Super Science Fiction Wars 外伝

紋別奪還作戦「トッカリ」

Cパート


新世紀3年8月27日 1200時
北海道室蘭市 室蘭港

この日、紋別攻略の為横須賀を出港した第一司令艦隊の艦艇は室蘭に入港した。
艦隊が用いた航路は民間のフェリーが使用するモノとほぼ同じだったが、一般的な大洗-苫小牧間のルートと異なり横須賀を出発点とした今回の航路は房総半島を迂回する必要があり約1日半の船旅となった。

室蘭港の沖合に投錨した艦隊は一部を除いてここに留まり、最後の補給と点検を終えて攻略作戦に備える事となる。

だが、艦隊は室蘭に到着した後、予想外の事態に直面する。
本来なら艦隊の編成は横須賀出航時と変わらない筈がここに来て更に新たな艦艇が複数隻加わるという話を知らされたからだ。

艦隊の側からすれば、急な話だったが戦力が増えるのはありがたい事だった。
通常の戦闘艦艇が加わるのであれば……。

つまり、新たに加わる艦艇に問題があったのである。
当然ながら、その艦艇の護衛を担当せよと命じられた艦隊指揮下の護衛隊にとっては堪った物ではなかった。

艦隊の各護衛隊司令や艦長から抗議の声が上がったのもまた当然と言えば当然であり、一部の者は幕僚長である山本大将や艦隊司令官である山口中将に直接抗議するべきとまで言うほどだった。
しかし、この問題は意外な結果と共に呆気なく収束する。

今回の事態に到った原因は単純に言えば合流地点となる室蘭警備府(時空融合後に千島、樺太、北方四島が日本連合領となった為新設)から艦隊への連絡ミスであった。
その後、艦隊司令部となる「赤城」に隊司令や艦長を集めた際の説明で事の詳細が明らかになったのだが、そこから判明したのは完全なヒューマンエラーとしか言い様のない物で話を聞いた誰もが呆れたという。

そもそもの始まりは、室蘭で合流するはずの艦艇は艦隊の集結地点である横須賀鎮守府(自衛隊時代の各地方隊は防衛軍の発足と同時に「鎮守府」へと改称)近海で合流する予定であり、ここまでは艦隊司令部でも把握していた。
事実、横須賀に作戦参加の艦艇が集結する数日前の段階で、室蘭の艦艇は必要な物資や人員を搭載し出航したのである。
最初のトラブルが起こったのはその艦艇が室蘭出航後の事であり、その内の一隻が機関不調の為室蘭に引き返してきたのだ。

これには室蘭警備府側も放っておく事は出来ず、北日本鉱業の室蘭ドックにその艦艇を入渠させた上で残りの艦艇については念を入れて函館に一旦寄港し最後の準備を行なう様に通達した。
次にトラブルが生じたのはこの時であり、通信オペレーターが交代する際の伝達ミスにより「他の艦艇は函館出航後に横須賀近海で艦隊に合流せよ」という連絡が函館に寄港した艦艇へ伝わらなかったのである。
一方、函館に寄港中の艦艇は待てど暮せどその後の連絡が来ない為、函館に留まっていたのだがやむを得ず室蘭に引き返してきたのだ。

慌てたのは室蘭警備府の側である。
既に函館の艦艇は横須賀に向かっていると思っていたからまさか全部の艦艇が戻ってくるとは思わなかったからだ。
一方で横須賀の艦隊は予定通りに室蘭へ到着した為、結果的にやむを得ず室蘭で合流させるという形に到ったというのが警備府から艦隊への説明で明らかになった。

警備府の司令官以下主要幹部が説明の場において低姿勢で言葉を尽くし謝罪してきた事で艦隊側の抗議や不満の声は収まったのだが、それで全てが終わったわけではない。
編成に新たな艦艇を組み込むというのは、必然的にそれまでの編成を根本から見直す事となる。
結果的に、艦隊を纏める指揮官はもとより艦隊を構成する傘下の護衛隊司令や護衛艦長に到るまでこの件で振り回される事となった。

最終的に追加の艦艇を組み込んで作戦に参加する事が決定し、新規に加わった艦艇の護衛も決まった時は誰もが安堵に似たため息を吐いた。
もっとも、その艦艇を護衛せよと命じられた側にとっては話が終わる筈がなかった。




「それで、結局我々が引き受けるしかないということですか……」
「我々の任務上、こうなるのは分かっていた事だ。今更文句を言っても仕方があるまい」

場所は変わって第11護衛隊の旗艦である護衛艦「最上」の艦内。
艦内の会議室では、隊司令の吉川と「島風」艦長の阿倍野をはじめとする護衛艦の艦長が集まっての話し合いを行なっていた。

吉川が言う「任務上」というのは、今回の作戦で第11護衛隊が補給艦を中心とする第2補給隊の護衛を担当していたからだ。
新たに加わる艦艇がその艦種からすれば第11護衛隊が護衛する第2補給隊に組み込まれるのは必然だった。

「しかし、この二艦を護衛するとなると明らかに戦闘の際支障が出ます。今からでも艦長を説得できないでしょうか?」
「それは無理というものだよ。『食糧の補給に徹するから連れて行け』とどっちの艦長もうるさくてな」
「『紋別制圧後の支援物資輸送』というのは理解できますが……」

阿倍野は自分の前に置かれた端末に目をやる。
そこには新たに護衛対象として加わった二隻の輸送船にしか見えない艦艇の画像とデータスペックが画面上に表示されていた。
二隻の艦名は「AF-001 間宮」「AF-002 伊良湖」という。
いずれも旧海軍の給糧艦であり、現在でも融合前からの分類そのままに給糧艦を示すAFの艦種記号を与えられて海上防衛軍の艦籍に名を連ねている。

「戦闘に入れば二隻とも紋別占領までは網走で待機するとどちらの艦長も言っている。間宮の艦長は万一の時は艦載砲で戦闘に参加すると言ったが流石に止めさせたよ」
「それはそうでしょう。もともと戦闘に向いた艦とは言えません」

阿倍野の言葉は他の艦長も同じ考えだったのか皆頷いていた。

「余程の強襲でもない限り二隻を連れたまま戦闘に入る事態に陥る事は無いだろう。だが、個人的にはあの二隻……こと間宮を護衛できるのは嬉しく思うんだよ」
「?」
「自衛隊出身の君達も聞いた事ぐらいはあるだろう。間宮が所謂『海軍のアイドル』と言うべき存在だったことを」

どこか嬉しそうな吉川の言葉を聞いて阿倍野も戦時中に占領地へ間宮が入港する度に港では大歓声が上がった事や沈没の報を聞いた前線の将兵が落胆した話を思い出す。
幾つもの逸話からすれば、吉川が今回の任務で間宮と伊良湖の護衛を引き受ける際に文句を言わなかったのも納得出来た。

そもそも間宮が紋別攻略部隊に加わったのは「人道支援」の意図も大きい。
単純に支援物資の輸送と言うだけならランプウェイを持つおおすみ型やましゅう型の方が有利なのだが、間宮は「浮かぶ食品工場」でもある点が大型冷蔵庫を有し冷凍食品中心の「ロジスティクス特化艦」である自衛隊出身補給艦との相違点だ。
紋別攻略後は「赤い日本」による配給制食糧などであまり栄養状態が良いとはいいがたい状態だろう紋別市民に対して間宮で製造した食糧……本来持っていた和菓子やアイスクリームの製造ラインに加えてパンなど、どちらかと言えば嗜好品に近いものを多数供給し、入浴施設を開放することで紋別市を早急に日本連合サイドの街として印象付ける意図が有った。

なるほど、兵器然とした補給艦より民間船に近い間宮や伊良湖の姿は心理的な圧迫感を紋別の市民に与えることは無いだろうと阿倍野は考える。
その思考は再び吉川が口を開いた事で中断された。

