作者:山河晴天さん
スーパーSF大戦 外伝
前編 運命の日に現れし魔人
壱:地の底にて
そこはかつて人間が溢れ、その国において文明と文化の中心として永く繁栄を誇った地であった。
今、この地は世紀末という時代の変わり目と共に水と緑の溢れる自然豊かな場所となり訪れる者も少ない。
その大地の下、冥府と呼んでも差し支えないほど深い地の底に「彼」はいた。
「彼」はかつて人間であったがそれも遠い昔のことである。
しかし今、永いまどろみから目覚めた「彼」は久方ぶりに人間であったときの記憶を思い出し己の裡にある怨念を燃やしていた。
人間であった頃「彼」は千年以上前に自分の祖先をこの国から追放した者の子孫が住まう場所、つまり今自分のいる場所の上にかつて存在した文明と文化の中心地を崩壊させ、祖先の無念と怨念を晴らす為に幾度と無く歴史の裏で暗躍した。
破壊を実行へ移す度に「彼」はその地を守護する大地の霊とその霊に仕える者、あるいはそれに準ずるこの地の「守護者」つまり魔道の者達により完全なる崩壊を後一歩のところで阻まれてきたのである。
やがて月日は流れ一時期大陸へ渡りそこで秘術によって不老不死の肉体を手に入れた「彼」は戦乱により廃墟と化しながらも復活への道を歩むその地を滅ぼすべく再び活動を開始した。
その間にも様々なことがあったが時は巡り世紀末、「彼」は百年近くにのぼる策謀の末にその地を崩壊させた。
だが、それだけでは終わらなかった。
その大崩壊の中で最後の戦いを挑んできた者の策により現在自分のいる地の底に落ちた「彼」はそこで信じられぬ事実に直面することとなった。
「彼」の永きに渡る人生の中で因縁浅からぬ存在だった者の転生者が地の底で「彼」にこう告げたのである。
「貴様はこの地を守護する大地霊の木偶であった」
「其の証拠に私が冥府で見た大地霊の顔は貴様自身の顔であった!!」
自分がこの破壊の中で殺そうとした大地霊の傀儡であったという言葉に「彼」が怒り狂い、破壊が更に進む中、ついにその者は姿を現した!!
そう、自分と同じ顔をしたこの地の守護者たる大地霊が志半ばで倒れたときの姿そのままに。
「彼」は自分の顔を持つ巨大な大地霊に躰を掴まれそのまま冥府へと引きずり込まれていった。
地の底で「彼」は海龍を骨の髄まで断ち切った魔刀を振るい、大地霊と果てしない死闘を繰り広げた。
そして、永きにわたる戦いの果てに「彼」は自分に己のやむにやまれぬ怨念を受肉した大地霊を討ち倒したのだ!
「彼」は自身を保ったまま遂に大地霊にとり殺されることはなかった。
戦いの後、「彼」は討ち倒した大地霊の首を切り落とし、その生首を恍惚としながら豪勢に味わい喰らい尽くした後一時の満足と共に深い眠りに入ったのだった。
大地の破壊で「彼」が先祖代々千年以上背負ってきた古の悲しき怨念は洗い流された。
しかしこの時、眠りに落ちた筈の「彼」の中には再び新たなる怨念の炎が燻りだしていた。
永き時の中、その小さな炎は不死者であるが故にかつての大地霊以上に思考する「彼」の心の中で徐々に大きくなり、更には洗い流された筈の古き怨念を燃えあがらせていた。
その新しい怨念とは「彼」をこの地の底に閉じ込めるきっかけとなった大地霊への怒りであったのだ。
「彼」は思う。
俺は確かに大地霊とともにこの地を巨大な墓所に変え、地の底で奴を殺しその全てを喰らった。
それで俺の怨念は消し流されて全てが終わるはずだった。
しかし今はどうだ、奴の気配は既になく代わりに俺がかつての奴のごとく地の底にいる。
或いはこれこそが、そう!他者をこの地における守護霊の座へ縛り付け自分はのうのうと成仏することが奴の真なる目的ではなかったのか?
だとしたら許せぬ! 決して許すことは出来ぬ!
この躰さえ自由になれば冥府に、或いは天界に攻め入り転生すらかなわぬまでに消滅させてくれるものを!!
