スーパーSF大戦外伝
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いずこともしれぬ深く暗い空間の中でいくつかの気配がうごめいている。
「公爵様。」
野太く、張りのある声が一番奥にいる人物に向かって声をかける。
「どうした?レオン?」
それに答えるのはどこか粘着質な気質を持った声。
「ポーンどもの改良、終了いたしました。」
「して、性能のほどは?」
「まずはこの世界に適応させるためのものですので、それほど上昇したわけではございません。それに、実地での試験を終えてみませんことには信頼性にかけます。」
「ふむ。ならば試してみるがよかろうて。沙叉殿と京極殿にはこちらから言うておく。レオン、お前も行って来い。退屈しているのであろう?」
「承知いたしました、15機ほど連れて行ってまいります。シゾー、お前も来い。」
「いいウサよ。ちょうど暇していたとこウサ。」
第三の声が聞こえ、二つの足音が遠ざかっていく。そして再び、その空間は静寂に包まれた。
「・・・退屈なのは確かじゃなぁ・・・。」
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新世紀2年8月11日。各学校機関は夏休みに突入し、大帝國劇場は連日大入りの大盛況だった。
ちなみに夏公演の演目は『最遊記』。ある融合世界でヒットを飛ばしていた漫画で、『西遊記』のオマージュである。この漫画を巴里区にあるテアトルシャノワールの踊り子、サフィールことロベリア=カルリーニがどこからともなく見つけてきたのを団員の桐島カンナとマリア=タチバナの二人がなぜか気に入り、公演することと相成ったのである。
それはさておき。
午後の部も終了し、観客たちは大帝國劇場から出てくると三々五々散っていく。
そんな中に四人組の家族連れの姿があった。
「や〜っぱ、帝國歌劇団の舞台は最高ね。ね、輝夜もそう思うでしょ?」
先頭を歩く腰まで届くロングヘアをポニーテールにまとめた小柄な少女がい一歩後ろを歩く人物に話しかける。
「・・・そうだね、白雪。すごく、勉強になった。」
それに答えているのは、おそらく双子なのだろう、少女に顔から体格までそっくりだ。最も、こちらの髪形はあご先で長さを整えたショートボブだが。
「でも、ほんとによかったの?お誕生日のプレゼントが帝國歌劇団の観劇チケットで。せっかくなんだから、もっといい物でもよかったのに。」
双子の後ろから母親がそう声を掛ける。どうやら今日は双子の誕生日らしい。
「い〜のい〜の。たまにはこうやって一家団欒っていうのもおつなもんじゃない。ねぇ?」
「・・・うん。それに、欲しいものは自分でアルバイトなりなんなりして買うから、いい。」
そんな双子の発言に、母親は深く、深ぁく、ため息をつく。
「そう言ってくれるのはすごく嬉しいんだけど・・・親としてなんだか複雑だわ・・・。せっかくのお誕生日だからいろいろ下調べとか準備とかいろいろしていたのにぃ〜。」
どうやらこのお母さん、この手のイベントが大好きらしい。大三新東京市の某お母さんときっと話が合うことだろう。
「・・・まあ、いいじゃないか咲夜さん。それより、ご飯にしないか?」
それまで最後尾で黙って見ていたお父さんの大和さんがフォローに回る。
「それ賛成〜。確か、浅草のほうに『煉瓦亭』っていう美味しいお店があるってTOKIOウォーカーに載ってたよ。そこに行こ!」
大和さんのフォローに追随する形で白雪もあわてて話を切り替える。このままにしておくと咲夜さんが何を言い出すかわかったものじゃないからだ。
そんな二人の様子に咲夜さんも気を取り直したのか「じゃ、早く行きましょ。」などとのたまってさっさと路面電車の停車駅に向かってしまった。
ちなみに、輝夜は我関せずとばかりに近くの屋台で団子なんぞを購入してぱくついていた。
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そんなこんなで浅草に移動してきた姫宮一家だが、肝心の『煉瓦亭』の場所を実は誰も知らなかった。
なかなかにお間抜けな話で、それなら適当にほかの食堂にでも入ればいいものを意地になった咲夜さんと白雪が「「なにがなんでも『煉瓦亭』でご飯を食べるの!」」と言い張ってしまい、やむなく一行は浅草周辺を彷徨って見事に迷子になってしまったのである。
そして、いい加減歩き疲れてそこらのお店に入ろうかと皆が思い始めたころ、辺りに爆音が轟いた。
「な、なに!?」
爆音が聞こえてきた方向を見ると赤々と火が燃え盛っており、半鐘の音やサイレンが聞こえてくる。
「・・・火事、かな?」
「にしては・・・なんか様子がおかしくない?」
周囲の人たちもなにやら騒いでいるが、こちらは事情が推測できるらしくそこまであわてた様子は見受けられない。
「君たちも早く非難しなさい。このあたりは危険だよ。」
ふと、かけられた声に反応して振り向くと、そこにはひげを生やした人のよさそうな警察官が立っていた。
「あの、何があったんですか?」
事情がわからない一同を代表して大和さんが警官に尋ねる。警官は大柄な大和さんにやや気おされたようだが(何せ大和さんの身長は2m近いうえ、がっしりした体格をしていて非常に強面だからだ)気を取り直すと一行に向かって説明を始めた。
「ああ、どうも雷門のあたりに怪蒸気が現れたらしい。」
「・・・塊状旗?」
漢字が違う。
それはともかく、「なにそれ?」って口調の輝夜に対して警官は親切にも説明を始めた。否、始めようとした。
しかし、
がしゃぁぁぁぁぁぁぁんっ!
