作者: 山河 晴天さん

スーパーSF大戦外伝
豪州残留邦人救出艦隊


Aパート 〜出航〜



1:新艦長着任 〜生き残りし者〜

 広島県海上自衛隊呉基地 新世紀元年 8月1日 午前8時半

 この日、一機の二式大艇が護衛のハリアーUを引き連れて呉に着水した。
 機内から降り立ったのは第二次南太平洋調査艦隊の司令官に着任した嶋田繁太郎 海将である。
 彼は部下を引き連れて呉の司令部に入るとすぐに第二次太平洋調査艦隊の出向に向けた準備へ取りかかった。
 同じ頃、嶋田とは別に大型ヘリコプターで呉に到着した一人の士官がいた。
 その制服から分かる様に、彼は見まごう事なき海上自衛隊の一等海佐である。
 そして彼は時空融合後急速に増えたヨーロッパ系日本人の自衛官であった。
 彼の名はオットー・アイゼンバルト・フォン・レヴィンスキー。
 本来なら死ぬべきだったところを時空融合によって生き延びた人間である。 

 (不思議なものだ、あの時死を覚悟したのに私はこうやって生き延びただけでなくかつて敵国であったこの国で再び軍人としての義務を果たそうとしている)

 そう思うとレヴィンスキーは自分の運命を変えたあの日を振り返っていた。

 1950年12月27日 ニューヨーク沖 戦艦「フォン・ヒンデンブルグ」にて

 既に大勢は決した。レヴィンスキーはその時ドイツ北米艦隊の最高位士官として各艦に撤退命令を発した。

「諸君、我等の夏は今日で終わった!しかし、秋と冬はまだ始まってもいない。堪え忍び、打ち勝たねばならない未来が諸君の前に待っている。さあ『ヒンデンブルグ』が君達を助けてあげられる間に撤退してくれ。未来に向かって脱出するのだ。幸運を祈る。さようなら。以上」

 そう言って通信を終えた瞬間レヴィンスキーの視界は純白の光に包まれ彼は意識を失った。
 意識を取り戻したとき、レヴィンスキーはベッドの上にいた。 
 周囲を見渡すと、至る所で自分と同じ北米艦隊の水兵達が手当を受けているのが見える。

 そこへ数人の部下を引き連れて日本人の将官が自分の元にやってきた。
 その時彼は、自分が日本軍によって助けられたのだと理解したのだである。

 暫くして、彼は作戦会議の行われているであろう一室に案内された。
 そこには自分が発した命令によって撤退したと思っていた艦の艦長や参謀といった将兵達が集まっていた。

 そこで彼は謎の異常事態によって世界の様相が一変し、自分達も祖国である大ドイツ帝國と一切の連絡がつかなくなった事を初めて知らされたのである。
 やがて先程の将官が入って来るとすぐに「貴官の意見を聞きたい」と切り出した。
 それは要約すれば「我々は、本国と連絡が付いたので状況を確認するため帰国するが共に来るか否か」と言う内容のものだった。
 当初は本国への帰還を考えたレヴィンスキーであったが、本国はおろか北米本土に展開しているはずの味方とも連絡の付かなくなった事態を前にして、彼は艦隊の最高位士官として部下の安全を保証することをを条件に日本に向かう事をその将官に伝えた。
 そして彼は眼前の将官が日本最強の戦艦戦隊の指揮官、角田覚治 大将であることを知ったのである。

 日本に到着後、レヴィンスキーと彼の部下を待っていたのは、祖国は出現していなかったという情報と海上自衛隊の自衛官にならないかという話だった。
 祖国が時空融合で消失したことに落胆した彼であったが、自衛官になることには躊躇しなかった。
 彼は軍人としての誇りを持っていたし、自分を信じて共に来てくれた部下達の将来を考えれば、自分が率先して自衛官にならないわけにはいかなかった――そして、何より彼自身に軍人以外の職へ就こうとする気がなかった。

 その後の将官教育の後、今回彼は第二次南太平洋調査艦隊の旗艦の艦長に任命された(将官教育はまだ履修中であるが)のである。
 彼が日本連合に来たのは7月の中旬であったからこの時点で艦長への任命は異例といえるだろう。
 この事は、優秀な者であればかつての国籍は問わず高い役職に就けるという日本連合の柔軟な人事システムが働いている証拠なのである。

 レヴィンスキーは再びあの日を思う。

(あの時空融合がもっと早いタイミングで起こっていたならば『ヒンデンブルグ』もここにいたのだろうか?)

 彼が艦長として乗艦していた「フォン・ヒンデンブルグ」は時空融合後に彼等が救助された後、損傷著しく曳航する事も難しかった為「播磨」の主砲一斉射撃によって沈められたという。
 そして生き残った北米艦隊の戦艦二隻「フォン・モルトケ」「ロスバッハ」の二隻はそれぞれ長崎と佐世保で近代化改装を受けている。
 それならば「ヒンデンブルグ」もここにいたのは間違いないと、彼は思ったのだ。
 そこまで考えて彼は頭を振った

(いや、全ては過ぎたことだ。今は新しい艦と乗員達の事を考えるのが第一なのだから。それに今の世界には人類が共同で対処しなければならない敵がいる。 そしてこれから私が赴く先にもそれはいるのだ)

 レヴィンスキーはそう思い自分が艦長として乗艦することになる戦艦の方に向かって歩き出した。
 多くの人々に多大な試練を与えた時空融合は、本来なら死んでいたはずのこの男にも新しい未来を与えていた。

2:参謀長の多忙なる一日 〜天下無双の戦狂い〜

 広島県海上自衛隊呉基地 新世紀元年 8月1日 午前10時

 この日から艦隊出航までの期間最も多忙であったのは嶋田司令ではなく艦隊の参謀長に任命された真田忠道 海将補であった。
 参謀長というと聞こえは良いが、実際の所は横須賀からこっちの方に飛ばされてきたようなモノである。
 というのもこの真田 海将補、外見は中背小太りの普通の男なのだがその性格は傲岸不遜、沈着冷静それでいてとてつもない行動力と実行力、勇猛果敢さと克己心を兼ね備えているのだ。
 それだけなら優秀な軍人で済むのだが、もとの世界であれこれやりすぎて多大な武功をあげると共に周囲からずいぶんと恨みを買っただけに留まらず時空融合でこっちの世界に来てからも海上自衛隊の幕僚長となった山本五十六 海将を「あの気分屋の博打打ちには司令部艦橋よりモナコのバカラ・テーブルの方がお似合いだ」と罵ったのである(これに対して当の山本海幕長はそれを笑い飛ばしていた)。
 指揮官としても参謀としても非常に優秀なのだが、この様な性格では艦隊の参謀長という肩書きで呉に飛ばされたのもある意味仕方がなかった。
 それでも当の真田はそんな事は気に留める様子もなくいつもの調子で呉基地の自分に割り当てられた一室で部下と共に艦隊の行動計画の準備に取り組んでいた。

