新世紀2年12月10日
長崎県佐世保市 海上自衛隊佐世保基地
時空融合まで米軍が使っていた佐世保基地港湾の艦艇係留バース。
そこに塗装も真新しい同じタイプの駆逐艦が4隻、轡を並べて係留されている。
大きさで行けば自衛隊の護衛艦としては小さめ、海軍の駆逐艦としては大型の部類に入るサイズで細身のシルエットから行けば海軍から引き継がれた駆逐艦だろう、とその場を見る人がいれば判る。
作業員や乗組員が行きかうバースの前で、この場と季節から行くと場違いと言えるようないでたちの少女が一人佇んでいた。
「変わっちゃったな……」
彼女の口を突いて出た言葉は、周囲に居る作業員や訓練の準備に忙しいクル―の耳には入らない。
いや、彼女の姿自体、今ここに居る男たちには見えないのだ。
喧騒の中、誰からも見られない少女は自分の「本体」を遠い眼で見つめ、再び溜め息をついた。
彼女の名前はDDE-1451 丙型駆逐艦「島風-01」。
日本海軍最速の駆逐艦としてその名を知られる島風型駆逐艦の長女で有り、本来であれば「唯一」の存在だったはずの艦であった。
「どうしたの『島風』?」
と、彼女の後ろから声がする。
「あ、『最上』ちゃんか……」
彼女に声をかけて来たのはえび茶色のセーラー服に身を包んだボーイッシュな少女。
ある意味、彼女も又この場所には似つかわしくない存在であるが、この場に居る必然性の有る存在である。
DDH-1431『最上』。登録上はヘリコプター護衛艦となっているが、その実態は帝国海軍航空重巡洋艦『最上』そのものである。
彼女は大型の水上機甲板を持っていたことから「はるな」型をタイプシップとした対潜ヘリ母艦として改修を受け、その姿を一新していた。
「ボクは新しくしてもらって普通に嬉しいけど、なんでそんなさえない顔してるの?」
怪訝な顔をする最上に、島風は答える。
「本当言えばもっと嬉しいはずなんですよね、脚の速さをやっと認めてもらえたし、近代化してもらったし……でも……」
「でも?」
島風は眼をバースの反対側に向ける。そこには色を白く塗り替えられ、紺色のストライプと「Japan Coast Guard 日本海上保安庁」のロゴを入れられた何隻か初春型駆逐艦の姿が有る。
彼女の眼には、衣装を着替えた幼い少女たちがそれらの駆逐艦の前で自分達の「本体」をチェックするかのように歩きまわってる姿が見られた。
「あの子たちは海保行きってのは、さみしいな、と」
太平洋戦争以前、あるいは戦中の時代から出現した旧海軍の駆逐艦のうち、排水量2,000t以下……白露型以前や松型等の駆逐艦は長距離護衛任務や対潜戦闘を主眼に据えた海上自衛隊の戦術ドクトリンに合わせた改装を行うにはキャパシティが足りず、近代化改装の上「沿海域戦闘艦( Littoral Combat Ship LCS)」に艦種を変更されたり、海上保安庁へ巡視船として編入されることが決まっていた。
これはゾーンダイク軍をはじめとした潜水艦を用いる海洋テロリスト対策の観点で中型巡視船も軍艦構造の物が必要とされたことにより大量の余剰小型駆逐艦を抱えた海上自衛隊と速力の高い軍艦構造の船舶を多数必要としていた海保の間で取引が成立し、室蘭・大神をはじめとした各地の工廠にて突貫工事で改装が進められており、決定から一年ほどが過ぎた新世紀2年12月の時点では海自から海保への引き渡しが始まりつつ有った。
その中で海保へ移籍したのが、軍縮条約のあおりを食らってトップヘビーな設計となった初春型駆逐艦である。
後世では失敗作と言われる初春型だが、海保ではトップヘビーを解消すれば十分運用可能と判断した結果譲渡が決まったという経緯があった。
「私達も海保行きって話有ったのに、なんか海自に残れたのがちょっと罪に感じちゃうんですよね」
島風型の立ち位置は、融合直後はかなり微妙な所であった。
クリーン状態で有れば40.90ノット、実戦装備で有っても38.5ノットと言う快速も対潜戦闘では余り効力はなく重雷装に関してもミサイル中心の戦術となっている自衛隊では無用の長物であり、性能を活かすと言う点ではむしろ司令船として海保行きの可能性も有ったのだ。
それが変わったのが、ゾーンダイク軍をはじめとした海洋テロリストの使う潜水艦が常軌を逸した高速艦を使い、さらに艦隊規模で襲ってくると言う事であった。
さらに言うと、島風型が島風一隻だけではなかったことも「自衛隊で活用する」方向で決まった理由の一つでもあった。
彼女をはじめ、さまざまな世界から「島風」が出現していたのだ。
他にも「播磨」と同じ世界で4隻のみ建造された「島風型」も出現しており、合計8隻の島風型が出現していたため「高速対潜汎用フリゲート」として活用することとなったのだ。
そうして改修工事を受け、「護衛駆逐艦(DDE)」として生まれ変わった最初の島風型4隻の一人として、島風は佐世保で3隻の妹達、そして最上とともに年明けからの訓練に備え、待機していたのである。
「そうなんだ……でもさ、そんなこと言ってたらボク達はやってけないって」
最上はそう言うと大げさに両手を上げ、笑顔を見せる。
「ボクもなんか無茶苦茶変わっちゃったしね……。主砲が駆逐艦サイズになっちゃったもんなぁ」
最上もまた、推進機系のCOGLAG化や対艦・対空を主眼に置いた兵装の変更、ヘリコプター搭載を前提に置いた飛行甲板の改造、フィンスタビライザーの設置が行われていた。
そのため上部構造物も日本海軍艦の特徴であったパゴダマストからQYQ-10戦術情報管制システムとステルス性を意識した、イージス艦を思わせる台形の物に変わり、大きくその印象を変えていた。
「駆逐艦サイズって……まぁ確かにそう思われちゃうかも」
最上のぼやきに、一瞬ムッとした島風も思わず噴き出す。
20.3cm連装砲3基6門だった主砲は飛行甲板の大型化に伴いOTTメララ/剣菱製127mm単装2基へ変更され、対空ミサイルや07式垂直発射魚雷投射ロケットを運用出来るMk.41Mod.3型VLSが6基、計36セル設置されたほか90式艦対艦誘導弾の3連装ランチャーも2基搭載しており、短魚雷や同時に3機が発着艦可能なSH-60K対潜ヘリと合わせれば、対潜戦闘能力はかなりの物である。
これは、時空融合によって多くの戦艦や戦艦と巡洋艦の間を埋める巡洋戦艦あるいは装甲巡洋艦という水上砲戦能力に勝る艦艇が多数出現したことも関係している。
これらの艦艇が出現したことで相対的に砲撃プラットフォームとしての重巡洋艦の水上砲戦能力は低下し、同時に水雷夜戦能力も無用のものとなった。
また、各世界から集められた様々な情報・戦訓を参考にしたところ、第二次世界大戦から僅か数年で第三次世界大戦が勃発した世界では巡洋艦、駆逐艦は対空及び対潜能力を重視した改装がほぼ全ての艦艇で行なわれた事も判明。