唐突に建物をぶち破って件の怪蒸気が姿を現したのだ。
その姿は今まで帝都区の住民たちが見知っていた脇侍・改の細身のシルエットとは違い、重厚な装甲に覆われた西洋甲冑のように厳ついものであった。これこそがかつて巴里の街を脅かした怪人たちが手駒として使用していた蒸気獣・ポーンU、その改良型である。
いきなり現れたポーンUに驚いてしばらく硬直していた警官と姫宮一家だったが、一番早く衝撃から立ち直ったのは輝夜だった。
ポーンUの眼前に一組の男女が腰を抜かして座り込んでいるのを見て取ると輝夜は猛烈な速度でポーンUに向かって駆け出した。ポーンUがその二人を狙って手にしたランスを振り上げたのが目に入ったからだ。
「てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!!」
普段はあまり口を開かず物静かにボケた行動をとっていてちょっととろそうに見られている輝夜だが、こういう緊急時における反応はすばやい。足元から同心円状に放たれる青い光をたなびかせながらすさまじい速さで駆け寄ると、その勢いを殺さぬままランスを構えているポーンUの右腕に体当たりをぶちかます。
「輝夜!こっちは大丈夫!」
今にもランスを振り下ろそうとしていたポーンUは思いがけない方向からの強襲に反応できず、まともに衝撃を受けてバランスを崩してしまいそのまま倒れこんでしまった。その隙に輝夜とほぼ同時に動き出していた白雪がいまだ腰を抜かしたままの二人連れを強引に引きずって呆然としている警官に押し付ける。そして、起き上がろうともがいているポーンUを睨みつけている輝夜のそばに走り寄るとその手に伸縮式の特殊警棒を手渡す。
「・・・・・・どこから出したの?こんな物騒なもの。」
「ハンドバッグ。自衛武器の携帯は淑女の嗜みでしょ?」
自分も同じ武器を携えながらあきれた様に言ってくる輝夜に飄々と言い返す。
「・・・・・・どの辺に突っ込むべきなのかな?」
淑女という言葉にか、それとも嗜みという部分にかでちょっと悩む輝夜。そんなことにはお構いなくポーンUが立ち上がる。
「こいつが件の怪蒸気とかいうやつみたいね。」
「そうみたい。」
「悪さするってんならきつくお仕置きしたげないと。」
そう言い放つ白雪に輝夜も力強く頷いて、そして同時に自分たちが持つ『力』を解き放つ。
「「ペルソナぁっ!」」
双子の叫びと同時に、それぞれの足元から同心円状に青い輝きが迸り、双子の頭上にそれぞれうっすらとした異形の姿が浮かびあがる。
輝夜の頭上に浮かぶのは胸の辺りだけが白く、後はすべて真っ黒な毛並みをした直立二足歩行する猫である。この猫、生意気にも赤いマントを羽織って同色のブーツとグローブ。頭には羽根付き帽子をかぶっている。極め付けには腰に見事な装飾を施されたレイピアを佩いている。
<我輩はケット・シー。主を幸福に導き、その敵を打ち滅ぼすが我が役目。この力、お貸しいたしましょうぞ!>
白雪の頭上に浮かび上がったのは上半身が見目麗しい女性、下半身が蛇という異形の怪物。だが、その姿はあくまでも気高く、そのまなざしは慈悲深い。それでいながら、触れれば火傷しそうな、そんな不思議な魅力に満ち溢れている。
<わたくしはラミア。人にあだなすからくりよ、その行いに対する罰はその身を持って味わいなさい!>
人は誰しもが心の奥深くに『もう一人の自分』を住まわせている。いや、一人だけではない。それこそ数限りないほどの『もう一人の自分』が存在している。
それら『もう一人の自分』たちにさまざまな神話や伝承に伝わる神や悪魔の姿と力を与えたものを『ペルソナ』といい、『ペルソナ』が持つ魔法や特技といった特殊な力を使用できるのが輝夜や白雪のような『ペルソナ使い』と呼ばれる特殊能力者たちなのである。
