「イッツ・ショーウ、タァイム」
エミはひとつウインクをするとおどおどと立ち上がった。
「あのぉ、」
エミが声を掛けると蜘蛛男は直ぐに見咎め、語気も荒く言った。
「立ち上がって良いとは言ってないぞ。早く座れ」
「いえ、観客の皆さんも2時間近くも緊張してますので」
「人質だからな」
「けど、わたしのマジックで皆さんを和まして上げられるかも、簡単なマジックだから良いでしょ」
「ほぉ。まぁ小娘の手品ならな、失敗してせいぜい笑いを取ってくれ」
「あたしプロです。とは言え許可してくれてありがとうね」
「ああ、せいぜいガンバんな」
「はいはい」
ステージ衣装そのままだった彼女は近くのマイクを取ると観客の目を引くように大きく挨拶をした。
「みなさーん。お疲れでしょうけど頑張って下さい。きっと無事に帰れますから、少し皆さんに元気の素をお分けしたいと思いまーす。マジカル・エミの大魔術! ご覧下さい」
彼女は少々大げさな振りで頭を下げるとポーズを取りながら右手の指を鳴らした。
するとポンと云う破裂音と共に煙が立ち、いつの間にかエミの右手には1メートル弱のステッキが握られていたのである。
会場の観客達は、極初歩の手品だな、位にしか思っていなかったが一番驚いたのは蜘蛛男であったろう。
ここに連れてくる直前、セクハラに近いくらいのボディーチェックをして彼女が何の道具も持っていない事を確認していたのだ。
しかも着ている服はほとんどレオタードと言っても良いような、とても物を隠しておけるような余裕など無い物である。
そうこうしている内にエミは近くにいる戦闘員に近付いていった。
戦闘員は無造作に近寄ってくるエミに対して油断無く銃口を向けた。
だが、彼女は営業用のスマイルを崩すことなくニッコリと笑ったまま戦闘員の前で立ち止まった。
「はーい、皆さんご注目下さい。種も仕掛けもございません」
右手のステッキを軽々と回しながら彼女はカウントを始めた。
「ワン・ツー・スリー!」
合図と共にステッキを振り下ろすとポンポンポンと黄色い煙を上げて戦闘員15名全員が構えていた自動小銃は花束になってしまった。
この会場の生中継はテロによる占拠が行われてから後も続けられており、ニュースの特番としてTV中継によって日本中の注目を浴びていたのだが、この瞬間、日本各地に身を潜めていた魔法使い達は驚きの声を上げていた。
東京都友枝町。小さな縫いぐるみのような姿をした封印の獣ケルベロスは感嘆の声を上げた。
「こいつは、ホンマモンの魔法使いやでサクラ」
「ほえ? マジックじゃないのケロちゃん」
「サクラは感じんかったんか? 今の魔力。偉い特殊な感じやってんけどな、下手をすると小僧なんか目じゃない魔力の持ち主やな」
「ふーん、凄いんだ」
「ああ、悪人やないみたいやけど。気ィ抜いたら痛い目見るで」
「そうだね」
都立北野橋高等学校魔法倶楽部部室。
「ぬおー、こっこっこれはぁあああ」
「どどどどうしたんですか高倉センパイ」
「見たかい沢野口くん、今の魔法を!」
「えっえっえっ、今のって魔法だったんですか」
「ああ! 僕たちの使う魔法とは別系統の物だけど、間違いなく魔法だよ。マジカル・エミって言ってたな、今度会いに行ってみようかな?」
「武男くーん、そーんな女の子が気になるのかい? それよりボクと良いことしようよー」
慌てた様子で2年生の魔法倶楽部ひら部員である沢野口沙絵に捲し立てていた部長の高倉武男であったが、いつのまにか彼の後ろから抱きついて来た副部長の油壺綾之丞の感触にゾワゾワっと寒気が走るのを止められなかった。
「あ、あ、あ、油壺! そ、そ、そ、そう言うことは止めてくれって・・・いつも言ってるだろぅ(ぼそぼそ)」
「うーん、聞こえないなぁ。武男くぅーん」
「止めろってば」
「アハ、ゴメンゴメン。キミがムキになるからついさ、でもボクは彼女の事キライだな」
苦笑しながら高倉から離れた油壺はキッとTV画面を見つめながらそう言い放った。
高倉はそんな油壺の言葉に意外そうに訊き返した。
「ん? どうしてだ、油壺」
「うん、つまりマジシャン達の世界はみんな努力して工夫して華麗なステージを創り上げているんだよ? それをズルして魔法で如何にも凄腕のマジシャンですって顔をしているのがね、ボクは生まれつきの能力だけで何でもこなしてしまう人よりも努力して本来の力以上の事をしてしまうような人が好きなのさ。武男くん、キミみたいなね」
そう言いながら怪しい目つきで彼は高倉ににじり寄っていった。
「だから離れろって!」
「あ、あのぅ」
「何かな! 沢野口くん!?」
油壺との事を誤解されたくない高倉は声を荒たげて沙絵に向き直った。
「は、はい! それで・・・会いに行くんですか? この人に」
「・・・イヤ、取り敢えずは止めておこう。油壺の言う事じゃないけど、黒魔術の使い手だったりすると厄介だしね。今は他の魔法使い達との交流よりも自らの技量を磨かねばならないのだよ、分かるね? 沢野口くん!」
