作者:EINGRAD.S.F
新世紀元年、元地球帝國沖縄県の沖縄島、現日本連合沖縄本島沖合いの海底には全長7000メートルを超える恒星間航行用宇宙戦艦「TRION」が眠っていた。
かつては星の海を亜光速で駆け抜け、ワープで銀河中を飛びまわったTRIONであったが、現在その炉心は冷え切っており一切の活動を停止していた。
小惑星を爆縮し作成した一対のマイクロブラックホールを高速回転させ、剥き出しになった特異点から莫大なエネルギーを取り出す宇宙最強のエネルギージェネレイターたる縮退炉も、時空融合による干渉を抑えきれず炉心のマイクロブラックホールが蒸発していたのだ。
このTRIONの全長は約7000メートル、一個の街がすっぽりと入る大きさ…と言うよりもこの宇宙船の内部にはれっきとした市街地が形成されているのである。
それは何故か?
理由は、結局彼らの航宙理論はアインシュタインの呪縛から逃れる事が出来なかったからだ。
宇宙の戦士は孤独である。
彼らは星の海を亜光速航行とワープにて飛翔するのだが、通常空間(アインシュタイン空間)を航行する限りその速度の上限は光速度が限界であり、そして光速度に近付くにつれて時間の流れが遅くなって行くウラシマ効果が発生する、また、時間と空間を飛び越えるワープも亜空間(非アインシュタイン空間)の航行の際には通常空間とは違った時が流れるのだ。
つまり、一度宇宙船にのって恒星系の外縁部や他星系に行って帰ってくると最低でも一年くらいの時間の差が発生する。
同じ時の流れを共有できない宇宙の戦士達(特に独立した動きをする亜光速戦闘機パイロット)の帰るべき場所は地上の民の間には、無い。
地球帝國期には宇宙怪獣の脅威から身を護る為に人類は銀河中を駆け巡らねばならかった、地球連邦期には同じ人類たるシリウス連合との戦いがあった為に宇宙の戦士達は戦い続けなくてはならなかった、ならば、と言う事で彼らは宇宙の戦士達が帰る場所をほぼ同じ時間が流れる母艦の内部に造成したのである。
もちろんの事、敵と戦う以上乗船した民間人も母艦もろとも運命を共にしてしまう可能性は非常に高かったのだが、どの道、敵(シリウス人)が攻め込んでくれば逃げ場の無い地上に居るより安全と考える者達もまた居た。
そう言った理由でこのTRIONの中にも市街地があったのだが、そこは完全な沈黙の世界であったのだ。
タカヤ・ノリコが巨大海洋爬虫類リオプレウロドンが沖縄に現れた事件の際にこのTRIONを偶然発見してから直ぐにオオタ・コウイチロウ中佐を中心とした調査隊が派遣されていた。
彼らがエアロックを抜けて船体の中に入ると、電源の落ちた市街地が忽然と姿を現したのである。
外部からの情報で既にその存在を知っていたとしてもそのインパクトは尚大きかった。
彼ら、現在の沖縄自治区の人間にとってもこの「発掘戦艦」の意味は非常に大きかった。
元いた時代では初の超ド級宇宙戦艦「ヱクセリオン」の開発計画がスタートしたばかりであった、在来型の「るくしおん」級や「たーじおん」級を遥かに超える「TRION」を建造した未来の子孫達の技術を目の当たりに出来た技術者達の喜びはひとしおであっただろう。 今の地球ではそれを建造できない事を悔やんで居たとしてもだ。
調査は日本連合政府との合同調査になった、これはこの沖縄自治区の持つオーバーテクノロジーが下手をすれば地球を破壊出来るだけの技術力を持って居ると知った為である。
マシーン兵器等の一部の兵力を除いて、彼らの使用して居る兵器の破壊力はまさしく宇宙時代の兵器であった。
普通に宇宙戦闘機コスモアタッカーに搭載されていた光子ミサイルは別名マイクロブラックホールミサイルであり亜光速で目標に到達する事で無限大の質量となって敵を打ち滅ぼす、が大気圏内では使用不可能である上に危険過ぎた。
また作戦開始前に核融合技術を使って物質変換して作るカルフォルニア核弾頭(半減期3時間)等という物もある。
こうした技術による超兵器を持っている沖縄自治区だったが、彼らの持つ最強の兵器は別にあった。
新世紀元年後9月初旬。
沖縄女子宇宙高等学校、通称沖女の代表として選抜されたタカヤ ノリコとアマノ カズミの姿は江東学園にあった。
初めてこの学園に足を踏み入れたふたりの格好は、まるで東京オリンピックの時の日本選手団が着ていたような赤のジャケット姿である。
「お姉さまぁ〜! 受け付けはこっちみたいですぅ〜」
