テロリストの襲撃によって研究データが消滅した防衛技術研究所では、汎用戦闘車両や歩兵戦闘車、MBT(主力戦車)の研究が激しく遅れていた。
 主任達はその遅れを取り戻すため、復旧作業もそこそこに研究を開始した。だが・・・・・・

新世紀2年4月末日 技研所長室

「防衛技術研究所所長、秋山憲一さんですね?」
 突然の訪問者が所長に質問していた。
 この日、スーツ姿の団体が予約無しに技研を訪れていた。対応に出た警備員を制止して屋内に入った男たちは三人づつ複数のグループに分かれ、それぞれ目的の部屋に向かった。リーダー格の男が率いるその中の一つが所長室に入り、先の確認をしたのである。
「ええ」
「国家公安委員会特別監査部の者です。統制令違反、特別背任、服務規程違反、業務上横領の各容疑で逮捕状が出ています。申し訳ありませんが身柄を拘束させていただきます」
 逮捕状を提示された秋山所長は、お決まりの逮捕日時、黙秘権の行使と弁護士の依頼に関する権利を説明されながら、特別監査官の拘束を受けた。そして同様の光景は技研の各主任室でも、そして技術研究所特殊戦研修センターでさえも起こっていた。
 そして手錠を掛けられた彼らは黒フィルムを張ったプリリスに乗せられて、首相官邸・首相府に跨る地下施設へ連れてこられた。
「お入りください」
 特別監査官と別れて通された部屋の中で更に1時間待たせられた。待合室らしく入ってきた入り口とは別に、奥にドアが一つあった。
 そのドアから突然、見慣れた顔の集団が室内に入り、そのまま主任たちが入ってきた入り口から外へ連れ出されていった。技術研究所特殊戦研修センターのオメガチームである。
 声を交わす間もなく、主任たちはオメガチームが出てきたドアから隣の部屋に入れられた。その部屋には11人の男たちがいた。加治首相を中心に向かって左側に細井 官房長官、土方防衛相、九条 外務相、秋山 経済相、田中 国土相が、向かって右側に柾木 国家公安委員長、土門危機管理担当補佐官、倉知 安全保障政策担当主席補佐官、そして柳田統幕議長と土門陸幕長が座っていた。安全保障政策会議の主要メンバーがそろっているわけである。





スーパーSF大戦 外伝

インターミッション

加治の怒り

SAID A





 政府へ報告されていない核兵器が技研に存在している事が技研襲撃事件で明らかになった。これが、国家公安委員会の注意を引いた。

 国家公安委員会は時空融合前の単なる名誉職であった状態は既に終わり、関係機関が暴走しないようにお目付け役となる同名異質の組織となっている。実行機関として特別監査部を編成し、警察や自衛隊を含む各種特殊活動の監視、安全保障政策や法律に準拠しているかの調査勧告、特殊部隊の監査・訴追が任務に含まれる実力を持っている。
 その彼らによる技研襲撃事件後の現場調査で、技研の活動に政府の統制を外れた暴走行為があると判明し、責任者たちが逮捕されていったのである。
 まず判明したのは、核兵器やN2爆弾などの大量破壊兵器を無断で実用化研究していた事である。
 更に試作品研究用の、いわゆるモルモット部隊として申請されていた部隊が、事件に対応できる即応能力を持つ実戦部隊と判明した。そしてその正体が防衛省に申告しないで隠れていたオメガチームで有り、技研の名で匿っている事も直ぐに判った。
 この二つを維持実行する予算が政府から出ている訳は無いので、金の出所にも疑惑の目が向けられた。偽申告による予算獲得の他にも技研と取引のある民間企業からの入金が有るのではと容疑がかかり、こちらは公権力横領捜査部が内偵していた。
 技研の主任たちやオメガの佐藤三佐がどう考えていたにせよ、政府に知らせる事無く核兵器を保持し作戦能力を持つ独自の武装勢力を保持した事。これで技研に対する統制違反容疑は決定的となり、今回の大規模な摘発に繋がったのである。
 逮捕に至る経緯で首相が本気で怒っているのが理解できるであろう。

