Super Science Fiction Wars 外伝

Steel Eye'd ladies~鋼鉄の眼差しの乙女達

第5話 テクノロジィ・ギャップ2


新世紀2年8月3日 13:20
北海道石狩管区千歳市 新千歳国際空港

時空融合後の世界において、日本国内の航空輸送と言うものはかなり制限されていた。
ジェット燃料問題も有ったが、それ以上に国内各航空会社が使用している航空機の恒常性が著しく制限されてしまったからである。

ご存知の通り、日本国内の航空会社が使用している旅客機・貨物機は唯一の国産機であるYS-11やMRJ(三菱リージョナルジェット)を除いて殆どがアメリカ、ヨーロッパからの輸入品である。
時空融合によってヨーロッパがエマーン領域に置き換わったため、エアバスやボンバルディアを初めとしたヨーロッパの航空機メーカーからのパーツ供給は途絶え、ボーイングやマグドネルダグラス、ロッキードと言ったアメリカの旅客機メーカーも日本国内で使われていたボーイング767以前の機体……ボーイング737やマグドネルダグラスMD81などのパーツはとうの昔に生産をやめ、在庫ストックも底を付きかけている状態のものが殆どであった。
新品同然の747でも200形等のクラシックジャンボであればむしろパーツ取りにバラされてしまう程の状態である、と言えばお分かりであろうか。

エアバス系の機体は中華共同体に同様の国際間航空機開発機構が存在したためパーツの互換性があるかと思われたが、シズマドライブ動力のプロップファン機が殆どであり、もっとも疲労交換率の高いジェットエンジンのパーツはGEやP&Hと言ったアメリカ製エンジンを除いて完全にアウトであった。
そんな中、唯一西暦2000年ごろの最新鋭機ボーイング777がつい10年前まで製造されていたと言う事でボーイングからパーツを供給され運用が可能な航空会社では主力となっていた。

この状態は新世紀6年以降、北崎重工や新中島航空機(戦前・戦中の中島飛行機と戦後の富士重工航空機部門が合併した富士重工グループの企業)、新中州重工(川崎重工航空機部門と川西航空機の合併)などの高い技術を持っていた航空機メーカーの協力。
さらにチラム化するアメリカから拠点を中華共同体に移したエアバスのアメリカ法人が元となって設立されたエアバスASIA(エイシア)の協力を得てようやく形を見た大型ジェット旅客機登場まで続く事となる。
ちなみに融合前、世界のジェットエンジン市場のシェアを大きく占めていたロールスロイスのイギリス国内、ロンドン近郊に出現していた工場が再稼動を始めるのは大分後になってからであり、その頃には神崎重工と新中州重工の共同開発による水素燃料ジェットエンジンや熱核タービンエンジンが実用化され市場をほぼ独占していたため、大きく後塵を拝す事となる。
英米のメーカーがシェアの大半を占めていた時空融合前とは、全く逆の状態になったとも言えるのは皮肉な話である。
そのため、国内航空路は札幌→東京間など対抗できる交通機関が貧弱な地域(北海道新幹線は札幌から新函館まで完成した状態で出て来ていたが、皮肉にも青函トンネル近辺の取り付け線が消失していたのだ)を除いて運行便数はかなり少なくなっていた。

その日の昼下がり、定刻通りに到着した北海航空のボーイング777(通称:レインボー・ダッシュ7)から降り立った客は、2,30分程するとそれぞれ目的とする所へ向かわんとJRの地下駅、バスターミナル、あるいは迎えの者が待つ駐車場へと散って行く。

そんな中、5人ほどの人影が取り残されたように人影でごった返すメインロビーに居た。

長身に蓄えられた白いあごひげが威厳を醸し出すロシア系の壮年の男。
サングラスで顔を隠しては居るが、長く伸ばした金髪が目を引くドイツ系の若者。
引き締まった体つきとばっさりと切ったショートカットが猫科の動物を思わせる中華系の女性。
容姿はジャニーズ系のタレントでも通用しそうだが、むっつりとした表情と全体から漂う威圧感がそれをスポイルしているまだティーンエイジャーと思える日本人の若者。
長く伸ばしたアッシュブロンドの髪を軽く結い上げた、小柄な北欧系ともラテン系とも受け取れる少女。

その一団を認めた微妙にSF的な印象のグレーのスーツ型軍服を着た銀髪の女性が近寄ると、踵をそろえて敬礼をした。

「ようこそ。陸上自衛隊第二独立空挺機動大隊第1陸戦機動中隊、セルマ・シェーレ一等陸尉です」

その女性を見た一団は、一瞬きょとんとした表情でセルマを見つめた後に軽く敬礼を返す。

『あの士官……何かテッサにそっくりじゃない?』
『俺もだ。一瞬、大佐殿かと思った。声だけ聞いたら分からないぞ……』
『ま、彼女がテッサの同位体って事はないだろ? 血の繋がりは有るかも知れないけど』

トパーズ色の瞳にゆるくウェーブしたアッシュブロンドの髪を持つセルマを見て、小声で彼等は会話を交す。

「はじめまして、『アルギュロス・ジャパン』のアンドレイ・セルゲイヴィッチ・カリーニンです」

出来るだけ気さくな印象を与えるように笑顔を作り、カリーニンはセルマの手を取った。
『アルギュロス・ジャパン』を名乗った彼等こそ、この5月のお台場事件での影の主役とも言える存在「ミスリル」のメンバーである事をセルマは既に知らされていた。

