授業も終わっていないと言うのに、教室を飛び出してしまったアスカはそのまま自室に帰ってきてしまっていた。
今は扉を閉め切り、ベッドの上に座っていた。
彼女たちはそれぞれ火蜥蜴を飼っているが、普段は食事を取ることの多い部屋、つまりシンジの部屋に9匹が集まっていることが多かった。
しかし、今はその内の3匹、アスカの火蜥蜴であるブロンディ、カッパー、ブルネットは落ち込んでいるアスカが帰ってきたことを知りアスカの部屋に戻ってきていた。
彼女は眉をひそめて悲しげな表情で彼女の火蜥蜴、ブロンディに話し掛けていた。
「ねぇ、ブロンディ。私シンジとケンカしちゃった。どうしよう、嫌われちゃったかな。どうしたらいいと思う? ブロンディ」
アスカに話し掛けられた黄金色の火蜥蜴、ブロンディは長い首を傾げた。
彼女は緑色に輝く虹彩をキラキラと回したり、瞬きを繰り返したりしていた。
「そっか、やっぱり分かんないわよね。でも、私はシンジに嫌われてでももうエヴァにシンジを乗せたくないの。シンジ分かってくれないのかな」
アスカはブロンディの鼻の頭を軽くなぞった。
するとブロンディはごきげんな様子で喉を鳴らしアスカの腕に尻尾を巻き付けた。
「うふふ。可愛い子ね。はぁ・・・。あ、でも、シンジの奴、私のこと探してたりしてないでしょうね。思わず飛び出して来ちゃったけど」
アスカは衝動的に行動したことに対し、少しばかり後悔しているようであった。
アスカと云う少女は許容量を超えた事態に遭遇すると、その対象に対して攻撃的になるか逃げ出してしまう傾向が強かった。
しかし、ゾンダー化され、浄化された後のアスカからはそのストレス物質と要因が取り除かれていた。
よって、今までのような過剰な攻撃性はなりを潜め、抑制気味だった女性的な面が露呈してきていたのだ。
そんなアスカの心情を察したのか、ブロンディはアスカに心配そうな声を出した。
「心配してくれてありがとう。あら?」
アスカはブロンディの羽根の付け根部分(一番皮膚が敏感な部分だ)がカサカサになっているのに気付いた。
「いけない。そういえばここの所ベビーオイル塗って上げてなかったっけ。カッパー、ブルネットもこっちに来て」
アスカが呼びかけると机の上やTVの上にいた残りの2匹もアスカの側へ飛んできた。
飛んできた彼らの肌を見てみると、ブロンディと同じように少しカサ付いていた。
「あらやっぱり、ちょっと待っててね。今ベビーオイル塗って上げるから」
そう言うとアスカはベッド脇に買って置いた瓶を取り出した。
アスカはベビーオイルを掌に空けると丹念に塗り込み始めた。
するとアスカの背中にもオイルがジーンと浸みてきた心地よい感触が伝わってきた。
実は火蜥蜴はルクバト星系の惑星パーンの原産生物であった。(何故それが地球にいるかは現在の所不明だが、植民人達がアイヴァス又はたまたま近くを通った殻人(シェルパーソン)の助けを借りて地球に戻った時に一緒に連れていったモノではないだろうか)
彼らには空間跳躍能力と精神感応能力があり、卵から孵った時に食事を与えた者と強い精神的な結び付きを持つ。これを感合と言う。
もともとこれらの能力は彼らの惑星パーンに於ける天文学的な自然環境に適応した物であろうが、凄すぎる。
それはともかく、アスカには火蜥蜴達の幸せな心が流れ込んできていた。
その感覚は悲しみに縁取られていたアスカの精神に安らぎを与えた。
「えへへ。か〜わいいの」
しばらくの間そうしていたアスカだったが、やはりシンジ達のことが心配になっていた。
もしもアスカを追って探していたら・・・、既にあれから1時間半が過ぎようとしていた。
Gアイランド、海の見える丘の上の公園にて。
「アスカ、どこにいるの?」
綾波レイは彷徨っていた。
太平洋上、東京都青ヶ島西方八〇キロメートル地点。
戦艦長門を中心に縦列を組んだ自衛隊麾下の護衛艦隊に所属している旧海軍から転籍してきた打撃艦群は、新型装備の訓練と自衛隊の護衛艦との合同訓練を実施していた。
これは彼らの目視主体の対空砲塔が如何に命中率が低いか、そしてレーダー連動式の対空砲塔の命中率を実感して貰う為の実地訓練も兼ねていた。
その為に無人機に改造されたF−104J<スターファイター> 識別番号UF−104J<雪風>と、同じく無人機に改造したF−86F<セイバー> 識別番号UF−86F<松風>をそれぞれ五機用意していた。
