作者:皐月さん
その場所が纏う雰囲気の故か、まるで冥府へと続くかのように、どこか闇が深い敷地。
木々の隙間よりは月の光が煌々と降り注ぎ斑の模様を繁る草花に描く。
その神秘的な蒼い光を時折覆う、影。
その数は二つ。
二つの影は一瞬たりとも停滞することなく動き回っている。
そして影が交差するたびに響く剣戟の音と声。
「このあーぱー吸血鬼っ!!」
「なによっシエル!志貴の所に行くんだから邪魔しないでよっ!」
その動く速度と振り回される剣と拳の速度よりは想像が出来ないようなどこか笑える会話。
無論、彼女らにしてみれば本気でしかない。
会話、がだが。
「遠野君の所ではなく、他の死徒の所にでも行ってなさい!」
「シエルこそ仕事を放っていつまでもこんな所にいないで死徒狩りにいけばいいじゃない!」
木々の間を跳ね、地を駆けていた二人の動きが漸く止まった。
剣で斬りつけ、その剣を止めている体勢で、だ。
剣を振り下ろしている女性は、シエル。
ショートカットの青い髪をしている。
その目を鋭く吊り上げて眼前の女性を睨んでいる。
身に纏うのはカソック。
聖職者であることを知らしめる法衣。
だがその手に持つものは聖書ではなく剣。
正しくは剣ではなく、鍵。
どちらにせよそんな物を持っているからと言って彼女が偽のシスターという訳ではない。
なにせ表はともかく裏では彼女は年齢からは考えられない高い権限を振える存在なのだ。
基督教――キリスト教・カトリックの総本山、ヴァチカンにて。
が、その高い権限には無論理由がある。
彼女はヴァチカン内部でも秘匿されているとある機関、埋葬機関と呼ばれる所の人間だからだ。
埋葬機関とは異端狩り、つまり悪魔払いならぬ悪魔殺しを目的として設立された機関だ。
悪魔、と言っても過去に教会の権益のために虐殺された者達ではない。
異形の存在、邪な目的のために秘された力を振るう者。
そして……吸血鬼。
それらを狩るのが目的なのだ。
シエル自身、遠く離れたヴァチカンより日本へと来たのはその吸血鬼を狩るため。
その『吸血鬼』とは因縁もあったが故に。
そして無事その目的を果たした彼女。
そして今では……。
今現在の事は後述するとして、その剣を捨て、詩集でも持てばさぞかし似合うだろうと思われる彼女であった。
そしてもう一方の女性は一言で言えば、人外の美を持つ女性だ。
名はアルクェイド・ブリュンスタッド。
シエルも端正な顔立ちをしているがそれでも彼女に比べれば『普通』となってしまうだろう。
月の光を浴びて燦々と輝く金の髪。
深い、血玉の色をした瞳。
白いタートルネックの服と紫のロングスカートを纏い、シエルと対峙している。
そして、シエルと対峙している、その事実が彼女の持つ美が真実、人外の者である故を知らせる。
何せ彼女はなにも仕込むことなく、その腕のみで鋭い刃を防いでいるのだから。
彼女は所謂吸血鬼である。
ただし一般で言われる吸血鬼とは異なり、真祖と呼ばれる者。
その中でもブリュンスタッドの名を持つ者は王族と呼ばれる者だ。
空想具現化と呼ばれる、『意志の力で現実を改変する』という力を以てブリュンスタッド城を創る事を可能とする者。
それを可能にしたが故に、彼女は姫君と呼ばれる。
臣下も無く、呪いのみが残る城の主だが……。
彼女もシエル同様、とある吸血鬼を追ってこの地へと来た。
紆余曲折ありながらもその目的を果たし、今ではその紆余曲折の元となった青年と恋仲であった。
多少、周りが複雑な恋仲であるが。
「ふふふ……アルクェイド」
不気味な笑い声を上げるシエル。
唐突にその目が陰に隠された様な気がしてきそうな笑いだ。
「な、なによシエル?」
どもりながらも聞き返すアルクェイド。
「今日こそ……今日こそ決着をつけてやります!!」
そして次の人気投票では私が一位にっ!……そんな声が聞こえた気がした。
