作者:ペテン師さん


 GGGメインオーダールームにおいて、時空の不安定情報が察知された。

「揺れ戻しか。・・・命君、位置は解るかね?」
「はい、場所は・・・。! ヨーロッパ、東欧及び中欧地域です。反応は複数!!」

 メインオペレーター宇津木命の言葉に眉をしかめる大河GGG長官。

「まずいな。ヨーロッパでは我々に手の出しようが無い。しかも複数か」

 少し考え込む大河長官。

「命君、時空融合現象の説明放送の電波はどの程度放出されている?」
「はい、各種周波数で断続的に流してありますけど」
「揺れ戻しで出現した人間が、電波を受信できる位の文明を持っていれば良いのだが」

 出現位置があまりいい場所ではないのも、大河の懸念の一つだった。何しろエマーンと熊のソビエトの間なのだから。最悪、戦闘が起こる可能性も否定は出来ない。特に60年代のソ連は、隙あらば領土の拡張を目論んでいた時代である。

「さて、今度は何が出現するのやら」


ライジングサン・アイアンクロス




新世紀元年8月16日。

 旧リトアニア共和国第2の都市カウナス。
 今、この地には揺れ戻し現象で出現した人々が数多く集まっていた。
 そしてその人々の多くが、第二次世界大戦当時の世界から出現した人々だった。
 その大多数が旧ドイツ第三帝国出身者であった。
 丁度、エルベ川を境ににした東側の地域に点在するように出現したのだが、幸いなことにその殆どがラジオなどの通信機器を持っていたため、比較的速やかにGGGの時空融合現象の放送を聞くことが出来た。そして、その集団の代表者的な人物達が、此処カウナスに集結したのだった。
 その主な人物を上げると、

 ドイツ陸軍第2装甲軍集団司令官 ハインツ・グデーリアン上級大将
 ドイツ武装親衛隊SS装甲軍団軍団長 パウル・ハウサーSS大将
 日本帝国外務省駐リトアニア、カウナス領事代理 杉原千畝(すぎはら ちうね)一等書記官 等であった。

 カウナスに集結した理由。それは杉原千畝がカウナスのラジオ局から出した電波放送による物だった。その放送を受信した多くのドイツ軍人、そしてそれよりも更に多い難民達が、外部との連絡が可能なカウナスに集まってきたのだ。
 中にはエマーン人に発見された者も多くいたが、「自分達とは異種族の人類」 よりも「極東出身だが自分達の世界から来た日本人」の場所に行くことを選んだ。
 ただし、国家毎出現した人々は代表者をカウナスに派遣するのに止めたのだが。
 意外かも知れないが、一番混乱したのは民間人ではなく、世界に冠たる陸軍国出身者のドイツ軍人達だった。
 何しろ、バルバロッサ作戦当時の軍人から、ベルリン陥落直前の軍人まで、時代の幅にして約5年の差がある。そして、その間にドイツ軍が使っていた武器は凄まじいまでの進化を遂げていたからだ。
 バルバロッサ作戦当初のドイツ軍主力戦車は3号戦車であるが、クルスク戦車戦で有名なチタデレ作戦当時の新型戦車はティーゲルやパンターである。当時の3号戦車の戦車砲は37ミリに過ぎないが、パンターは75ミリ、ティーゲルに至っては88ミリと、雲泥の差が生じるほどの技術格差が出来たのだ。
 時空融合直後、3号戦車を主力としていたドイツ軍人達がいきなり隣に現れたティーゲルを見たとき、まず最初にやったことが攻撃ではなく、夢を見ているのかと自分の頬をひっぱたいた事から、そのショックの大きさが伺えるであろう。
 それに彼等より未来から来た戦車兵も、以前の戦闘で戦死したはずの戦友が、隣の小型戦車のハッチから顔を覗かせたりするから、お互い更に混乱したりするケースも有ったという。