何となく寂しそうな態度の沙絵に高倉は不審な感じを受けたが、取り敢えず行動に移るのは止めておこうと決めた。
もともと、おお〜、美人な人だなー、お近づきになれたら・・・うひひひひ。ぐらいの軽い言葉だったからなのだが、沙絵が自分の言葉に真剣に肯いてくれている事にどんどんいい気になってしまった彼は如何にも最初から考えてましたよと云う感じを滲ませつつええ格好しいの真剣な言葉で沙絵に語りかけたのだった。
「はいっ! 高倉センパイ」
「うむ、よろしい」
そんな高倉を残りの部員達は「また始まったよ」と云った目で見た後「沙絵(沢野口くん)(沢野口先輩)もどうしていつもこんなに素直に信じるんだろう」と云った目で見ていた。
が、ふたりともその視線が意味することに全然気付いていないのであった。
海の星商店街の裏通り、ここに日本連合政府統合科学技術会議の顧問を勤める天才科学者、鷲羽・フィッツジェラルド・小林宅は有った。
そして今、その隣家である河合家ではこの家の愛娘、河合砂紗美ちゃんと親友にして唯一砂紗美の秘密を知っている天野美佐緒ちゃんが居間でテレビを見ていた。
何故か鷲羽ちゃんも押し掛ける様に上がり込んでいたのだが。
やはりどこの局でも今回の事件をトップとして流していた為、3人が見ていたTV画面にはその瞬間が写し出されていた。
その瞬間、鷲羽ちゃんが持っていたM(魔法)探知機の針が振り切れた。
「こ、これはっ! Mゲージが反応しているっっ!! 魔法に間違いないわ!? でもおかしいわねぇ、サミィやミサがどこかで魔法を使っている筈は無いんだしぃ」
鷲羽はそう言いながら砂紗美と美佐緒の顔を覗き込んだ。
「な、何を言ってるんですか鷲羽先生。今、テレビに映ってたこの人が魔法使いなんでしょ?」
「ええ、勿論そうなんだけど、今頃サミィとミサは一体どこで何をしているのか凄く気になっちゃってさぁ。ねぇ砂紗美ちゃん、サミィは今どこにいるのかしらぁ? あ、ちなみにプリティーの方よ、超時空ロマネスクじゃなくて、可愛いって云う意味のプリティーサミィの行方。砂紗美ちゃん、知らない?!」
完全に正体は見切っているのよ、と云う意味ありありの視線で鷲羽は砂紗美に質問した。
「え、ええとぉ。砂紗美、分っかんない」
お互いにばれてることを確信しながらも、砂紗美は敢えてそう言いきるのであった。
そうしなければ、このマッドなサイエンティストに何をされるのか・・・想像しただけで怖い考えになってしまいそうだった。
「へぇー? ああっ・・・ サミィが協力してくれれば今頃科学と魔法を統合したNTシステムが完成しているというのに。サミィはどこにいるのかしらぁ!?」
嘆き悲しむ言葉を連ねながらも、鷲羽のその目は獲物を目前にした獣のようにギラギラと熱い物を感じさせていた。
それに耐えきれず砂紗美は何とか誤魔化さなければと、取り敢えず思い付いたことを口にしていた。
「えぇえっとぉ、・・・多分樹雷ヘルムへ帰っちゃったんだと思います」
「ふぅ〜ん。砂紗美ちゃん、樹雷ヘルムって何?」
「え、えっとぉ、サミィから聞いたんですけど、サミィの生まれ故郷なんだって」
「サミィに聞いたの?」
「はい、そうでーす」
取り敢えず誤魔化せた、とばかりに砂紗美はホッとしたのだが直ぐに鷲羽の飽くなき科学に対する熱い情熱が籠もった突っ込みが追い打ちを掛けた。
「おや不思議ねぇ。私サミィの行動をずーっと追い掛けてきたけど不思議な事にサミィと砂紗美ちゃんが一緒にいる所を見たことがないのよねぇ〜。不思議だわー」
「ううっ」
「まぁ、ミサでもいいんだけど。美佐緒ちゃんはミサがどこにいるのか知らない?」
「わ、わたし知りません」
「鷲羽先生っ! この前の事件以来サミィもミサも見てないでしょ。もうサミィもミサもいないんですよ。きっと」
「へぇ〜、ほぉ〜、はぁ〜ん、ふぅ〜ん・・・本当にそうかしら?」
「「ホントに本当です」」
「あ、ちなみにこの前の事件って云うのはココですから、ココ」
「鷲羽先生・・・誰に話してるんですか?」
「気にしちゃダメよぉ、砂紗美ちゃん」
等と日本各地では色々と有ったのだが、閑話休題。
某TV局まえのテントの中の舞台の上では、事態は急展開を告げようとしていた。
小銃を構えていた戦闘員達も、直ぐにでも飛びかかろうとしていた人質になっていたスター達もその突然の出来事に唖然としてしまった。
何をどう考えても、あれだけの準備期間であれだけの事が出来るわけがないのだ。
一体今の出来事にはどんな仕掛けが有るんだ! という方に思考が向いてしまったのだ。
しかし、文字通り種も仕掛けもないのだから分かるはずがない。
だが、心構えをして直ぐに行動に移れるようにしながら、このタイムロスは致命的だった。
最初に頭を潰すはずだったのだが、その頭たる蜘蛛男が最初に我に返ってしまったからだ。
「やれっ! ひとり残らず生かして帰すな! 」
洗脳によって指令官の命令を聞くことしか出来ない戦闘員達は直ぐさまその命令に従った。
