『パンドラの箱』

東部戦線Aパート




 アメリカの存亡をかけた作戦『オペレーション・テイルズオブアメリカ』開始から数時間。東部戦線は壊滅的な打撃を受けていた。
 死者・行方不明者1000名余、重軽傷者3000名余。大破した機動兵器は数知れず。
 予備陣地の後方に急造した陣地に必死に立てこもりながら戦闘を続ける東部戦線の将兵達に各戦線の後方から無い兵力を無理やり削って回された部隊が到着したのが午後11:25。この時点で前線の指揮官はようやく核兵器の使用を正式に確認できた。

「どういうことなんですか!?我々は大したNBC防護手段も取らずに戦っていたのですよ!!」

 若干核アレルギー気味のその指揮官は、増援部隊と一緒に来た情報将校に叫んだ。

「いえね、ですからここまで後方だとそれほど被害は無いん・・・」
「放射能ですよ!?この程度距離をとったところで被爆する事に変わりは無いでしょう!」
「ですから、被爆とは言ってもそれほど激しくは無いんです」
「それほどって・・・もおいい、それで?上からはなんと?」
「是が非でもこの戦線を維持しろとの事です。各戦線から出せるだけのM−3戦車と部隊を連れてきました。これで・・・」

 前線のほうから爆音が連続して聞こえてくる。

「どうした!?」

 慌てて通信士の横へ駆けつける指揮官。

「先ほどから敵軍の数が増加しているそうです。すでに前衛戦車隊の損害率は25%を超えました」
「まずいな、一度下げさせるか?」

 指揮官が呟くと、参謀が直ぐに反対する。

「それはまずいですよ、今後退すると損失を埋め切れません」
「それじゃあ何かいい手はあるのか?」
「指揮官殿」

 不意に最年少の参謀であり、日本から撤収してきた元在日米軍の一人であるカーター大佐が挙手した。

「なんだ?」
「比較的有効と思われる作戦があります」
「ほう?言ってみろ」

 目を細めながら指揮官。

「はっ」

 言いながら机の上に地図を広げる。

「現在の戦線から400フィート後方に爆破パイプラインを設置し、部隊をこの後方半マイルに再展開させます」

 パイプラインと書いた線から少し離れた場所に丸を書く。

「ここに自走砲部隊を再展開、敵軍が爆破パイプラインで足をとめた隙に自走砲部隊で敵第二・第三列以降を目掛けて制圧射撃を行います。これにより敵の第一列への補充を妨害すると同時に後続部隊の打撃能力を可能な限り削ります」
「だがそれでは時間稼ぎ程度にしかならんぞ」
「はい、ですからこれで稼いだ時間でFAEの集中攻撃を空軍へ依頼していただきたいのです」
「なるほど。確かにそうすれば敵戦力を一挙に叩く事が可能だな」
「ああ、それにこれ以上核兵器を投下する必要もなくなる」

 参謀達が次々に同意する。

「FAE・・・気化弾か、しかし貴様は一つ見落としている。ミサイルはほとんど迎撃されるはずだ」

 指揮官が指摘する。
 その場に居合わせた全員が「しまった」という顔をする。
 しかし、カーター大佐はにやりとしながら指揮官に告げた。

「ご安心を、そちらに対する処置も考えてあります」
「ほう」
「現在沖合いにて停泊中の海上自衛隊の艦隊に敵の中心部に対して徹底的な艦砲射撃を行ってもらうのです。彼らにはチャフを満載した砲弾やEMP弾を始めとした精密機器に障害を起こす事が出来る装備があります。それを撃ちこみつつVLSを大量に撃ちこんで貰うのです」
「それだけで敵が対処できなくなるとでも思っているのか?だとしたら君は参謀失格だ」
「もちろんそれだけではありません。これと同時に空軍の対地ミサイル、巡航ミサイルやMLRS、自走砲などを一斉に撃ちこみつつ気化弾搭載のミサイルも撃ちこむのです。当然、大口径砲による気化砲弾も打ち込みます」
「それだけで倒せるのか?」

 指揮官が尋ねる。

「倒せはしませんが、気化弾がうまく着弾すれば相当数の敵を葬ることが出来ます」
「待ちたまえ、君の戦法で行くとかなりのミサイルを浪費する事になる。最悪の場合、迎撃された気化弾の影響で無駄弾になる可能性もある。第一、気化弾が予想以上の成果を見せなかったらどうする?」

 他の参謀が反論する。

「そうだ、すでに物資不足に陥り始めた我が軍がこれ以上無駄に弾薬を消費するわけにはいかん」
「大体その作戦の成功率はどの位なのかね?」

 最年長の参謀長が尋ねる。

「およそ45%・・・いえ、実際には予期せぬアクシデントのせいで更に下がるかもしれません」
「そうだろう?我が軍にそんな危険な賭けをする余裕は無い」

 きっぱりと言い切る参謀長。

「お言葉ですが参謀長閣下、現在の東部戦線においてこれ以上の成功率の作戦がありますか?あるのでしたらぜひともお聞きしたいですが」

 全員黙り込む。
 確かに、現有の戦力でカーター大佐の立案した作戦案以上の成功率の作戦など無かったからである。

「だが、君の賭けが失敗すれば、最悪の場合引いた分だけ突出した敵軍によって戦線に穴があくぞ。それくらいは気がつくだろう」
「それに万が一成功したとして、その後はどうする?我々はすでに現状維持すら困難な情況だ。まさか前進して敵を叩くとか言い出すんじゃないだろうな?」

 失笑交じりの参謀達に対して、

「ええ、敵の被害が甚大な場合はそれも考えられます。周囲の友軍と連携を取って一気に当初の戦線付近まで前進する事も確かに選択肢のうちにはあります。ですが考えてみてください。このまま敵軍の攻撃を耐えているだけですと、ただでさえ戦力的に負けている我が方に勝ち目はありません。兵器の質・火力・士気全ての点で負けている我が軍が敵に対して優位に立つ方法があるとすればこの作戦だけです。指揮官、どうかご決断を」

 前線司令部の誰もが指揮官の答えを待つ。

「・・・・・・・・・よし、彼の作戦で行こう」

 長く考え込んでいた指揮官が口を開く。

「はっ、ありがとうございます」

 カーター大佐が頭を下げる。

「よし、直ぐに作戦準備にとりかかれ!」
「イエッサー!!」

 にわかに活気付く司令部。
 オペレーターが無線機へ怒鳴り、各士官達が自分の担当部署へ走っていく。

「本部へ連絡を取れ!巡航ミサイルの手配を急げ!!」
「海自への連絡はどうなっている?」
「急ぐんだ!我々に残された時間は少ないぞ!!!」






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