「それに、ここにいる諸君等の中にも自分の奥さんや子供が間宮の世話になったという者もいるだろう」
「忘れもしません。融合初期における間宮の活躍は語り草ですからね」

阿倍野が言うように、時空融合発生からの数ヶ月間で最も活躍した旧海軍所属の艦艇を挙げるならば、それは戦艦や空母のいずれでもなく間宮と伊良湖の二隻だったは間違いない。
調査艦隊としての任務や怪獣・使徒といった敵性体との戦いで活躍した第一線の戦闘艦艇の影に隠れがちだが、戦艦や空母が近代化改装の為にドック入りしている間も上記の二隻は日本各地の港を回って艦内で製造した食糧を提供したのである。
その多くは名物である「間宮羊羹」や最中といった和菓子にアイスクリームといった甘味や菓子の類であり、加えてそれらが大変美味だった事もあって各地でお菓子不足に困っていた子供たちには大変好評だった。
しかも、これらの食糧は殆どタダ同然の価格で提供された事もあり、間宮と伊良湖の活躍は日本連合の一般市民に対する海軍のイメージアップにもなったと言える。

「今でも女房や息子は間宮羊羹やアイスを土産に持って帰ってきて欲しいと言うぐらいですからね」
「うちも同じさ。嫁の実家が大層喜んでくれてなー」
「俺の所もだ。近所の奥さん達も大喜びだよ」

当時の事を思い出したのか阿倍野だけでなく誰もが間宮で作られる菓子類について口々に話す。
間宮の世話になったのは自分の家族だけではなかったかと改めて阿倍野は思う。
一方で吉川も自分の部下が間宮の事を嬉しそうに話すのを見て、護衛を引き受けることに問題は無いだろうと考えていた。

「どうやら諸君等も間宮と伊良湖の重要性は分かってくれている様で何よりだ。作戦開始後もその姿勢で臨んでくれ」

その一言を聞いた直後、吉川以外の全員がしまった!という表情を一瞬浮かべたのであった。




「それで、何も言わずに帰ってきたの?」
「今度の件は本来の予定が手違いで今にずれ込んだだけだからね。作戦前に波風を立てたくは無いというのもあったんだ」

最上での話し合いの後、島風に戻った阿倍野は艦長室で島風の船魂と話していた。
自分にとって、この艦における私的な相談役とでも言える島風には何があったか位は話しておいた方がいいと考えたからである。
もっとも、最上や他の艦の船魂もある程度は何が話し合わせたのかは知っていると島風自身の口から聞かされてはいたのだが。

「だからかもしれないね」
「何がだい?」
「艦長って戦闘の時は多少強引な命令を出すこともあるけど皆が信頼してついてくるのは、普段から無理に自分の意見を通したり無茶をさせない様にしているもの」
「そう言ってもらえるのは光栄だな。しかし、間宮と伊良湖を護衛している状況で奇襲を受けたら君の快速を生かせないかもしれない。その時は済まない」

阿倍野にとっての懸念は、網走まで二隻の給糧艦をはじめとする補助艦艇を送り届けるまでに奇襲を受けた際にどう戦うかだった。
スペックを見る限り間宮と伊良湖は改装後の速度も向上しているから奇襲を受けても時間さえ稼げば安全な海域まで逃げ切れるとは思っている。
しかし、問題はその時の「守り方」であり最悪の場合は島風を盾にする必要もあるとすら思っていた。

07式アスロックとQSV-2の量産化以降、ゾーンダイク軍の主力たる生体潜水艦……ムスカの脅威は以前程ではなく、ゾーンダイク何するものぞと言う雰囲気も防衛海軍側には出ていた。
だが、其れゆえの人類抹殺宣言ともいう考えもあり、戦略の練り直しを強いられたのは事実だ。

「心配してないよ艦長。そう言っていてもいつだって戦闘では私の性能を出し切っているじゃない」
「そうだな。船魂である君がそう言ってくれるなら大丈夫か」

島風の言葉に阿倍野も相好を崩す。
思えばこれまでも船団護衛に際してゾーンダイクの奇襲を受けた事は何度もあったが、その際も戦闘に入るや先陣を切ってムスカを沈めてきたのは自分である。
その蓄積が今この様な島風との信頼関係を築いているのだと実感していた。

(あとは「赤い日本」の出方だけか。潜水艦ならゾーンダイクのムスカと同じ様に対処すれば事足りるだろう。だが、連中がそれで終わるだろうか……)

一瞬、連中がなんらかの秘密兵器を持ち出す可能性が頭に浮かんだがそれ以上は考えても仕方がないと阿倍野は思った。

「艦長、どうしたの?」

グイッと島風がこちらを覗き込む。
その仕草を見て、こういう所は子供だなと自然に笑みが浮かぶ。

「いや、この戦いでも君の力を借りる局面が来るだろうと思っていただけだよ。ところで新しい仲間と会った感想はどうだい?」
「『うねび』の事?まだ竣工していないから何とも言えないけど……」

日本連合が融合後に一から建造した最新鋭艦、BCG-111「うねび」(竣工開始直後は「BCH」だったがその後分類を変更している)。
新世紀3年の正月に横須賀港のドックで起工後、建造が進められていたこの艦は紋別奪還作戦の準備で慌ただしい8月21日に進水式を迎え現在は艤装の真っ最中である。
大型艦でありながら船体の完成にかかった期間が実質8ヶ月に満たないというのは戦前の大型艦と比較すれば驚異的なスピードだが、これは造船技術の進歩とレイバー等の作業機械を多用した成果であった。
それでも、竣工とその後の訓練そして戦力化には時間がかかり南極のゾーンダイク拠点を攻略する作戦には開始時期次第では実戦投入に間に合わないだろうと海上防衛軍の関係者は考えていた。

「以前『越後』の斎藤艦長とお会いした際に越後の船魂と話す機会があったよ。その時、彼女から『船魂は船が竣工した時、その魂を持ちます』と言われたが、この世界でもその点は変わらないみたいだな」

阿倍野は越後の船魂と話した時の事を思い出す。
彼女も自分の姿が普通に見れる人間が艦長の斎藤大佐と参謀の神少佐以外に存在した事を大層驚いていたのは印象的だった。
もっとも、彼女の手を握って船魂に触れるという事を知らせようとは思わなかったが。

「でも、どんな子でも上手く付き合っていけると思うよ」
「そうか、まだ生まれてない船魂の事を言っても仕方がないな。島風、『うねび』が竣工したらよろしく頼む」
「うん……でもどんなに新しくても一番速いのは私だからね」

その言葉を聞いた阿倍野は、自分が一番速いのだというのは相変わらずだなと小さく笑ったのだった。
作戦開始前の上陸許可が艦隊司令部から出たのはそれから間もなくの事である。








「さて、上陸したはいいがどうするかな」

上陸許可後、島風を降りた阿倍野だったが正直行くあては無かった。
これが横須賀なら実家に戻って家族の顔を見たり、行きつけの店にでも行くのだが室蘭にはそういった場所が存在しない。
だからと言って港湾の関係者にガイドを頼むわけにもいかず暫くの自由な時間をどう過ごすか悩む羽目になってしまったのである。

プライベート用に買い替えて間もないスマートフォンを使って名物とのことである焼き鳥(やきとん)の事は知っていたが
12時間以内に再び出港することが解っている以上酒を飲むわけにも行かず、何とも言い難い事態となっていた。

そうなれば出来る事は限られていると考えた阿倍野は室蘭港の内部を見て回る事に決めた。
港の敷地内にいれば万一何か起こってもすぐに島風へ戻れるという考えもあったからだ。

「しかし、こうやって見ると随分と賑わっているものだ」

室蘭港は元々北海道最大の港であったが、時空融合後は北日本鉱業の所有となっている大規模造船施設である「室蘭ドック」が出現しておりその影響もあって融合前以上の賑わいを見せていた。
同時に室蘭市そのものも北日本鉱業をはじめとする北海道の主な企業が進出しておりその人口も増加している。
当然だが室蘭港も規模が拡張されており室蘭警備府の設置は当然と言えた。

「ん、あれは……」

埠頭を歩いていた阿倍野の目に留まったのは一隻の護衛艦だった。
近代化改装によって上部の構造物は他の護衛艦と変わらないが、船体の幅や艦橋の形状から旧海軍の艦艇――巡洋艦――であるとすぐ分かる。
その艦に向かって彼は歩を進める。