無論そんな事はなく、ただ不気味な笑いを上げアルクェイドより距離を取った。
改めてどこからともなく黒鍵を取り出し構える。
それを不敵な笑みで見ているアルクェイド。
黒鍵程度、何本あっても自分を傷つける事など出来ないと知っているからだ。
そして、弦を引くように緊張が高まっていく。
その時であった。
「え?」
「なに?」
二人が同時に声を上げたのは。
シエルは突如空が赤く覆われたのを見て。
アルクェイドは繋がっていた星、すなわち地球、その大地とのリンクが絶たれたことに。
ネロ・カオスそしてロアと続いた騒動から時が過ぎ、再び彼女らは騒動へと巻き込まれていった。
時を僅かに遡る。
暗い木々の狭間で彼女たちが戦闘を繰り広げているとき、そこより少し離れた屋敷では。
「ははあ、またあの方達ですか」
監視カメラより送られてくる映像を見ながら呆れたような、面白がるような声で琥珀は呟いた。
無論琥珀には彼女たちの姿を捉えることなど出来ない。
送られてくる映像にもなにかが戦っているという程度のことしかわからない。
だがその、捉える事のできない、という事実が戦っている者達が誰なのかを教えている。
和装に包んだ身を、ん、と声を漏らしながら伸びをし、立ち上がる。
今、庭にいるのが誰か分かればあとは用はない。
問題があるとすれば明日の彼女の主人とその兄だからだ。
(それはそれで面白いですしねー)
と不穏な事を思いつつ部屋を出て行く琥珀。
寝る前にお茶でも飲もう、と思い台所へと向かう際に人影を見つけた。
「あら?翡翠ちゃんに……秋葉さま」
少しばかりとまどった表情をする琥珀。
目の前には彼女と同じ顔立ちをした――双子だからだが――妹と主人である秋葉がいた。
野暮ったい印象を受けるメイド服に身を包んだ翡翠。
夜着、ではなく軽装の秋葉。
「どうしたんですかこんな時間に?」
と琥珀が秋葉に聞いた。
翡翠は夜回りがあるために起きていても別段不自然ではないからだ。
「琥珀……」
と静かに秋葉が口を開いた。
その声はどこか怒りを抑えたようである。
「今、庭で騒いでいるのはあの方達かしら?」
窓より深淵の様な木々を見る秋葉。
そこにはやはり黒々とした影しかないが、まるでその視線の先に彼女たちがいるかのように睨み付ける。
もしかしたら彼女には見えているのかもしれないが。
なぜならば、彼女――遠野秋葉は純粋な人間ではないからだ。
光の降り注ぐ表世界では精々、地方の資産家といった程度だが、裏、というよりは闇の世界では遠野の名は妖の筆頭である。
この、日本という地に古くから継がれてきた血。
人間ではない、異形種――正しくは鬼種と呼ばれる――の血。
それを色濃く受け継ぐ妖の名家の一つ、それが遠野。
その傍系として、軋間、久我峰、刀崎がある。
そしてこちらは退魔として名高い、七夜。
もっとも七夜は既に滅びている。
が、それはまた別の話である。
前述にあるように遠野秋葉は異形、つまり妖の血を引く者である。
普段は艶やかで長く美しい黒髪であるが、彼女がその力を発揮すれば黒い髪は赤へと変じ、逃れる術など無い世界を構築する。
そして人外の証とでもいうのか彼女は血を欲する。
実際、彼女は琥珀の血を吸っていた事もあった。
が、色々あって今は血液パックより吸っている。
とにかく、彼女もまた『複雑な関係』の一人であった。
そしてもう二人。
翡翠と琥珀。
彼女たちもまた、過去からつい最近に至るまでその胸に複雑なものを抱えていた。
つい最近戻ってきた幼なじみの青年により今現在は良い方向へと転じているが。
がそれに関しては秘するべきものであるので物語に戻ろう。
「どうなのかしら?」
腕を組み、窓より外を睥睨するかのように見ている秋葉。
その髪の色が僅かに赤く変じているのは気のせいか?
