GGGの勇者達とウルトラ警備隊、そして謎の巨人の活躍で使徒ラミエルが撃退された日の翌日、チルドレンが第三新東京市から帰ってきた頃、一機の陸上自衛隊所属ヘリコプターがGアイランドへ飛来してきた。
「はじめまして、日本臨時政府代表の加治隆介です。これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。宇宙開発公団総裁、兼、ガッツィー・ジオイド・ガード長官の大河幸太郎です」
 ヘリポートで顔を合わすと、二人はがっしりと握手をした。
 加治隆介、46歳。この時は臨時政府代表としての訪問である。

 

加治首相の議

第一 



「ところで、混乱状態の政府をよくまとめられましたね。我々の予測ではまだしばらく混乱していると思っていましたが」
「昨日出現した、未確認物体のせいですよ」
 二人が会談している宇宙開発公団総裁室のテーブルの上には桜秘書の煎れたお茶が湯気を立てていた。
「あれが米軍を壊滅させた情報が入ったら、それまで主導権を取りたがっていた官僚やら政治家たちが一転して、責任を押し付け合いましてね。結局防衛庁と共にこの世界に着た私が、代表を押し付けられました」
 加治はこう言ったが、事実は多少違っていた。
 時空融合で日本政府は事実上壊滅したに等しい打撃を受けていた。霞ヶ関も永田町も見知らぬ人々が溢れかえって混乱していたのである。そんな中、加治隆介率いる防衛庁だけは他とは違っていた。


 正確に言えば加治隆介は元の世界では総理大臣である。当時、李日正率いる北朝鮮がテポドン発射実験を強行するという情報が入ったため、市ヶ谷駐屯地跡の新防衛庁総合作戦指揮所に詰めている最中に時空融合に遭遇したのである。もっとも加治総理は、テポドン発射実験に付いてはこう確信していた。
「ただのブラフだろう」
 情報を分析すると実際に発射する可能性は10%以下であった。それでも北朝鮮が関与した(もっとも北朝鮮当局は否定したままであるが)プルトニウム運搬船ハイジャック事件の事も有り、防衛庁と全自衛隊が連携する実戦演習も兼ねて、新築移転した市ヶ谷防衛庁に詰めていたのである。ちなみに他の世界の防衛庁は2000年に引っ越ししている。加治総理はテロ活動に対処した経験から、安全保障対策実行部隊の中枢として防衛庁本庁を位置付けていたため、1年早く1999年に体制が整ったのである。


 時空融合の物理的生理的混乱が収まった直後、指揮所内では現状が掴めず混乱していた。外部からの電源供給が断たれ自家発電に切り替わり、陸海空の主要基地そして今回の演習に参加した護衛艦隊群の旗艦とのデータリンクが途絶したのである。加治総理も首相官邸と連絡を取ろうとしていたが、そのホットラインも他の省庁との回線も不通になっていた。
「通信機器に異常はないか」
「施設内の機器に異常はありません。本庁外に出る回線が途中でダウンしています」
 オペレータ達が途絶の原因をつかもうと四苦八苦していた。だが数分の後に護衛艦隊群とのデータリンクは自然復旧した。しかし、それは期待を大きく裏切るものであった。
「おい、表示はあっているのか!?部隊の位置が大きく移動しているぞ」
 主任オペレーターの指示が飛ぶ。
「待ってください。受信ログを確認中です」
 直ちに受信ログが開かれ、受信データが解析されて行くが、誤りは見つからなかった。しかし思いがけない事実が判明したのであった。
「計画段階のはずの自衛隊専用衛星回線が使われています」
 加治総理になってから自衛隊の指揮系統に改革のメスが入れられ、総合作戦指揮所と前線の部隊との間には衛星回線を使ったホットラインが引かれるようになったのである。しかし予算と衛星発射計画の都合上、専用衛星はまだ打ち上げられず民間通信衛星を使用するに留まっている筈であった。もちろん地上通信基地には何時衛星が使用できるようになっても良いように対応済みではあったが。
 オペレーター達の混乱を余所に、指揮所には指揮系統を回復させようと言う軍隊の本能によるものか、全国の陸海空自衛隊各部隊や関係施設からの問い合わせがどんどん飛びこんで来た。しかしその多くは防衛庁の記録には無い指揮官からの連絡のため、混乱は拡大するばかりであった。
「第一護衛隊群旗艦から入電。えっ?垂直離着陸機搭載型護衛艦DDV001「あかぎ」?何だそれは!」
 とうとう、存在しない部隊からも入電し始めたようである。


 静岡県御前崎沖50Kmを「あかぎ」は第一護衛隊所属護衛艦と艦隊を組んでいた。沖縄海域での米海軍第七艦隊との演習を終えて母港の横須賀に向けて航行中である。
「レーダーが乱れて、司令部とも連絡が取れなくなる。まるで映画だね」
 通信オペレータが発する同僚のウェーブへの軽口を聞きながら、艦長の豊田一佐は思う。
「『ファイナル カウント ダウン』て言ったかな。あの映画は」
「艦長、司令部との連絡は取れたか」
 艦隊司令の水城海将補が艦長の横道に逸れた考えを断ち切る様に尋ねた。一時間前にレーダーが乱れ始め、つい先ほどまで艦隊内無線までもが使えなくなっていたのである。それが閃光に包まれ全乗員に意識の混乱を及ぼしたとたん、嘘の様にレーダーも通信機も復旧したのであった。
「はい、司令。司令部との通信が回復する前に本庁の総合作戦指揮所と連絡が取れました」
「本庁と?」
 通常は横須賀の自衛艦隊司令部と連絡を取り合っている。有事が発生しない限り、旗艦と言えども本庁と直接連絡を取ることはまず有り得ない。逆に本庁と連絡が取れたという事は、よほどの有事が発生したと言う事になるので水城海将補の疑問はもっともである。
「また不審船が出たのか?」
「はい、我が艦がその不審船のようです。いえ、報告します。0015、本庁総合作戦指揮所と連絡が取れましたが、向こうのオペレータは本艦の存在を知りませんでした」
「どう言う意味だ?」
 後半、急にまじめになった報告を聞いて水城司令は再度質問を繰り返した。
「私にはどう説明して言いか解かりません。まだ回線は繋がっていますから、水城司令もお話されてはいかがでしょうか」
 疑問符に頭を占領されながらも水城海将補は本庁と連絡を取った。やがて通信が終わると直ちに命令を発し始めた。
「スクランブルだ!艦長。偵察機を出して本土上空を観察してくれ。理由は後だ。それに呉や佐世保、いや日本中の護衛艦と連絡を取れ。とにかく状況を確認したい。とても信じられない事態なんだが・・・」
 水城司令が部下達にとりあえずの説明をしている最中にも、艦隊は進路を駿河湾に向けて取り、偵察機を発進させる準備に入って行った。


