尾上二郎は首相公邸の待合い室で会談の時刻が来るのを待っていた。
他にも二郎の仲間である、吉田と速水も伴っている。
彼等は時空融合前には北海道の鉱山会社、北日本鉱業株式会社の重役達である。二郎が社長、速水は取締役兼鉱山長、吉田も取締役をしていた。
「本当に大丈夫なんだろうか」
速水が心配そうに口を開く。
「加治首相は俺達の話を信じてくれるんだろうか」
「あの人が並の政治家じゃないことは解っているはずだろう、速水」
吉田が心配するな、といった感じで速水を励ます。
それもこれも加治隆介首相が、時空融合のゴタゴタ時に迅速で的確な行動力を発揮したためだろう。
そうでなければ、とてもじゃないが政治家を信用することは出来ない。彼等の世界もボンクラ政治家が幅を利かせていたようだ。
「第一、信じていないので有れば、最初から俺達に会おうとはしないはずだしな」
吉田の言葉も尤もである。
「北日本鉱業に皆様、会談の時間となりました。此方へどうぞ」
加治隆介首相秘書官の西田丸秘書官が準備が出来たことを告げる。
「あれこれ考えても始まらん。とにかく行こう」
今まで黙っていた二郎がスクッと立ち上がり二人を促した。
二郎とその仲間である次男会のメンバーが北日本鉱業を興した経緯は、二郎の先祖の遺言であった。
二郎の実家は札幌から電車で一時間程、人口一万人足らずの小さな町の駅から更に三十分歩いた場所にあった。三百万平方メートルという広大な土地を保有しており、「土地を絶対に手放すな。家督を継いだ物は土地を離れるな」と言う遺言を渋々ながらも二郎が守ったせいだった。
その後、二郎達はその土地で金鉱脈を発見。北日本鉱業を興し、細々と金を売っていた。金の輸出が自由化されていなかったせいだ。
「初めまして、日本連合首相の加治隆介です。北海道からいらしたそうですね」
「初めてお目に掛かります。私が北日本鉱業社長の尾上です。此方が取締役の吉田と、鉱山長も兼任している速水です」
簡単に二人を紹介する二郎。
「首相はこの後も予定が詰まって居ますので、会談は一時間程でお願いします」
西秘書官が予定時間を言い渡す。
「尾上社長からの手紙は、じっくり読ませて戴きました。それによると、経済的な事、外交的な問題にまで発展しかねない事象が起こっているとか」
「はい、私達が元居た世界でですが、私達は鉱山会社を起こして細々ながら銀を販売しておりました」
「そのようですね」
「ですが、実際に採掘していたのは銀ではなく金です。銀は金の精製の課程に出来る副産物に過ぎません。」
そう言ったのは鉱山長の速水。実際に現場指揮を執っているのは彼である。
「それで、これが現在までに採掘した金の量です」
そう言って資料を手渡す二郎。
そしてその資料を見た加治はたちまち目を見張った。
「この数字に間違いは有りませんか?」
「はい、採掘した量と現在保有している金の総量です」
「それは時空融合してから、これだけの量が見つかったのですか?」
「いいえ、時空融合する以前からの保有量です」
其処に記載されていた現在北日本鉱業が保有している金の総量は、六〇〇〇トンとあった。
「我々が元居た世界の日本が一年間に消費する金は約一五〇トンでした。世界の金産出量も約一〇〇〇トン程です」
「私が元居た世界でも大体それ位でした」
「我々は現在も細々とした量の金しか販売していませんし、この事を知っているのは社の幹部位です。実際に採掘に携わっている者も、自分達が掘っている物は銀と思わせておりますので、金を掘っていることは知りません。金の精製・保管場所も鉱山内部ですので外には漏れていません」
一気にこれだけの量の金が市場に流れればどうなるか。
間違いなく金相場は大暴落するだろう。
吊られて、折角立て直りつつある日本経済の動きは必ず後退する。
「我々がこの事を隠蔽していた理由がお解り頂けたと思いますが」
「ええ、賢明な判断です」
「それでですが、政府の機関の方にもその事を説明して貰えないでしょうか。別に我々は私腹を肥やすつもりはありませんし、法人税も所得税もちゃんと払っていますので」
