Super Science Fiction Wars 外伝

Steel Eye'd ladies~鋼鉄の眼差しの乙女達

第12話 もう一度、演習場にて……

D-Part.


「やっぱ分の悪い勝負だったのかしらね?今回のって」

戦域を一旦離脱した四人は市街地エリアでも高層ビルの立ち並ぶ区画へと移動し、今後を話し合うこととした。
そんな中で最初に口を開いたのはジュリアだった。

『とはいえ、勝負を申し込んだのはこっちだしねぇ……で、どうするの?』
『トラップ戦法はもう使えないし、本隊と合流するには距離が少しあるわね……』
『一度は振り切ったと言えど、相手の性能を考えれば追いつかれるのは確実です。いつまでこうやって隠れていられるか……』

他の三人もこれといった案は思いつかない様だった。
ヤオ達が迎撃する為に待ち伏せしている区画までの距離は移動できない程ではないが、マップを見ると自分たちの姿を相手に晒すことになる。
しかも、四人の乗るX-7の内ファンの機体を除く3機は損傷の判定が出ている為、合流できても戦力となれるのか疑問があった。

ここまでの情報を総合すると、やはりここで迎え撃つしか無いというのが彼女たちの出した結論だった。
だが、ここで戦ったとしても半壊状態ではどこまでやれるかわからない。
それでも本隊があの機体と戦う際に有利となる何かを残せればという思いが彼女たちにあった。

「そうだ!思い出したけどエレン、そっちの機体に搭載している情報収集システムってまだ生きてる?」
『ええ、サブカメラしか生きてないので収集できる映像情報は限られていますけど、それ以外は無事です』
『一体何考えてるの……?』

ジュリアの言葉に自機の状態をチェックしながら返事をするエレンと首をかしげるマーガレット。
一方、ファンはジュリアが何を思いついたのか判ったという表情を浮かべる。

「悪いけどさ、先に本隊と合流してくれない?そして既に収集したデータを皆に渡して欲しいのよ」
『なるほど、考えることは同じってことね』
『つまるところ、私たちはエレンが逃げ切るまでの時間稼ぎってことか……やってやろうじゃないの!』
『ちょ……ファン中佐にレイバーグ少佐?本気で言ってるんですか?』

その会話を聞いていたエレンが慌てて話に入ってくる。
要はファンとジュリアの二人が足止めをして、自分がその隙に本隊と合流して対策を立てろと言う事なのだ。
だが、すでに武器をいくつか失ってるジュリアと、武装が高機動戦向きではないファンでは正直それは「特攻」に近い。

『まぁ、あんたの言いたい事は解るけどね。このままだとみんな共倒れよ?』

ジュリアがモニターの向こう側で笑みを浮かべて答える。

「今後、うちも想定外の化け物相手にしなきゃいけないことがいくらでもあるのよ?人間相手の戦争とはわけが違うんだから今回の一件は良いチャンスかもしれないわ。まぁ、戦死者ゼロとは行かないのが屈辱だけど……」

ファンも今回はむしろ想定外の化け物相手の戦闘を考えるいい機会だと思っていた。

対特機(スーパーロボット)相手の戦闘もいずれはあり得る。
いつまでも自分達と同じサイズの機体を相手にすると考えることを捨てるべきだ。

「そういうワケなんで、先に本隊へ合流し貴重なデータを届けて欲しいのよ。これは命令よ」
『……了解しました。自分はこれより任務を果たします』
『私も残った方がいいかな?』
「いいえ、マーガレットは彼女の護衛をお願い。あなたの機体も左腕が破壊されている以上戦力としては期待できないから……」
『了解、それなら私も離脱するわ』