「それで、ヘル・スギハラ。日本連合は何と回答したのかね」

 グデーリアンがドイツ軍の代表として杉原に聞く。
 此処はカウナスで最も格式のあるホテルの一室で、ドイツ軍の高級将校が多数集まっている。そして日本人は杉原ただ一人だ。しかし現在の杉原の身分は「日本連合東欧方面大使」と言う肩書きであった。国名ではなく東欧とすることで東欧及び中欧、北欧までを担当する大使である。
 イギリスにも日本大使館が出現しているが、此方は「エマーン大使館」も兼ねていた。何しろ「国家」と言うより「企業集合体」の様な国だから、エマーン国内に大使館を設置するのは色々と都合が悪かったからだ。

「はい、グデーリアン閣下。本国からの通達では「近日中にソ連に外交団を送る。その際領土通過の交渉も行う」との回答がありました」

 現在ヨーロッパ地域に出現した旧ドイツ軍人達、さらに各国の民間人達の数は合計で数100万人近くなっていた。その内の半分以上は国家毎の出現だった為、そのまま独立国家として出現地で暮らしていく事になったのだが、残りの約200万人は文字通り難民の様な状況なのだ。今は旧ドイツ軍の軍需物資が放出されているため何とかなってはいるが、その物資(主に食料品と医薬品)もどんなに節約しても新世紀元年中に尽きてしまう、と主計担当の士官は報告し「このままでは、我々は聖誕祭には天に召されることになるでしょう」と言う洒落にならないジョークを添えたそうだ。
 更に杉原は続ける。

「そして希望者の日本連合及び中華共同体への移住も認めるとのことです。これは中華共同体構成国の全てではありませんが、半分近くの国が移住を受け入れることを表明したとの事です」
「なるほど。もう一つ聞くが、我々への物資援助の件はどうなった?」

 グデーリアンが一番の懸念次項を問う。

「ソ連との交渉ではシベリア鉄道を使って外交団を送る事になっておりますが、その際各種援助物資も同様にシベリア鉄道で送るそうです」

 ドイツ軍人達の口から安堵の溜息が出る。少なくとも餓え死ぬ事の恐怖からは逃れられそうだからだ。

「ただ、一つ懸念があります」
「イワン共の反応か?」

 今まで黙っていたハウサーが口を開いた。戦傷によって片目を喪失し、眼帯をしている姿は如何にも彼が歴戦の勇であるのを表している。
 因みにイワンとはロシア人に対する蔑称の一つである。

「はい、露助共がシベリア鉄道をモスクワ以西に送らせない可能性があります」

 露助とはイワンと同じくロシア人への蔑称だ。此方は日本人がよく使っていた。
 途端にソ連に対する罵詈雑言が参加者の口からダース単位で発せられた。
 ある意味当然と言えば当然であろう。東部戦線に従軍した軍人で心からロシア人を好きな者は皆無に近い。それに相手は熊の姿をしているとは言え、「第二次大戦でドイツを滅ぼした」国である。

「その件ですが、交渉団代表の天津外務次官から「ソ連には援助物資に指一本触れさせない」と連絡を受けましたから、何かしらの対策は考えていると思われます」

 罵詈雑言が収まった後で再び杉原が本省からの情報を伝える。

「その対策とやらは、解らんのか?」

 別な将官が質問をしてくる。

「極秘らしく電信では何も言ってはきませんでした。ただ、「後日届く外交郵袋を見ろ」と在ったので、まだ自分が何をやるべきかは解りません」

 そう言った杉原だが、何となく自分がやるべき事は予想が付いた。
 杉原千畝は元居た世界では「外務省一のソ連通」と言われ、若くして当時満州にあった外交部でロシア課課長を務めていたほどのエリートであった。
 そして、彼は本来で在れば世界史に名を残すに値する人物でもあった。
 当時ナチスドイツに迫害されたユダヤ人のために、日本入国のためのヴィザを、外務省の通達を無視してまで発行。発行ヴィザ枚数、約4500枚。その結果6000人ものユダヤ人がナチスの手を逃れることが出来たのだ。
 それ故、彼は昭和22年外務省を解雇されている。表向きは「人員整理の為、解雇した3分の1の中に入っていた」と言われているが、実質的には本省の通達を無視した事による追放だったらしい。
 後に杉原、ヴィザ発行のことでこう語っている。