「ええとですねえ……」
少しばかりとまどった表情をする琥珀。
以前とは異なり、心を凍らせ、変わらぬ仮面の様な表情ではない。
その点については喜ぶべきであるが、こんな時は困りものだと琥珀は思った。
「……はい。外にいらっしゃるのはアルクェイドさんとシエルさんです」
その途端、目が鋭くなったのは秋葉だけではなかった。
その後ろで静かに佇んでいた翡翠もまた僅かに、眦が上がった。
琥珀と似て非なる感じで感情を表に出さない翡翠。
その彼女も最近はよく感情を表に出すようになってきた。
言葉は出さないようだが。
「あの方達と来たら……」
地獄より響いてくるような声を出す秋葉。
「兄さんが優しいことに調子に乗ってよくここまで騒げるものね」
おまけに胸も大きいし、とは言ってはならない言葉。
なにせ彼女の胸サイズは年代の平均に比べていささか……いや大分控えめである為。
当人もそれを気にしていて下手にそれに触れようものなら、遠野家、秘密の地下室への片道切符を手渡される羽目となる。
「兄さんも兄さんよ。はっきり言ってしまえばいいのにいつも笑顔ではぐらかして……」
「その笑顔に騙されているのは秋葉様です」
聞こえないようにぼそりと呟く翡翠。
もし聞こえていたならば惨劇が繰り広げられたかもしれない。
「一度兄さんとはよく話し合う必要があるわね」
もはや黒い筈の髪を完全に赤くしている秋葉。
邪悪そうな笑みを浮かべている。
そんな秋葉を放って、外を見る琥珀。
「あら?あの方達なにかやったんでしょうか?」
「どうしたの姉さん?」
琥珀の不可解な言葉に翡翠もまた外を覗く。
そこに広がっていたのは赤い空。
それについて話すよりも早く、彼女らはどこともわからぬ世界へと消えた。
「ええ、兄さん。そうしていれば私もこんなことしなくていいんですよ。さあ、大人しくして下さい」
と怪しい事を言っている秋葉と様々な人々と場所を含めて。
鳥の囀る声が響く。
青い空に木々に降り立つ鳥。
まるで詩の情景の様な屋敷の中で彼は目覚めた。
「ん……」
と僅かに眠たげな声を漏らし目を開けると、飛び込んできたのは出鱈目に走る線。
それは彼以外には見えない『死』の線だ。
常に朝、起きるたびに見えるその線に頭痛を憶えながらも眼鏡を付ける志貴。
この眼鏡が無くば自分は何度気が狂っていただろうか?などと考えながら、つい最近再会した『先生』に感謝する。
先生とは彼、遠野志貴の人生を変えたと言っても過言ではない人のことである。
約八年前、生死の境を彷徨う大怪我を負った彼は目覚めた後に世界に線を視た。
それはまるで落書きのように一切の例外なく万物に走る線。
それこそが全てのモノが内包する死の具象したもの。
地にも線は走り、歩くことすら恐怖であった。
それをどうにかしてくれたのが、先生こと蒼崎青子であった。
『彼女』が志貴に手渡した眼鏡は、一見なんの変哲のない眼鏡であるが、それは彼の持つ魔眼、『直死の魔眼』を封じる事を可能にする。
それ以来、慢性的な貧血に悩まされることを除けば平凡な人生を歩んできた彼であった。
だが大怪我をして以来帰ったことのない遠野の屋敷に呼び戻されてから世界が変わった。
八年ぶりの妹との再会。
懐かしい少女達との再会。
そして、純白の吸血姫との衝撃的な出逢い。
その身に流れる血の衝動と、絶対の殺害方法である『直死の魔眼』を用いて彼は吸血鬼同士の戦闘へと否応なしに関わる事となった。
そして吸血鬼との戦いも終え、多々異論がありそうな平和を満喫している際に起きた交通事故。
その際に出逢った少女。
憶えていれば微妙にトラウマになりそうな夢の数々。
それらを経て今、彼はここにいる。
「志貴〜」
と響いたどこかお気楽な声。