最後の言葉は只の冗談だ。その証拠に二郎も笑っている。
「う〜ん。・・・・・・解りました、公正取引委員会と公権力横領捜査部には私の方から話を通しておきましょう」
少し逡巡した後、加治は決定を下した。
「但し、後日資料を資源エネルギー庁へ提出し、現物の調査を担当官に確認して貰いますが」
「当然でしょうね、その条件は。解りました。その内に、担当者を地底世界にご案内致します」
条件は出されたが、それは前もって想定済みなモノであった。重役会議の際も、地底の情報を政府に何処まで公開するかで多少揉めたが、「既に採掘されている鉱物はほぼ公開、それ以外で現在採掘中の物は予想埋蔵量だけを限定公開する」で一致した。
それにしても、と思い、二郎は加治を見た。
現在の政治家に無能な人間は居ない。少なくとも、加治の回りの人間は。
俺達はある意味、幸せな世界に来れたのかも知れない。それが現在の二郎達が持っている共通認識であった。
怪獣やらスーパーロボットやらがホイホイ出てくる世界なのがちょっと頂けないが。
にも係わらず前向きでいられるのは、二郎達がまだ二十代で頭が柔らかいのも理由になるのかもしれない。
「ですが、これはほんのついででしか有りません。本題はまた別なところにあります」
「ほう、それはどう言った物ですか?」
二郎が居住まいを正すので、加治もそれに倣った。二郎の雰囲気からしてただ事ではないと思ったのだろう。
「加治首相、私達は金を採掘する際、金鉱脈は或る程度の傾斜状で地下に続いていることに気が付きました。そして掘り進めた結果、地下二〇〇〇〇メートルまで到達しました。その際、金以外の鉱物も多種多量発見・発掘しました」
「例えばどの様な物です? 石油とかですか」
「はい、まだハッキリした埋蔵量は解りませんが、石油は私達が居た日本の使用量で約一〇年分でした。これからその埋蔵量は増えることがあっても減ることはないでしょう」
二郎は少しの嘘を混ぜていた。現段階で判明した予想埋蔵量は約三〇年分である。数値を控えめに報告したのは、それによって海外資源の輸入を怠るかも知れない、と考えたためだ。
もっとも二郎の考えは杞憂に過ぎなかった。
「それは凄い。しかし、例え日本国内に大量の資源が発見されたとしても、日本連合としては海外からの輸入努力を怠るわけには行きません。私は為政者として、中長期的な目で物事を見続けなければならないので」
目先の事だけに捕らわれない。それが加治隆介という政治家が、日本連合の首相を務めている要因の一つでもあることは疑いえないであろう。
「他にも良質な鉄鉱石を始め、銀、亜鉛、錫、ボーキサイト。他にもダイヤモンドや水晶など宝石類も大量に発見されました。もっとも、市場に出回っているのは発掘量から言えば微々たる物です。ただ、銅が全くと言っていいほど発掘されなくなりました。理由は解りませんが」
後に、加治は銅が全く取れなくなった理由の原因らしき物を知ることになる。
同じく理由は不明だが、四国別子銅山の埋蔵量だ。その埋蔵量の情報は後に、比較的緩いS級機密に指定されるが、実に五〇〇〇年採掘が可能だという。
「あと、エネルギー資源の石炭も、日本の全盛期の使用量で三〇〇年分との試算も出ています」
「つまり、北日本鉱業単独ででも、暫く日本の鉱業資源の消費をまかなえると」
「確かに可能ではありますが、そんなことやるつもりはありません。それに先程も言いましたが本命は別なところにあります」
「そうでしたね。・・・それでどう言ったことなのですか」
「首相、私達は採掘を行う際、地下二〇〇〇〇メートルに無数といえる地底空間を発見しました。鉱区が真っ直ぐ南に延びていれば良かったのですが、西に向かっていたのです」
「地底空間? つまりジオフロントですか。しかもそれが西に延びている?」
「はい。尤もその巨大地底空間を私達は便宜上、第一巨大空間、第二巨大空間と呼んでいますが。大型のヘリさえ飛行が可能な程巨大なのです。しかし、問題はその空間が、シベリアと朝鮮半島の下を通っていることなのです」