「イーッ!」 「イィーッッ!!」
まるで言語中枢が働いていないような合図を返すと戦闘員達は身近にいた味方以外の存在に向かって無差別に戦闘を開始したのだ。
「しまったっ!!」
「皆、観客を守るんだっ!!」
「了解」
まるで集団戦闘の体を成していない戦闘員達を相手に観客を守るのは至難の業だった。
直ぐに華撃団のメンバーは一般人の壁となるべく、スター達を背中に庇いながら舞台の縁へ駆け寄り、彼らを観客席に紛れ込ませ、戦闘態勢を整えた。
また、カンナは蟷螂男に挑み掛かり、ソニィは蝙蝠男に向かって猛スピードで跳躍しつつ跳び蹴りを喰らわせた。その距離、実に7メートル。助走無しと考えると明らかに人間業ではなかった。
そして彼女たちの攻撃は有効であった。
カンナは蟷螂男の鎌の一撃を余裕のフットワークでかい潜り、懐の内側に飛び込み咄嗟に繰り出したその琉球唐手の拳撃は一瞬その図体を宙に浮かせるほどだった。
特殊素材によってかなりの打撃力が吸収されたとは言え、その一撃を完全にくい止めることは出来ず体に注意深く隠されていた生体を著しく損傷させていたのだ。
キチン質の鎌をジタバタさせながら蟷螂男は床に倒れた。
出会い頭に跳び蹴りを背中に喰らった蝙蝠男も体をくの字に折り曲げて激痛に耐えていた。
基本的に彼ら改造人間は普通科歩兵との戦闘を目安に肉体の改造を行っている。
その為、耐弾耐刃防御には優れていたが、体の一部に予想以上の加重が掛かると意外と脆かったのだ。
一方、飛蝗男は様子が異なった。
海は飛蝗男が動き出す前に決着を着けようと素早く飛び掛かったのだが抵抗の様子を見せなかった。
海はそれに不審を抱きながらもパンチを喰らわせて地面に昏倒させた、直ぐに起き上がってくるかに見えた飛蝗男であったが何故か体を震わせたまま動かなくなっていた。
取り敢えず海は縄を使い飛蝗男を縛り上げた。
その様子を見ていた蜘蛛男は「調整が不十分だったのだ。やはり新しい技術を導入するには時間が無さ過ぎた」と悔やんでいた。
その蜘蛛男だが、彼ものんびりと考え事をしている余裕はなくなっていた、何しろサイボーグのバードと帝撃隊長の大神一郎の猛攻撃をかわしていたのだから。
しかし、流石に幹部候補生にして自らの意志で行動する唯一の改造人間である。
格段に向上した反射神経にて鍛え上げられた格闘技の技術を用い、2対1と言えど決して遜色を見せてはいなかった。
だが、既に全体としての戦いの趨勢は見え始めていた。
帝撃のメンバーはどこからか手に入れた鉄パイプ等を振り回し、なんとか戦闘員の動きを封じていた。
アマリリス騎士団の4人も素手でありながら忍者のような身軽な動きで戦闘員達を翻弄、舞台用のロープを使い逆関節の方向へ手足を縛り付けていった。
更に人質となっていた観客達が大挙して逃げ始め、状況に変化が起こった事を察知した普通警察、警視庁の刑事達と所轄の刑事で青島、和久、そして通りすがりの刑事一条も武器を片手に突入してきた。
未だに発砲許可は出ていなかった、この建物の特性上弾丸が突き抜ける可能性が高い為、とてもではないが発砲は許可できない。
警官達は民間人たるアイドル達の身柄を確保すると、今度は自分たちが矢面に立ちこのテロリスト達と向き合った。
戦闘は数である。
余程実力差がなければ戦力が大きな方が勝つ。
多勢に無勢、既に半数の戦闘員は捕らえられ、残っていたのはスピリッツを買った組織から同時に購入し、戦闘員に組み入れた機械式の戦闘ロボット・アーカソイド(メイドinジャパン)らが数体残っていただけである。
だがそれでさえも体を覆う絶縁皮膜が剥がれボディーのあちこちから火花が散っている様な有様だった。
蜘蛛男は直ぐに逃亡の機会を窺ったのだが、客席にいた観客達は後方の出口から大部分が逃げ出していた上に改造人間達も自分を除いて捕らえられているように見えた。
だが、戦闘用に特化した肉体を持つ改造人間達が片や琉球唐手の達人片やサイボーグとは言え、素手の相手にKOを喰らってしまう事はなかったのだ。
蝙蝠男と蟷螂男は自分を押さえつけていた普通警官達を弾き飛ばし、素早く立ち上がると蜘蛛男の元へ戻ってきた。
「お前達、無事だったか!」
蜘蛛男の呼びかけに2体の改造人間は肯き返した。
「よし、では命令だ。蟷螂男、お前は殺して殺して殺しまくれ! 蝙蝠男、お前は空中から敵を攪乱せよっ! 行けっ!!」
既に観客のほとんどが脱出し、広い空間が出来ていた今のテント内の空間は改造人間達にとって最適の戦闘領域と化していた。
蝙蝠男は腕と胴の間から皮膜を広げ、充分な翼面積に展開すると空中に飛び上がった。
それまではグロテスクな格好をしているとは言え、あくまで人間として対処出来ていたのだが改造人間は遂に彼ら警官が訓練を受けた対人逮捕術の範囲を超えてしまった。
人間が空中を飛び回るという信じられない状況に警官達はパニックに陥った。
大概の警官はその蝙蝠男に注意が行ってしまい、まだ若干残っていた戦闘員達に気付かず手痛い反撃を喰らった。