これらは艦隊の上空、高度一五〇メートルをそれぞれの最高速度マッハ2.0とマッハ0.95で雷撃コースを取り接近、艦隊から少し離れた場所にある標的艦に攻撃を仕掛ける。
それを守り切れば守備側の勝ち、攻撃機の役割を持ったUF−86Fが模擬弾を投下命中させれば攻撃側の勝ちと決まっていた。
訓練は二段階に分かれていた。
最初は旧海軍所属艦がそれを迎撃する事になっていた。
二回目はイージス艦にリンクされた艦隊情報によって先導された総力戦が計画されていた。
腕自慢の海軍の猛者達は、対空砲塔に座り手ぐすねを引いて海上を睨み付け、標的機が姿を現せるのを待っていた。
艦隊旗艦長門の艦橋では予定時刻が近付くに連れて緊張が高まっていた。
旧軍からの移行組は一撃の下に無人機を落とすつもりであったし、自衛隊組は高速の機体に目視射撃が効果無いと確信していた為、如何に目視では砲撃が無駄であるかを認識させるため出来るだけ一回目には無人機には被害がなければ良いと考えていた。
長門に新設されたレーダーが、地平線の少し向こうから高速で接近してくる航空機の機影一〇機を確認していた。
艦橋に新設されたレーダーコンソールに就いていた自衛官、雪 森雄二尉が報告した。
「南西方向一七〇キロよりマッハ0.8にて接近する航空機有り。識別信号は標的機と判定されました」
報告を聞いた艦隊司令は命令を下した。
「よし、ただ今より実弾訓練を実施する。各位事故に気を付け奮戦努力せよ」
司令の命令が発令されると旧軍の艦船の訓練が開始された。
すると無人機はUF−104J五機は旋回し待機、速度の遅いUF−86Fの速度が増速を開始した。
どうやら艦隊に突入するタイミングを合わせる為の機動の様である。
UF−86Fは最高速度のマッハ0.95まで増速した。
見る見るうちに接近してくるUF−86Fであったが、肉眼では未だにそれを確認することは出来ていなかった。
今回訓練側は、一切の確認作業まで旧軍式に統一していたため、双眼鏡などの光学機器しか使用が許可されていなかった。
その為、銀色のメタリックが目立つ機体であったが発見は六〇〇〇メートルに接近するまで出来なかったのだ。
艦隊内で最初に肉眼で敵機を確認したのは冬月であった。
艦長は直ちに無線にて敵位置の方向を打電し、自艦の対空砲を旋回させた。
冬月が砲塔を向け、戦闘態勢に入ったその時既にUF−86Fは三〇〇〇メートル、マッハ2に増速したUF−104Jは二〇〇〇メートルまで接近していた。
冬月が発砲を初めてより数秒遅れて艦隊に存在する全ての射撃可能な対空砲が火を噴いた。
その火線は空中に無数の火の花を咲かせた。
しかし、そのどれもが未来予測位置を大きく外れ、掠りもしなかった。
5基のJ47−GE−27と同じく5基のJ79−IHI−11Aが撒き散らすジェットエンジンの咆吼は、艦隊の真上を通り過ぎると同時に強力な風圧と共に叩き付けられた。
まさしく目にも止まらぬ超スピードで通り過ぎていったジェット機の迫力に旧軍の人達は驚きを隠せなかった。
今まで彼らはレシプロエンジン搭載のプロペラ戦闘機をその目標としていたため、その驚き様は尋常ではなかった。
西暦二〇〇〇年には全機既に退役していた超ロートル機種であるにもかかわらずで有る。
結局、全ての対空砲弾は虚しく虚空に消え、まったく損害を受けなかったUF−86Fは模擬弾を標的艦へ命中させて一時的に去っていった。
「ううむ、予想通りとは言え。一発も当たらないとは」
「マッハに近い高速で移動する目標に対して、近接信管も持たない対空砲では話になりませんよ。また、砲手達も低速のプロペラ機に対する訓練しかしていませんからね。もっとも、次の第2段階の訓練、レーダー管制砲撃が如何に効果が有るかと言うことを実感出来るというわけですが」
「それもそうだな。よぅし、10分後に2回目の訓練に入る。通信官、八丈島との連絡を取ってくれ」
「了解しました」
通信士が八丈島の仮設基地に連絡し、10分後に再度訓練が実施されることになった。
9分後
艦隊司令は艦橋にて号令を発した。
「よぅし、対空防御訓練、第2段階を開始するぞ。レーダー管制官、機影が発見されたら直ちに報告せよ」
「了解」
10分後
「司令、艦載レーダーに感有り。現在東南東より10機の機影を発見。M0.85で接近中。相対距離150キロ」
「よし、迎撃準備。護衛艦以外の艦は迎撃準備に入れ」