またか、と溜息をつきながらも毎朝彼女が来るのを心待ちにしている自分に苦笑を浮かべる。
「アルクェイド……朝、部屋に入ってくるなって何度言えば分かるんだ」
秋葉に睨まれるのは俺なんだぞ?といささか情けないことを思いつつそう告げる志貴。
無論、そんな事を気にするアルクェイドではない。
「ねえねえ志貴、私ね……」
吸血鬼とは思えない明るく魅力的な笑顔を浮かべて話しかけるアルクェイド。
「なんだよ。前みたいに吸血鬼らしくするとかいってモデルガンとか黒い服とか買ったのか?」
「そうじゃなくって、私ね……普通の女の子になったの〜!!」
と大声を上げ、抱きつくアルクェイド。
おわぁああ!と叫びながらも感じる柔らかさに顔をだらしなく歪める志貴。
「兄さん……」
その柔らかさの前にはドアの方より聞こえてくる妹の声は聞こえないも同然だった。
リビングのソファに座る志貴。
そこには既に琥珀、翡翠、シエルが座っていた。
その全員よりの絶対零度の視線に耐えつつ志貴が口を開く。
「えーと、なにがあったんですか?」
言葉が微妙に礼儀正しくなったり、声に微かな怯えが入ったりするのはしかたが無いことだろう。
なにせアルクェイドが未だ志貴の腕にしがみついているためどんどん彼女らの視線が冷たくなっていくのだから。
かといってアルクェイドを引き離そうにも、本当に嬉しそうに志貴の腕に抱きついているその表情を見るとどうにも無碍には出来ない。
「いえ、大したことじゃありません。遠野君の腕にへばりついてるあーぱー吸血鬼ほどには、ね」
にこにことカソックを着込んだままのシエルが言う。
がその笑顔とは裏腹に目が恐ろしい。
「は、ははは……先輩そんな……」
笑ってごまかそうにもそれを許さないシエルの目。
今すぐにでも黒鍵が飛んできそうな気がして生きた心地がしない。
「まあまあ、シエルさん。取り敢えずは志貴さんにも現状を説明しないといけませんよ」
「そうですよね!琥珀さん!」
「志貴さんも勿論後で釈明してくれますよね」
普段と変わらぬ楽しそうな笑顔をして、志貴を一気にズンドコに落とす琥珀。
飲もうとした紅茶に不安を感じ、震える手でカップを下ろす志貴。
「そうですね。今は兄さんを詰問している状況ではありません」
(……妹よ、髪を赤くして言われてもなんの説得力もないとお兄ちゃんは思うぞ)
いつ自分が略奪されるのか分からないなあ、と最早達観し始めてきた志貴であった。
「志貴様、私が言うのも恐れ多いことかと思いますが……少々慎むべきかと思います」
「……はい」
素直に頷く志貴。
頷いておかなければ、妙な一子相伝の拳法を浴びせられるかもしれないからだ。
いや、根拠は無いのだがそんな気がしたのだ。
そこで漸くナニかにナニかがチクチクと刺さる時が終った。
「兄さん、簡潔に言います。今、私たちがいる日本、いえ世界は本来私たちがいる世界ではありません」
「……は?」
言葉通りに簡潔に言う秋葉。
だが、あまりの簡潔さに思わず聞き返してしまう志貴。
勿論その志貴の反応を予想していたのであろう、秋葉は脇に置いてあった新聞を志貴に手渡す。
「シエルさんが買ってきたものです」
そこに載っていたのはまるで冗談のような記事。
思わず未だ自分は『夢』の中にいるのでは?と疑ってしまうような記事ばかりだ。
「えーと秋葉、四月一日は……イエ、ナンデモナイデス」
優しい表情で自分を見る秋葉にこの上なく恐怖を感じた志貴は口を閉ざす。
本気で檻髪が発動するかもしれないからだ。
「生憎ですが遠野君。これは冗談でも嘘でもないです」
笑みを潜め厳かに口を開くシエル。
「世界に異常が起きた後に、私は何が起きたのかを確認するために動きました。その結果……」
ごくり、と唾を飲み込む志貴。
「私たちの知る世界はこの三咲町までしか存在していません。街を出れば全く異なる『街』が広がっています」