そして更に、脳改造時の外科手術の影響で殺人狂と化していた蟷螂男は日本刀並みに切れ味の鋭い鎌を大きく振りかぶると手近な警官目掛けて走り出した。
狙われた警官は流石にそれに気付いた物の、樫の木の警棒でそれを凌ぐのは無理という物だった。
間近に迫った蟷螂男から警官は逃げようと走り出したが、改造人間の身体能力は伊達ではない。
蟷螂男は構えた右腕の鎌を躊躇なく振り下ろした。
だが、肉を斬り裂き骨を断つ音はしなかった。
痛みを堪えようと歯を食いしばっていた警官は、痛みが訪れないことに気付き振り返った。
すると、そこには襷掛けした着物姿の女性が日本刀で以て蟷螂男の刃を受けているシーンが見えた。
「やらせない、例えこの身が滅びようとも悪の手先に、お父さまが命を賭けて護ったこの帝都の平和を壊させやしない!」
あの混乱の中、帝國華撃団花組のひとり、真宮寺さくらは愛刀である霊剣荒鷹が置いてある楽屋へ取って返し、今まさに命を絶たれんとしていた警官の前に飛び込んでいったのだ。
両者の刃はギリギリと音を立てて拮抗していたが、蟷螂男の鎌はふたつあるのだ。
それに気付いたさくらだったが、今荒鷹に込めた力が抜ければそのままサクラの首と胴体は泣き別れてしまうだろう。
だが、警官達が現れ、一時は下がっていた華撃団の面々だったがさくらがピンチになった瞬間駆け戻り蝙蝠男の攻撃を止めようとした。
カンナは背部から蟷螂男の左肘と左手首に手を掛けると梃子の原理、そして筋肉と筋の方向から逆関節に捻り上げた。
「大丈夫か、さくら」
「はい、カンナさん。ありがとうございます」
「なに、良いって事よ。オラオラ、大人しくしやがれって・・・うっ、なんだこれは!?」
完全に関節を極めて動きを押さえ込んでいたカンナの脳裏に堪らない不快感が爆発した。
「うっ、うわぁあーっ!」
「ああ、何よこれは!」
さくらもカンナと同時に胃袋を掴み上げるような激しい不快感に襲われ、その場に昏倒した。
周囲の警官達も同じように倒れ伏していていた。
それでも何とか視線を上に向けると、そこにはさっき空中へと飛び上がった蝙蝠男が空中に静止し、こちらに注意を向けている姿があった。
蝙蝠男はそのモチーフである動物と同じく、空中での位置確認の為に超音波を発しているのだが、それに目を付けたショッカーの医学者集団はその超音波発生能力を大幅にパワーアップする肉体改造を行っていた。
通常の超音波とは逆に低い声域も出せるようにされていた蝙蝠男に備え付けられた3つの声帯から同時に発せられた低周波は倍音が合わさり唸り周波数となったのだ、この唸り周波数は人類の精神から根源的な恐怖心を引き出すことが出来るようになっていたのだ。
これは精神力が、心構えがどうとかが重要なことではなく、その人間が生きた脳を持ち本能を持ち合わせて生きている相手には必ず作用する音響兵器であった。
3つの低音が倍音となって人間種族の聴覚野に作用し、そこに存在する「恐怖」に相当する電気パターンを発生させ神経網を刺激し、その場合に発生し脳神経に作用を及ぼす神経細胞間の伝達物質を過剰に放出するようにし向けるのである。
とは言え、蟷螂男も同様に昏倒していたから、援護攻撃としては適当とはいえなかったが。
だがその影響は極狭い範囲に限られていたとは言え、その音波攻撃の影響外から空中高く飛んでいる蝙蝠男に反撃する事は難しかった。
先程から警官隊と同時にテントの中に突入してきた元未確認生命体特捜班の一条刑事がライフルで狙撃を試みていたのだが、ライフルの照準が合った瞬間、蝙蝠男はまるで狙われているのが分かっているように位置をずらしていた。
いや、生体レーダーとも言える超音波探査能力を持つ蝙蝠男は確かに狙われていることを探知して、その照準から逃れていた。
蝙蝠男は自在に攻撃を仕掛けられると言うのに、その反撃はままならないのだ。
一条刑事はそれでも執拗に照準をつけ続けていたが、狙われ続けることに我慢ならなくなった蝙蝠男は攻撃の目標を一条刑事に変更した。
空中にいる蝙蝠男の顔が一条の方を向いた途端、冷たい恐怖の固まりが胃袋に詰まり、恐怖の余り彼は立つことすら出来なくなってしまった。
近付いてくる蝙蝠男に対処することすら出来ず、一条は床にへたり込んだまま動けなかった。
絶体絶命、と、その時、テントの入り口まで避難していたアイドル達の中から、今まで戦闘に全く関与していなかった歌手、黒沢ゆかりが一歩踏み出すとスゥッと深く息を吸い込み、右手を口に添え左手を腰に当てて姿勢を正した。
次の瞬間、彼女の喉から通常の音圧を超えた音波の固まりが発せられた。
「ウララァァアアアアアアア!!!!」
彼女が音楽家と思って師事した戸沢流忍術17代目継承者戸沢白雲から伝授されてしまった必殺技、声斬波、またの名をミラクル=ボイスは正に音を操る改造人間たる蝙蝠男にとって最大の攻撃となって襲い掛かった。
