Super Science Fiction Wars 外伝

東京空中戦 -Battle of Tokyo.-

D-Part.


午前10:20 東京上空 高度30000ft地点

「……ヤバいな……おい」

イサムはほとんど垂直に近い上昇角度で自分たちを無視して登っていくゴーストを見て、宇宙艦に搭載されていた人型機動兵器たちが少なくとも戦闘能力を失った事を悟った。

『海の方に移動した宇宙艦と、ゴーストの間で大量の通信パケットが移動したのを確認している。多分、あの宇宙艦からゴーストにハッキングでもかけたんだろう……』

幾分落ち着いたのか、ガルドの冷静な声が聞こえる。

「だとしたら……」
『あの宇宙艦へのカミカゼ、だろうな』

ガルドの言葉に、二人の間に妙な沈黙を作る。

『やるしかないな……』
「あぁ」

それまでエンドレスエイトを描いて飛んでいた二機は、羽田沖の宇宙艦……ナデシコB目指してスロットルを開けた。
高度40000ftまで上昇したゴーストは、スラスターによる姿勢制御でほぼ180度に近い旋回を行うとセンサーの視界にナデシコBを収め、自由落下による加速を開始した。

「ミナトさん、ナデシコBに覆いかぶさるよう移動できます?」

ナデシコBによるハッキングが失敗し、ルリが倒れオモイカネがフリーズしたことを知ったユリカは、ナデシコAを市街地上で出せる最高速度にて移動させると、ナデシコBに覆いかぶさるよう指示を出した。

「できるけど艦長、激突したらこっちが沈んじゃうんじゃないの?」

器用に艦体を操りながら、ミナトは答える。

「大丈夫。エステバリス格納庫のあたりに当たるよう調整してくだされば、ナデシコは沈みません」

あの程度の戦闘機が体当たりしたところで、ナデシコ級は沈まないはずだ。だが、ブリッジに当たったとしたら話は別。
戦闘指揮所をブリッジにしか設けていないナデシコ級の構造欠陥をネルガルに言いたい所だが、今となっては仕方のないことであった。

『イサム、もう一隻の艦が盾になろうとしてるようだな』

レーダーには、高度40000ftから逆落としに落下するゴーストの軌道が映っている。
同時に視界にはだんだんと大きく映るナデシコの姿が有った。
それは一本の毒矢が巨大な獲物を仕留めるかの様である。

「確かにみた感じ、ゴーストの一機や二機ぶつかった所で沈まなさそうだけどよ……」
『あぁ、多分ブリッジや機関推進部を避けて当てれば問題ないとみたんだろうな……だが、不味い』

ガルドがゴーストの落下軌道から予測した落着ポイントを見せる。

「……ゴーストの姿勢制御が効かなくなっているってのかよ?」

YF-21のセンサーがとらえたゴーストは、あちこちが被弾により凹み、動き自体も先ほどに比べるとやや緩慢なものになって居た。
何が原因かはわからないが、ゴーストのAIはこれらのダメージが無いものとして行動しているらしい。

『これが吉と出るか凶と出るか分からんが、あの艦を外れて地面に激突する可能性の方が高いようだ』
「逆にまずいな……」

あの艦に当たるコースで有れば、洋上である故に問題なかったのだが、今のゴーストでは話が違う。
上空に吹く風のため姿勢制御が満足に効かないゴーストは風向きを考えると、このままでは市街地に墜落する可能性の方が高かった。
破壊されれば爆縮現象を起こして消える熱核バーストタービンとはいえ、市街地に落ちた時の事を考えると尋常ではない被害が起きるだろう。

『どうする?』
「決まってる……。俺達が落とすに決まってるだろーが!!粉微塵にするぞ!!」

スティックを引き、急旋回上昇。
相対高度は既に1000ftを切っている。

近距離からのマイクロミサイル飽和攻撃。まずはそれが第一段階だ。
YF-19を認識していてもおかしくないはずの距離だが、ゴーストは姿勢変更が出来ていない。

レーダーロックオン、インレンジマーク、RDY。
脚部FASTパックのウェポンベイが開き、一斉にマイクロミサイルが放たれる。
ゴーストは初めて軌道をずらそうとする。
だが、スラスターの一部が吹き飛び、漏れた噴射ガスがゴーストの意志に反した異様な動きを与え、機体がふらつく。

そこにYF-19の放ったミサイルが集中した。
派手な光球と火の粉が飛び散り、次の瞬間爆風と衝撃波が辺りを支配する。

「やったか!?」

機体を立て直しながら、イサムは爆炎の中に目を凝らす。

『まだだ!ゴーストは生きてるぞ!!』

ガルドからの通信が入った直後、爆炎と煙の向こうからレーザーが放たれる。
しかし、反撃を見越していたイサムは瞬時の操作でYF-19のスラスターを制御し、僅かな動きでレーザーを避けてみせた。
再び姿を現したゴーストは、先ほどより外見を変形させながらも速度を落とした――それでも音速は軽く超えているが――状態で水平飛行を続けている。