──何よりも我が目的は未だ果たされておらぬ!
「彼」吼えた。 大地霊への呪詛を、在らぬ限りの声と共に。
その声は地震となって地上を揺るがしたが、それ以上の行動を起こすことはかなわなかった。
地の底はあまりにも冷たく狭苦しかった。
しかし、不老不死であり地上にいたときから孤独な存在であった故に死への恐怖や寂しさとは「彼」にとり無縁のものであった。
「彼」の力を持ってすれば地上に出ることは容易だったが、それとて力を行使する肉体が万全であってこそである。
現在の「彼」は肉体が朽ち果てていた故に地上から地の底へ沈んでくる無数の霊魂を振り払いながら地上へ出ることは不可能であった。
朱色の輝きが「彼」の躰を包んだのはその時だった。
久方ぶりに見た闇以外の色に「彼」は一瞬眼を見開いたが、すぐに眼を閉じると再びまどろみの中に心を落とした。
やがて朱色の輝きはその勢いを急速に衰えさせ再びそこは今までと変わらぬ闇色の場となった。
ただ一つ、「彼」がそこから消滅した事を除いては……。
弐:地上への現出
新世紀二年 五月五日 深夜 東京都帝都区 上野公園
この日有明にて発生した一大襲撃事件(通称有明襲撃事件)が市井の戦士達とGGG、そして巴里華撃団の活躍で収束し多くの都民だけでなく戦いに参加した勇者達ですら泥の様に眠っていた深夜、上野公園の一角に一人の軍人が時空融合の揺り戻しにより出現した。
その男はこれ以上ない程完璧に鍛え上げられた鋼の肉体と面長の顔を有し、その躰には時空融合後はミリタリーショップや古着屋でよく売られるようになった大日本帝國陸軍の軍服と軍帽、そして漆黒の外套をまとっていた。
揺り戻しで人間が単独で出現することはエマーンにおける巴里や川崎で発生したマジン、テツジンの大規模な例と比べればそれほど驚くべき事ではなかったがこの軍人の場合は出現したときの状況がこれまで観測された多くの例と比較すると随分と異常なものであった。
多くの場合、現象が発生する場所においてその数時間前から数分前に時空の歪みが観測され、その後そこへ揺り戻しの対象者或いは対象物が出現するのが普通である。
しかし、この軍人はそうではなく、まるで地下から水が湧き出すかのようにして地面から、それも何の前触れもなく出現してきたのである。
地上に出現した軍人は両の瞼を閉じたまま逞しい両足で大地を踏みしめそこから動こうとはしなかった。
自分が地上に出現したことさえ気付いていないかの様に。
しかし、柔らかな春の風が軍人の躰を撫でた瞬間、彼はその瞼を開き灰色の鋭い瞳で周囲を見回した。
そして眼に飛び込んできた光景に思わず否定の言葉を吐いていた。
「莫迦な! 俺は永遠にあの深き地の底から這い出ることも叶わなかったのではないのか!」
しかし、それも一瞬のことであった。
それが現実のものであると理解すると男はようやくそこから歩を進めたのである。
次に驚かされたのは普段は闇の中で意識することも無かった己の躰についてだった。
彼が自分の手を見たとき眼に入ったのはあの最後の戦いの最中で失ったはずの白手袋、身にまとっていたのは今となっては懐かしい陸軍将校であった時の装備。
そして、腰には白木の拵(こしらえ)に収められた刀。
(俺は還ってきたのか? 最初の企てを謀ったあの日に!?)