「私のしたことは、は外交官としては間違っていたかも知れない。しかしそれは人間としては正しい行動だった」。

 晩年には、イスラエル政府からイスラエルのために尽くしたとして「諸国民の中の正義の人賞」を日本人としてただ一人受賞している。
 そして日本政府から表彰は遂に為されなかった。
 その頭の切れる杉原だったから本国が何をしようとするか、或る程度の予想が付いたのだ。
(露助共を買収する気だな)と。
 ソ連も時空融合の影響で領土の大半と人口を失っている。その失われた領土の中には、穀倉地帯であるウクライナやベラルーシも含まれていたため、1年以内にソ連は食糧不足に陥る、と杉原は見ていた。ルフトヴァッフェ(ドイツ空軍)の偵察機がウクライナに向かった所、森林に覆われていたと報告がされていた事も杉原の予測を裏付けていた。
 そのソ連が、東欧向けの支援物資を素直に通すとは考えられなかった。きっと難癖を付けて奪うだろう事は容易に想像できた。
 支援物資を奪われないようにするために日本連合政府が取れる手段はかなり限られる。仮に強硬手段として、輸送列車に自衛隊の特殊部隊を搭乗させたとしても、全く意味がない。何しろ列車での移動である。活動には大幅な制限を受けるのは目に見えている。線路を爆破されたら一巻の終わりなのは、素人でも解る事だ。
 それに、領土が大幅に減少したとしても1960年代のソ連軍は強大過ぎた。未だ100万もの兵を動員できる力が在るのだ。装甲車両だけでも万単位を運用できる、在る意味非常識な国家なのだ。
 そして平和理な解決手段としては、非常に日本らしい手段である。「仮想敵国への援助物資供与」。
 しかしいくら非常識と言っても、無事に東欧へ援助物資を送る手段として、日本連合が取れる手段は此くらいしかないであろう。
 杉原はそう結論づけた。しかし彼の最大の懸念は、ソ連領の通過料金(こう言っても差し支えないであろう)を日本連合政府が揃えられるかどうかであった。
 しかし、幸いなことに要求量は日本連合内の有志企業からの大量供与によって揃えることが出来たのは、この時点で杉原は知ることは無かった。
(また忙しくなるな・・・)
 今度は百万単位の行き場のない難民を救う仕事をする事になった杉原は、そう思わずにはいられなかった。

8月25日。リトアニア郊外。

 この日が日本連合とソ連の交渉結果が出る日である。既に予備会談に行われ、大筋では合意が出来てはいるのだが、ハッキリ言ってドイツ難民達はその合意を信用してはいなかった。
 そのため難民の一部には「ソ連が日本からの援助物資を強奪して、その勢いを駆り、東欧全域を武力で持って侵略してくる」との噂が立っていた。そしてドイツ軍(未だに軍としての秩序を保っている)の仮最高司令官になったグデーリアンは、シベリアからの列車を監視、場合によっては防衛・攻撃させるために一部の部隊を沿線付近に配備した。

「中隊長、本当にイワンが攻めて来るんでしょうか?」

 大ドイツ師団戦車連隊第8中隊は装甲擲弾兵一個小隊と共に、最もソ連領に近い地点に配備されていた。

「解らん。しかし、来ない可能性の方が強いと俺は思うぞ」

 第8中隊指揮戦車の5号戦車「パンターG」の照準手クルツ・ウェーバー軍曹が懸念を口にすると、クルツの上官である第8中隊長エルンスト・フォン・バウアー大尉が答えた。
 バウアーの部隊、大ドイツ師団戦車連隊第8中隊は別名「黒騎士中隊」と言われ、ドイツ軍の中でも文句無く精鋭に分類される中隊であった。