「なんだこれは。 いつの間に決定したんだ」

 そう言った真田の手にしていた書類には南極観測隊の出航時期が当初予定されていた11月初めから10月18日に変更された事が記されていた。

「それですか? 確か昨日の深夜に決定したばかりですが」

 融合前からの真田の副官である矢沢 一尉が返事を返す。 こちらの方はいかにも切れ者という雰囲気を漂わせている人物である。

「これでは来週からの訓練に支障が出るな。 おい、すぐ司令官室に行くぞ」
「訓練に関する意見ですか」
「決まっているだろう。ただでさえ二ヶ月出航が早まったところへ、ニューシドニー村に南極観測隊が寄港するとなると現在のスケジュールが更に早まるはずだ。今の訓練スケジュールでは艦隊の行動に支障が出るぞ」

 言うが早いか真田は矢沢を伴って司令官室に向かった。
 司令官室に入ると挨拶もそこそこに真田は嶋田に意見を述べ始めた。

「嶋田司令、我が艦隊の訓練スケジュールについてですが、現在の9月30日出航予定でのスケジュールでは間に合いません。 すぐにスケジュールの変更が必要です」
「それは私も分かっている。 しかし航行しながらの訓練では駄目なのか?」

 嶋田の言葉に真田は思わず呆れそうになりながらも言葉を続ける。

「何を悠長なことを仰っているのですか。 航行中の訓練がどれほど困難なものなのかは司令もよく存じていらっしゃるはずです。 訓練の開始は明日からすぐにでも行わなければ出航に間に合いませんよ」
「ではそうするとして具体的にはどの様な方法を採るというだ? 明日から始めるとしても訓練を途中で切り上げる事になりかねんぞ」
「現在の訓練スケジュールでは週末ごとに港へ帰還する事になっていますがこれをやめて燃料、武器弾薬の続く限り外洋での訓練を行います。 そして訓練時間とシフトは24時間連続交代無しを採用します。 これで出航が早まってもかなりの技量を有した状態で出航できます」
「24時間ぶっ通しの訓練を出航まで行うだと! そんな無理をしてみろ、過労で倒れる者が出るばかりか最悪死人が出る可能性もあるぞ、それでもやるというのか!?」

 真田の提案に嶋田は思わず声を荒げる。
 しかし真田は臆することもなくこれ以上にない辛辣な言葉を嶋田に叩き付けた。

「あなたにしては随分と軟弱な発言ですな、嶋田 司令。 あなたの部下であった者の話ですとあなたはかつて猛訓練で殉職者が出ても平然としていたばかりか『味方の足手まといになる前に死ね』と言っていたそうではないですか。 その結果付いたあだ名が『味方殺し』『人殺しの繁太郎』『殉職者量産提督』だったとか、それとも伏見宮の後ろ盾が無くなってからは博愛主義者に転向なさったのですか? ご立派なことですな」

 はっきり言って部下が上官に対して言う言葉ではない。 
 最も真田にしてみれば事実をありのままに言っているだけでしか無かったし、その口調も冷静なものであった。

「…………」

 何も言い返せない嶋田の表情を見て真田は相手の出方を待っていた。
 いっそのこと激発して後生大事に持っている軍刀で自分を斬りつけてくれば良いものを、そうすれば嶋田は罷免され後任にはもっとまともな人物が就くだろうと考えているのであった。
 事実、時空融合で出現し現在海上自衛隊に籍を置いている旧海軍提督の中でも開戦派だった大角峯生、永野修身といった者達はいずれも閑職に回されたり、地方に左遷されていた。
 そしてその先の部署でも部下から「あなた達のせいで我々はえらい迷惑を被った」と露骨に文句を言われているのである。
 そんな中で嶋田だけが今回、調査艦隊の司令官という大任に就いているのは彼が元々は「軍人は政治に関与するべからず」をモットーとする人物であり、伏見宮の腰巾着であったとはいえ基本的には中立の立場の人物だったからであった。
 一部では「嶋田司令は山本海幕長と同期であることを理由に強引に自分を売り込んだ」という不穏な噂も流れたがこれは全くのデマであった。
 それにしても、開戦派であった提督達は現場での露骨な中傷によく耐えていると言っても良いだろう。
 これは彼等も江田島の将官教育における歴史認識で自分達が開戦を叫んだ結果の敗戦、無条件降伏を見せられて半端ではないショックを受けたことと、そのせめてもの償いに例えどの様な閑職に回されようとも与えられた職務をこなす以外に信頼回復の余地はないと腹をくくったからである。
 さて、当の真田と嶋田は暫く無言の睨み合いの状態であったが、真田が激発するのではと読んでいた嶋田の口から出たのは意外な言葉であった。

「君の言うとおり私が殿下の、いや伏見宮の腰巾着であったことは否定しない。 だがな、それとこれとは話が別なのだ、世間体というものを考えてくれ。 いくら我々自衛隊が必要な存在であるとはいえ演習中に死者が出ればマスコミや世間が黙ってはいまい、分かってくれ」
「つまり、演習中の事故死ではなく名誉の戦死ならば世間が黙っているとでも仰るのですか」
「そんなことは言っていない。 私はただ現実を述べているだけだ。それにな、私が演習で部下を死なせたとあっては加治首相や山本に迷惑がかかる、そう考えると無茶な演習を行うことはできん。 私一人の首で済めばそれで良い、だが周囲の人々まで私の不祥事で苦しんでもらいたくはないのだ(あの時全てが分かっていれば私は開戦に反対していたよ)」

 嶋田の脳裏には将官教育の歴史認識の講義で見た、終戦後焼け野原になった日本各地の風景と焼け跡から必死になって立ち直ろうとする人々の姿が鮮明に浮かんでいた。

(随分と変わられたな)

 一方、真田は以前の嶋田からは出るはずもなかったであろう言葉の数々に内心驚いていた。
 そして、その表情から今のままではこっちの提案が聞き入れられる余地はないと踏んだのかもう一つの――実のところこちらが本命と言うべき――案を述べることにした。

