『パンドラの箱』
Bパート
話し合いの結果決まった事は次の通りである。
一、WAPの機体制御に使用されているシステムの解析。
ニ、WAPの火器管制システムの研究。
三、ハイドロエンジンの調査と量産化に向けた研究。
四、アクチュエーターの研究。
五、接合部に用いられている特殊形状記憶合金の研究。
以上5項目を第1・2研究室合同で行い、一・ニの項目が完了次第試作機を建造。
第3・4・7研究室は合同でWAPに対応した武装を開発する。
以上の計画を『P計画』と呼称。
『パンドラの箱』の情報漏洩を防ぐ為外部の研究機関との提携は禁止。なお、当作戦の責任者は第1研究室主任斎藤弘之とする。
防衛省防衛技術研究所の総力を結集した一大作戦の始まりである。
翌日から計画はスタートした。
自分たちの手で新しい兵器を開発する。その使命に研究員達は燃えた。
だが、研究は最初からつまずいた。
WAPに用いられている軍事コンピューターのプロテクトはきわめて強固であり、技研(防衛技術研究所)の設備では解除に時間がかかりすぎるのだ。
「MAGIやMAYUMIを使えれば」
研究員達はそうぼやいた。
しかし、『パンドラの箱』の機密を守る為に他の研究機関との協力は不可能。
あくまでも自力でやるしかない。
もちろん、この時の教訓は後にちゃんと生かされることになるが、それは別の話である。
結局、プロテクトを解く為だけに1ヶ月もかかってしまった。
とはいえその後の経過は順調であった。
なにしろ今までにもさまざまな機体を研究してきた彼等である。
その後一月もしないうちに機体制御と火器管制システム(FCS)の解析が完了。
これらのシステムについては現状のままで良いと言う結論が出たため、すぐさまソフトの量産に着手する。
また当初から進められていた合金の調査も完了していた。
調査の結果、機体間接部に使われている金属に一定の電流を流すと、接合前の形に変わることが判明したのである。
これにより、万が一パーツが被弾した場合にも迅速な交換ができることになり、より理想的な兵器が作れる事になった。
また、この特性を利用し状況に応じて武装が変更できる新型戦闘車両の開発も開始された。
機体各部のアクチュエーターの研究であったが、これについてはすでに習志野空挺レイバー中隊の資料があった為、さほど問題も無く完了した。
残る課題は一つ、この機体にどのような技術を投入するかである。
実は、これが意外と手間取った。
WAPはもともと完成された一つの兵器であるため、下手にいじるとその特徴が奪われてしまうのである。
そのため、綿密な協議が幾度と無く繰り返された。
当初から導入が決まっていた物の一つにリアクティブアーマーがある。
リアクティブアーマー(反応装甲)とは戦車の装甲内に指向性爆薬を搭載し、着弾時の破壊力を最小限に押さえるものである。
既に警視庁特車二課第二小隊にて使用された実績があるため、これの有効性は立証されていた。
さらに、装甲をニュージャパニウム合金を使用した新型チョバムアーマー(複合装甲)に変更。
これにより従来の装甲より31%以上も軽量化されたため、機動性の強化も達成された。
また、WAPと一緒に発見された火器では機械獣の装甲を破れない可能性があるため、戦車の砲弾に使われているAPFSDF弾を連続発射できる大型機関砲や、対地下施設用誘導弾[バンカーバスター]を発射できるミサイルランチャーなど既存の兵器をWAP用に改良した兵装も開発された。
今後もさまざまな技術を投入する予定ではあるが、ひとまず試作機の建造が決定された。
強引に試作機の建造が決まった背景には、陸自の思惑があった。
もともと陸自は自衛隊三軍の中でもっとも日陰者であったが、特機の結成によってさらに日陰者とかしていたのだ。
そんなことで?と思うかもしれない。
しかし、組織において日陰者であると言う事は結構響くのである。例えば予算とかに。
使徒ならまだしも機械獣程度も(程度と言っても十分強力だが)自力で撃破できない組織に多額の予算が回されるわけが無く、結果、国防予算は海自の新型艦建造費や空自の駐屯地改修工事、特機の維持費に回されるのである。
そのたびに陸自関係者は悔しがった。おかげで0式メーサーの増産や弾薬や新型車両の開発が延びるのだから。
実は、問題は予算だけではない、新人自衛官も問題であった。
新人自衛官第1回進路調査で陸自への配属を希望したのは全体のわずか20%。
その20%もほとんどが習志野空挺レイバー中隊への配属を第1希望としていた。
それもわからないではない。
誰だって、出番が避難民誘導以外にあるかないか分からない陸自よりも、特機や空自のパイロット、または海自の打撃艦要員になりたいものである。