「何故です?」
「幾らイワン共が攻めたくても、まだ無理だろう。戦争をするには事前の準備の方が時間が懸かるからな」

 戦車長用ハッチから身を乗り出しながらバウアー。クルツと話をしていても周辺の監視は怠らない、その事だけ見ても彼等が歴戦の勇で在ることが伺える。
 ただ、バウアーの右目はその歴戦に相応しく眼帯で覆われているため、左目でしか監視は出来ないが。

「尤も、来たら来たで、それ相応の歓迎はしてやるさ」

 もしこの時点でバウアー達がソ連軍と戦争をする事になれば、彼等は間違いなく全滅していただろう。第二次世界大戦時から来たドイツ軍と1960年代のソ連軍の間には20年という、決して埋められない時間差があり、しかも軍事技術において20年という時間は致命的ですら在る。
 スペックデータだけ見ても、WW2当時最強の戦車であった6号戦車B型「ティーゲル2」重戦車の戦車砲は71口径88ミリ、装甲貫通力は1000メートルで190ミリ。
 対する60年代のソ連戦車部隊の主力はT−62「中戦車」の戦車砲は、115ミリ滑空砲である。
 その装甲貫通力は1000メートルで330ミリであった。

「あんたがこの戦車中隊の指揮官か」

 バウアーの後ろから誰何の声が聞こえたので振り返った。

「自分は大ドイツ師団擲弾兵連隊第1大隊第2中隊のヴェルナー軍曹。歩兵一個小隊と共に第8中隊の指揮下に入るように言われている」

 左頬と左眉の上に大きな切り傷がある大柄の男が申告してくる。

「俺は第8中隊のバウアー大尉だ。遅かったな戦友」
「ああ、あんたらの分の昼飯を持ってきたからな。尤も、今日もコール(キャベツ)のスープだが」
「またか。いい加減飽きたぞ」
「俺に言われても困る。まあ、食えるだけでも有り難いさ。モスコー戦では何日も凍ったパンとバターだったからな」

 このヴェルナー軍曹も相当な戦歴のようだ。少なくとも頬の傷は伊達ではないらしい。

「・・・ハンス、遅いぞ!」

 少し遅れてやって来たヴェルナーの部下のハンス・リッペ二等兵は糧食が入った背負いカゴを担いで息を切らせながらやって来る。

「だって、一個中隊分の食糧ですよ。一人で持つなんて・・・」
「今は警戒任務中だ。他のヤツを割けるわけ無いだろう。只でさえ人数が少ないんだ、それにお前が一番若い」

 ハンスの弁論をあっさり切って捨てるヴェルナー。
 それを苦笑しつつ見ていたバウアーは喉頭マイクを触って中隊内に無線を入れる。

「黒騎士1(アイン)より中隊各車へ。昼飯の時間だ、第1小隊から順番に飯を食え。20分で済ませよ」
『『『『『了解!(ヤヴォール)』』』』』
「シュルツ、暫く頼むぞ」
『黒騎士2(ツヴァイ)、了解』

 中隊付き准尉のオットー・シュルツ准尉に暫く部隊を預けさせて、バウアー自身も早めに食事を済ませようとした。
 そして戦車の外に出たクルツが微かな爆音に気付き、空を見上げた。其処にはドイツ空軍を代表する機体、メッサーシュミットBf109G戦闘機とユンカースJu87シュツーカ急降下爆撃機が二機ずつ飛んでいた。

「見ろよヘンチェル、戦車兵がこっちを見ているぜ」

 シュツーカパイロットのハンス・ウルリッヒ・ルーデル空軍大佐は高度1500メートルから下界を見下ろし、其処から此方を見ている友軍戦車兵を発見した。

「ルーデル、ウケを狙って高度を下げないで下さいよ」

 ルーデルの機体の尾部銃手であるヘンチェル准尉は、ルーデルがやろうと考えていたパフォーマンスを封じるべく先手を打つ。

「ほんのジョークじゃないか」
「貴方のジョークはジョークにならないんですよ。カノンフォーゲルで戦車の後ろから突っ込んだら撃たれますよ」

 ちなみに、戦車の後ろから突っ込むのは、カノンフォーゲルこと37ミリ機関砲搭載型シュツーカの戦法で、戦車の最大の弱点である上面装甲と後部エンジン付近を攻撃して戦車を破壊する戦闘方法である。
 ただしそうすると、非常に鈍足なシュツーカは対空放火の標的同様なので、相当な技量と度胸がないと出来ないのだが。

