Super Science Fiction Wars 外伝

紋別奪還作戦「トッカリ」

Aパート


-承前-

北海道紋別市。

日本連合の敵対勢力である「赤い日本」こと日本民主主義人民共和国(PRJ)残党の実効支配地域にして、赤い日本にとってはもう一つの支配地域である網走市とならんで外洋との接点となる重要拠点である。
時空融合以降、日本連合はこの地の奪還を計画してきたが人類の敵性体襲来や首都圏を中心に発生する騒乱がそれを先送りにしてきた。

しかし、ゾーンダイクとの戦いが近い状況で日本連合にとっては敵対勢力が外界へ自由に進出する拠点を持つことは危険際なりなかったのも事実だった。
最大の拠点である天塩要塞の攻略は無理でもその勢力を削ぐべきであるという意見が多数出るのは当然であり、南極におけるゾーンダイクとの戦いを前に敵拠点への上陸強襲作戦の実戦経験を得る為にも紋別の攻略は重要とされた。

新世紀3年。
自衛隊を防衛軍へと改称し、ゾーンダイクとの戦いに向けて準備を整えつつあった日本連合はその戦力を以って紋別市の奪還に向けて動くこととなる。








新世紀3年 8月25日 2330時
神奈川県横須賀市 横須賀港


夜遅い国道16号線を多数の装甲車、トラックが疾走する。
それも十台や二十台ではない。

いずれも荷台には厳重に幌を被せ、中は簡単にうかがえない。
だが、その中には複数の人の息吹が感じ取れる人間には感じ取れていた。

その車の列は、関東の各地から集まり一つの大きな流れとなって横須賀港へ向かっていた。

横須賀港もまた、喧噪に包まれていた。
普段護衛任務に出ることが無い大型空母や打撃護衛艦にも明かりが煌々と灯され、作業車両があわただしく走り回る。

一部の準備が整った艦は、汽笛を鳴らしタグボートの牽引を受けて港を離れていくが普段はあまり見ないフェリータイプの輸送艦が多い事に、その光景を見る者が見ると気づくだろう。

速度を落とし横須賀港に到着した多数の装甲車やトラックは埠頭から輸送艦へと次々に乗り込んで行く。
それだけなら単なる輸送任務だけだが、今回は違っていた。

輸送艦内には先客がおり、それらを見ればこれから大規模な軍事作戦が実施される為の下準備である事は子供でも分かる筈だ。
先客の姿はワイヤーで厳重に固定され、赤外線などを遮断するシートをかけられている為に全貌をうかがう事は出来ない。
しかし、シートの隙間から見える磨き上げられた履帯や迷彩塗装を施された装甲、長大な砲身を見ればある程度の推測は可能だ。

陸戦の主役であり、鋼鉄の猛獣と呼称される存在――MBT(主力戦車)――が先客の正体であった。

他にも輸送艦に積載された兵器の数々を見ると、尋常ではない規模の作戦が行われる事が感じられる。
今回が実質的な大規模作戦デビューとなる03式機動戦闘車……その中でもレールガンを搭載した乙型やWAPこと02式強襲戦闘車両などの姿も見受けられる。




さて、横須賀港に集う艦の中にひときわ目立つ一隻の艦……空母から改装された統合作戦指揮艦、LCC-01「赤城」の姿が有った。
「赤城」をはじめとしたいわゆる一航戦の正規空母二隻だが、ジェット戦闘機を運用するには彼女らのサイズは中途半端であった。
同じ一航戦の「加賀」が元が戦艦で幅の広い艦体を持っていたことからアンクルドデッキや電磁カタパルトの追加を行い艦載機をコンパクトなシーグリペンやF-3A「震電Ⅱ」とすることで正規空母として再就役できたのに対して、赤城は元が巡洋戦艦であるという事が災いしジェット機は軽空母程度の運用能力しかないと判断され、宙に浮いた状態となっていた。

だが、新世紀2年7月のゾーンダイク軍による人類殲滅宣言を経て対ゾーンダイク戦略が「決戦」以外ありえないという結論に達した後陸・海・空の全戦力を戦場に近いところから執れる上陸作戦指揮艦の必要性が示唆されるようになった。
それ以前から戦後米軍のブルーリッジ級などの存在を知り、研究を進めることを示唆していた山本海幕長は新造案を停止し、改造による揚陸作戦指揮艦の開発を命じることとなる。