何しろこの攻撃は音速で襲い掛かってくるのだ、音波を探知して回避している蝙蝠男には避けようがなかった。
彼女の声斬波の威力は蝙蝠男を吹き飛ばすだけには飽きたらず、この巨大なテントの天井をバラバラに斬り裂き、それが静まった時には天井にはポッカリと大穴が開いていた。
更にその向こうにはガラスが割れ、悲惨な姿になったテレビ局のビルが浮かび上がっていた。
「・・・・・・あらヤダ・・・、私の声斬波って、・・・こんなに威力あったかしら?」
攻撃を放った当人のゆかりでさえも唖然としてその光景を眺めてしまった。
どうやら日頃の彼女の音楽レッスンは知らず知らずの内に歌の才能だけではなく、必殺技の威力をも倍増させていたようである。だが、それだけではなく改造人間の方にも要因があったのであるが。
さて、蝙蝠男の援護が無くなった蟷螂男だが、耐久力と回復力の点で一頭抜きん出ていた蟷螂男は周りの連中が未だに意識がないにも関わらずスックと立ち上がった。
そして血に飢えた彼の目の前には身動きひとつせず格好の獲物と化した警官達と帝撃のさくらとカンナが倒れていた。
蟷螂男はそれを見てニヤリと笑うと収穫を刈り取る死に神のように両腕の鎌を構えた。
「やめろっ!」
だが、後ろから聞こえてきた声が蟷螂男を押し止めた。
「ダレダ、オレノジャマヲスルノハ」
不機嫌そうにそう言いながら振り返った蟷螂男の複眼に映ったのは不完全な出来のまま送り出された失敗作と評された飛蝗男である。
「シッパイサクカ・・・キサマハオレノジャマヲセズニソコデジットシテイロ、バッタオトコ」
「違う、違う! オレは人間だ! 本郷猛! それが俺の名だ!!」
「・・・バッタオトコ、ショッカーニタイスルゾウハンノイシアリトミトメ、オマエヲショケイスル」
蟷螂男はそう宣告すると攻撃の矛先を飛蝗男、いや本郷猛へ切り替えた。
「シネ、バッタオトコ」
そう言うと蟷螂男は本郷猛の周囲を猛スピードで走り始めた。
本郷もそれから目を離さずに追尾するが、今度は一定距離ではなく不定距離を自在に走り回り始めた。
残念ながら飛蝗男として改造された彼の体は素晴らしいジャンプ力を持っているのだが、それが走行のスピードに繋がっていない。
その為、蟷螂男の後を追跡し攻撃すると言う事が出来ず、受け身となって仕舞わざるを得なかった。
「チクショウ、バイクさえ有れば、あんなスピード位どう云うことは無いのに」
元々プロのバイク乗りの彼から思わず口をついて出たその言葉を聞いてハッとした者が居た。
それはクウガこと五代雄介と共に未確認生命体と戦ってきた一条刑事だ。
彼は今日、未確認生命体に対する資料共にクウガが使用していた武器のサンプルを表に止めた自動車の中に用意していたのである。
そしてその中にはクウガが敵、未確認生命体に対し共に戦ってきた高性能バイク・トライチェイサー2000も有ったのだ。
彼は時間を無駄にしなかった。直ぐに決心を決めると表の自動車へと走った。
その頃、現場指揮官たる蜘蛛男は生き残りのアーカソイド3体を連れて出入り口ではなく楽屋口の方から抜けようと歩を進めていた。
しかし、もちろんそれを見過ごす程バードも大神も甘くはなかった。
大神はここへ来るまでに愛用の双振りの剣を更衣室から持ち出し、装備していた。
蜘蛛男は素手と日本刀と云う追撃手達の姿を見て嗤った。
「ハハッ、幾ら貴様らの様な奴らでも、この機械人形と私を同時に凌ぐことが出来るかな? 行け、戦闘員」
蜘蛛男が合図するとアーカソイドのメインカメラが不気味に赤く発光した。
だが、大神一郎はバードを制して一歩前に踏み込むと双振りの剣を構え、目を閉じた。
「ハハッ観念したか? ではそのまま死ね!」
しかし大神はそんなセリフには取り合わず双振りの刀に霊力を集中し続けた。
命令を受けたアーカソイド3体が目前まで迫ってきたその瞬間、大神は目を見開き必殺の一撃を撃ち放った。
「狼虎滅却! 天地一矢!!」
ズシンと云う地響きと共に許容量以上の霊子の放出による霊圧により空間自体が発光する現象が発現し、辺りは眩い輝きに包まれた。
この光景を霊感に敏感な者が見れば、背後に沈み行く2隻の軍艦の幻影を目撃した筈である。
その場にいた者、大神が味方と判断した者以外は激しい衝撃を与えられていた。
蜘蛛男でさえも一瞬前後不覚に陥り、気が付くと呆然と立ちすくんだまま体から放出される静電気の火花を眺めていたのである。
だが、それで済まなかったのがアーカソイド達である。
「なんだ! 今のは」
蜘蛛男が驚きの声を放つと、目の前のアーカソイド達は動作不良を起こしまるで石像のように地面に倒れた。
以前にもパトレイバーが土蜘蛛の攻撃を受け動作不良を起こしたように、精密な電子機器であるほど霊力による攻撃に弱いという事が露呈したのである。
それに蜘蛛男は激しく狼狽した。
「なんと、異世界の技術と云う物はこれ程の・・・チィッ!」
そう、異世界同士の技術の交流は予想以上の意外な「発明」を成し遂げだしていた。