『カラヤ1より、アドラー7。もうじき警戒空域に到着します。突発戦闘に注意して下さい』

 ルーデル達のシュツーカより更に500メートル高い場所にいる、エンジン部分が黒いチューリップのような塗装をした護衛のBf109パイロットから無線通信が届く。

「了解(ジーガー)、カラヤ1。こっちは遅いんだ、何かあったら頼むぞエース」

 ルーデルは軽口を叩きながらも、このエスコート機を信用していた。
 何しろ空軍の偉いさんは、ルーデルに最強の護衛を付けてくれたのだ。
 ドイツ空軍のみならず、世界中の全戦闘機パイロットにとって伝説の人物。
 当時のソ連空軍パイロットからは「黒い悪魔」と忌み嫌われていた、コールサイン「カラヤ・アイン」ことエーリッヒ・ハルトマン空軍少佐。永久不変の352機撃墜の記録を持つスーパーエースである。もっとも、護衛される側のルーデルもハルトマンにも負けない経歴を持っていた。
 ドイツ敗戦までの出撃回数2530回。撃破戦車519台。戦艦1,巡洋艦1、駆逐艦1撃沈。敵機撃墜9機。その他の車両、地上目標の撃破は数知れず。そして非撃墜30回。負傷5回。
 これが、スターリンから「ソ連人民最大の敵」と賞賛された、ハンス・ウルリッヒ・ルーデルの記録である。

「ルーデル、見て下さい。黒煙です」

 後席のヘンチェルが報告する。視線を線路上に向けると、石炭煙らしき黒煙がうっすらと見えた。
 ルーデルには車種まで知らなかったが、それはソ連が使用しているタイプの蒸気機関車でも馬力が強いタイプの車両だった。
 シュツーカはゆっくりと旋回し、緩降下して列車と平行に飛行する。列車はかなりの貨車を牽引していた。30両は在るだろうか。
 更に降下し、完全に列車と平行するような高度で飛んでいたルーデルの目には、列車のコンテナの側面に日本連合国旗である「ライジングサン」とドイツの「アイアンクロイツ」が並んで描いてあるのが見えた。
 列車に乗り込んでいる東洋人、恐らく日本連合の人間であろう、もルーデルのシュツーカに気付き、皆、手を振っていた。

「ヘンチェル、手を振ってやれ。奴ら、本当に来やがった。ユーラシアを、イワンの領土を横断しやがった」

 ルーデルは生まれて初めて、日本人を賞賛した。

「アドラー7よりナーゲルへ。ヨーロッパ・エクスプレスが到着した。ヤパーニッシュ達は約束を守ったぞ!」

9月5日。

 東欧と極東を結ぶシベリア鉄道を利用した難民輸送作戦「エクソダス」が開始されて既に3日が経った。
 第一陣と第二陣では日本連合及び中華共同体への移住希望者の内、民間人の女子供が優先して輸送され第一陣は既にシベリア鉄道の半ばまで到達し、あと3日もあればウラジオストックに到着する予定だ。そして今日は第三陣の輸送が行われることになっていた。この輸送に関して、熊のソ連は異常とも言えるほどの協力を行っていた。現在ソ連で使用可能な機関車の約3割を提供したばかりか、シベリア鉄道の優先使用までさせてくれているのだ。
 しかしそれにより移動がスムーズに行えるため、幾ら疑問が沸いてもそれだけで済ませるしかなかった。
 この第三陣以降からは、旧ドイツ軍の人員と機材も輸送される事になっていたため、客車区域にはドイツ軍独特の制服に身を固めた者が多数いた。