「これらの状況をどう考えますか」と、加治総理が口火を切った。
 総合作戦指揮所に隣接する会議室には防衛庁に詰めていた加治総理、土方防衛庁長官、細井官房長官の政府首脳と柳田統幕議長を始めとした自衛隊関係者が集まっていた。まず柳田統幕議長が報告した。
「正直言って、何が起きているか不明です。連絡が取れた部隊は向こうもこちらも互いに指揮官が違う事を確認しております。一部地域だけなら大規模なサボタージュまたは敵の撹乱行動と考えられますが、横須賀や習志野といった首都圏内の基地駐屯地からの連絡も、在日米軍首脳も同様に入れ替わっておりますので、その可能性は低いと考えます」
「何か共通点は無いのですか」
と、加治総理が質問する。
「はい。全ての報告は我々が物理的精神的衝撃を受けたあの30分前に、同様の衝撃を受けた事を報告しています。ただ報告に付いている発信時刻には数時間のずれが見られます。これは軍事組織には有っては成らない事です」
 その後も各地から入る報告も日本中の自衛隊の混乱と在日米軍の混乱を裏付けるだけであった。
 報告が途切れるとその場は沈黙が支配した。誰もがどう理解すれば良いかわからなかったのである。
「総理、このままでは行動が取れなくなります。首都の状況を調査するため、第一空挺団から偵察部隊を出す許可をお願いします」
 沈黙を破り土方防衛庁長官が発言した。彼は護衛艦の艦長経験がある異色の政治家である。こう言う状況が不明の場合、現状をはっきりさせるのが一番であると知っており、かつ手持ちの部隊を動かすには自衛官たちからは言い出しにくい事も、総理の政治判断が必要な事も理解していた。
 加治総理は有事における防衛庁直轄の緊急展開部隊として、第一空挺団を編成させていた。土方長官は今回の演習計画でも何時出動命令が出されても良い様に部隊を待機させ、さらにその一部を本庁に詰めさせていたのである。
「解かりました。情報収集が何よりも基本でしたね。普通なら総理府からの報告を待つところですが、未だに来ないところを見るとやはり混乱しているんでしょう」
 加治は「総理がここにいる事も知らないのではないか」と本音では思っていたが、さすがにそれを口に出す事ははばかれた。
「では、直ちに偵察員を派遣してください。それと柳田議長。これは命令ではなく総理からの要望として、連絡の取れた全国の自衛隊には現状を知らせ、回りの環境が昨日と違っている事を確認させた上で、事態収拾のために我々の指揮下に入るように説得してください。この際も一方的な命令を出すのではなく、こちらからも情報を伝え現地の部隊が自主的に我々の指揮下に入るようにしてください。他に出来れば現地の人脈を最大限に使い、現地の自治体や警察、政府機関にも状況を伝えるようにしてください」
と、加治総理は命令を発した。


 命令が下った本庁待機の第一空挺団は直ちに偵察行動を開始した。
 第一空挺団所属の観測ヘリコプター OH-1 三機と多用途ヘリ UH-60JA 三機が発令の十分後には東京上空へ舞い上がった。上空から偵察を行うと同時に、地上の偵察班のバックアップを行うために都区内上空を巡回する予定であった。また UH-60JA 一機と、対戦車ヘリ AH-1S 二機が待機中である。とは言え、さすがに対戦車ヘリまで出そうとは、偵察命令を出した加治すら思ってはいなかった。


「こちらマイホーム。パパフクロウ、地上の様子はどうか」
「パパフクロウからマイホームへ。地上は予想どおり都区内全域は大停電で真っ暗だ。ここから見える人工光はホームの明かりと、警視庁、都庁、他に高層ビルの航空警告灯ぐらいだが・・・。ホームへ、追加する。東京湾上、ホームの南東から南南東方向に2ヵ所大規模な人工光の塊が見える。」
 パパフクロウこと偵察ヘリ1号機の報告を受けたマイホームこと総合作戦指揮所では東京湾沖の人工光が地図上に記載されていない位置に有ることを調べると、パパフクロウにそれらを確認するよう命令を変更した。


 地上部隊から東京都区内へ偵察に派遣されたのは、四個小隊十二班である。各小隊で73式小型トラックを使用する第1班、第2班とバイクを利用する第3班に分かれ、小隊毎に東西南北に散っていった。
 第一小隊は総理官邸と警視庁へ、さらに霞ヶ関を中心に調査するように命令されていた。その為に第1班には細井官房長官が、第2班には総理付きSPの関警部が同行し、それぞれ総理官邸や警視庁と連絡を取る事を命じられた。
 同様に第二小隊は防衛庁に詰めていたNHKのレポーターと同行して、新宿の都庁と渋谷のNHK放送センターと連絡を取るように命じられた。
 第三小隊は赤坂から六本木の旧防衛庁・三田・品川方面を調査するように、最後の第四小隊は皇居の北側を東へ進み、秋葉原で南北二手に分かれて上野・浅草方面と丸の内・銀座界隈を巡回する様に命令を受けていた。
 同じ頃「あかぎ」からも偵察ポッドを装備したハリアーIIが発艦し、地上を観測しつつ御前崎から駿河湾沿いに箱根を越えて東京に向かうコースを取りながら飛行して行った。
 また全国の自衛隊でも、「買い出し」と称した部隊も有ったが、自主的に偵察行動を始めていた。