当初は双胴戦艦「筑後」や艤装工事中で様々な方向性が模索されていた「武蔵」なども候補に挙がったが最終的に大きな容積を持ちつつ艦載機運用能力と言う点で問題が有り宙に浮いていた「赤城」に白羽の矢が立つこととなる。

南米での邦人救出作戦前に三段式甲板へ大改装されていた赤城は帰還してから暫くは横須賀から離れた三浦泊地に停泊していたが、作戦指揮艦への改装が決定すると共にドック入りし長期の大改装が開始された。
以後、約一年ほどを経て格納庫の半分ほどを旗艦施設へ改造した「赤城」はこの日ついに作戦指揮艦としての初任務に就くこととなる。




赤城の広大な格納庫の1/4を潰して設けられた指揮管制室……一部には市ヶ谷防衛省の作戦司令室以上とすら言われる戦略指揮設備が整えられたその部屋もまた、人が忙しく行き交い夜中とは思えぬ騒々しさを醸し出している。

指揮管制室の大型スクリーンには今回の作戦により戦場となる場所、即ち北海道の地図が映し出されており更に「赤い日本」の重要拠点である都市――紋別市――が赤い光点で表示されていた。 その周囲では多数のオペレーターが作戦に必要な大量のデータを各々の端末と格闘しながら処理していく。

「北部方面軍からの情報はどうなっている?」
「既に紋別周辺への定時偵察では大きな動きは見られず。事前攻撃準備は整っているとことです」
「そうなるとあとはこちらからの上陸作戦開始を待つのみということか」

指揮管制室の中では陸・空・衛星すべての手段を用いて収集された情報が表示され、攻略のための情報解析が続けられている。

「地対艦ミサイルは?」

本作戦視察の為に乗艦している海上防衛軍幕僚長、山本五十六 大将の言葉に幕僚の一人がコンソールを操作し情報を提示する。

「航空偵察では現時点で140基のランチャーが発見されていますが、今後さらに数が増える可能性が高いでしょう」

メインスクリーンの北海道地図が拡大され、陸からの攻略拠点となる網走からサロマ湖、そして紋別周辺地域のオホーツク海沿岸地域のアップへ変わる。 そこに表示された対艦ミサイルランチャーの所在を示す赤い表示に、山本は眉をひそめる。

「このうちどれだけがダミーで、どれだけが本物か……ですね」

山本の隣に居た北部方面隊総司令、斎藤三弥 中将が答えた。

「理屈上はあたご型とあきづき型、さらにトムキャットを総動員すれば迎撃可能……だが、問題はアレだな」

山本は慎重に言葉を選びながら答える。

アレとは……「核」の事である。

この地対艦ミサイルの中にどれだけ、「核」が混じっているのか。

「赤い日本」本来の世界での第二次統一戦争では彼の世界でアメリカ軍基地となっていた択捉島単冠泊地への核攻撃で第七艦隊が壊滅的打撃を受けている。

追い詰められた赤い日本……北日も上陸作戦となれば同じ手を用いてくる事は容易に想像がついた。
と言うより、あえて自分が赤い日本側として図上演習を行った際に「勝てた」戦術も、上陸部隊への核攻撃以外無かったのは事実だ。

「現在可能な限り「陸」から核を探し出し、破壊する手立てを立てていますが……いかんせんそれを出来る人間は限られていますからね」

斎藤の言葉に、山本は少々考えた後苦笑いする。

「彼ら……か?」
「えぇ。あんな漫画みたいな真似の出来る連中、こういう任務でもないと使いにくいですからね」

山本と本作戦の海軍側トップであり艦隊司令官でもある山口多聞 中将は、いまだ話と映像でしか見てない「彼ら」の事を考え軽い頭痛を覚えざるを得なかった。
「彼ら」とは一体何なのか。残念ながらこの話では正体を明かすことはできない。

だが、先もって「彼ら」の襲撃を受けた赤い日本側の陣地を占領した防衛陸軍の将兵らは、一様に正気を失い人によっては恐怖に顔を凍り付かせ放心状態のまま失禁、下手をすると「ショック死」までしている赤い日本側の兵士らに驚愕することとなった……と言う事だけを記しておく。