「ようこそ、DoLLSへ。それでは、こちらへお越しください」

新世紀2年8月3日 14:30
北海道石狩管区千歳市 航空自衛隊千歳基地内 陸上自衛隊第二独立空挺機動大隊 第一格納庫

八月の太陽がじりじりと千歳基地を照らしている。

基地上空でアクロバットを披露するブルーインパルスのF-2が起こす爆音が遠雷のように辺りに響き、それに負けじとクラブのDJばりに声を張り上げるアナウンスと観客の歓声が覆いかぶさる。

だが、千歳基地の中でも目立つその施設は、異様な程の沈黙に支配されていた。
そんな格納庫の中を、5つの人影が歩いている。
外資系警備会社「アルギュロス・ジャパン」……<ミスリル>特別対応班の視察団であった。

「しかし、見れば見るほどM9に似てるな」

5人の中では若く見える、無愛想を絵に描いたような男……相良宗介が呟く。

「ま、中身はM9程じゃなくて、機動性はせいぜいM6の6割増し程度らしいけどな」

その脇に居た、金髪の長い髪をした男……クルツ・ウェーバーが答える。

「クルツ、そう思うかも知れないけど、こいつは120mm砲やらヘルファイアクラスのミサイル、はてはレールガンをフル装備してその機動性を出せるって話なんだけどね」

クルツの言葉に、後ろの方にいた活発そうな印象を与えるショートカットの女性……メリッサ・マオが突っ込むようにして答えた。

「120mmにレールガンねぇ……」

納得が行かなさそうなクルツにマオが畳み掛けるように言う

「あんた、M9が120mmとヘルファイアを12発、さらにマシンガンとショットキャノンを持たせてまともに戦闘できると思う?」
「重すぎて機動性が損なわれるぜ、ましてや走行中に発射しようものならバランサーが追いつかなくて転ぶのがオチだな」
「無理だな。ASに搭載できるサイズの120mmなど初速も命中率も低いし、装填機構も信頼性が低くて使い物にならん」

その言葉にクルツと宗介はしばし考え、納得が行った様な顔を見せる。

「ま、M9にはその必然性が無いから改良もしなかったとも言えるんだろうけどね……だけどこの機体は120mmと88mm速射砲を両肩に付けて全力疾走中に同時発射出来る、って話よ」

そう言って大仰に肩をすくめるマオに、宗介とクルツは唖然とした表情を隠せなかった。

きわめて似通った外見、駆動システムを持つ2つの兵器……ASとPLDだが、運用される主なフィールドの違いがその2つを明確に分けていた。
見た感じ「忍者」と言った印象のM9に対して、機体の随所に取り付けられたハードポイントと様々な補機類を収納する関係上異様に太い太腿を持ち、M9に比べて全体的に重厚な印象を与えるX-4シリーズ。
ASは戦闘ヘリすら凌駕する高い3次元機動性とECSで人形機動兵器最大の弱点である前面被弾面積の高さをカバーしていたが、PLDはその生まれた環境ゆえに同じ目的で開発されたにしても答えの出し方は違うものであった。

元々、惑星オムニは地質タイムスケジュールで行けばジュラ紀に相応する若い惑星であり、人の手が入ってない領域では地球で言えばメタセコイア近似種である30mを超える高さの巨木が生い茂り、恐竜が闊歩する原始の森が大半を占めていた。
攻撃ヘリも用を成さない森の中で戦車以上の火力を用いたゲリラ戦を行うため、3次元機動力よりも十分な火力と装甲、高い悪路走破性を求められたのである。
やかましい3人を尻目に、他の2人は言葉少なめにハンガーに固定されたPLDを見つめていた。

「確か、26世紀の植民惑星からやって来たと言う話でしたけど……」

5人の中でもっとも小柄な、アッシュブロンドの髪を纏めた少女……ミスリル太平洋戦団司令強襲揚陸潜水艦「トゥアハー・デ・ダナン」艦長テレサ・テスタロッサ大佐……今やこの世界において「ミスリル」の総代表ともいえる地位に居る女性……が呟く。

「『ウィスパード』の存在は彼女らの世界では記録にすら無かったようです」

その言葉に答えようとした、この集団の中では年長である男……アンドレイ・セルゲイヴィッチ・カリーニン中佐は途中で言葉を濁した。
意味不明に聞こえるが、この二人にはそれだけで何を指すか分かっていた。

(ウィスパードの存在が無ければ、この時代までこう言った兵器は出現しなかったのか……)

カリーニンは、その事を単に自分の世界が進歩している証とは素直に思えなかった……。

新世紀2年8月10日 14:06
東京都新宿区市ヶ谷 防衛省技術研究所第一研究室

「しっかしまぁ……種々雑多と言うか何と言うか……」

そうつぶやいてナミは、モニターに写った人型兵器の画像を見る。

レイバー、WAP、AS、AWGS、HIGH-MACS……。
現在日本連合で運用されている主要な人型兵器がその画面に映っていた。
第一次要求仕様に基づいた新型PLD、仮称PLD-Xの開発のため、ナミを初めとした数名のDoLLS隊員と整備班員の中でもPLDメーカーであるレイランドダグラスおよびリッペンバールト、ディジェムからの出向組のメンバー達はここ市ヶ谷の防衛省技術研究所に出向となっていた。

「信じられませんよね、地球上でこれだけ人型兵器が実用化されているなんて……」

その脇のコンソールで資料整理を行っていた見た感じ妙な子供っぽさを与える女性……エリィ・スノウ陸曹長が答える。
そのモニターの上には、ハセガワ製M9ガーンズバックの1/35模型がアサルトライフルをガンダムよろしく構えたポーズで乗っている。
DoLLSとしては大陸ですら平地の少ないオムニでこそ人型、2足歩行は有効な兵器足りうると思っていただけに時空融合後、様々な人型兵器が当たり前のように実用化され運用されている日本連合には軽い眩暈を覚えずにはいられなかった。
地球上でも運用可能な戦闘PLD実用化のためにDoLLSがまず始めたのが地球上で運用されている人型陸戦兵器の解析であった。