「まったく、なんてタフな奴だよ……アレだけ食らっても半壊すらしてねぇ」
『だが奴の注意をこちらへ引き付けることには成功した。地上への落下も止める事ができた』

YF-19のすぐ隣を飛ぶYF-21から通信が入ってくる。
いつの間にか上昇して追いついてきたらしい。

「なら今度こそ……」
『徹底的に叩き潰すまでだ』

二人はあの怪現象に巻き込まれる直前、散々苦戦を強いられたゴーストをさらに追撃せんとする。
だが、二人が最大速度で加速しようとしたその時。

「ん、通信だぁ?」
『この状況下でこちらに?発信元は……なるほどな』

発信元は先程ゴーストが特攻を仕掛けた宇宙艦の一隻からと判明した。
しかもご丁寧なことに暗号化された守秘回線を用いた上、こっちの通信チャンネルに合わせている。

『どうするイサム?いずれはコンタクトを取るつもりだったが』
「回線開いてやろうぜ。それに言うだろ『虎穴に入らずんば虎児を得ず』ってなあ」
『そうだな、こちらもそろそろ最低限の情報は欲しいところだ』

すぐさま二人は相手からの回線を開く。
それぞれの通信モニターが開き、そこに映し出されたのは二つ。
一人は中年の濃い顔立ちをした男性。
もう一人は長い黒髪をした、快活そうな印象の若い女性。

『こちらは日本連合国特別機動自衛隊所属、航宙機動戦艦ナデシコA艦長ミスマル・ユリカ三等特佐です。先ほどは僚艦の危ない所を救っていただきありがとうございます。申し訳ありませんが、そちらの所属と姓名をお願いします』

モニタに写ったその女性を見て、思わずイサムは甲高い口笛を鳴らす。

「あんた、美人だな……。俺は新統合軍、次期可変戦闘機実験チーム所属パイロット、イサム・アルヴァ・ダイソン。階級は中尉。コイツは……」

と、交渉というよりナンパでもするかのような自己紹介を始めたイサムの通信を、ガルドが遮る。

『こらイサム!お前はナンパでもしてるつもりか!失礼しました。私はジェネラル・ギャラクシー社所属テストパイロット、ガルド・ゴア・ボーマンです』
『いや、ナンパだなんて……それに私にはアキトという私を好きで居てくれる人が……』

慌ててユリカに謝罪するガルドであったが、素が出てしまっているユリカを見てナデシコブリッジ内は笑い声で満ちていた。

「艦長を口説くとは、勇気ある人ねぇ」byミナト

「外面はいいですからねぇ、騙されちゃって」byメグミ

「……ユリカをナンパするとは……自殺行為だよ」byジュン

「……バカばっか……」byルリ(小)

「なんだよガルド、お前こそ堅苦しすぎるんじゃねーの?」
『そんなことやってる場合か!早くここの情報を掴まんといかんだろう!』

ユリカ達を無視して、イサムとガルドと名乗った二人は猛烈な口論……というより小学生レベルの口ゲンカを始める。
だが、その口論は数瞬の内に一人の咳払いで止められた。

『済まないが、口ゲンカはそこまでにしてほしい』

威圧感を出した男性……そう、大河の言葉に思わず二人+ユリカは言葉を止め、真面目な表情になる。

『私は日本連合特別地球防衛機関、GGG(ガッツィー・ジオイド・ガード)長官、大河幸太郎。ダイソン中尉、ミスタ・ボーマン。もう気づいているとは思うが、ここは君たちの世界の地球ではない。だが間違いなく地球ではある』

大河の言葉に、思わず二人は怪訝な顔を見せる。

「どういうことだよおっさ……いや、大河長官さんだったか。手短に頼む」

イサムの言葉に、大河は言葉を続ける。

『我々の世界は約一年ほど前、時空融合と言う現象が発生してな。さまざまな歴史をたどった世界が一つにまとまって居る。その後も君たちの様に、揺り戻しと呼ばれる現象で我々の世界に現われる存在がいるのだよ』
『時空融合……前に科学雑誌で理論だけは聞いたことが有ったな』
「ガルド?」

ガルドの言葉にイサムは思わずYF-21の方へと振り向く。

『確か、ディメンション・イーターとか言う空間そのものを破砕する兵器の理論だっと思うんだが……。影響次第では“他の世界との壁を開きかねない、神の領域に達する兵器”とあった。それの事か?』

ガルドの質問は、イサムのみならず大河達をも驚愕させていた。

『……詳しくは後ほど聞かせていただこう。もしかすると君たちはわれわれの世界そのものを解き明かす鍵を持ってるかも知れないからな』
「助かる。今はあの“ゴースト”を落とすことを優先させてくれ」

通信を切ると、再度レーダー上のゴーストを確認する。
やはりスラスターが破損しているためか、旋回半径は大きくなり、速度も先ほどに比べると落ちていた。

「今ならやれる……な」
『あぁ、簡単……とは行かんが弾幕を張れば落とせる』

残りの弾薬を使い切れば一気に落とせると踏んだ二人の所へ再度通信が入る。
回線を開くと出てきたのは大河長官だった。

『あの機体、ゴーストと言ったか。あれを君達に任せていいのだな?』
「ああ、あの機体は少しばかり厄介でね。何しろ俺達の乗っているバルキリーを差し置いて軍に正式採用されるはずだった代物さ」
『恐らくあなた達の主力機では世代の差がありすぎて相手にならないはずです。我々に任せていただきたい』
『わかった。よろしく頼む』

