況では、彼女の証言はS級機密にアクセス出来ない者も多く参加している今の状況では危険すぎる、と判断された為報告会には参加しなかったのである。

「しかし、驚いたぜ。まさかあのシャロンにそんな危なっかしい代物が組み込まれていたなんてよ」
「非合法のバイオニューロチップを使った結果がマクロスシティそのものを乗っ取る事になるとはな……」
「私も驚いたわよ。知らないところで彼……マージが暴走していたなんてね」

コーヒーを口にしながら、三人は口々にシャロン・アップルの暴走により引き起こされたあのときの騒動を振り返る。
ミュンは既に連合政府へシャロンの存在と自身が知る限りの情報を提供したが、イサムとガルドにも事の真相を話していた。
それは、ゴーストと交戦した当事者である二人にも事の詳細を話しておくべきだという彼女の判断によるものだった。

「今回は映像が流れたが、報告会で出せる情報はあれが限界だろう。あれより先はまだ世間へ公表するには早すぎる代物だ」
「その点は俺達の世界が辿った歴史も同じかねぇ……。何しろ掻い摘んで話しただけでも大河のオッサンや獅子王博士は眼を白黒させてたからな」

1999年7月、マクロスが小笠原諸島、南アタリア島に墜落して以来の統合戦争、そして人類史上最大の悪夢となった第一次星間大戦。
それから30年近くにわたる銀河進出の歴史は、それを実体験として知らぬ者たちにとっては異常ともいえる速さだった。

「いくらフォールド航法が出来ていたとは言え、考えてみりゃ確かに地球復興そっちのけで宇宙進出していたわけだからな……」

地球にとどまっていては何時またゼントラーディと監察軍の戦いに巻き込まれて滅亡するか分からない、そう言う恐怖が人類を太陽系の外へ駆り立てた……。
と言えばそれまでだが、「世界」から一度切り離された状態で自分たちの世界を客観的に見ると、異常な歴史と認識せざるを得ないのは確かだ。

「ま、それについても近く開かれるという『安全保障会議』とやらの場で話すことになるんじゃないか?あとはこの国の政府がどう判断するかだな」
「だな……それはそうと、ミュン。お前こっちの世界でも音楽の仕事に就くというのは本当か?」
「マジで!?」

ガルドの言葉に、コーヒーを口にしていたイサムも思わず驚く。

「まあ……まだ本決まりじゃないけどね。なんかちょっと変わった名前のプロダクションを紹介してもらってるの。プロデューサーとして作曲とかやってくれないか……ってね。しばらくはちょっとしたアイドルポップスばかり書くことになりそうだけど」

ミュンは含み笑いしながら答える。
やはり、再び音楽業界に関われるのは嬉しいのだろう。

「なるほど……でも良かったじゃないか。どんな曲が出来るのか楽しみにさせてもらうぜ」
「こっちの世界でも、ミュンならやっていけると思うぞ。俺も応援している」

三人の間に、久しぶりに感じる和やかなものが流れる。
そう、エデンに居た10代の頃のような。

「なんにしても、とりあえずは……」
「ああ、近く開催される安全保障会議が終わってからだな」


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