一瞬そう考えた後、男は瞳を閉じて己の肉体と魂の両方に探りを入れ始めた。
時間にして僅か一分足らず、眼を見開いた彼は口元をつり上げ不敵な笑みを浮かべた。
なぜならその躰には秘術により得た不老不死の気管が宿り、幾らか損なわれているが地の底で大地霊を討ち倒した時の力が宿っている事を確認したからだ。
「これは面白い、まさか永き時の中で取り込んできたものをそのままに地上へ出たとはな」
男は桜の木々が茂る地上を、次に空を見上げ夜空がぼんやりと白く発光している事に気付き、ここが上野ではあるが明らかに自分がかつていた世界ではないことを理解した。
だからといって彼が動じる事は微塵もなかった。
むしろこの地に来たことを感謝するかの如くこれ以上にない不気味な笑みをその貌に表していた。
「誰かは知らぬが感謝するぞ。 この俺を地上へと連れだしてくれた事を」
そう呟き、月明かりに照らされた男は高らかに嗤い出した。
あまりにも不気味な、そして地を這うような響きの嗤い。
まさしく鬼の嗤いであった。
参:魔人の贄とされし者
その嗤いを断ち切ったのは彼を包囲するべく集まってきた身の丈3メートル程の鉄人形。
一般市民には「怪蒸気」と呼ばれている物体「脇侍(わきじ)」であった。
その数30体以上。
予備知識のない人間が見れば平均的な成人男性の倍近くはあるその大きさに圧倒されてしまうだろう。
ましてやそれらが大人の背丈ほどもある日本刀や大口径の機銃を手にしていたら尚更だ。
しかし、元の世界で眼前の存在より遙かに強大なそして怪異の存在と対決してきた彼はそれらに動じることなく脇侍達を嘗め回すように見つめ、その形状と機体から放たれる気配によりそれらが蒸気を動力源とし、霊的な力により制御されていることを正確に読みとっていた。
「霊の力により動く木偶か……面白い、相手になってやろう」
地の底で朽ち果て、いずれは不死の気管を除いて土に還る筈であった古き躰から若く活力に満ちた躰に経験と力を有する古き魂を宿した魔童子が呟く。
そして次の瞬間、彼は正に魔人と呼ばれるに相応しい形相で脇侍達に襲いかかった!!
月光の下、走り出した男は正面の脇侍が刀を振り上げた間隙を突いてその懐に飛び込むと左手から抜き取った白手袋を裂帛の気合いと共に脇侍の胴体に叩き付ける。
次の瞬間青白い閃光が白手袋を中心に脇侍の全身を駆け抜ける。
するとその脇侍はまるで瘧(おこり)に罹ったかの如く激しく振え、胴体から手足が外れ分解した!
それだけに留まらず、青白い閃光は地を走り波紋の如く周囲に拡散する。
閃光は男を中心に円陣を構築しつつあった他の脇侍に流れ込み全く同様の現象を発生させた。
地面に次々と崩れ落ち行動不能に陥る脇侍達。
予想通りの結果だったのか、軍人はそのあまりにも呆気ない脇侍の最後を冷ややかな視線で見つめていた。
「くだらん……この程度とはな」
そう呟くと男はまだ白い蒸気をあちらこちらから吹き上げている脇侍に歩み寄り先程叩き付けた白手袋を拾い上げ左手に戻した。
不思議な白手袋であった。
掌側を見るればただの白手袋だが、手の甲の側には五芒星或いは籠目とでも言うべき紋が描き込まれていた。
よく見ると右の白手袋にも同様の紋が描き込まれている。
この五芒星が脇侍を倒した答えなのだろうか?
「出てきたらどうだ。見ていたのだろう?」
鉄屑と化した脇侍の間を抜けて並木道に出た男は、視線の先にある闇に向けて声を発した。
「あれだけの脇侍を一瞬、それも生身で倒すとは驚いたよ」
男の声に闇の向こうから現れた女が言葉を返す。
褐色の肌、日本人離れした服装、そして注目するべきは腕を三対有している事。
そう、彼女は黒鬼会五行衆の一人「土蜘蛛」であった。
彼女にしてみれば男を発見したのは全くの偶然にすぎない。
この夜、黒鬼会と黒之巣会は斥候としてお台場騒動を観察していた水狐から巴里華撃団が鎮圧に出動したことを知り(水狐はこれを帝國華撃団の不在と判断し、首領である京極に報告していた)、戦闘で疲弊しているであろう巴里華撃団を叩く為に改良を終えた脇侍の全てを送り出して来たのだ。
それら脇侍を率いていたのが五行衆の一人土蜘蛛であり、また戦場に選んだのが上野公園というのにもそれなりの理由があった。