その一つが今大神の腰のベルトに着けられた大型のバックルである。
これは紅蘭が秋葉原で部品を購入してきて趣味で作っていた小型霊子力機関である。
元々帝撃の光武改に積んだ電気回路を最新の電子回路に交換し性能を上げる計画があったのだが、それに刺激を受けた紅蘭が低出力とは言う物のもしも生身で降魔等と戦わなければならなくなった場合に備え、個人が携帯し使用出来る携帯霊子力機関の発明を成し遂げていたのである。
大神の更なる攻撃に怯えた蜘蛛男は脱兎の如く逃げ出した。
「待て! 」
バードは直ぐに後を追い掛けたが、大神は動かなかった。否、動けなかった。
それに気付いたバードは振り返りその様子を伺ったが大神は大きく肩で呼吸を行い出し、その場にしゃがみ込んだ。
バードが声を掛けるが、大神はすっかり脱力した様子で手だけ振って先に行けと促した。
気にはなった物の、今は蜘蛛男が先だと思い直しバードは追撃に移った。
実は大神が着けていた携帯霊子力機関はまだ調整が完全ではなく、異様に体力を損耗してしまう欠点があった。
その点については紅蘭から指示を受けていたのだが、今が使い時だと判断した大神は躊躇することなくその使用を行ったのである。
観客席にて
蟷螂男のスピード攻撃を受けていた本郷の情勢は不利一辺倒であった。
幾ら改造人間だとは言え、彼自身自分の肉体に戸惑っていたばかりでなく、元々調整が不十分であったのだ。
すっかり蟷螂男に翻弄され続け、体表には蟷螂男の鎌から受けた無数の傷が刻まれていた。
ショッカーに対する怒りに燃える本郷であったが、今の状況は彼に不利な条件しか提示していなかったのである。
「力が、力が欲しい。誰か!俺に力をくれぇ!!」
ドリュリュン
彼の耳に聞き慣れたエンジン音が木霊した。
ハッとして出入り口の方を見ると薄暗い通路の向こうから眩しいヘッドライトを点灯させ接近して来る者がいた。
それは大出力のエンジン音を徐々に大きく響かせていたが、遂にその姿を通路の影から現したのだ。
小型のカウリングとそこから左右に大きく張り出したプロテクターが特徴的なそれは、警視庁が警察用に高性能白バイとして開発を進めた製品の高性能能力試験用プロトタイプ、後に未確認生命体第4号−クウガ専用に改造されたトライチェイサー2000である。
それに乗っていた一条はトライチェイサー2000から降り、ヘルメットを脱いだ。
そして彼は本郷猛に向かって叫んだ。
「乗れっ!」
それを求めていた本郷は思うままにそちらに向かった。
理性によってそれまでタガがはめられていた彼の脚力はそれに反応した。
バッタの能力を模して改造された彼はその十数メートルの距離をただの一蹴りで跳躍してしまったのである。
本郷自身それに驚いたが、彼のような者はこの様な特殊能力を持っている物だと言う認識を持っていた一条はそれに動揺することなく彼にトライチェイサー2000を預けた。
「頼むぞ本郷くん」
一条が肯くと本郷はサイドミラーに映る自分の顔を見て何かを考えていた。
本当の自分とは似てもにつかない体になってしまった姿をみて彼は何を思うのであろうか。
そして彼はこう答えたのである。
「いや、今の俺は本郷猛であって本郷猛ではない。今の俺は、仮面ライダーだ!!」
彼はそう言うとアクセルを吹かした。すると彼の予想を遙かに超えたトルクが後輪へ伝えられた。
それは流石に彼にとっても初めて遭遇する威力だった、しかし、改造強化されてしまった彼の肉体はそれを御しきったのである。
通常では考えられないその加速で仮面ライダーは蟷螂男に迫った。
「トウッ!!」
掛け声共に仮面ライダーはトライチェイサー2000から跳躍し、空中高く跳躍した。
「ラァイダァーキィック!!」
2トンを超える加重を伴った必殺のライダーキックが蟷螂男に決まった。
その反動で更に空中に舞い上がった仮面ライダーは途中で回転方向を反転させ、再度蟷螂男に迫ったのだ。
「ライダー反転キィッック!」
ズシーンと云う響きと共に二段蹴りが蟷螂男に決まった。
少し離れた場所に着地した仮面ライダーは蝙蝠男に向き直った。
すると蟷螂男はヨロヨロと立ちすくんでいたが、不意に腕を頭上に挙げ断末魔の口調で叫んだ。
「ショッカーニ栄光有レェ・・・!!」
そして力尽きると同時に彼の体は内部から大爆発を引き起こし消し飛んでしまった。
そこには蟷螂男の存在した形跡、その改造場所などの証拠を示す物は何一つ残っていなかった。
楽屋口が封鎖されていることに気付いた蜘蛛男はそこから脱出することを諦め、敵が待ち受ける観客席を突破する決意を固めた。
彼が舞台袖から姿を現した瞬間、観客席の真ん中で爆発が起こった。
様子を伺うとその脇には飛蝗男が、そしてその近くにジャイロによって自動的に起立しているバイクの姿があった。
先程まで蝙蝠男によって昏倒していた警官とその他の人達は全て既に救護班によって保護されていた。
これでは人質を取って外へ出ることは叶わない。
「もう逃げられないぞ。観念するんだな」