「その中でも異様なのが……このASだね、タカス中佐」

たまたまDoLLS基地を訪れている最中に時空融合に巻き込まれてやってきていたレイランドダグラス社技官ケント・ムーアが自分のコンソールの内容をナミたちに見せるようにして振り向いた。

PLD開発チーム"ダイブワークス"主任として独立戦争当時の名機X-3シリーズを開発し引き続き"トライフルワークス"主任としてX-4シリーズの殆どに関わった彼がここに居た事は奇跡と言っても良かったかも知れない。
その画面には、未だ実戦配備がされていなかったアメリカ製AS、M9ガーンズバックのCADデータを初めこの5月のお台場事件で湾岸を疾走するARX-7「アーバレスト」の画像など、ASに関する情報が表示されていた。

「確かにそうですね……外見も似ていれば駆動システムもそっくり、運用目的も不整地でのゲリラ戦用兵器と言う点でこのM9と言う機体はPLDと良く似ていると思います」

そうケントに答えながら、ナミはASと言う兵器にある種の異常さを感じずには居られなかった。

元々PLDは、宇宙空間でのデブリ回収作業用EVAユニットのゼロプレブリース(与圧作業)化とデブリ衝突対策を目的とした大型化によって生まれたものである。
それがたまたま地上でも使える事が分かり、大型化に従ってマスタースレイブ方式の操作系からコマンド入力への変更、独立動力ユニットの搭載、関節部リニアモーター駆動からPAM(人工筋肉)駆動への等の進化を経て今のPLDになったものである。
それに対してASは、1970年代に計画された「ハーディマン」を初めとした「ヒューマン・アンプ」の延長線上にある「純粋な兵器」として人型で生まれた存在である。

そして何より、それに使われている技術が問題であった。
常温核融合型原子力電池、電磁筋肉、電子式光学迷彩……。
自分たちの世界ではかなり後になって出現した技術が、殆ど20世紀末の1970年代末から1990年代末にかけて次々と実用化されていたのだ。
単にまだ開発されていなかった、もしくは必要が無かったと言うだけで、陽電子燃料電池や重力圏下で射撃可能なレールガンの実用化も可能だったかも知れない。

「私たちの世界なら、西暦2200年ごろようやく常温核融合を観測できる現象として実証できたのに……」

常温核融合の発見自体は、両方の世界とも1987年。アメリカはユタ州立大学でのフライシュマンとボンズの発表がきっかけである。
だが、その後それが再現不能な現象として片付けられたのがナミ達の世界であった。
ナミ達の世界では西暦2000年前後なら常温核融合など「疑似科学」「病的科学」の世界、つまりオカルトと大差ない世界で片付けられ、真剣に研究しようとする研究者は狂人かカルト信者のような扱いをされるのがオチであったのだ。
常温核融合の存在自体が忘れられた22世紀末、とある偶然によって明確に再現可能なレベルでの常温核融合反応が発見され、ようやくナミ達の世界でも常温核融合は本物であると言う判断が下された。
そのときにフライシュマンとボンズの発見が歴史の闇より発掘され、現代のコペルニクスとまで言われたのである。

「まぁ、驚くまでも無い。現に19世紀に解析機関を実用化してたり、1940年代に二足歩行兵器を実用化した世界だってあったんだからな」

ケントの言葉に、帝都区で見た蒸気を動力とする歯車式階差機関の事を思い出し、あぁそういえばとナミは気づいた。
大概の世界ではチャールズ・バベイジと言えば「早すぎた夢を見た見果てぬ夢の代名詞」だったのだが、帝都区の由来世界ではバベイジと言えば、エジソン以上の天才としてその名を知られる存在であったのだ。
1940年代に2足歩行兵器……鉄人28号を実用化した金田博士のグループもまた同じである。当時のまだ未熟な性能であった戦車であれば、平地でも十分な装甲強度を持った二足歩行兵器は十分脅威となりうる。
だが、他にこれだけ早期に(霊能力などが絡まない)二足歩行兵器を実用化した世界は他に無かったため、開発者である金田博士(故人)、その息子であり鉄人28号初代操縦者、現在新鉄人計画総責任者である金田正太郎、その息子正人は何らかの特殊能力者ではないのか?と言う説を唱える者もいる。
(ミスリルは金田一族が「ウィスパード」あるいはそれに類する能力保持者である確率が高いと見て調査を進めている)

「まぁ、そう言う信じられない世界に比べたら……遥かにまともな話ですよね」

そう言った世界よりは遥かにASはナミ達の世界でも説明が付く兵器であり、技術である。
時代が600年近い過去である、と言うことが判断を鈍らせていたとも言えるのだが……。

「確かにそうですね……私たちの世界は技術発展が遅れていた部類なのかも知れませんね」

エリィもつぶやく。 今までDoLLSはオムニでも最新鋭の兵器を操るもの、と言うプライドがあったのだが、そのプライドもやや揺らぎかけていた。

たとえるなら、我々の目の前に江戸時代初期に作られた、現代でもまともに使るパソコンや自動車が有ったらどう思うだろうか?
話だけを聞けば「何をふざけた事を」と一笑に付すような話題であるが、まさにドールズが感じていた気持ちはその様なものであった。