エレン機とマーガレット機がその場から離脱した数分後、先ほどの戦場だった方向よりあのエンジン音が響いてくる。
あのバケモノじみた性能を誇る機体が来たのだ。

「来たわね……それじゃ、打ち合わせどおりに」
『任せて、そっちも上手くやってよね。頼むわよ』

短い通信を交わした二人はそれぞれの持ち場につく。
いや、正確にはファンが所定のポイントに移動し、ジュリアはその場に留まっていた。



「反応は二つ……一つが正面でもう一つは移動中か。大方挟み撃ちにするつもりなんだろうけど、その前に正面から叩くことにするか!」

センサーの反応を確認しながらイサムはYF-19をガウォークからバトロイド形態に変形させ、そのままジュリア機のいる場所に向かった。
一方のジュリアは、その姿を確認するやX-7の固定武装である煙幕弾を放つ。

「また煙幕か、そう何度も同じ手が通用するわけないのにねぇ……。今度は、こっちから突っ込ませてもらうか」

そのまま前進するYF-19。
予想通り、煙幕を抜けた向こう側にジュリア機の姿は無かった。

逃げられたか?と思うより早く射撃音が響いたのはその時である。
頭上から響いてくる爆発音、見るとグレネード弾が何発も飛来してくるではないか。
しかし、それらを前にしてもイサムがその場を離れることは無かった。

「何処狙って撃っているんだ……?」

彼がそう思ったのも無理は無い。
飛んできたグレネード弾はそのいずれもYF-19が背にしているビルの屋上に叩き込まれたのだ。

しかも、派手な爆発音が上から響いてくる。
ペイント弾を使用すればあんな音はしない。
大方持ち込み可能な弾数が設定されている障害物破壊用の実弾を用いたのだろう。
だが、建物を崩すには爆薬の量が少なすぎる。

だとすれば、一体何の目的であんな事をしたんだ?
イサムがそう思いながらグレネード弾の飛んできた方向を見ると、ジュリアのX-7がアサルトライフルとグレネードランチャーを手に突っ込んでくる姿が見えた。

「おいおい、今のは陽動のつもりかよ!?そっちの意気込みはいいけどよ。ちょっとばかり無謀すぎないか?」

飛んでくる弾を最小限の動きで回避しながらもイサムはジュリアの意図が読めないでいた。
恐らくは時間稼ぎのつもりなのだろうが、それにしては今までの機体とは明らかに動きが違いすぎる。

『評価してくるのはいいけど……こっちにはちゃんと策があるってのよ!!』

弾切れしたグレネードランチャーとアサルトライフルを投げ捨て、そのままYF-19に向かって突っ込んでいくジュリアのX-7。
しかし、特攻というにはまだ間合いが遠い。

『機動性で後れを取るなら……こういう手を使うのよっ!!』

次の瞬間、小さな爆発音と共にX-7の装甲が弾け飛び、フレームをむき出しにしたジュリア機がさらに加速する。

直後、駆動系統の数値が異常なものとなり「危険状態」を意味するレッドアラートがモニターに表示され、模擬戦の違法行為を警告する音声とは異なるブザー音が鳴り響く。
しかし、それでもジュリア機の突進は止まらず更に加速する。

「やるねぇ!そういう手があったのは驚いたぜ!」

イサムもジュリアの小細工も何も無い正面からの突進に感心するが、あわてる様子も無くガンポッドを放つ。
そのペイント弾を寸分で交わしながら距離を詰めるジュリア機。

「あと少し……っ!もらった!!」

最後の一発を避け切った直後、ジュリアは機体を出力限界点で跳躍させそのままYF-19の頭上まで飛ぶ。
脚部のアクチュエーター、人口筋肉、シャフトがこの時点で強度限界を超えて損傷したが、今の彼女にとっては無視していいことだった。

「これが、こっちの奥の手よ!」

ジュリアのX-7はそのままYF-19の頭上を飛び越えその背中にしがみついたのである。
相手の変形を封じ込めると当時に、動きの自由を奪うのがジュリアの狙いだった。

「くそっ!まさかこっちの背中をとるかよっ!」
『ファン、今!』

そう長く現状維持できないと分かっていたジュリアはそのまま、ファンに指示を飛ばす。
一方のファンは、すぐにスナイパーライフルをYF-19とジュリア機のいる方向へ向ける。