「お気持ちはよく分かりました嶋田 司令。 ですが訓練の内容が当初の予定通りというわけにはまいりません。 そこで提案ですが、24時間訓練の態勢はそのままに三交代制のシフトで行ってはいかがでしょうか?これならば1つの班が訓練中は残る2班を休ませることが出来ます」
「同じ24時間の訓練でも乗員の疲労が少なくて済むと言うことか。ならばそうしてくれ」
「了解しました。 ではこれより全艦の将兵に伝えなければなりませんので」
「すまんな、迷惑をかける」

 こうして、翌日からの訓練航海が決定したのだった。
 一方、嶋田の部屋を後にした真田と矢沢は以下のような会話を交わしていた。

「それにしても嶋田司令が参謀長の意見を否定するとは思いませんでした」
「将官教育の影響だ。 矢沢君、自分達が勝つと思って始めた戦争の結果が無条件降伏では開戦派はみんなああなってしまうモノだよ。 嶋田司令の場合はそこに加えて自身の頭の固さによるソフトフェアと人命の軽視を指摘されていたからな。 あそこまで考えを変えてしまうのも無理はない」
「ですが訓練で殉職者が出るとお思いですか?」
「出はせんよ。 個艦レベルでの乗員のレベルは現在でもかなり高い。 今の彼等に必要な訓練は改装後に搭載した装備の習熟訓練と艦隊行動の訓練だ。第一、仮に出たとしてもクビになるはずがない。あの山本海幕長ですら演習中に殉職者を出した経験があるんだ。 嶋田司令は将官教育の影響で慎重になりすぎている」
「確かにそうですが出ないに越したことはないですね」
「そうだ、貴重な戦力を失うわけにはいかんからな。 さあ、これから忙しくなるぞ、 部屋に戻ったらやることはいくらでもあるんだ」

 再び自室に戻った真田は再び山のような書類と格闘し始めた。
 現在艦隊を切り盛りしているのはこの真田参謀長である。
 真田は艦隊の派遣が決まった時から派遣される艦艇の手配から全体的なスケジュールの調整までの殆どの仕事をこなしているのである。
 それでも、艦隊の行動計画と出航までの準備は真田の行動力をもってしても容易ではなかった。
 大体、出航時期が二ヶ月も早まるというこの状況は彼もかつて経験したことのない事態であった。

 ここで、第二次南太平洋調査艦隊の編成から現在までの状況を述べておこう。
 当初の予定では11月の初めに出航する予定であった南極観測船「そうや」の護衛と物資の輸送、ニューシドニー村に留まっている太平洋漂着民の救助を想定し、艦隊の編成も巡洋艦及び駆逐艦の改装型護衛艦を中心にした艦隊の予定であった。
 しかし、7月14日にオーストラリアの調査を行っていた古賀 海将率いる第一次南太平洋調査艦隊から防衛庁(防衛省の運用は7月20日から)に「敵性体の存在を示す痕跡を発見」との報告が入る。
 これによって、艦隊の任務にニューシドニー村の住民保護と最悪の事態に備えた敵性体との戦闘が加わり出航が二ヶ月短縮される事になってしまった。
 悪いことは続くもので、分遣艦隊の指揮官を務める予定であった山口多聞海将補がメキシコ在留邦人救出の為に急遽救難艦隊を率いて日本を離れることになってしまったのである。
 そしてそれは調査艦隊にとって最悪の時期に起こった出来事であった。
 この時期ようやく11月の派遣を前提とした艦艇の改装とそれに合わせた艦隊訓練のローテーションが決定したばかりであり、おまけに艦艇の七割が改装の真っ最中という状態でこれらの出来事が一度に起こったのである。
 この出来事が一月早く起こっていれば艦艇の改装を遅らせて出航することが出来たし、一月遅ければ艦隊訓練を航海中に行うと割り切って出航することが出来たのである。
 さらに、敵性体との戦闘を想定した艦艇の大幅増加もあって艦隊の編成を最初からやり直さなければならず、現在の艦隊は頭数だけは揃っているという状態であった。
 そんな中で、個艦レベルでの乗員の練度が高いのは唯一の救いであると言っても良いだろう。
 これらの艦艇は真田が各地の基地と造船所に問い合わせ、乗員の練度が高く尚且つ近代化改装の終了していた艦艇と、旧自衛隊の艦艇をリストアップして片っ端から集めたものであった。
 もちろんそれが全て上手くいったわけではない。
 当初は後に小澤 海将が大西洋調査艦隊で率いることになる佐世保基地の護衛艦もリストに含まれていたのだが、これは小澤 海将に断られていたし、任務上本土を離れることが出来ない艦艇もあったからだ。
 それでは必要な数が揃わない為、真田は意外な艦艇と人員も加えた。
 それは……。


3:任務は下る 〜はみ出し者達〜

 静岡県下田市 須崎半島福浦 新世紀元年 7月26日 午前9時半頃

 のんびりとした空気が流れている。
 しかし、港の沖に停泊している艦艇がここに自衛隊が駐屯している事を示している。
 そしてその近くで水兵と士官がカッターを漕いでいる。
 傍目から見れば、それはカッターの漕練中にしか見えない。

「漕ぎ方、やめい! 全員特殊戦闘訓練用意!」

 すると士官の怒声と共に水兵達は漕ぐのを止め、カッター後方の帆布の中から釣り道具を取り出す。

「参謀長、なぜ今になっても我々はこんな事をしなければならないのでしょうか?」
「馬鹿野郎! 特務艦隊の最重要訓練たる“糧食確保訓練”を怠れるか!」
「でも今は食糧の心配はないではありませんか」
「万一の場合という事がある。 それに特務艦隊の伝統を今更止められるか」

 質問をしてきた水兵に参謀長と呼ばれた髭もじゃの士官、轟勘太 一佐が答える。
 彼等は海上自衛隊の自衛官であるが、時空融合から三ヶ月以上が過ぎた現在でも配置が変わるわけでもなく、出現場所であり根拠地であるこの地に留まっている。
 海自内でも彼等の所属は仮に「下田方面艦隊」となっているが、任務を与えられるわけでもなく、こうして毎日海に出ては食糧確保のために釣りをしているのである。
 彼等こそ海上自衛隊で――融合前同様に――はみ出し者の集団と称されている通称「愚連艦隊」であった。
 この艦隊、元々は海軍内部の札付きのワルと入隊不適格とされた丙種合格者を更正の意味も込めて集めた海軍の吹き溜まりのような場所であった。
 その為、時空融合以前の世界ではその存在そのものが「特務艦隊」という事もあって秘匿されていたのである。
 こういった事情もあり、彼等に回される予算は少なかったため彼等は必要経費の幾ばくかを、食糧の自給自足や地元の地引き網や漁を手伝う事で賄っていたのだ。