「しかし閣下、この期に及んで連中が動く気配無しと言うのは落ち着きませんね」

しばし時間が過ぎてから、山口は茶を飲みながら口を開いた。

「赤衛艦隊か……。単なる燃料切れなのか何か策があるのか。意図が掴め無いのは事実だな」

山本も溜息交じりに言う。
現在赤衛艦隊が居座っているアリューシャン列島のアッツ島にはスパイをもぐりこませては居るが、2~3回の出撃は可能なレベルの燃料の蓄積は有る事やアメリカが置き忘れていったと思われる海水から炭化水素を分離する燃料合成プラントが稼働しており、少なくとも燃料面では問題が無い事が判明しているだけでなぜ動かないのかの答えは憶測の域を出る物が無かった。

作戦首脳部が頭を悩ます頃、喧噪でごった返す赤城の第一甲板……前半分は巨大なアンテナアレイが占め、後ろ半分は着艦デッキとなり一見空母のそれとは思えなくなったその空間に一人の女性の姿が有った。

長いストレートロングの黒髪をした、海自士官用の制服に身を包んだ一見女性士官(ウェーブ)のように見える20そこそこの清楚な印象の女性。
だが、彼女の肩と胸を飾る階級章は事も有ろうに「大将」の物であったりするなどただの女性士官でないことは見る人が見ればわかるだろう。
そう、彼女は空母から改装を終えた「赤城」の船魂である。

基本的に船魂は宿るべき艦船が完成すればその姿は終生変わらないものであるが、時空融合後の調査では艦種まで変わる改装を受けた艦の中には船魂の外見が変わる者も確認されていた。
「赤城」もその一人である。

彼女の場合、空母だった時点では赤い袴に弓と破魔矢を持った巫女装束のような姿であったのだが、改修を受けてドックから出、再び自意識を取り戻したらこのような姿になっていたのだ。

弓と破魔矢を失い、さらになぜか大将の階級章を付けた海自の白い第二種装備を着た自分の姿に戸惑ったものの再就役から2か月ほど過ぎ、ようやく自分の新たなる役割も理解出来て「旗艦」である事が板についた気がしていた。

忙しく動きまわる周囲を見回し、誰も自分に気づかぬことに変わりないことだけは溜息をつく赤城だったが、そんな彼女に声が掛かる。

『赤城さん?』

声のした方を振り向くと、彼女の隣のバースで補給を受けている一隻のあたご型イージス艦からであった。
舳にあるナンバーは「183」。
赤城は、そのナンバーを持つあたご型が極めて特殊な経歴を持つ艦であることを知っていた。

「『みらい』さんね」

赤城の問いに、その船魂…赤城と同じく第二種装備姿の少女は頷く。

DDG-183「みらい」。
時空融合以前にタイムスリップ等により何らかの時間干渉を行っていた存在……先時空超越体としてその名を知られる一隻である。
多くの世界とは多少違う時間軸の21世紀から現れた「あたご型の一隻」と表向きはなっているが、その実は「ゆきなみ型ヘリコプター護衛艦」であり、内乱の発生したグアテマラからの邦人救出作戦の最中、唐突な事故により1942年……太平洋戦争の最中の時代にタイムスリップし、さらに時空融合に巻き込まれて今この世界に存在している。

大幅な歴史干渉を行った後で融合に巻き込まれたことから長らく実戦に出ることは無かったが、この作戦が事実上この世界での初めての作戦投入となる。
だからなのだろうか、彼女の表情は硬い。

もっとも彼女の表情が硬いのはそれだけではないだろう。
みらいの場合は日本連合に到着してから様々な調査が行われたが、その搭載装備に巡航ミサイルであるトマホークを搭載していた事がかなり問題になった。
時空融合で出現した戦艦やN2弾頭に核兵器、果てはスーパーロボットといった装備に比べれば大した事は無いが巡航ミサイルという極めて攻撃的な装備を「自衛隊」が配備していたという事実は衝撃的であり、艦長の梅津一佐をはじめとする主要なクルーがその経緯を追及されたという過去がある。

その後、姉妹艦の「ゆきなみ」と「あすか」が出現していた事で巡航ミサイルの搭載能力がみらい単独のものではない事も判明した。
通常の護衛艦には過大な装備をどうするかについては意見が割れたが、結果的にはそのまま残されて現在に至っている。

そもそも、戦艦ですら近代化改装によりそのまま運用している以上巡航ミサイル搭載艦を配備している実態が明らかになっても国民は驚かないだろうというのが防衛省ひいては連合政府の出した結論だった。
ただ「設計段階から巡航ミサイル搭載を前提としている」という部分は融合前の事とはいえど伏せられており、表向きの説明では「対艦ミサイルの搭載スペースは巡航ミサイルを搭載するだけのサイズがある」という事になっていた。