これにより、島風や最上も近代化改装で対空・対潜能力強化を優先されたのである。
もっとも、最上の場合は対潜母艦のテストベッド艦的な扱いを受けており最終的にどの案が決定するかは決まっていない。
一方で、最上の姉妹艦では三隻のうち「鈴谷」「熊野」が簡単な近代化改装を受けた後、昨年秋に出航した大西洋調査艦隊に参加しており、こちらは帰還後に最上の運用結果を受けた本格的な近代化改装がなされる予定となっている。
もう一隻の姉妹艦「三隈」は最上と同様テストベッド艦としての改装を受けている。
こちらは、最上よりも対空能力の強化に力を入れており、対潜装備はVLSから発射出来る07式垂直発射魚雷投射ロケットと追尾型爆雷の装備で済ませている。
最上と三隈の改装形状、どちらが採用されるのかはテストの結果次第であろう。
「でもさ、島風の方が改造度合いって言う点なら凄くない?」
と言いながら、最上は居並ぶ島風型を見やる。
島風型の改造内容は、最上型が有る意味ペイロードの大きさを活かした「順当な近代化」であるのに対して俗に言う「魔改造」とも言えるものだった。
QYQ-9E相当の戦術情報管制システム搭載(小型汎用護衛艦計画のため、汎用高速コンピュータをベースにして小型化が図られている)のため艦首には新開発のOQQ-24型ソナーを内蔵したバルバス・バウとバウ・スラスターが取りつけられ、主推進機系は配置の適正化を図る意味も含めて艦本式ボイラーと蒸気タービン2基の構成からガスタービン2基+ターボエレクトリックのCOGLAGへ変更、超電導磁石同期モーターによって駆動されるスクリューはそれ自体が独立して動くポッドに納められたアジマス・スラスターになっており、20ノット以下の速度で有ればタグボート並の機動性を誇る(改装関係者の間では冗談として「フルバーニアン駆逐艦」とも言われている)。
さらに基本の艦体構造のみを残して武装をモジュール化したコンテナとして搭載する「スタンダード・フレックス」の考えを取り入れることにより目的に合わせて有る程度武装を変更することが容易になって居るのだ。これはもともと限界設計とも言える島風型に余力を与える意図も有る。
上部構造物についても魚雷発射管の撤去は無論だが、マストとブリッジについても動力系の変更による煙突の集合化がおこなわれ、艦橋に至ってはステルス性を意識した結果艦首のブルワークと一体化したようにも見える、小型艦艇用フェイズドアレイレーダー(SPY-4)と一体化した平面構成の異様なフォルムの物に変わって居た。
武装コンテナを取り外した状態で有れば、クルーザーヨットのような優雅さすら感じさせるシルエットだ。
「確かになんか、駆逐艦って感じのしない形になっちゃったなーって思ってました……」
柵に持たれたまま、島風はがっくりと肩を落として笑う。
対潜駆逐艦にステルス化と言うのも妙な気もするが、島風型は「超高速潜水艦隊を撃滅するための戦術」そのものの研究のための意図も持たされているが故のデザインとも言える。
ちなみに排水量も大きくなり、2,650tだったものが3,050tほどになって居た。
あまつさえ、SH-60Kの搭載は無理な島風型だけでも対潜戦闘が有る程度行えるよう、ヘリの代わりとして無人ティルトローターQSV-02「ファルコン・アイ」が2機搭載されており簡易ヘリコプター護衛艦とでもいうべき能力まで追加されていた。
ここまでやるなら新規建造の方が安いのでは、と思われるが新規建造では設計から進水・竣工までに2~3年は掛ってしまうため、緊急に必要な性能の艦をそろえる事と余剰艦の有効活用の意味も含めての改造で有った。
「話変わっちゃいますけど、『島風』を名乗れたのは私だけですしね……」
それぞれの別の世界から現れた4隻の「島風」は艤装の施されていない進水直後の状態で有ったり艤装工事中の状態で有ったりした為、島風型8隻を整備する予定であった第五次艦艇補充計画で決定していた艦名を選び、それぞれDDE-1450番台のハルナンバーとともに1452「山雨」1453「秋雨」1454「夏雨」の名前が付けられていた。
ちなみに「播磨」と同じ第三次世界大戦が1950年代に起こって居た世界の「島風級」は「島風」程大胆な改造を施すことが出来ず推進系もCOGAG(Combined Gas turbine And Gas turbine)に留まっており、性能面ではやや差が付いてしまっている。
この4隻は「三隈」と戦隊を組み、VLS・速射砲・SeaRAMを中心にして対空防御を重視した設計の改造が施されていた。
もっとも「播磨」と同じ世界から来た最大級の駆逐艦は秋月級駆逐艦の拡大発展型である「満月(みつづき)」級であり、その排水量は近代化改装を受けた島風を上回る7,000トン超である。
5,500トン軽巡洋艦を上回る排水量と145メートルに及ぶ全長、そして初期のものでありながら複数の攻撃目標を設定できるFCS(火器管制システム)を装備した「満月」級は、元の世界では防空艦における巡洋艦と駆逐艦の区分を消滅させた存在でもあった。
「満月」級駆逐艦の存在が知られた当初、海上自衛隊の自衛官や他世界の海軍軍人には「その内10,000トンを超える“駆逐艦”が出現してもおかしくないな」と言った者もいたそうだ。
実際にアメリカに総排水量14,500tにも達するズムウォルト級駆逐艦が存在することを聞き、絶句したそうである(あたご型護衛艦に関しては旧海軍出身者からははっきりと「主砲口径が駆逐艦サイズとは言え、アレは百歩譲って軽巡洋艦だろう」と言われていた)。
このクラスとなれば自衛隊でもこんごう型に匹敵する大型艦であり、はたかぜ型に施される予定であった「ミニ・イージス」を装備したうえで船団護衛部隊の主力として期待されていた。
「満月型の子見た時は絶句しましたよね……。私達と同じ「海軍」の艦で5,500t軽巡より排水量の大きい駆逐艦だなんて……」
「歴史の変化、ってやつかな……あとさ、島風」
そう言うと最上は少し眉をひそめ、困ったような顔を見せる。
「あの子達は『型』じゃなくて『級』なんだよ、すっごく紛らわしいけどさ」
最上の言うように、日本連合において艦艇を把握する上で現場の自衛官や旧海軍の軍人達、そしてミリタリーマニアの間で話題になるのが艦の呼称である「級」と「型」であった。
艦艇が同じものでも、出身世界によって「〇〇級」や「〇〇型」という様に末尾の形式を示す呼称が異なっていることが多かったのである。
この表記は公文書にも及んでおり、この表示をどうするのかは艦艇の管理を担当する現場担当者も混乱していた。
しかし、一方で「元の出身世界がどこだったのか判別する目安になる」ということで公文書でも相変わらずごっちゃにして使われている状態が現在も続いているのである。