 そんな彼等の生活も時空融合によって大きく変化した。
 時空融合が発生したとき彼等は丁度就寝中であり、日本各地で起こっていた出来事を知る由もなかった。
 翌朝、彼等が目を覚ますと基地からほど近い下田の町がいつの間にか1990年代の世界から来た下田市になっていた。
 最初は状況がよく理解できなかった彼等であったが、艦隊司令である大官寺重蔵 少将の指揮の下、横須賀に向かったのである。
 その後、詳しい事情を知らされた彼等は自衛隊に編入されたのだがここで問題が起こった。
 食糧や衣類といった生活必需品の支給は他の部隊と同様に行われるようになったのだが、経歴を調べると彼等の多くが前述の通り札付きのワルであった為、配置転換をしようにもどこの部隊も受け入れを拒否したのである。
 結局、彼等は今まで通りにこの下田の地に要地防衛の名目で留まっているのであった。
 話を今に戻すと、轟参謀長が部下と釣りをしている所に海自から支給された内火艇がやってきた。
 轟に向かって三尉の階級章をつけた士官が声をかける。

「参謀長、すぐに司令部へ戻って下さい。 長官がおよびです」
「何事だ、とうとう艦隊の解散が決まったのか?」
「いえ、どうやらその逆です。 とにかく早くして下さい」
「分かった、すぐそっちに行く」

 カッターから内火艇に飛び乗った轟は彼を呼びに来た士官、寺中雪之丞 三尉と共に福浦にある艦隊司令部に向かった。
 かつて存在した鉱山跡を流用した半地下式の司令部内にある艦隊司令長官室は、融合前と違い空調が完備されコンクリート剥き出しの天井も改装されていた。
 そこへ轟と寺中が入ってくる。

「大官寺長官。 轟参謀長をお連れしました」
「おう、ようやく来たか。 これで面子が揃ったようじゃの」

 そして、この部屋の主が自衛隊内最年長の将官であり明治の遺物、維新の影の立て役者とも噂される七七歳の大官寺重蔵 海将補であった。
「まあとにかく座れ」と大官寺に促された二人は席に着く。

「来てもらったのは他でもない、儂らの艦隊に出撃命令が下ったんじゃ」
「出撃ということは、政府が計画している調査艦隊に加わると言うことでしょうか?」
「そうなんじゃよ、昨日儂の所に今度出航する艦隊の士官が来おってな、艦隊を編成する艦が足りんから参加してくれと言ってきおったんじゃ」
「頭数を合わせる為我々に艦隊へ加われと言うのですか? あまり嬉しくないですな」

 大官寺の言葉に轟が呆れたように言う。

「そうなんじゃが何でも艦隊の方でも色々事情があるみたいなんじゃよ」

 そう言って大官寺は、二人に前日司令部を訪れた矢沢から手渡された書類を見せた。
 そこには、現在編成中の第二次南太平洋調査艦隊が出撃を前にして艦艇と熟練の乗員が不足状態であり、練度の高い乗員とまとまった数の艦艇を有する愚連艦隊に参加を要請するという内容が書かれていた。

「なるほど、これは参加せん訳にはいきませんな」
「ですが肝心の艦艇はどうするんですか? 今の我々には『陸奥』も高速打撃艦も無いんですよ」

 轟の言葉にとっぽい顔の寺中がツッコミを入れる。
 寺中の言う様に、現在の愚連艦隊にはそれまで艦隊の主力であった実験空母『陸奥』と陸奥が実験艦であった時の主砲を高速輸送船に固定砲塔(!)として取り付けた高速打撃艦『多良』以下五隻がなかった。
 これらの艦艇は調査の為に柱島泊地に集められた際にトンデモ艦としてそのまま柱島に留まっているのである。
 したがって、今の愚連艦隊の艦艇は対空・対艦実験駆逐艦『松』級(これは愚連艦隊が懇意にしている「海南造船所」が新規建造した物で戦時中に大量生産された松級とは別物)と対潜・対艦実験駆逐艦『梅』級を改装した物がそれぞれ十隻ずつ(うち予備艦二隻)あるだけで、艦隊本来の能力を発揮できない状態であった。

「不足分の艦艇については向こうで揃えてくれるらしい。 どうじゃ、行くことにするか?」
「そうするしかないでしょうね。 以前ならともかく今の我々は正規の自衛官です。それにいつまでも鼻つまみ者のままでもいられませんから」
「ここで一気に愚連艦隊の汚名返上と言うところじゃな。 それなら決まりじゃ。すぐに全艦に通達、これより呉に向かうと伝えるんじゃ」

 大官寺の命令を伝えるため轟が長官室から走って出ていく。
 ちなみに轟が出ていったあとの長官室で寺中は大官寺とこんな会話を交わしていた。

「あのー、長官もしかして本当はただ暴れたいだけなんじゃありませんか?」
「当たり前じゃ、儂だってひと暴れしたいわな」

 この会話が嶋田司令や真田の耳に入らなかったのは幸いと言うべきだろう。
 尤もこの様な会話を気にしているほど調査艦隊司令部の方に余裕があったわけではないし、大官寺も耳に入ったところで気にする様な人間ではなかったのだが。

 この日の夕方、全ての準備を終えた愚連艦隊の護衛艦18隻(予備艦2隻は留守番)が下田の地を後にした。
 同じ頃、霞ヶ浦と厚木で訓練を行っていた陸奥飛行隊の航空機80機も呉に向かって飛び立った。

 この様に真田は利用可能な戦力をありったけかき集めていたのである。
 そしてその余波は海自以外の組織にも及んでいた。

 場所は変わって真田の執務室。 
 真田は方々に電話をかけ戦力となる部隊と装備がないかを調べていた。
 しかし、この日の電話はその内容がいつもとは異なっていた。
 受話器の向こうの相手は海自から空自に配置転換し現在では要撃航空団司令をつとめている源田実 空将補である(これは戦後の自分が航空自衛隊の幕僚長に就任した事を知った源田が転属を希望した為である)。

「源田君か。取石 一佐のお嬢さん達をお借りしたい。 ああそうだ、彼女たちに航空機を後方基地から呉へ輸送してもらいたい」

 相手の役職(階級は同じだが)を無視した態度で話していた真田だがこの言葉のあと暫く源田の言葉に口を閉じざるをえなくなった。

「そちらの事情は存じている。 こういう時だからこそ彼女達の操縦技量が必要なんだ。それにいつまでも芸能活動をしているより飛行機に乗れる方が彼女たちもいいだろう?そうか、分かったそれではお願いする」

