そして、話は再び模擬戦のデブリーフィングに戻る。
大型スクリーンの映像も市街地エリアの情景へと変わり、同時に上空から撮影された模擬戦参加機の配置がMAPに表示された。
「この時点でDoLLS側は市街地エリアへの移動と展開をほぼ終えとる。伊達に実戦の修羅場何度も潜り抜けとらんの。うちの美亜たちにも爪の垢飲ませたい所じゃ」
博士の言葉に、DoLLSメンバーは苦笑する。
超大型特機(の範疇では比較的大人し目のスペックだが)のARIELとPLDでは訳が違うとも思うが、そもそも素人3名を碌な訓練無しに乗せてる博士は何ですか?と言う気持ちも有った。
かといって自分たちがARIELに乗りたいか?と聞かれたら首を縦には振らないだろうが……。
「市街地に展開したDoLLSのメンバーでα1と接触したのがエリア外縁部でトラップを設置しておったDoLLS06,09,12と狙撃の配置についていた02じゃ」
「こっちは入念に仕掛けたつもりだったけどあれにはやられたわねー……」
「まさかあんな方法でこっちのトラップを無効化すると思ってませんでしたし……」
その時のことを思い出しながらマーガレットとエレンが呟く。
一方でファンとジュリアはその後に起こった戦闘の事を思い出していた。
市街地エリアでの戦闘映像が出ると同時に、見ていた者達を驚かせたのはYF-19の形態である。
戦闘機に手足が生えたその形態は一見ユーモラスだが、その外見とは裏腹に猛スピードでのダッシュと運動性でトラップとファンの狙撃とジュリア達の攻撃を回避していく。
YF-19はそのまま近くのビルに沿って垂直上昇し、宙返りしたかと思うと人型形態へと変形してジュリア達3人とファンの合流を阻害する形で立ちはだかる。
そこで画像は一時停止し、岸田博士による説明が行われる。
「見ての通り、これが『ガウォーク』と言う中間形態じゃ。ホバリングで高速移動できる故に戦闘ヘリ並の機動性とヘリ以上の高速飛行を可能としておる」
なるほど、とその説明を聞きヤオは頷く。
やはり変形する以上は中間形態が在ったか……と己の直観に感謝する気持ちもあった。
戦闘ヘリ並の機動とそれ以上……多分フルスロットル噛ませば800km/hは硬いだろう。
それだけの速度を出せるのであれば、まさしくタンクバスターも良い所だ。
事実、バルキリーの汎用性については新世紀2年5月末の出現以来その性能に防衛省関係者も当然のように注目しており、YF-19と21を参考にした新型機開発計画、通称“VF-X計画”が進められている。
もっとも、その大元になる技術は異星技術のオーバーテクノロジーが使われていることから開発計画も未だ公にはされていない。
それらの一端が世に知られるのは、後の汎人類防衛機構の主力機である“VF-1 バルキリー”の登場を待たねばならないがそれはまた別の話である。
話を現在に戻すと、映像はガウォーク形態からバトロイド形態に変形したYF-19と4機のX-7による戦闘映像に切り替わっていた。
スクリーン上には丁度バトロイド形態のYF-19とX-7が対峙する様子を、エリア内に設置されたカメラが下から見上げる形で撮影した映像が映し出されている。
「こうやって見ると、サイズの差がよく分かりますね……」
「数字だけのスペックデータと正面切って戦うのではまったく違うわ。これは……」
「実際に戦った者しか分からないですよ……」
映像を見たDoLLSのメンバーが口々に呟く。
そのいずれもがバトロイド形態のYF-19とは直接戦わなかった者や今回の模擬戦には不参加だった者だ。
(皆、暢気に言ってくれるわよね。実際に戦った私やセル、ノール中佐は今思えばそんな気分じゃなかったってのよ……)
ヤオは、他のメンバーが呟くのを聞きながら心の中で呆れる。
(α9を相手にした時もああまで苦労しなかったわよ……)
独立戦争当時、オムニ軍の決戦兵器として開発されたが戦争終結により開発停止され、のちにジアスに渡った超重武装、高機動の重PLD……αシリーズ。
むしろPLDの脚をもった戦車と言った色彩が強かったαシリーズもDoLLSを苦戦させたが、それとはまた違った意味でこのVF-19と言う存在は突拍子の無い存在であった。
X-7の全高は7.25メートル。
これに対してYF-19の全高はバトロイド形態で15.48メートルと倍以上の高さである。
近接格闘戦に持ち込んでも、リーチの長さからして勝負にならない。
全高9メートルのX-5でもそのサイズ比は1:1.72となり、これでようやく身長2メートルのプロレスラーに120㎝前後の小学生が挑む様な構図になるぐらいだ。
しかもYF-19の機動性はX-7より上だった事を考えればDoLLSは大健闘したと言える。
一方、映像はジュリアの搭乗する機体がYF-19に肉薄する場面に切り替わった。
YF-19に向かって突進するジュリアのX-7が途中で装甲を排除し、一気に加速する場面では誰もが息を呑む。
だが、その後に出た映像に当事者を除く全員が驚かされた。
機体の損傷をものともせず一気に跳躍しYF-19の背後にしがみつくジュリア機と、2機が背にしているビルの屋上をファン機が狙撃する。
そして、狙撃により土台を破壊されたのか貯水タンクが屋上から2機目掛けて落下した。
すでにこの後の結果が分かっているとはいえ、土煙の向こうからジュリア機を抱えたYF-19が姿を現しファンの機体に命中弾を叩き込む様子には誰もが驚かされる。
ここで映像は貯水タンクが2機の頭上へ落下する直前に巻き戻しの後、一時停止されると岸田博士が話し始めた。
「レイバーグ少佐の捨身の戦法、思いついても中々やれんとは思うわ。と言うか演習戦でここまで思い切ったカミカゼ戦法をやれる辺りはさすがに実戦経験豊富な部隊だけの事は有るのぉ」
岸田博士の言葉に、ジュリアは褒められて良いものかどうか頭に手をやり、苦笑する。
と、そこで挙手した男の姿が在った。
整備班長のコドウッド大佐だ。
「DoLLS整備班長のコドウッドです。レイバーグ少佐の取った戦術ですが、腕や足の装甲の一部をパージする機能は有りましたが、全身の装甲パージと言うのはX-7の仕様上はあり得ない設定なのですが、岸田博士はご存知で?」
と、コドウッドはジュリアの方をなんとなしに訝しげに見る。
(げ……もしかしてジムって気づいてる?)