 加治は最初に逮捕理由を告げた。そして主任たちに問い始めた。
「君らは自分たちが何を研究しているのか理解しているのか?いや、これは愚問だな。理解しているからこそ研究を始めたんだろう。問い直そう。君たちは自分たちの社会的立場と研究の影響を理解しているのか?」
 前半の質問に直ぐに答えようとした技術者たちも、急に切り替わった後半の質問には即答できなかった。
「いいかね君たち。防衛技術研究所とは防衛省の指揮下にある公的な研究施設だ。公開されている技術情報から通常装備を開発する只の技術研究機関だったはずだ。『パンドラの箱』を管理研究する特別任務を持っているとは言え、君らの研究は防衛省を通じて首相である自分にも報告が無ければ成らないものだ。更に核兵器やN2爆弾のような社会的に影響が大きく、高度に政治的判断が必要な戦略兵器の研究には首相の許可が絶対必要である事は解っているはずだ!それが無断で研究してるは、何時の間にか独自の実戦部隊を保持するは、先走るのも程がある」
 眼光鋭く、加治は主任たちを睨みつけた。

 加治の言うとおり、制度上は防衛省装備計画局の計画に従い、公開されている理論や技術に基づく通常装備の研究開発を行うのが防衛技術研究所の任務である。『パンドラの箱』に集められた謎の兵器の研究も、元はと言えば防衛省から委託されたものであるから、その成果は全て防衛省の方に提出しなければならない。
 核兵器やN2爆弾等の大量破壊兵器もその正体が判明した段階で報告が安全保障政策会議に提出され、処分か装備化するかといった選択が安全保障政策会議の方で決定される。
 技術者の発想を大事にする為に、ある程度の自由研究も認められているが、大量破壊兵器は決して一技術者の判断で実用化に移す訳にはいかない物の筈である。技研の一部技術者はこの前提を無視して、政府に無断で核やN2の実用化量産化研究を始めていたのである。

 加治の詰問には実際に大量破壊兵器量産化研究を行った第8研究室の主任、坂田 玲人が最初に応えた。
「加治首相。中南米へ艦隊を派遣するに先だち、対ムー戦略兵器候補を求める問い合わせがありました。我々はその問い合わせに核、N2、気化爆弾、EMP効果弾を回答しました」
 簡単に解説すると、気化爆弾は目標一帯に可燃性の気体を散布し一気に燃焼させる事で同量の火薬よりも破壊力を増すものである。爆発と同時に周辺の酸素も一気に奪い取る為、焼死を免れた兵士も酸欠で倒れると言う副次効果もある。
 EMP効果弾は強大な電磁波を発生させて、電子回路を焼き切る事を目的とする兵器である。
 中米派遣艦隊の特大型打撃護衛艦ヤマトの46サンチ砲や多目的ミサイル「アマテラス6型」で運用できると言う条件で、戦略兵器が存在するかどうかの調査を技研だけでなくSCEBAIや科学要塞研究所など日本中の研究所に問い合わせていたのであった。
「その後、気化爆弾とEMP効果弾に研究の許可が下りましたが、我々には理由を告げられずに核とN2は必要なしとされました。しかし人類最強の威力を持つ核兵器と同じ威力が有り、放射能の心配もない理想的な兵器が在るのならそれを実用化するのが我々の任務だと考えています。さらにムーやアメリカに対抗するためにも絶対に核やN2が必要です」