彼の背後にはしつこく追い掛けてきたサイボーグが一体、そして客席にいた飛蝗男が蜘蛛男に気付き彼を睨み付けた。
−−やはり、スピリッツによる新式の洗脳方法は技術が確立するまで戦闘員で実験をするべきだったのだ。当面は、リスクは大きいが外科手術によるロボトミーを続けるしかないだろう。
この様な追い詰められた状況にあっても彼はショッカーの今後の方針について思考を続けていた。これは別に逃避行動というわけではない。幹部候補であった彼にとって、組織の経営方針の検討はいつ如何なる時であっても行うべき物であったのだ。
だが、状況は果てしなく不利であった。
何かこの状況を覆す材料はないかと辺りを見回したとき、剥がれた天幕の下から2本の足が伸びている事に彼は気付いた。
しかも、「生きている」、時間稼ぎの材料にはなるだろうと蜘蛛男はそろそろと、人質候補の事を周りに気付かれぬようにそちらへ向かい、そこにしゃがみ込んだ。
取り囲んでいた者達は蜘蛛男の行動が何を意味するのか理解できなかったが、次に彼が立ち上がった時にその意味を理解した。
彼のその腕の中には、高校生くらいの少年が捕まっていたのである。
蜘蛛男はその少年の首筋に手刀をおし当て周りを牽制しつつ出口の方へと向かった。
だが、ちょうど中央へ来た時、その少年は意識を取り戻したらしく、硬く閉じられていた瞼を開けた。
「動くな、暴れるとお前の命はない」
蜘蛛男に恫喝された少年はビクビクとしていたが暴れる様子はなかった。
それに気をよくした蜘蛛男は更に歩を進める。
しかし、2〜3歩ばかり歩くと急に少年は足を止めてしまった。
気絶したのか? と蜘蛛男は少年を見たがその様子はなかった。
「ぐずぐずするな! とっとと足を進めろ」
「・・・ひとつ質問が有るんだ・・・」
「なに?」
まさかそんな事を言い出すとは予想もしていなかった蜘蛛男は不信げに少年の顔を覗き込もうとした。
しかし角度が悪く、俯いた彼の顔は見えなかった。
「貴様などに話せることはひとつもない。言うことを聞いていれば命だけは助けてやる」
それを聞いた少年は恐怖からか、蜘蛛男の腕を右手で握り締めた。
「クリステラ・レビはどこにいるの?」
「は? ・・・・・・貴様、何を言っている」
「クリステラ・レビは何処にいるのかって訊いているのよ!」
「何っ!? 貴様!!」
蜘蛛男と警官達の真ん前で平凡な冴えない少年の姿は見る見る内に魅力的な左右に銀髪と赤髪を生え分けている美少女に姿を変えた。
彼女は掴んでいた腕だけで、片手で蜘蛛男を頭上高くリフティングしてしまった。
それは常識では考えられない怪力である。
更に彼女が手首のリングに触れると一瞬にして野暮ったい服がまるでアメコミから抜け出てきたような扇情的なボディースーツに変化したのだ。
その光景を目にした物は唖然としたまま変身したその美少女を見守ってしまった。それは仮面ライダーとて例外ではない。
「さぁ! 白状しなさい!! クリステラ・レビは何処に潜伏しているの」
「き、貴様は誰だ!? 警察の改造人間か?! 別組織の戦闘員なのか!?」
「貴様などに名乗る名前は無い!」
「ならば何も言わんぞ」
「・・・・・・私の名はバーディー、深宇宙の彼方からやって来た正義の味方・・・で、良いんだっけ? つとむ」
最後のセリフは理解できなかったが、彼には思い当たることがあった。
クリステラ・レビとこのバーディーと名乗る者達の間にある共通点に彼は気付いた。
「そうか! 貴様もレビも・・・うっ」
「? どうしたのよ、先を続けなさい!」
突然うめき声を上げて言葉を止めた蜘蛛男に先を促すが、返事がなかった。
不審に思ったバーディーが頭上を見ると蜘蛛男の体からうっすらと煙が上がり始めていた。
「げっ!!」
慌てて蜘蛛男を地面に下ろしたが、その瞬間、天井から落下してきた人影が彼女の側に着地した。
止める間もなくその男、本場物のアーカソイド・サラマンデルは蜘蛛男の顔面に手の平を押し当てるとその頭部を焼き尽くしてしまった。
「ああっ!! この、折角のレビの情報源を! ハッお前は!?」
「マタお会いしましたネ、連邦捜査官バーディー・シフォン・アルティラ」
「お前はレビのアーカソイド!!」
「サラマンデルデス、オンディーヌはワタシのイモウトでした」
<バーディー、雨の公園で襲ってきたあの娘の事だ>
「アーカソイドが自意識を持っている?! 相変わらず悪趣味じゃないの、レビの奴」
「レビ様はワタシ達に大変良くシテ下さっておりマス」
彼は無表情ながらもニコリと笑うと、頭部を失った蜘蛛男の体を掴みテントの天井目掛けてジャンプしてしまった。
「ああっ!? 逃げた!」
「ソレでは失礼シマス」
サラマンデルはペコリと挨拶すると天井に開いた穴から姿を眩ませた。
「チッ・・・逃すかぁ!!」
バーディーも直ぐにサラマンデルの後を追って跳躍し、そのまま天井の穴から姿を消してしまった。