さすがにドールズではハーディと並ぶ階級に居るだけに正面切ってコドウッドの事を「ジム」と呼ぶ層は少ないが、佐官であれば割と「ジムのおやっさん」と呼ばないわけではない。
「さて、どうだったかのぉ。X-7に関しての整備その他諸々についてはDoLLSに一任しているから分からんのじゃよ」
一方コドウッドとジュリアの思惑を知らぬ博士はそう答えて見せる。
その言葉によりコドウッドはジュリアに向ける視線を若干厳しいものにしたがこの場でそれ以上の発言は避けた。
さて、このやり取りを見てもう一人焦っていた人間がいた。
他でもないこのギミックを考案したナミその人である。
ナミはX-7の開発で中心にいたこともあって機体の構造については他のメンバーより熟知している。
それ故にこういった仕掛けを組み込むとすれば真っ先に疑われるのは彼女だったからだ。
今のところ自分にまで疑いの目が向けられているわけではないが、彼女としても今のやり取りはかなり心臓に悪いものだった。
(まぁ、バレたら開き直るしかないわね……ジュリアだっていつまでごまかせるか分からないし)
と、此処で一旦休憩を取る事となった。
各自それぞれトイレへ行く等していたが、ナミはその人ごみを避けて違う階の身障者用トイレに入り携帯電話を取りだし電話番号をプッシュした。
(一発でつながってよね……この時間なら大丈夫と思うけど)
数回のコール音を経て、電話がつながる。
どうやら上手くいったようだ。
『あー、もしもしこちらナデシコ……』
「ウリバタケさん?タカスです」
相手はナデシコGCRのウリバタケ……X-7にこのシステムの搭載を搭載することを発案した言いだしっぺである。
『あれ、タカスちゃん?俺来てるんだけど其処に』
「へ?」
思わずナミはあっけにとられた声を出す。
だが、考えてみれば道理だ。
X-7の開発に携わり、技研に長期出向していたのだから彼がここに来ていてもおかしくない。
とりあえずナミはそのまま話を続ける。
「それなら話が早いわ。X-7に搭載したアーマーエジェクトシステムですけどアレに関する資料ですけどPCのデータや装置の図面全部破棄してもらえませんか?」
『おいおい、いきなり急な話だな。岸田博士は随分褒めてたじゃないか。それとも他に何かあるのか?』
「と、とりあえずアレはやっぱり不味かったみたいでして、なんとか」
『とは言ってもなぁ……』
「な、何なんです?」
何とかウリバタケを説得しようとするナミだったが、次に携帯電話から聞こえた彼の言葉を耳にした瞬間驚愕することとなった。
『あのデータだけど、今朝そっちの整備班へデータ送ったからなー。マニュアル化するのに役立つと思って』
「な、なんちゅう事を……」
『あれ、なんだか声が上ずっているけどどうかしたのか?』
しかし、ウリバタケの呼びかけも今のナミには聞こえてなかった。
現在の彼女は、休憩を挟んだ後半のデブリーフィングが終わった後に起こる出来事を頭に浮かべており、もう会話どころではなくなったのである。
とりあえず、出来る限り動揺を抑えたナミはその後ウリバタケと当たり障りの無い会話を二言三言交わし電話を切るとトイレを後にしたのだった。
(ええいままよ……バレたらバレたで仕方が無いわね)
同じ頃、休憩室代わりとなっている食堂ではイサムとガルドが先ほど模擬戦で戦ったDoLLSの参加者一同と会話をしていた。
DoLLSのメンバーも二人の姿を直接見るのはこれが始めてという者が少なくなかった為、相手がどんな人物だったのか一目見ようと不参加だった者も加わって食堂の一角がかなりの密度となっている。
イサムとガルドの方はというと年頃の、それも美人ばかりに囲まれた状態で悪い気分ではなかった。
もっとも、同性から見ればその光景は「もげろ」「爆発しろ」と言いたくなるものだったのも事実である。
現に、同じ部屋に居合わせた陸自・特自の戦車・機動兵器パイロットやSCEBAI研究員らの中には、イサムたちを猛烈な嫉妬の目で見ているものもいる。
ここに江東学園を最近騒がす巨乳ハンター、ソックスハンターと並ぶ第3の変質者集団「しっとマスクズ」が現れないのが不思議なぐらいだ。
「へぇ……。貴方も植民星出身なんですか」
イサムの話を聞いたDoLLSメンバーの一人、アヤセ・ミノルがハヤシライスを突きながら問う。
彼女はもともと戦技研究班で戦闘機を飛ばしていただけに、戦闘機と機動兵器のハイブリッドともいえるVFに興味を持っていたようだ。
「まーね。あんた達の世界の場合、俺らの星に植民ってしてなかったの?」
イサムはミノルの言葉に疑問を持ち、質問する。
グルームブリッジよりさらに遠い恒星系であるアルデバラン星系に植民できた世界なら、その前にグルームブリッジへ植民できていたように思えたのだ。
「それが……私たちの世界だと『最初に見つかった惑星』がオムニでしたからね。ほかの星へ移民できていたかは……」
「私たちの世界だと、オムニからさらに探査船を出そうという話は幾度もあったんですが、なかなかうまくいかなかったんですよね」
話に詰まったミノルの言葉を、第2中隊のナガセ・マリ中尉が引き継ぐ。
ブラックホールゲートを用いた超高速恒星間航法「コラプサージャンプ」は二つの拠点間にゲートを設けねばならず、ゲートのないところには従来通り核パルス推進を用いた亜光速船を用いるしかなかった。
その為オムニを拠点に更なる宇宙の深淵へ、あるいはオムニと地球の間の恒星を探査するという「宇宙大航海時代」につながらなかったのである。
そういった意味では、オムニ世界ではグルームブリッジに人は行ったのか?と聞かれても返答に困る問題であった。