 坂田の自己弁護は続いた。それは以下の主張となっていた。
 最初の根拠は、日本がアメリカを助け、ムーを撃退するためにも威力のある兵器、核やN2が必要である、と言うものである。技研はアメリカで独自に収拾した情報から、米軍の極秘反抗作戦「テイルズオブアメリカ」を開始する事を掴んでいた。しかしムーの本隊が米墨国境に迫っているにもかかわらず、政府は打撃護衛艦と言う時代遅れの兵器を派遣することでお茶を濁すだけである。我々はもっと役に立つ兵器で米国を救援したい。
 第2の根拠は、対ムー戦後に予測される日米冷戦時に、アメリカによる核恫喝を防ぐためである。米ソ冷戦に見られる様に、核恫喝を防ぐ為には同じように核でパワーバランスを取ることが必要である。
 第3の根拠は、エヴァンゲリオンの暴走やそれに相当する事態の沈静化用に必要である。核やN2は人類が作りだした一番威力のある兵器である。エヴァンゲリオンが暴走したとき、破壊しても止めるために核やN2が必要である。
 第4の根拠は、N2爆雷の威力縮小型をムスカ級生体潜水艦の対処用に使うためである。通常魚雷はムスカに通用しない為に、更に威力のある兵器が必要であり、その候補としてN2が相応しい。
 そして最後の第5の根拠は、南米に広がるムーの生産拠点を一挙に灰燼に帰すためと、核兵器使用による汚染を防ぐためである。
 N2は核兵器と違って放射能汚染が無いクリーンな兵器である。同じ破壊力を持つならばN2を使用すべきである。
 これら坂田の主張を聞いた加治はある事に気が付いた。

「君の主張は解った。だが、どうも君らの判断は非常に偏っているか限定されているか、誤った情報の上に成り立っているようだ。しかも手段であるN2が目的に摩り替わっているようにも思える。そんな状態で出された君の主張を受け入れる訳には行かない」
「そんな、首相。何を根拠にそう仰るのですか。根拠をお聞かせください。根拠を!!」
 加治の言葉に納得する主任たちでは無かった。加治に迫ろうと立ち上がった主任たちだが、加治はそれを眼光一つで押し留めた。
「最後の『手段が目的に摩り替わっている』と言うのは私の印象だから証拠はない。しかし、君らの情報が間違った前提に立っている根拠は直ぐに示せるし、理由を説明するのは私は構わない。だが根拠の中には君らのアクセスを禁じているSSS級機密情報に含まれる物もある。核やN2の研究を止めさせた理由もそれに含まれるものが有ったので君らには伝えていなかった。それに政府の統制を外れた行為をした君たちは、機密情報管理規則によりS級機密情報にアクセスすると少なくとも今後10年間24時間完全監視下に置かれる。SSS級となるとそれ以上になりかねない。プライバシーが無くなっても良いのなら説明するが」
 技研に限らず、自治政府を含む連合各機関で指定できる最高機密レベルがS級機密情報、指定後10年以上50年未満は経過するまで一般公開出来ないレベルの情報である。閲覧権限保持者は細かく指定され、部外者でこれを自由に閲覧できるのは首相と補佐官そして閣僚でも安全保障政策会議の常任メンバーのみである。
 そして今、そのS級以上の機密情報に分類されるSSS級機密情報に技研の誤りの根拠があると示された。
 SSS級機密情報。これは連合政府首相のみが指定できる、情報の存在自体秘匿されるべき情報である。時空震動弾の存在を掴んだ事、神秘学と霊子工学の実用化プロジェクト、第三新東京市地下のMAGI(第三新東京大学で学生もユーザとなっているMAGIとは別物である)等がその代表例である。なお特自のスーパーロボットのように存在が公開されていても、性能など一部はSSS級機密指定される場合もある。エヴァンゲリオンが時空融合に深く関わっていると言う件もSSS級機密となっている。
 加治の説明に主任たちは一瞬考え込んだ。だが自分達の判断が誤ったものであると言う加治の言葉だけでは納得できなかったのでプライバシーが無くなるのを覚悟で根拠を求めた。

「ではまず君の示した第4の根拠が、N2を使いたいが為にこじつけていると感じた理由から説明しよう」
 坂田の主張ではムスカ級生体潜水艦に通常魚雷は通用しない。これはある面で真実ではあるが、N2弾頭でなければ破壊できないほどムスカが丈夫な訳ではない。現に青の6号「りゅうおう」は通常弾頭の魚雷で十分ムスカを撃沈しているのである。問題はムスカの水中運動能力に追いつけない海自の魚雷の性能に在った。
「そこで解決策の一つに雷速200Ktの超高速魚雷の開発をSCEBAIと共同開発するように技研にも話が行ったと思っていたが」
「しかし200Ktでは誘導した途端、魚雷が自壊してしまうのは確実です」