また「ゆきなみ」は「みらい」が日本連合に到着する以前に「ゆうばり」と名を変えている。
これは外見の近いあたご型イージス艦の姉妹艦或いはマイナーチェンジ型という位置づけを与える為に旧軍時代の巡洋艦から名前を採ったからである。

ただし、海軍の初代「夕張」は軽巡洋艦として、護衛艦としての初代でもあった「ゆうばり」は「夕張川」から取ったのに対してこの「ゆうばり」はその源流にある「夕張岳」から採った事にされているのが相違点である。
その証拠に実験艦と名前が重複するという理由で改名された「あすか」の新たな艦名「とかち」は「十勝岳」から採られていた。

だが、この作戦にゆきなみ型全艦が投入されているという事は、艦隊司令である山口中将は何らかの意図を持っている事が推測出来た。
すでに根拠地である舞鶴を発ち、大湊経由で向かっているある戦隊も含めて。

「緊張してる?」

赤城の問いに、みらいはややぎこちなく笑う。

時空融合以前のタイムスリップで相当な数の実戦をこなしているはずの「みらい」がこんなに頑なな姿勢を取っているのはなぜなのか。
前に会った時は姉妹たちと再会できて穏やかな顔をしていたのに……と赤城は思う。

「戦う事は……怖くないです。私も、艦長や乗組員の皆さんも。ただ……」
「ただ?」
「ようやく日本に戻って姉妹と再会出来たけど、今度は日本人同士で戦う……その事実に戸惑っているんです」
「そう……」

そこまで言われて赤城も納得がいった。
進攻戦争を想定した戦前の艦艇である自分達と、専守防衛に主眼を置いた戦後の護衛艦では船魂の考えも異なる。
おそらく「自分が守るべき国土の内側」にいる「同じ“日本人”を敵とみなして戦う」という事実が今のみらいを緊張させているのだろう。

正直なところを言えば、赤城とそのクルーもまた、同じ日本の地に住む「日本人」を敵として攻撃することに戸惑いが無いといえば嘘になる。
しかし彼女の場合は「話し合いの余地が無い以上戦うしかない」と割り切っていた。
「同じ日本人なら分かり合えるだろうから攻撃したくない」という発想は彼女や僚艦である加賀達が沈んだミッドウェー海戦における慢心と同じでありそれが最悪の結果につながりかねない。

そして、自分達が戦う相手は人間だけではない。
この世界には怪獣をはじめとする人類そのものの敵性体すらいるのだ。

「それなら、今は忘れる事ね。時には割り切りも必要よ」
「時空融合の前、私が過去に飛ばされた時に米軍と戦った時の様に……ですよね」
「そうなるわね」

みらいの船魂に対して赤城は必要以上の助言はしなかった。
自分達が各々の宿る艦やそのクルーに直接影響を与えるわけではないにしても、特定の艦に必要以上の肩入れをする事は相手にとっても良くないとも思ったからである。

赤城が再びみらいの顔を見ると、みらいの船魂はどこか考え込む様な表情をしていた。
だが、そこに話す前にあった戸惑いのある様子は無い。

そんなみらいを見て、赤城は自分の言葉が彼女の背中を押すきっかけになったならそれでいいと思い同時にどこか安堵したのである。

しかし、彼女に乗り込んでいるクルーはどうだろうかとも赤城は思う。
自分に乗り込んでいる艦長以下のクルーは皆意気軒昂だが、みらいの場合は?
そのクルーは大半が融合前からの人員であり既に人間同士の実戦経験があるとはいえ、これから始まる戦いに躊躇いは無いのだろうかという考えが脳裏によぎった。




場所は変わって「みらい」の艦内。
そのCICでは主要なクルーが集まり、赤城から全艦艇に発せられている放送に耳を傾けている。

「本作戦は『赤い日本』との戦いにおいて戦略的優勢を強固なものとすると同時に近い将来南極を拠点とするゾーンダイクの……」

放送を聞き入っているクルー等の顔は様々だ。
ある者はこれから数日後には始まるであろう大規模な作戦への期待と緊張を浮かべ、またある者は「内戦」という事実に苦い表情を浮かべている。
だが、そんな彼らに共通するのはある種の余裕或いは安心感を持っているという事だ。

