「0アワー。作戦開始します。中米派遣艦隊、及び大西洋調査艦隊から支援攻撃始まりました」
 オペレータのアナウンスと共に、スクリーンには主砲を発砲する打撃護衛艦とその他の護衛艦から発射される万能ミサイル、アマテラスVIの映像が映し出された。
「目標、ムー戦闘ロボットの8割に命中、内3割を完全破壊、5割を大破残り小破。グロイザーX、ムー勢力圏内に侵入。ムーの行動に変化なし。」
「5分経過。グロイザー、アンヘルに到着。ERET降下中」
 同じくスクリーンに特殊装備にその身を包んだ降下中の隊員の姿が映し出される。
「7分経過。邦人搭乗開始。10分経過総員搭乗完了。グロイザー脱出開始します。ムーの行動に変化あり。グロイザーの追跡を開始しました」
「30分経過。グロイザー、ペルー山脈に沿って南下中。ムー戦闘ロボット、その100Km後を追跡中。毎分1Km間隔を詰めています。グロイザー速度を調整」
「2時間経過。足の速い戦闘ロボット2機がグロイザーに攻撃を開始しました。グロイザーはバリアーで弾いています。被害0」
「3時間経過。グロイザー南極大陸へ到達。ムーの戦闘ロボットも1分後に到着。・・・ゾーンダイク軍の対空攻撃が始まりました。ゾーンダイクの照準はムーが99%グロイザーには1%を中てています」
「グロイザー、南極大陸を脱出。追跡機はありません」
 オペレータの経過報告に、状況を見守る人々から緊張が少し取れた。だがその時、室内に警報が鳴り響いた。
「緊急警報。南極大陸に高熱源体発生。核兵器と思われます」
「南極永久氷原の平均気温が10度上がりました。氷河が溶け始めます」
「南極海海水面の上昇を観測。一気に10m上昇。日本への影響は1週間後に現れます」
 ここで柳田統幕議長が命令を出した。
「もう良い、シミュレーション中止。オペレータ各員は状況をまとめて置くように」
 日本連合防衛省防衛政策局と情報分析局の協力の元に、自衛隊統合作戦本部が作成した南米邦人救出作戦の評価シミュレーションがSCEBAIのスーパーコンピュータMAYUMIを使用して行われていたのである。
 時は新世紀元年12月24日、南米邦人救出作戦まで後3ヶ月少々。作戦はまだ固まっていなかった。



スーパーSF大戦 外伝


加治首相の議

  