 この発言に土方防衛相が口を挟んできた。
「君はこの200Kt超高速魚雷がシュヴァルクという名前でロシアが開発したと言う情報を知らないのか?もちろんガセネタかもしれないが、理論的裏付けは否定されていないから十分開発可能な兵器であると判断した。誘導の問題も航空機からの攻撃も考慮に入れ、最後の数百mを無誘導で数秒で突進する兵器とすればムスカが躱す間も無く命中させる事が十分できると考えたんだがね」
 技術的に実現されている。確認はされていないが、その情報を知り技術的解決方法も示唆された主任たちは返す言葉を失った。
「それに、技研からは誘導方式を改良した魚雷やキャプター(待ち伏せ式)魚雷を海幕に提示していたはずだが、核兵器研究の理由に出してしまうようでは、私にも如何してもN2を使いたいが為にこじつけているようにしか思えない」
 防衛相に、こうまで言われては主任たちに反論する術は無かった。

 加治は次の説明に入った。
「次に誤った前提に立っていると言う証拠を説明するが、君らが最初の理由にしたアメリカの反抗作戦を掴んだ根拠を逆に尋ねよう。軍事作戦はアメリカ国内でも公表されず、わが国にも概略しか流されてこなかった。少ない情報も米国からの要請により、作戦に直接参加する艦隊と責任者である安全保障会議のメンバーにしか伝えていない。しかもムーの本隊が米墨国境に迫っていると言う。いったいこれらの情報は何処から入手したのかな?」
 秋山所長は説明した。技研は元々アメリカの技術情報を調べる為に、独自に人員を派遣していた。そしてアメリカで”友人”を作り、彼らからアメリカの技術情報を入手していたのである。そして政府からは南北アメリカ大陸への方針がなかなか入らない為に、その人脈から得た情報、南米のムーの脅威、を元に技研独自の行動計画を立てて行動し始めていた。
「我々が得た人脈から南米ムーの戦力や行動内容を得ることが出来ました。それを分析した結果から大量に核兵器を投入しなければ作戦は成功しないものと判断しました。我々も戦闘訓練を受けたプロフェッショナルです。加治首相もそれを期待して、われわれにも戦果分析と言う任務を加えたのではないですか?」
 技研が掴んだ情報では、既にムーの主力は米墨国境を突破しつつあると言うものであった。しかし、加治はこれを聞くと、ある衛星写真を取り出した。
「私が君たちの任務として了承した『戦果分析』は、あくまでも通常兵器の技術的な面に留めていたはずだ。ミサイルや砲弾がなぜ命中しなかったのか。命中しても装甲を破壊できなかった原因は。そういった技術的な面での分析を期待していた。それ故にSSS級機密情報、役目上君らの知らない技術情報や知る必要の無い外交戦略情報も含まれているが、それに基づいて計画した南米邦人救出作戦が完了するまで対アメリカ・ムー戦略は公開しなかった。しかし君たちは情報が来ない事にあきたらず、自発的とは言え訓練もしていない戦略分析に手を出し、間違った前提に基づく計画を実行した。君たちが得た南米ムーの情報にこの写真は在ったかね?」
「首相、これは」