その真剣な表情に志貴はこれが冗談でもなんでもないことを知る。
「幸い、『外』の世界はそれなりに安定しているようですのでさほど問題はありません」
「それだけです。後は問題ありませんのでどうぞシエルさんもアルクェイドさんもお引き取り下さい」
志貴に伝えるべき事を伝えたシエルなど後は用無しと、秋葉は言外に語る。
無論その程度で引くシエルでもそしてアルクでもない。
「いえいえ、秋葉さん。私はあーぱー吸血鬼を監視しないといけませんので」
「ぶーぶー、妹おーぼー」
「誰が妹ですかっ!」
「えー、わたしと志貴が結婚すれば妹は義妹になるじゃない」
「なっ!?」
と秋葉が怒り心頭で叫ぶ前に、
「なにを言ってるんですかアルクェイド。闇を這いずるのがお似合いの化け物が結婚だなんて……主への冒涜ですよ」
シエルが爽やかな笑顔で毒を吐いた。
シエルのその言葉にアルクェイドは志貴の腕より離れ、凶眼をシエルに向けた。
常人でなくとも、気死してしまいかねない凶眼。
その目を見れば彼女が人でない事に、吸血姫という事に誰もが気づくだろう。
対するシエルも笑顔を浮かべたまま相対する。
「へえ、さすがねえ。やっぱりあれかしらシエル?わたしが弱っているからそんなに強気でいられるの?」
「なにを言ってるんですかアルクェイド?なぜ私があなたが弱っている程度で強気になれるんです?」
「あら?普段の貴方の行動から考えたら、ねえ?不意打ち闇討ちなんでもありじゃない」
「薄汚い化け物ごときに正々堂々とやるのは馬鹿げていると思いません?」
二人の剣呑な雰囲気に志貴は胃が痛み出すのを止められなかった。
更に言うなら目の前に座る妹の髪が赤く変じていくのもだ。
「お二方……喧嘩でも殺し合いでもどちらでもいいですが、やるのなら外で……敷地の外でやっていただけませんか?」
秋葉の持つカップが怒りに耐えかねたか、粉々――文字通り粉々になりテーブルの上に舞う。
もし志貴が眼鏡を外していれば赤い髪がカップにまとわりつくのが視えただろう。
志貴が恐怖に身体を振るわせながらふと、周りを見てみると既に琥珀と翡翠の姿がない。
どこからともなく、あはー、がんばってくださいねー、という声が聞こえたのは幻聴か?
「あーもう!!三人ともやめやめっ!!今はそんな状況じゃないだろ!!」
ソファをより立ち上がり、勇気を振り絞り叫ぶ志貴。
三人の目が志貴を映す。
「だってシエルが……」
「このあーぱー吸血鬼がロクデモナイ事を……」
「このお二人が騒ぐのがいけないんです!」
それぞれに言い訳をするが志貴は聞く耳をもたない。
「いいからもうやめっ!!取り敢えずはこれからどうするかを考えなくちゃダメだろっ!」
「は〜い」
「まあ、遠野君の頼みだからしかたがないですね」
「確かにここでいがみ合っているよりは建設的ですね」
と漸く矛を収め、それぞれ紅茶を口に含む。
それを見て漸く生きた心地がする志貴。
「あ、わたしそろそろ帰るね」
紅茶を飲み干したアルクェイドが唐突に口を開いた。
自身も落ち着くために日本茶を飲んでいた志貴はその唐突なアルクェイドの行動に疑問を感じるが彼女の気まぐれは今に始まったことではないので、
「ん、そうか。気を付けて帰れよ」
と言うだけですませた。
志貴のその言葉に満面の笑顔で応え、リビングを出て行くアルクェイド。
一人いなくなっただけでリビングが異様に広くなったな、と感じてしまう志貴。
ふと自分を見下ろしてみれば未だパジャマ姿のままだと気づく。
いつもであればそんな姿でリビングへと現れようものならば秋葉が顔と髪を真っ赤にし注意するのだが今日はそれがない。
それに気づいた志貴は、
(なんだかんだ言って秋葉のやつも焦っていたんじゃないか)