「しかし、2040年代でもう二世、三世が居るってのもすごいですよね。まるでスペースオペラみたいで」
イサムに答えたついでに、マリも苦笑しながらイサムに問う。
その言葉を聞いて、イサムは少々顔をしかめる。
「まぁ、いろいろ話したいんだけどその裏はちょっと煩いんだわ、悪いけど聞かないでくれる?」
しかめっ面の後の笑顔、しかしその目が笑ってないことを察してマリとミノルも納得してそれ以上の質問をすることをあきらめた。
イサムらがなぜこの世界に来たのか、その経緯は現時点ではSSS級の上を行く特SSS級機密だ。
DoLLS隊員らも特殊部隊の人間。
機密を維持せねばいけないこと、同時に知りすぎてはいけないことは多々あることは承知している。
そのことを考えると、当然であった。
と、それまで黙って話を聞いていたガルドがふと気づいたように周りを見回す。
「そういえば、タカス中佐はどこに行ったんだ?先ほど慌ててどこかに行ったんだが……」
その言葉に、ほかのメンバーらもそういえばと辺りを見回す。
「ナミさんなら、先ほどえらい慌てた様子でどこかに走って行きましたが……」
オペレータであるヤギサワ・シズカ少尉の言葉に、皆頭に「?」マークを浮かべてしまう。
「あたしが何かしたかしら?」
と、食堂の入口から当のナミがやや息を荒げたような口調で現れる。
「あ、皆でどこに行ったのかなと話していただけです。それよりこちらのお二方も私達と同じ宇宙移民だそうですよ」
「ん、ああそうなの……ふーん」
しかし、周囲の反応に対してナミの方は半ばどうでもよさそうな雰囲気で給茶器からお茶を淹れるやそれを一口で飲み干す。
その様子を見ていた誰もが「なんか様子おかしいんじゃない?」「休憩前と明らかに何か違うわよね」と口々に呟いた。
一方のナミ当人はというと心中穏やかでなかった。
ウリバタケの「“有難過ぎて困る"親切」で自分がピンチに陥っているのは電話を切ったからといって変わるわけではない。
不安定な気分のままで食堂に入った彼女にすれば、イサム達が自分達と同じ植民惑星の出身云々の話はどうでもよかったのである。
(つーか、こっちはX-7開発の段階からある程度知ってたわよ!それよりも後の事考えないとヤバ過ぎよね……)
整備班のPCにデータを送ったとのことだったが、今から戻ってメールデータを消去するのは不可能に近い。
既に誰かがメールを見てコドウッド大佐に報告している可能性もあるだろう。
ナミにとって不幸中の幸いは、整備班が模擬戦でハンガーに引き上げてきたX-7のメンテナンスにかかり切りで食堂にはいないことだった。
ここにコドウッド他整備班のメンバーがいたら彼女はその場でかなりどやされまくったに違いない。
あのギミックを模擬戦で用いたのはジュリアだったが、X-7に「そういうモノ」を組み込んだのがナミだと気づかれるのはデータが整備班の元に送られた以上確実だったからである。
「あー、とりあえず私は先に戻るわね。先に模擬戦のデータ整理する必要があるから」
休憩も程々にナミは他のメンバーとの会話もまったくせず食堂を後にした。
『あーもぉ、あたしも電脳化しようかしら?マジでジムのゴーストハックして記憶消したいわよ!』
最近読んだ「首都新浜・福岡世界」での犯罪の一つであるゴーストハック。
レイプに匹敵する重罪と言う事らしいが、正直ナミはそれをできるならしたいぐらい内心焦っていた。
この時、ナミは足早に食堂を出て正解だったと言える。
なぜならこの時、食堂にはDoLLSの整備班一同が大挙して昼食を取りに向かって来ていたのだから。
一方でナミの心中を察している筈も無いDoLLsの一同とイサム達はというと、話題を最近の流行歌に切り替えていた。
その際、マチルダとメイファがミュンの曲について話したかと思えば、イサムとガルドが感想を聞いて嬉しそうに頷いたりしていたのである。
休憩が終わると、報告会は後半に入った。
大型スクリーンに映し出されている映像は、休憩前に表示されていた貯水タンク落下直前のものになっている。
「全員揃った様じゃな。では後半を始めるとするかの」
全員が揃ったのを見ると、岸田博士が前半に続いて話を始めた。
「さて、前半まではX-7の装甲を捨ててまで身軽になるという戦法を見たが、今度はα1が繰り出した秘策について見てみようと思う」
そこで博士が一旦話すのをやめると、スクリーンの画像が切り替わりYF-19とX-7を上から撮影しているものになる。
映像を見ていた者達はそのアングルから丁度2機が背にしていたビルの屋上に設置されたカメラで撮影したモノだろうと考えた。
「それにしてよくこの構図を撮れたものだよな……」
「模擬戦用に用意されたとは言え一体どれだけのカメラやセンサーを準備していたのかしらね?」
あまりにも的確な位置から撮影された映像を前にイサムとヤオは感想を口にする。
他の全員も大方似たような感想を持ったに違いないだろう。
一方、映像の方は屋上の貯水タンクから流れ出した大量の水が2機に降り注ぎ、続いてタンクそのものが2機のいる方向に向かって転がるのを映し出す。
そして、そのまま落下するところまでのすべてが映し出されて終了した。
「今の映像だけではよく分からんじゃろう。今度はタンクが落下するところをスローモーションで再生してみるぞ」
博士がそう言うと、再びタンクがビルの屋上から落下するところからスロー再生された。
すると、タンクの落下による土煙が立つ直前にX-7がYF-19から振りほどかれたかと思った直後、YF-19の一部が光って見える。
だが、その直後カメラの視界は落下するタンクに遮られてしまい肝心の部分は記録されなかった。
「何よこれ、いいところで見られないじゃないの」