しかし、そのモニターに映るのはYF-19ではない。
それでもファンは当初の計画通り狙撃を実行した。

ライフル弾がその目標に命中した直後、その下にいたYF-19とジュリア機にいきなり液体が降り注ぐ。
液体の正体はただの水だったが、雨でもないのにピンポイントで水が降ってきたのには流石のイサムも驚かされた。

「なんだ?いきなり何が起こったんだ!?」
『どうやら、狙い通りだったみたいね……』

ジュリアは結果に満足すると、自分の機体をYF-19へさらに強くしがみつかせる。
再度、銃声と頭上での命中音が響くと今度は先ほどと違う異常な音が響いてきた。

そして、一際大きな破壊音が響くとビルの屋上で何かが転がる音が聞こえてくる。
屋上からその正体が僅かに見えたとき、流石のイサムも驚いた。

「ちょ、貯水タンクだとぉ!?」
『ざぁんねん、流石にあれが直撃すればそっちの損害判定もタダじゃすまないでしょ?』

これこそが、ジュリアとファンの狙いだった。
彼女達が障害物破壊用のグレネードやライフル弾を用いたのは、建物を破壊するよりビルの上にある貯水タンクをその架台から分離する為だったのだ。

中身を空にしたのは落下時の巻き添えを食うであろうジュリアへのダメージを減らす為であった。
最終装甲がまだ残っているといえど流石に水が満載された状態で落下させればX-7の損傷も馬鹿にならないとファンが判断したのである。

「参ったねぇ……使うつもりは無かったけど、“アレ”を出すかな」
『え?』

貯水タンクが二機の頭上目掛けて落下してきたのはその直後だった。
落下時の衝突音と衝撃が響き、同時に土煙が立ち昇る。



「成功したわね……」

恐らくこれで相手もタダでは済まないだろうと確信したファンは、自機を2機のいた地点へ向けて移動させた。
まだ相手に与えた損害判定は出ていないが、それも土煙が消えれば知らされるはずである。
だが、この場合彼女のとった行動は軽率だった。

この時マーガレットとエレンの機体がこの戦場に留まっていれば、YF-19がまだ強力な切り札を隠し持っていると分かったに違いない。
しかしその二名はこの場におらず、作戦が成功したことで気が緩んだのも無理は無かった。

大分土煙は収まってきたものの、まだ2機のいた地点は見えない。
確認の為、ファンはジュリアとの通信を開いた。

「ジュリア、無事なら返事をして……」
『…………』

返事がない。
だが、無線が通じているということは先ほどの攻撃で一緒にダメージを受けて気絶したのだろうか。

そこまで考えたとき、土煙の向こうから飛んできた機銃弾がファンの機体に命中した。
ペイントにより自機の右腕が染まった時、ファンは一瞬何が起こったのかわからなかったが損害を知らせる判定の通信が彼女を現実に引き戻した。

『DoLLS02、右腕肩部への被弾により右腕喪失』
「なっ!!」

銃弾の飛んできた方向からX-7より重厚な足音が響いてくる。
それが意味するのはただ一つ。
作戦が失敗に終わったということだった。

「冗談でしょう……」

背筋に冷たいモノが走るのを感じたファンは思わず呟く。
そして遂に、土煙の向こう側から足音の主が姿をあらわした。

ファン機の前には、無傷のYF-19がバトロイド形態で立っていた。
右腕にはガンポッドを構え、左腕でジュリア機を脇に抱えている。

その姿に呆然とするファンのもとへジュリアから通信が入ってくる。
同時に可変戦闘機のパイロットからも通信が入ってくるのが分かった。

『ファン……やっぱ甘かったみたい、こいつ無茶苦茶強いよ……』
「ジュリア……無事だった……」
「実戦ならまだしも模擬戦で仲間を犠牲にするなんて酷い奴だな。頭に来たぞ!」

イサムの口調はそれまでの軽口を叩いていたものから大きく変わっていた。
揺り戻し出現前、難敵であるゴーストをガルドに任せるしかなかった彼にすれば、非常時を除いて仲間を犠牲にするというのは受け入れられるものではなかった。