「こちら、ハト01。焼津市上空を通過中。ただし地形は地図と大きく異なる」
 ハリアーII、暗号コードハト01は発艦後10分ほどで最初の確認地点、焼津市上空に達していた。偵察ポッドの赤外線カメラが捕らえた地上は、明らかに地図と異なるクレーターに見える地形が映し出されていた。ハト01は「あかぎ」に一報を入れた後、焼津市が有ったはずの位置に屹建つ高層ビルを中心に外輪山上空を一周すると、駿河湾沿いに東京方面に向かって飛行を続けた。


 第一小隊第1班は総理官邸前に到着した。イメージ向上のためにライトアップされているはずの官邸は、都内大停電の影響を受けて暗く静まり返っていた。かと思われたが、官邸の周りをよくよく見るとライトアップの設備が最初から存在していないようであった。
「桜井班長、私には建築中のように見えるが」
 自衛隊から支給されたノクトビジョンで官邸を一望した細井官房長官は隣に立つ自衛隊員に問いかけた。
「官房長官、どうやらその通りです」
 第1班班長が指し示す先には、『事工築建邸官臣大理総』と書かれている立て看板があった。後日判明したところによると、昭和歴代の総理大臣が使用したあの総理官邸が新築中物件としてこの世界に現れたのであった。


 第一小隊第2班は警視庁正門前に到着した。ここは首相官邸と打って変わり、パトカーや警官隊が頻繁に出入りし、さらには警察ヘリまでもが上空を飛びまわっていた。
 第2班の面々は入り口に近づいたが守衛の警官に制止された。班に同行している関警部が代表で守衛に対応した。
「私は総理付きSPの関 警部だが、総理命令により警視庁との連絡に来た。この騒ぎは何かね?」
「はっ。この大停電直後から本庁の記録と異なる警察官が、都内各警察署および各駐在所に配属されている事実が判明いたしました。当初は偽警官事件かとも思われましたが、本庁以外の全ての警察関係者が記録に無い事実が判明し、また疑われた警察官らも本物と主張いたしましたので因果関係が明らかになるまで彼らも本物の警察官として扱うことになりました。しかしながら身分保障されるまでは本庁への入場は控えていただく条件がついております。失礼ながら関警部も身元調査の結果、警察官の身分が証明されるまで庁内に入る事を控えていただきたいのですが」
「その警戒は解かるが、具体的に誰が証明するのかね?」
「暗闇警視殿が、只今警視庁内を把握しておられます。既に連絡済みですので暫くお待ち下さい。それと証明方法ですが、今までの例ですとこちらから確認のために警官を派遣する事になると思います」
 そしてしばらく待たされる関警部達の横を、白黒ツートンカラーで胸に警察マークをつけた全高10mほどの二足歩行ロボットが通過していった。


 第三小隊はこの偵察行で最初に被害を受けた小隊であった。バイク偵察隊である第3班が赤坂をもう少しで抜けようかという頃、先頭のバイクが道に積もっていた白い物体にタイヤを取られて、そのままスリップして近所の邸宅の正門に突っ込む事故を起こしてしまったのである。
「これはどう見ても雪です、班長。夏なのにどうして雪が積もっているんでしょう?」
 確かにその近所は雪景色になっていた。どう見ても氷屋が道に捨てたかき氷に乗り上げたわけでは無さそうである。
 残りの隊員が事故を起こした隊員に駆け寄ると同時に、邸宅からも人々が飛び出してきた。彼らを見た偵察員たちは驚いた。出てきた男達全員が古めかしい警官の制服に身を固め、拳銃を構えていたからである。それは出てきた警官達も同様である。深夜急にバイクが突っ込んできた時点で、彼ら警官達はテロリズム発生と思い込み邸宅の主人を守るために飛び出してみれば、見知らぬ服装の男達が邸宅に背を向けて怪我人を介抱していたからである。
 警官隊の中から指揮者らしい人物が偵察隊員達に呼びかけた。
「ここは大蔵大臣高橋是清氏の私邸である。それを承知で狼藉を働いたのか?」
 第3班班長の岡部三尉がその人物に答えた。
「お騒がせして申し訳ありません。我々は要人のお宅だとは知らなかったのです。ところで、失礼ですが高橋是清氏とは総理大臣も経験なされた、あの高橋是清氏ですか?」
「そうだ。高橋閣下と言えば他にはいないだろう」
 その答えを聞いた岡部三尉は更に質問した。
「意外かと思いますが正確に答えてください。今は昭和何年何月何日ですか?」
 その真剣さに押されて、警官が答えた。
「今は昭和11年2月26日になったばかりの1時だが」
 これを聞いた岡部三尉は隊員の方に振り返り、こう命令した。
「ホームに連絡。六本木庁舎上空に至急フクロウを回してくれ。2・26事件の高橋大臣邸に接触した。六本木庁舎も2・26事件の頃の状態に成っているか確認する必要があると伝えてくれ」
「2・26事件ですか?」
「そうだ、高橋是清大臣と言えば2・26事件で凶弾に倒れた名宰相の事だ。早く送れ。それと他の皆は近辺の旧軍施設、特に高橋是清を襲撃した近衛歩兵連隊駐屯地が赤坂町内にあったはずだ。奴らも出現しているか至急確認するんだ」
 自分達の警備対象が凶弾に倒れたと聴いた警官達がざわめき立つ中、指揮官の警官が岡部三尉に詰め寄った。
「どう言うことだ。おまえ達はやっぱり高橋閣下を狙う凶族か?」
「それは違います。我々は決してテロリストではありません。できれば高橋閣下にも、想像もしていなかった大異変が日本全国を襲っている事をご説明したいのですが」
 ちょうどその時、支援の観測ヘリ ヒナフクロウが飛来して一同をサーチライトで照射してそのまま六本木方向に飛び去っていった。
「あの航空機もあなた方はご存知無いでしょう。あれも含めて全部説明いたしますから、高橋閣下にお取次ぎください」
「良かろう、君達。私の部屋で話を聴こう」
 警官が答える前に彼らの後ろから肯定の返事が返ってきた。
「閣下」
 警官達が振り返って嘆くその前には、教科書で見たとおりの昭和の名宰相、大蔵大臣 高橋 是清 の姿があった。