「確かに、これじゃ分かりませんよね」
「安心せい、別のアングルから撮影した映像も準備しておる」
ヤオとセルマの言葉に対し、すぐ博士が別の映像に切り替えるよう指示を出す。
次に画面へ表示されたのは二機の様子を地上から撮影した映像である。
それも足元から上に向かって見上げるような角度で撮影されている為、地面スレスレの位置にカメラが設置されているのは容易に想像できた。
別アングルからの映像を見ると、ジュリアのX-7はYF-19の背後に取り付いているがすでに脚部のダメージが大きいのか両腕だけでしがみ付いているのがわかる。
一方のYF-19は振りほどこうとするが、真後ろのビルにX-7を叩きつけるような動きは見せていない。
そこへ、真上から貯水タンクの水が落下し続いてタンクそのものが転がってくる。
画面に変化が見られたのは次の瞬間だった。
YF-19のエンジン音が大きくなり、直後にその機体を回転させる。
ジュリアのX-7は、その動きについてこれずYF-19から振り落とされ地面に叩きつけられた。
その映像を見ていたジュリアは「あー、この時気を失っちゃったのよね……」とつぶやく。
その後、所々から「そりゃあんだけ無茶な起動やってその後ぶん回しで叩きつけられたらねー」という声がささやかれるのが聞こえた。
再び映像に目を向けると、YF-19の左腕が光りだすとエネルギーフィールド状のものが展開する。
そして、YF-19が左の拳を頭上に迫ったタンクに繰り出したかと思うとタンクはその一撃で真っ二つに引き裂かれるように破壊され、大小の破片を地面に撒き散らした。
タンクの落下により生じたと思われた土煙はYF-19によるピンポイントバリアパンチとタンクを破壊した際の衝撃で生じたものだったのである。
その後の展開は、模擬戦の時そのままである。
撃破判定が出る前に勝利を確信したファン機が土煙が晴れる前に接近し、YF-19の射撃により右腕喪失の判定を受けた結果降伏した。
ここまでの映像を見ていた誰もが思った事は、あれだけの策を用いても相手がそれをひっくり返す奥の手をを持っていたのだからこういう結果も仕方が無いというものだった。
事実、機体のスペックから考えれば十分すぎるほど戦ったと言える。
映像が中断すると、再び岸田博士が説明に入った。
「先ほどの映像には皆驚かされたと思う。今から先ほどのあれが何だったのかその正体について説明しようと思う」
「あのー、先ほどα1が展開したのはまさか……」
手を挙げたのはフェイスであった。
岸田博士はその質問内容に笑みを浮かべると答える。
「ご想像の通り、今のは一種のバリアじゃよ」
バリアと言う言葉を聞いて、DoLLSメンバーの間にざわついたものが流れる。
「そんな……バリアならオムニでも戦争中に使われていたし、参考として見せてもらった技術データでもそういったものは確かにあったけどここまで非常識な代物は……」
フェイスに続いて驚きながらそう言ったのは、やはり模擬戦の序盤で撃破されたエイミーである。
彼女達は、早い段階での戦線離脱だった為にYF-19の秘策を見る機会も与えられなかったから驚くのも無理はなかった。
「信じられんのも無理はない。何しろ落下してきた大質量の物体を粉砕するだけに留まらずα1は全くの無傷だったからの」
DoLLSのメンバーも出現後に、光子力研究所の割れるバリア(実際には発生装置が過負荷でダウンし、光子<フォトン>を制御しきれず消滅する様がガラスが砕け散るように見えるだけなのだが)など、不条理なバリア(障壁)システムをいろいろ見て来てはいた。
さらに言えば、オムニでも地球軍が対弾道ミサイル迎撃システムとして整備した荷電粒子バリアがあったが、それらは大規模軍事施設の防空装備であり、戦闘機に搭載できるモノではなかったはずなのだ。
ついでに言うと、オムニで見られた荷電粒子バリアはあくまで「ミサイルの誘導装置や起爆装置を破壊して弾道弾を不発にしてしまう」ものであり物理的に大質量の物体を防げる代物ではない。
狐に包まれたような表情を見せるDoLLSメンバーを尻目に、岸田博士はそばに居た研究員にビデオの再生を指示する。
「これはα1がGGGで公開試験を行った際の映像じゃ。ちなみにこれは部外秘なので他言無用にな」
スクリーンに表示されたビデオには、「播磨型打撃護衛艦、艦橋司令塔装甲板(厚さ1800mm)」と言うテロップが表示されている。
厚さ1800mmと言えば、板と言うよりは鉄塊と言った方がしっくりくる厚さである。
複合装甲でこそないが、常識的にはそれを貫くとなれば数百トンクラスの圧力をかけられる水圧ハンマーなどが必要な世界だ。
カメラが切り替わり、まるでボクサーのようなポーズを取った人型形態のα1が映り、それが猛烈な勢いのパンチを叩きこむ光景が映った。
その拳が分厚い装甲板をぶち破り、大きな破孔を作る様を見て、DoLLSメンバーは息を飲んだ。
「これは時空連続体の歪みを利用したフィールドバリアでな。基本はエステバリスのディストーションフィールドと同じなんじゃがな密度、フィールド強度の面では段違いに優れた代物なんじゃよ」
なるほど、とフェイスは頷く。
エステバリスのディストーションフィールドに関しては、すでに実物を見ており理屈も一応は説明されていた為それを高密度、高収束化したものを自在に制御できると聞いてこの機体の非常識さの一端をさらに覗き込めたような気がしたのだ。
「こりゃお話にならないわよ。非常識過ぎるわ」
「分かってたらもう少しフェイントを仕掛けるとか手はあったのに~」