ジュリアの機体を地面に下ろすと、ガンポッドの銃口をファンの機体に向ける。
これに対するファンの解答は、スナイパーライフルを捨てて両手を挙げるというものだった。

要するに「降参」したのである。
ジュリアについては機体そのものが重大な損傷レベルだった為、無線で降参の意を示すまでもなかった。







『DoLLS02及び06は、降伏により戦闘から離脱しました。両機の機体損傷については戦闘終了後に報告します』
「あの二人もやられるなんてね……」

オペレータの声に、アンブッシュ地点に待機していた残るドールズメンバーは声を潜める。
すでにエレンとマーガレットはアンブッシュ地点まで到着しており、対峙する敵の能力の一端は掴めていた。

「……先ほど拳に展開していたバリアですが、多分ナックルガード以外の役割も果たしていそうですね」

マーガレットがデータをもとに、推測を述べる。

「その理由は?」

ヤオも推測の根拠に興味を持った。

「先ほど気づいてなかったかも知れませんが、この機体……人型形態だと左腕に盾を付けてます。だけど…こんな小さいのでは盾として役に立ちませんよ」

言われてみると剣等による格闘ならともかく、銃撃を受ける盾としてはかなり小さい部類の物だ。
あの拳のバリアは機体全域を覆う程ではないにしても、この小さな盾を中心に展開するなどコントロールが容易なものである可能性は高かった。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花……と言いたい所ですけど、どれだけコントローラブルなモノなのかがつかめませんよね」

202中隊の参謀……マチルダ・メッテルニヒが溜息混じりに言う。

「まぁ、それこそ包囲して一斉射撃……ってのが理想だけど、あの機動性だとよほどうまくやらない限り逆に各個撃破よね」

そう答えながら、ヤオは自分があの機体に乗っていたらどうやって攻撃するだろうか?と思案していた。
これだけの性能差、単純な力押しでも勝とうと思えば勝てる。
だが、自分たちDoLLSとて馬鹿ではない。
あの男、単なる力押しのバカのように見えて恐ろしく切れるタイプ……ある意味自分と似たところのある「偏った才能」の持ち主かもしれない。

そう思うと、ヤオの口元にはなぜか笑みが浮かんでいた。

『ファン、あんたはあたしの事、”欠点の多い天才”とか言っていたわよね……。ま、似たようなタイプの男って事で面白い事になりそうだけど』

そう考えると、なかなか面白い喧嘩になりそうだ。
と、ヤオはこの瞬間、『軍人』ではなく『格闘家』あるいは『勝負師』の心境になっていたのかも知れない。

そこへ、索敵を担当していたフレデリカ・アイクマンのX-7Rから通信が入った。

『例のエンジン音聞こえてきます。敵機、ホバリングで移動中のようです。ETA(Estimated time of arrival=到着予定時刻)は後3分!!』

やはり、例のバリアの展開が追い付かない程の一斉射撃(ガントレット)しかないだろうか?
それとも他の手をとるべきなのか。

ハッキリしているのは、時間が無いということだけ。
回線を開いたヤオは生き残った全機に迎撃地点への集結と、作戦パターンを伝える。

「DoLLS01より全機へ。敵機迎撃への作戦パターンは予定していた“包囲殲滅”から“一方向からの集中攻撃”に変更。モニターへの提示位置に移動し準備を整えるように」

それだけ伝えると、自分はフェイエンと共にX-7へスタンナックルを装備したまま現在のポイントで待ち伏せる。
モニター上の味方機を示す光点は、自分が伝えたポイントに集結を済ませていた。

接触まであと3分……そう思った時、フレデリカ機から再度通信が入ってくる。

「こちらDoLLS01。DoLLS13どうした?何があった?」
『て、敵機急上昇と同時に急速移動!恐らく戦闘機形態に変形したと思われます!ETAはあと……』
「もう報告はいい!全機対空攻撃準備、相手が地上に降りた瞬間を狙い撃て!」