 それを見た主任らは驚愕した。加治の言う通りアメリカの友人から入手した情報の中に同じ写真、ムーが米墨国境に迫る証拠が在ったのである。
「その写真は我が国の情報機関がCIAの機密情報から入手したものだ。君らがわざわざ手を出さなくても、今の連合政府にはこれくらいのことを容易くできる実行力が有る。ついでに言えば我が国の地上観測衛星から撮った写真にはその様な情報は写っていない。さらに異なる複数の情報源で同じ状況を観測している」
 情報機関の実力もS級機密情報として連合政府内でも閣僚や次官レベルの一部の人間にしか公開していない。もちろんその一部に技研は入っていない。これは必要以上の警戒感をアメリカに持たせないために、日本の実力をアメリカに知らせない戦略活動、無論この方針はSSS級機密に含まれている、の一つである。
「我々が写した衛星写真では、米ム戦争はメキシコ南部を中心に行われていた。事実、派遣した艦隊の戦闘活動も中米で行っていた。君らが得た米国内に迫っていると言う情報がCIAの作為下に有った事は明らかだ。君たちはその友人とやらから機密情報を貰ったと思い込んだようだが、その行為自体CIAやFBIのコントロール下にあったとは思わなかったのかね」
 技研が確保した”友人”とは、軍需産業の一技術者や、前線から帰還した下士官、アメリカ内部のマスコミやペンタゴン内部の内通者など、米国内の不心得者達のことである。すべてとは言わないが、何割かはCIA等に目を付けられていた者も居ただろうし、コントロールされた情報漏洩も有ったであろう。
 五十嵐 情報調査本部長ならば、”アメリカの友人”から得た情報は何割かはアメリカ当局のコントロール下にあるという前提で分析し、鵜呑みせずに多方面からの情報とも比較してから、最終判断を下している。実際に技研が入手した情報も彼に拠れば、日本の参戦を促す為に敵戦力を水増しした欺瞞情報の一つであるらしい。
 とにかく技研はその事に気付くことなく、受け取った情報からそのまま戦力を分析したのであった。その結果、技研は核やN2の投入を前提とした研究を開始したのである。
 技研がアメリカ当局から収集した情報からアメリカの戦力でムーの猛攻を支えきれないと判断したのならば、アメリカ政府防衛当局も同じ判断を下すはずである。だが、アメリカ政府当局は自国の戦力で十分に反撃できると判断しているのである。実際はそれまで観測されなかった大量の敵兵士ロボットの集中による戦線の崩壊や、衛星軌道上でのインビットの妨害により軌道降下作戦が失敗したのであるが、同じ反撃失敗でも前提が異なっているのだから、技研の判断が正しいとは言えない。
 技研の技術者たちも元は戦闘訓練を受けた士官下士官が多いのだが、それが彼らを戦術的な発想に縛り付けていた。国家の行動や敵軍全体の動きなどは目の前の出来事に囚われず戦略的判断を必要とするが、彼ら主任技術者たちはその訓練を受けずに過ごして居たので、何時の間にか技研本来の任務からも逸脱している事に気が付かずにプロに翻弄されたアマチュアの姿をさらけ出していた。