大河も二人の乗る機体が見せた運動性能から、その性能が現用機を大幅に凌駕しているのを理解している。
だからこそ、二人にあとのことは任せるつもりだった。

大河からの通信が終わったかと思うと、そこに新しい通信が入る。
音声のみの回線であることから別口からの通信だろう。

「今度は誰だ?さっきの艦長さんじゃないよな」
『そこのアンノウン2機聞こえるか?あんた達は味方ということでいいんだな?』
『その様に認識してもらえるとありがたい。だが貴方は?』
『こちらは日本連合国航空自衛隊。第7航空団305TFS(飛行隊)の藤堂二等空尉だ。そちらの支援につかせてもらう』

無線の相手はエステバリス隊に助けられ、百里基地から再出撃してきた藤堂だった。
彼は、基地に戻るや今度は他の基地と共同による第二次攻撃へ加わるよう命じられ、補給を終えてすぐ寮機と再出撃したのである。

移動中、無線でエステバリス隊の敗北を知り、最大速度で羽田湾上空を目指していた時、遠距離からYF-19によるゴーストへの攻撃を確認し彼等が味方であると判断した藤堂は通信を開いたのだ。
無線による会話の間に到着したのだろう、二機の少し上空にF-15の編隊が見える。

「オイオイ、その機体で支援かよ?気持ちはありがたいが勘弁してくれ」
『同感だ。イサムが言うように貴方達の機体では足手まといにしかならない。後退してもらえるか』

ここからの戦闘はこの世界の戦闘機乗りにとって未知の領域になるのは間違いない。
だとすれば、他のパイロットが来てくれても戦力としてはたかが知れている。

しかし――

『残念だが、こっちのパイロットは命知らずが多くてな。もうそっちのレーダーに引っかかっているんじゃないのか?』

藤堂の言葉に、二人がレーダーを見るとゴーストを囲む形で多数の光点が映し出される。
何事かとゴーストの飛行空域を見た二人は度肝を抜かれた。

その目に飛び込んできたのはすさまじい数の自衛隊機。
F-15イーグルは言うに及ばず、F-2やF-4ファントムにF-1、Su-27やMig-29ファルクラムの日本連合改修型、更に二人からすれば旧時代の遺物でしかないレシプロ機等が大挙飛行していた。
そのいずれもが翼面下や胴体下にAAM、ガンパック等を装備し、ゴーストへの攻撃を仕掛けようとしている。

「此処は我等の空」とばかりに集結した彼らは百里のみならず、横田や厚木からも飛来した第二次攻撃部隊だった。

『一対一でダメなら数の差で……ということだ。納得してもらえたか?』
「たった一機相手にここまでやってくれるとはねぇ……。おい、どうするガルド?ここはありがたく頂戴しておくか?」

その光景を見て、思わずイサムは笑いと同時に涙がこみあげていた。

『そうだな、有難く支援してもらおうか』

ガルドの声もまた、笑いと涙が交じったものであった。

「藤堂二尉……だったか?この攻撃だけ、俺に指揮権を貰えないか?無理を承知で頼む」

イサムは藤堂に通信を開き、あえて無茶な注文を出す。

旧式のAAMや弾速の遅い機銃でゴーストを相手にした場合、本当に濃密な弾幕を作らないといくら運動性が落ちているとは言えどかいくぐってしまう危険性もあり得る。
それゆえにゴーストの機動性で回避されないだけの濃密な弾幕を張るためには「一斉射撃」をする必要性があったのだ。

『……了解した。あんた達があの化け物の事を一番知ってるのは確かだしな。現場指揮官として責任は取る』
「感謝する」

一呼吸置くと、イサムは藤堂から教えられた通信周波数でこの場に集まったすべての自衛隊機に通信を入れる。

「α1より全機。当機の指示に従いロックオンの後3カウントで攻撃を仕掛ける。良いか?」

『Mace1、了解』
『ELF1、了解』
『Dragon1、了解』

『……ASTER1、了解』

同時にその場に居合わせたすべての自衛隊機が、周辺空域に上がって居たE-767早期警戒管制機の指示に合わせてゴーストをロックオンする。

PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN

>敵機からのレーダーロックオンを感知
>>AAMロックオン数=130以上
>>機銃ロックオン数=200以上

>回避方法は
>>姿勢制御スラスター破損、運動性70%に低下

>結論
>>回避不可能 回避不可能 回避不可能

>当該空域からの離脱は
>>現状の最大速力維持を条件として、確率50%

PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN PAN

同時にイサムは機体を上昇させ、高度差を取るとバトロイドへ変形させ、YF-19が装備しているすべての武器をゴーストに向けてロックオンする。

「3……2……1……ナウ(今だ)!」

直後、自衛隊機から一斉に100を超えるAAMが放たれ、ミサイルの排気煙が無数の白い航跡を作りゴーストに殺到する。
ゴーストは速度を上げて逃げ惑うが、次々と近接信管の作動範囲に入ったAAMは炸裂し、無数の破片と爆風を機体へと叩きつける。