こうして、拘束された戦闘員の他にはこのテントの中から敵組織ショッカーの戦力は消滅した。
直ぐに警視庁から派遣された鑑識班が現場検証を開始、騒動が終了してからもこの周辺から人の熱気が消え去ることはなかった。
出動指令を受けたERETは新型の兵員輸送ヘリコプターとして採用されたばかりのCAT<MATジャイロをカウンターテロ部隊用に再設計した気鋭の新鋭機である>に乗り込み、今まさに大空へ飛び立つ寸前に出動命令が撤回されてしまった。
出動装備を係りの者に返納した後、彼らは当直以外の者達はそのまま訓練シフトへ戻り、激しい訓練を再開したという。
肉体的にも精神的にもタフでなければこの部隊に在籍する事は出来ないのだ。
事件から数週間後、薬物洗脳が解かれた戦闘員のひとりから貴重な証言が取れられた事をきっかけに事態は急速に進んだ。
大規模な関係者の洗い出しが行われ、追い詰められたショッカー構成員達は石切場の近くに造営した地下要塞型秘密基地に立て籠もり籠城戦が行われたのである。
そしてこの戦いにはERETやSAT、習志野の空挺レイバー部隊などの特殊戦闘のエキスパート達が大量に動員された事で有名になった。
その中には元ショッカーの改造人間がひとり加わっていたという噂もある。
激しい攻防戦は秘密の地下基地と言う事もあり、非常に難航した。
その時の作戦に参加した彼らの顔写真や装備などの資料は現在を以ても一般に流出していない。
それはともかくとして籠城していたショッカー構成員は全員討ち死にするまで抵抗を止めず、戦闘後検証したところ奇跡的に原形を留めていたコンピューターからサルベージされたデーターを元に首領を始めとする幹部から戦闘員までの照合が行われた。
しかし、その中には戦闘員その1の姿は無かったという。
後日、追跡調査の結果実際にこの組織の設立を指揮したのはその戦闘員その1で有る事が判明、現在ではそれ以上の調査は不可能となってしまったが、首領の手記によると彼はそれ以前にも何らかの形でテロ組織に関与していたらしい。
手記の損傷が激しい為読みとれないのだが「金目教」「血車党」「関東軍第九十四部隊」そして「死ネ死ネ団」と思しき文字が書き記されていたようである。
どうやら戦闘員その1は彼の世界に日本古来より存在する日本征服陰謀集団の血を引く人間であり、戦後に日本を脅威と思いこむ外国テロ勢力の支援を受けてこの組織を興したようだ。
事件の被害に遭った関係者達の方も事情聴取が行われた。
特に戦闘員の装備していた自動小銃を何らかの方法で奪ったマジカル・エミ(芸名)、本名、年齢、出身地、その他経歴一切が不詳の彼女は戦闘員から自動小銃を奪った手段を尋ねられたのだが、マジシャンが種明かしをする事はないと一切の情報提供を拒否した。
だが、TV放送当時自作のM検知器に反応があった事を知っていた鷲羽・F・小林の監視の元、奪い取った自動小銃の提出を求められたマジカル・エミはその場で自動小銃を取り出して見せた。(提出しなかった場合には銃刀法違反で送検すると言われたらしいが、捜査方法に誤りがなかったか当時の捜査関係者に対する調査が行われている)
その際のデーターは鷲羽博士の研究室にて現在解析が続けられている。追って報告の予定。
現在はTV放送で流れた彼女のマジックから話題が広がり、その世界では世界最高の魔術師と呼ばれていた。
以来、彼女の所属する常設の小屋は常に満員御礼であるとの事。
尚、仮面ライダーこと本郷猛であるが、DNA鑑定の結果、捜索願が出ていた本郷猛本人である事が確認された。
犯罪組織にいた為、犯罪を強要されたのではないかという疑いが持たれたが、調査によると改造に要した期間から自意識のない期間に犯罪を犯した恐れがない事。
もしあっても洗脳による自意識の喪失と言う観点から彼の犯罪とは見なされないという判断が下された。
事件後、彼は調査団の手によって細かく調査が成された。主任としてSCEBAIの医療班の最高責任者である天本博士が当たったのだが、彼の風貌が本郷がショッカーで改造手術を受けた際の悪の科学者団のひとりに酷似していた為、本郷が難色を示すと言った事件もあったが・・・正常に調査は終了した。
それによると、現在の彼の体には口に当たる器官が無かった。
そして皮膚も強靱である為に点滴などによって栄養の補給を補う目処も立たなかった。
しかし、数時間後に彼の血糖値がある値よりも低下した所、外皮を覆っていたキチン質の生体装甲板が消失し、又、筋肉組織の筋力を倍加させていた特殊酵素の分泌も停止し、外見は改造前の本郷猛そのものに戻ったのだ。
だがその体内には未だに再変身の為の特殊器官が存在していた、その器官を外科術式によって除去する事を天本博士は検討したのだが生命の維持に支障を来す可能性が高いと判断された為に結局行われなかった。
誰も彼の体を元に戻す事は出来なかったのである。
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