「こいつは『大淀』か……室蘭での近代化改装後そのまま第9護衛隊に配備されたと聞いていたが」

すぐ近くで見る大淀を前にして阿倍野は「でかい『はるな型護衛艦』だな」という印象を持った。
近代化改装前と異なり二基の三連装主砲は撤去され、対空対地両用の単装砲とVLS、CIWSに換装されている。
ただしこちらは島風と違い、CIWSはGAU-8 30mm高性能機銃(アヴェンジャー)を主砲とするゴールキーパーであることが阿倍野の目を引いた。

「巡洋艦サイズ以上の艦艇には対大型生物用の大口径機銃が搭載されているのは知っていたがこの艦もだったか」

艦橋の前面に装備されたゴールキーパーを見て阿倍野は呟く。
調査艦隊が遭遇した敵性体や本土における怪獣との戦闘経験を踏まえて近代化改装の対象となった艦艇には新世紀元年の中頃から初速に優れる機銃が対空対地用の防御火器として装備された。
防御火器は自衛隊の護衛艦にも装備されているCIWSが採用されているが、現在では口径の異なる二種類のCIWSを用いている。
現在では近代化改装が早期に完了した調査艦隊の参加艦艇等を除いて、基本的には巡洋艦クラス以上の大型・中型艦艇には30mm口径型が搭載され、駆逐艦クラスの小型艦艇には20mm口径型が搭載されていた。
また、一部の艦艇には実体弾とレーザーの併用型も搭載されているがレーザー射撃時の電力消費量が大きい為、戦艦や空母の様な大型艦艇にしか搭載されていない。

一方、大淀型の特徴である後部の水上機格納庫は改装前と大きな違いは無いが、もう一つの特徴である大型カタパルトは撤去されているのを見るとヘリの運用を想定しているのがすぐわかった。
格納庫上と舷側にはSEARamのランチャーが設置されており、その防御力は相当なものだろう。

「この大淀にも船魂がいるのだろうな。ここからは姿が見えないが……」

船魂が見える阿倍野といえど、船魂そのものが姿を見せてくれなければ流石に話す事も出来ない。
過去の出来事から考えれば多分こちらから呼びかければ現れてくれるのかもしれないのだが、無理に呼び出す必要も無いなと阿倍野は思った。

と、艦に上がるラッタルのところに人影が有る事に気づいた。
何か機材を運び込むためなのだろうか、民間業者のワンボックスカーに隠れて詳細は見えないが、この場に不釣合いに派手な恰好の少女……と言う時点で阿倍野にはその人影が何であるか容易に推測できたのだ。

「なるほど、恐らくあれが大淀の船魂か。今回は姿が見れただけで良しとするか……」
「あの、もしかしてお呼びになられましたか?」

話す機会はまた次回にしようと思い、立ち去ろうとした阿倍野が声をかけられたのはその時である。
ふと顔を上げると目の前には軍港の風景には似つかわしくない者が立っていた。
セーラー服にメガネを掛けた線の細そうな、それでいてひ弱さや儚さとは無縁で芯の強そうな印象を受ける少女。
ラッタルの所にいた時は分からなかったが、首元の階級章を見てこの少女が何者なのかはすぐ理解出来た。

「済まない、こちらの声が聞こえていたか」
「いえ、おかまいなく。それよりも貴方には私の姿が見えるのですか?」
「ああ、君の姿は見えるし声もよく聞こえるよ。紹介が遅れたが自分は阿倍野晴仁 少佐。護衛艦『島風』の艦長だ」
「そうでしたか、これは失礼しました。私は連合艦隊旗艦……いえ第9護衛隊旗艦、DDH-1352大淀です。ところで少佐は大淀に何か御用でしたか?」

大淀と名乗った少女……船魂はなんとなく企業の受付嬢でも似合いそうな笑顔で阿倍野を見る。
とはいえ、警戒している様子もないので営業スマイルというわけではないみたいだ。

「実は半舷上陸したものの行く宛てが無くてね。埠頭を歩いていたらここに来たというわけさ」
「あら、それでしたら大淀の艦内を見ては行かれませんか?」

意外な言葉だった。
しかし、特に行く宛ての無い阿倍野にとってはいい時間潰しになるのも確かであり、同時に「最後の連合艦隊旗艦」となった大淀の艦内が改装後どうなったかというのも興味がわいた。

「それなら、その様にさせてもらうかな」
「歓迎します。少佐」

大淀の船魂から歓迎され、阿倍野はそのまま大淀のタラップに足をかけた。
一方、当の大淀では意外な来客に艦長と副長までが出てきて何事かと思ったのだが単なる見学に来ただけと聞いて安心したらしい。
わざわざ「案内役を付けるがどうか?」とまで言われたが「長居するわけではないから一人で結構です」と阿倍野は断った。

「内装は随分と現代的なのだな」
「時空融合が起きた時、私は竣工直後でした。その後室蘭に回航されてたのですが、その際の事故による損傷等もありまして大幅な設計変更がされました」
「なるほどな。俺が艦長をやっている島風は竣工後に大改装をしたから外見もかなり変わってしまったが」

大淀の艦内を歩く阿倍野に大淀の船魂が解説をする。
阿倍野が案内役を断った理由がこれだった。

大淀は軽巡……とは言っているものの総排水量は八千トンを超え、DDHとしては大型の部類に入る。
もともと水上機を多数運用することを前提に設計されたため後甲板は広く、搭載可能なヘリの数は最上のそれを上回るほどだ。
しかも、連合艦隊旗艦をつとめた艦という事もあって近代化改装時も設計陣や現場の職人達は持てる技術を全てつぎ込んだそうで各部の仕上げは丁寧になされている。

そして、大淀の言う「事故」について阿倍野は覚えがあった。
新世紀2年3月に起こった「赤い日本」の破壊工作員による室蘭ドック襲撃である。
この時、近代化改装の途中であった大淀は中破判定の損傷を受けて改装期間が大幅に伸びている。
もっとも、阿倍野が大淀の船魂がいる前でその事を口にする筈がなかった。

そこで阿倍野は先に大淀の口から出た言葉を思い出す。

「しかし、竣工直後で出現した君は連合艦隊旗艦としての経験が……」
「はい、正直申し上げますとありません。私が知っているのも護衛艦の子から教えてもらったからなんです」
「君達船魂も世代を超えてお互いに交流しているのだな」

むしろ世代間のギャップが未だ残る人間より船魂同士の方が打ち解けやすいのかもしれないなどと考える阿倍野だった。
いまだ旧海軍編入の将兵らの中には船団護衛を格下に見てる所があり、そのことがフリゲート艦として改修を受けた陽炎・夕雲・島風型の艦隊型駆逐艦の艦長に阿倍野のような自衛隊出身者が多く回された理由でもある。
時空融合から既に2年以上が経過し、船団護衛の重要性も浸透しつつあるものの艦隊決戦こそ海軍の華であるという考えはまだ残っている。

その典型とでも言うべきが、島風の艦長候補として阿倍野と共に最後まで残った立石良則 少佐である。
立石は融合前に島風の艦長であったことや「対潜の鬼」と言われた対潜攻撃に長けた人物だった事から阿倍野よりも適任と思われていた。
だが、ボイラーの異常燃焼で故障を装って艦隊を離脱するなどの単独行動が船団護衛を重視する現状にはそぐわないとして候補から外された経緯があった。
もっとも、その艦長としての優れた能力は評価されたのか現在では第12護衛隊を構成する高潮型(準島風型)駆逐艦を改装した護衛艦DDE-1455「高潮」の艦長を務めているという。

現在でも座学では太平洋戦争における輸送船団の損害に関するデータを出して繰り返し船団護衛と海上通商路の維持がどれほど重要であるかは説明されているが、今の空気が払拭されるにはまだ時間がかかるだろう。
ロジスティクスと言う概念を無視した戦い方ができるゾーンダイク軍を相手にした戦いは、とにかくモグラ叩きのように敵が攻めてくるのを待ち受けて叩き潰すのが主体となる。
そういう意味では、輸送船団や沿岸都市を狙い攻撃してくるムスカを8割以上の確率で迎撃、撃破している時点でゾーンダイク軍には勝っているといっても過言ではないはずだ。