だが、それだけで終わらない。
加えて全ての自衛隊機が搭載機銃、ガンパックによる一斉射撃を行ない、回避運動を取り続けるゴーストにAAMを上回る多量の機銃弾を暴風雨の如くお見舞いする。
一発一発の破壊力が弱くとも、際限なく浴びせられては強靭な装甲にも亀裂、歪みが生じ、それらが飛行能力の低下を招く。

機銃を浴びせられる間にゴーストの装甲は各部が捲れ上がり、姿勢制御スラスターや外部センサー、レーザー砲といった装備品は次々と破壊され脱落していった。
それでもゴーストの機載AIは回避運動を指示し、爆風に翻弄されながらも飛び続ける。

そして、遂にゴーストはそれらの攻撃に耐え抜いて包囲網から脱してみせた。

『イサム!奴は何とか離脱したようだ!』

同じくバトロイド形態で降下しながら、センサーでゴーストをとらえたガルドが叫ぶ。
ゴーストは出現直後からは想像もつかないほどのノロノロ飛行を続けているが、遠めに見る限り胴体と主翼は原型を保っており健在振りをアピールしていた。

「つくづく可愛くない奴だな……だが、これで終わりだっ!」

バトロイド形態で降下する二機と爆風をくぐり抜けたゴーストの軌道が合う一瞬、その瞬間にすべてを賭ける。

「「てぇぇぇぇ……っ!!!」」

その声と同時にYF-19と21、両機の全武装が一斉に火を吹く。
ガンポッドから高速で放たれる無数の機銃弾と触発信管装備のマイクロミサイル、レーザーが一瞬のうちにゴーストの主翼を、機体を噛み砕いていく。
それはわずかゼロコンマ数秒の間に展開された事であったが、イサムとガルドにはその事態が恐ろしく長く感じるスローモーションのようだった。

機体のAIが目標撃破を告げるアラームの音が鳴り響き、攻撃が停止する。
一瞬にすべてを賭けて攻撃した二人は、その音で現実に引き戻され、虚脱したようにスティックを握る力が抜けた。

「見てみろよガルド。奴の最後だ」
『ああ、後はもう落ちるだけだな。エンジンは生きているみたいだが……』

モニターを見ると機体を、翼を蜂の巣にされたゴーストが煙を引いて落ちていくのが見える。
その速度が予想に反して酷く遅いのは、破壊を免れた残りの姿勢制御スラスターにより減速しているからだろう。
だが、それも僅かな間のことにすぎなかった。

東京湾上でなんとか水平飛行に入ったゴーストは、スラスターが止まったのかそこから一気に高度を落とすと、時空融合で復活した湾の干潟へと機首から突っ込みそのまま勢いで裏返しにひっくり返る。
そして、その衝撃で回路を切断されたAIがダウンしたのを最後にゴーストは完全に活動を停止した。

「終わった……か?」
『多分……な』

脱力しきった二人には、今機体がバトロイド形態で落下していることも関係なくなっていた。
それでも、ぼんやりとした頭でオートパイロットを起動する。
水面ギリギリの高度まで下がった機体はガウォークに変形すると滑走を始め、羽田空港のメンテナンス用埠頭へと自動的に着陸した。

キャノピーを開き立ち上がる二人。

海から吹く潮風が体をなでる。
見れば、彼らの世界では軌道爆撃で干上がったはずの海が、映像でしか見たことのなかったかつての姿で存在し、海鳥の飛ぶ姿があった。
そのことが、ここは大河の言葉どおり自分達の知らない地球なのだと二人に再認識させる。

すると上空に影が差す。
見上げれば頭上には二隻の宇宙艦、ナデシコA・Bの姿が見えた。

『投降の意思を確認する。間もなく交渉役を送る』

ナデシコから発光信号で投降の意思を確認するメッセージが送られる。

「我、貴軍に投降する。攻撃の意思なし」

イサムは頭部レーザーキャノンを最低出力で発射し、レーザーによるモールス信号で投降の意思を示す。

幾分もなく、遠くからヘリコプターのローター音とけたたましいサイレンの音が響く。
羽田空港に常駐していた警察と消防、さらに陸自の部隊が自分たちを確保しに来たのだろう。

「さて、最後のお仕事ですよ……と。ガルド、お前統合軍式の投降方法知ってるか?」

軍属とは言え民間のテストパイロットであるガルドに、ひと先ずは投降方法を確認する。

「一応教えてもらってるが、上手く行かなかったらフォロー頼むぞ」
「はいはい……」

イサムはガウォークの手に持たせていたガンポッドを地面に捨て、バトロイド形態に変形すると両手を上げさせる。
改めてコクピットハッチを開いて身を乗り出し、ヘルメットを脱ぐと両手を上げて投降の意思を示した。
ガルドもまた、その動きを真似してYF-21をマニュアルで投降のポーズを取らせ、肩に移動して投降の意思を示していた。

真っ先に駆けつけた自衛官たちも、すでに事情を知っていたのか小銃を向けるなどの緊張した様子は見せていない。
流石に警察の側は機密の問題もあるのか、周辺一帯を封鎖する作業に入っていた。