 電話を切った真田に矢沢が訊ねる。

「空自に航空機の輸送を頼む必要はないのではありませんか?それに彼女たちは子供でしょう。それなら我々がパイロットをよこした方が良かったのでは?」
「むこうも子供とはいえ自衛官と言い張っているからな。だから任務を与えたまでだ。それに今、航空隊の精鋭は使用可能な空母と共に調査艦隊に参加している。我が艦隊の訓練中のパイロットに機体輸送を任せるよりも空自のベテランに任せた方が良い。そうすれば機体輸送でこちらのパイロットの訓練時間を無駄せずに済む。本当は彼女たちにも戦場に出てもらいたかったのだがな」
「子供を戦場にですか!」

 その一言に矢沢は思わず叫んでいた。
 それでも真田の方はいたって冷静に話を続けた。

「矢沢君、現在我が国が置かれている現状を考えて見ろ、一見平和に見えるが周囲には人類の敵性体が多数存在する。その敵性体と我々は戦争状態なのだ。これが人間同士の戦いならば適当なところで休戦する事が出来る。だが相手がこちらを滅ぼすまで戦うというのならこちらも総力を持って迎え撃つ。それにこの『総力戦』に銃後というものは存在しない。使える物はとことん利用するまでだ」

 真田は横須賀の海上自衛隊司令部にいたときから、自分なりに日本連合の政治、経済等を分析しこの国の潜在能力がきわめて高く、大国として成長していく余地が充分にあると考えていた。
 そして、そんな日本連合が設立直後から強大な敵性体と戦わなければならないという状況を不幸に思い、この国が生き残るためには現在使える全戦力をもって総力戦を挑み、その一方でこの戦争で生じる損害を最小限に抑えるべきだと考えていた。 

「ですがその様な事を加治首相が納得するでしょうか」
「あの人が納得するわけないだろう。この前の記者会見が全てを物語っている。だが、納得しなくてもこの戦争が長引くようならおのずとそうせざるを得まい。あの人は理想主義者であるが一方で現実主義者だ、今は別としてもいずれは認めるさ」

 実際には日本連合が真田の考える程の深刻な事態に陥ることはなかった(勿論、これは程度の問題だが)。
 この時点で彼は日本連合の潜在能力を正しく評価していた一方で加治首相の政治手腕と信念、日本の防衛力を過小評価していたといえるだろう。
 そして、真田が加治首相への評価を改めるのはもう少し後のことである。

 ともあれ、真田があちこちに連絡を取り派遣艦隊の戦力を揃える事が出来たのは確かで、翌8月2日から始まった艦隊訓練(16日からは明智海将補の分遣艦隊も加わった)も当初心配された自衛官の殉職事故も起きることなく無事進んだのであった。
 そして出航を翌日に控えた9月7日、司令部では出航前最後の会議が行われた。
 この会議では、これまで幾度となく話し合われてきた艦隊行動のスケジュールと調査艦隊の任務等の最終確認が行われた。

 第二次南太平洋調査艦隊の主要任務は以下の通りである。

1:オーストラリア・ニューシドニー村の漂着日本人の救出。
2:南極観測隊「そうや」の物資運搬とバックアップ。
3:古賀海将率いる第一次南太平洋調査艦隊から引き継ぐ南太平洋海域及びオセアニア、オーストラリア大陸の調査。
4:現在艦隊の駐留基地となっているトラック諸島への物資の輸送。
(付記:1のニューシドニー村の漂着日本人の救出活動には、敵性体との戦闘及び地元住民への生活物資の提供、援助も含まれている。これは、今後オーストラリア大陸から地下資源を採掘、輸入する上で地元住民の協力は欠かせないという連合政府の判断である)

 会議の最後に嶋田 司令は、幕僚、艦長達に深々と頭を下げた。
 それはかつての彼ならば決して行わなかった事であった。

「どうじゃ司令。 今夜は無礼講といかんか?」

 会議の後、嶋田に声をかけたのは大官寺であった。
 出航前に無礼講の宴会を盛大に行って艦隊の士気を高めようと考えたのである。
 もっとも大官寺本人には単純に酒盛りがしたいだけという側面もあったのだが。

「これは、大官寺閣下。無礼講といきたいのはやまやまなのですが、現在こちらに向かっている輸送船の事を考えますとそれは……」

 声をかけられた嶋田は思わず敬称つきで大官寺に言葉を返す。
 嶋田は階級が自分より下である大官寺に対して敬意を払って接している。
 なにしろ相手は自分が士官候補生だった頃、日本海海戦において東郷大将と共に「三笠」に乗り込んで戦った大先達だからだ。
 大官寺が一部で「大魔王」などと呼ばれてたりしていたからではないはず……である。

「ふむう、確かにそうじゃのう。儂としては出撃前に未練がないようにしたかったんじゃがな」

 派遣艦隊に参加するタンカーと輸送船は呉にはいない、タンカーは樺太のオハで護衛艦の燃料を満載し、輸送船は日本各地の港で物資を積み込んで今頃全速力で呉を目指している。
 そう考えると嶋田は自分達だけが宴会をというのは流石に拙いと思った。

「ではこうしませんか、宴会の方はトラック基地に着いてから行うということで」
「それならいいじゃろう。 出航前に出来んのは残念じゃがな。 それにしても嶋田司令、おぬしは随分と変わったそうじゃの。儂の知っとるおぬしは東郷元帥の様になりたいと言って伏見宮に取り入っていたものじゃよ。じゃが今のおぬしからはそういった雰囲気は感じられん」

 大官寺は、自らが元いた世界での嶋田繁太郎はともかく自分達の指揮官である今の嶋田に悪い印象を持っていない。
 少なくとも一から新しい時代に適応するべく努力をしているならその点については評価できると思っている。
 もっともそれは大官寺本人にも言えることだが。

「自分で言うのも変ですが私も閣下と同じ気持ちです。 思い返せばあの頃は名誉欲に捕らわれすぎていました。 それに江田島の将官教育で自分の失敗を指摘されたのが良い薬になりましたよ」
「そうか、なら安心じゃよ。 明日からのおぬしの艦隊指揮に期待しておるぞ」

 この会話の後二人はそれぞれの艦に乗艦し明日にそなえることにした。
 こうして、呉の夜は更けていくのだった。

 翌日、第二次南太平洋調査艦隊出航の日。
 この日はあいにく雨であり、本来なら調査艦隊の旗艦「タカチホ(旧名高千穂)」の甲板で行われるはずであった出航式典も呉基地の大講堂で行われた。
 この後、調査艦隊は加治首相、土方防衛相、山本海幕長に見送られて出航した。
 艦隊は出航後、紀伊水道を抜けて太平洋に出た後輸送船団と合流する。