それは、時空融合に遭遇する前の時点でタイムスリップという現象に巻き込まれていた事と無縁ではない。
タイムスリップした先である太平洋戦闘中の1942年とは違い、自分達が知る元の世界に近く何よりも自分達を知る人々がいるという事は彼らの精神に余裕を与えていた。

もっとも、本土に到着したみらいのクルー一同が日本連合の現状を知らされた時、驚きが無かったわけではない。
本土近海で自分達を出迎えに来たのがみらいの姉妹艦である「ゆきなみ」と「あすか」だったのを確認した時は艦長の梅津ですら歓喜の涙を流し通信での応答も言葉にならぬ様子だった。

だが、上陸から一時間もせずに現在の日本連合と世界情勢の説明を受けたみらいのクルーは仰天する事となる。
それは、時空融合に巻き込まれる直前までタイムスリップした先の世界にいたという事実を知った連合政府の関係者も同じだったのだが。




それから一年あまり。
「みらい」とそのクルーは、融合前にタイムスリップという現象に遭遇していた事から徹底的な調査が行なわれ実戦への参加は無かった。
その間にクルーの身内が存在するか否かの調査も行われた結果、家族と再会出来た者が少なからずいたのは幸いと言えるだろう。

各種調査が終了したのは新世紀元年も終わろうとする時期の事である。
勿論、その調査期間中にみらいは全く手を加えられなかった筈がなく、各種装備の更新を行なっている。
その範囲はCICの電算システム、機関部、各種兵装から艦内の居住エリアと広範囲に及ぶ。

そして、今回の作戦参加においては元の世界で秘匿されていた巡航ミサイルを搭載し対地攻撃支援にまで参戦する事が決まっていた。

「もとの時代に戻ったかと思ったら、SFの様な世界でしかも内戦の火種が燻ぶっているとはね」

そう言ったのは「みらい」航海長の尾栗康平 少佐である。
気さくな性格で部下からの信頼もある彼の言葉はCICにいる全員の気持ちを代弁したものだった。

「例え同じ日本人同士で戦う事という現状でも、我々にとっては日本連合の旗の下で戦うだけだ。この現状は受け入れるしかないだろう」

小栗の言葉にそう返したのは砲雷長の菊池雅行 少佐である。
融合直後はその生真面目な性格故に、融合後の世界を前に驚愕していた彼だったが現在ではその現実を受け入れている。

「…………」

そんな彼等の会話に加わろうとせず、モニターに目を向けながら考え事をしている男がいた。

みらいの副長、角松洋介 中佐である。
彼はこの数日後には始まるであろう作戦にではなく、タイムスリップ直後に自分達が救出して以降因縁浅からぬ関係になった人物の事に思考を向けていた。

(草加……お前はこの世界でどう動く……)

草加拓海。
それがタイムスリップした直後のみらいが発見し救出した士官の名である。

角松は彼を助けたことは間違いではなかったと思っているが、戦後の日本に関する歴史に関する情報を与えた事は誤りだったと考えている。
事実、草加は戦後日本の歴史を知った事で本来の歴史を改変し新たな日本、すなわち「ジパング」を作ろうとしたのだから。

その草加がこちらの世界に出現していた事は予想外だったが驚くほどではなかった。
だが今、草加がどこに居るかを角松は知らされていない。

そもそも彼の描いた「ジパング」構想も今の世界では意味をなさないはずだが、草加がこの世界で平凡な一士官として生きていけると角松は思っていなかった。

(あいつの性格からすればまかり間違っても日本連合と事を構える暴挙には出ない。だが、あいつがこのまま大人しくしている筈がない)

しかし、草加の性格からすれば加治首相の理念――世界が平和である事が日本にとっての幸福である――を素直に解釈するとも思えなかった。
そう、いわばその理念から外れないなら日本の幸福にとって不利益となる存在を合法非合法を問わず抹殺するということもやりかねない。
自分の手を汚す事どころか死すら厭わないあの男なら何をやっても可笑しくはないと角松は考える。

(それにしても、草加の居場所について政府側は「現時点では教えられない」と回答した。どういうことだ……)