 第四小隊は交通量の少ない九段下、神保町を短時間で通過し、予定通り秋葉原駅で南北二手に分かれた。
 北に向かった偵察隊は急に未舗装路になった道路にバイクをスリップさせるものもいたが、幸い事故る者は出ずに、周囲を写真に撮りつつ上野から浅草に向かっていった。
 南に向かった偵察隊は、銀座に入った。銀座はガス燈の灯りに浮かび上がった柳と石畳の幻想的な風景を持つ街になっていた。ここで班長は本部に連絡を入れた。
「中央区銀座は大正時代に戻ったかの如く町並みが変化している。引き続き調査する。以上」
 そこに街並みとは違和感がある黒塗りの高級セダンが通りかかった。偵察隊の前で車が止まると、中から金髪に染めた若い男と彼より若干背の高い眼光鋭い男が降り立った。
「自衛隊の諸君、君達の指揮官は誰だね?」
 若い男が隊員達に呼びかける。
「私がこの偵察班を率いている馳三尉です。失礼ですがどちらさまですか?」
ちょっと緊張感の欠ける台詞で班長が対応した。
「私は官房長官付き秘書官の月山です。この大停電にも拘わらず総理との連絡が取れないままなので、官邸に直接向かっているところです。総理が自衛隊に出動命令を出したのですか?」
「はい。加治総理の命令により都内調査のために私達、第一空挺団偵察小隊が出動しました」
 馳班長の答えを隣で聞いていた長身の男が偵察班の目から見えない様に後ろ手に組んでいた手を、パー・ぐう・ちょきの順に変化させた。その瞬間全ての偵察隊員の心臓の上に赤い光点が浮かび上がった。何事かと見渡す自衛隊員の前に拳銃やショットガンを構えた集団が闇の中から浮かび上がった。彼らの手にある拳銃は自衛隊にも採用されている SIG SAUER P220 である。しかし彼らの服装は自衛隊の服装ではなかった。そして隊長らしい人物がイタリアが開発した軍用ショットガン SPAS12 を構えていた。もちろん赤い光点は拳銃に付けられたレーザー照準器からの光であり、集団の狙いは自衛隊員に向かっている。うろたえる偵察員の中で唯一平然と立っていた班長の前に長身の男が立った。
「私は官房長官の土門 敬一郎である。君達を偽自衛官と判断して緊急逮捕する。おとなしくこちらの質問に答えなさい」
「なぜ偽者と思ったのです?」
 馳班長がだめもとを覚悟でたずねてみた。
「官房長官を目の前に、総理大臣の名前を間違えて言えば偽者と判断するしか無かろう」
「そうですか?私達にとって総理大臣は加治隆介総理なんですが。それに官房長官は細井 義文と言います。私達にとって土門官房長官と言うお方が偽者なんですが」
「白々しいうそをつくな。今の総理は大内恵二郎だろうが。それにあの総理に自衛隊を出動させる度胸は無いはずだ」
 馳班長の発言になぜか月岡秘書官のほうが激怒して発言する。
「とにかく銃口を下げさせてくれませんか?でないと銃撃に巻き込まれますよ」
 馳班長がそう言った瞬間、偵察隊を狙っている集団に上空からサーチライトが当たった。支援任務で飛ぶ観測ヘリの一機ママフクロウと多用途ヘリ UH-60JA が1機である。無論 UH-60JA からは多数の銃口が土門官房長官や集団の指揮官を中心に狙いをつけていた。
「すいません官房長官殿。念のために注意信号を上空の支援ヘリに送り、今までの会話も流していたんです」
 事前の打ち合わせ通り注意信号を受けたママフクロウは銀座上空に飛来すると、馳班長の発言をモニターし続け、頃合いを見て空挺隊員を乗せた多用途ヘリ UH-60JA が介入したのである。
「土門官房長官。我々は都内の状況を調査すると同時に、政府高官、出来れば閣僚の方々と連絡が取れ次第、今までの状況を説明して加治総理の元へお連れする様に命令を受けております。どうか銃口を下げて私の説明をお聞きいただけませんか?」
 土門敬一郎は上空を一瞥すると、背後の集団、彼らの正体は土門官房長官が10年をかけて秘密裏に設立した緊急特殊部隊ERETである、の隊長に振り返った。
「新命、どうだ。この場は負けを認めて話を聴くか?」
「俺は負けてるとは思っていないがね。でも、あんたが話を聴くと言うのなら、ここは銃を引っ込めよう」
「そうか、オプスリーも後退させてくれ」
「了解。全員待機。馳三尉と言ったな、おまえさんもヘリも命拾いしたな」
「それはお互い様でしょう」
 実際、パパフクロウは東京湾上空に向かう途中で月光に照らし出された新命達の移動用航空機、オプスリー機を視認済みであった。最悪の場合、両者共倒れになったかもしれなかったが、この事を知るには経過のすべてがまとまった次の日になる。
 ヘリもオプスリー機も後退し、緊張がほぐれたその場で馳三尉が説明しようとしたその時、その場の人間を囲む形に九色の光が乱舞した。
「帝都の夜を脅かす不埒者ども。我らが退治してくれる!帝國華撃団!ここに参上!!」
 光の中から九体の鉄の人型機械が姿を現した。