そんな事を思っていると、阿倍野が普段持ち歩いている軍用の携帯端末が鳴った。
端末を見ると知らない番号が液晶画面に表示されている。
阿倍野は首を傾げながら端末を通話モードにする。

「はい、こちら阿倍野ですが」
「よかった!少佐、すぐに一番ドックに来られてください!」

端末から聞こえてきたのは記憶に無い声である。
ドックに来いといきなり言われたが、室蘭に到着して間もない阿倍野にしかも知らない番号からかかってくるとはどういうことか?
首を傾げても仕方がないので、阿倍野はその指定があった一番ドックまで向かう事とした。

「大淀、済まない。もう少し長く居たがったが急な用事で呼び出されたよ」
「そうでした、少し残念です……」
「自分も同じだよ。こうやって君と話す機会が出来たのだが」
「あの……」

そう言って艦長と副長に挨拶をしてから艦を降りようと思っていた阿倍野に大淀が声をかける。

「何だい?」
「少佐、よかったらまた大淀に乗っていただけませんか?」

一歩間違えれば危ない意味に捉えてしまいそうな言葉に一瞬阿倍野も息を呑む。

「どうされました?」

大淀は一瞬怪訝な顔を見せたが、自分の言った言葉を反芻したのか顔を赤らめた。

「ちょっ……勘違いしないでくださいね?あくまで『艦』の私に会いに来てくださいねって事ですよ!」

真っ赤になってブンブンと手を振る大淀に、阿倍野は苦笑する。

船魂に触れられる阿倍野は、その気になれば船魂と「肉体関係」を持つ事も不可能ではない。
特にあの扇情的な恰好の島風を前にその気にならないのも何だが、今の今までそういう事を思いつかなかったのは幸いと言うべきだろう。
もっとも、実際に試してみようなどと思うはずも無かったが。

「わかったよ。また君に会いに来ると約束しよう。それじゃあまた」
「はい、また来られるのをお待ちしてますね」

大淀に見送られた阿倍野は艦長と副長に挨拶を済ませ、目的地に向かう事にした。




阿倍野が呼び出された「一番ドック」はすぐ見つかった。
彼が半舷上陸した埠頭からもすぐ目についた巨大な建造物がそれだったからである。

そこへどうやって向かおうかと思っていた阿倍野だったが、埠頭を走る警備府の車両に聞こうとしたところそのまま便乗出来た為すぐに辿り着く事が出来た。

「『北日本鉱業 室蘭工廠 第一船渠』ここでいいのか……」
「少佐でいらっしゃいますか?お待ちしておりました」

指定があった一番ドック前に来た阿倍野が受付に向かおうとすると水兵が声をかけてきた。
顔を見るとまだ幼さの残る水兵である。

恐らく戦時中に採用された海軍特年兵からそのまま自衛隊を経て防衛軍に入ったのだろうと阿倍野は思った。
しかし、待っていたというのはどういうことなのか。
阿倍野が聞き返す前に水兵は受付と話していた。

「遅くなりました少佐、艦長もお待ちされています」
「艦長?誰かと勘違いしてないか?」
「いえ、間違いありません。艦長よりアベノ少佐を連れて来いと命じられましたので」

水兵が自分の名前を言うときのイントネーションが引っかかったがどうやら自分が呼ばれているのは間違いないみたいだ。
結局、そのまま阿倍野はドックの入り口をくぐった。

「これは、近代化改装が終わったばかりの艦か……」

ドックに鎮座していたのは最上に近いサイズの艦艇だった。
しかし横幅が最上より10メートル程広い為か、巨大に感じられる。
だが、最大の特徴はその外見だった。

目の前の艦艇は一見すると輸送艦に見えるのだが、船尾には巨大なゲートを設けており車両や重装備の積載が可能に思えた。
甲板上には対空用であろうCWISが複数搭載されているが見える。
それらを見て阿倍野は察した。

「こいつは揚陸艦か」
「はい、揚陸艦『三浦』であります」

艦の名前は分かったが、それでもなぜ自分がこの艦に呼ばれたのかという疑問は解けなかった。

水兵の案内で三浦のタラップを上った阿倍野だったが、艦長がいるという艦橋にまで通されて漸く事態が把握できた。
大佐の階級章をつけた三浦の艦長は阿倍野の顔をみるや怪訝な表情を浮かべた後、一言こう言ったのである。

「おい、この少佐は誰だ?」
「誰も何も艦長が連れて来いと仰ったアベノ少佐ですが」
「はぁ?俺が言ったのは本日室蘭に到着する『明野』少佐だ!人違いだバカ野郎!」
「ひぃ……」

艦長と水兵のやり取りを暫く見ていた阿倍野だったが、そんな彼の様子に気が付いた艦長は阿倍野に頭を下げた。

「阿倍野少佐だったな、部下が人違いをした結果ここまで足を運んでもらって申し訳ない」
「いえ、自分も上陸したといえど行くあてはありませんでしたから」
「そう言ってもらえるとこちらもありがたい。ところで少佐がここに呼び出された時の事をよかったら教えてもらえないか?」

隠し立てする必要も無いので阿倍野は島風を下りてから大淀の艦内を見学中に携帯端末で呼び出された事を三浦の艦長に話した。
それを聞いた艦長は横で泡を食ったような表情の水兵に聞き返す。

「どういうことだ。少佐は携帯端末で呼び出されたと言っているがどうやってお前が端末の番号を知ったんだ!」
「あ、あのそれは……最初にドックの受付に聞きましたが分かりませんでした。続いてドックの警備主任と工廠内の技師にも聞きましたが分かりませんでした。最終的に警備府へ問い合わせて既に上陸されているのを知ってそこから連絡をとってもらいました」
「それじゃお前が延々名前を間違えて問い合わせていたのを全員が知っているという事だろうが!」
「大佐、その辺で宜しいではないですか。本人も反省しているみたいですから」

「三浦」の艦長と若い水兵とのやり取りを見ていた阿倍野だったが、さすがにここで助け舟を出す事にした。
人間違いの結果だとはいえ揚陸艦という本来なら縁のない艦に乗るという体験が出来たのは貴重だったからである。

「少佐がそう言うならいいが……。とりあえずお前は暫く反省しておけ。行って良し!」
「は、はい!失礼します!」

若い水兵は安堵の表情を浮かべると阿倍野に一礼し艦橋を後にした。

「見苦しい物を見せてしまったな少佐。紹介が遅れた『三浦』艦長の中川北斗 大佐だ」
「護衛艦『島風』艦長、阿倍野晴仁 少佐です」
「島風というと横須賀から到着した艦隊の所属か。そうか、済まなかったな……こちらのせいで艦隊に迷惑をかけた」

中川大佐の言葉に?マークが一瞬浮かんだ阿倍野だったがすぐ思い当たる事を思い出した。

「もしかして、合流の途中で引き返した艦というのは」
「その通りだ。この三浦だよ」

そう言ってうんざりした様な表情を浮かべる中川は、背丈こそ阿倍野と同じ位だがいかつい顔と筋肉質な体格から護衛艦の艦長というより格闘家か戦国武将の様な雰囲気の人物だった。
先ほどの水兵に対する様子から恐らく艦内の規律は厳しいのだろう。そんな事を阿倍野は考えていた。




「結局出航前の点検で改装した電装系統のトラブルだったんだが、若い奴が見落としていてな。その対策にそちらの方面に詳しい士官を今度の作戦で同乗させる予定が貴官と間違えたというわけだ」

場所は変わって「三浦」の通路。
艦橋での一件が終わったあと、阿倍野は中川自らの案内で三浦の艦内を見学していた。
最初、阿倍野は遠慮したが中川の「あてが無いなら見物して行ってくれ。俺が案内を引き受けよう」と言ったのもあり結局は厚意に甘える事になったのである。

「揚陸艦の艦内を見るのは初めてか?」
「ええ、元の世界ではせいぜいおおすみ級の輸送艦があるぐらいでしたから」
「そうか、この三浦は俺も名前だけは知っていた艦でな。こいつの艦長を拝命するとは思わなかった」

外から見るだけの経験なら多目的空母の参考と言う名目で自衛隊が研究していた米海軍最新鋭のアメリカ級も見ているが、内部を見せてもらう約束しているうちに時空融合がおき、結局うやむやになってしまっていた。
その意味で阿倍野が三浦の艦内を見られたのは幸運だったと言えるかもしれない。