「栗原、やっぱり今迄の作戦じゃ成功は覚束ないか」
 神田航空幕僚長が栗原防衛政策局長に声を掛けた。
「あぁ、そうだな。当初の予測よりムーの数が増えているのが、やはり痛い」
 12月に入り、ナデシコから打ち上げた地上観測衛星からの、そしてターポンから観測してもらった情報が集まるにつれ、中南米で活動するムーの戦闘ロボットの数は増えこそすれ減少する事は無かったのである。ちなみに、これらの衛星情報は在日エマーン大使シャイアさんとの秘密契約の元、エマーン商業帝国の人工衛星からの情報としてエマーン経由でアメリカにも流れている。情報源を偽っているのは日本連合の実力を隠す策であったが、これまではアメリカ当局には疑問をもたれずにいた。アメリカはそうとも知らずに、自国の衛星からの情報にこの情報を加え、ムーの戦力が東部戦線に集中する隙を狙いムーの中央コンピュータを直接攻略する作戦を立てたのである。
 ともあれムーの勢力が増加したその結果が、黒木情報分析局長からこの場に同席していたグロイザーXのパイロットに告げられた。
「という訳で海阪君、リタ君。グロイザーXの能力だけを見ればアンヘルに進入し邦人を救出するのは簡単なんだが、ムーを完全に振り切るのは不可能と言う結論に達した。どうしてもムーを他の大陸に誘導してしまう事になる」
 冒頭に出したシミュレーションを含め東西南北それぞれから進入し脱出するパターン、合計16通りの作戦がシミュレートされたが、その全てがアンヘルの邦人は救出できたが、それ以上の被害を他の大陸へもたらす結果が出たのであった。
 北、すなわちアメリカ合衆国へ脱出するルートを取った場合、追跡するムーの戦闘飛行ロボットの大集団目掛けてアメリカから核ミサイルが発射された。核が使われなかった場合はムーの侵入を許し、合衆国は崩壊してしまった。東、すなわち北アフリカを中継点にした場合は、グロイザーXを追跡するムーはその数の威力で遮る大西洋調査艦隊を突破して北アフリカに上陸し、エマーンは蹂躙された。西へ向かえば同様に中米派遣艦隊を突破して、ハワイ沖で阻止戦闘が起きる始末。南へは冒頭の通り、世界中の沿岸部は水没した。
「けれど、このシミュレーションはグロイザーの能力を大幅に限定しています。衛星軌道まで脱出するルートではどうでしょう」
 グロイザーXのサブパイロット、リタが不満を顕わにして提案してきた。
 これには栗原防衛政策局長が応えた。
「まぁ元々外交戦略的な意図があって、特にアメリカに能力を秘密にする為に必要の無い中継点を用意したんだからね。だがリタ君の提案も尤もだから上への説明の為にやって見るか」
 グロイザーXは日本からアンヘルまで無着陸で往復飛行出来る航続能力があるどころか、元より宇宙航行可能な機体でもある。だが、能ある鷹は爪を隠す、と言うのが今の日本連合の戦略である。諸外国から脅威と見られないためにも、切り札を多く隠し持つ為にも必要以上の能力は隠し通すこの戦略の為に、グロイザーXも本当の能力はSSS級機密、欺瞞情報に公開情報の数倍の数値を記述したカタログデータをS級機密指定する念の入れようで、に指定されていた。この件は直接運用する海坂やリタ、茜島から召集された整備員にはSSS級の守秘義務を課し、そして限定された関係者以外には一切秘密にされている。
 グロイザーXの能力をスペースシャトルの2倍程度の宇宙往還性能条件で直ちにシミュレートされたが。
「インビットとの挟撃にあって撃墜。ナデシコが援護できなければ、二等兵やイーガーでも流石に数百単位で取り付かれたら、抵抗できないか」
 情報分析局長、黒木 一佐はこう感想を漏らした。続けて山本海幕長が問題点を指摘した。
「やはり敵が集中してくれたのに、それを完全撃滅できる切り札が無いのが痛いな」
「地球環境を悪化させないようにと言う条件では、海幕長の言う通り今の我々には切り札がなくなってしまう。アメリカに核を打たせたり、ナデシコが地上を砲撃すれば簡単なのだが・・・結局は自分の首を絞める事になる」
 柳田が苦悩のうちに漏らした攻撃方法では、熱的死の到来を早めるか世界規模で気象を変化させてしまう。どちらにせよ地球環境の激変が避けられない物である。
 ではナデシコを地上で運用したら?という疑問だが、元々は宇宙戦艦。地上での相転移エンジンは宇宙空間で使用するときほど性能は上がらず、グラビティブラストも連発出来ないので敵集団の一部を壊滅できても中南米に広がる戦闘ロボットを、例えナデシコAとBの両方を繰り出しても容易に掃討できないのである。
「兎も角、今日はこれで終わらせよう。救出にグロイザーXを使用する事には変更無いが、改造完了までのあと2ヶ月少々で9割以上の成功確率を出す作戦を加治首相に報告したいものだ。その為にもなんとしても切り札を見つけ出さねば」
 柳田統幕本部長の締めくくりによって年内最後の会合は終了した。彼らはこれから首相官邸で行われる忘年会を兼ねたクリスマスパーティーに出席する事になっている。
「神さん。クリスマスプレゼントに良いアイディアが欲しいもんだな」
「栗よう。お年玉でも良いぞ」
 神栗コンビの冗談が本当に実現するとは、神ならぬ彼らには想像していなかった。

 年末年始休暇の最中も作戦担当者たちは救出作戦を練っていた。だが、時空融合孤児たちにクリスマスプレゼントが届けられても、大人である彼らにはプレゼントは届かなかった。しかし、加治首相が妙神山に初詣をした御利益か、お年玉だけは届いたようである。