「まぁ、我々のPLDも決して他に劣る兵器ではないし、我々がアドバンテージを握っている技術はいくつも有る。それらを上手く活かしながらどうにかして行くしか無いのでは?」
「そうですねぇ……」

ケントの言葉に、ナミとエリィは声をそろえてぼやくように答えた。
パラジウムリアクターと構造的に近しいPFCが量産可能と判断されたのは、パラジウムリアクターに比べると構造が簡素でかつ、日本連合領土内で採掘される物質のみで生産可能であった事が最大の要因である。
ただし常温核融合より遥かに高度な技術の対消滅機関であるにも関わらず、エネルギー効率や連続稼動時間と言う面でASに搭載されていたパラジウムリアクターに劣っているのは事実だ。

その事もナミ達に取っては異様な事であった。
ナミ達の世界でのパラジウムリアクターはせいぜい鉄道車両(機関車)や小型船舶に搭載できるサイズがぎりぎりであり、それ以上のコンパクト化は出力などの面でまともに使える代物にならず、動力源としては鉄道車両や船舶に使われる程度でPLDの動力源に使おうと考える者はいなかった。
そもそもPFC自体、パラジウムリアクターの小型高出力化・構造簡素化の研究から偶然対消滅反応が発見され、生まれた技術である。
いささか技術的アドバンテージと言う点に置いて、ナミ達が不安になってしまう事も無いわけではなかった。
と、そこに無用心に思えるほどの勢いで二人の人物が入ってきた。

「中佐~、シミュレーション用のプログラムできましたよ」

長く伸ばした金髪に眼鏡が目立つ女性、第一小隊「シルバーフォックス」の索敵担当マーガレット・シュナイダー准尉だ。
元々技術畑出身でコンピュータに関しては専門家の彼女もまた、この計画のために東京行きとなっていたのだ。

「技術発展が遅れていたと言う事ですが、やはり600年後のコンピュータは凄かったですね……ははははは」

もう一人、何とも軽薄そうな笑い声を立てる技官。第一研究室で密かに故・斎藤弘之主席研究員の後継者と目されている「新人」こと東屋幸武技官であった。
彼は色々と特異な趣味を持っているのだが、それに関してはまた別の話で語る事となる(蛇足だが彼に限らず、技研には色々と「特異」な趣向を持った研究員・技官が多々居ると言われている。第3研究室の紐緒技官は高校時代真剣に世界征服を企んでいたとか……?)。

PLDの分析、再設計に関しては技研側ではDoLLSほど深刻に考えて居なかった。
これは単にわずか3ヶ月でWAPを十分実戦運用に持ち込めるレベルまで仕上げられたと言う経験が自信になっていたとも言えるが、今回はWAP開発に関わった技官らが少数の代わりに極秘裏ではなかったため、第3新東京大学よりMAGI3号機を貸し出されていたのを初めとして企業・他の研究機関からも十分なバックアップを得られていたのだ。
ましてや処理速度では現行のスーパーコンピュータを遥かに上回るペタフロップス単位の処理速度を持つオムニ軍のメインフレームもある。

OSと計算方式の違いはあれど、MAGIとオムニ製メインフレームをネットワーク接続し、分散メモリ型運用した場合の処理能力は計算能力に限って言えば西暦2000年代前半に日本にあった高性能スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を優に上回り、日本連合が所有するコンピュータの中でもトップクラスと言えるに違いない。
シミュレートと機体バランスの取り直しを考えても楽に仕事を進められるだろう、と言うのが技研と陸自側の思惑であった。
技研側としてはWAPの火力不足を補う存在として時速120km以上での巡航を目指した装輪戦車の開発を始めており、PLDが使用する滑腔砲の装填機構を早く解析し、量産にこぎつけたいと言う事も有ったのは事実である。

なぜなら、PLDが使用する滑腔砲の自動装填機構は現在自衛隊が持つ陸戦兵器の自動装填機構としては極めて信頼性が高く、初期型90式戦車の自動装填機構が100発射撃を行った場合のジャム率5%に対して0.005%と言う信じられないほど高度な耐久性を持っていたのだ。
自動装填機構を上手く利用できればMBTの搭乗員数を減らす事が出来、省力化に繋がる。
戸惑うドールズと余裕を持っている技研、事実上技研の単独開発であったWAPと違い自分たちも技術の恩恵に預かりたいと考える篠原重工を初めとする企業。
複雑に思惑が絡み合う中、プロジェクトは進もうとしていた。

新世紀2年8月10日 12:30
公海上 北緯20度50分 東経140度31分
ミスリル太平洋戦隊<トゥアハー・デ・ダナン>拠点 メリダ島

「ある意味、非常に安定した兵器。と言う印象でしたね」

超国家対テロ組織<ミスリル>の施設の中で、唯一この融合世界に出現を許されたメリダ島……。
現在、この世界においてミスリルの唯一の砦とも言える場所である。
その島にしつらえられた軍事施設の会議室……ここに彼らは集まっていた。

「非常に安定した兵器?」

SRT隊長、ベルファンガン・クルーゾー大尉の言葉に、テッサは言葉を続ける。

「ASに比べると荒削りな所が多いけど、兵器としての完成度は上でした」
「マスタースレイブ操作方式ではなく、レイバーなどと同じコマンド入力方式でM6以上の機動性を出せると言う点において量産兵器としてのASとPLDを比較した場合、PLDの方が優秀と言えるでしょう」

テッサに続ける形で説明したマオは、内心「あの時テッサがM6じゃなくてこれに乗っていたら、あたしはもっと簡単に負けていたね」と以前メリダ島で些細なケンカをきっかけに起こした騒動を思い出した(短編『猫と子猫のR&R』参照)。