「そういえば前任の方はどうされたのです」
「今は民間で船乗りをやっているよ。本来ならこいつも遠くインド洋まで出張る予定だったんだが大改装やらなにやらでその間に人員が入れ替わり俺が後任というわけさ」

代替わりしたのは俺ぐらいのものだよと言う中川に案内された阿倍野はやがて開けた場所に出た。

艦内の巨大な空間。
そこには揚陸艇であるLCACが複数並び、そのいずれもがMBT(主力戦車)や自走砲等のAFV(戦闘装甲車両)を搭載していた。
更にその後方にはやはり多数の戦闘車両や火砲、弾薬、その他の物資が積載されている。
LCACや車両の周囲では多数の士官や兵が「発進準備よし!」「船尾開放!発進!」と号令し揚陸作戦の訓練を行なっていた。

「あれが今回の作戦で投入される部隊だ。ドック入りしてからもあの通り猛訓練だよ」
「おおすみ型より広いとは……驚きました」
「輸送艦の延長であるおおすみ型と違ってこいつは最初から揚陸艦として作られているからな。だが、この三浦の後継艦はもっと凄いらしいが」
「後継ですか?」
「ああ、まだ噂の域を出ていないが後継艦は三浦と異なり飛行甲板を有し排水量も六万トンと三浦のほぼ倍近くになると聞いている」

阿倍野の言葉に中川は肯く。
それに対する阿倍野の感想は(今の日本連合ならそういう艦が必要かもしれない)というものだった。




この頃、揚陸艦という艦種は時空融合後の日本連合にとって極めて重要な存在となっていた。
それは単に日本連合が融合前から島国であり海軍国であるという事情だけでなく、融合後以降に練り直しを迫られた戦略と関連していたのである。

融合後に布哇やトラック諸島、千島・樺太を自国領とした日本連合にとっての課題は「如何にして一度奪われた領土――特に本土から遠く離れた離島や島嶼部――を奪還するか」という事だった。
防衛するだけならば本土からの増援が来るまで持ちこたえられる守備隊をはりつけにして置けば事足りる。
しかし一度でも奪取あるいは占拠された場合、島は要塞化し易いという特性から早期に奪還しなければならず、奪還の為に多くの戦力を一度に投入して短期間で決着する事が求められる。
そして、この為の戦力を送り込む手段をどうするかが頭痛の種であった。

特機、つまりスーパーロボットを投入する事で多数の戦力を送らずとも解決すると考える者もいたが、これは特機を運用する特機軍――特別機動防衛軍――が否定的な意見を出していた。
元々特機の多くは攻めて来た敵を迎撃し撃滅する機体が多く、南米での邦人救出に用いられたグロイザーXの様な機体でもない限り遠隔地での作戦行動には十分なバックアップが必要となる。
そのバックアップについても特機はワンオフの機体が多くメンテナンスの部品一つにしても調達に難儀する代物が多い。
仮に上記の問題を解決しても敵勢力が市街地や森林、山岳地帯などに潜伏しゲリラ戦に転じた場合、特機による掃討戦は困難であるとの見解も示されていた。
島ごと吹き飛ばすという暴挙は危険性の高い特異生物の存在などの場合を除き出来るはずが無いからこの見解は正しかったし、異論を唱える者もいなかった。

結果として通常戦力の輸送と上陸作戦による奪還という正統派の手段が最適であるという結論に達したのは当然と言えば当然だった。
同時に持ち上がったのがその戦力を輸送する手段の問題であり、その解決策として揚陸艦という艦種が必要であるという結論に達したのである。

しかし、多くの戦後自衛隊は離島奪還の演習経験はあれど本格的な揚陸艦の運用経験がある部隊はそれほど出現してなかった。
それでも、並行世界の日本陸海軍には近代的な陸戦隊を運用した経験がある部隊が出現していたおかげでノウハウを最初から構築するという事態を避けられた。

肝心の揚陸艦については同様の能力を持つおおすみ級輸送艦の他にも、陸軍が実際に運用した「神州丸」「あきつ丸」をはじめとする艦艇が複数出現しており当面の艦艇不足は解消されていた。
阿倍野が乗り込んでいる「三浦」もそういった並行世界から出現した揚陸艦の一隻である。

三浦は出現した揚陸艦の中では最も先進的な設計により作られた艦であった。
船尾から上陸用舟艇を発進させるのは神州丸やあきつ丸と同じだが決定的に異なるのは事前に船倉内へ注水する事であとはエンジンを始動した上陸用舟艇が任意のタイミングで発進が可能である点だろう。
これは、おおすみ級やアメリカの強襲揚陸艦が採用したシステムであり、艦内から上陸用舟艇を軌条で海面に「滑り降ろす」神州丸やあきつ丸より優れており、先進的であった。
ただ、搭載する上陸用舟艇はLCACの数に限りがあり、国内開発がまだこれからの状況であることから他の上陸用舟艇と一緒に運用しているのが現在の状況である。

現在、日本連合ではこの三浦に加えて姉妹艦の「内浦」が配備されており、更に新規建造の「天馬級揚陸艦」の「天馬」「白馬」が既に就役している。
そして、これらの後継艦は中川が言った様に艦載機の運用を可能とする飛行甲板を有し、その排水量も六万トンに達するという大型艦が現在計画されているがその完成はまだまだ先の事になりそうだった。




「ん?あれはもしや」
「少佐、どうした?」

「三浦」の船倉に搭載された上陸部隊の様子を見ていた阿倍野の視界に場違いと思える存在が一瞬見えたのはその時である。
陸上防衛軍の迷彩服とは異なる、旧海軍の三種軍装――南方で用いられた草色の軍服――を身に着けた少女が興味深そうに戦車へ近づき手で触れているのが見えたのだ。
そして、猛訓練に励む上陸部隊の将兵どころかクルーの誰一人としてその姿に気づいている様子はない。

「いえ、何でもありません」

こちらの勘違いですと阿倍野はその場を上手く収めたが、あれが恐らくは三浦の船魂だろうと察した。
あれだけの人間が誰も気が付かない、ならほぼ間違いないだろう。
その時、ふとこちらを見上げた三浦の船魂らしき少女と目が合った。

(気づかれたかな?)

そんな事を思いながら阿倍野は少女に向かって手を小さく手を振ってみせる。
少女は阿倍野の様子を見て驚いた様な表情を浮かべていたが、手を振って返してくれた。
もし彼女が船魂ならば、初対面の自分を見て驚かないのは既に他の船魂から話を聞いたかそれとも心がおおらかなのかと阿倍野は想像したが、それは後で話せたら分かるかとも思った。

中川の軍用携帯端末が鳴り響いたのはその時である。
端末を手にした中川が何度か頷きながら時々「間違いないな?」「なら大丈夫だ」という声が聞こえてきた。
数分後、通話を終えた中川が阿倍野の方に来ると申し訳なさそうな顔で話す。

「少佐、済まないが我々の待っていた人物が到着したので自分はそっちの応対をしないといかん。あとは自由にやってくれ」
「こちらこそ有難うございました」

礼を言う阿倍野に中川は軽く敬礼すると踵を返して到着した人物を迎えに行こうとする。
だが、そこでふと立ち止まると振り返った。

「そういえば貴官の島風は三浦の護衛につく筈だったな。どこまで一緒か分からんが宜しく頼む」
「了解です」




中川と別れてから阿倍野は暫く艦内を見て回っていたが、「三浦」の船魂らしき少女はあれから姿を見せなかった。
見られたのは偶然だったのか、あるいは船魂ではなかったのかと阿倍野が思ったその時である。

「ん?」

曲り角の向こうから誰かが手招きしている。
艦内の通路には他に誰もいない事から間違いなく自分を呼んでいるのだと阿倍野は考えた。

「行ってみるか」

手招きする方向へ阿倍野は向かう。
しかし、いざそこへたどり着くと手招きの主はそこにいない。

「まさかもしかして、か?」

そう思って数メートル先の角で再び先ほどと同じように手招きする手が見えた。
また逃げられるのかもしれないと思いながら阿倍野はそのあとを追いかける。

「誘われているのか?」

案の定、次の角でも手招きの主はおらず、次の曲り角から手招きしているのが見える。
そうやって阿倍野が辿り着いたのはある扉の前だった。
プレートには「物品倉庫」と書かれていた。