急降下爆撃(シュトゥーカ)か!
可能性としては考えていた要素であったが、意表を突かれてないと言えば嘘になる。
だが、逆に好都合であった。

「高速機関砲、マシンガン装備の機体は全機対空射撃!シュトゥーカなら逆に弾幕を張ってやれ!!」

あとの報告を聞き流したヤオは遮蔽物からX-7を移動させながら思う。

まさか、こちらの意図を読まれた?
いや、そうだとしてもあまりに対応が早すぎるし動きが不自然だ。
そこまで考えた時、ヤオの脳裏にあることが浮かびすぐ通信を他の機に送る。

「DoLLS01より各機へ。敵機の進行ルート上に何か存在したか?」

この質問に答えたのは4thDoLLSのナガセ・マリだった。

『こちらDoLLS17。自分は最後に合流しましたが、集結命令が発せられるまで敵機の進行ルート上に予備装備の自動射撃火器を設置し待機してました。緊急の命令だった為それらは置き去りにしました』
「それだ!」

恐らく、敵機はナガセの設置した火器を発見しルート上に同様のトラップがあると考えて空中移動へと切り替えたに違いない。
まさか味方のミスがこちらの予想を外す要因となるとは流石のヤオも想像の埒外だった。

(いや、あの可変戦闘機との戦闘でやられた5人の実力を考えれば動揺しても当然か)

心の中でヤオはそう呟く。
既に戦闘不能の判定を受けた5人は過去の実戦、そして揺り戻し出現後に実施しているDoLLS内での訓練においても十分エースと呼ぶにふさわしい技量を持っていた。
にもかかわらず、戦闘に入れば殆どダメージを与えられず尽く戦闘不能の判定が出る始末だ。

自分達はともかく4thDoLLSのメンバーが動揺し、何らかのミスを生じさせてもおかしくない。
この模擬戦が終わったら改めて問題点を洗い出す必要もあるだろう。

そこまで考えた直後、ヤオはあることに気がつく。
急降下してきているはずの敵機に対する対空攻撃の射撃音が響いてくるのは変わらないが、その放たれる火線がバラバラの方向を向いているのだ。
対空攻撃で相手が複数の場合火線がバラけることはあるが、今回は単機である。

「対空戦闘中の各機へ、一体どうした?何が起こっている!?」

ヤオからの通信へ最初に答えたのは4thDoLLSのジェニファー・メルビルだった。

『こちらDoLLS18。て、敵のミサイル攻撃です!敵はこちらの対空砲火をかいくぐってミサイルを放ち再度上昇しました!現在位置は……』

通信が途切れた直後、対空射撃が放たれていた場所に次々とミサイルが撃ち込まれるのが見えた。
それに伴い、地上から撃ち上げられていた火線の数が減っていく。

判定の通信がまだ出てないことから直撃を受けた機体の損害はわからないが、かなりの数が被害を受けたことを考慮するべきだろう。
相手がミサイルをこの段階まで温存していたということに流石のヤオも思わずうめき声をあげる。

だが、再度上昇したというなら相手は何処に行ったのか?
それを確認しようとした時、轟音と同時に自分達の真上へ戦闘開始の時と同じ様に影が差す。
更に入ってくる通信。

「せっかくのデートを待たせるのも悪いと思って大急ぎで来てやったぜ!」

男の声が聞こえた次の瞬間、上空の影が人型に変形するとそれはそのままヤオ達の前に降り立った。



「来たわね……。こうやって見るとやはり大きいわね……」
『こうなったらやるしかないですね。先輩……』
「セル、私がノール中佐と同時に仕掛けるから信号弾一斉発射でお願い」
『信号弾一斉発射……ッ!!』

信号弾の一斉発射。 それは「全機、現状を放棄し速やかに指揮官の下へ集結せよ」という予め今回定めていたコードである。
これが使われるというのは、指揮官が自ら戦うという事態を示し同時に残存機全ての戦力を集結させるという意味も持っていた。