などと苦笑を浮かべてしまう。
「どうしたんですか兄さん?」
そんな志貴の苦笑をなんだと思ったのか訝しげな表情で訪ねる秋葉。
が、今考えていたことを口にすれば怖いことが起きそうな気がして、
「いや、なんでもないよ」
無難な言葉を口にし着替えるために立ち上がった。
「それじゃあ俺着替えてくるからなんかあったら呼んでくれよ」
それだけを告げ、秋葉になにかを言われる前にリビングを出る志貴。
部屋へと戻れば翡翠が着替えを置いているだろうと考えながら歩く。
シエルより聞いたことは未だ信じ切る事が出来ない。
あまりにも荒唐無稽すぎてだ。
だが、真実、世界が変わっていたとしてもそれはそれで構わないかと思う。
先ほどの様に、剣呑な雰囲気を作りながらもどこか良いトリオ。
秋葉がいて、シエルがいて、琥珀がいて、翡翠がいて……そしてアルクェイドがいる。
みんなが揃っているのならばどこでも構わないような気がする。
自分の歩調に合わせ緩やかに流れる屋敷の壁を見ながらそんな事を考える。
「遠野君」
が、その思考は唐突に断ち切られた。
志貴が振り向くとそこに立っているのはシエル。
先ほどリビングを出る際には口を開くことなくなにかを考えていた彼女。
「少し……お話があるんですけど」
硬い表情で、彼女は言った。
「それで先輩、話って?」
予想通り、自室には着替えが置いてありそれに着替えた志貴がシエルに訪ねた。
場所は変わらず志貴の自室。
シエルの表情からなにか重い話だとあたりを付け、場所を変えなかったのだ。
「アルクェイドの事です」
志貴がベッドに座っているのに対し、シエルは壁の前に佇んでいる。
その目は学校の先輩としてのシエルではなく、埋葬機関・第七位の使徒、『弓』のシエルとしての目。
「遠野君先ほど彼女が言った言葉を憶えていますか?」
「先ほどって……」
あの一応他愛の無い会話を思い出す志貴。
「なにかあったっけ?」
「勿論です。何か無ければわざわざ呼び止めません」
なにを言ってるんですか、という可愛らしい目をし、その後鋭い目へと戻す。
「彼女、自分が弱っていると言いましたよね」
「あ、ああそう言えば」
確かに自分が起きたときも似たような事を言ってたなあと思い出す。
「以前にも話したことですが、真祖というのは絶大な力を持ちながらそれをあるたった一つの事に使っているというのを憶えていますか?」
「たった一つの事……」
そのたった一つの事に思い当たる志貴。
忘れられる事ではない。
それがきっかけで彼女と結ばれ、それがきっかけで一時とは言え彼女と離れる事となったのだから。
「……吸血……衝動」
「はい、そうです」
不意に志貴は自分が震えていることに気づいた。
それは――
「なぜ、世界が変わったのかは分かりません。ですが世界が変わったことにより、彼女が、いえ真祖という存在が自然より力を受けられなくなっているのは確かです」
「それじゃあアルクェイドはっ!!」
「まだ大丈夫なようですが……先ほど遠野君がいるというのにすぐに帰ってしまった事を考えると……」
ましてや彼女はかつてロアの血を吸い、少し前に貴方に衝動を覚えたのだから……。
シエルの声が朗々と響く。
無慈悲に、残酷に。
だがそれは志貴には届かない。
なぜ、自分が震えているのか唐突に理解する。
それは――恐怖。
アルクェイドが堕ちる――事にではない。
アルクェイドがいなくなる、ただそれだけに覚えた恐怖。
「くっ!!」
だから、彼は、彼女の元へと向かう。
シエルへの挨拶も無しに、七つ夜を、彼の危機を何度も救った短刀を持つことも無しに一気に駆け抜け、外へと出て行く。
志貴が走り去っていく気配を感じながらシエルは溜息を一つ零す。