 年が明け、松も片づき始めた頃に首相官邸で「米田レポート」の報告会議があった。
 加治首相と鷲羽ちゃんはパワーランチの最後の一口を飲み込んだ後、自衛隊の制服組、柳田統幕議長と四自衛隊の各幕僚長、そして防衛省の栗原・黒木の両局長が目の前に立っていることに気が付いた。
「どうしたんだね?」
 加治は柳田統幕議長に尋ねた。
「いえ、加治首相ではなく鷲羽博…、鷲羽ちゃんにお願いがあります」
「なんでしょう?柳田ちゃん」
 鷲羽ちゃんはいつもどおりの呼び方で柳田に応えた。
「我々が南米邦人救出作戦を立案中な事はご存知でしょうが、切り札が無い為にムーの跳梁を許してしまい被害が世界に及ぶと言う結果がシミュレートで確認されました」
 柳田は先月のシミュレート結果を簡単に加治と鷲羽に報告した。
「どうしてもグロイザーを追跡して集結するムーを一撃で壊滅する兵器が必要なのですが、我々では地球環境を悪化させる兵器しか用意できません。そこで先ほどの報告にあった霊子兵器が地球環境に悪影響を与える事無く使用できるように思えたのですが、それを救出作戦を実行する4月までに用意できないでしょうか」
「ん〜っ、それは難しいわね。紅蘭ちゃんが霊波放出兵器を試作したけど、10m四方に霊波を放出しただけで大神ちゃんは足腰立たなくなったし、そちらの要望どおり中米一帯のムーを撃滅するには華撃団全員の命と引き換えになりかねないわ」
 年末にお台場で発生したショッカー人質篭城事件での事である。帝国華撃団の大神一郎がショッカーを制圧する際に紅蘭が試作した携帯霊子力機関を使ったのだが、霊子の源になる大神の体力を異常に消耗させる欠点が有ったのだ。
「やはり無理ですか」
 鷲羽の説明にがっかりする制服組一同であったが、直ぐに鷲羽は付け足した。
「まあそうがっかりしないで、柳田ちゃん。兵器としては未完成だけど、同じ効果を出す方法に心当たりがあるわ。ちょっと電話を借りるわね」
 鷲羽はそう言うと、電話をかけ始めた。
「ハロ〜、美神ちゃん?鷲羽よ。娘さんは元気?そうじゃないわよ、令子ちゃんの方よ」
 鷲羽ちゃんの相手は美神美智恵、GS協会会長であった。
「そう、協力してくれるの。ありがとう。ええ解っているわ。加治さんとの会談も今日は無理でも明日あさってには。・・・ええ、じゃぁよろしく」
 電話は終わったようだ。
「OKよ、柳田ちゃん。GS、ゴーストスイーパー協会長の美神さんが協力してくれるから、これから超特急で霊子兵器を研究するわ、霊力の研究にもなるしね。でも南米邦人救出に使えても工業化はまだ出来ないって事だけは覚えといてね」
 鷲羽のこの一言から、対ムー霊障実験計画「トリニティ」が始動した。GSたちの協力を得て霊障実験の研究を始めた鷲羽は2ヶ月で基礎実験を終了し、中南米で行う本格実験の基本プランを立ち上げた。その結果を受けて自衛隊統合作戦本部は一つの作戦を完成させた。

「民間人を使うという点が気になりますが、他の人では発動しないんでしょうか」
 首相官邸で作戦説明を受けた加治首相は、切り札となる「トリニティ」に民間人GS、美神と横島を採用する点を質問した。
「ええ、加治ちゃん。いろいろ試して見たんだけど中米一帯ほどの広域では、効果を出すには複数の霊能者を同調させる必要があるのよ。それをきちんとやれた人がその二人だけって言うわけ」
 鷲羽ちゃんはこの2ヶ月間でGSだけでなく華撃団の大神やさくら達、自衛隊超能力部隊のエスパーらを集めて広域霊障実験を行ったが、美神横島コンビに適う効果を発揮した者達は居なかったのある。
「解りました。作戦が失敗したら本末転倒ですしね、彼らの採用を許可します。ただ、彼らには十分事情を説明した上で、直接の戦闘に巻き込まれないように十分な配慮を取るようにして下さい」
 これは同席した柳田統幕議長への命令である。
「それとこの威力ならムーの中央コンピュータを巻き込めれば良いとは思いますが、やはり距離が問題なんですか?」
「ええそう。流石に内陸深く潜り込んでいるもの。パワーが足りないわ。それに一種の呪いだから相手をイメージするって言うのも大事みたいなんだけど、流石にそこまでの情報を集められないでしょう」
 流石に外部からの観測ではムー中央コンピュータの位置や形状までは収集し切れなかった。
「この兵器の原理が諸外国、特に米国やエマーンに知られる可能性は?」
 この質問には五十嵐情報調査本部長が応えた。
「はい、首相。科学的な理論が知られているならば兎も角、呪術による兵器だと言う事は予想もできないでしょう。その上我々は日本中からEMP効果をもたらす兵器をかき集めています。この情報はある程度我々のコントロール下で各国に流れています。このEMP効果兵器を『トリニティ』発動と同時にナデシコから発射するふりをすれば、原理も解らない霊子兵器より従来のEMP効果兵器による結果と誤解するでしょう。もちろん追跡調査を行い、万が一気付かれても情報撹乱する準備は整っております」
 そこまでの説明を聴いた加治は作戦『トリニティ』を承認し、作戦計画書に承認のサイン、日本流に花押を書き込んだ。
「皆さん、只今から正式に南米邦人救出作戦『トリニティ』を発動します。我々はこの作戦が成功しても神秘学を秘密にする為に功績を誇る事は出来ません。しかし、この作戦に失敗したらアンヘルの在留邦人が犠牲になるだけで無く、北米大陸にムーを侵入させることになります」
 既に中米に侵攻しているムーの総量から、アメリカが通常兵器だけで阻止成功する可能性が6割を切った、それも「テイルズ オブ アメリカ」が成功しても残る戦闘ロボットが自律的に合衆国に侵入し、無視できない損害を合衆国に与えるであろう事が報告されていた。
「それだけは防がねばなりません。なんとしても邦人救出と共に成功させましょう」

 こうして日本連合が海外で能動的に行う初の軍事作戦が動き出した。



以下本編に続く


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