暫定的には排水量や全長ごとの区分に「級」を用いて、細部のマイナーチェンジによる形式変化等の区分に「型」を用いるという使われ方をしているが、あくまで「暫定的」な処置であることに変わりは無い。
「先ほどから聞いてましたけど、歴史の変化で驚いていては今後が大変ですわよ」
島風と最上の背後から響く凛とした声。
彼女達が振り返ると、そこには新たな船魂が立っていた。
金髪碧眼の外見から察するに、欧州諸国のいずれかの海軍から融合後に日本連合へと編入させた艦艇だろう。
だが、そこで島風も最上も思い返す。
確か、現在の佐世保には海外からの編入組である艦艇は入港してないはずだと。
「えーっと、あなたは……?」
「誰?」
顔を見合わせたあと、目の前の船魂に尋ねる島風と最上。
「わからないかしら?私からすれば、『島風』さんも『最上』さんも十分巡洋艦や戦艦並みですわよ」
「え……もしかして!?」
「…………あああああああ!まさか!?」
「そう、そのまさかですわよ」
そこまで言われて二人は思い当たる艦艇を思い出したのか驚きの声を上げる。
「「『畝傍』さん!」」
「大当たり~~~。でもここまで言われないと思い出しても貰えないなんて、私はやはり過去の遺物なのね……よよよ……」
そろって船魂の名前を叫んだ二人の前で「畝傍」と呼ばれた船魂はわざとらしくさめざめと泣いてみせる。
もちろん演技だが。
畝傍、それは日本海軍史上最大の謎の一つである「畝傍亡失」の主役である防護巡洋艦の名である。
来るべき日清戦争を前にして、フランスで発注されながらもシンガポールを経由して日本へ回航される途中で失われた悲劇の艦。
その原因が不明だったことから当時の日本では清国や海賊に襲われたとか、あるいはロシアに拿捕されたなどの噂が流れたものだった。
そして、二人の前に現れた彼女こそ畝傍その艦の船魂だったのだ。
「そりゃ大騒ぎになりましたもんね。色々と」
最上がくっくっくっと思いだし笑いの声を上げる。
「畝傍出現」は時空融合当初、大騒ぎとなった事件の一つでも有った。
沖縄から南シナ海海上を捜索していたP-3Cが恐ろしく旧式の艦が航行している事を知らせて来たのは時空融合から3日程過ぎた日の事。
無線機を積んでない畝傍とのコンタクトのために航空機やヘリコプターを使えず、当時はまだ芦ノ湖行きとはなって居なかった「薩摩」をはじめとした旧式艦を中心にした調査艦隊を編成し、どうにか説得の上長崎に回航したのであった。
「そういえば、畝傍さんは確かフランス生まれ……すっかり忘れてた」
「ですけど、どうしてここに?今は確か武装を降ろされてこっちに来る予定なんてなかったはずなのに」
最上の言うように、日本へ無事到着した畝傍だったが明治の初期に建造された彼女は既に完全な旧式艦扱いであり、新世紀に入って立ち上げられた艦政本部も近代化改装をしたところで使えないという判断を下していた。
要するに、日本へ到着するや「戦力外通告」を突きつけられたのである。
「新造されて到着したら即退役」と言う、悲劇と謎に満ちたヒロイン……のはずがどうみても喜劇の主役になってしまった形だ。
ミリタリーマニアの間では「生まれた時からニートの宿命」等とすら言われる始末である。
本来ならこの時点で畝傍は柱島泊地の旧式艦及びトンデモ艦の集積場、通称「解体待ち場」に送り込まれて解体されるのを待つだけだったのだがこれに対して強硬に反対した人物がいた。
畝傍を日本に回航する任を授かっていた飯牟礼俊位 大尉をはじめとする日本側の乗員(畝傍の乗員は多くが外国人であり日本人の乗員は10名に満たなかった)や畝傍と同時代から出現した海軍の軍人達である。
RPG風に言うなら「それをすてるなんてとんでもない!」と言わんばかりに彼等は各方面に自分達の持てる伝手を用いて畝傍の「助命運動」に動いた。
この時、時空融合で出現していた洋画家の山本芳翠も畝傍の亡失と共に失われたフランス留学時代の作品が自分の元に戻ってきたことで「自分の作品を運んでくれた畝傍を解体させることはまかりならん」とこの運動に参加している。
結果として、これが連合政府の耳に入るに及んで旧式艦艇の取捨選択が再検討され、畝傍はなんとか解体を免れたのである。
実は、この時の出来事が後に幕末から明治の初期にかけて建造された歴史的に価値のある艦艇を救うきっかけにもなったのだ。
その代表的な例が北海道の函館港に展示されている「開陽丸」だろう。
史実では江差沖で沈没した蝦夷共和国の主力艦である開陽丸が、時空融合によって函館の五稜郭に立て篭もっていた蝦夷共和国の関係者と歩調を合わせるがごとく出現したのである。
蝦夷共和国の降伏と日本連合への編入後、開陽丸は沈没した江差に復元された物があるので同じ物は二隻もいらないということから解体の対象になっていたのだが、畝傍の「助命運動」に端を発した一連の出来事で保存が決まった。
開陽丸は現在函館港に動態保存されており、他の蝦夷共和国所属だった軍艦や同じく時空融合で出現した新政府軍の主力艦であり敵同士だった「甲鉄」と共に函館港の観光スポットになっているという。
一説によると、開陽丸や甲鉄は函館市に出現するイカの姿をした宇宙人の侵略に対抗する為、近代化改装を通り越した大改造が施されており一部にオーバーテクノロジーまで組み込まれているらしい(例えるならば、『大和型一隻、予算に糸目をつけなければ本当に宇宙戦艦ヤマトに出来てしまうレベル』とのこと)。
五稜郭の修復が急がれたのも文化財保護の観点よりむしろ五稜郭そのものが飛行能力を有する機動要塞であることを隠蔽する為だったと言われている。
他にも五稜郭の脇に存在する五稜郭タワーは巨大変形ロボであったり、明治時代に開発されたという光線兵器が配備されているとか、函館山は要塞化されていて列車砲も真っ青な巨大榴弾砲が配備されていると一部では囁かれている。
あくまで「噂」に過ぎないのだが……。
さて、話は再び佐世保に戻るが最上に笑われてた畝傍だったがそれを気にする様子も見せず島風や最上が繋留されている先を指差してみせる。
「本日の早朝、入港しましたのよ。ご存知なくって?」
「へ、今朝って?」
「マジで!?どれどれ……あ、本当だ」
島風と最上の見た先には、「最上」を真ん中にして左手に「島風」が姉妹と共に繋留され、右手には巡洋艦より大型の艦艇が数隻繋留されている。
その大型艦に隠れるような格好で停泊している他と比較して大時代的な外見の艦艇……それが改装を終えた「畝傍」であった。
「へー、あれが新しくなった畝傍さんかー」
「武装が無い分だけスマートに見えるね」
「こう見えても、今の身分は『練習艦』ですのよ」
二人を前に畝傍は嬉しそうだった。 彼女が言うように今の畝傍は近代化改装の後、海上自衛隊の練習艦に所属を変えて次世代の水兵を育てる立場にある。