沖女の代表として選ばれた為かソンケーするアマノと一緒にいるのが嬉しいのか、浮かれまくったノリコは随分とハシャギまくっている。
年齢の割りに大人びた雰囲気を持つアマノは余裕の表情で、まるで子供のようなノリコに肯いた。
「ノリコ、そんなに慌てないの。まだ時間はあるわ」
「あ、てへへ。ゴメンなさい、お揃いの服を着てこの学園に来たら急に「お姉さまと一緒に選ばれたんだなぁ」って実感しちゃいまして、ついつい」
「ふふ、そうね。私と同じね」
「え!? お姉さまもそうだったんですか?」
「ええ。沖女の代表として選ばれたんですもの。私も嬉しいわ」
「ですよねー」
「でも、それと一緒に使命を果たすべく責任感も感じているから、手放しにははしゃげないわね」
「うっ…えっと、まあそれはそれとして、あ、そう言えばコーチも来てるんですよね、ここに」
「ええ、プロジェクト『グングニール』、イージスの盾をも貫く最強の槍、となるべく鋭意製作中。オオタコーチじゃなければ決して成し遂げられないでしょうから…それにここの医療設備には宇宙放射線病の特効薬が…」
「お姉さま?」
突然しんみりとしたアマノをいぶかしんだノリコは、心配そうにアマノの顔を覗き込んだ。
「あ、ごめんなさい…。さ、これからよろしく頼むわね、相棒さん」
「あ、はい! お姉さまに釣り合える位になるように、頑張ります!」
「その意気よ、がんばってね」
「ハイ!」
数週間後、SCEBAI、特機整備棟内特A級区画
こちらに越して来て暫くの間、ふたりは学生としての生活に専念していた。
学生寮に身を置くふたりはその間に、実はノリコの曾々祖父母に当たるジャンとナディアに出会ったり、ユングが沖縄から北海道の北に位置する 自治区へと旅立ってしまう等と状況にかなりの変化がある等など、この巨大学園の生活に翻弄されながらも楽しく暮らしていた。
沖女の選抜試験で「とある特殊な機体」のパイロットとして選ばれたアマノとタカヤのふたりは学生生活の大半を過ごす江東学園に籍を置く学生であるが、特機パイロットの大半がそうであるように未成年でもある。
未成年を戦場に送り込む事を良しとしない政府の方針であったが、その適正からどうしても未成年をパイロットに選定しなければならない事もまた多かった。
そう言ったパイロット達の身辺警護は厳重を極めていたが、逆にそれは身柄を拘束される事に等しい。
その代償といってはなんだが、彼らが比較的自由に行動できるフィールドを設定した。それがSCEBAIに隣接して設立された名目上は私立の江東学園である。
総合学園長としてはSCEBAIの岸田博士が兼任しているが各学年毎の責任者の中には元の世界でも破格の人格者が多い。
このように万全の布陣を以って設立されたこの学園、下は幼稚園・保育園、上は大学院まで兼ね備えた総合学園である。
だがその実は科学「要塞」研究所をも上回る防御力を誇る科学の城であった。
その様にして平凡な日常を非凡な能力を持つ者達によって護られ、余計なストレスを感じる事も無く過ごす未成年パイロット達であるが、放課後は一転してパイロットとして数時間を過ごす事が多いのだ。
今日も放課後になって一般の生徒達がクラブ活動やアルバイト、ゲーセンにいそしんだりしていた時、彼女らはSCEBAIへと足を運んでいた。
とは言え、広大な富士の樹海を切り拓いて開発されたロケット打ち上げ台を数基備える程の研究所である、その足としてコミューターが必要なのであるが彼女達は敷地内を行き交う路線バスを利用してその場所へ向かった。
何もかもが巨大化した世界にいる様な錯覚を思い起こさせる大きな格納庫が林立する敷地を抜け、意外とこじんまりとした倉庫の前に立った。
「オオタ宇宙科学研究室…ここね」
アマノは表札に書かれていた文字を確認すると急造の建物と覚しき倉庫の扉を開けた。
金具の軋む音と共に視界が広げられたが、中は薄暗く良く見えない。
「お姉さま、本当にここなんですか?」
「コーチからのメールでは間違い無いと思うんだけど…」
彼女の目に映っているのは天体望遠鏡や数基の工作機械、そして机が五、六人分と言った所である。
「変ね」
「誰もいない、こんな所じゃないと思いますけど…」
アマノは首を傾げ、タカヤはキョロキョロと辺りを見まわす。
しかし、この建物の中に人気は無い。
が、好奇心の赴くままに見ていたタカヤが受付机の上の但し書きを見つけた。