わかってはいるのだが、全体の20%という数値は自衛隊全体の60%近い人員を持つ陸自には無視できる数値ではなかった。
希望調査の結果が出るなり、幹部が集まり連日緊急会議が開かれた。
毎回、全員があまりにも深刻な顔をしているので、不安になった調査部がクーデターの疑いありと関係者を監視するほどであった。
会議の結果、人気がない理由として次の三つが挙げられた。
一連の事件を振りかえっても分かる通り、陸自は敵に対して完全に無力である。
海自は打撃艦により使徒に手傷を負わせたし、空自はBADGEシステムにより所属不明機や使徒の発見に貢献している、何より空自はもともと人気が高い。
特機はそもそも機体自体にも人気がある。
そして、いままで出現した敵のほぼ100%を撃破しているのだから人気が無いわけがない。
海自の打撃艦、特機のロボット、空自の戦闘機、陸自の戦車。
並べてみてどれが一番かっこいいと聞かれて戦車と答える人の少ない事、まあこれも当たり前であるが……
さまざまな世界の民間人に「どの軍が一番印象が良いですか?」というアンケートを取った結果、陸自(陸軍)に対する印象は最悪。特機の61%に対しわずか10%であった。
その理由は、やはり旧軍の悪印象や一連の事件での無力感などであった。
以上の点を踏まえて検討した結果、戦車を越える攻撃力を持ち、それでいて特機のロボットを超えるインパクトを持つ兵器が必要であるという結論に達したのである。
そして、ちょうどその時期に技研の新型製作の話が持ち上がってきたのである。
この話に陸自が協力しないわけが無かった。
施設の提供、警備人員の追加、データや材料の調達。すべて陸自が率先して行った。
その親切さに研究所関係者は気味悪がったが斎藤だけは陸自の思惑を見抜いていた為、喜んで援助を受けた。
かくして試作1号は日の目を見ることになる。
「おーい!誰かこの演算手伝ってくれぇ!!」
「こっちの計算どうなってる!」
第1研究室の中は戦場になっていた。
そこら中に書類やら資料やらが散乱し、力尽きた研究員が寝ている。
それを見ていた斎藤の電話が鳴った。
「はい第1研究室斎藤です」
「あーどうも、第5研究室の鈴木です」
電話の相手は第5研究室主任の鈴木和夫であった。
「ああ鈴木さん、どうしました?」
「例の試作機、製作が始まりましたのでお知らせしようと思いまして」
「わざわざすいません。それで、どのくらいかかりますか?」
「うーん、おおよそ1週間ですね」
「そんなに早く?ご苦労様です」
「いえいえ、それでは私はこれで」
「わかりました。ありがとうございます」
受話器を置いた斎藤の所に新人がやってくる。
「何か動きがありましたか?」
「ああ、みんな聞いてくれ!!!」
全員何事かと斎藤の方を見る。
「今、第5研究室から連絡があった!WAP試作1号の製作が開始されたらしい!1週間ほどで完成するそうだ!!」
言ったとたんに研究室の中は歓声に包まれた。
それを満足そうに見る斎藤。
「おめでとうございます主任!!」
新人がうれしそうに言う。
「ああ、だがこれから先が忙しいぞ」
「そうですね。試験はどこで行なう予定なんですか?」
「うーん、やはり富士だな」
「ですよねぇ、あ、そういえば忘れてたんですけど武装の方はどうなってるんですか?」
「一通りはそろったらしい、確かここらへんにリストが………」
そういうと斎藤は書類の山を捜し始めた。ほどなくしてリストを見つける。
「これだ」
「拝見します………ふむふむ、確かに一通りそろってますね」
「ああ、これで陸自さんも安心だな」
「ですね」
「おーし、今日は飲みに行くぞぉ!」
「やったぁ!みんなぁ!主任がおごってくれるそうだ!!」
新人が叫んだ。
「えっ?ちょっ……」
「さすが主任だ!」
「ありがとうございます」
「うんうん、やっぱ主任は良い人だ」
「だから、あの……」
「よーし、今日はたっぷり飲んで明日から気合入れてくぞ!!!」
「おーーー!!」
「………飲むぞぉ!!!」
やけくそになるしかない斎藤であった。
こんにちはアイングラッドです。
T・Mさん今回も面白い話をありがとうございます。
しかし、う〜む。今まで余り気にしていませんでしたが、ここまで陸自の方々を追い詰めていたとは・・・矢張り多方面からの視点は欠かせませんね。
最近特殊部隊創設の方にかまけてきたから、・・・まぁ敵が敵だけに仕方ないといえば仕方ないのですが。
これで正面部隊も常識外の戦力を持つ敵武装集団と渡り合える能力を得たわけで、後は普通科の装備で敵ロボットを撃破する戦術を考えなくては。結局力押しになっちゃうけどね。
皆も、これからのヴァンドルンク・パンツァーの活躍に期待しよう。