 陸上自衛隊、東富士演習場。
 特殊偵察救難隊の高崎一等陸佐は、悲しみを振り払う様に訓練を続けていた。先月まで吹き荒れていたテロリストとの戦いの嵐で恋人を失っていたのである。彼女を失った心の傷は思いの他大きく、本庁の特偵隊本部に戻ることなくここ富士教導団内に設けられた対テロリスト専用訓練施設で過していたのである。そして深夜侵入訓練中に時空融合に遭遇した。
 時空融合の混乱から抜け出すと、同じく訓練を受けている特偵隊員達に訓練中止集合命令を出し、富士教導団司令部に連絡を取った
「司令部、こちらは特偵隊の高橋だ。状況送れ」
「こちら司令部。外部からの電力供給は絶たれた。方面司令部とも連絡が取れない。侵入者がいないかパトロールせよ。以上」
「こちら高橋。了解」
 集合してきた特偵隊員に脱落者がいない事を確認すると、簡単に状況を説明した。
「状況は以上だが、集合までに気がついた事は無いか?」
 隊員の一人が意外な様に一佐に報告した。
「気付きませんでしたか?急に白くぼんやりと光る夜空になっています。それに満月が出ています。」
「!」
 言われて始めて気が付いた様に天空を見上げたその先には、一様にぼんやりと光る夜空が広がり、その光りを遮る雲間から満月がぽっかりと顔を覗かせていた。ぼんやり光る夜空はともかく、夜間侵入訓練を決めたとき月齢が新月である事を確かめて計画を立てたので、彼らが月光に照らされる事は無いはずであった。
「・・・やれやれ、現場復帰はまだまだ先だな。よし、ただのテロ対処だと思っていたが、どうやらそうではない様だ。各自装備をチェック。訓練開始時と同じ物か確認。回りの状況に変化が無いか良く確認してくれ。他に質問は?・・・無い様だな。では行動開始」
 しかし装備には変化は無かった。周りの状況も変化が無く、半月もの間眠らされていた訳では無さそうである。
「信じられないが、あの一瞬に我々はそのままで月齢が変化するほどの何かが起きた事は確実だな。司令部に報告後、パトロールを開始する」
 再度の司令部への報告で月齢と夜空の変化を伝えた後、本庁との連絡を司令部に任せて、高橋一佐らは演習場内のパトロールを開始した。


「こちら、ハト01。箱根上空を通過中。眼下には都市が存在する。月が綺麗だ、スポットライトを浴びている様だぜ」
 ハリアーUは発艦後30分ほどで箱根上空、後に第三新東京市と知られる都市の上空を通過していた。報告の後半は、実は符牒である。予想外のレーダー照射を受けた時に流す様に決められていた。後に判明した事だが、ハリアーIIの飛行コースはもろにTDF極東基地上空を横切っていたのである。それでもハリアーIIは何事も無く東京に向けて飛び続けた。


 総理官邸を離れた第一小隊第1班は霞ヶ関の官庁街を偵察して人気がほとんど無いことを確認すると、第2班と合流するために警視庁へ向かった。その警視庁では総理付きSPの関警部と第2班班長の十津川三尉が暗闇警視と面会中であった。
 ただでさえ黒いサングラスに威圧感を感じさせる人物が、始めて表立って警視庁を指揮していた。その威圧感に負けじと、関警部達は交渉を続けた。
「そちらの状況は判った。我々も都内各所の警官達と連絡を取り合っている最中だが、自衛隊と同じく記録上存在しない部隊も現れた。君達を驚かせたあの98式イングラム、通称パトレイバーを有する警備部特車二課中隊がその代表例だ。それに都内の建築物が、入れ替わったり消滅していると言う報告が入っている。このレインボウブリッジが消滅していると言うのが、今のところ最大の消滅報告なんだが」
「では我々が掴んでいる日本全国でありとあらゆる入れ替わりが起きていると言う事は信じていただけますか」
「ええ、十津川三尉。しかしあなた方の加治総理も思い切った指示をお出しされましたな」
「はい、元々決断力あふれるお方ですし、他に情報確認の手段がありませんでしたから。それでは加治総理にご協力いただけますか?」
「警視総監にも都知事にも連絡が取れていないままで、他にとるべき手段が見つかりませんからな。少なくとも情報交換だけは続けていきましょう。こちらから確認のために警察官を出します。どなたかがいっしょについていって状況確認のお手伝いをしていただきたい」
 十津川三尉が答えようとすると、偵察第一小隊第1班の面々が細井官房長官と一緒に到着したと言う連絡が入った。十津川三尉はそのまま官房長官と関警部、第1班班長桜井三尉と話し合った結果、警視庁からの警察官とともに官房長官と桜井三尉が防衛庁に戻る事になった。