解体を免れたものの、今の日本連合に艦艇を遊ばせる余裕はそれほど無く畝傍の様に最前線へ出られない旧式で尚且つ通常航行に支障の無い艦艇は練習艦として改装されていた。
畝傍も新世紀2年に入ってすぐ大神工廠のドックで近代化改装を施されている。
この改装で畝傍は、外見こそ明治時代のままだが中身は最新鋭の物に生まれ変わった。
日本側の意向で搭載されていた過大な武装は全て撤去され、これにより復原性が大幅に向上した。
機関は石炭焚きの蒸気機関から電子制御式の中速ディーゼル機関に、スクリューも可変ピッチ型へとそれぞれ換装されており船底にはスタビライザーとスラスターを追加している。
一方、上部構造物に目を向けると二本あった煙突は機関のコンパクト化により一本になり改装前と印象が大きく変わっている。
しかし、最大の特徴は三本のマストであろう。
その数は改装前と同じだが、その構造材は最新の複合素材を用いている上にコンピューター制御で駆動する。
もはやここまで来ると完全に別物の艦になっていると言っても過言ではないだろう。
「前線に出ることは無くてもこれで『ニートの宿命』とか『母港警備艦』の汚名を挽回できますわ」
「畝傍さん、そこ違うそこ違う……(汗)」
「汚名を挽回してどうするんですか……(汗)」
某重武装テロリスト幹部もかくやの畝傍の言い間違いに、思わず最上と島風は全力でツッコミを入れる。
「あ、あらら……そうでしたの?」
「「そうですよ!!」」
思わず顔を赤くする畝傍に二人は(やっぱフランス生まれだから日本の諺知らんのか)と思ってしまう。
一方、畝傍の方はというと気を取り直して話を続ける。
「冗談ですわよ……とにかく、お二人の会話を聞いてましたけど私の場合は一度解体の危機にあった身ですから多少の事では動じませんけど、そんな調子では先が思いやられますわよ」
「はーい。でも畝傍さんは前線に出られないのが残念じゃないの?」
畝傍は元々、清国との戦いを想定して建造された艦である。
大西洋調査艦隊の旗艦だった「越後」の様に戦うことを嫌う船魂もいるが、畝傍の場合はその建造された時代背景や経緯からすると好戦的であっても不思議ではない。
解体の危機を乗り越えたと言えど、やはり前線に出たい気持ちがあるのではと思った島風は思わず尋ねてみた。
「平気ですわ。島風さんの言うように前線へ出てもお国の役には立てませんが、その分次世代の水兵を送り出すのが私の任務と思ってますし、それに……」
「それに?」
「この『畝傍』の艦名も一代限りではなくちゃんと継いでくれる子がいますから」
「へぇー、そうなんだ」
畝傍の言う様に、亡失という事態からその艦名は不吉であるとされ一代限りで終わったのだが時空融合による出現でその名前の意味が変わった。
人間というのは現金なもので、現在は海自や海軍関係者の多くが「畝傍の名は亡失からの復活を成し遂げた幸運を呼ぶものである」という見解を示している。
そしてこの度、時空融合後に一から設計及び起工する最新鋭艦(02BCH)に「うねび」の名が与えられる事が決まったのだ。
この新「うねび」型は空母部隊や戦艦の護衛を務める高速大型重巡タイプであり、艦様としてはステルス性を考慮し米海軍のズムウォルト級駆逐艦を拡大したような形になっている。
これは既に近代化改装が完了した「大和」「武蔵」に続く他の戦艦が改装による打撃護衛艦へのステージに進む為の実験台としての側面もあるため、駆逐艦サイズではなく巡洋戦艦サイズで設計されたのだが、ステルス性を意識した結果のタンブルホーム船形がたまたま「畝傍」と類似していたが故、丁度的確な名前だったとも言える。
事実、うねび型護衛艦から得られたデータはその後の戦艦「播磨」をはじめとする戦艦や巡洋戦艦の近代化改装を主眼に置いた「第二次近代化改装計画」や「新規建艦計画」において大いに役立ったがそれはまた別の話である。
「名前を継ぐか……そういえば私の『島風』ももとは二代目なんですよね」
「案外、新しい最速艦に島風の名前が受け継がれるかもねー」
「あら、島風さんは3代目が居らっしゃるでしょ?」
畝傍の言葉に、島風は顔を曇らせる。
「…あの子は……。どうなんですかねぇ。30ノットしか出ない時点で何となく認めたくないような、ちょっと複雑です」
島風の言う「あの子」とははたかぜ型護衛艦、DD-172「しまかぜ」のことである。
一応名前は同じだが、速力に拘る島風にとっては自分より10ノットも遅い「しまかぜ」の事を自分の名前を継ぐのにふさわしいのか疑問があった。
いや、むしろ不満があったと言うべきかも知れない。
「少しでも話が出来ればよかったんですけど」
島風はしまかぜの船魂と会った事がない為その辺も聞く機会が無かった。
しかも、時空融合で出現した時点ではまだ新しく近く退役するという予定も無いらしい。
「なるほど。島風は速さこそ一番と思っているものね」
「でも、もしかしたら……」
畝傍の言葉に島風と最上は首を傾げる。
「島風さんの速力がどれほど有効か実戦で証明されれば3代目さんをそういう風に改装しようとする人も現れるんじゃないかしら?」
私だってそうだったのですから、と畝傍は言ってみせる。
そう、言われてみれば日本連合の技術者は良くも悪くもそういった方面に全力を傾けようとする「技術屋」で「職人」が集まり「変態企業(もちろん褒め言葉である)」を経営しているのだから。
同じ頃、場所は変わって神奈川県横須賀市の横須賀海軍施設ドック。
時空融合以前から戦前は海軍の、戦後は自衛隊や在日米軍の艦艇を建造、修理、整備してきたこのドックは融合後もその任務を果たしている。
融合前と変わった所といえば、出現した世界が21世紀の初期(2010年代)からの部分と大幅に規模が拡張された世界からの為その規模が拡大したことと、SCEBAI等の研究施設から協力を得てレールガンや核融合炉、電子戦兵装の開発を行なっている事だろう。
事実、大西洋調査艦隊の旗艦である「越後」の近代化改装が行なわれ、潜水艦「青の6号」こと「りゅうおう」の量産型一番艦「たつなみ」が竣工したのはこの横須賀工廠である。
そのドックの一つにて、入渠している護衛艦を前にエンジニア達が話し合っていた。
彼らの目の前にあるのは一隻の護衛艦であるのだが、特に老朽化しているわけでもなければ深刻な損傷があるわけでもない。
話題になっているのはその改装内容だった。
「船体をストレッチして現在の150メートルから175メートルに、機関もCOGAGからCOGLAGに変更か……出来ないことは無いがなぜこの時期に?」
「それはどうやらこの艦の名前に関連しているみたいですよ。なんでもこの前改装された“あれ”に触発されたらしいそうでして」
「ああ……そういうことか」
若いエンジニアの一人からそう言われた現場のリーダーらしき年配のエンジニアが艦首を見上げる。
視線の先には「DD-172」の番号があった。