そう言ったのは、策を弄してYF-19に挑みながらもイサムにピンポイントバリアを使わせた為に結果として降伏することとなったファンとジュリアであった。
もっとも、どの局面でピンポイントバリアが使われていてもそれを見た者の感想は同じだっただろう。
「いや、あれはホントビビったよ。あそこまで捨て身で掛ってこられるとは思わなかったしさ……」
その言葉を聞いたイサムは大仰に肩をすくめる。
実際、演習戦であそこまで本気の特攻を仕掛けてくるとはイサムも正直、想定外の事態だったのだ。
「確かに高性能であることは分かりますけど、これだと機体性能でごり押しされた様なものですよね」
「甘いわねセル。機体性能だけで私達があそこまで追い込まれたと思う?あの二人は相当腕の立つパイロットよ」
一方、ヤオとセルマも博士の説明を交えてスクリーンに流される映像を前に感想を述べていた。
最初から機体の性能が違い過ぎたから負けたという認識をセルマが述べるが、ヤオはあっさりとそれを否定する。
「え、それって……」
「模擬戦の前にあの二人が乗っていたX-7がどれだけの動きをしていたかもう忘れたの?」
そう言われてハッとなるセルマを横目で見ながらヤオは、自分達より前の席に座るイサムとガルドを見ながら思う。
(まだ先行量産機が完成して間もないX-7であれだけの動きが出来るというのは、多分相当な種類の機体を操縦してきたってことよね。つまり……)
大方あの二人は、時空融合以前から本職のテストパイロットなのだろうとヤオは考えた。
でもなければ、この無茶苦茶な戦闘機動ができるはずもない。
世界は広いものだな、と柄にもないことをヤオがつぶやいた直後だった。
唐突にデブリーフィングルームとして使われている講堂のドアが豪快な音を立てて開き、三人の人影がなだれ込んできた。
その三人、赤い衣装を身に付けどう考えてもこれから宗教裁判でもやるのかという感じである。
突如として現れた三人に岸田博士を含めて一同がぽかんとしている最中、先頭の一人が口を開く。
「まさかの時のスペイン宗教裁……じゃなかったDoLLS整備班登場!」
「我らの武器は三つ。徹夜整備!おやっさんへの服従……!!」
「二つしかないですよ、ツノさん」
三人目の突っ込みに、ツノと呼ばれた整備班副班長……ツノ・トシヤ大尉は思わずフリーズした表情を見せる。
「くそっ、またやり直しだ!!」
整備班の各整備小隊長三名による見事なボケのジェットストリームアタックに、だれもがどこぞの何かと付けて契約しようとする異星生物風に「わけがわからないよ」と言った表情でその光景を見ているうちに、唐突に表れた三人組は講堂を出て行こうとする。
だが、それは四人目の人影に遮られた。
「ツノ……お前何をやっとる?」
「お、おやっさんっ!?」
第四の人影……そう、DoLLS整備班班長ジェイムズ・コドウッド大佐その人である。
「お前ら、あのトンデモ改造の主をとっちめに行くとか言っておきながらなんだその格好?ロンドンで宗教裁判でもしたいのか??」
「えー、いやー、あのー……」
三人組とコドウッドが何やら問答しているのを全員がポカーンとした表情で見ている中、ナミだけはいよいよ来るべきものが来たという表情で固まっていた。
(まず~……もう特定されちゃったかも……。今の内に逃げた方がいいわね……)
とりあえず整備班の異端審問官三人がコドウッドの拷問……もとい修正に悲鳴を上げている最中、ナミはこそこそと忍び足でその場から避難しようとする……が、出口近くに来たナミの視界を何か白く光る物体がさっと横切り、目の前のドアに音を立てて突き刺さった。
「………!」
突き刺さった物体は、AGI-Made In Regium-と刻印された白いセラミック製の薄いダガーナイフだった。
そんな物騒なものを持ち込んでいる人間は、この場には早々居ないはずである。
「ナーミ?どこ行こうとしてるのかしらね?」
講堂の後ろの席に座っていた、その物騒なものを持ち込んだ数少ない人物……。
航空隊隊長、エリオラ・イグナチェフ中佐がそこに居た。
彼女の表情は極めて穏やかな笑顔だが、その眼は笑ってない。
否、むしろ猛禽類の笑みであった。
「途中退室ってのは関心出来ないわね。それとも何か不都合でもあるのかしら?」
「あー、余りにもアレの騒がしさに気が滅入ったので気分転換に外へ……」
しどろもどろになりながらなんとかその場を切り抜けようとするナミだが、そう言いながら逃げだそうとするうちに周囲はほかのDoLLS隊員らに囲まれていた。
「そういえば、さっき食堂にいたときも様子が変でしたよね」
「普通なら、何を話しているのか首突っ込んでもおかしくないのに……なんかあったのかしら?」
「つーか、さっさとゲロするのがいいんじゃないの?」
「えー、と、とりあえずここは落ち着いてみんな……」
他のDoLLS隊員からも囲まれるという予想外の事態に、ナミは何とかこのピンチを切り抜ける為のいい言葉を考える。
一方、整備班はというとナミ達のいる所から一番離れた出入口の方でコドウッドに締められている為か、こっちの動きに気が付く様子はない。
「あー、お楽しみ……ではなく取り込み中の所悪いが、今は報告会の途中じゃぞ」
が、そこに助け舟を出したのは意外な人物だった。
(岸田博士……。助かった……)
声の主に感謝しながらナミは全身の力が抜けるのを感じた。
しかし、そこで話は終わらない。
次の瞬間、壇上の岸田博士が口にした言葉にナミは再び心臓が口から飛び出るぐらいの衝撃を受けたのである。
「とりあえず、タカス隊員は気分が優れないみたいじゃから、後ろの席に移動した方がいいじゃろう。後から入ってきた整備班の面子も今しばらくは静かに後ろで座っておれ」
オ・ノーレ!