「ラミア、眼晦ましかけて!」
<わかりました。マハラギ!>
白雪の指示に従い、構えられたラミアの両手から無数の火の玉がポーンUの顔面、おそらくセンサー等が配置されていると思われる箇所に叩き付けられる。
そうしてできた隙に乗じて輝夜は一気にポーンUの懐に飛び込みその脚部、右膝関節を手にした警棒でおもいっきり殴りつける。と、同時にケット・シーもまた輝夜と同じように飛び込み、先の一撃で些か脆くなっている右膝関節にレイピアによる一撃、【一文字斬り】をくらわせる。その一撃によってポーンUの右膝から下は千切れ飛び、使い物にならなくなってしまった。
「よし、あとは・・・。」
「・・・・・・攻撃手段を奪わなきゃ。」
いくら歩けなくなり、攻撃手段が無くなったわけではない。このまま遠距離からペルソナの魔法攻撃によって一方的に攻撃することもできるが、手にしたランスを投げられでもしたらどんな被害が出るかわからない。
双子はそのまま、些かの油断もなくポーンUに相対すると、先ほどと同じようにラミアの魔法攻撃でできた隙を輝夜、ケット・シー、白雪の連続攻撃で攻めたてて徐々に戦闘力を奪ってゆく。
そして十分後、手足をもがれ、完全に動けなくなって達磨になったポーンUはケット・シーの止めの【一文字斬り】によってその動きを完全に停止した。
「いよっ!大統領っ!」
「やるなぁお嬢ちゃんたち。どうだい、一杯やらねぇかい?」
生身で怪蒸気を(得体の知れない化け物の力を借りたとはいえ)ぶちのめして見せた輝夜と白雪の二人は周囲の拍手喝采を浴び、やんややんやの大騒ぎになってしまった。
しかし、双子は微塵たりとも気を抜かず、むしろ厳しい顔つきで最初に爆音が聞こえてきた方向を見やった。
「・・・・・・ね、白雪。」
「うん、なんかおかしい。戦闘の音が聞こえてこない。」
この場に現れたポーンUは一機だけ。この一機はおそらく本隊からはぐれてしまった機体なのだろう。だとしたら雷門にはいまだほかの機体が暴れているということになる。
「ねえ、おじさん。確か帝都区にはこういうのの相手をする組織があるんだったよね?」
先日読んだTOKIOウォーカーの記事の内容を思い出しながら白雪が手近にいたおっさんに尋ねる。
「おうともよ。その名も帝國華撃団っていってな・・・。」
長々と講釈を続けるおっさんを無視して白雪は輝夜に向き直る。
「やっぱりおかしいよ。そんなのがいるんだったらとっくに戦闘に突入していなきゃいけないはず。なのに・・・。」
「・・・・・・戦っているような気配は感じられない。多分、何らかのトラブルが起きているんだと思う、その帝國・・・なんだっけ?」
「過激だろうが無敵だろうがどうでもいいけど・・・。その人たちが来るまでこいつらに好き勝手させるわけにはいかないよね。」
もはや完全に沈黙して動かないポーンUの残骸に眼をやって呟く輝夜と白雪。双子の瞳にはあるひとつの決意が浮かんでいた。
((時間を稼ぐ))
細かいことはわからないが、どうやら帝國華撃団という組織は今現在出て来れない状況にあるらしい。ならこの場で戦う力を持った自分たちが何とかするしかない。
そう決めた輝夜と白雪は先ほどから呆然としているだけだった警察官に近づいて雷門までの道を尋ねると、すばやくその場を離れて雷門へと向かっていった。
「・・・・・・あ、そうだ。これ、お借りしていきますね。」
その際、輝夜が先ほどの戦闘中に壊してしまった警棒の変わりに警官が佩いていたサーベルをさりげなく掏りとって行ったのは抜け目ないというべきか否か・・・。
続く