彼女にとって上野公園は一年近く前に特車二課第二小隊と対デモンシード工作課の南風まろんにより帝國華撃団を潰す為の計画を頓挫させられた因縁浅からぬ場所あり、ここを戦場に選ばすにはいられなかったのである。
そして上野公園に到着し、布陣を敷いて一部の脇侍に破壊活動をさせる直前でこちらに接近してくる男を発見し脇侍を向かわせたのだった。
「女、貴様があの木偶共を行使していたのか? あの程度のもので俺を倒そうとは小癪な」
「だとしたらどうするんだい?」
「知れた事、この俺に挑んできた貴様を倒すまで」
その姿を認めた男は土蜘蛛の異形には気にも留めず一瞬脇侍の残骸へ視線を向けた後、再び彼女の方に向き直り不敵な笑みを浮かべる。
彼の嗤いを自分への蔑みと取ったのか、土蜘蛛の表情が怒気を帯びたものとなる。
「思い上がった事を後悔させてやるよ……いでよ、八葉ッ!!」
声と共に土蜘蛛の後方から魔装機「八葉」が姿を現す。
彼女は八葉に乗り込み漢の出方を伺う。
「後悔させてやる」とは言ったものの実際の所、土蜘蛛は先程の戦いぶりから男に対して恐怖を感じていた。
驚異的な妖力、霊力を有する人間なら生身で脇侍や魔装機相手に互角以上の戦いをすることが可能だ。
だが、それも一対一での話。
一対多では包囲されて叩きつぶされるのが戦いの常である。
眼前の男は違った。
奴は脇侍の一体に白手袋を叩き付けそれと同時に全ての脇侍を破壊したのだ。
一撃で全ての脇侍、それもこの世界で対応させるために改造した機体を破壊するなど常人の業ではない。
かつて戦ってきた多くの強者とは明らかに桁の違う強さ、その事が女である事を捨て戦士として生きる土蜘蛛をして相手の出方を見るという受けの姿勢をとらせたのだ。
(操縦者の力を増幅する人型というわけか……あのような物が存在するとは……ここは異界か)
一方、男の方は全く冷静であった。
女が「八葉」と呼んだ人型(彼は八葉を脇侍とは異なる物と考えた)に乗り込んだ後も動く気配がないことからその間に脇侍の時同様に思考を巡らせて八葉のいや、魔装機、霊子甲冑の基本能力をつかんでいたのだ。
勝てる。彼はそう判断した。
確かに女の放つ「気」は人型に乗り込んだことで増大したがそれも自分の持つ力と比較すればまだ小さい。
(動かぬのか?)
男は一向に動く気配を見せない人型を睨む
どうやら、こちらの出方を伺うつもりらしい。
(来ぬならばこちらから行くまでの事)
そして男は次の瞬間地を蹴って一気に人型との距離を詰めにかかった!
「なにっ!!突っ込んで来ただと!?」
その動きと男から発せられる闘気に土蜘蛛は思わずひるんだ。
速い、先程まで10メートル近くあった両者の距離は既に一足一刀の間合いまで詰められている。
彼女にすれば完全に戦いの流れを奪われた形になった。
その踏み込みの速さに必殺の「九印曼陀羅」を放つ時間もなく男の気迫に圧された土蜘蛛は本能から八葉にガードの体勢を取らせ男の攻撃に備える。
しかしそれを見抜いたのか、男は八葉のガードにより一時的に姿勢を崩した間隙を縫って懐から白い手巾を引き出して二つ折りにする。
その手巾にも手袋同様に五芒星の斑紋があった。
男はその手巾を地面に投げつけ、九字を切る。
とたんに、地面の一部が盛り上がりやがて異形の妖物達が姿を現した!!
式神ども!
彼が八葉に指を向けると式神と呼ばれた妖物達は八葉に襲いかかる。
「式神かっ!」
襲いかかってきた妖物に対し土蜘蛛は毒づきながらも反撃に移る。
しかし、男の放った式神はいずれも彼女の知るそれとは比較にならぬ程強力で獰猛だった。
体格では八葉に劣るものの数と敏捷さ、そして連係攻撃で式神達は徐々に八葉を追い込んでいく。
ある式神が怪力にまかせて拳を叩き込み装甲をひしゃげさせたかと思うと、今度は別の式神が背後から一撃を喰らわせる。
その戦いをつぶさに観察する者がいれば式神達が人型兵器の弱点である装甲の合わせ目や間接部を執拗に攻撃しているのがわかったはずだ。
やがて八葉はあちらこちらから煙を立ち上らせて地面に膝を付く。
式神の攻撃により八葉の各部に限界が出始めたのだ。
──そして。
「さがれ、式神ども!」
この戦いの幕引きをするかの様に男は式神を後退させると再び懐から五芒星を描いた手巾を引き出し、それを先程と同様二つ折りにし、ツッと指でしごいてから彼は手巾を八葉に投げつけた。
男の手を放れた手巾は八葉にぶつかり、次の瞬間黄色い炎を燃え上がらせた!