内心ナミは叫びをあげた。
こともあろうに先ほど怒鳴りこんできた異端審問官……もとい整備班には今回の改造に参加したメンバーは入っていなかった。
つまり、今頃整備班内部のメンバーによる制裁が行われた後なのだろう。
その制裁を喰らわしたと思しき整備班メンバーと一緒に座らせられる。
と言うことは、何らかの形で自分が犯人であることをすでに把握している可能性が高い。
(ウオーッ!!博士の鬼~~~~~~ッ!!)
すごすごと後ろの席に座りながらナミは心の中で悲惨な叫びをあげるしかなかった。
流石に顔がムンク状態にはならなかったが。
その近くに座った整備班に目をやると、いささか疲れた表情のコドウッド大佐がノックアウトされて気を失った三人組とナミを交互に見て「やれやれ」と頭を振っている。
どうやら次は自分の番だなぁとナミは他人事の様に半ば放心状態でそう思った。
「さて、α1が先程の戦闘を終えてからの話を進めていく事にしよう」
岸田博士による説明とDoLLS整備班による乱入騒ぎが終わると、再びスクリーンの映像はMAPに切り替わった。
「α1がDoLLS02と06の2機を降伏させた頃、DoLLSの本隊は市街地エリアの中心部に集結しておった」
博士による説明と同時にMAP上へDoLLSとα1、Ω1を表す光点が表示される。
その中で赤い光点が集中している場所を博士がレーザーポインターで指し示した。
「丁度この頃、DoLLSの方は市街地の中心部に移動しこの様な配置になっておった。指揮官のいる所から若干離れた所に他のメンバーが集まっとる」
MAPのDoLLSが集結している地点が拡大され、詳細が表示された。
同時に、各機体の損傷度合いや弾薬の残数も表示されどの機体が交戦したかが素人目にも明らかになる。
「あの時は、そのまま地上を移動してきたところを包囲した上で一斉射撃叩きつけるつもりだったけど、今思えば相手がこっちに合わせてくれると考えるのは不味かったわ……」
「再度空から来るなんて思いませんでしたから」
「今後は対空火器の充実を図るのは当然としても、相手の動き方についてもあらゆる可能性を想定する必要があるわね」
ヤオ、フェイエン、ハーディは説明を聞きながら言葉を交わし、今後についてを話し合う。
その間にも岸田博士による説明は続く。
「一方でα1は先程の戦闘後、次のように移動しておる。Ω1はこの間にも演習場の上空一帯を周回飛行しておった」
そう説明があった後、画面上の青い二つの光点に「α1」「Ω1」の表示が加わると共にそれぞれが異なる動きを見せる。
Ω1は先の説明どおり演習場の上空を周回する軌道を取り、一方のα1はDoLLSの展開するポイントへ一直線に移動していく……かに思えた。
「あれ?どういうこと?」
誰かがすっとんきょうな声をあげる。
画面を見ていれば、誰もが声の主と同じ感想を持ったに違いない。
α1の光点がポイントから結構離れた位置でいきなり止まったかと思うとその場で急上昇する動きを示したのである。
「α1の動きに驚いたと思うが、これはここまでのガウォーク形態からファイター形態に変形した事とそれにより急上昇したからじゃよ」
「なるほど、ここでね」
α1が飛び立った後に起こった戦闘を知るヤオは、説明を聞きながら一人頷く。
「ここで、注目して欲しいのはそれまでガウォーク形態でホバリング移動していたα1がいきなりファイター形態へ変形したかと思うと急上昇を開始したことじゃ。今から出す映像を見て欲しい」
すると、スクリーン上に新たな画面が開く。
映し出されたのは、ビル街で何かの作業を行なっているX-7の姿である。
3機一組で行動しているのは、α1と交戦したジュリア達と同じだがこちらは機体の一機がコンテナを装備しており、かなりのトラップをそこかしこに仕掛けているのが分かった。
ディッカーと呼んでいる工兵仕様の機体だ。
(そういえば、今回はコンテナユニット装備のA型も参加してたわね)
ハーディは映像を見ながら、該当する機体が誰に割り振られたのか思い出す。
模擬戦に参加した機体は基本的にすべて通常型であり、不公平が生じないようにくじ引きで決定されていた筈である。
そこに、岸田博士の説明が再び行われる。
「今映っているX-7の一機は肩部にコンテナユニットを装備していてな。これは今後開発されるオプション装備の一つとなっておる」
一旦ここで画面が切り替わり、コンテナユニットを装備したX-7の映像が表示された。
新たに映し出された映像を見ると、コンテナユニットは肩部と腰部にそれぞれ追加装備として取り付けられるようになっている。
これは背面への装備は搭乗/脱出ハッチの関係から行えず、主に兵装マウントにボックスを取りつける形でしかコンテナを装着できないためである。
博士の説明が終わると、画面が模擬戦時の映像に戻る。
画面のX-7はコンテナユニット内の装備品を用いてビル街の一角にトラップを設置していく。
それも、ジュリア達が仕掛けたワイヤー式トラップの様な物ではなく、センサーにより標的の位置を割り出して起動する制度の高い物だ。
センサーは仕掛け終わったのか、3機のX-7は最後に組み立てた台座付きの機銃を据え付けようとする。
だが、そこでX-7はそれらの装備をそのまま放置するとその場を離れていった。
MAP画面を見ると3つの光点が市街地エリアの中心部へと移動していくのがわかる。
「見ての通り、3機はあと少しでトラップの設置が完了するのを途中で放り出してしまったわけだが、これには理由がある。丁度同じ頃、同じ市街地エリアで行われていた先程の戦闘が終了したんじゃ」
「つまり、それによりDoLLS側は全員集合を命じたということか……」