『それって……』
「いいからさっさと準備する!」
『私も隊長の意見に賛成です。まだにらみ合いが続いてますがこちらの手を読まれる可能性も十分あります』

全員が到着するまで時間が稼げるか分からないと考えるセルマだったが、二人から改めて言われすぐ準備にとりかかる。
一方、既にスタンポッドを装備していたヤオとフェイエンのX-7はYF-19と対峙し、相手の出方を待つ。

「まったくあんたは大したものよ。たった一機でこちらにダメージを与えまくったんだからさ。でも、ここで決着をつける!」
「言ってくれるねぇ。あの時の一言でこんなことになるなんて俺も思ってなかったけどな……」
「それはこっちのセリフよ。まさかここまでボコボコにやられてそっちは損傷軽微ってその機体どんだけチートなのよ!?」
「いやー、そっちもよくやっていると思うぜ。お世辞抜きでそっちの戦い方には関心するものがあったからな」

無線でのやりとりと相手の口調から、ヤオは声の主であるあの男が嘘をついてないのを理解していた。
機体の性能で大きく水を空けられている状態での善戦に対する賞賛も事実だろう。

だが、それならこそ正面切っての勝負を挑むのには充分だ。
下手な小細工を弄するよりそっちの方が自分向きでもある。

そこまで考えたとき、眼前のYF-19が手にしていた機銃――ガンポッド――を地面に置く。
投げ捨てるという動作ではないことから、弾切れではなく意図あってのことだろう。

「ま、話はとりあえずここで終わらせて決着をつけようぜ」
「そうね……こっちもそのつもりだったところよ」

ファイティングポーズを取るYF-19と、スタンポッドを装備しそれを構えるヤオとフェイエンのX-7が対峙する。
間合いから考えればリーチの差でYF-19に分があるだろう。

しかし、左右に分かれて間合いを取る二機のX-7はどちらが飛び出すかまだ動きを見せない。
それが相手に対する最大級の牽制であることをはヤオもフェイエンも後方にいるセルマもよくわかっていた。

その時、YF-19の背後で光が明滅する。
よく見れば、それがモールス信号であるのが分かる。

「展開準備完了」という内容を示すその信号を確認したヤオ、フェイエン、セルマは相手に気取られない様、通信をカットしたまま機体の僅かな動きで合図を送る。

次の瞬間、ヤオとフェイエンのX-7が先に動いた。
要するに彼女達は、これで勝てる要素が揃ったと思ったのである。

同時にセルマのX-7も信号弾の全てを空中に放つ。
直後、YF-19の後方から10近い異なる銃声が轟く。

流石のイサムもこの奇襲には驚き、一瞬YF-19の動きが止まった。
それを見逃さず、ヤオとフェイエンのX-7も加速して間合いを詰めようとする。

「な、後方からかよ!そういう手を使うか~っ!?」
「まさか、こう来るとは思わなかったでしょ?卑怯とは言わせないわよ、そんな余裕も与える間も与えてやらないんだから!」

ヤオもここまでの戦闘でPLDの火器が眼前のYF-19にダメージを与えられるとは思ってない。
この奇襲攻撃で生まれた一瞬の隙に全てを賭けた一撃を叩き込む魂胆だった。

(まだ、距離がある……だけど、相手の動きを封じて……なっ!?)

しかし、突撃の最中ヤオは目を見張る。
おそらくフェイエンも同様だっただろう。

なんと、動きが止まっていたYF-19が正面から突っ込んできたのである。
おそらく突っ込んでくる自分たちに地面へ下ろしたガンポッドを手に取るのではないかという可能性はあったし、その際は急起動の連続で射撃を交わして肉薄するという想定もしていた。

にも関わらず相手はこっちに向かって突っ込んできたのだ。
狙撃から逃げる最善の策はひたすら距離とることだが、相手の動きは「回避」ではなくこちらへの攻撃を意図した「突進」である。
まさか、相手を本気にさせたか?とヤオが思った直後YF-19から通信が入ってきた。