「これからシベリア鉄道で極東まで移動か。ケツが痛くなりそうだな」

 武装SS少尉フランツ・グートホルツは車窓から外の景色を見ながら呟く。
 シベリア鉄道の客車はシートが固いため、少し座るだけでも尻が痛くなるのは有名な話である。
 しかもそれは一昼夜で終わらないため、乗り込む人間にとっては結構苦痛だった。

「よお、フランツじゃないか。お前もこの車両だったのか」
「ハルス! 久しぶりだな、ベルリン以来じゃないか」

 フランツが声の主を見るとそれは、時空融合前にベルリンで分かれた旧友のハルス・クリンベルクSS大尉であった。
 彼等は共に第二次世界大戦で武装SSとして主に東部戦線で勇戦した男達だ。フランツは第1SS装甲擲弾兵師団「LAH」、第12SS装甲擲弾兵師団「ヒトラーユーゲント」で、ハルスは極北戦線で第11SS装甲擲弾兵師団「ノルトランド」でドイツ敗戦まで戦い続けた歴戦の勇だ。

「そう言えば前の車両にはヨーヘン・パイパーも居たぞ」
「本当かよ」

 西部戦線のパイパー戦闘団で有名なヨーヘン・パイパーSS中佐もこの便でウラジオまで行くらしい。1945年、パイパーはハンガリーの油田防衛の為、他のSS軍団と共に派遣されたがその状況で融合に巻き込まれたようだ。

「ハルス、お前はどうするんだ。ウラジオストックに付いた後」

 フランツはハルスに今後の予定を聞いてみた。

「そうだな。とりあえず、日本連合で兵隊の募集をやっているなら、そっちに行くつもりだ。何しろ戦争しかやった事ないからな、俺は」
「なら俺もそうするか。日本軍も今色々と人手が要りそうだしな」
「ハント大佐、少し良いかね」
「おお、どうしました、バウアー大将」

 エミール・フォン・バウアー大将とウィルヘルム・ハント大佐は一番前の客車で何やら相談を始めようとしていた。

「さっき出発前にハインツ(グデーリアン上級大将)に頼まれたのだが、君が日本連合移住組を引率してくれないか」
「自分がですか閣下」

 ハントはいきなりの要請に少し戸惑った。

「うむ、私は中華共同体の方の移住組を纏めるように頼まれたんでな」

 これは中華共同体への移住希望者の方が、日本連合への移住希望者よりも多くなってしまったためだった。やはり何処と無くヨーロッパの香りを残す中華共同体各国へ移住したい者が、極東の島国へ行く者より多いらしい。

「取り敢えず、ウラジオストックに着くまでだ。それ以降は日本連合の関係者が大体のことをやってくれるとも言っていた」
「なるほど・・・。解りました閣下、自分で良ければ」

 ハントは自分と殆ど肉体年齢が違わない将軍の言に従うことにした。
 実はこのウィルヘルム・ハント大佐、彼が融合前までいた世界は第二次世界大戦終了後の世界で、その当時の階級は西ドイツ軍大佐だった。そしてハントは第二次大戦へも戦車兵として従軍したことがある老練な指揮官でもあった。
 彼も後に自衛隊に編入され、自衛隊屈指の老練な戦車将校として名を馳せる事になる。
 後に日本連合陸上自衛隊で第60師団と言う部隊が新設され、彼等元ドイツ軍人達がその基幹要員として編成されて日本唯一の戦線である北海道に派遣されるのは、もう暫く先の話である。
 彼等のみならず、日本連合に帰属を希望したドイツ軍人の内、希望者数万人が陸空自衛隊に編入されることになった。勿論そのまま軍を退役して民間人として帰化した者も多数居たが、多数の民間人達はそれぞれの故郷の文化を絶やさないように、日本連合及び中華共同体の各地で「ドイツ人街」のようなコミュニティで文化継承や日本的、中華的な文化融合を行っていった。
 後にお中元の定番になる「北海道、本場ドイツビール」や「北海道、本場フランクフルトソーセージ」も、北海道に移住したドイツ人達が現地で試行錯誤の末、故郷の味を再現した余録で在るのはあまり知られていない。
 ドイツ人達の多くは、自分達の故国に似た気候である北海道・東北地方を移住地に選んだ為、同地域ではドイツ文化、主に食文化が根付くことになる。
 新世紀元年9月上旬から、冬将軍の訪れる直前の11月初旬まで行われた難民輸送作戦「エクソダス」によって、最終的に150万人が極東地域へ移住。その内の約20万人が日本連合に帰化することになった。
 そして、その後難民が居なくなった東欧各国に試練が訪れる事になるのを知る者は、まだ少なかった。そしてそれは、また別な物語である