「そういうことじゃよ。模擬戦時の通信記録を見るとDoLLS01から全員に対して『現在の行動を中断し、指揮官の下に集結せよ』と発せられておる」
陸自幹部の呟きに対して岸田博士は、模擬戦にあったヤオから全員に送られた通信内容を読み上げる。
それを聞いたヤオは「あちゃー」という表情を作り、額に手を当てる。
同時に、模擬戦の際参加していたDoLLSのメンバーがどの辺りにいるかを把握しておきながら「何をしていたか」の確認まで気を回せなかった事を痛感していた。
(これがハーディなら、自分のミスを指摘した上で的確な指示を出してたかもしれないわね……ま、終わったことをどうこう言っても仕方が無いか)
そこで思い直して、ヤオは再びスクリーンに目を向ける。
説明はまだ続いていた。
「トラップを設置していた3機が移動してすぐにα1がこの地点に来たのじゃが、案の定そのままにされていたトラップ用の装備は発見されておる」
「そりゃ、隠しもせずに丸見えとなるところに放置すればバレますよ……あのチームはナガセと誰だったか……」
半ば呆れた様なフェイエンの呟きは、そのすぐ後ろに座っているナガセにもしっかり聞こえていた。
『……あら……あたし達後でやばそうかも……』
『つーか連帯責任ですよ、分隊長殿』
『これは反省文モノですね……』
ナガセと共に顔を青くしているのは、彼女と同じチームで行動していたエルヴィラ・モス准尉とアデーレ・ヴィルツ曹長だった。
まさか、自分達のミスがDoLLS全員を危機的状況に陥れる事になるとは思って無かったのである。
その間にも岸田博士の説明は続いていたが、そこでスクリーンに新しい映像が表示された。
映し出されたのは、ファイター形態に変形し急上昇するYF-19の姿である。
同時にMAP画面も平面図から3D立体図に切り替わり、そこにYF-19の識別マークが航跡であるラインを残しながら移動する様子が表示される。
「見ての通り、α1は急上昇して一旦市街地エリア全体が把握できる高度へ到達しておる。そして、ここから機体を反転させて一気に急降下を仕掛けたんじゃ」
「ま、あれだけ隠しもせずほったらかしにされてたら嫌でも何かあると思うだろ」
イサムの一言が堪えたのか、ナガセはウッと呻いたかと思うとそのままのけぞってしまった。
残る二人の呻き声は聞こえなかったが、思いっきり凹んだのは間違いない。
一方、映像の方は3DMAPの部分が地上を見下ろす映像に切り替わり、急降下するYF-19の映像と対比するような状態になる。
地上の様子は映像を見る限りかなり混乱している様で、指揮官であるヤオ達を除く全ての機体がリニアキャノン、アサルトライフルといった火器を上空に向けていた。
「皆の動きを見るのはこれが始めてね」
「我々は、離れた所にいましたし……」
映像を見ながらヤオとフェイエンは感想を述べる。
模擬戦の時は、ビルを隔てて他のメンバーとは別の場所にいた為個々の機体がどの辺りにいたのかは無線と重力波通信によるブリップ表示で、おおよその位置を把握するのが限界だった。
実際の映像を見ることで、誰がどのように動いたか、果たして連携は取れていたのかを知ることが出来るのは重要だと二人は思い映像に注目する。
スクリーン上の右半分には、急降下するYF-19が地上から放たれる対空攻撃を僅かな動きで回避する様子が映し出されている。
一方、左半分にはそのYF-19を迎撃し、対空攻撃を続けるDoLLSのX-7が多数映し出されていた。
(やはりこうなるか……)
ヤオがそう思ったのは、双方の映像を見てしばらくしてからのことだった。
それまで正確に狙い撃たんとしていたYF-19への対空攻撃が、徐々に乱れたものへと変化していく。
同時に、YF-19の高度も下がっていくのが映像の一角に表示されているアナログ高度計の動きによって判った。
どれだけ撃っても命中しないという現状に焦りと苛立ちを感じ始めた者が集中力を欠いて撃ちまくる行動に出ているのだ。
狙撃仕様のX-7はまだそうでもないが、アサルトライフルやサブマシンガンを装備した機体は射撃モードをオートや三点バーストからフルオートに切り替える者が増えていく。
そして……戦いの流れは次の瞬間大きく動いた。
YF-19の側面に配されたウェポンベイが開き、多数のミサイルが白煙を引いて飛び出す。
地上から迎撃していたDoLLSはというと、放たれたミサイルが自分達に向かって高速で突っ込んで来るという事態に目標をYF-19からミサイルへと変更する機体が続出した。
それでも、とっさの目標変更にも関わらずミサイルの多くを目標への命中前に撃破したのは流石DoLLSと言えるだろう。
最終的に全てのミサイルを落とすには至らず、対空砲火を潜り抜けて目標であるX-7を捉えたミサイルは全てが直撃した上に中破以上の判定を出したのも事実だが……。
「正直この攻撃には驚いた者も多かった筈じゃ。なにしろ、ここまでα1はミサイルを使うそぶりなど欠片も見せんかったからの」
「相手の作戦勝ちね。戦闘機なら機銃以外にミサイルも持っているものと疑ってかかるべきだったわ」
「ですけど、あれだけのミサイルを一度に放つなんてやはりとんでもないですよね」
「機体の性能にも驚かされましたけど、ミサイルの性能についても同じです。あれだけ小型なのに命中したX-7は全て中破以上の判定というのも驚かされました」
YF-19による攻撃時、他のメンバーから離れた場所にいた事で難を逃れたヤオ、セルマ、フェイエンは岸田博士の説明を前にそれぞれの感想を口にする。