その時、角松の脳裏にある可能性が浮かんだ。
まさか草加は連合政府の中枢にいるのではないか、と。

角松の予測は当たらずも遠からずだったのだが、彼が草加の居場所を知るのはこの時から更に数年後。
汎人類防衛機構の設立と本格的始動後の事となる。




ここで話は再び「赤城」の艦内に戻る。
大改装による指揮管制施設の設置に合わせて設けられた休憩室の一つでは山本と斎藤が話していた。
数十分前には全艦出航前最後の各種打ち合わせが終了し、彼等は僅かだが休養をとっている。

「この一戦で連中を交渉に引きずり出せると思うかね?」

日本茶の入った湯呑みを手にしながら山本は斎藤に話す。

「連中が馬鹿でなければ間違いなく出てくるでしょう」

即答する斎藤の声にはそうなれば確実だという自信が込められていた。

紋別の奪還に成功すれば、「赤い日本」の残存拠点は要塞地帯となっている天塩岳周辺と大雪山を除けば小規模な防衛拠点のみとなる。
投降した捕虜の証言によれば、現在の赤い日本は天塩と大雪山の物資を切り崩しながら戦線を維持しているとの事だ。
防衛省では、外部との接触や物資獲得の貴重な窓口となっている紋別を奪還出来れば間違いなく赤い日本を短期間で降伏させられると見ており、連合政府も安全保障会議で同様の見解を示していた。

「だが、気にかかる事がある。斎藤君、君も聞いていると思うが赤い日本に協力する者達がいるということを」
「存じています。捕虜からの情報や最近の戦闘で撃破した連中の装備品には融合後に外部から入ってきた物が含まれていますから」

留萌からの監視およびUCAVによるデータを見る限り、天塩には少数ながら中華共同体、もしくはソ連から何らかの潜水艦船が入港していることも分かっているが、潜水可能な艦船で今「赤い日本」の8個師団を養えるだけの食糧や消耗品をまかなえるわけがなく、なぜこれだけの兵力を維持していられるのか全く持って謎であった。
山本としては一昨年に沖縄沖で見つかった「とらいおん」のような自己完結型長距離宇宙船が埋まっている可能性も考えているが、はっきりとした証拠が見つからない限りは憶測の域を出ない話であり、陸軍に推測を話しては居るものの本格的な調査までは行っていなかった。

「あるいは連中にも何らかの手段を有しているかもしれませんね」
「何かね?」
「連中の拠点は北海道です。そして現在の北海道には地下深くに遠くソ連とつながる地下空間が存在する事を」

北日本鉱業伊達鉱業所から遠くソ連につながっている巨大地下空間。
山本がこの話を聞いたときにはバロウズの「ペルシダー」さながらにこの世界の地球は空洞なのか?とすら考えたがさすがにそこまでいかないと聞いてほっとしたものだ。

「なるほどな、地下に物資補給のルートを持つとなると紋別の遮断も無意味になるか……」
「しかも制圧作戦を行なってもそこから脱出されては意味がありません。場合によっては基本戦略と戦術の練り直しも必要になるでしょう」

二人の脳裏には一瞬だが、遠くソ連領にまで脱出し捲土重来を図る赤い日本の姿が浮かんだ。
作戦後、二人は地底における戦術の構築について統合作戦本部に意見を提出し以後、地底戦の教本制作と研究が本格化することとなる。




同時刻 横須賀港
第11護衛隊旗艦 航空護衛艦 DDV-1351「最上」

同じ頃、上陸部隊の輸送と護衛を行なう護衛隊の一つである第11護衛隊も作戦前の緊張した空気の中にあった。

第11護衛隊は本作戦の要となる第一揚陸艦群に組み込まれ、陸戦部隊を輸送する強襲輸送戦隊の護衛を担当する。
護衛隊の旗艦である「最上」には各艦の艦長が集まり出航前の打ち合わせが行なわれていた。

「何度も繰り返すわけではないが、我々の任務は陸戦部隊が上陸するまでの間とその後の護衛及び周辺警戒だ。ゾーンダイクを相手にした輸送船団の護衛任務と同等或いはそれ以上の警戒が必要となる」

第11護衛隊の隊司令である吉川潔 大佐の言葉に集まった護衛隊の幹部全員が頷く。
護衛隊副指令であり昨年末に近代化改装を終えた「島風」の艦長である阿倍野晴仁 少佐も最前列で話を聞いていた。

島風の艦長を拝命して既に八ヶ月となるが、この間に船団護衛の際にゾーンダイクのムスカ撃沈や揺り戻しで出現した外国艦の臨検等の実績をあげている。
その彼もまさか自分の所属する護衛隊が「赤い日本」との戦いに引っ張り出されるとは思ってもいなかった。