その艦の名は「しまかぜ」という。
おそらくは、旧海軍の最速艦が近代化改装されながらその名前を告いだ海自の護衛艦が30ノットという「鈍足」では「しまかぜ」の名が泣くという話がどこからか出たのだろう。
1980年代に建造された護衛艦は多くがソフトウェアの更新程度で稼動している状態だが、今後は近代化改装の対象になるのは間違いない。
そのためのモデルケースに選ばれた可能性もあるとエンジニア達は思った。
そもそも対艦強襲雷撃が目的の島風型と対潜攻撃が目的のはたかぜ型ではコンセプトが違うのだから無意味だ、と言う意見も有ったが、50ノットオーバーの高速潜水艦を相手にしなければいけない以上は「戦術の可能性」を確かめる価値はある、と言う事で本来ならミニ・イージス化等が主体になるはずのはたかぜ型の近代化改装に「高速化」と言う条項が加わったのである。
しかし、機関を換装するだけでは速度を稼ぐことは難しい為、船体をストレッチして速力を稼げるようにするという方法を採用しこれにより拡大したスペースに武装を追加するという改装案が採用された。
入渠したばかりの「しまかぜ」が改装を終えるのはまだ先の事だが、改装完了の暁には先代にあたる「島風」と共同作戦を取ることもあるだろう。
「あっちの『島風』と顔合わせたらどう思うか、だな……まぁどう改装していくか?」
年配のエンジニアの方が視線を落とし、考え込んだ顔を見せる。
「平賀さんなんかノリノリで『核融合炉と電磁推進とかもやろうか?』とか言ったそうですが……いくらなんでも噂だと信じたい所ですが」
「そこまでやるなら新造した方が安いだろ……。っていうかあの保守的な人がそんな発想するか?」
そう言いながら、視線を向けた先にはこの横須賀一の「秘匿艦」の姿。
外側に何もついてないようにも見える、異様なほど直線基調のシルエットを持つその艦は正確には海上自衛隊の艦ではない。
「此奴を戦力にできれば強力なんですけどねぇ……」
「無理いうな、こいつは『沈んだことになってる』艦なんだから」
その艦の名はエルム・ズムウォルト級駆逐艦3番艦、DDG-1002「リンドン・B・ジョンソン」。
西暦2018年ごろからこの世界に現れたアメリカ第七艦隊所属のこの艦は、米本土の異様さにいち早く気づいていた在日米軍の将官らが撤退時に日本連合首脳部と接触し、『将来米国本土で何らかの政変などが発生した際、日本連合は抵抗組織への支援を行ってほしい』と言う事の約束とその証拠として譲渡されていた。
国防総省には「融合直後の敵性体との戦闘で攻撃を受け撃沈。乗員は全員救出」と言う事で通達されているが実際にはその戦闘には参加していなかった。
出現時代がほかの在日米軍と離れていたことも有り、この艦を知る将兵があまり居なかったことで国防総省に怪しまれる事なくリンドン・B・ジョンソンは書類上の「幽霊」となったのだ。
それ故に大手を振って自衛隊の戦力にすることはできないが、この艦の構造や武装を解析することで旧海軍艦艇の改修や新型護衛艦の参考にできる……と考えた艦政本部は復元が可能なレベルで解体し、解析を続けていた。
その結果の一つとして設計が進められているのが02BCHこと「うねび」型である。
この「うねび」型護衛艦は主砲に電熱化学砲、副砲にレールガンを持つハイテク艦として建造されているため核融合炉を動力機関とし、電磁推進も一部的に併用されている。
こういった「未来的装備」の多くは新造あるいは「基本艦体だけできている状態」で出現した艦だからこそ出来る芸当であり、完成済みの艦の改装でこういった改装を行えたのは「越後」「播磨」等限られた艦だけであった。
もっとも、サイズ的に余裕がありライフサイクルの長い戦艦や航空母艦といった大型艦クラスでは、核融合炉の搭載までなら近代化改装の範囲で可能だった艦艇が多かったのだが。
まさに「次世代の護衛艦」ならぬ「新世紀の護衛艦」にふさわしい設計がなされている「うねび」は未だその全体像を見せてはいない。
しかし、この艦が一度戦場にその姿を現せば間違いなく日本連合を守る盾と矛の役割を十全に果たすだろう。
ここで話は再び佐世保に戻る。
島風、最上、畝傍の船魂が話していると、もう一体の船魂が現れる。
彼女も金髪碧眼というのを見ると、畝傍と同じように海外で発注された艦艇の船魂なのだろうか。
それとも、佐世保に海外から編入された艦艇が入港したのか。
「あの~『畝傍』さん、私もいるのですが……」
「あ、あら御免なさい。すっかり忘れてましたわ『千島』さん」
「千島さんって、畝傍さん一隻じゃ無かったんですか?」
「今じゃ練習艦の航海は近海であっても万一に備えて複数で行なう事になっているそうだから最低もう一隻いると思ってたけど」
新たに現れた「千島」と呼ばれた船魂を見たあと島風と最上は再び畝傍が停泊している場所をよく確認する。
すると、畝傍の隣にもう一隻小さな艦艇が停泊しているのを見つけた。
「あー、あれが千島さんかー……小さいね」
「畝傍さんより小さいから気がつかなかったわ」
「うう、小さいのは事実ですがそう何度も言わないで欲しいですー」
島風と最上の言葉に千島は抗議の声をあげる。 しかし、実際そのとおりなのだから仕方が無い。
千島の全長は71メートル、全幅は7.8メートルだが、これは畝傍のそれである98メートル、13.1メートルと比較しても一回り小さい。
最上の200.6メートル、20.6メートルや島風の120.5メートル、11.2メートルとは比較にならないのがわかる。
「まぁ、後の世界の方々に比べると、私達はホント小さいですよねぇ……」
畝傍の言葉に、さっきまで7,000tに達する満月級への驚きを口にしていた島風と最上は何とも気まずい顔をする。
もっとも「大艦巨砲主義」の道を突き進んだのは日本だけでなく多くの世界では「それが当然の流れ」だったのだから彼女達が悪いわけではないのだが。
「軍艦の巨大化はどこの世界でも共通みたいでしたから、人間の考えることって皆同じなのでしょうかねー」
彼女達の中で最も小さい千島の言葉には、ある意味説得力がある。
同時に彼女の横で畝傍も「うんうん」と頷いていた。
「あー、とりあえず話変えましょうか?千島さんも回航中にこっちへ出現したのですか?」
「私も気になります。畝傍さんの時と違って千島さんってそれほど話題にならなかったですから」
これ以上ツッコミを食らうのは少々気まずかったのか、最上も島風も千島が出現した当時の話を彼女に聞くことにする。
ちなみに最上や島風は竣工後に乗員ともども出現していた。
「私の場合は日本に回航されて、長崎に到着したあと神戸に向かうところで他の船と衝突しそうになった時に巻き込まれたんですー」
「衝突直前って、ぶつかった後に出現していたら大惨事だったわね……」
「ですねー。改装中に他の方から『最悪沈んでた』と言われましたからー」
