アイングラッドさんが本編を発表されましたので、そのAパートラストからの想像を。
ここからです。
加治首相の議
第6話 日米国交断絶 Aパート
「百年経っても、アメリカは変わっておりませんな」
一年前には大日本帝国海軍連合艦隊司令長官の職にあった男は外務省からの報告を聴くと、そう加治首相に感想を漏らした。
「山本海幕長は、そうお考えになりますか」
ここは例によって、安全保障政策会議の場である。今回の南米邦人救出問題と、米国に打診した邦人救出要請に拒否の答えが帰ると同時に、逆に米国が要求してきた問題にどう対応するかで緊急に開催していた。
「確かに外交手段から見ればアメリカの行動は変わっていないかもしれません。でも私はその外交手段とは別に、アメリカの一般市民が持つ変わらない自由な精神が好きなんですがね。例え国家の行動に傍迷惑な所が在ったとしても、彼らの存在が世界の平和につながるものである限りは」
加治は米国に対する心中を少し漏らした。
「しかし今のアメリカは倉木補佐官の分析どおりに、建国始まって以来の外敵に相当なストレスが溜まっているようですね。これからもアメリカ、特にアメリカの持つ自由の精神にとって最悪な方向に進んでいると思ってよろしいですか?倉木補佐官」
加治の問いかけに老練な外交官出身の倉木 和也 外交担当主席補佐官が応えた。
「はい、全ての社会情勢はあの分析通りに進んでおります。衣食足りて礼節を知ると申しますが、亡国の危機にある米国にはこれからも礼節を守る余裕がだんだん無くなっていくでしょう。残念ながら米国本土と全国民の生命が掛かる対ムー戦争は、ベトナム戦争以上にアメリカの社会を蝕むことになると考えます」
日本連合では世界調査団第一次報告書が出された後も、関係各省庁が協力して世界情勢の分析が行われ続けていた。その一つに倉木補佐官を中心とする外交政策室と外務省が共同で分析した北米状況報告書があり、その中で米国が分析されていた。建国以来初めて自国を滅ぼしかねない外敵と直面した米国は、ベトナム戦争時以上の社会の悪化による滅亡か、外敵に対抗する為に軍事国家に変化することが予測されていた。とは言え、さすがに数ヵ月後に起こるカナダまでも武力併合する事までは予測できなかった。メキシコやカリブ海に対する武力併合の可能性は指摘されてはいたが。
「それで政府としてアメリカの要求にどう対応なされますか?」
再度、山本五十六海上幕僚長が加治首相に質問してきた。やはり帝国海軍時代には対米戦争を研究していたこともあって、米国との関係が悪化しつつある今の状況が気に掛かっているのである。
日本の救助要請を断り、アメリカが逆に要求してきた事は次の三点である。つまり日米安保に基づく対ムー戦争への自衛隊の参加要請と軍事物資の無償提供の要請、そしてハワイ群島の返還である。
加治首相は山本海幕長の質問には、こう答えた。
「山本さん、私の個人的な考えですが、ムーに対しては何時かは全人類の総力を挙げて対処しなければいけないと考えています。その時には我が国も参戦する必要があるでしょうし、専守防衛の基本理念に反する事では無いと思っています。だからと言って今すぐにアメリカの要求をそのまま受け入れるわけにはいかないでしょうね」
加治はここで言葉を一旦切り、室内の出席者たちを見渡した。
「皆さん。アメリカの要求に対し、それを丸ごと実行した場合の影響を予測してもらいましたが、その結果を報告してください。まず土方さん、防衛省に分析を頼んでいたムーと米軍単独、そして自衛隊が参加したそれぞれの場合での交戦結果予想はどうなりましたか?」
「はい、この会議の開催直前にようやく予想を出せました。結論を言えば米軍の総力をあげて反撃してもムーを完全に駆逐する事は不可能と分析します。今回の戦力では最大でもニカラグアまで押し戻す事が出来るかどうか」
ターポンと接触してからは彼らに世界各地の地上を観測してもらい、その情報も収集できていた日本連合防衛省では、中南米のムーの行動をも米軍よりかなり正確に分析できていた。
メキシコ国境で人類と戦闘していたムーのロボットは数は多いが、戦術的に見れば地理天文気象に関係無く単なる正面展開正面突撃で攻撃するだけであった。ムーのロボットにも戦術・戦略に長けた軍用ロボットも居る筈だと、オーストラリアまでやって来た拝人類派のアンドロイドから情報を得ていた防衛省情報分析局では、この2つの情報からムーは本物の戦闘ロボットをメキシコ戦線には未だ投入していない、と判断している。
日本連合では第三新東京大学のMAGIやSCEBAIのMAYUMIと言った基本設計の異なるスーパーコンピュータが幾つも使えることもあり、米国を含む各国よりかなり正確な戦略シミュレーションを行える環境が整っていた。防衛省では、それらのスーパーコンピュータを使い幾つかの戦略と共に対ムー戦略も検討し続けている。