「お姉さま、ここに何か書いてありますぅ。えーと、なになに? 御用の方はインターホンで内線番号#13にご連絡下さい…ですって」
言うが早いか、ノリコは受話器を手に取り電話をダイヤルした。
呼び出し音が鳴り、ノリコは緊張しながら待った。アマノもそんなノリコの側に寄って様子を見る。
五〜六回も鳴った頃、受話器を取る音が聞こえた、と同時に受付机の周辺の床が沈み込んだ。
「きゃっ!」
「ヒェエ!」
反射的に抱き合って支え合うふたりの身体は真っ暗な縦抗を急な速度で地下へと運ばれて行った。
暫し呆然として状況に流されていたが、数分後、唐突に視界が開けた。
広大な地下倉庫の中には作業者や工学者が忙しく行き来し、物資を運送するフォークリフト等の作業機械が働いている。
そんな中にふたつ、周囲を圧して存在している作業用ケージがあった。
周囲を作業用のクレーンや作業腕に囲まれていて判然としないが、中には20〜30メートル級の人型兵器の存在が伺えた。
彼女達が唖然としてその地下倉庫内の光景を見守っていると、程無くしてエレベーターは終着点に到着した。
「良く来たな、アマノ!、タカヤ!」
突然、彼女達の後ろから大声が投げ掛けられ、緊張していたふたりは素早く振りかえった。
「「コーチッ!!」」
そこに立っていたのは彼女達が探していた人物であるオオタ・コウイチロウその人である。
「うむ。特機自衛隊バスター・チームの秘密基地へ良く来た。今日からここがお前達の新たな戦場となる。覚悟は出来ているな!?」
オオタの突然の問いにも関わらず、アマノは間髪入れずに即答した。
「勿論です」
その応答の良さにオオタは満足げに肯く。
「うむ。タカヤはどうだ」
「ヘ…? え、えぇっとぉ…話が掴めないんですけどぉ。突然呼ばれて来ただけですし…」
「バカモノォ! 」
「ヒャ、ヒャイィ…」
「お前達は沖女の選抜チームとしてペアーで選ばれた。つまりそれがどう言う意味か分からんかったと言うのか!? タカヤ」
「す、すみませんコーチ」
「ふむ、まあいい。では、どうする?」
「どうするって言うと…どう言う事ですか?」
「分からんのか?」
「…すみません」
「バカモン! 地球の為、人類の希望であるガンバスターのパイロットになるに決まっているだろうが!」
「ガン…バスター…ってなんですか?」
思わずオオタはコケそうになったが、良く考えればガンバスターの事は軍機であり一介の女子高生たるノリコが知っている筈も無い。
しかもここに存在するガンバスターはバスターマシン1号2号ではなく、遥か未来の時代に発掘兵器というロストテクノロジーの形で発見されていた少々出所の不明な出自のマイクロガンバスターという物である。
ちなみにバスターマシン1号2号と同型のグレートガンバスターのコクピットブロックとして作られているため、バスターマシンとしては小型な20メートル弱級のロボットであるが、装備された兵器の性能は亜光速戦闘用の強力無比な代物ばかりであった。
余談だが、バスターマシン1,2号が合体したガンバスターは200メートル、バスターマシン3号に至っては月よりも大きい…。
その火力故に運用は慎重を極めていた。もしも使徒の存在が無ければパンドラの箱で封印されていたのは間違い無い。
その証拠に、この後に使徒出現の原因が取り除かれたと判断されると直ちに「パンドラの箱」の中に封印されてしまっている。
ある意味、エヴァ以上に厄介な技術上の問題を持つのが地球帝國の兵器群なのである。
「うむ…そうだな。お前達にもきちんと話をして置かねばならないな。タカヤ提督が率いていた「るくしおん」を旗艦とした地球帝國艦隊がLEAF32で遭難した事は知られているが、その原因は…」
オオタは自らが遭遇したあの会戦の真相を語り始めた。
突然襲い掛かって来た宇宙怪獣の群れ、奮戦虚しく壊滅してゆく地球帝國艦隊、瀕死の状態で辛うじて脱出に成功した自分と艦に残ったタカヤ提督の事。
「私は誓った。恐らく地球を壊滅せしめても余りある宇宙怪獣に打ち勝つ為の戦う力を開発し、タカヤ提督の志を受け継ぐ事を。しかし、設計は完成していた物の、この時空融合で失われたはずだったバスターマシンの末裔がここにある。そして現在の地球は宇宙怪獣の脅威こそ無くなったものの、数多くの脅威に晒されている事は知っているだろう。その中でも使徒と呼ばれる敵の脅威は絶大だ。対使徒用の兵器として「エヴァンゲリオン」が既にあるが、攻撃力の決定力が欠けている。今後より強力な使徒の出現が予想される今、地球上に存在する唯一の縮退炉を有するこのマイクロガンバスターの攻撃力が必要不可欠なのだ、分かったかタカヤ」