「悪いがこっちも突っ立っているだけじゃないんだぜっ!!」
「中佐、標的はそっちに行った!」
『えっ!?いきなりこっちに、って早い!!』

方向を修正したYF-19はそのままフェイエンのX-7に肉薄したかと思うと、そのままピンポイントバリアを展開した左腕のシールドで――――思いっきり殴り飛ばした。

防御姿勢をとったまま20メートル近く吹っ飛ばされるフェイエン機を呆気に取られて見ていたヤオだったが、次の標的が自分であることは分かっていた。
だからこそ、彼女の場合は防御姿勢をとらず敢えて一撃を繰り出す側を選んだ。

(方向転換しても間に合わないのは相手もわかっているはず、ならあいつが繰り出すのは左じゃなく右だ!)

自分の勘を信じて相手の一撃を受け止めんとするヤオ。

直後、拳と拳が激突し衝撃とそれによって生じた土煙が二機を包み込む。
煙が晴れた時、ヤオのX-7はイサムのYF-19が繰り出した右腕のピンポイントバリアパンチを受け止めていた。

「すげぇな……こいつを正面から受けて立っているなんてガルド以来だぜ……」

イサムからの通信を聞き流しながら、ヤオは状況を分析する。
現状はX-7が両腕でYF-19の右腕から繰り出されたパンチを受け止める形だ。

しかも、相手の展開しているバリアとスタンポッドの電撃が干渉し合いプラズマ放電でも起こっているかの様に火花が散っている。

(受け止めたはいいけど……このままでは押し切られる……っ!)

相対して初めて分かる脅威というものがあるとすれば、伝説的な人物だった祖父を別とすればこういう存在なのだろうという考えが頭をよぎる。
今なら皆が一方的にやられたのも理解できるし、ここまで戦ったのだからもういいだろうとすら感じてしまう。

しかし、まだ健在である他のメンバーの事を考えれば退くことは出来ないし、ましてや降伏の信号などあげるのは無理だった。
だが一方的に押され、建物の壁際に追いやられている状況では間違いなく機体に限界が来る。

その時、自分の機体が背中から押されるのをヤオは感じた。
同時に動きが止まる。

ヤオが後部カメラを見ると、セルマのX-7が背中から自分の機体を押しているのが確認できた。

「セル……あんた!」
『先輩が踏ん張っているのに見ているだけなんて出来ません!退けといわれてもその命令だけは聞けません!』
「まったく、いい後輩よあんたは……」

セルマの助力を得てヤオのX-7は力比べでYF-19との均衡を五分五分に戻さんとする。
すると、YF-19から通信が入ってくる。

回線を開くと、今度は相手の映像付きだ。
わざわざ顔を出してきた事に疑問を浮かべるより先に、相手が口を開いた。

「なぁ、一つ聞いておくけどよ。あんた模擬戦でここまで熱くなる程、俺に恨みでもあんのかい?」
「えっ?それってどういうことよ?」

思わず相手の口から出た言葉に気が抜けたような表情になるヤオ。
恐らく、背後で通信を聞いているセルマも同じような表情だろうと思ってしまう。

「……もうやめようぜ、ここまで存分戦ったし互いの力量も分かった。それに……」
「それに?」
「俺は機体のハンデがありながらここまでやってみせる根性と気力を持っている相手がいたとわかっただけで十分だ。何より意地の張り合いで仲間を傷つける必要もないだろうよ」

次の瞬間、YF-19がバリアを解除し拳を引く。
いきなりのことに、思わずヤオとセルマの機体がよろめき前のめりになるがそれをYF-19が受け止める。

「無茶すんなよ、力比べでそっちは一杯一杯だったんだぜ」
「あんたさ……結構親切なんだ……」
「ああ、美人さんやカワイコちゃんには特にな」

イサムの一言に「お世辞を言っても何も出ないってのよっ」と言い返したヤオだったが、美人と言われるのは満更でもなかった。
暫くして、残っていたDoLLSのメンバーも集結してくるがそこに剣呑な空気は無い。

同時に終始上空にいたガルドのYF-21を通じて「模擬戦闘終了。判定は全機駐機場に帰還後発表」との連絡が入った。

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