マスタースレイブを用いたASの場合、わずか腕を数センチ動かしただけでそれが巨大な動きになる。
例えば慣れて居ない操縦兵がバイテラル角の設定がなって無いままの機体に乗り、歩くつもりで足をあげた場合、自機の胸にニーパッドを叩き込んで転倒し、駄々っ子のように手足をじたばた動かし地面をのた打ち回る事になる。

そう言う点でASの操縦者とはもともとの素質も必要であると同時に、育成に時間のかかる物である。
宗介のように戦場で鹵獲したASを修理してすぐに乗りこなせるような操縦兵の方がむしろ稀有なのだ。
特にミスリルが用いているM9は完全人工筋肉駆動など最新鋭技術をフルに導入しているため、M6に比べてもピーキーな操縦特性を持ちSRTのメンバーはともかく今後実戦配備先となるはずであったアメリカ軍でも機種転換の難しさが問題になっていたほどなのだ。
無論、慣れた兵士であれば「肉体の延長」としてまさしく香港アクション映画のごとき人知を超えた戦闘機動が可能なのであるが……。

その点PLDやWAPはコマンド入力方式が基本であり、レイバーなどの操縦に慣れたオペレーターなら短期間でその操縦手法を覚える事が可能であった。
これは熟練度の高いパイロットを短期間のうちに沢山揃えられると言う点で非常に重要なファクターである。
さらに、X-5、Xx-10に用いられて居るBEPAMは樹脂系半生体ナノマシンを構造材に用いており、ある程度の筋肉繊維体の損傷であればリキュールと呼ばれる反応剤を供給してやる事で回復が可能である。
前線での恒常性と言う点では、筋源繊維の断裂を防げずかなりの頻度でマッスルパッケージを交換せねばいけないASは不利な話であった。
兵器は個々の性能も重要であるが、「誰にでも短期間で扱える」「恒常性を高いレベルで保てる」と言う普遍性もまた重要なのだ。
太平洋戦争当時の零戦の故事を例に出すまでも無く、パイロットに高い熟練度を必要とする兵器はパイロットのレベルが下がると途端にその優位性を失ってしまう。ましてや恒常性を保てない兵器はなおさらである。
優秀なカタログデータよりも、そのカタログデータをより多くのパイロットが引きだす事が出来、かつそれを高いレベルで保てる事が量産兵器としては重要なのだ。
残念ながらBEPAMを製造する松村技研も現時点ではこの半生体ナノマシンを作る事は出来ず、ASのマッスルパッケージに近い電磁筋肉を採用すると言うことであるが……。

「……量産兵器、としては優秀……か」

休憩時間となったとき、喫煙所でカリーニンはそうつぶやくと、千歳で見たPLDを再度思い出す。
ASと似ていながら、なぜかPLDにはASに常々感じていたグロテスクさが感じられなかったのだ。

『やはり、<ブラックテクノロジーの産物>ではないからなのだろうか……?』

自分は高度技術の存在と言う物をどこかで恐れている、カリーニンはその事を認めていた。
ならば何故AS以上の高度技術が使われているPLDに畏怖を覚えないのか?
幾ら考えても、その答えは無いように思えた。

新世紀2年8月20日 11:23
東京都新宿区市ヶ谷 防衛省技術研究所中央電算室

「やはり機体バランスが微妙ですね……。大型キャノン砲の空中発射は諦めるしかないか」

コンピュータ画面上で試験モデルが何度目かの墜落をするのを見て、ため息混じりにナミは呟いた。

「肩装備型は仕方が無いでしょうね、手持ち式はHIGH-MACSを参考にすれば何とかなると思うんですが」

東屋技官がナミをフォローするかのように言葉を続ける。
様々な面で戦術が変わってくるだろうこの世界に置いてPLDを使う観点から、様々な兵器の要素を取り込む必要性があることは早晩、判った結論であった。

その目的で参考資料と成りうる物の一つがAS、そしてHIGH-MACSだった。

「新中州もホワイトホールの改良に手間取っているって言うし、これじゃあ何のための高性能シミュレータなんだか」

ナミは溜息を突くと、センターコンソールに座る第三新東京大学から派遣されてきた女性オペレータに近寄る。

「伊吹さん、テストモデル120から199は破棄。201からのテストをお願いします」
「わかりました」

MAGIにシミュレーション条件が入力され、ペタビット単位の通信速度を持つ光ファイバーでLAN接続されたメインフレームより計算された状況設定が流れ込んでいく。
わずか一月で立ち上げられたこの急作りのシミュレータシステムだが、計算能力では日本でも最高の物と言える環境であった。

その構成は、第3新東京大学が東芝へライセンスを供給する事によって完成したMAGI3号機を核に、DoLLS基地の予備品として保管されていたオムニ製メインフレームを計6台ペタビットイーサでLAN接続し、分散/並列処理すると言うものであった。
このメインフレーム、業務用冷蔵庫程の大きさでメモリ容量は数百GQ(GQ=ギガクアド。1クアド(quad)=約1万テラバイト)に達し処理能力と言う点では公的機関が有するコンピュータの中では最高峰のものである。
業務用冷蔵庫サイズで数千兆ギガバイト単位のメモリ……と言ってもピンと来ないかも知れないが、現時点で我々の世界が持つ中でも最高性能のコンピュータの一つである「地球シミュレータ」が3250平方メートル、高さ17mのスペースを用いて総メモリ容量10TB(テラバイト。1テラ=10の12乗倍。1 兆バイト/一億ギガバイト)である事を考えるとその凄さがわかるであろう。
MAGIの供給元である第3新東京大学の赤城奈緒子博士曰く「これだけの環境なら風洞実験も模型実験も要らないわね」と言わせるほど、様々な環境を瞬時に再現し、シミュレートできる能力だ。
シミュレーションのために用意されたコンピュータと言う点で行けば、融合世界でも最高レベルのものである。
日本連合が持つ「モノリスに触れたとしか思えない技術の歪さ」が良い方向に働いた一つの例であろう。