だが、そもそも自衛隊の装備戦略はあくまでも日本に攻めて来る敵を撃対することに目的を置いているため、地球の反対側まで移動して戦える物ではなかった。補給を米軍に頼るとしても半世紀の技術差が兵器弾薬の供給を不可能としていた。特にハンドメイドの一品物として見た方が良い特機自のスーパーロボット軍団に補給問題が顕著である。またナデシコやトップのマシーン兵器でも戦術的には対抗できるが、結局数の問題で撃墜される可能性が高いとの戦略シミュレーションの結果が出た事もあって、防衛省では現時点での参戦は否定的な意見であった。
そして防衛省情報分析局は米軍一大反抗作戦の成功確率をかなり低い物と判断した。幸運が重なればコスタリカまで、最悪の場合だとグアテマラ−ホンジュラス国境まで押し戻せて行動の限界に達するだろうと予想している。
「仮に全自衛隊だけでなく中華共同体の動員できる兵力をも投入した場合でもシミュレートしましたが、ムーの中心部を攻略するに至りませんでした。よって防衛相としましては現時点の自衛隊派遣は、国際条約の厳守と言った信義的な意味しか無いと具申いたします」
土方防衛相の意見を受けて九条外務相も次の意見を述べた。
「私は王国出身のために日米安全保障条約を締結した経緯は良く判りませんが、条約を見る限りに於いて日米安保は日本国周辺および極東における安全保障を目的とするものであることは条約の前文から明らかです。その点からするとアメリカの自衛隊参戦要求はかなり拡大解釈をした物と思われます。もちろん我々の知らない世界で更に条約を変更した可能性は有ります。しかし我々は既に中華共同体との条約で時空融合前の条約をそのまま適用しないと言う前例を定めております。アメリカがその前例を認めずにアメリカのみに残る条約を盾に自衛隊派遣を要求するならば、我々は我が国だけに残るハワイを日本に帰属させる条約を盾にハワイ返還要求を断ればよろしいでしょう。しかし、ハワイと自衛隊派遣の引き換えになる恐れがありますので、あくまで自衛隊に海外展開能力が未だ備わっていない点とハワイ群島現地住民の意思が現状維持を選択した事を理由にして交渉を進めるべきと考えます」
日本連合王国に於いて貴族であり、第2次世界大戦で首相を出した名門、九条家の出身である外務相はドライに外交思想を述べた。その九条外務相の意見を聞いて思うところがあったのか、山本海幕長が提案してきた。
「加治首相、それに土方防衛相、柳田議長。本来ならば私のような軍人から提案することは避けるべきでしょうが、一つ御提案したいことがあります。国防に於いてハワイの戦略的な位置は、とても重要であります。自衛隊の参戦と引き換えにしても、ハワイは何としても我が国に留める必要があります。ですが、もし自衛隊を派遣する場合には我々旧連合艦隊の戦艦を中心部隊にしていただけないでしょうか。本来の任務である残留邦人の救出には間接的な支援しか出来ませんが陸自や空自より単独で長期行動が取れますし、撤退することになっても比較的行動に自由があります。何より米国に対する名目も立つと考えます。それにこれまで情をもって戦力とさせていただきましたが、維持管理だけにも予算が掛かる戦艦を何時までも維持できますまい。このまま退役させる前に最後のご奉公の場を与えていただけないでしょうか」
元連合艦隊司令長官、山本 五十六の提案に、その場の一同には反対する意見は出なかった。ただ土方防衛相がこう述べただけである。
「山本海幕長、戦艦の取り扱いですが、洋上の遠隔兵器のプラットホームと云う事でまだまだ存続させるつもりです。それに、そろそろ特大型打撃護衛艦「ヤマト」の公試も終わり、乗員たちも出番を待っているのではないですか?」
こうして万が一の自衛隊派遣に備えて機動打撃艦隊が出動準備することになった。
さらに軍事物資の無償提供問題はさすがに無制限と言うわけにはいかず、融合前の在日米軍提供予算、いわゆる思いやり予算を目処に交渉する方針となった。
「顧問官の私信はどうする?アメリカの日本人と財産を人質にするような脅迫だぞ?」
加治の親友でもある大森 洋一郎 広報担当主席補佐官が質問を発した。
「あぁ、それに付いては考えがある。あんな脅迫をするほどアメリカは追い詰められていると言うことだ。今回は大統領からあんな見え透いた脅迫を実行しないと言う言質を取るつもりではいるが、近いうちに邦人を引き上げさせた方が良さそうだな。各省庁は極秘に日米国交断絶に陥った場合の影響や邦人救出手段について研究を始めてくれたまえ」
こうして連合政府の意見を統一し全ての準備を終えた加治首相は、アメリカ合衆国ホイットモア大統領とのホットラインによる直接交渉に入った。
以下Bパートを経て本編に続く
後書き Ver.1.0
とりあえず、今日はここまで。
加治隆介氏は持論で「外交こそ政治のダイナミズム」と言っていますから、日米首脳会談も書きたいですけど、只今アイデアは尽きております。(^_^;)