「倉庫か、まさかここに先ほどの主がいるのか?」

扉の向こうにいるのが誰なのかは手招きしていた者の足音が聞こえなかった事からおおよそ見当がついている。
周囲に誰もいないのを確認した阿倍野は扉を開き、内部に進入した。

「こんにちは。私が見える少佐さん」

はたして待っていたのは、先ほど手を振ってくれた三種軍装の少女だった。
目の前の少女の言葉で阿倍野は彼女が三浦の船魂だと確信した。
揚陸艦の船魂はどんな姿をしているのかと思ったが、島風とは異なりどちらかと言えば常識の範囲におさまっていると言えるだろう。

(先ほどの追いかけっこからすると茶目っ気のある性格だな)

それが阿倍野の抱いた第一印象である。

「こんにちは、君はこの艦の船魂でいいのかな?」
「当たり。私が『三浦』の船魂ってわかるんだ……えへへ」

三浦の船魂は指をツンツンと突き合わせながら嬉しそうに笑ってみせる。
クリクリした目といい、あどけない笑顔といいこれまでに出会った船魂ではどちらかというと駆逐艦の船魂に近いと阿倍野は思う。

「やはりな。紹介が送れたが『島風』艦長の阿倍野 少佐だ。ところでここまで誘ったのはなぜかな?」
「えーっとね、少佐さんが私の姿を見える人だったからお話がしたかったのよ。それからこういう場所でないと他の人が見たら頭が気の毒な人に勘違いされそうでしょ?でも駆逐艦の艦長さんかあ……」

三浦は自分の姿が阿倍野以外には見えないのが判っているのか気を遣ってくれたみたいだ。
先ほどの追いかけっこも、こうやって二人で話せる場所へ呼ぶ為だったのだろう。

「人間と話すのは初めてかい?」
「うん、今まで私を見れる人は何人かいたけど姿を見たら『幽霊が出たー!』とか言って逃げちゃうし、見えても一瞬なんて人ばかりだったから」
「軍艦に普段から女の子が乗っているという事自体そうそうないからね。幽霊と間違えられてしまうのも無理ないだろう」
「でもね、噂では知ってたのよ。『私達船魂の姿が見れて話せる人がいるよ』って他の子が話していたから。それがまさか人違いでここに来た少佐さんだったなんて素敵な偶然ね」

ずっと嬉しそうにしている三浦の様子を見て、人違いで自分をここに連れてきた若い水兵に少しだけ感謝する阿倍野だった。
同時に、島風や最上に室蘭へ上陸して最初に出会った大淀と異なり初対面でここまで喜んでくれるのはやはり幽霊と間違えられたりする事が多かったからに違いないとも思った。

「それにしても島風かあ……今度の作戦で私を護衛してくれる子ね。仲良くなれるかな」
「島風は足の速さをよく自慢する子だが、いい子だよ。君ともいい友人になれるだろう」
「普段からよく話すの?」
「ああ、最初に出会った船魂が彼女だったからね」
「そっかあ……ね、少佐さんと島風の馴れ初めについて話してくれない?」

その後、阿倍野と三浦の会話は暫く続いたが、阿倍野の話しを三浦は興味深く時には目を輝かせて聞き入っていた……。




「結構話したな。上陸してから行くあても無かったから丁度よかった」
「もう戻っちゃうの?少し残念……」
「作戦開始が近いからね。作戦を終えて室蘭に寄港したらまた話そう」
「うん、その時はお願いね少佐さん」

人もまばらな甲板上を阿倍野と「三浦」の船魂は歩く。
空を見上げるともう太陽は西に傾いている。
そろそろ戻らなければ島風も心配しているだろうと阿倍野は思った。

「それじゃ、島風に戻るよ。君の護衛は中川艦長からも頼まれているから安心してくれ」
「大丈夫、私の艦長さんは操艦の才能あるから簡単に沈まないよ。それに少佐さんと約束したから沈めない理由が出来たものね」

阿倍野との別れを名残惜しそうに、しかし出会えたことを嬉しそうに話す三浦。
そんな彼女を見て(大淀に続いて室蘭に立ち寄る理由が増えたな)と思う阿倍野。
並んで歩くうちにタラップの前に到着した。

「見送りありがとう。それじゃ行くよ」
「私も行くね。乗組員の皆を見て回らないと…………うきゅっ!」
「大丈夫か……って!?!?!?!?」

そう言って走り出そうとした三浦が阿倍野の前でド派手につまづいてコケる。
思わず駆け寄って手を差し伸べようとした阿倍野だったが、丸見えになった三浦のスカートの下を見て目が点になった。

いや、目が点になっても仕方がなかったかもしれない。
スカートの下はなんと「褌」だったのだから。

「いたた……なんで船魂なのに転ぶかなぁ……あ、少佐さんまたね!!」
「行ってしまったか……まぁ『もしかして見ちゃった?』とか言われて気まずくなるよりはマシかな」

しかし、「褌」と言うのも妙な組み合わせだったなと考える。
いや、三種軍装にタイトミニのスカートと言う恰好もある意味島風より珍妙な組み合わせだが、その下が女性なのに褌と言うのもまた変な気がした。

「福岡の山笠でもあるまいし……いや、良いのか?」

と、以前「加賀」を訪れたときにやはり風でめくれた船魂の袴の下が「白い黒猫褌」だったことを思い出した。
基本クールなように見えてどこか抜けてる気がする加賀の船魂はそれに気づくと「壁ドン」でこちらを脅迫してきたが……。
島風のTバックがまだ可愛い物に思えて来て、思わず溜息をつく阿倍野であった。








新世紀3年8月28日 0000時
北海道紋別市沖合

紋別奪還作戦――秘匿名「トッカリ」――が発動され、室蘭に寄港していた艦隊が紋別への上陸作戦を開始しようとしていた頃。
作戦開始と同時に最初の一撃を繰り出そうとする艦艇が、紋別の沖合に姿を見せた。

「作戦開始予定海域に到達。各艦コンシールド解除」

「お猿の腰掛け」と称される指揮官用シートに座るカイゼル鬚の護衛艦隊司令官が命じると海面上に次々と艦艇が出現する。

それは不思議な光景だった。
一瞬空間が歪んだかと思えば次の瞬間には艦艇が海面に浮かんでいる。
潜水艦の浮上とは明らかに異なっているから、それが未知の技術によるものだというのは誰にでも判る筈だ。

出現した護衛艦隊の旗艦である重巡洋艦改装護衛艦「利根」のCICでは、艦長と副長が大型スクリーンに目を向けながら隊司令の命令を待っている。

「どうやら一隻も妨害を受ける事無く予定通りの時刻に到着したか」
「今回搭載した『新兵器』の効果は上々でしたな」
「だが、未だ不完全な兵器だ」

艦長が言うところの「新兵器」にして隊司令が「不完全」と称した物。
それは紋別を実効支配する「赤い日本」側に気取られる事無い様に護衛艦の姿を隠した装備、ECS――電磁迷彩システム――の事であった。

紋別攻略戦の以前から艦艇の姿を完全に隠し、極秘作戦の実施を可能にする為の新装備開発は行なわれていたがいずれも決定的なものではなかった。
そのような中で新世紀2年5月の「お台場騒擾」にて確認されたAS“アーバレスト”に搭載されていたECSの存在は技研及び艦政本部の注目を集めたのである。
早速このAS用ECSを参考にした艦載型ECSが試作され、今回の作戦に投入されたというのがここまでの簡単な経緯だ。

しかしこの艦載型ECSはまだまだ改良の余地がある装備と言えた。
試験運用の段階で悪天候下では使用できない点や、起動時の電力が高く通常航行時しか使えない点等、幾つもの欠点が露呈したからである。
最大の欠点は、一度ECSを解除すると母港に戻って主要な電装部品をオーバーホールしなければ再起動が出来ないという事だった。