 ここで調査艦隊に参加する艦艇について説明することにしよう。
 参加する艦艇の総数は計画当初は輸送船団を含めて30隻前後の艦隊になる予定であったがその後艦艇の数は大幅に追加され現在では55隻の大艦隊となっていた。

 旗艦をつとめるのは前出のとおり高速打撃護衛艦「タカチホ」である。
 タカチホは遣エマーン艦隊の旗艦となった「穂高」の姉妹艦であり高千穂級のネームシップ「高千穂」なのだがその形状は穂高と大きく異なっていた。
 というのも、穂高の改装が応急的な近代化改装であったのに対してタカチホは九九九艦隊計画に基づく改装工事中の最中、半ば解体された状態で時空融合に巻き込まれて出現した為、本格的な改装が行われたのである。
 その装甲は鋼鉄製の装甲鈑から複合装甲に換装され、艦橋は位相配列電探(フェイズドアレイレーダー)を装備する為にイージス艦同様の八角台状型に改装されており、機関は欠陥のあった高圧缶からCODLAG(ディーゼル電気推進とガスタービンによる複合推進機関)に換装し、超伝導高トルクモーター四基四軸と可変ピッチスクリューで最適値の航行が可能となった。

 最大速力も建造時の32.5ノット、改装後の穂高が出した34.7ノットを上回る38ノットを発揮する事が出来るようになると共に、航続距離も改装前に比べて伸びている。
 また、その武装も改装に伴って大きく変化した。

 主砲である高初速50口径40p砲の配置は、改装前四連装2基・連装2基の計12門であったが、四連装配置の第一及び第四砲塔は小さなトラブルでも旋回不能になる恐れが艦政本部で指摘された為三連装砲塔に変更され、第三砲塔はミサイル兵装の増強に伴い撤去された。
 これにより一斉射撃時の投射弾量は減少したが、命中率と連射性能が大幅に向上した為この点は問題にされていない。
 また、機関の換装と艦橋にCICが新設された事に伴って煙突が小型化、電測兵装を設置していた後檣楼も撤去され、この部分に多目的VLSが50セル装備されている。
 更に第一主砲塔の前方と第三主砲塔の撤去跡に対空専用VLSがそれぞれ25セル装備され、対空攻撃用に20oCIWS(レーザー、実体弾併用)が艦橋、両舷側、艦尾にそれぞれ2基ずつ装備された。
 これらの装備はいずれもユニット化されており、状況に応じて換装が可能となっている。

 ただし、タカチホには大西洋調査艦隊の旗艦「エチゴ(越後)」以降の大型艦に搭載されたACDC(Advanced Combat Direction Center:艦隊及び航空機の指揮を可能とした高度指揮管制所)と主機関である核融合炉は搭載されていない。
 これはエチゴにACDCと核融合炉の搭載が決定した頃には、タカチホの改装が終了間際だった為である(ちなみにこの二つを搭載した第一号が「エチゴ」であった)。
 なお余談であるが、タカチホの姉妹艦たる穂高は本格的な近代化改装が遣エマーン艦隊の帰還後に行われた為、タカチホの様に間を置かず核融合炉とACDCが搭載されることとなった。

 一方、艦隊の内訳は戦闘艦艇35隻、輸送艦艇・船舶が20隻となっており、このうち戦闘艦艇から10隻が輸送船団の護衛につくことになる。
 具体的な艦名とスペックについては後で述べることとする。


4:護衛艦事情 其の二 〜同名艦とトンデモ艦の扱い〜

 新世紀元年 4月〜8月にかけて

 さて、ここで調査艦隊の参加艦艇を紹介する前にこの頃の護衛艦事情について述べてみたい。
 前回は空母と巡洋艦・駆逐艦の事情について述べたが、今回は同名艦とトンデモ艦の扱いについて述べることにしよう。
 時空融合後、日本各地に出現あるいは日本に帰還した艦艇の中に同型同名、異型同名の艦艇が多数存在したことは前回述べた。
 この時問題となったのはこれらの艦艇の名前で呼ぶときどの様に区別するかと言うことであった。
 一応、同名艦が無い限りは自衛艦隊の護衛艦は平仮名表記、旧海軍艦艇及び新世紀に就役した艦艇は片仮名表記(後に防衛軍時代となって元の名称に服している)とされているが実は2隻以上の同名艦が出現したケースが少なくなかったのである。
 例えば戦艦「長門」である。
 現在確認されているだけでも長門は4隻存在している。
 一隻は7月の対使徒戦、対イリス戦で活躍したテストベッド艦の長門、二隻目は八八艦隊の一隻として出現した長門、三隻目はマーシャル沖海戦の大勝後日本への帰還中に越後等と共に時空融合に巻き込まれて出現した長門、そして四隻目は播磨と共にニューヨーク沖から帰還した長門であった。
 これら四隻の様な同型同名及び異型同名の艦艇を区別する時どの様にするかが防衛省と海上自衛隊の間で話し合われた。
 最初は存在が確認された順に第一、第二、という番号を艦名の前に付ける事が提案されたがこれは乗組員(自衛隊、旧海軍を問わず)の間から「漁船の様で恥ずかしい」と評判が悪く却下された。
 結局は次のような方式を取ることになった。

1:艦艇の艦名表記は自衛艦隊艦艇(以下甲)を平仮名表記、旧海軍艦艇(以下乙)を片仮名表記とする。
2:同型同名の艦艇が存在する時は通常は1の艦名表記に準じ、艦名の後に出現確認順のナンバーを付けることとする。
3:異型同名の艦艇が存在するときは通常は1の艦名表記に準じ、艦名の前に艦種識別用のコードを付ける。

2の例:打撃護衛艦長門の例
BB(BBは戦艦の識別コード)ナガト−01、ナガト−02、ナガト−03、ナガト−04…………

3の例:高速打撃護衛艦赤城及び空母赤城の例
BBアカギ01、CVアカギ01

(防衛省資料の一部より抜粋)
 この様にすることで同名同型艦の戦闘時、艦隊行動時における混乱は一応解消されることになった。
 因みに同名同型の艦艇で最もその数が多かったのは駆逐艦「雪風」であった。
 雪風は現役時は一度も損傷らしい損傷を受けなかった事や帝国海軍随一の幸運艦として知られていることからか、様々な時代の雪風が50隻も出現していた。  もっとも、その殆どは無人の状態で出現していたこともあり、同じ乗員が50人という事態は発生しなかったが……。