もっとも、関係者以外は避難していたのでそれほど意味はなかったのだが。

と、周囲を固めた自衛隊の車両の中から、一台のパトライトを付けたスポーツカーらしき車が現れる。

「フェラーリF50のパトカーとは贅沢だな……?」

ぼそりとイサムがつぶやく。
彼の世界では、デビュー間もなく統合戦争がはじまり、そのあとの星間戦争で殆どの実車が失われた幻のスーパーカーである。
その様な名車がなんとパトカーとして動いているのだから、驚きはかなりのものであろう。

パトカーは二人の前で停車すると、ドアを開いた。
眼の前に降り立った人物を見て、思わず二人は目を見張る。
先ほど通信画面に映って居た、あの濃い顔立ちの男だったのだ。

「先ほどはありがとう。改めて名乗るが、私がGGG長官の大河だ」

その身のこなしから、イサムは大河が軍あるいはそれに準ずる組織に従事した経験があると言うことだけは見抜いていた。

「早速だが、諸君らは我々の保護下に入ってもらう。異義は無いかね?」

イサム達とて現時点でつかんでいる情報だけで判断はできない、という気持ちが無いわけではない。
だが、今眼前に広がっている光景は明らかに自分たちの知っている地球とは別の所へ来てしまったと言うことを雄弁に語っていた。

「異義は無い。我々をジュネーブ条約に基づき、紳士的な扱いをしていただきたい」

一応、軍人であるイサムが可能な限り丁寧な口調で大河に言う。

「了解した。間もなく迎えが来る。そして、日本連合へようこそ」

それが、大河の言葉だった。

午前11:00 東京都千代田区永田町 首相官邸

『新宿上空に現れた3機の戦闘機のうち2機を、無事収容いたしました』

モニタスクリーン越しに大河の報告を聞きながら、首相官邸地下の特別会議室に詰めていた加治首相以下連合政府の主だった閣僚らは、ほっと胸をなでおろしていた。

「撃墜した無人機の方は?あれだけの大騒ぎとなると情報操作の限界がある」

土門敬一郎 危機管理担当主席補佐官の言葉に続く形で加治首相や他の閣僚、安全保障会議のメンバーからも同様の発言が出る。
なにしろ、ナデシコA・Bにエステバリス隊、空自の三基地から予備機まで持ち出しての大捕り物である。

首都全域からの民間人避難が済んでいたとはいえ、ここまでの大騒ぎになれば市民もマスコミも「出現した航空機を撃墜した」というだけの報告では納得しない。
一連の出来事に関わった者へ緘口令を敷くのは当然だが、情報操作したところで下手な工作では逆にあること無いことを騒がれかねないという懸念があった。

『無人機については現在残骸を回収中です。墜落現場の隠蔽及び秘匿は……』

続く大河からの報告は、騒動が収束したと共に事後処理が遅滞なく進んでいることを示していた。
今回の騒動は黄金週間中のお台場騒擾と異なり神秘学や霊力工学といった日本連合の機密事項に絡む部分が皆無だったが、規模が桁違いだったことを問題視されている。
それでも、現在進行形で事後処理が進んでいることから、お台場騒擾の時に比べればマスコミ向けの発表も時間をかけず実施出来るだろう。

だが、それ以上に加治首相以下の関係者が注目したのは、2機の戦闘機パイロットとのファーストコンタクト時に彼等の口から出た言葉にあった。

「時空融合のきっかけと思われる技術を知っている……と言うの?」

鷲羽ちゃんが動画の再生を見て、思わず絶句した声を上げる。

『フォールド航法とか言う超光速恒星間航行技術も気になる所じゃ。恒星間航行となるとエマーンでもモノにできてない技術だからの』

遠隔会議システムで参加していた岸田博士も声を上げる。

騒ぎの中心が新宿から羽田沖に移ってすぐに新宿中央公園に落下していた二つの物体。
一見、ASM(空対艦ミサイル)か戦闘機の増槽のように見えたこの物体は当初は一体何なのか皆目不明だったのだが、イサム達を保護したGGGがこれの映像を見て、YF-19と21専用のフォールドシステムであると言ったのだ。

「このフォールド航法を用いた爆弾……ということみたいね。件のディメンジョンイーターというのは。詳しいことは片方の方のパイロットさんから聞くとして……時空融合の原因となった時空振動弾の理論を我々が持てる可能性があるってのは重要だわ」

鷲羽ちゃんが顔を紅潮させ、興奮した口調で話す。
このあたりはまだまだ年相応のところがあるな。と加治首相は見ていて苦笑する。

その一方で、入ってくる情報から今回の出来事が今後の進展によっては機密の塊になる可能性を考えていた。
いや、既に断片的な情報からでも事態の重大さが伺える。

従来の性能を逸脱した可変戦闘機、恒星間航行技術、そして時空融合発生の原理を知る切っ掛けとなるかもしれない理論……。
詳しい解析は専門家に任せるとしても、これらだけでも十分S級からSSS級機密に該当するものだ。

だが、そんな彼もこの後更なる衝撃的な事実を知ることになるとは思ってもいなかったのだが。

やがて、大河からの現状報告が終わり、マスコミへの対策等について話がまとまった時点で加治首相が口を開く。

「今回の事件については、後日の報告会議で詳細を確認することとなるでしょう。また、調査次第でSSS級機密に該当する事案が発見される可能性もあります。その点を注意してください」