「了解、各艦に伝達。作戦指令A−105号発令、迎撃準備開始」
この艦隊に装備されている最高の性能のレーダーはこの戦艦、打撃護衛艦「ナガト」に搭載されていた。
これはこの艦が最も高い艦橋、つまりレーダーの取り付け位置を持っていたためだ。
レーダーは水平線が遠いほど、つまりレーダーの取り付け位置が高いほど遠くの対象物を感知できるのだ。
その為、この長門には初めて本格的に艦橋を改造し各種観測機器を増設していた。
イージス艦以上の性能を付加されたナガトは標的機の現在位置と予想進路を割り出した。
2回目の訓練で使用できる火砲は改装を受けた兵装の全て<オールウェポンズフリー>である。
その内最大射程を誇るのは巡洋艦に積み込まれた対空ミサイル、S.A.M.、そして今回ナガトは試験的に第1砲塔に換装された主砲塔を搭載していた。
40センチ砲であることはそのままだが、口径を50口径に伸長し誘導弾頭を射出出来る様に滑空砲にされていた。
余談だが、現在では戦艦級の大口径砲身を作成する技術を失ってしまっていた。
しかし、広島の呉には一大海軍工廠として失われた当時の技術を携えていた。
それを用い、ライフリングのない滑空砲塔を作っていた。
大和の大口径砲を作った呉工廠にとってはライフリングの必要のない滑空砲身の作成は容易だったようだ。
その為、誘導装置を内蔵しているとは言え、推進機を内蔵しなければならないミサイルと違いそのコストを大幅に下げることが出来た。
その誘導滑空弾頭を作る際に最も苦労したのが、砲弾の射出時の強大な衝撃に耐えられるだけの半導体と電子回路の作成だった。
又、弾頭を打ち出す炸薬を改良しそれに合わせて砲身の強化も行っていた。
その為、射程は大幅に伸びて現在は六〇キロ、今後それを更にそれを延ばすことも計画されていた。
更に現在、前回の改装案が用兵側に否定された為、改装計画が再度練られている超大型打撃護衛艦「ヤマト」では四六センチ五〇口径の滑空砲が搭載を予定され、既に呉の工廠では試作に入っていた。
滑空砲による誘導弾頭による改善効果は射程の伸長だけではなかった。
通常、海戦に於ける砲撃戦での命中率は6パーセントに過ぎない、しかし誘導弾頭による精密な誘導で低速移動体に対しては80パーセント、空中目標に対しては三式弾頭を用いることで五〇パーセントの命中率を誇った。
迎撃の第一陣を飾ったのはレーダーに誘導されたS.A.M.12基が発射された。
見る見る加速し、100キロの彼方から接近しつつある10機の標的機目掛けて飛んでいった。
旧軍出身者達は、目に見えない目標に向かって勝手に飛んで行く噴進弾を見て信頼感は沸かなかった。
着実に距離を縮めるS.A.M.
しかし、よっぽどひねたプログラマーが作成したのかUF−104JとUF−86Fは、標的機としては不必要なほどの機動を行った。
UF−86F五機とUF−104J五機はS.A.M.が発射された事を確認すると高度を5000メートルから一気に15メートルという超低高度に降下、上から俯瞰する位置にあったS.A.M.のレーダーは海面反射による電波障害により目標追尾が出来なくなり自爆した。
実は標的機として無人機に改造した研究所では無人戦闘機の研究を行っていた為、そのプログラムを流用したのだが、回避モードも実戦形式にしていたようだった。
勿論、有人機でこんな低空をこんな超スピードで飛んだら空気抵抗が大きすぎる上に操縦性が極端に悪く、少しのミスで海面に激突してしまうだろう。
予想外の出来事に司令部は騒然となった。
特に自衛隊で教育を受けた者達はセオリー無視の標的機に驚きが大きかった。
しかし旧軍関係者達にとってその動きは艦攻による雷撃機動にも似た行動だったためそれ程の動揺はなかった。
近距離レーダーに微かに映る機影は撃墜されても破片が艦に当たらないコースを選択し接近しつつあった。
流石にステルス迷彩を施されたわけではないため、近距離に接近してくると機影ははっきりとレーダーに映るようになっていた。
艦隊から8キロメートル地点にて各艦に増設されたレーダー連動式の1吋速射砲が火を噴き始めた。
それに釣られるようにレーダーの補助を受けた各種対空砲塔も砲火を開いた。
先程と違い、今度は弾道の計算までアシストを行われている為、初弾から至近弾であった。
そして遂に命中弾が発生した。