それでも今回の作戦に関して事前攻撃部隊となる護衛艦隊はこの不便を敢えて受け入れた。
もっともその為に今回の作戦参加艦艇は稚内方面を大回りする隊と網走方面からの隊に分かれて作戦海域にて合流、ECS解除後即座に攻撃実施の後は最大速力で海域を離脱する予定になっている。

今後運用時間に関しては核融合炉などの新動力機関や超伝導伝送ケーブルの開発などで改善は可能だろうが、いかんせん気難しいシステムであることを早く改善して欲しい、と願わずにはいられなかった。




そんな「利根」の航海艦橋……かつての羅針艦橋の上に一人の人影が現れる。
まるでチャイナドレスのようなスリットの入ったダークグレイの服の上にオリーブグリーンのジャケットを着た、髪をツインテールにした少女。
着ている衣装自体はある意味セクシーと言えるのだが、いかんせん小柄でそれほど色気を感じる雰囲気ではない。

彼女こそ『利根』の船魂であった。
いや、利根だけではなくこの海域に集結した護衛艦の艦橋や艦首にはいずれも船魂が姿を見せている。

「いよいよか、改装された吾輩達の本領を発揮する時が来たぞ」
「利根姉さん、緊張していたら本領発揮も無理ですよ。ふふ」

利根の言葉に誰もが頷きまた身構えている。
いつもなら落ち着いた物腰で彼女のブレーキ役となる姉妹艦の「筑摩」も同じである。

「しかし、透明人間になって敵領海まで進出とは……不条理な技術も有ったものじゃ」
「ですけどこの技術のおかげでここまで敵に見つからず来られたじゃないですか」
「まぁ、そうじゃな……」

彼女の口調はなんとはなしに子供が年寄りの口調を真似しているか、時代劇に影響されて喋って居るようにも感じるが、妙にそれが板についているのもまた事実である。
そんな彼女にに声をかけるのは同じ服装である筑摩の船魂である。

「だけどさ、アメリカと戦った時にこの技術があったら夜戦でも思いっきり戦えたよね」
「ええー、姿が見えないなんて那珂ちゃん嬉しくないなー」
「姉さん、那珂ちゃん。今は作戦中ですよ」

利根の言葉が全員の緊張をほぐしたのか、軽巡改装型護衛艦の「川内」「那珂」の船魂が口々に言う。
その様子を落ち着いた感じで見ているのは彼女達の姉妹艦である「神通」の船魂である。

大正時代に竣工した川内型巡洋艦の三姉妹は今回の事前攻撃部隊では対潜警戒を担当しているが、近代化改装で最もその外見が変わった艦艇でもある。
機関部のコンパクト化によって出来た余裕を活かしてVLSや電子機器が増設され、基本性能はむらさめ型護衛艦に匹敵するものとなっている。
ヘリコプター運用能力こそ無理であったが、その辺は利根型や最上型、今後竣工が予定されている伊吹型とのコンビが前提になるだろう。

「ここで作戦通り徹底的に叩けば後から来る皆が楽になりますね」
「その為にも手は抜けないわよね~。ふふ」

そして、利根と筑摩に続く二隻の重巡「高雄」「愛宕」の艦橋上にもそれぞれの船魂が話していた。
彼女達の外見は利根と比べると幾分大人びている。
最大の違いはその胸であり、こと愛宕のバストサイズは豊満の一言に尽きた……。




川内型の三隻が周囲を警戒する中、利根以下の重巡洋艦は搭載された「主砲」を陸上へと向ける。
主砲と言っても通常装備の127mm単装砲ではない。

今回重巡の各艦が4基または5基搭載している主砲は、外見やサイズこそ近代化改装前に装備していた20.3㎝連装砲に近い。
だが、その正体は最新技術により開発された新型砲である。

新型砲――正式名称、02式60口径20.3cm連装砲――は、戦艦が搭載する大口径主砲の様に多段薬室こそ採用してはいないが巡洋艦クラスの艦艇が搭載する砲としては十分な破壊力と射程を誇っている。

大型の巡洋戦艦や装甲巡洋艦が時空融合により出現した事で砲撃プラットフォームとしての価値が低下し、一度は近代化改装により撤去された重巡洋艦の主砲が復活した経緯は以下のようなものであった。
今回の様な奇襲作戦においては大型艦より速力と航続力に優れる巡洋艦が向いている事、積載量に限界のあるVLSより砲弾の方が有効である事、以上の理由から近代化改装前に搭載していたのとほぼ同サイズの主砲が搭載されたのである。
いずれの艦も近代化改装時に各部をユニット化する改装を受けていた為、工廠のクレーンで短時間の内に換装が可能だった事も幸いした。

そして今、その主砲は最大仰角で砲口を天に向け「その時」を待っている。
水冷式のサーマルジャケットに覆われ、レーザーにより砲撃時の熱による砲身の歪みを計測する装置を搭載した砲身の基部たる薬室には既にアシスト用のロケットブースターを搭載した砲弾が装填されていた。
この装備により主砲の最大射程は150キロメートルに達し、それにふさわしい破壊力を発揮するだろう。

「通信来ます!」

利根のオペレーターが、紋別周辺にまで進出した陸上防衛軍の特殊部隊である「特殊作戦群」の隊員により発振された暗号通信が届いたのを確認しその情報を解析、スクリーン上に表示する。
表示されるのは紋別周辺に展開する「赤い日本」の切り札とも言うべきミサイル群の配置状況である。
その情報はデータリンクにより他の艦にも伝達され攻撃準備が整った。

0005時、隊司令である木村昌福――通称「ヒゲのショーフク」――少将による砲撃命令が発せられた。

「砲撃開始せよ!」

その言葉と同時に利根のCICに詰めていた砲雷長がトリガーを引いた直後、砲撃準備を整えていた「利根」以下の重巡洋艦「筑摩」「高雄」「愛宕」が一斉に砲撃を開始する。
4隻は海底火山の噴火を思わせる爆音を轟かせて改装前の主砲より遠くへより正確に目標へ砲弾を叩き込んでいく。

データリンクにより各艦の砲撃系統は利根の統制下にあり、同時に複数の目標をロックオンの上、一斉に砲撃を行うという彼女らの本来の時代では想像もつかない事が行われていた。

「その標的もらった!」
「撃ちます!」
「馬鹿め……と言って差し上げますわ!」
「ぱんぱかぱーん!」

各艦の船魂も観測機が無い状況であるにも正確に標的へ命中弾を次々と出している現状に嬉々として盛り上がっていた。
砲撃は最初内陸部の目標を粉砕していたが、順に海岸線側へと移っていく。
本来の艦砲射撃ならば海岸付近から内陸に標的を移動するものだが、ロケットブースター装備の砲弾は装填に時間がかかる事から今回の作戦では先に内陸の目標を破壊し、次に通常の砲弾を海岸線側へ大量に撃ち込むという方法を採用した。




同じ頃、間断無く続く艦砲射撃により紋別市の周辺に展開していた対艦ミサイルランチャーを配備する防衛陣地は大混乱に陥っていた。

「塹壕に入れ!頭を低くしろ!」
「連中いつの間に現れたんだ!」

予期せぬ洋上からの艦砲射撃は正確であり次々とミサイルランチャー群が破壊され爆発し、破片や燃料をまき散らし炎上する。
それだけで終わらず、地上に落下した砲弾が爆風と衝撃波を生み出し塹壕への退避が遅れた将兵の命を刈り取っていく。

「反撃は出来んのか!?」
「無理です!相手の位置すら分からん状態では!」

混乱は更に混乱を生み出し「赤い日本」の側は有効な反撃も出来ないまま徒に犠牲を増やしていく。
もし、艦砲射撃の標的が内陸側から始まった事に気が付いた者がいれば海岸近くに配備されていたミサイルランチャーで反撃も出来たであろうが、この混乱でそれに気づく者はいなかった。

しかし、そんな中で幸運にもこの一方的な攻撃から難を逃れた幸運な者達も存在していた。
攻撃開始直前に紋別市から移動を命じられた直江少佐と指揮下の部隊である。

直江が彼の後任である紋別守備隊指揮官である須加少将の命令で前線となる防御拠点に中隊丸ごと送り込まれ、目的地に到着したのは今から数時間前の事だった。
拠点到着後、予定通りに部隊を配置したが日没になっても日本連合による定期的な夜間攻撃が行なわれない事に疑問を持った直江の命令で「独自の判断による配置転換」を実施し本来の拠点から大きくずれた位置へ移動したのである。