その言葉に全員が肯く。
何しろ今回は霊力関連の情報とは別の方向で一般に公開できない情報が多々含まれている。
投降した二名のパイロットと彼等の乗っていた機体についても慎重に扱う必要があったし、何より時空融合の真相そのものに関わってくる可能性があるのだ。

それでも、誰もが機密を扱うことへの苦労を放棄しようとは考えなかったのもまた当然だった。

同時刻 川崎市 GGG本部

大河の元、GGGの保護下となったイサムとガルドは羽田から湾岸線を経由する形で川崎のGGG本部へ護送された。
そのまま検疫の後、結果が出るまで地下の医療室で待機と言われている。
だが、その待機用にあてがわれた部屋はむしろちょっとしたホテルのスイートルームのような雰囲気であり、室内の冷蔵庫には何と酒まで用意されていたのだ。

「美味いな、このコーヒー」

フードディスペンサーから出したホットコーヒーを啜り、イサムは思わずつぶやく。
星間戦争で環境が徹底して破壊された彼らの世界の地球は、食糧のほとんどを他の植民地惑星に依存しており、その「依存先」の一つであるエデンの出身であるイサム達からすると、地球で食べる食物というのは良い印象が無かったのだ。

「俺はこの日本茶が……この豆大福もまた美味い」

どこで見つけたのか、すでにガルドは緑茶と豆大福をパク付きながらくつろいでいる。

お前ね、と言いかけてイサムもまた、腹の虫の盛大なホーンセッションに空腹を覚える。
考えてみれば昨日……と言っていいのか分からないが、ヤンと共にニューエドワーズを発つ数時間前に早めの夕食を摂っただけでもう半日近く胃にものを入れてないことを思い出した。

「なんか美味そうなのねーかな?」

冷蔵庫をがさごそと掻きまわし、ようやく誰が作ったのか分からないが、手作り品らしきおにぎりを何個かとカップみそ汁を取りだしたところで、部屋の入口にあるインターホンが来客を告げる音を立てた。

「「はい?」」
『ダイソン中尉、ミスタ・ボーマン。検疫結果の報告と大河長官より詳しいお話をしたいと言うことで、お呼びしました。至急メインオーダールームまでお願いします』

メインオーダールーム……早い話が司令室に呼び出された二人は、そこで改めて大河と顔を合わせた。
他にも科学者と思しき人物や美人のオペレーターも複数いたが、いずれも二人が先程の揺り戻しで現われた人物ということで興味津々の眼差しをむけている。

「拘束してすまなった。先に君達の検査結果を述べさせてもらうが、二人ともなんら問題はなかった。この場合おめでとうと言わせて貰うべきかな」

大河から告げられた結果に安堵する二人。
テストパイロットという立場上、健康には気を遣っていたので検査でも問題は無いと思っていたが。

「ということは、外出する分にも自由ってことか……なら……」
「おいイサム、まさか早速街に出てナンパとか考えているんじゃないだろうな?」
「そう硬いこと言うなよ。禿げるぞ」

そんな会話をする二人を見て、周囲から思わず笑い声があがる。
流石に恥ずかしいと思ったのか、二人ともすぐそれ以上の言い合いはやめたが。

「ああ、ダイソン中尉には申し訳ないが、まだ暫らくは行動に制限が付くと思って欲しい。実は、君達の待機中に政府へ今回の事を報告したところ、話を聞きたいという返答があったんだ」

政府への報告という言葉に思わず二人もそれまでと表情が変わって真剣なものとなる。

「つまり、我々の世界に関する情報を提供せよということでしょうか?」

そう尋ねたのはガルドである。
その言葉に首肯する大河。

「その通り。特にミスタ・ボーマンの発言は連合政府……つまり、この国の政府だが、の注目を集めてね。是非とも詳しい話を聞きたいとのことだ」
「もし、我々が情報の提供を拒否するということになればどうなります?」
「我々も政府も無理強いをするつもりはないからその点には安心して欲しい。但し、君達二人が乗っていた機体や撃墜した無人戦闘機について、周囲に口外しないと約束してくれるという条件付きだが」

ここまで大河に言われて、二人はおおよその事情を察した。
恐らく自分達の存在は彼等いやこの国にすれば恐ろしく重要なものなのだろう。
この国の政府が注目しているという大河の言葉からそのことは理解できる。

どうする?と、イサムに視線を向けるガルド。
問題ないだろう。という意味を込めてアイコンタクトするイサム。
それは、この状況で自分達に不利な選択をする必要もないだろうという意味だった。

と、大河のそばにいた頭の禿げあがったいかにも科学者然とした老人が立ち上がり、口を開いた。

「ここで主席研究者をやっている獅子王麗雄と言うものだが……ガルド君だったか、先ほど君が言ったディメンジョン・イーターとか言う物について、詳しい事を教えていただけないかね?」

獅子王博士の言葉に、いささかガルドは戸惑った顔を見せる。

「その事についてですが……私も科学雑誌で概略を読んだだけなので詳しくはお話しできません。ただフォールド航法の基礎理論から話せと言われれば、ある程度はお話できますが」