「本当ですか!?」
加治は驚愕した。確かに外交問題にまで発展しかねない。
これほど鉱物資源が豊富な地底空間が存在していることが他国に漏れたら、国際紛争を引き起こしかねない。
「確かに外交問題にまで発展しかねませんね」
「はい、それが本日お伺いした理由です」
「解りました、後日必ず何らかの対策を立てて対応することを約束します」
「有り難う御座います。これで肩の荷が降りました。これからは北海道の商業活動に力を尽くすことが出来ます」
二郎はホッとした様子であった。
時空融合によって、二郎達次男会、北日本鉱業幹部達は会社の方針を転換せざるをえなかった。
そもそも彼等が北日本鉱業を興したのはそれぞれの夢の実現させるためであった。吉田はアトランティスを発見するため、首相官邸には来ていないが、副社長兼経営担当取締役の清水は世界の投機家を相手にしてそれをうち負かすため、採掘の地下基地建設責任者の東は理想の都市建設のため、等だった。その為の資金調達の目的で会社を立ち上げた。
だが時空融合によりその夢は叶わぬモノとなった。
その代わり、と言うわけではないが、今度は自分達の故郷を更に発展させよう、との意見が出た。これを言い出したのは副社長の清水であった。
どうやら四国圏の企業の急成長を見て対抗意識が芽生えたらしい。元々経営学の専門家だった清水がライバル意識を燃やすのは当然だったのかも知れない。
幸い、二郎達北日本鉱業幹部は一人も欠ける事無く、更に、採掘した鉱物資源や時空融合前に買収した室蘭の鉄鋼工場と鉄鋼コンビナート、それに実験的に行われていた地下での食料生産プラントもそっくりそのまま移転してきたから、短時間で会社は再起動することが出来た。
そして新世紀二年二月現在は、北海道圏を代表する企業にまで成長し、日本有数の鉱山・鉄鋼メーカーとして全国にその名を轟かせていた。
北海道の主要鉱山・炭坑の三分の二は北日本鉱業の所有であり、農業や他の産業にも深く食い込んでいる。最近は倒産寸前のスノーブランドの買収も行い、以前のような日本有数の乳製品会社に復活しつつあった。
更に、時空融合により室蘭に出現した大規模ドッグを買収して、現在多数の艦艇の改装も行っている。
その一つが、原子力空母「信濃」である。この空母はニミッツ級空母を日本が購入した世界から艦載機・乗員込みでやって来た船であり、艦隊も伴ってきていた。
元々機関に問題があったらしく、核分裂型原子炉を未来技術の核融合型原子炉に換装し、更にレーダー、兵装、細かいところでは食堂のTVをDVD対応式に、改装していた。
彼女が海上自衛隊護衛艦隊に編入され、空母機動部隊の中核として活躍するのはもう暫く先のことである。
他にも、北海道と内地を結ぶ高速フェリーを運行し、北海道産の農作物も速やかに且つ、迅速に築地へ輸送していた。これも時空融合によって親会社を無くした高速フェリーを競売で競り落とした結果だ。
現在は清水と技術担当取締役の牧が、テクノ・スーパー・ライナーをライセンス生産するためにその四国の企業と交渉中だ。
この交渉に成功すれば室蘭の大規模ドックでも生産は可能になるが、現在ほぼ全てのドックは使用中で、半年先まで空きがない状態だ。何しろ、旧連合艦隊及び旧ソ連・ロシア極東艦隊の艦船の改装、更に時空融合で複数出現した「同型同名艦」の改装も行っている。何しろ様々な時空が融合したのだ。例を挙げるなら、横須賀に停泊していたイージス艦「こんごう」と信濃艦隊にいたイージス艦「こんごう」、更に垂直離着陸機搭載型護衛艦「あかぎ」と同行していたイージス艦「こんごう」等々・・・。
その為清水達は、青森・八戸の造船所も訪れ、ドックを使用させて貰うような交渉も行っていた。北日本鉱業で今一番忙しいのは間違いなく清水であろう。
「加治ちゃん、なにそれ?」
鷲羽・フィッツジェラルド・小ばや「鷲羽ちゃんって呼んで」・・・鷲羽ちゃんが首相公邸に来たのは二郎達が去ってから二時間ほど経ってからだ。