 終わり


 ペテン師でございます。
 以前、同じ投稿作家の山河晴天さんと話し合ったことがあります。
「ドイツ海軍は居るけど、陸軍や武装SSや空軍は居ないのか」と。
 最初は「距離の壁」がネックになり、登場させることは出来なかったのですが、本文のような理由を作り(若しくはでっち上げて)登場させるだけの根拠を作れました。
 これでやっと前々からの約束を果たすことが出来ました。
 今回登場したキャラクター、史実の人間以外は全員、戦争劇画の第一人者である小林源文氏の作品のキャラクターです。
 他の作家さんが書いている「佐藤大輔三佐」や「オメガ」等も氏の作品からです。
 以下作品名
 黒騎士物語:エルンスト・フォン・バウアー、クルツ・ウェーバー、オットー・シュルツ、エミール・フォン・バウアー
 パンツァーフォー:ウィルヘルム・ハント
 パンツァークリーク:ヴェルナー、ハンス・リッペ
 装甲擲弾兵:フランツ・グートホルツ、ハルス・クリンベルク
 杉原千畝氏。
 彼は実在の人物で、一般的には「日本のシンドラー」として、或る程度の知名度があります。  が、本文中で書いた程の功績を残しながら、つい最近まで殆どの人がそれを知らなかったという、ある種不当な扱いを受けてきた方でもあります。
 戦後、外務省にセンポ・スギハラ(千畝は外国人には発音しにくいので、こう呼ばせていたらしい)のことを訊ねたイスラエル高官は、杉原が外務省を追い出されたのを知って唖然としたらしいです。
 1985年にイスラエル政府から表彰されますが、翌年鎌倉で逝去されました。
 小中学校の道徳の教科書に載って当然な行いですが、私も知ったのはつい最近なのです。
 それだけ日本は「罰を優先、賞は死んでから」体質なんでしょうね。嘆かわしいことですが。
 私はこの人物に対しては、尊敬以外の感情は抱けません。同じ公僕として。
 それでは次回作にて





<アイングラッドの感想>

 ペテン師さん素晴らしい作品をありがとうございました。
 色々と発展性のある(元ネタになる)作品ですので、様々な可能性が見えてきてしまいます。
 例えば将来、汎人類圏防衛機構に参加したエーリッヒ・ハルトマンが駆るVF−1可変戦闘機の勇姿とか・・・燃えるっ!
 では今唐突に思い浮かんだ小ネタを。



「der Achtfuβ」

 大陸を横断した難民輸送作戦『エクソダス』の資金調達には流石の日本連合政府も難儀した。
 何しろ大陸の反対側から数百万人にも及ぶ独逸第三帝国国民をソ連国内を通るシベリア鉄道にて輸送しようと言うのだ。
 財務省の役人も立ち上がったばかりで国庫の乏しい今の状況・・・何しろまだ一度も税金を国民から徴収していないのだ・・・資金集めの難儀さに頭を抱えた。だが、とある事を思い出した一人の役人が思い付いたアイデアがそれを解決した。
 彼の趣味は戦記物に関する事であり、特にWW2のヨーロッパ戦線に関してはプロはだしであったのだが、とあるコンベンションに某財閥の御曹司が参加していた事を思い出したのだ。
 御曹司は独逸第三帝国に関する極度のマニーであった。
 彼のアイデアを元にその財閥に交渉を行った所、彼は大変な興味を示した。
 そして、とある条件を呑めば喜んで資金提供をしようと確約した。その条件とは・・・。