「しかし我々の行動がアメリカ当局のコントロール下にあったとしても、結局アメリカ軍による核兵器の投入が有ったではないですか。そこまで追い詰められたアメリカを助ける為に我が国も小規模な艦隊派遣でお茶を濁すだけでなく、真正面からムーと対決する必要があったのではないですか?それに放射能に汚染されるより核兵器と違ってクリーンな我が国のN2を投入したほうが良かったのではありませんか?」
 坂田の反論に、加治は口調を若干荒げた。
「それが戦術的発想に囚われて戦略的発想が出来ていないと言うのだ!!君は外国で大量破壊兵器を使用すると言う意味が理解できていないようだね。それは宣戦布告に等しい行為だ。今のホイットモア政権はその為に国の内外から責められている。もし我が国がN2を無断で使用してみたまえ。例えば地面を大きく抉るN2地雷はメキシコの地図を大きく書き換え、そしてメキシコ国民はあの非難を我が国に向けるだろう。事前通告してもN2の理論やサンプルを渡せと言ってくるに決まっている。今のアメリカ政府は自由と博愛の為に動く政府ではない。生存権を脅かされて生き延びる為なら脅迫やテロをも実行する危険な政府になっている。そんな国家にN2を渡す訳には行かない」
 それに、と加治は続けて最近SSS級機密指定を解除された情報を説明していった。
 クリーンと主張するN2だがその熱量は核を越えるところがある。しかも君が主張する通り、ムーの生産拠点を焼き払うとしたら、南米大陸を砂漠の大陸にしてしまう事になる。これは核でもN2でも変わりはない。今の地球環境では大量の熱量の発生は地球環境の破滅、熱死の到来を早める。昨年その可能性が指摘されてから今日まで秘密裏にその証明活動を行ってきたが、残念な事に米軍の核兵器使用により熱死までの期間が20年は早まった事が観測された。
「もちろん今直ぐ破滅が訪れる訳ではないが、確実に来る事が解っている破滅を僅かでも遅らせる為に核やN2などの大量の高熱を用いる大量破壊兵器の製造を規制する指示を正式に出している。同じ理由で、残る君の根拠は全て否定せざるを得ない。君に理由を示さずに核兵器研究の停止を命令したのも、当時は君らに知る資格がなかったからだ」
「でも首相。未来の滅亡に囚われて、目の前の危険を見過ごしたのでは在りませんか?アメリカ政府はともかく、特に米国市民を見殺しにしているように思えます」
「確かに米国市民の苦難を見過ごしている事はそのとおりだ。私もその点は心苦しい。しかし私たちは限界がある只の人間の集まりだ。今の我が国一国ではアメリカ市民を救い切れない。従って米国市民を救う義務はアメリカ政府当局にあると割り切って、限定的な支援に留めざるを得ない。君は米国市民を助ける為に日本連合の全戦力を北米に派遣しろと主張するのかね?それこそ国内にいる全人類を滅亡させる能力を持つ敵性体をほって置いて」
 こうまで言われると反論できない坂田であった。
 また加治は彼らには説明しなかったが、あらゆる状況証拠はアメリカ合衆国内にテロ活動の本拠地があることを示していた。特に決め手となったのは、技研を襲ったテロリストが装備していた小銃である。アメリカへ撤退していった在日米軍が持ち帰った筈の小銃が使われていたのであった。この調査をアメリカ政府に依頼しても返ってきた答えが「民間に払い下げた為その後の流通は調査不能」と言うものであった。かと言って、日本の警察関係者が捜査しようとしても、暗に妨害工作を仕掛ける始末である。それでも乏しい情報を追跡した五十嵐率いる情報調査本部は全ての糸がアメリカ国内、それも政府上層部や大企業に繋がっている事を突き止めていた。
 またこれに加えて、時空融合の原因がアメリカ合衆国にあることを既に突き止めている連合政府にとっては、原因を公表もせずに恫喝的圧力をかけて対ムー戦争の矢面に立たせようとする意図が明白なアメリカ合衆国に協力しようとする意志が減少せざるを得ない状況である。