「ハイ」
オオタの説明にノリコは力強く肯いた。
ここでオオタも知らない事実を述べる、実は現在の地球上にはマイクロガンバスターを含めて三基の縮退炉が存在していた。
ひとつはマイクロガンバスター、もうひとつが太平洋上で浮島となって漂流を続けている恒星間航行用大型移民船レッドノア、そして後にNノーチラスと呼ばれる事になるM78星雲文明製の恒星間航行用攻撃型宇宙戦艦エクセリオンである、が、それらは未だ自らを休眠状態に置いており歴史の表舞台に出てこようとはしていない。
さて、ノリコの返事に満足したオオタは説明を続けた。
「うむ、では後ろを見ろ」
オオタが指示すると、向かって右側のケージの作業腕が開放され中の機体が姿を現した。
「こ、これがマイクロ・ガンバスター」
「凄い…大きい、スーパーロボットだぁ…」
普段から10メートルのマシーン兵器を取り扱っているふたりにとっても身長が2倍近くあるマイクロガンバスターの巨体は圧倒的だった。
何しろ身長が2倍と言う事は体積は2×2×2=8倍にもなる、その慣性質量は機体の取りまわしに大きな影響を与える事が確かだったからだ。
これからこの機体を以って実戦に赴かなければならないと言う事実がふたりに武者震いを起こさせた。
「このバスターマシンはふたり乗りだ。アマノ、お前には機体のナビゲーションをして貰う」
「…了解しました」
「タカヤ、お前はメインパイロットだ」
「私がですか? お姉さまを差し置いて私に?」
「ほう? ならばお前に機体の最適なナビゲーションが出来ると言うのだな?」
「う…りょうかいしましたぁ」
体育会系の能力を持つノリコは反論する事も出来なかった。
「さて、早速お前達には今日から強化訓練を受けてもらう」
突然のオオタの命令にノリコは萎んだが、オオタは構わず話を進めた。
「とは言えマイクロガンバスターの運用は緊急時に限定されている。これは強力すぎるマイクロガンバスターに制限が掛けられているためだが、実際の所、補修用の部品の手配が出来ないと言う側面が大きい。我々地球帝國は沖縄、布唖に限定されていたからな、マシーン兵器用の部品の在庫、及びアイスセカンドの作成装置はあるが、バスターマシン用の部品は元々存在しない上に工場も原料であるスペースチタニウムも無い現状では新たに生産する事も出来ん。一機しか無い以上ニコイチで整備する訳にも行かないからな、保全が再優先となる」
オオタが現実の窮状を述べるとアマノが鋭い声でそれに反論した。
「しかしそれでは訓練になりません。幾らシミュレーターが精巧になっているとはいえ」
「分かっている、そこで私はSCEBAIの岸田博士に頼み、同規模で似た操縦方式のロボットを貸与してもらった」
「はぁ〜い質問」
「何だタカヤ」
「マイクロガンバスターの操縦方法ってマシーン兵器と同じなんですか?」
「良い質問だ、このマイクロガンバスターはマスタースレイブ方式を取っている。知っているか?」
「はいっ! サンライズの熱ぅい! 燃える! アニメーション!! 機動武闘伝G−ガンダムと同じ方式です!!」
「…その通りだ、この方式ではパイロットの動作が再現される為に慣れないと思わぬ事故を招く。何故だか分かるか?」
「えっとぉ…」
「はいコーチ、それは人間の形状とロボットの形状、関節範囲、動作パターンが異なる為に起こる物です」
「流石だなアマノ、勿論プログラムで制御する事も可能だがそれでは真に迅速な行動を取る事が出来ない。戦場で役に立つのは身体に覚え込ませたマニュアル操縦に他ならないからな。よって特訓でマイクロガンバスターの動作を身体に叩き込まなければならない訳だ。分かったか!?」
「「はい、コーチ」」
「では訓練用に貸与された機体を見せてやる」
そう言うとオオタは向かって左側のケージを杖で指し示した。
「タカヤ! お前はこれに乗ってマイクロガンバスターの特訓をするのだ!」
オオタがリモコンのスイッチをいれると、それまで機体を覆っていたケージが開かれ、中に入っていたマイクロガンバスターより細身のロボットが姿を見せたのである。
「「こ、これはっ!」」
その衝撃の姿を見てふたりは絶句した。
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