 一方、トンデモ艦に関してだがこれらの艦艇は一応は解体、スクラップ処分となっている事は以前にも述べた。
 だが、実際には全てのトンデモ艦が解体されるわけではない。
 一旦集められたトンデモ艦は細部まで徹底的に調査の後、次のように分けられたのである。

1:形状、発想、機能はトンデモだが改装によって通常の艦となって艦籍に留まることが可能。
2:実戦での運用が不可能。 改装するにもコストがかかり過ぎる為解体処分。

 現在、1の区分に該当する艦艇は日本各地のドックで改装され、2の区分に該当する艦艇は柱島泊地の一角に集められて解体されることになったのである。
 尤もただ単に解体されるのは全体の一部だけである。
 その多くは新型兵器の性能実験時の標的として使用されたりあるいは耐弾能力のテストに用いられたのである。
 護衛艦の新型砲弾や新型兵器の実用、発展はトンデモ艦の犠牲無しには不可能だったというのは決して言い過ぎではない。

 余談であるが日本各地の模型メーカーがトンデモ艦を模型化して結構な人気を博し、小説家荒巻義雄の執筆したトンデモ艦が大活躍する仮想戦記小説「紺碧の艦隊」「旭日の艦隊」が大ベストセラーとなったのはあまりにも有名な話である。


5:切り札 〜大海の釣り花籠〜

 紀伊水道 新世紀元年 9月8日 午後1時20分

 話を調査艦隊に戻そう。
 呉を出航した艦隊は、紀伊水道を抜けて現在は太平洋上で輸送船団との合流を果たしていた。
 上空からその姿を見ると輸送船団を中心に周囲を駆逐艦改装型護衛艦と巡洋艦改装型護衛艦が固めているのが分かる。
 輪型陣を組んで輸送船団を護衛するというわけである。

 現在、輸送船団を構成している主な船はタンカーが世界最大級のタンカー「シーワイズ・ジャイアント」「日精丸」以下8隻。
 輸送船、輸送艦が「おおすみ」「しもきた」「くにさき」以下10隻、病院船が「氷川丸」の1隻である。
 これにあと舞鶴から出航した輸送船が1隻加わるという。

「まだ到着しないのか? いくら輸送船といっても遅すぎるのではないのか?」

 旗艦「タカチホ」の艦橋で嶋田司令は焦れていた。
 合流時間の期限が迫るにつれて現状は刻一刻と悪化しているのではないかという懸念が彼を苛立たせている。
 戦闘艦艇の巡航速度が30ノットであるのに対して輸送船舶の巡航速度は22.5ノットである為、船足は後者に合わせなければならない。
 当然だが、出航の遅れはそれだけ到着の遅れにつながる。
 このまま出航してしまおうという意見も出たのだがそうはいかなかった。
 その輸送船は救出作戦の切り札となる船であったからだ。
 もう時間の限界と誰もが思ったとき「それ」は来た。

「来ました!! ものすごい速度でこちらに向かっています!!」
「速力……50ノット!!」

 その言葉に真田と矢沢を除いた誰もが驚嘆の声をあげた。
 その間にも船はこちらに向かってくる。
 そしてそれは少しずつ速度を落としやがて輸送船団の輪型陣内に加わった。

 巨大。

 誰もがその船を見て思う第一印象であった。
 その全長は現在呉で解体が行われているという50万トン戦艦よりまだ巨大である。

「あれが……そうなのか?」
「ええ、今回の救出作戦の要である『ハンギング・バスケット・ポーラースター(以下、H・B・ポーラースター)』です」

『H・B・ポーラースター』それはつい最近日本連合の船籍に加わった世界最大の船舶である。
 その全長実に1000メートル、船内にはオペラハウス、神殿状のプール、ゴルフ場、乗馬クラブといった豪華施設を備えた豪華客船顔負けの船である。
 しかし、この船が救出作戦の要と言われているのはその速力にある。
 その最高速度実に100ノット(時速約180q)。
 事実かつていた世界では空母に喧嘩を売ったときも逃げ切ったという。
 これほどの船ならば日本連合の安全保障会議で話題に上っていてもおかしくなかったのだが、この船が話題にもならなかったのには理由があった。
 この船は元々「豪華学園船」という船であり、世界中から集まった200人の良家の息女を入学させて世界中の海を航行していた。
 時空融合に巻き込まれた時、『H・B・ポーラースター』は日本海を航行していたのだが突如起こった非常事態にすぐに最寄りの港であった舞鶴の港に緊急入港した。
 そこからが問題であった。
 日本連合の検疫官が乗船しようとしても学園長以下2500人の船員と200人の生徒合計2700人は、この船が進水以後男性の乗船を認めていないと言い張って立ち入りを認めようとしなかった。
 ようやくの事で女性の検疫官が乗船し、時空融合という事態を説明し現在外洋に出るのは危険なので日本連合に保護を求めてはどうかという政府からの書類を渡せば今度は自分達の船がひとつの国家に所属していない超法規的に保護された学園であり、各国政府より認知された“移動する治外法権”であると言い張ってこれを突っぱねたのである。
 それでも外洋が危険であると言うことは理解したらしく、この船とこの船に乗っていた2700人の女性達はそのまま舞鶴港に近い海域に留まっていたのである(これによって保護を求めた船には政府から無料で提供される食糧・衣類といった生活必需品を購入と言う形で入手しなければならなくなった)。
 しかし、現実はこの船を移動する治外法権のままにしておかなかった。
 その理由は先立つ物、つまりは「金」の問題が出てきたからだ。
 『H・B・ポーラースター』は学園船である為、当然200人の生徒の支払う学費によって運営されている。
 しかし、時空融合によってその学費を出してくれる生徒達の親元が消滅してしまった為に船の維持が不可能になってしまったのである。
 ここに来て学園側も日本連合の保護を求める事を決定し政府と学園側の話し合いが行われたのである。
 この話し合いで、連合政府側は『H・B・ポーラースター』とそれまで門外不出とされてきた船の設計図、見取り図の引き渡しを、学園側は乗員の再就職先と生徒200人の成人までの生活の保証をそれぞれ求めたのである。
 この話し合いの結果『H・B・ポーラースター』は日本連合船籍の船舶となったのだが、これが正式に決定したのは安全保障会議の後であった為会議の話題に上らないのも当然であった。
 その後、この船の存在を知った真田参謀長が救出作戦の切り札として投入するために防衛省に上申した結果突貫工事の大改装が決定し、今回の出航に間に合わせることに成功したのであった。
 尤も1000メートルもの船を収容するドックなどどこにも存在しなかったためその改装は船内のみの改装に留まっている。
 主な改装点を挙げるとまずそれまでの豪華施設は一切合切撤去され、二万人以上が乗船可能な巨大収容スペースを確保した。
 何しろそれまでは1000メートルの船をわずか2700人の人間が使っていたのである。
 その豪華さが知れるという物だ。
 現在の『H・B・ポーラースター』は救出船となっているが、機関、推進動力については機密のベールに覆われておりその機密指定は設計図、見取り図を含めてS級の機密となっている(公表されているデータでは最高速力50ノットとなっている)。
 ちなみに200人の生徒達の身柄は先に述べたとおりいずれも両家の息女ばかり(中には王族、貴族の令嬢もいた)であったので京都の日本連合王国の貴族が彼女たちと養子縁組し、引き取ることになったのである。
 中には養子縁組とならず一足飛びに結婚してしまった生徒もいた事を付け加えておこう。