紋別への事前攻撃が開始されてからは定期的に行われていた日本連合による砲撃と爆撃――直接の被害を生じないモノではあったが――が無いのは恐らく大規模な攻撃の前触れと直江は読んだのだが、それは結果として当たっていた。
同時にこの行動は命令違反だったのも事実だが、前線の司令部が紋別市の須加に対してこの件の報告を後回しにした結果、直江達の行動が問題になる事はついになかった。
現在行なわれている艦砲射撃により前線司令部が吹き飛ばされ、主要な幹部がまとめて死の世界に転属したからである。

「悪い予感が当たったな。それも最悪だ」
「少佐、後退しますか?」
「今更だな。ここで動けば連中のいい的だ。とりあえずはやり過ごすしかない」

塹壕から味方の防御陣地が次々と吹き飛ばされるのを前にして直江は副官である上杉に話しかける。
幸い自分達のいる場所に砲弾は落ちてきてはいないが、これで敵の艦隊をミサイルの飽和攻撃で撃滅する当初の目論見は完全に崩壊した。
今はただひたすら流れ弾が飛んでこない事だけを祈るしかない、直江はそう思った。

だが、砲撃は徐々に直江の部隊が配置された内陸側から海岸側へと遠ざかっていく。
砲撃が止んだのはその数分後の事である。




「時間だ。各艦、砲撃を中止しこれより直ちに海域を離脱する」

0030時、木村少将の命令により陸地に対する艦砲射撃は終了した。
砲撃の時間は30分に満たないものだったが、元々奇襲攻撃を目的としていた為長時間海域に留まるのは危険であり当初より十分な戦果を挙げたら交代する予定であった。

「宜しいのでしょうか?まだ砲弾には余裕がありますが」
「構わんよ。既に当初の目的は達した。深追いは無用だよ」

副官と話す木村の目は大型スクリーンに向けられている。
砲撃前は青色で表示されていた攻撃目標はその殆どが“破壊済み”である事を示す赤色に変わっていた。
地図上で青色の表示を維持しているのは紋別市そのものと僅かに点在するごく少数の標的のみとなっている。

上陸部隊の脅威となる対艦ミサイルランチャー群をあらかた破壊した以上奇襲作戦は成功したと見ていい。
砲撃中に敵の奇襲や反撃を受けなかった事を合わせて考えれば大成功と言えるだろうと判断した木村は当初の予定通り後退を命じた。

「利根」以下の奇襲部隊は隊列を整えると海域を離脱し、全速力で網走に向けて航行を開始する。
網走に到着次第、小休止に簡単な整備点検と弾薬の補充を受けて攻略部隊に組み込まれた後、再びこの海域に戻ってくる事となるだろう。

「あとはもう一方の奇襲部隊だが、今頃攻撃を開始している事だろう」
「こちらの奇襲作戦以後、敵の通信量が増大しています。連中は相当焦っているみたいです」

報告を受けた木村と艦長を顔を見合わせると互いに頷いた。
利根のCIC内では奇襲作戦成功により誰もが安堵の表情を浮かべている。
しかし、数時間後には誰もが気持ちも新たに戦いへ挑むことになるのもまた事実だった。








同時刻、野付半島沖20kmの洋上

第一司令艦群の護衛として配属された4隻のあたご型護衛艦。
そのうちの2隻にはこの作戦での「一番槍」の任務が課されていた。

その二隻とは、DDG-182「ゆうばり」とDDG-183「みらい」。

対潜護衛として阿賀野型護衛艦4隻を率いて本隊と別れた二隻は襟裳岬を回るルートで根室沖へ先行し、野付半島沖にて作戦時間を待つこととなる。
その標的はサロマ湖周辺に配置された対艦ミサイルランチャー群の破壊。

こちらも奇襲により標的を破壊する為、本隊に先行して戦闘海域に進出してきていた。
紋別への奇襲が成功した情報は二隻にも入っており、これから攻撃を仕掛けるサロマ湖側も混乱しているのは傍受した通信量からも明らかである。
反撃を受ける可能性が無い現在は絶好の機会だ。

「ゆうばりより通信『これより攻撃を開始する』との事です」
「こちらもトマホークの発射準備をとれ。せっかくの一番槍だから盛大にやろう」

菊池の言葉を聞いた梅津も攻撃準備命令を発する。

みらいの前甲板に設置されているVLSが開放され、搭載された巡航ミサイル「トマホーク」がその弾頭部を顕わにする。
在日米軍が撤退の際、置き去りにしていった数十発のトマホークは現在その全てがこの二隻に優先して配備されていた。

今回もミサイルランチャー群攻撃の為にみらいとゆうばりはトマホークをVLSの全セルに搭載しており、先に艦砲射撃による奇襲を行なった巡洋艦を中心とした奇襲部隊同様攻撃が終われば即座に後退する予定であった。
日本連合は新型の巡航ミサイルが生産可能になるまでトマホークの使用を継続する計画だった為、この攻撃はトマホークにとって新世紀最初の晴れ舞台とも言えた。

その第一射を放ったのはゆうばりである。
ゆうばりのVLSから立て続けに放たれたトマホークがサロマ湖周辺のミサイルランチャー群へ次々と命中し、標的を破壊していくのがスクリーン上に表示されていく。
続いてみらいもトマホークを発射し、ゆうばりの攻撃で破壊し切れなかった標的を破壊していく。

「思ったより反応が無いな」
「やはり混乱しているのだろう。紋別方面も反撃を受ける事なく後退したとの事だ」

菊池の言葉に角松が自分の見解を述べる。
サロマ湖方面の攻撃は紋別方面の奇襲部隊と異なり野付半島と知床半島を挟んだ超長距離攻撃である。
その為、相手に長距離の対艦ミサイルでも無い限りは反撃を受ける心配がない。

攻撃にかかった時間は紋別方面の奇襲より短い10分程だったが、その効果は十分だった。
網走から飛び立った偵察型UCAV(無人航空機)が、搭載する高感度カメラや暗視カメラ等によりそこかしこでミサイルランチャーの破壊を示す火柱と煙が上がる映像を二隻のモニターに送ってきている。
これで上陸作戦で大きな損害が生じる可能性は大きく減じるだろう。

「見事なまでの奇襲となったな。我々も対潜部隊と合流し後退しよう」
「了解です艦長。旗艦への通信はどうします?」
「既に利根から赤城に作戦成功の一報は打電されてるが……そうだな」

角松の言葉に、艦長の梅津は少々考えたかと思うと何か思いついたかのように口を開いた。

「後退前に赤城へ打電せよ。通信文は『トラ・トラ・トラ』だ」

梅津が「我、奇襲に成功せり」を意味する通信文を口にする間も「みらい」は「ゆうばり」と共に対潜部隊の阿賀野型4隻と合流し、本隊たる攻略艦隊との合流を目指していた。




「利根に続いてみらいから通信です」
「吉報だろう。読み上げろ」
「はっ!通信『トラ・トラ・トラ』繰り返します『トラ・トラ・トラ』!」
「我、奇襲に成功せりか……みらいの艦長はなかなか粋な事をするものだな」

紋別とサロマ湖の周囲にそれぞれ展開する赤い日本の防衛陣地に対する奇襲攻撃が成功したのと同じ頃、紋別奪還部隊の本隊である第一司令艦隊は知床半島沿いに航行し、知床岬を抜けた所であった。
そこに届いたのが奇襲成功の報告であり、網走から飛び立ったUCAVが撮影し転送してきた防衛陣地の対艦ミサイルランチャー群を破壊した事を示す映像である。

この情報が届いた時、艦隊旗艦である「赤城」はもとより全ての艦で歓声が上がった。
当然だが、赤城に乗り込んでいた山本や斎藤中将も満足な表情を浮かべていた。

こうして、紋別奪還作戦はその発動から最初の30分で日本連合が戦場の主導権を握ったのである。

Bパートへ

Dパートへ


スーパーSF大戦 掲示板リンク