 更に加治は対ムー戦略を説明した。
「それに現時点ではムーを一気に壊滅する無理をする必要は無いと判断している」
 ムーの意識をアメリカに向けておき、他の大陸に気付かないようにすると言う戦略である。なぜなら、その間アメリカはムーに対応し続ける事で、日本連合と対決する事は表向き避けざるを得ないだろうし、日本連合も防衛体制を築く事が出来ると言うメリットがある。
 それに霊子工学が発達すれば更に安全にムーを無力化できる兵器が開発できる事がわかっている政府首脳陣にとっては、完成するまで南米に押し込めて置ければ十分と言う訳である。

 坂田は自分にとって最後の質問を加治に出した。
「では、対ムー戦争が終了した後に予想されるアメリカの核恫喝にはどう対抗するおつもりなんでしょうか」
 加治はこれに応えて、対アメリカ戦略を説明した。
 核兵器が抑止力になるには核爆弾その物の他に、目標に確実に届けるプラットフォームの存在が必要になる。目標に届かない兵器など何の価値もない。実際、アメリカの核戦略が有効に働き出したのも戦略爆撃機に搭載できるように核爆弾が完成してからである。
 今の技研が把握している日本の技術力で唯一考えられる兵器システムは巡航ミサイルの弾頭にするしか無いが、2001年ごろの日本の巡航ミサイル技術で2050年のアメリカの防空能力を突破できるとは全く思えない加治である。
「この事を技研はどう考えていたのか?」
 この指摘に有効な応えを坂田は出せなかった。
「応えを出せないと言う事は、君の主張では核恫喝への有効な反撃手段にはなりえないとしか考えられない」
 そして加治は核恫喝への対抗手段を既に取り始めている事を主任たちに伝えた。
「核恫喝の対抗手段をN2にするために、技研はN2の実物を解析して製造工程を見つけ量産化しようとしていたね。実は既にN2の製造工程は発見されていて、その気になれば直ぐに量産できるだけの情報はそろっているのだよ、日本連合には。もちろんこれもSSS級機密情報だ」
 これは第三新東京市の地下で見つかったMAGIのライブラリに有った情報である。MAGI内に有るN2やエヴァンゲリオンに関わる情報はSSS級機密情報のため、技研には第三新東京市の地下にもMAGIが在る事すら知らされていない。
「もっとも核やN2以外の手は既に用意されている。半年前の日米交渉中に、私はナデシコの事を『グァテマラ海峡を創る』と能力の一端をアメリカに漏らしている」
 とは言え、当時はまだナデシコの能力を把握し切れていなかったので、軍事力派遣を断る為のはったりもある程度入っていた。その後はったりではなくその能力を持っていることを知り本格的に防衛構想に組み込んだ事は、彼らには話さなかった加治であった。
「これを否定できないアメリカは、核で恫喝しても防御不可能な反撃を受ける可能性が常に残る。それ故にナデシコとその乗員たちをテロ攻撃から守る苦労は有るが、こちらも核弾頭を多数持ってにらみ合うことなく抑止力は確保できていると考えている」

 以上で加治の説明は終わった。ここまで基本戦略が立てられており、それに沿った行動が取られていると知った主任たちは、既に自分達の過ちを十分に理解していた。特に坂田主任はあれほど完成させようとしていたN2の製造工程が既に知られている事が解り、これ以上反論する気力を失っていた。
 ここで第4研究室主任である島田靖男が質問を出した。
「首相、今回のムーの撃退は公式には日本が持ち込んだ戦略級EMP効果弾によってムーを殲滅したと発表なされました。しかし私も一室を預かってEMP兵器を研究していますが、中米全域のムーを一気に殲滅するような戦略兵器の存在は知りませんでした。良ければご説明ください」
「何度も言うようだが、それについては君たちに知る資格はない。ただ今回使用した兵器はあくまで実験中のもので、君らが関わるのはまだまだ先になる事だけを伝えておこう」
 技研には厳しい話であるが、元々戦略的位置付けにある霊子兵器は、技研では管轄外である事から説明できる物では無かった。

 加治は続けて主任たちに、彼らの処分に関する自分の考えを述べた。
「一つの極論では有るが、人の行動は目的と手段で評価できる。良く目的が正しいならどんな手段も正当化できるという人間がいるが、特に革命家とかテロリストに多いと思うのだが、私はそれは間違っていると考える。目的が正しいかどうかは社会情勢によって容易に変わる。それに行動した途端、その影響は多岐にわたり結局当初の目的から外れた影響まで及ぼす事も多々有る。君たちが日本を守る目的で先走った事は最初から解っている。しかし、君たちはその結果がどうなるかをよく理解していなかった。君らが自分達の持つ情報だけで先走り、核やN2を使用した場合どうなるかは既に理解したと思う。また組織に属する以上、守るべきルールと言う物があり、無断で先走ったのが一番の問題である。これから連合政府として君たちを訴追する事になるが、国家公安委員会特別監査部の他に公権力横領捜査部にも担当してもらう事になる。核やN2の量産研究それに特殊戦研修センターの維持に使った費用の出所が不明なためだからね」
 暗に贈収賄疑獄が有る事を匂わしていた。