邪悪な黄色の炎は瞬く間に八葉の全身を包み込みその外装を焼き溶かしはじめる。
男はその光景を前に唇を歪ませ死人の様な笑みを浮かべていた。
「糞っ、火攻めか! おのれっ、おのれぇっ!!」
煙の充満する八葉の内部で土蜘蛛は脱出せんと最後のあがきを行っていた。
既に勝敗は決したがここで死ぬわけにはいかない、生きて帰り自分を倒した男の存在を主たる京極と葵に伝えねばならない。
その一心で彼女は体中至る所が焼け爛れるのも構わず力任せに焼き溶けたハッチをこじ開けようとしていた。
そして、黄色の炎が土蜘蛛の躰に燃え移ったときそれは起こった。
外装甲を融解した炎を浴びながらも彼女は三対の腕をハッチに叩き付け、既にバターの様に柔らかくなっていたそれを引き裂く。
指先の感覚が失われ、肉と骨の焼ける臭いが漂っていてもお構いなしに。
三対有る腕の半分を二の腕まで焼失しながら既に原型を失っていた八葉から脱出した土蜘蛛は這いずりながらそこから離れようとした。
しかし、そこが限界だった。
気が緩んだのか彼女は自分の意志とは裏腹に気を失ってしまったのだ。
四:その者の名は
どれぐらいの時間が経過したのか?
彼女が目を覚ました時、空にはまだ月が見えていた。
そして、耳に聞こえたのは──
「あの炎の中から逃げ出すとはな」
──あの男の声だった。
「女よ、お前に死なれるわけにはいかぬ」
「な……ぜ……?」
「お前の行使したあれが何であったのか、そしてお前が何者なのか知りたくなったからな」
「名乗れ、女」
男から放たれる威圧感を前に土蜘蛛は焼け爛れた喉から絞り出すようにしてかすれた声で問いに答える。
「こっ……い、ごぎょ…………つ……ぐ……」
「黒鬼会五行衆、土蜘蛛か。再び応えよ、貴様の主は誰か?」
「っ……ん……き…………く……け…………ご」
「陸軍大臣、京極慶吾。そうだな?」
もはや声を出すことも苦痛なのだろう、土蜘蛛は力無く頷く──それすら苦痛なのだが──のがやっとであった。
「どうやら俺は面白い世界に来たようだな。女、貴様の主に会わせてもらうぞ」
そう言うと男はボロギレのごとき風体の土蜘蛛を担ぎ上げるとその場から歩き出した。
一歩歩くごとに振動が躰に響くのか土蜘蛛はうめき声をあげる。
「……き…………ま……な……は……?」
その様な中で最後の力を振り絞り土蜘蛛は問いかける、男の名を。
「俺の名か……陸軍中尉、加藤保憲!!」
その名を聴いた瞬間、彼女の意識は暗黒の中に飲み込まれていった。
加藤と名乗った男はそれすら気にも留めず彼女の念知を頼りに黒鬼会のアジトへ歩を進める──
これが帝都東京、いや日本連合の民を永きに渡って悪夢に苛ませ寝汗にまみれさせる事となる鬼、「魔人・加藤保憲」と呼ばれた男が世に現れた瞬間である。
中編に続く
2003年4月5日UP
2003年10月21日訂正
前編の後書き
どうも、山河晴天です。
今回この新作で荒俣宏先生の「帝都物語」からあの魔人加藤を登場させたわけですが、加藤にのっけから土蜘蛛を半殺しにするというど派手なデビューをさせてやりました。
詳しいことは本エピソードが終了する後編の後書きで書きますので今回はこれでご容赦を。
<アイングラッドの感想>
山河晴天さん、どうもありがとうございました。
魔人加藤、原作を読んだことはなかったのですが物凄い能力者の出現に戦慄を感じます。これからの展開が楽しみです。
皆さん、是非ご感想を御願いします。