「HIGH-MACSは確かに優秀な機体ですね、あんなのが500年以上前に作られていたなんて……。ぞっとしませんな」

ケントが東屋の言葉に同意するように言う。
習志野基地に実験小隊が二個、さらに北海道にて無人の機体が一機見つかった12式歩行戦闘車……通称HIGH-MACSは白兵戦能力が皆無と言う点を除けば、巡航速度98km/h、最高速度230km/h以上。
果てはPLDに匹敵する火力とペイロード容量を持ち、戦闘ヘリ以上の高い機動性を持つモンスターであった。
だが、白兵戦能力の無さと言う点や機体強度がWAPやPLDに比べて劣る点が自衛隊側が難色を示し、技術開発参照用として解析を進め、WAPを初めとした陸戦兵器の性能向上の参考とする形になっていた。
だが、高い3次元機動能力とペイロードに目をつけたヘリ部隊の関係者からは、AH-1S「スーパーコブラ」及びAH-64DJ「ロングボウ・アパッチ」の後釜として龍騎兵大隊を中心に配備できないかと言う意見も出ている。

「3軸の姿勢制御が問題ね……。東屋さん、例のアレは分析できてるんですか?」
「あれは……ちと難しいですね。何せ未知の技術の固まりの上に、2機とも彩雲計画でパイロット共々テスト行ってますからね」

ナミの言葉に、東屋は苦笑いを見せて頭を掻く。
「あれ」と言うのはついこの間まで「パンドラの箱」に眠っていた2機の可変戦闘機……YF-19とYF-21である。
戦闘機から人型へ変形すると言う複雑な機構を持つのであれば、それなりに高度な3次元機体制御技術を持っているはず、と思いYF-21のバランサーシステムの解析データを元にバランサーシステムを組めないか、とナミは思っていたのだがデータを手に入れられるのは今しばらく先になりそうだ。

「ですが、21(にーいち)はかなり複雑みたいですよ。何でも異星技術の応用とか聞いてますし」

YF-21のバランサー……キメリコラ特殊イナーシャ=ベクトル・コントロールシステムは構造自体は単純なのだが、それがどうやって三次元の機体制御を行っているのかの仕組みが理解できないのだ。

「ったく……異常すぎよ。こんなのが2040年の最新鋭戦闘機なんて……」

そう言いながらナミはYF-21の現時点で終わっている解析データを写したモニターに向かってため息をついた。
キメリコラのみならず熱核バーストタービンやエネルギー変換装甲等、オムニ世界では想像もつかなかった名前がずらずらと並ぶその詳細は見ているだけで気が滅入るような気分になってくるものがあった。

後に彼女のみならずDoLLSはある事をきっかけに2機の実物と実力を目の当たりにするのだが、それもまたもう少し先のことである。

同時刻
小笠原諸島硫黄島沖15Km
海上自衛隊第一艦隊第二航空護衛艦群所属 航空護衛艦CV-01「ほうしょう」艦内格納庫

「えぶしっ!」

水銀灯に照らされた格納庫内に、文字にすればそう言った印象になる奇声が響く。
航空自衛隊客員パイロットにして航空技術検証班研究員ガルド・ゴア・ボーマンが、何の前触れも無く放ったクシャミがその正体である。

「っ汚ねぇ……手ぇぐらい当てろよガルド……。お前は加トちゃんか?」

唾のしぶきをモロに後頭部に喰らったもう一人の客員パイロット……イサム・ダイソンがいささかうんざりした口調で言う。
まるで自分の頭の上に金ダライが落ちてきたような様子だ。

「いや、そんな訳ではない……誰かが噂したような気がしたんだが……」

鼻をグズグズと鳴らしながら、ガルドは再び機体の整備指導に取り掛かる。

「まぁ、気を付けろよ……」

この「噂されるとクシャミをする」事に神秘学的要因が関わっているかどうかは不明である。

再び東京都新宿区市ヶ谷 防衛省技術研究所第一研究室

「まぁ、あくまでこの機体は異星技術の応用って事ですからね。タカスさん達は引け目持つ事は無いと思いますよ」

どんよりと落ち込んだ雰囲気が漂う中、思わず東屋はフォローになるかどうか分からないが取り繕うように言う。
宇宙人などと言った未知のオカルト的要因が絡まずに人類、つまりはホモ・サピエンスだけの力で作り上げた兵器としては決してPLDは遅れた兵器でもなければ、優秀な部類に入る兵器である。

「そうは思うんですが……さすがにここまで高性能な兵器が並ばれると……」

マーガレットがげんなりとした表情でぼやく。
21世紀末から23世紀半ばまでの約150年間、彼女らの世界は火星開発計画などが進められていたが、人々の生活習慣に急激な変化が起こるような技術革新は少なく、ある意味中世的停滞とも言える状態であったのだ。
他の世界では普及していたアンドロイドなども名義上の通貨統合後、発展途上国からの労働人口の急激な流入などで安価に「人間」を雇う事が出来るようになったため廃れ、サイボーグ技術の発展もその影響で遅れていた。