用件は精霊石の人造についての経過報告の様であった。今や精霊石は日本連合の重要戦略物資の一つであり、その確保が急務であることは政府首脳も十分に理解していた。
その手段として人工的に精霊石を作り上げることだったのだが、どうしても天然物に比べると質が落ちるらしい。鷲羽ちゃんの研究でも最優先なモノの一つになっていて、現在は品質の向上品を実験制作中であった。
鷲羽ちゃんがいった「それ」とはテーブルに上がっていた石の様なモノだ。
「ええ、それは先程訪れた客がお土産代わりに置いていった、珍しい鉱石だそうです」
これが金鉱石だったら、加治は絶対に受け取らなかっただろうが、採掘した北日本鉱業の速水が「地下二〇〇〇〇メートルの石です。記念にどうぞ。別に価値のあるモノでもありませんし」と言って置いていったから加治も断りきれなかった。
まあ、地下二〇〇〇〇メートルの石なんて貴重だから、加治としても無理に断れなかったのだろう。
だが、それを見た後、石を触った鷲羽ちゃんは目を見張った。
「加治首相、この石の正体、何だか解るわよ」
いきなり真面目モードになった鷲羽ちゃんを見て何事が起こったかと驚く加治。
そしてその次に出てきた言葉は、完全に加治を驚愕させる物だった。
この瞬間、北日本鉱業の地底情報はSSSに指定されることが決定した。
北日本鉱業が霊子兵器の量産を、極秘で地底二〇〇〇〇メートルの生産工場で行われることになる僅か数ヶ月前のことであった。
初めまして、ペテン師という者です。
今回、機会を戴きこうして本文を投稿させて戴きました。
きっかけはある本とSSFW掲示板でした。
本は、今回のタイトルと登場人物の原作である「地底元年」。かなり古い本なので図書館にしか置いてないかも知れませんが。某ACTIONにも投稿されているゴールドアームさんから紹介されて読みました。
あと、掲示板で「まだ北海道が空いている」というのを見て、急遽プロットを組み上げ、文章化してみました。
原子力空母信濃は、鳴海章氏の「信濃シリーズ」からの引用です。これなら将来VF−1も大規模運用が可能だと思いますが。元がニミッツ級空母ですし。
四国圏のお話を少しとはいえ無断で使用したことを、原作者である小さな一読者様に深くお詫びいたします。申し訳ありません。
地底二〇〇〇〇メートルで採掘される精霊石の原石は大量に取れる物ではなく、精々必要量の二割強で、品質も人工精霊石よりも高いがザンス製には及ばない、程度です。
あと、何度も試作品を読んで感想とツッコミを下さったゴールドアームさん。本当にありがとうございます。
岡田雪達磨さん、メールでの提案ありがとうございました
機会があったら、また・・・・・・
ペテン師
<アイングラッドの感想>
ペテン師さん、素晴らしい作品をどうもありがとうございました。
これで日本の南と北に新興の企業が出来てある程度のバランスが取れそうですね。
しかし、地底二万メートルの大空洞ですか・・・私が思い出すのは要塞シリーズの海溝要塞でしょうか。
もしも地底に自衛隊を派遣しなければならない事態になったとしたら、制空戦闘機としてはゼロ戦が最適なのでしょうか。
今までの経過からして、ハニワ原人(鋼鉄ジーグ)や恐竜帝国(ゲッターロボ)が攻め込んできたりすると大変ですから、そんな事も考えてしまうのですが。
ここでは余り破壊力の大きい兵器は使えませんし。
しかし、ここは平和的な利用法を最優先させるべき空間です。
北日本鉱業株式会社の発展を祈りましょう。
あと少し気になったのは酸素濃度と有毒ガスの発生をどうしているのかでしょうか。
原作を知らないので、次回では少しでも良いので描写して貰いたいと希望します。
出来ればで良いのですが。
ではでは、余計な注文は気にせず次回作を楽しんで書いて下さい。お待ちしています。
日本連合 連合議会
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提供/岡田”雪達磨”さん。ありがとうございます。
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