「はあ……。私にしてみれば彼女が堕ちてしまった方が都合が良いんですけどねえ」
そして自嘲めいた響きの声を漏らす、
「これでは埋葬機関の人間としては失格ですね」
が自嘲めいた響きでありながらもどこか満足的な声であった。
心臓が早鐘のように鼓動を打つ。
今にも倒れそうなくらいに顔を蒼ざめながらも決して倒れる事無く、志貴はアルクェイドの部屋の前へとつく。
インターホンを押すのももどかしく、ドアを乱暴にノックする。
「アルクェイドいるのか!?」
焦燥と絶望がじわりじわりと浸食してくる。
一秒一秒が永遠の様に感じられた瞬間。
「どうしたの志貴〜?」
とドアが開き脳天気さを感じさせる声を聴けたときは思わず、
「この……ばか女ーーーー!!」
と怒鳴ってしまった志貴であった。
「む。いきなりなによ志貴」
腰に手を当て、可愛らしい怒った表情をするアルクェイド。
その姿が、その声が幻でないことを確認した志貴は深く息を吐き、
「いいから中に入るぞ。話があるんだから」
どこか疲れた表情で部屋へと入っていった。
その志貴の後を追っていくアルクェイド。
どこか猫を思わせるのはご愛敬か?
「ああ、レン。無事だったか」
部屋の中にいた黒猫に優しげに言葉を掛ける志貴。
それに応えるように志貴の元へと向かい、その鼻先を甘えるように擦りつけてくる。
優しく喉元を撫でてやりながら、アルクェイドに向き直る志貴。
テーブルを挟み、真剣な顔でアルクェイドを見る。
その表情にどこか居心地悪そうな表情をするアルクェイド。
「アルクェイド、先輩から聞いたんだが……」
先輩。つまりシエルの名を出されて不機嫌な表情へと変わるが、志貴はそれを無視して話を続ける。
「お前、吸血衝動が……」
と言いかけ言葉に詰まる。
最後まで言ってしまえばなにかが終ってしまう、そんな気がして。
だというのに、
「うん。少し危ないかな」
その当人はあっけらかんと言った。
あまりに簡単に言われたため、ガクンと首を垂らしてしまう志貴。
なんだか心配した自分が馬鹿らしく思えたのだろう。
「あのなあ……」
「どうしたの志貴?」
はあ、と溜息を零し多大な気力を振り絞り口を開く。
「てっきりお前があの時みたいに……消えるかと思ったんだよ」
それは今なお忘れることの出来ない思い出。
今はこうして志貴の前にいるが、彼女が吸血衝動を抑えるために志貴の前より姿を消した事があったのだ。
その時の空しさは今なお心に残る。
「志貴……」
彼女もそれを知るのか、
「ごめん」
と告げた。
「けど確かに長期間は耐えられないけど、もう一度リンクすれば大丈夫だから」
「もう一度?そう簡単に出来るのか?」
「大丈夫よ。わたしに与えられていた世界の『力』と、その力の流れである竜脈自体が消滅した訳じゃないから」
「そうなのか?」
「うん、真祖って受肉した精霊だから自然とは密接な繋がりがあるの。だから、世界の力がどんな風に流れるか感じる事が出来るの」
アルクェイドの言葉に頷く志貴。
頷いてはいるがその内容を理解できているかは怪しいところだ。
「それでどこらへんにあるんだ?」
「距離と方角から考えると……あっちかな?」
と言って方向を指し示すアルクェイド。
勿論その先にあるのは……壁だ。
「……アルクェイド。とりあえず地図を買いにいこうな」
「ねえそれってデート?ねえ?」
竜脈というのは基本的には山脈に沿って流れるため、アルクェイドが距離と方角を定めることが出来るのであれば場所をかなり限定できる。
がアルクェイド本人は志貴と出かけられる事の方が嬉しいようだが。
アルクェイドの言葉に、顔を赤くしながら、まあ、そうなるのかな、と答える志貴。
「あのねそれでね志貴……」
「なんだよ?」
不意にアルクェイドが顔を赤らめ始めた。