24世紀になってようやく、オムニにおいて全身機械化サイボーグ技術が成立したほどなのである。
その火星開発計画もすべての完了までに1000年間を要する気の長くなるようなプロジェクトであり、オムニ発見までの間人類非可住地域へ建設されたドームポリスへの人口過剰地帯住民の強制移住なども問題になっていたのだ。
余談だがこれは、「人の手が入っていない所の自然まで人の手で汚すのか」と言う意見と「危険すぎる宇宙移民に比べれば遥かに低コストかつ安全に環境の回復を図れる」と言う意見の対立であったとも言う。
結果、ドームポリス移住を推進していた欧米諸国の意見とこれ以上地球に人を住まわせる事に反対したアジア諸国の意見は、オムニ発見により宇宙移民へ大きく傾く事となった。

自分たちの世界がむしろ「停滞した世界」だったと言う事がある意味ドールズメンバーにとって衝撃的であった。
考えように寄ってはその「停滞」が複製PLDを程度の低いモンキーモデルではなく、一部ではオムニ製PLDを上回る高性能機として作れる兵器で有った事にもなったのだが……。

ヤオ辺りに言わせると「んな感傷に浸ってる暇が有ったら、そいつらの情報を自分の物にすればいいでしょーが!」と言う事になるのだが、そう言った気分になるにはそれらの技術が殆ど「自分たちから見たら過去のもの」であると言う事がジャマをしていた。

「試作初号機の建造開始まで時間が無いんだから、急がなきゃいけないのはわかってるんだけどね……」

基礎的なコンセプトは固まってはいた。
整備・補給の観点からX-4Sと同様、装備変更で多目的に運用できる汎用型を中核にし、同時にXx-10の様々な特殊任務に対応した特化型機を少数生産するという方向で基本となる汎用機の設計を早期に終わらせ、汎用モデル初号機を年内に完成させると言うスケジュールで設計作業を進めていた。

だが、ここで設計陣がぶつかった壁が「3次元機動能力」であった。
元々PLDは梢までの高さが30mを越えるオムニの密林山岳地帯で運用される事を前提に設計され、3次元機動能力はさして重視されるものではなかった、がX-4Sの開発当初、3次元機動能力を求める声は無かったわけではない。
だが、X-4S専用降下ユニット(仮称エルフィンフリューゲル)の開発の遅れで有耶無耶にされ、結局3次元機動能力を持ったPLDは誕生しなかったのである。
解決法としてはBEPAMの反射速度向上と関節構造をM9のそれを参考にした形式への変更。
HIGH-MACSのそれを基にしたアフターバーナー付き推力変更型ターボジェット「ホワイトホール」の搭載。さらに高い機動性を与えるため、一定時間BEPAMの反射速度と伸縮率を限界まで引き上げる加速装置の搭載などが上げられた。

新型コンセプトシミュレータを用いれば、大概の試験はコンピュータ上で済ませられる。だがそれだけに画龍点睛ともいえる実機試験は重要なのだ。

新世紀2年8月25日 10:35
東京都新宿区市ヶ谷 防衛庁技術研究所 第一研究所会議室

「現時点での計画推進状況は、当初予定の60%って所ですね」

最近発売された薄型タブレットPC、通称「レボード」を片手にした東屋が説明を始めた。
8月初旬から設計を初めて二十日少々。

10月中には試作機の製作に入らねばならない情況でこれはある意味辛い状態であった。
このミーティングも、朝から脱力感の漂うものに成ってしまっていた。

「PLDとしての本体そのもの設計は終わっているんですが……まだ間に合わない部品が多くて」

ナミがいささか参った、と言うような表情で答える。
PLDのボディその物は作れても、新機軸である3次元機動を行う上で必要な部品が全くと言って良いほど揃ってないのだ。

試作初号機・2号機はとりあえず水素燃料式ホワイトホールを諦め、HIGH-MACS用ホワイトホールをそのまま搭載して試験運用を行う予定で居るが、もともとの製造メーカーであった石川島播磨重工にこれを生産していた世界の要素が無かったため複製が間に合わず、習志野に有ったHIGH-MACS実験小隊が持っていた予備パーツを回してもらう手立てが昨日付いたばかりだった。
YF-21のキメリコラ式バランサーも複製を前提にした解析作業の只中に実機が彩雲計画で搬出されてしまったため、データ不足でとてもではないが搭載できる代物は作れない。

「あまり欲張らない方が良いかも知れませんよ。3次元機動テストは二号機以降で行う事にしてしまったほうが良いのでは?」

東屋がいささか呆れたような口調でナミ達を諌める。

「プランの変更を考えたほうが現実的ですかね……」

既に埼玉県狭山市にある技研製作所にはWAP製作用に開発された大型オートクレーブ(真空・高圧成型釜)が備え付けられいつでも試作機の製造を行える体制が整っていた。
WAPの主構造材・装甲材料がニュージャパニウム合金(『超合金Z』・『超合金ニューZ』は光子力研究所及び要塞科学研究所の登録商標のため両研究所以外では商品名に使えない)からネオカーボンに変わった時点で、製造方法は大きく変わる事になった。

超合金NZを使用していた試作機は、航空機や鉄道車両に用いられていた大型押出成型で構造を作っていたのだが、ネオカーボンになった時点で、レーシングカー等に用いられている金型にカーボン薄幕を張り合わせてエポキシ樹脂で固着させ、そのまま高熱真空で焼き上げる方式を取る事と成った。
このため市ヶ谷の本部が持っている製造設備では増加試作機を生産できず、狭山市に出現していたもう一つの技研本部を製作所として整備するために運び込まれた物がこのオートクレーブであった。
生産効率は落ちるが、素材の関係上仕方が無いことである。