同時に、今後もこの様な作戦への参加は増えるだろうと吉川の発言を聞きながら阿倍野は打ち合わせの場で思う。

「何か質問は?」
「一つ宜しいですか」

打ち合わせが終わりに近づいた時、吉川の言葉に阿倍野は挙手していた。
考え事をしていたとはいえ、話を聞き流していたわけではない。
彼なりに作戦で生じる不安要素を確認する必要があったからこその挙手だった。

「現時点で『赤衛艦隊』との戦闘について想定する必要が無いならそれに越した事はありません。ならば、今回の作戦で我々が最も警戒するべき脅威はゾーンダイクの襲来を除けば何があります?」

阿倍野の言う様に、日本連合の側は上陸作戦の図上演習で赤い日本にとって切り札と言うべき「赤衛艦隊」と海上で交戦する可能性も想定していた。
しかし、上陸作戦が近いこの時期になっても赤衛艦隊は仮の拠点と言うべきアリューシャン列島のアッツ島から動く気配を見せていない。
日没前のRF-15(レコン・イーグル)による強行偵察と人工衛星による定時観測でも動きは無く、今回は大規模な海戦が発生する可能性は無いというのが大方の見方となっている。

「既に先の話にあった通り、赤衛艦隊による攻撃が無い以上は紋別港に停泊している艦艇が当面の脅威になるが、結果はこの通りだ」

吉川の合図で大型スクリーンに紋別港上空を偵察し撮影した映像が映し出される。
その映像が徐々に拡大されたがそこに映っているのはいずれも漁船等の小型船舶ばかりであった。
武装している船と言えば、接収されている事が確認済みの海上保安庁の巡視船ぐらいだ。

「ただの一隻もいないとは……」
「数回の偵察を行なってきたが、沿岸警備用の艦艇はおろか魚雷艇の様な小型舟艇の姿もない」
「既に港を離れて何処かの海域に展開している可能性はないでしょうか?」

予想外の情報を前に誰もが首を傾げ、あるいは質問をぶつける。
しかし、現状ではこれ以上の情報を得る事は不可能であり、横須賀を出航後も引き続き情報を収集するしかないという結論に落ち着いた。

(おかしい、連中の動きはどこか普通じゃない……)

一方で、質問をぶつけた阿倍野本人はスクリーンの映像と既に判明している偵察の結果を前に一人考えていた。
普通なら、紋別港にも戦闘艦艇が停泊し厳重な警戒が敷かれているはずである。
赤衛艦隊にしても、交戦するか否かを別としても示威行動としてアッツ島を離れて日本連合近海に進出してもおかしくない。

一個艦隊丸ごとは無理でも潜水艦を投入してくる可能性があるのではという意見もあったが、SOSUSの網にも今の所赤い日本の主力潜水艦とでも言うべき「真岡」級原子力潜水艦の音紋を探知した情報は入っていない。
そう、あまりにも静かすぎるのである。

既に他の者からも警戒するべきではないかという発言が出ている。
どうやら考えることは皆同じみたいだった。

(戻ったら話しておくか)

質疑応答が終わりに近づく中、阿倍野はこの護衛隊いや艦隊でも自分だけが見る事の出来る存在の事を頭に浮かべていた。




出航前最期の打ち合わせが終わり、阿倍野は「島風」に戻るとその足で艦長室に向かった。
あと一時間足らずの出航だが、副長には「暫く休憩する」と伝えてある。

「ただいま、『島風』」

自分以外誰もいない室内に向かって阿倍野は声をかける。

「おかえり艦長。いつもより早かったね」

直後、どこからともなく姿を現したのは護衛艦の艦内という場所には似つかわしくない姿をした少女。
彼女は阿倍野の顔を見て相好を崩すと、何かに気づいたような表情を見せる。

「その顔、なんか不安事抱えてる?」

阿倍野の表情を読もうとしてるのか、彼女は阿倍野の顔を覗き込んで来た。
その顔にふと既視感を覚えるが、わざとらしく溜息をついて笑う。

(アイツの若い頃に似てるな、そういえば……)

脳裏に浮かぶのは、阿倍野にとっては幼い頃から傍らにいて今では彼の伴侶として家庭を守っている女性の姿だった。

「御見通しか……。今回の作戦は知ってるだろ?」

艦長就任から半年。最初はその服装も相まってどうにもギクシャクしていた彼女ともこの艦に慣れるにつれて上手く行くことを感じている。
そう、目の前の少女はこの艦……「島風」の船魂である。