ガルドの言葉に、獅子王博士は気落ちしたのか表情を隠しきれず肩を落とす。

「まぁ、それは後で詳しく話してもらうとして、諸君らがどういった経緯でここに来たか、話していただきたく思うのだが」

それをフォローするつもりなのだろうか、大河が再び口を開いた。

「俺から話させてもらっていいですかね?大河長官」
「許可しよう、ダイソン中尉」

大げさに大河が頷くのを見て、イサムは経緯を話し始める。

「地球アラスカの新統合政府首都、マクロスシティにおける無人戦闘機ゴーストのデモンストレーションを利用して大規模な破壊工作が行われるとの内部密告があり、それに対しゴースト破壊の極秘任務を受けた俺は惑星エデンのニューエドワーズ基地よりフォールドブースター装備のYF-19 2号機にて地球へ向かいました」

と、そこでガルドがイサムの脇を小突く。

『お前、地球に行ったのは完璧に独断先行の命令違反だろーが!』
『うっせーな……バカ正直に事話しても意味ねーよ。あの経緯話して納得してもらえると思うか?』

あのシャロンは、一体なんだったのか。
いくら考えても納得のいかない状況ではある程度ウソを混ぜておく方がいいだろうという判断だった。

「ですが、連絡不足により俺は命令違反という判断がなされ、追撃してきたガルド・ゴア・ボーマン搭乗のYF-21とマクロスシティ近郊にて交戦、その後無人戦闘機ゴーストの乱入に伴いガルドがゴーストを追撃。同時に俺がゴーストに指令を出していた要塞艦マクロスのブリッジを破壊した際、正体不明の赤い光に巻き込まれて東京都新宿上空へと出現。以後、ゴーストとの交戦後は現在に至る……ですね。ガルド、あとは補足な」

いきなりイサムからバトンを渡される形となったガルドは、少々戸惑いながらも口を開いた。

「ダイソン中尉の言葉通り、私は命令違反を犯し緊急発進したダイソン中尉とヤン・ノイマン技官搭乗のYF-19を追撃する任務を特例的に受け、フォールドブースター搭載のYF-21 2号機にて地球までダイソン中尉機を追撃、交戦中に無人戦闘機ゴーストX-9の襲撃を受けたため応戦。対処しきれないものの投降不可能であったため、リミッターを解除して対抗しようとしたところで正体不明の赤い光に巻き込まれ同様に東京上空へ出現後、再度ゴーストと交戦し現在に至る……と言ったところでしょうか」

二人の説明にいささか理解できない箇所が有ったためなのか、大河が困惑した表情で口を開いた。

「申し訳ないが……要塞艦マクロスとは一体何なのかね?」
『そっか…その辺から話さないと不味いか』

やむを得ず、イサム達は自分たちの世界の歴史を語り始めた。
ただし、なるべく要点だけをかいつまんで話すにとどまったが。

「驚いたな……君たちの世界は人類が一度滅亡しかけてたとは」

イサム達の説明を聞いた後、額に流れる冷や汗を隠しきれずに大河はつぶやくように答える。

「しかも、そちらのガルド君は異星人とのハーフ……だったのかね」

獅子王博士の言葉に、ガルドは頷く。

「ま、俺らの世代になるとゼントラーディだからどうとかの問題は無いんですがね」

イサムがフォローするように言う。 
事実、彼等の時代である2040年代には移民船団の進出も銀河各地に及んでおり、人種も地球人、ゼントラーディ、ゾラ人等と複数存在し、それらの混血が生まれるまでになっていたほどだ。
人種云々が問題にならなくなるのもある意味当然だったと言える。

「いや、我々も異星人であることが問題とは思ってないよ。事実、今の日本連合には多くの異星人、正しく言えば異星出身の国民が大勢いるからね」

大河の言葉に思わず二人とも驚く。
まさか、やってきた先の世界まで異星出身の人間がいるとは流石に思わなかったからだ。

「登録しているだけでも約二千人ほどかな。ほかにも地球にやってきてしまった他惑星への移民者……しいて言うならスペースノイドとでもいう人たちも含めるともっと数は増えるがね。君たちのような立場の人間は少数ではない、と言うことだけは覚えていてほしい」

と、メインオーダールーム内のインターホンがコール音を鳴らす。

「長官、警視庁からお電話です。新宿中央公園で保護された女性が意識を取り戻したのですが、そちらに収容された戦闘機と関係が無いか……?と言うことなのですが…」

電話を受け取った命から、大河に電話が転送される。

「はい、代わりました大河です。その女性は何と……?はい、マクロス?はい……なるほど……」

しばらく警視庁との電話に応じていた大河が電話機を置くと、いかにも喜べ、と言った笑顔を見せる。

「君たちに取っては朗報かもしれないな。今先ほど、ミュン・ファン・ローンと言う女性が新宿で保護されていたと警視庁から連絡が有った」

その言葉を聞き、イサムもガルドも驚いた顔を見せる。

「あいつも来ていたのか……」
「ま、俺達以外にも来ている存在が居たのはありがたい所だな。後はお前を抑えてくれる奴がいぶはっ!」

と、言いかけたガルドのみぞおちにイサムの「軽い」ひじ打ちが決まる。

「その様子からすると良く知っているようだな……。とりあえずGGGの医療本部に移ってもらえるよう交渉しているので、やってきたら君たちと合わせて再び話を聞いてもらうようにしよう。良いかね?」