 赤坂、高橋是清邸。
 邸内に案内された岡部三尉は、その主の高橋是清氏と対面していた。もちろん二人だけで話し合う事に警備の警察官が反対したので、高橋是清の背後にはあの指揮官の警官が口をへの字にして立っていた。岡部三尉の方も一人だけではなく通信担当の隊員を同席させていた。
 岡部三尉は高橋是清に、あの異変からこれまでの状況を説明した。高橋は歴史の流れから聴きたかった様ではあったが、それは暇が出来次第と言う事で割愛させていただいた。
「ふむ、では君達は加治総理大臣の命令で帝都を偵察すると同時に、政府高官を見つけ次第総理の元に案内すると言う命令を受けたのだね」
「はいそうです。我々も高橋大蔵大臣閣下と接触するとは思いませんでしたが、それでもどうか加治総理大臣閣下の元に来ていただけないでしょうか」
「それは良いが2・26事件の事だけでも教えてくれんかね。わしが凶弾に倒れた事件だと、君も言うてたろう。5・15事件から類推するに、軍の跳ねっ返り共がわしの白髪っ首を狙ってくるのじゃろう?」
 高橋是清は昭和11年2月26日未明、陸軍青年将校のクーデター事件で凶弾に倒れた者達の一人である。同じような事件が昭和7年5月15日に、こちらは海軍将校を中心として起きている。こちらの事件を5・15事件と呼んでいる事を知っていれば2・26事件が2月26日の事件だと類推する事は簡単である。
「その前に我々の偵察結果を聴いてからにしましょう。フクロウからの情報は?」
 後半は同席していた通信担当に向けた命令である。
「はい、どうやら昭和11年から来たのはこの高橋邸が在る赤坂の一角と青山御苑だけだった様です。2・26事件の中心部隊、六本木の歩兵一、三連隊駐屯地もここを襲うはずだった近衛連隊も存在していません。今は第三小隊1班が六本木庁舎へ確認に向かっています」
 これを聞いた高橋是清は大きくうなずいた。
「後患の憂い無しじゃな。では加治総理に会いに行こう」
「そうですね。では高橋閣下、我々第一空挺団第三偵察小隊三班が閣下をご案内させていただきます」
 岡部三尉は見本として教科書にも載りそうな、見事な敬礼をして高橋是清に答えた。


 銀座、大帝国劇場。支配人室。
「まあなんだな、お客人達の話は信じる他あるまい。うちの月組連中を偵察に出させたんだが、客人達の言うように銀座界隈から上野浅草を外れたら、別世界になってたっちゅう報告が上がってんのよ」
「それでどうなされるおつもりなんですか」
 支配人室では三つの集団の代表達がそろっていた。帝国華撃團からは司令の米田中将と花屋敷基地司令藤枝少佐、花組隊長大神少尉が、市ヶ谷からやってきた空挺団からは班長の馳三尉と通信担当隊員が、そして土門官房長官と月山秘書官、ERET隊長の新命である。米田中将の説明に、轟雷号で飛んできた(と言うより地下を走って来たと言う方が正確な表現である)藤枝少佐が質問した。米田司令の言う客人とは、もちろん偵察第四小隊と土門官房長官らERET隊員達の事である。
 帝国華撃團では巡邏していた月組の隊員から、巨大な人形を積んだ見なれぬ意匠のトラックが銀座を走行中との情報が入り、脇侍を運んでいるのではないかとの推測から出動してみれば、拳銃を構えた正体不明な団体がいたのである。
 偵察第四小隊とERET隊員達の方も驚いた。訓練に無い対象が急に現れたので敵と認識するより先に、あきれてどう動くか失念したのである。もっともERET隊長だけは戦場で育った所為もあり、「味方で無い者は敵だ」との認識は出来ていた。有無を言わせずに攻撃しなかったのはまともに動けるのが自分一人だけであり、手元のショットガンでは鋼鉄の塊に効き目が無いと一瞬で認識したためである。支援のヘリもERETのオスプリー機も牽制しあって本隊から離れていたので、直ぐには介入できなかった。
 後日、ERETが防衛庁直属の特殊部隊"特殊偵察救難隊"に編入されて東富士演習場の訓練施設を使用できるようになったとき、この事を反省していた新命隊長により偵察第四小隊や帝国華撃團、果ては加治総理とは別の世界の第一空挺団の空挺レイバー中隊をも巻き込んで、一大特訓をしたのはまた別の話である。
 ともかくもそれらの阻害要因が幸いして戦闘状態になる事も無く、その場にいたものは全員ここ大帝国劇場に連れて来られたのであった。そして責任者達が一同に会して、現状認識のすり合わせと今後の行動を話し合っていたのである。
「幸い花小路伯爵も銀座で発見できたってえから、今こっちに来てもらっているところだ。まぁ政治の話になれば俺みてぇな軍人より伯爵の方が適任だろ。加治隆介と言ったか、市ヶ谷にいるって言う総理大臣との話し合いは伯爵にお頼みするつもりだ。もちろんここからも護衛の人間を出す。って事で、どうだ大神。未来の軍隊って言うのを見てみねぇか?」
「司令、それは伯爵護衛の任を務めよと言う事ですか?」
「相変わらずお堅い返事だねぇ、好奇心って言うものが無いのかね。で、どうだい。伯爵とうちの連中を案内してくれるかい」
 後半は馳三尉に向けた質問である。
「異世界融合の証拠として、あのロボットが1台いっしょに来ていただけるならば、喜んで市ヶ谷までご案内いたします」
「我々もここを出て市ヶ谷に行ってもよろしいか?」
 これは土門官房長官である。
「ああ、もちろん。黒之巣会の疑いをかけてすまなかったな。いつでも動いてかまわんよ」
 ともかくも話は落ち着いた。帝国華撃團影のスポンサーとでも言うべき花小路伯爵が到着次第、大神少尉と光武が1台いっしょに市ヶ谷に行く事になった。光武の搭乗員として大神の外に花組から1名出す事になり、誰が行くかでまた一悶着あったが、公平なるじゃんけんの結果で神宮寺さくらが行く事になった。