千島から融合直前の話を聞いて最上も流石に驚く。
事実、千島はフランスで竣工後に日本へ回航されたが愛媛県沖でイギリスの貨物船と衝突し沈没という運命を辿っている。
これは当時「千島艦事件」と呼ばれ、日本とイギリスの国際裁判になったほどだ(結果はイギリス側の和解案を日本が受け入れたことで決着)。
畝傍と千島、日本へ回航される際に沈んだ艦が揃って日本連合に無事到着し健在であるというのは不思議な偶然と言えた。
「それじゃ、千島さんもその後練習艦に改装を?」
「はいー。いきなりドックに入ったかと思ったら武装を外されてそのほかあちらこちらに手を加えられましたからー」
「畝傍さんと同じか……」
「そういうことですわね」
「でも、手を加えてもらってから足は速くなりましたよー」
「え!?」
「足が速くなった……」
千島の何気ない一言に島風は思わず「キュピーン!」と音が響きそうなぐらいの反応を示す。
例え他の艦でも速度が話題になれば聞き逃すわけにはいかなかった。
「で、何ノットまで上がったんです?」
島風の眼は三日月のように細くなり、典型的な「難波の商人」のような笑みを浮かべている。
他の船の速度も、彼女にとっては興味の対象なのだ。
「えーっと、改装前は22ノットでしたけどー。機関を換装しまして、スクリューも最新型にしましてー……」
「うんうん!それで、それで?」
改装前の速度が22ノットというのを聞いて思わず(勝った!)と思った島風だったが、改装後の速度を聞いてみないとまだわからない。
「島風さんはいつもあんな感じですの?」
「えー、島風は帝国海軍の最速艦でしたから……」
その様子を見て畝傍が最上に尋ねると、最上も思わず苦笑しながら後頭部を掻いていた。
「言っておきますけど、千島さんは元々通報艦ですから快速ですし……それに改装後も速度はかなりのものですわよ」
「え……」
「彼女の性格はああですけどね」
畝傍と最上の話している間も島風は千島と話を続けている。
「で、今はどれぐらいまで出せるんです?」
「えー、確か改装後の公試運転で出した速度がー」
「…………ゴクリ」
「確か36ノットですー」
「36……やった!勝ったー!!」
千島の最高速度が自分より遅かったことで島風は思わずガッツポーズして喜んでみせる。
その姿は、まるで身体測定の際にクラスメイトより胸のサイズが成長していたのを喜ぶ女子学生のごとしだ。
一方、傍でその数字を聞いていた最上は絶句する。
36ノットといえば近代化改装を終えた艦艇なら大型艦クラスでも出せる速度だが、千島の様に建造年代の古い艦艇で出せる速度ではない。
思わず隣にいる畝傍へ尋ねる。
「千島さんの最高速度って速すぎません?異常でしょ?」
「私の改装後に出した最高速度でも23ノットでしたわよ。でも千島さんの場合は改装を担当した人がちょっと変わり者だったそうでして、なんでも動力に……」
「動力に?」
「撤去した島風さんの高圧缶を一部流用したそうなんです」
「え?今なんていいました?」
畝傍の一言に最上はもう一度聞き返す。
聞き違いでなければ、とんでもない事を言われた筈だ。
「ですから、今の千島さんは島風さんに搭載されていた高圧缶の一部を搭載しているんです」
「…………マジですか(大汗)」
「ええ、私も知った時びっくりしましたわよ」
千島が改装後に非常識な速度を出せるようになったのは意外な理由だったが、元からこのような改装が想定されていたわけではない。
本来ならば、改装前と同じ5,000馬力の中速ディーゼルエンジンあたりを搭載しても非武装状態の千島なら数ノットの速度向上は見込めるはずだった。
しかし、千島を練習艦へ近代化改装する際にその指揮をとった人物が変わり者だったことで近代化改装は迷走いや暴走をはじめる。
彼女の担当だった技術者は「明治時代の艦艇でどこまでの速度が出せるか試してみたい」と考えていた人物であり、ただの近代化改装に興味はなかった。
「同じ速度を出すならこれぐらいは出したいものだ」
話し合いの席上、そういって千島の改装を指揮する彼――涼宮という――はホワイトボードに目標速度を「30ノットオーバー、35ノットオーバーならなお良し!」とマジックで書いた様な人物である。
そこに変わり者だったからCOGAGやCODLAG、COGLAG、核融合炉という機関で満足するはずが無かった。
同じ頃、島風が近代化改装にあたって撤去した高圧缶がちょうど宙に浮いた状態となっていたのでこれに目をつけた彼らは「今後の研究の為に貰い受けたい」と適当な理由をでっち上げてこれを入手した。
もちろんそのままでは搭載できないので、電子制御可能な改造を加えた上で、高圧缶3基のうち2基を搭載することとした。
こうして、千島の近代化改装は完了したのだが、改装後の艦艇は行き先が海自であれ海保であれ「完成検査」を受けて合格となって初めて使用可能になる。
当然この事を知っていた彼等は「近代化改装で直接お偉いさんがやって来て検査するのは大型艦だけ。千島みたいな小型艦は書類提出で十分だろう」と機関には当初の仕様通り電子制御ディーゼル機関を用いたと記した書類を提出したのである。
しかし、彼等はここで重大なミスをやらかした。
当初搭載する予定だったディーゼル機関は他の艦艇に回したのだが、この艦の書類を提出する際に機関の製造番号と登録番号に千島の書類へ書き込んだのと同じものを記載していたのだ。
これを艦政本部が見逃すはずが無く大騒ぎになった。
新世紀2年春に発覚した技研の統制違反から間もない時期であり、艦政本部は強硬な姿勢で「これは一体どういうことだ?」と関係者に説明を求めたのは当然である。
だが、現場指揮担当の涼宮と、千島の改装に際して設計を担当したサブリーダー――朝倉という――は、艦政本部からの質問に対して「前の書類に手違いがあった。改めて提出する」と書き付けた文書を提出し艦政本部を唖然とさせた。
こうなると、いよいよ艦政本部も彼等のやらかした行動に対して少々荒っぽい形で決着をつけるしかないと考え、強硬手段に出た。
つまり、遠まわしに「誤魔化したり拒否すればどうなるか判っているのか」と表現した一言を付け加えた上で千島に関する全書類の提出を命じたのである。
それから程なくして段ボール箱にして数十個分の書類が送りつけられたのだが、それらは言うなれば「不良文書の山」であった。
設計図や工程表の全てが正規の書類とは異なる内容になっており、その上書類のあちこち――余白、裏面の至る所――に当事者以外には理解不能な文言の数々が記されていたのである。
なにしろ上は予算のケチり方と余った分をどこの艦の改装に回すかというものから、下は会議の最中に引き抜いた鼻毛の本数と長さの最高記録まであらゆる事が書かれていたのだからこれはもう無茶苦茶を通り越した得体の知れない何かと言っていい。