思わず苦笑が漏れるメインオーダールームの中で、笑いをこらえながら大河は二人に問うていた。

午後15:30 GGG本部地下 GGGメディカルルーム

「しかし、あいつも来ていたってのは何なんだろうかね?」

メインオーダールームからミュンが収容されたと言う病室へ向かい歩く二人は、自然とその事に話題が行っていた。

「わからんな……。しいて言うならシャロンぐらいしか関連性が無いが、理屈が思いつかん」

と、歩きながらガルドは皆目分からん、と言った顔をする。

「そりゃそうだな……だけど、なんでまたあいつ発見された時……。おっと、この部屋だ……ミュン、居るか?」
「どうぞー?」

0155と入口に書かれた個室の呼び鈴を押すと、幾分経って聞きなれた女性の声がした。

「イサム……ガルド……!」

入口をくぐり、部屋に入った二人を見て、部屋の主である女性……ミュンは思わず声を詰まらせる。

「お前も居て助かったよ……お?」

二人がベッドに近付いた瞬間、ミュンがいきなりイサムに抱きついた。

「良かった……私……。どうなるかと思って……」

と、言うと言葉を詰まらせ、涙ぐむ。

「……ミュン……」

と、ガルドが大きな咳払いでその場を崩す。

「一応、俺も居るんだけどな。お前ら……」
「あ、ごめん……」

二人の世界に入り掛けていたイサムとミュンは、赤面してすまないと言った顔を見せる。
と、ミュンがいきなりハタと気付いたような表情で口を開いた。

「ねぇガルド、あなた確か……」

ミュンは確かに、ガルドのYF-21から聞こえる通信が爆発音と共に途絶えるのを聞いていた。
なのに、怪我ひとつ無く平然とそこに立っているのは意外に思えたのだ。

「……!そう言えばお前、死んだと思ったんだよなあの時」

イサムも今まで気付かなかったと言った表情をする。

「わからん……俺はリミッターを解除しようと思った瞬間にあの赤い光に巻き込まれていたからな……よく覚えてないんだ」
「……そうか……」

イサム、ミュンもそれぞれ「赤い光」に巻き込まれたタイミングを具体的に思い出すと、微妙なずれがある。

「それこそ、大河のオッサン辺りの筋で聞いてみるしか無いな……」
「そうだな……」

そうするしか無いな、と言った顔を見せるイサム達に対して、ミュンは怪訝な顔を見せる。

「大河のオッサンって……?」
「ああ、GGG……つまりここの長官さんだ。俺とガルドが世話になっている人だからオッサンなんていうのも本当は失礼だけどな」
「俺達がミュンと面会できるように取り計らってくれた恩人だ。政府ともパイプがあるらしいから、俺たちは悪いようにはならんと思う」

ガルドがフォローを入れるが、ミュンは政府の関係者と聞いて驚いた顔をしていた。

と、二人が入ってきた入口のドアがコトリと音を立て、紙の束らしきものが挟まれていた。

「夕刊か……ペーパーメディアってのが時代感じるねぇ……」

夕刊を手に取り、目を通しはじめたイサムだったが、しばらくしていきなり噴き出し、笑い始める。

「な、何だよコイツ……!変態かよ……」
「変態……?」

笑いをこらえながらイサムが指さしていた記事をガルドも見て、思わずあっけにとられた顔をする。
そこには、不鮮明な写真ながら女物のパンティで覆面をして、ビキニブリーフを肩のあたりでクロスさせ網タイツと思われるものを履いた裸同然の男が写っていたのである。
それを見たガルドの脳裏になぜか『放課後電磁波クラブ』『パンティ音頭』と言う謎の単語が浮かぶ。

ご丁寧にキャプションには、「変態仮面」とまで書かれている。
確かに名は体を現すと言わんばかりのネーミングだ。

「そう言えばGGGの人から聞いていたんだが、ミュン、お前新宿で発見された時、パ……んわびゅ!」

笑いながら話しかけたイサムの顔面に、ミュンの蹴りが決まって居た。

「……どこからそう言う話聞いたのよ……」

ミュンの蹴りをくらったイサムがスローモーションのようにゆっくりと倒れ込む中、ベッドの上に座り直し、指の関節を鳴らしつつこめかみに青筋を浮かべたミュンは絶対零度の声で言う。

そう、新宿中央公園で発見された際、なぜかミュンは下半身が何も履いてない状態であり、側に融合に巻き込まれるまで履いていたパンツスーツの下が転がって居ただけで、下着は結局見つからなかったのだ。

改めてイサムが読んでいた夕刊の写真を見ると、不鮮明ながら自分が履いていた下着と、写真の変態仮面が覆面として被っているパンティはそっくりに見えた。

つまり、可能性でしかないが何らかの形でズボンとパンティが脱げ、パンティはこの変態仮面の手に渡ってしまったのだ。

「い……いやぁぁぁぁぁ!もう最低!!」

ミュンの絶叫が、夕方になろうとしていたベイタワーに響くのであった……。

< C-partへ

E-partへ>


感想







 ・  お名前  ・ 

 ・メールアドレス・ 




★この話はどうでしたか?

好き 嫌い 普通


★評価は?

特上 良い 普通 悪い