もじもじと恥ずかしげに身体を動かし、志貴を見る、というよりは見つめる。
「わたし今、吸血衝動を抑えるのに手一杯で殆ど力が無いの」
ああ、そういえば、と今朝起きた際に言われた言葉を思い出す。
「多分今のわたしの力、普通の人間並みなの。それで……」
「いいよ。一緒に行くからさ。……お前一人にするわけにはいかないからな」
「ありがとー志貴〜!」
そう言い、テーブルを越え志貴に抱きつくアルクェイド。
「わ!こらアルクェイド!」
柔らかい感触に翻弄される志貴。
(やばい。これはやばい。なんせ秋葉も誰もいない(いや、レンはいるけどさ))
殺害衝動ではなく、若さ故の衝動が湧き上がってくる。
それを抑えるのは本当に困難なうえ、
「志貴……わたしを護ってね?」
そんな事を潤んだ瞳をして言われたら抑えるのは寧ろ罪であろう。
「ア、アルクェイド〜〜!」
「え?志貴!?」
とまあ、志貴が屋敷に帰る時間は大幅に遅れてしまうようであった。
知得留:「はろ〜。全世界50億の月姫ファンの皆さん」
知得留:「この度、こちらの方へと出張してきました知得留です。ちなみに『シエル』ですけど先輩ではなく『女教師』ですからね〜♪」
猫アルク:「ふふふ、そしてあたしが月姫のヒロインのアルクェイドなのだ!」
知得留:「黙りやがりなさい。このネコミミの二等身落書き畜生キャラの分際で」
猫アルク:「シエルは本編じゃあちしに志貴を取られてるからここでうっぷん晴らす気なのだー」
知得留:「……」
ブンッ!ザクッ!!
猫アルク:「ぎにゃーーーー!!黒鍵が刺さったのだー!!火を吹いて熱いのだー!!」
知得留:「あらあらどうしたんですか?そんな豚のような悲鳴を上げて」
猫アルク:「誰が豚だにゃー。豚は知得留の方だにゃー。この前も……」
知得留:「黙れ化け物」
猫アルク:「鳥が!鳥が迫ってくるにゃー!鳥葬式典なのだー!!」
知得留:「はい、そう言うわけでして現在どこぞの化け猫は啄まれ中ですので、私のみで進めていきます」
知得留:「一応本編の方はアルクグッドエンド、そして歌月十夜後がベースとなっています」
知得留:「その為、遠野君の性格がずいぶんとぶっ飛んだモノになっているのは仕方がないことです」
知得留:「ええ、そうでもなければ本編ラストであんな「認めたくないものだな若さ故の過ちというものは」という事なんてしません」
知得留:「さて、そんな訳で色々と違和感があるかもしれませんが、これからもよろしくお願いします」
猫アルク:「フフフ……鳥なんかに殺られるあちしじゃないのだ。さっきの続きなのだ。シエルの体重、実は……」
シカ!!
ドカッ!!
「なんで鹿が出てくるんだにゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁ〜!?」
<アイングラッドの感想>
皐月さん、投稿ありがとうございました。
実は私、「月姫」は発売前に体験版を貰っただけで本編をプレイした事は無いんですが、テンポの良い文章にそのハンデも無く楽しめました。
やっぱり「月姫」買って置いた方が良かったのでしょうか。
その場合、初版と言う事になったのでしょうが・・・何やら聞く所によると「月姫」の初版はとてつもなく凄い物だったらしいですが。
まあ、「てにをは」の使い方がなっていないのは私も同じですし・・・トホホ。
それはともかく、皐月さん、本当に素晴らしい作品をありがとうございました。
ではでは。
日本連合 連合議会
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提供/岡田”雪達磨”さん。ありがとうございます。
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