 合流に多少の時間はかかったものの出航は遅れることは無かった。
 艦隊はやがて南に向けて進み始めた。
 南へ、南へ、向かうはトラック、そして……オーストラリア・ニューシドニー村。

 南極観測船「そうや」のニューシドニー村到着まであと61日。

登場キャラクター紹介 豪州残留邦人救出艦隊編


 2004年2月14日 誤字脱字等及び背景色を修正。
 2004年9月24日 誤字脱字等及びフォントサイズ、文中を一部修正。
 2009年9月18日 誤字脱字等修正及び一部加筆。
    後書きならぬ中書き

 皆さん初めまして、山河晴天です。
 ようやく本編に突入しました。 この後は艦隊がトラック諸島につくまでに経験する戦闘シーンを書いた後舞台をニューシドニー村に移します。
 プロローグで書かれた敵性体の正体がようやく明らかになるわけです。 お楽しみに。

 今回の作品でスーパーSF大戦への投稿がかなったわけですが、ここまでくるのは正直大変でした。
 私がスーパーSF大戦を読み始めたのは平成12年の頭ぐらいからでした。
 作品の投稿に関してはその頃から考えており最初は勇者特急マイトガインを登場させる予定だったのですがその後読み進めていくうちにサンライズからの登場作品がガオガイガーとベターマンだけと言うことを知り断念したことがありました。
 そこで普通なら誰も登場させないような作品ばかりを登場させようと考えた結果今回の作品が出来たわけです。

 本作品についてですが、今回は真田参謀長が随分とがんばっていますね。
 この人の発言の中で彼の加治首相に対する見方が出てきていますが、真田参謀長は加治首相を優秀な政治家と評価する一方で理想主義者的な面があると考えています(もっとも加治首相と直接話せばその様な考えは吹っ飛んでしまうのですが)。
 元々、この二人現状に対する認識から大きく異なっていると言えるでしょう。
 加治首相が対ムー戦争を数年はかかると考え、未成年者の戦闘参加を原則として禁じているのに対して、真田参謀長は日本連合は現在進行形で敵性体との戦争状態にあると考え、戦争終結の為には戦闘能力があるのなら子供であっても戦場に投入し、とっとと戦争を終わらせようと考えているのです。
 この二人の考え方は全く異なっていますが人類の未来に危機を抱いているのは同じです。

 プロローグの先時空超越体についてですが、先時空超越体の調査の結果は調査対象の人物、物体に関してはデータはある程度公表されていますが、実際の重要データ、具体的な人物名は秘匿されています(特に人物名はプライバシーの侵害と関わってきますので)。
 では、なぜ分遣艦隊の明智と桂木がおやしおの事を知っていたかと言いますと、彼等は同じ自衛隊の一員でしたので噂程度のことは知っていたのです。
 その明智達についても実験の具体的なデータや自衛隊以外の人間では誰が先時空超越体に指定されたのかは知りません。
 もっとも、無数の平行世界がごちゃ混ぜになった世界では時空融合以前にタイムスリップしたなどという事はマスコミの話の種にしかならないのでしょうが時空融合の原因を突き止めようとしている研究者にとっては重要な研究対象なのです。

 今回の作品を執筆するに当たってアイングラッド様を初めとして多くの方からの助言、意見を頂きました。
 これには本当に感謝しています。
 これからも私の作品に付き合って頂けたら幸いです。

 今回の作品(まだ途中ですが)を執筆するに当たって次の方からの助言、意見を参考、引用させていただきました。

 アイングラッド様:本作品の掲載及び改訂版の掲載を有り難うございます。
          感謝しています。

 岡田“雪達磨”様:「播磨」の登場許可及び感想、意見を有り難うございます。
          参考にさせていただいています。

 Ver7様:「播磨」の改装アイデアと助言、「そうや」物語とのリンクの許可有り難うございます。 
       貴方の助言が無ければ播磨の改装案はトンデモ艦にしかならなかったと思います。
       また、毎回感想を送っていただき感謝しています。

 二式様:連合議会で貴方が書かれた「ショート外伝 トンデモ艦万歳」をトンデモ艦のストーリーを
     書く上で参考にさせていただきました。

 メールフォームで感想を下さった皆様(名前を出されると困る方もおられると思いますのであえて名前は伏せさせていただきます):励みになります。 感想有り難うございました。




<アイングラッドの感想>
 こんにちはアイングラッドです。
 山河晴天さん、素晴らしい作品をどうもありがとうございます。
 大変に読み応えのある話でした。
 登場人物達がそれぞれに活き活きと活躍していて躍動感があります。
 しかし、可哀想なのが「3:任務は下る 〜はみ出し者達〜」に出てきた寺中雪之丞 三尉と轟勘太 一佐でしょう。
 最終巻から来ていれば綺麗な嫁さんが付いてきた物を、第一巻では影も形もありませんですから。ご愁傷様です。
 最初、私も独立愚連艦隊の最終巻から彼らを持ってこようかな〜などと考えていたのですが、あれだけとんでも無い戦力では持て余すよな、と言う事で断念した経緯がありました。
 折角時空壁が破れてこの世から消滅するという、時空融合現象にとっては最良の終わり方をしたというのに勿体ない勿体ない。
 しかし、こうして活躍の場を与えられた方が嫁さんよりも良いよな、多分。
 何よりあの陸戦隊の人が出てこないのが良かった。いや本当に。あの人がいる時にキャラコメだけは勘弁させて貰います。マジで。
 OKOK。
 では山河晴天さん、続きを楽しみに待っております。
 ではでは。



<感想>




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