 高橋一佐はその施設を見下ろして観察するために、演習場に立つ一本の樹の上に登っていた。昨日までは無かった広大な施設である。発見後直ちに司令部と連絡を取り、信じてもらえないだろうと思いつつも施設の事を伝えたら、逆に市ヶ谷本庁からの情報で全国の自衛隊で"入れ替わり"の混乱が起きている事を教えられた。そして高橋一佐は東富士演習場近辺で直接"入れ替わり"を調査できるその施設との接触を命じられた。
 高橋の夜間双眼鏡には地面に倒れている一組の男女が見えていた。二人はロープでつながれている様にも見えている。そこに建物の方から一人の老人がその男女に接近してくるのに気がついた。そのまま観察を続けているうちに、老人の携帯電話の連絡により救急車が接近し、老人の指示の元に男女が保護されていくのがわかった。
「よし、あの施設と接触するぞ」
 高橋一佐の決断で特偵隊はその施設、国立科学研究所との接触を開始した。


「こちら、ハト01。川崎沖上空を通過中。眼下には海上都市が存在する」
 ハリアーUは発艦後50分ほどで川崎沖上空、Gアイランドの上空を通過していた。そこでこちらに向かう観測ヘリ OH-1 の接近に気付き、短時間の交信のあと、市ヶ谷の防衛庁に向けていった。