戦闘中は遠くから無線通信により攻撃を受けた際の混乱振りは分かっていたが、模擬戦終了後に整備ハンガーへと引き上げたX-7がペイント弾まみれだったのを見て誰もが唖然としたものである。
しかもそれが、小型のマイクロミサイルが与えた存在だったのだからその衝撃は大きかった。
「これなら、航空部隊も投入するべきだったかもしれませんね……」
「そうかもしれないわね……でも」
フェイエンの言葉に、ヤオは答えかけて言いとどまる。
その言い方にセルマは首をかしげ、フェイエンは納得がいったという顔をした。
ヤオの脳内では、すでに自分達が出現する少し前に東京上空で起こったという大規模空中戦の主役の片方であった2機の可変戦闘機と今日対峙した2機、特に今回交戦したα1はイコールの存在となっている。
同時に空戦時の高い機動性能、そして変形機構を活用することによって「失速」を柔軟に機動として用いる空戦スタイルがヤオには容易に想像できた。
基本21世紀初頭レベルの航空機技術者でも容易に分析出来たオムニ軍の戦闘機と違い、ここまで無茶苦茶な機動性能と重装甲、高火力を備えた戦闘機を相手にしてDoLLS航空隊の機体で勝てるのだろうか?と言う疑問がぬぐえなかったのだ。
「もし、そうしていたら今頃更に大きな損害を出す結果になっただけね」
そう言ったのは一連の会話を聞いていたハーディだった。
今回の模擬戦には参加せず、観戦する側に回った彼女は模擬戦終了後の判定を見て2機のAFVが見せたのは高い性能の片鱗に過ぎないと分析しており、冷静に言い切ったのである。
「言われてみれば確かにそうです。自分達の航空機では捕捉すら困難です。ましてや撃墜は……」
「なにより、今回上空に留まっていたもう一機の機体が本気になっていた可能性があるわけだから、そうなったら結果は見えてるでしょ」
ハーディの言葉に、三人は航空部隊を壊滅させた2機が自分達を駆逐する光景を頭に思い浮かべる。
「冗談じゃないわね……白旗を揚げていいなら真っ先にそうするわ」
「逃げたくなりますね」
「戦闘ヘリが可愛く思えますよ」
ヤオ、セルマ、フェイエンはそれぞれの感想を口にすると同時に、今後もあの機体を敵に回さず済むという事実に安堵していた。
三人の様子を見てハーディも「私も同感よ」と肩をすくめて見せる。
そうやって彼女達が会話を交わしている間にも、映像の方は市街地中央へYF-19が降り立った所まで進んでいた。
「さて、ようやく今回の模擬戦におけるクライマックスじゃ」
「いよいよだな」
「お前は結局飛んでいただけだったけどな」
壇上の岸田博士による一言を聞きながらガルドが短く呟く。
それに対して、イサムはすかさず突っ込む。
大型スクリーンには、YF-19と3機のX-7が対峙する様子が映し出されていた。
ガンポットを地に置き、ファイティングポーズを取るYF-19を前にヤオとフェイエンのX-7が左右に展開し、セルマの機体はそのまま後方に待機する。
「ここからは、ノーカットで終わりまでのぶっ通しじゃ。余計な解説無しで見たほうがいいじゃろう」
そう言ってマイクを置いた岸田博士も、壇上から降りると最前列のど真ん中に「予約席」と書かれたプレートの置いてあるシートに座った。
どうやら、博士は娯楽映画を見るのと同じ感覚で終盤の映像を見るつもりらしい。
そこから先の映像は、当事者以外の誰もを驚愕させるものだった。
突如、セルマ機から多数の信号弾が放たれたかと思うと、直後YF-19の後背に向けて生き残った他のX-7が援護射撃を行なう。
その強襲に不意を突かれたYF-19がバランスを崩した一瞬を狙い、ヤオとフェイエンのX-7が突進し間合いを詰める。
誰もがそれを見て、この勝負はついたと思った時それは起きた。
背後からの不意打ちで動きの止まったYF-19が突進に移ったかと思うと、フェイエン機の正面に出てそのままピンポイントバリアを展開したシールドで殴り飛ばす。
吹っ飛ばされたフェイエン機がそのまま広場の一角にある建物に突っ込み、動きが止まる場面では誰もが驚くと同時に人型兵器同士の格闘戦を目の当たりにして息を呑んだ。
だが、戦いはまだ終わらない。
ヤオの機体は、フェイエン機の戦闘離脱に動きを止めることなく突進を仕掛けた勢いそのままにYF-19へと拳を繰り出す。
同時にイサムのYF-19も右の拳を繰り出していた。
両機の拳がぶつかり合った瞬間、ピンポイントバリアとスタンポッドの電撃が火花を散らし、その衝撃で二機の周囲に土煙が生じる。
その場面がスクリーン上に出た直後、それを見た誰もが驚きの声を上げ同時に興奮したのは当然と言えるだろう。
YF-19によりジリジリと背後のビルへと押されるヤオ機が、その背後につくセルマ機の協力で押し戻そうとする。
そこで、模擬戦終了のテロップが表示され、両者共に戦闘状態を解除したところで映像も終了した。
「これで一連の模擬戦は全て終了じゃ。既に結果は冒頭で述べたとおり『引き分け』という事になっておるが、それが何を意味するのかは情報が一般に公開されるまで各々が考えてもいいじゃろう。以上じゃ」
再び壇上に戻った岸田博士によるこの一言の後は、簡単な質疑応答で終わったが特にこれといった質問がされることもなく自由に解散となった。
もっともこれは、映像を見て観ていたものの多くが二機の可変戦闘機が機密の塊である事は容易に想像出来たから「質問しても多分真相を知るのは無理」と分かっていたからだろう。
ちなみに、DoLLSの中ではもっとも機密に詳しいナミに対しても質問する者がいたが結果は空振りだった。
いくらコドウッド大佐のお仕置きがあるかもしれないといえど、うっかり口を滑らすヘマをやらかす程ナミもパニックには陥ってなかったのである。