 「エクソダス」第3陣以降の便では軍人達が中心となったヤーパン・エクスプレスであったが最終便は冬将軍到来間近の11月、その最終便発車の前日の事。
 最後までこの地に残り警戒を続けていた大ドイツ師団戦車連隊第8中隊長エルンスト・フォン・バウアー大尉は使い慣れた5号戦車「パンターG」を前に感慨深い気持ちで愛車を見つめていた。
 自分達と共に戦場を駆け抜けてきたこのパンターGでさえ、この時代の戦争技術の前では石器人の持つ棍棒と何ら変わる事のない骨董品だというのだ。
 まず間違いなくこれが今生の別れとなるだろう、使えない兵器には意味はないのだから。
 彼が名残を惜しんでいると、どやどやと整備兵達が来て彼の愛車の整備を始めた。

「どうした? どうせここに置いて行く物を整備しても無駄になるぞ」
「いえ、それが上の方からの指示で指定された車輌の整備を完璧に行っておくようにと・・・」
「ふむ、博物館 ダス ムーゾィム にでも陳列するのかな?」
「さぁて、どうでしょうねえ。まさかこんな重い物をわざわざ極東まで持って行くようなバカはいないでしょう。船ならともかく」
「それもそうだな」

 彼も整備兵の言葉に納得して肩を竦めた。が、バカはいた。
 翌日。
 軋む客車に揺られて彼らは一路極東を目指した。
 尻が痛む硬い椅子には難儀したが、郷愁に駆られるとは言えこのままヨーロッパに留まり飢えに喘ぐ事に比べたら天国の様な出来事と思えた。
 彼らの客車を牽引する蒸気機関車は動力の特性上、大量の水を必要とする。途中途中の給水場で水の補給を行いつつ彼らは長い時間を過ごしていたのだが、途中、給水のタイミングとは違う複線部で停車した。
 客車の中で兵士達は少しでも体を休めようとうつらうつらしていた者が多かったが、退屈していたのだろう、外の景色を眺めている者も多かった。
 そこへ、明らかに蒸気機関車とは違う動力の機関音が聞こえてきた。
 機械に関する探求心が強い彼らは思わず窓の外を注視する。
 甲高い警笛に続け、巨大なディーゼル機関車が力強い機関音と共に数多くの白い貨車を幾つも引っ張っていった。
 ただ、そこに入っていたマーキングがドイツ人には理解できなかったが。

「何か妙な絵が描いてあったな」
「ああ、何かアハトフュスみたいな絵が描いてあったな」
「今更あそこに何しに行くんだ? あそこには現代には使えないタンクしか残っていないぞ、パンターは言うに及ばず」

 彼らは自嘲しながら指折り数え始めた。

「3号戦車だろ」
「フェルナンデスだろ」
「ポルシェ・ティーゲルだろ!?」
「・・・・・・・・・」

 そこまで言って、言葉にするのを躊躇った後、爆笑と共に一斉にその名を呼んだ。

「「「「マウスだろ!!!」」」」

 伍長閣下とポルシェ博士の誇大妄想の結晶は彼らの目から見ても、アレだった。
 笑いに包まれた客車をよそに、タコのマークが描かれた面堂財閥の特別列車はそのまさかを回収する為に西へ西へと驀進していた。
 そう、面堂財閥が資金提供する代わりに得たのは「本物の現役の独逸帝国の戦闘車輌群」であったのだ。
 こうしてマニア垂涎の戦車達は日本国内へと運ばれ、彼らの目に触れる事になっていったのである。
 マニア根性恐るべし。


 ちなみに後書き付属のSSSはペテン師さんの許可を貰っていない妄想SSですので、笑って見逃して下さい。
 では、ペテン師さん、素晴らしい作品をありがとうございました。




日本連合 連合議会


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