 市ヶ谷。防衛庁。地下、総合作戦指揮所。
 加治総理が政府首脳と偵察隊が案内してきたお客達と見守る中、都内に派遣した偵察小隊や垂直離着陸機搭載型護衛艦DDV001「あかぎ」から飛来したハリアーIIの航空偵察情報、全国各地の自衛隊が自主的に行った偵察報告が集められ分析されていた。多くの情報が国土が昨日と違うものに変化した、未経験の現象が発生した事を示唆していた。何しろ電文情報だけでなく目で見て触って確認できる物的証拠、つまりハリアーIIや土門官房長官と特殊部隊ERETが、歴史上の有名人「だるま宰相」高橋 是清が、帝国華撃團から霊子甲冑「光武」が、さらには第一空挺団に出動命令が出たとたんに習志野の第一空挺団駐屯地から空挺レイバーまでもが防衛庁に集まってきたのである。
「細井さん、今回の現象は思ったより重大なものに成りそうですね」
「ええ、加治総理。霞ヶ関を回ってきただけでしたがそれだけでも入れ替わりが頻繁に起きていることが確認できました。それにしても24時間警戒態勢を行っている部署がある筈の国土庁も警察庁も人気が絶えていました。やはり実働部隊がいなかったためでしょうか」
「その点、我々は自衛隊や警察という実働部隊を使えた事が幸いでした」
 土方長官が口をはさむ。自衛隊と警察との連携もこの頃までには警視庁とだけではなく、一部を除いて各道府県警察本部とも連携が取れ始めていた。指揮下に入った自衛隊が加治の命令に従って現地の人脈を使いきり、警察や自治体と連絡を取ったおかげである。
「それに、民間でも電力会社と通信事業者が自主的に復旧活動に入ってくれたおかげもあり、停電と通信の途絶は徐々に解消できてきたようですね。少なくとも都内が平穏な内に済んでいるのは、彼らの力が有ったからでしょう」
 都内が大停電に陥った事からも判るように、時空融合は電力線や通信回線といった社会インフラをも寸断していたのである。後日の日本再統合政策のひとつ、工業規格統一作業で判った事ではあるが、この日本に現れた世界のほとんどで工業規格に互換性があった。それが人的な混乱はあったが、電力と通信網の速やかな復旧を促した幸運でもあった。
「ところで総理、そろそろ鹿児島の方に総理の御実家を確認するよう依頼しても誰も非難はしないと思いますが」
「・・・いいえ、土方さん。離れている家族が心配なのは誰でも同じです。私より先にここの職員の家族の安否を確認するようにしてください」
(私もまだ弱い人間だ。その命令を出す誘惑に少し駆られたよ)
 家族の安否を確認したいという一瞬の誘惑を振り払い、加治は家族のことを思い出さないようにしながら報告に見入った。特に加治の気を引いたのは富士教導団から届いた次の報告だった。
《発:富士教導団司令部 0320
 宛:防衛庁総合作戦指揮所
 報告:防衛庁特殊救難偵察隊高橋一佐
 0330、施設責任者の岸田博士と接触し、科学技術研究施設である事を確認。
 かの施設では時空転移現象が発生したと予想している。考慮されたし。以上》
 柳田統幕議長が現在の状況を報告し始めた。
「加治総理。自衛隊の状況から報告いたします。連絡が取れた自衛隊各部隊施設は、環境の変化を認識し本庁の指揮下に入ることを了承いたしました。0400現在連絡が取れていない地域は、京都市内、海上自衛隊呉基地、そして福岡市の一部です。近隣の部隊に確認命令を出そうと考えます」
 各地の自衛隊も時空融合の直後から周囲に対し偵察部隊(名目はそれぞれ違っていたが)を出した事も有り、環境が一夜で変わった事を自覚していた。その上に自衛隊を指揮下に置く際、加治総理は頭ごなしな命令を出さずに、まず都内の状況を知らせ現地の部隊も回りの状況を確認するように要請した。その事が現地の指揮官たちに自主的な行動を取らせ、防衛庁からの情報が流れてくるに従い、事態を納得した上で未知の最高指揮官である加治総理大臣の指揮下に入る決断をさせたのである。もちろん疑い深い指揮官もいたことはいたが、「それが軍人として普通だろう」と言う加治総理の一言で特に咎められる事も無かった。
「沖縄県は現地に駐留していた地球帝国軍と名乗る軍事組織の偵察機が海自の鹿屋航空基地に飛来したことで連絡が取れました。都内とは異なり沖縄県全域は我々の世界とは異なりますが一つの世界でまとまっているようです。現地の司令官と沖縄県知事が総理との連絡を望んでおります。どうなされますか?」
「この会議が終わり次第対応します。それまでに全力をあげて今の沖縄県の情報を集めてください」
「はい。次に警視庁からの情報です。皇居内に大型野生動物目撃の報告があり、急遽皇室緊急警護の名目で機動隊を派遣。皇居を封鎖いたしました。我々も偵察ヘリを派遣しましたが、人工建築物が消滅したことを確認いたしました」
 この報告には高橋是清が真っ先に反応した。
「柳田君、陛下は、皇室の方々は絶望的なのかね」
「はい。ヘリのセンサーが捕らえた大型動物は象、トラ、大型犬などで、人間の姿は一度も補足出来ませんでした。この情報を受けた警視庁は二重遭難の恐れありとして機動隊による夜間捜索を断念しました。夜明けを待って捜索を開始する予定です」
 加治総理が質問した。
「大型動物が生息するような環境に夜間飛び込んで偵察できるような訓練を受けているかな。自衛隊は」
「はい、我々の自衛隊には熊以外のそういう状況は想定外でしたので、ご希望の部隊はありませんでした。しかし今まで接触した自衛隊の中には存在するかもしれません。至急あたってみます」
「加治総理。うちのERETもジャングル戦の訓練も受けている。使ってやってくれ」
 土門敬一郎が口をはさんだ。
「・・・(何でそんな訓練までしているんだ?)喜んで使わせてもらいます。柳田君、国家体制にかかわる重大事項です。実行は任せます。至急確認に取り掛かって下さい」
 土門への質問をぐっと押し殺して、加治は柳田に命令を出した。柳田も脇にいた副官に簡単に命令を下すと、引き続き最初の報告に戻った。
「次にNHKへ派遣した第二小隊が、NHK以下報道関係者と共に帰隊いたしました。他の部隊と接触した報道関係者も含めてかなりの人数になりますが、ほとんどは聞いた事も無い報道機関でした。警視庁の協力により信頼できる報道機関のピックアップは完了済みです。何時でも記者会見を開ける体勢が整えられています」
「今すぐの記者会見はやめておきましょう。今は方針も固まっていない状況です。記者たちには2,3時間後に会見を行うと連絡しておいてください」
 ということで記者たちは待たされた。
 そして、社会状況の大変動が起きているという認識の元、その場にいる政治家たちが政策方針を出し始めている最中に、止めと言わんばかりの報告が入ってきた。
「川崎沖に出現した海上都市から、今回の現象に関する説明が放送されています」
 会議室に川崎市沖海上都市、つまりGアイランドから流れるGGGの放送が流れ始めた。それは特定の誰かに向けたものではなく全地球上のすべての人々に向けて、この地球に何が起こったかを説明していると同時に、すべての国家及び軍事組織に向けて武力行使を控えて対策会議の呼びかけを行っているものであった。
 ここに至り、加治総理は決断した。
「諸君、昨日までの国家体制や社会制度が分断された事は数々の報告から事実と確認されました。いま日本国内は夜明け前のため一般国民は気が付いていませんが、明日になればパニックが起きる事は確実です。正直言って現行法制下ではこの状況に対処する法的裏づけはありません。しかも全国のほとんどは私という総理大臣を認めないかもしれません。しかし現在の状況が安全保障会議設置法第二条第二項にある重大緊急事態に相当することは明白です。よってここに総理大臣権限で自衛隊の出動命令を新ためて発令します。既定の行動方針と共に、以下の方針に従って行動してください。
一つ、連絡の取れた自治体には最悪中央政府が麻痺している事も伝え、いたずらに連絡を取る事は控えるように要請してください。替わりと言ってはなんですが、臨時政府、臨時議会を開くかもしれませんので、まとまれる地域はまとまって代表を今のうちに選出するようにと要請してください。選出方法は任せます。
一つ、連絡の取れた警察には国内治安の保持に努めるように要請してください。
一つ、政府機関には中央政府が落ち着き次第指揮下に入るよう要請してください。
以上です。何か質問は有りませんか」
「この放送を流しているGGGとの接触はどうなされますか」
 まず土門敬一郎が質問した。
「この放送を聞く限り、彼らは日本政府の秘密防衛組織らしいです。私の名前で報告書を送るように命じておきます。それで報告を送ってくれば吉。そうでなければ私が総理大臣と認めさせる方法を考えるだけです」
「自治体や警察との直接連絡も確保しておくほうが良いと思いますが」と細井官房長官。
「通常の電話は当てになりそうもないですし、余裕があれば自衛隊から通信部隊を警察や政府機関、地域代表に名乗りを挙げた自治体に派遣することを考えたほうが良いかもしれません」とは土方防衛庁長官。
「各部隊にはここと回線を1回線確保させるようにさせます。総理と連絡したい場合それを使わせます」
最後に柳田統幕議長の発言を受けて、加治総理は命令を発した。
「他に質問は有りませんね。では直ちにかかって下さい。細井さん、土門さん。30分後に記者会見を行います。官房長官として原稿作成に協力してください」
 加治総理の方針は、直ぐに命令となり全国の自衛隊に伝わった。すでに自衛隊の指揮系統はGGGの放送を受信するまでも無く、最後まで連絡のつかなかった京都市周辺と呉を除いて加治総理を中心とした一本に纏まっていた。その上で自衛隊が通信経路となることで加治総理と各地の自治体や警察、政府機関との連絡が取れるようになっていったのである。それは後の連合政府設立にいたるまで、加治隆介がその中心を外れることの無かった原因の一つになったのである。


Bパートに続く


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 <アイングラッドの感想>
 まず、岡田”雪達磨”さん、ありがとうございます。
 こんな風に自分が書かなかったところをわざわざ想像してもらえると言う事は作者としてとても嬉しい事です。
 しかもなかなか社会派な視点から世界が描かれていて素晴らしい!
 あの異常事態の中での緊迫した雰囲気が伝わってきます。
 これは続きが待ち遠しいです。
 と言うワケで皆さん感想を出しましょう。