今のところこの艦のクルーの中で阿倍野のみが船魂とのコンタクトを取れるのだが、彼の場合は更に船魂の体へ触れる事が出来た。
この事が分かった時、どこから話を聞いたのか連合政府の紐付きである研究者(これもまた研究者とは思えない少女だったが)が来て「体を調べさせて欲しい」等と何やら怪しい研究に参加させられそうになっている。

元々、自分の霊感が強すぎる体質が嫌で「そういうもの」とは無縁の道を進もうと家業の神職を継がずに自衛官の道を進んだ阿倍野は当初断ったが「自分の体質については他言無用である事」「今回限りの協力である事」を条件に協力した。
もっともその研究者である少女についてもその研究内容がなんらかの機密扱いなのか知らないが、後日になって彼女のスポンサーである連合政府から報酬として口座に振り込まれた金額は口止め料を含んでいたのか結構なものだった。
当初はその金額から裏があるのではないかと疑った阿倍野だったが、それから数ヶ月が経過した現在ではあれから再度のお声がかりが無い事から黙っておくに越したことは無いと考えている。

話を現在に戻すと、阿倍野と島風は隣り合ってベッドに座り話しを続けていた。
島風の使い魔?あるいは付属物?とでも言うべき連装砲をゆるキャラ化した様な物体――通称「連装砲ちゃん」――はその様子を愛嬌のある表情で見つめている。

「大規模な上陸作戦よね。もう他の船魂も皆色々話しているよ。でもそれがどうかしたの?」
「ああ、それについてだが幸い赤衛艦隊が動く様子は無いから大規模な海戦は起きないだろう。だが、気になる事があってな」
「それが不安事なの?」
「察しがいいな。攻略作戦が始まる事は既に赤い日本の側も気付いている筈なんだが、それにしては相手の様子がおかしい。そう、まるで罠を張って待ち構えているみたいな感じがするんだ」

勿論それが杞憂であればそれでいい。
だが、阿倍野本人の人生経験からするとこういう時の予感はよく当たるものだった。

「艦長の悪い予感ってよく当たるよね。そのおかげでピンチを脱した事も何度かあったよね」
「そうだな、だが今回は船魂である君の力を借りることになりそうだよ島風」
「私に?」
「初めて出会って間もない頃、君はこう言っていたな『船魂にとっては艦載電子機器のメモリというのは記憶でありレーダーやセンサーは皮膚感覚であり鼻、カメラアイは眼だ』と。だから今度の作戦で明らかに普通ではない存在を感じたら私に知らせて欲しい」

船魂である彼女なら人間が捉えきれない領域で活動する物体の「気配」を感じることが出来るのではないかという考えが阿倍野にはあった。
自分の様に船魂と意思の疎通が出来るならばその情報を以ってその危機に対処出来ないかと考えたのである。

「うーん……艦長に言った通り私達の場合は人間がレーダーやソナーで確認するより先に脅威を察知する事も出来るのは間違いないけど、それを他の人がどこまで信じるかわからないよ?」
「構わない。どうも今度の作戦は嫌な予感がするんだ。部下や僚艦への連絡は私の方で上手く伝えるよ」
「わかった。やってみるね」
「そうか、頼んだぞ島風。そしてありがとう」

阿倍野は自分の頼みを快諾してくれた島風に改めて礼を言う。
思えば出会い方は最悪だったが、こうやって話を聞いてくれたりするところを見ると彼女の方が一歩先を進む形で自分を艦長として受け入れているのだと阿倍野は実感した。
ただ、自分の速力が自慢だからかどんな時でも速い遅いと言うのは玉に瑕だと思うが……。

「さて、時間だ。行こうか、島風」
「うんっ」

時計を見た阿倍野はベッドから立つと艦長室を出て艦橋に向かう。
その隣に島風の船魂を伴いながら。




0100時(午前1時)、紋別市奪還作戦の主力たる第一司令艦隊は横須賀港を出港し、紋別沖を目指す。
同時に、北海道の地でも既に紋別市周辺に展開する陸上防衛軍による事前攻撃が開始された。

この作戦が成功するのか失敗に終わるのか、それを知る者はこの時点では敵味方のどちらにもまだいない……。

 

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