そのあんまりと言えばあんまりな内容にとうとう艦政本部の担当者は書類をぶん投げて不貞寝してしまった。
本来なら今すぐにでも首根っこ引っつかんで彼らを加治首相の所まで連れて来たかったというのが艦政本部ひいては防衛省の本音だったのだろうが、千島以外の艦艇は当初の仕様通りに完成しており問題もなかった。
要するに千島一隻だけがこのような「違反」を犯していたのである。
しかも、冷静になって考えると問題となっているのは「当初の予定と異なる機関を搭載した」という一点に尽きる。
「それならば、さっさと試験にかけて使えるかどうか調べてはどうか?彼らの処罰はそれからでも遅くない」
そんな意見が出たのは彼らの違法行為が発覚して一ヶ月が経過しようとしていた時期だった。
今回問題になっているそもそもの原因は、千島の機関変更を無届けで行ない更に事実と異なる報告を行なった事だ。
同じ「統制違反」でも技研の時に問題となったSSS級機密へ抵触する違反とは程度が異なり最初から改装を担当した現場責任者が届出を出していれば多少の時間はかかっても通過した事案だった。
結果として、千島は完成検査にかけられたのだがこれが驚くほど簡単に通過した。
これは、機関を変更した以外は全て当初の仕様通りに完成していたからである。
そしていよいよ公試試験の実施となったのだが、速度性能は試験時の無風状態もあって計画値を1ノット上回る36ノットを発揮し、関係者の度肝を抜いた。
この速度は、同時代に建造された防護巡洋艦「吉野」(時空融合後は練習艦に改装)が改装後に記録した29.5ノットを大きく更新するもので日清・日露戦争の時代から出現した艦艇では最高記録となった。
同時に練習艦としても破格の速度であり、改装を担当した関係者は「俺たちの計算に狂いは無かった!」と狂喜乱舞した。
だが、この速度は島風が戦前の全力公試試験で40.90ノットを出した1/2状態(燃料など消耗品を1/2搭載した状態。正式な公試試験では2/3状態で実施)より軽い状態で行なって出したものだった。
沿岸部での試験だったことから母港への帰り分を除けば全力公試に必要な最小限の燃料を搭載し、高圧缶も電子制御の安全装置を解除して限界点ギリギリまで圧力を引き上げるという極めて危険な方法で航行させたのである。
後日、艦政本部は「速度記録は認めてやるから、安全装置の解除なんて無茶はこれきりにしやがれ」とまたも激怒することとなった。
この事から、通常時の千島が発揮出来る最高速度は28ノットに抑えられている。
一方、千島の近代化改装を行なったスタッフは他の艦艇については当初の仕様通りに仕上げていたことや、他に大きな問題を起こしてなかったことから技研の騒動に比べれば驚くほど軽い処分で済んだ。
だが、以後は艦政本部の直接監視下に置かれ好き勝手な事は出来なくなったという。
「と、言う事ですのよ……」
「はぁ……。まるでTopGearですね」
最上は乗組員(正確には艤装委員)が艦内に据え付けられたTVで見ていた破天荒な内容で知られるイギリスの自動車番組の事を思い出す。
テレビの企画でもあるまいし、そんな無茶な改造して大丈夫なのか?
いや、そういう改装を行なう人間がいるということ自体が最上にとっては想像の埒外だった。
自分達が建造された時代で同じことを行なえば間違いなく手が後ろに回るような事をやるというのは危険すぎる。
だがしかし、現に千島が練習艦として運用されているのを見ると実際に運用している人間は何の問題も無いと見ているのだろう。
そうやって考えれば、時空融合というのはつくづく非常識なのだと実感する。
まぁ、今自分の本体にヘリコプターを積み込んでいるレイバーに比べればまだ常識の範疇なのかもしれないが……。
「色々変わっちゃいましたけど、これからもこの国の為に戦い続ける事は変わらないみたいですわね」
「ですね。そういえば、融合前と比べたら私達の存在が知られてから艦船への扱いも変わりましたね」
そう、艦艇に「船魂」という少女の姿をした存在が宿るという事実はこの時期既に当たり前となっている。
その事から艦艇をまるで人間――極端な場合は無垢な少女――を扱うかの様に接するミリタリーマニアも少なからず存在した。
同時に霊感の強い人間ならば特殊な状況下に無くとも普通に認識できるという事も一部では知られている。
ならば自分達の姿もこの佐世保にいる水兵の何人かは見えていると同時に会話も聞こえているかもしれない、と最上と畝傍は思った。
「そこのお前達、何をしている?」
「え?」
「はい?」
それまでと全く異なる声が聞こえたのはその時である。
最上や畝傍だけでなく島風と千島も思わず声のした方向を見ると、そこには部下を伴った自衛官の姿があった。
『あの人もしかして、ボクたちの姿が見えるの!?』
当惑する最上達を前にその自衛官は部下へ「先に行ってろ」と命じたかと思うと彼女達の方に近づいてきた。
その様子は、会話の輪に入ってない他の船魂も興味をそそられるものだったのか、各々の宿る艦の物陰に隠れるようにしてその一部始終を見物している。
すぐ近くまで来た自衛官は、四人の前に来ると口を開く。
「お前達、ここは民間人の立ち入り禁止区域だぞ。随分と派手な格好だが子供が遊ぶ場所ではない。さっさと家に帰りなさい」
優しい口調だが、自衛官の眼光は鋭いままだ。
恐らく、相手が子供でも不審な点があれば容赦しないタイプなのだろう。
だが、その言葉に四人の船魂は「ハラホロヒレハレ」とずっこける。
周囲の船魂らも呆れて苦笑するか盛大に脱力している始末だ。
『……まさか?』
その様を見て、その自衛官……『島風』の艦長である阿倍野晴仁 三佐は思い当たる節が有った。
遠い祖先に陰陽師を持ち、自身も宮司の家に生まれた阿倍野は幼い頃より父や祖父から万物には魂が宿るという話を何度も聞かされてきた。
だからこそだが、目の前の少女達の様子から彼女達もいわゆる器物に宿る精霊みたいなものだろうと察したのである。
自分の周りで魂の宿りそうなものと言えばやはり……と思った彼は目の前の少女達に思い切って聞いてみた。
「お前達……もしかして『船魂』か?最近になって存在すると言われるようになった……」
恐る恐るだが、阿倍野は質問を口に出す。
他の部下達がすぐそばに目立つ格好の少女らが居るのに気付かなかったこともあり、彼女らが「船魂」であることはほぼ確信に近かったが、一応は確認したかったのだ。
「え……は、はいそうです!」
「私も……ですわ」
「私もですー」
「私も、船魂です」
いきなり「船魂」という言葉が出たので最上は思わずすっとんきょうな声をあげ、残る三人もそれに続いた。
「そうか……、俺のいた世界では爺様や親父の話で『そういうもの』がいると教えられてはいたが、実際に見られるとはな……」