 そして彼らは公権力横領捜査部長 江戸川 仁に連れられて最高検察庁に送られていった。
 主任たちは自分達のミスを理解していたために統制違反・服務規程違反については素直に認めた。しかし、贈収賄については秋山所長にすら事件があったとは確認できなかったので、結局主任たちが大量破壊兵器の研究を無断で行った件と政府を通さずに直接研究費用を集めた件で告訴された。そして主任達への判決は表向き以下の通りになった。

 これは申告の無い特殊部隊の保持と核兵器の無断研究に連帯責任を負った他に、政府には秘密裏に企業から直接集めた研究費に脱税行為、税申告違反があったとされたからである。あのアル=カポネも税金でしょっ引かれた故事から、日本連合は税制を単純明確なものにした変わりに、簡単な税申告手続きにもかかわらず脱税行為を行ったものには厳しい処分が待っている。

 坂田も核兵器研究では流石に厳罰を免れなかった。納得する為とは言え、SSS級機密情報に接した為に、彼は直ちに収監された。

 核兵器研究および特殊部隊の保持に直接の責任は問えなかったが、その事実を知っていたが故に連帯責任に問われた。だが統制違反をした割に、刑罰が軽いように見えるだろう。しかし加治が機密情報管理規則で説明したように、彼らは以後長期にわたり24時間監視下に置かれ続けた。また主任たちは政府が身柄を確保する為に、市ヶ谷の技研施設そのものに軟禁されたも同然の事態になっていた。
 こう言うことから主任達への処罰には情状酌量の余地あると裁判所では判断したのである。
 そして技研自体も暫くは不定期に抜き打ち監査が入るようになり、事件前のように研究を先走る事を防ぐ処置が強化されていった。何より研究内容にも制限が付き、霊子兵器その他の戦略兵器の研究開発は技研からは取り上げられた。核はそのまま廃止されたが、N2はMAGI、地下に眠っていた方、に製造データが残っているので、技研が実物を解析して得ていたデータは欺瞞情報とする為にそのまま残された。

 また彼らを指揮監督する防衛省にも処分が下された。

 ただし彼は辞表を出したのでこの処分は実行されなかった。後任には土門 郁江 一佐が就任した。

 加治はこれを教訓として、末端のミスはトップが責任を持って処理する前例を確立したのである。その後、連合政府は内部監査機関を有効的に働くよう職制を改良していった。

 そして主任たち営倉から出された頃に、一つの情報が技研に届けられた。
「島田主任。貴方達が研究している戦術級EMP兵器の能力は、ムーの戦闘ロボットに効果があると考えていますか?」
「はい、土門局長。我々が実用化した戦術EMP兵器、二式EMP砲ならば十分対抗できると考えています」
 技研第4研究室を訪れた土門装備計画局長の質問に、島田主任が応えていた。
「では、その根拠は何処に有りますか?」
「それは、技研の・・・あっ!申し訳ありません。先日、首相からご指摘された技研の資料、すなわちアメリカから独自に入手したムーの情報にあります」
「やはりそうでしたか。これはアメリカ軍の科学分析班が出した、核爆発下におけるムーの戦闘ロボットの耐久性についての技術レポートです。貴方達がまだ入手していないなら、これを参考に二式EMP砲の改良を始めるようにして下さい」
 土門局長はこう言って、情報調査本部が入手したそのレポートを島田主任に手渡した。最初は性能に自信を持って改良の必要は無いと確信していた島田も、レポートの内容を読み進むに連れて考えを改めた。何故ならレポートにある数値から推測すると、二式EMP砲の出力では一時的な機能停止を引き起こす事は可能であったが、決定的な障害を与えるには至らない、と言う事であった。
 完成したばかりの二式EMP砲を役立たず品と判断するしかなかった島田は、衝撃を受けながらも改良に取り掛かった。

 他の主任たちにも同様に、自分らが研究していた物を客観的に判断できる情報が配られていた。
 皆、一様にショックを受けながらも、主任たちは気を取り直して更なる改良に取り掛かっていった。



SIDE B へつづく





日本連合 連合議会


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