1吋速射砲から放たれた砲弾がUF−86Fセイバー改の主翼を吹き飛ばし、同時に自爆装置によって機体はバラバラに吹き飛ばされた。
コントロール不能になった機体が脆弱な非装甲艦と接触しては大惨事になるためだ。
そして標的機達に砲弾は命中していった。
しかし、無人機のプログラムは巧みな操縦で少しでも被害を減らそうと至近弾と命中弾に付いてはレーダーにて確認されたその全てを回避しようと機動を行いそれぞれの機体は約10発の命中弾を避けたことになる。
それは増設したCCV機動用の増設カナードの効果が大きかった。
結局、その弾幕は1機のUF−104J以外全てを撃墜に成功。
対艦装備を施していなかったUF−104Jは作戦終了と判断し、八丈島へと戻っていった。
1機を残したとは言え、艦砲による対空砲撃で九割の敵機を破壊したことは充分な成果と言える。
しかも敵の攻撃機担当機を破壊したことにより敵の目的は果たされなかった。
戦術的には作戦は完璧だったと言えるだろう。
今回の訓練は旧軍よりの人達にテクノロジーの進歩と、それを自分たちが使いこなせたという自信を与えた。
目的は充分に成功したと言える。
また、標的機であるが、これが後の無人戦闘機<戦闘妖精>シリーズに繋がっていくことになる。
さて、訓練を終えた護衛艦隊は横須賀への帰途に就いた。
その途中での事だ。
伊豆諸島御蔵島東方一〇キロの地点を北上していた時、艦載レーダーに感があった。
その未確認飛行物体が東方五〇キロを北上していることを確認した。
距離が距離だけに情報を自衛隊横須賀基地に連絡し確認を譲った。
連絡を受けた海上自衛隊は航空自衛隊へ連絡。
飛行物体の確認を求めた。
アラート任務に就いていたF−15戦闘機2機が航空自衛隊百里基地から飛び立った。
この所、日本対する領空侵犯事件は全く起こっていなかった。
また、日本の南方の日本領ハワイ県までの間には水棲文明や秘密組織の存在も無かったため、その飛行物体はまさしくUFOと呼ぶに相応しい存在だった。
海上自衛隊からの報告では、飛行物体は時速五〇キロという超低速で北上中。
機体の大きさは全高七〇メートル。
すくなくとも確認されている人類文明の産物ではないようである。
又、相手が低速であることからターボプロップエンジン搭載のE−2C早期警戒機と光学による偵察機としてRF−4E/EJを発進させた。
三〇〇海里の空域を監視することが出来るE−2C早期警戒機のレーダーには直ぐにその機影が映った。
先にアラートで発進したF−15(イーグル)戦闘機2機が猛スピードで未確認機に接近していくのが確認された。
そのF−15戦闘機のコクピットではパイロットが接近しつつある目標に対し緊張の面もちで針路を向けていた。
民間の旅客機が一切いないという現代としては希有な状況でF−15戦闘機は高度一万メートルを巡航スピードで飛行し、目標間近で目標の高度に近い一〇〇〇メートルまで降下した。
レーダーにより目視可能な距離に接近した事を確認したパイロット達は戦闘機乗りの本能としてか、目標の姿を探した。
最初は点に過ぎなかった目標の姿は見る見るうちに大きくなり、その形状が確認できるようになった。
だが、その姿は彼らの予想を遙かに超えるような物であったのだ。
彼らより更に下方に居た目標の姿は・・・、パイロット達の報告で充てよう。
『トレボー、トレボー。こちらメイジ−1 こちらメイジ−1 オーバー』
「メイジ−1、こちらトレボー感度良好オーバー」
『メイジ−1、メイジ−2共に飛行状態に異常なし。これより目標に対し接近する オーバー』
「了解 メイジ−1、これより目標に接近し、機種の特定と意思の確認を行え オーバー」
『メイジ−1 了解。交信・・・・・・なんだあれは?』
「どうした メイジ−1 報告せよ」
『巨大な、ホルスタインの模様を付けた巨大な・・・人型の・・・何だあれはー!』
「メイジ−1、どうしたメイジ−1、報告を続けろ」
『全長50メートル以上の、うわあっ! ZZzzzz・・・・・・』
「メイジ−1、メイジ−1! どうした高畑! 応答しろ! 高畑、たかはたー!」
空自のアラート管制センターに通信オペレーターの声が響き渡った。
そしてそれと同時にレーダー管制官から司令に報告の声が響き渡った。
「トレボー1、2 共に反応が消失しました」
「くっ・・・撃墜されたか。直ちに加治首相に報告、これより空自は特別警戒態勢に突入する。」