阿倍野は感慨深げに腕を組み、うなづくと目の前に居る四人?の船魂たちを眺めると再び口を開いた。
「で……それで誰がどの艦の船魂なのだ?」
阿倍野の言葉に、最上・畝傍・千島は視線を島風の方に向け、島風はなぜか視線を明後日の方向に向ける。
四人とも何となく、この自衛官に苦手意識を持ってしまっていたのだ。
すでに就役し、航海まで済ませている畝傍と千島。
艦長が変わらなかった最上は自分の乗組員らの顔は大体判って居たが故この見慣れない士官が「島風」の艦長であることが判ってしまっていたのだ。
もっとも、偶々立ち寄っただけであり陸上勤務にあたっている人物という可能性もあったが、そうならば昼間からはこんなところに来ないはずである。
だが、別の艦に乗り込んでいる自衛官が……ということもあるだろう。
「どうした?別に誰がどの艦の船魂か教えてくれてもかまわんだろう?船魂と話せる人間なんぞそうそうおらん」
さすがに阿倍野を怒らせるわけにもいかなかったので、おずおずと四人はそれぞれの宿る艦の名前を口にする。
「ボクは『最上』……です」
「私は『畝傍』ですわ。佐世保には今朝到着しましたの」
「『千島』と言いますー。畝傍さんと一緒に今朝到着しましたー」
「………………し、『島風』です」
他の三人と異なり島風はかなり迷ったが、万一自分の艦長だった時ごまかしが効かないと思い艦名を口に出した。
「……君が……俺の……艦だと?」
阿倍野は正直、意表を突かれていた。
彼自身は1980年代前半生まれであり、アニメ等の文化に触れて育っており思春期以降はいわゆる「オタク文化」に耽溺した青春時代を送っている。
だが、自分が艦長を務める船の船魂のいでたちが自分のイメージしていたそれと余りにも違う事に大きな戸惑いを隠せなかった。
島風……と言うよりは島風型の船魂の服装はかなり「奇抜」だったからである。
スレンダーな体つきや亜麻色のロングヘア、それを飾る黒いウサ耳を思わせるリボンはさておき間違いなくこの格好をした女性コスプレイヤーが真夏のビッグサイトの屋上に立てば「露出狂」「痴女」呼ばわりされる事確実な
「ノースリーブのへそだしセーラー服にヒップハンガーのミニスカート」
「スカートの上から覗くハイレグかつTバックの見せパン」
「足元は赤白のボーダー柄二―ハイソックス」
という服装に加えて連装砲を模したゆるキャラを三体引き連れている……と言うのは原型を留めない大改造を施された為だからなのかは判らないが、少なくとも第二次世界大戦当時に建造された駆逐艦の船魂とは思えぬものがあった。
常識を超えた事態に錯乱気味の阿倍野の手が島風に伸びる……が、すり抜けると思い伸ばした手は、しっかりと島風の露出した腹部に触れていた。
触れられた島風も、思わず「……お゛っ!?」と奇妙な声を上げてしまう。
「あ、セクハラだー」
その行動に最上が声を上げると千島も一緒に「破廉恥ですー」と言い、周囲に隠れて様子を伺っていた他の船魂もやんややんやと囃し立てる。
唯一、畝傍だけは「私達に触れることが出来る殿方がいるなんて……あってもおかしくないですわね」と表面上は落ち着き払っていた。
「すっ、すまん!!まさか触れるとは……」
まさか自分が船魂に触れるとは思わなかった阿倍野も思わず手を引っ込めるが、その手をまじまじと見つめてしまう。
阿倍野は気づいて無いのだが、それは彼の遠い祖先の「血脈」だったからこそ可能にしてみせた事だった。
「まさか、触られるなんて……セクハラしたのがよりによって艦長さんだなんて……ううっ、不幸だーッ!」
島風のその言葉に、阿倍野は『泣きたいのはこっちだよ』と内心つぶやく。
自分が艦長を務める艦に「セクハラ」した等と言うとんでもない記録を付けてしまうとは……。
それ以上に妻子持ちの身である手前、部下や同僚の間に変な噂でも流れたらと思うと阿倍野は思わず気が重くなる。
既に周囲の船魂は彼と島風の様子を見てあれこれ勝手に話しているのが判った。
確かに「船魂に触れる」という人間は非常に稀な存在である。
しかし、その最初の行動がよりによって「セクハラ」だったというのはあんまりと言えばあんまりだった。
周囲の囃し立てる声が聞こえてくるのを前に島風も阿倍野も思わず呟く。
「よりによって自分の艦にセクハラしてしまうなんて……」
「これから何年か自分をセクハラした人が艦長だなんて……」
「「こんなの不幸だーーーーーーっ!!」」
佐世保の一角に悲惨な叫びが響いた。
傍目から――こと船魂たち――からすればそれは喜劇なのだが。
「あ~あぁ……島風ったら、見てられないなぁ」
その光景を遠目に見て、赤みの強い茶髪をサイドポニーにまとめた島風と同じいでたちの船魂が呆れた口調でぼやいた。
彼女は島風型2番艦と言う扱いの『山雨』である。
「でもぉ、私達の部隊の代将さんになる可能性もある人ですよぉ?」
同じ格好の、こちらは島風と同じ亜麻色の髪をショートボブにした、「犬」を思わせる雰囲気の船魂……3番艦『秋雨』が心配げな表情で言う。
基本、島風型4隻が所属する「第11護衛隊」は最上を旗艦として編成されている部隊ではあるが、最大で35ノットの最上では追いきれない高速潜水艦の場合は島風型4隻と最上艦載ヘリコプターによる追撃になる場合も考慮されている。
その場合、部隊指揮は最上のCDCに居る事となる戦隊司令ではなく、4隻の中でCIC等が特に整備されている「島風」の艦長が執ることになる。
阿倍野は「代将」となる可能性もある立場であり、その乗艦である島風は「隊長」とも言える立場なのだが艦長と船魂が喧嘩を始めると言う前代未聞の事態は、彼女らをしても一抹の不安を感じさせてしまっていた。
そして、島風と阿倍野の様子を見て話している彼女達こそ平行世界の「島風」型駆逐艦の船魂であった。
彼女達の外見が近いのは、この世界で船魂の姿を得た際に「島風」の姿を模した結果である。
「なるようにしかならないんじゃないの?」
最後に残った、まるで島風の「2Pカラー」と言った感じを与えるロングのアッシュブロンドをツインテールにした上に、ゆるキャラ化した「ファルコン・アイ」を周囲にふわふわと漂わせている船魂……4番艦『夏雨』がぼそっと口を開く。
「『夏雨』ちゃん……それ無責任すぎるよ」
『山雨』と『秋雨』が思わず『夏雨』に突っ込みを入れる。
かくして、阿倍野と彼が新たな艦長として着任する島風のファーストコンタクトは最悪の形で終わったのである。
同時に、この先何年間か自分達が一緒に共に活動する事になる事実を前に阿倍野も島風も思いっきり憂鬱にならざるを得なかった。
後にこの時の出来事は両者にとって笑い話で済むものとなるのだが、それはここから始まる数年間を共に過ごしてからの事となる。
時に新世紀2年の師走。
ゾーンダイクとの戦い、通称「七大海海戦」が本格化するまでのまだかろうじて平和な時期の出来事であった。