「姿勢制御系をX4系列そのまま、ホワイトホールをダミーとして割り切って設計すれば12月には初号機の生産は可能だと思います」

ケントが資料片手に意見を述べた。赤い日本に対する牽制の意味も有って、年内に複製PLDを生産する必要があるのだ。

「でも、所定の性能で行けば正直言って張りぼても良い所では?」

別の技研研究員の方から声が上がった。日本連合内部で解析可能かつ複製可能な技術であったとしても製作そのものに不安を持つ技術者は居ないわけではなかった。
3次元機動能力の開発。これが新型PLDを開発する点でどうしても必要な要素である事は確かだ。
逆にこれの問題さえ解決出来れば、PLDの設計自体はかなり早く終わらせられるとも言えるのだが。

「現に機動性と言う観点で行けばX4S型どころかクリーン状態では汎用型でもXC-10型以上の機動性を持つと算出されています。未知の技術が多く取り入れられたこの機体は今のままで一度試作するべきだと思うのですが?」

ケントがその質問に答える。
新型PLDの機動性は計算上ではPLDとしては最高峰であり、M9を初めとした第3世代ASと比較しても遅れを取らないスペックを持っている、と言う自信があった。

「ですが、完成までに残された期間は短いですよ。出来れば初号機の段階で構想部分は完成させて置きたい」

完成までの時間の無さ、これがPLD開発計画に置ける最大のガンであった。取り込むべき要素が多いのに、ソレを実証して取り込んでいくための期間は短い。
いかに破綻の無い兵器として完成させるかを考えると、試作とテストにかけている時間は短かった。
ところが、それを決定付ける一言は意外な所から舞い込んできたのだった。
会議室の空気を突然鳴ったコール音が遮り、あたりは気が抜けたような空気が流れた。

「はい、こちら第一会議室の東屋です……はい。はい?え? あ、ハイ。事故?」

東屋が受話器を置くと、沈痛な表情で言った。

「……初号機用のホワイトホールを積んだトラックが、首都高速で事故ったそうです」

習志野からHIGH-MACS用ホワイトホールを積んで市ヶ谷に向かっていたトラックが首都高速で事故に巻き込まれて転倒、積荷のホワイトホールも一機は無事だったもののもう片方が梱包ごと壊れ、動くかどうか判らないと言う事だった。

「な……」

残暑厳しいはずの会議室が、一瞬にして氷点下に落ちたかに思えた。
この時、蓮田技官の携帯にセットしてあったバッハの「小フーガニ短調」が突然鳴り響き、さらにその気分をどん底に叩き落した。俗に言う「鼻から牛乳」状態であろうか。

「つまりは……」

しばらくした後、ナミが唖然とした表情でようやく口を開いた。

「ホワイトホールは、とりあえずダミーで完成を急ぎましょう。機体設計作業を優先させます」

東屋がそう決定案を提示した。

「仕方が無いですね……」

こうして試作機の設計は、大詰めを迎えた。
後一月足らずで設計を完成させなければならない。
焦り、闘志、期待、不安。
そういったもろもろの感情が交差する中、PLD開発計画はひとつの山を迎えようとしていた。

同日夕方 千葉県船橋市 陸上自衛隊習志野駐屯地

さて、PLD計画の中枢が予想外の事故で予定の変更を迫られる中で、事故に遭遇した当人たちはどうしていたのかというと、決して事後処理に忙殺されているというわけではなかった。

「で、送り届けもせずにそのまま引き返してきたってか?」

この日、朝にHIGH-MACS用ホワイトホールを載せて送り出したはずのトラックが側面に大きな傷を作ってノロノロ運転で帰ってきたのを見た駐屯地側の担当者は報告を受けると前出の様に言った。

「仕方が無いでしょう。いくら軍用のエンジンとはいえでかい衝撃が加わった代物引き渡すなどできませんよ」
「そうそう、私は事故を起こした前のトラックの運ちゃんを射殺したいの抑えて帰って来るのに精一杯でしたよ」

事故に巻き込まれた当人たちも口々に言う。
二人とも事故による怪我の為、頭や腕に包帯を巻いたり頬に応急絆を貼り付けている。

彼らによると事故の詳細は以下のようなものだった。

首都高速を走行中に前方で運送用トラックがエンジントラブルを起こしたのか、ハザードランプを点灯させて急に減速。
後続の一台がこれを避ける形で車線変更を行なったところに、後ろから来た一台が急な車線変更に驚いたのかブレーキとアクセルを間違えて全速力で追突。
二台はそのまま積荷を撒き散らして首都高速をふさぐ形になり、さらに彼等二名の乗っていたトラックが積荷に乗り上げ横転したのである。

要するに不運なもらい事故に遭ったというわけで、彼らは警察の事情聴取もそこそこに道路へと叩きつけられたホワイトホールを回収し、応急修理したトラックを運転して駐屯地に引き返してきたのだ。

「……まぁいい、技研には俺の方から事情を説明しておく。お前たちは官舎に戻って休め」
「えー、それじゃあこっちからのホワイトホール輸送はどうするんです?」
「貴重な予備がああなっちまった以上、さらに部品取り用の物を回すわけにもいかん。断るしかないだろう。それに……」
「それに?」
「そういったことを解決する為に、技研の連中は優れた頭脳を持っているんだろう。違うか?」

上官――担当者――の言葉に安堵した二人は敬礼するとその場を後にする。
あとで彼等二人が聞いたところによると担当者が技研に事情を説明した際、受話器の向こう側で女性の悲鳴と人がぶっ倒れる音が聞こえたとか……。

「あー、また荷物載せてあそこに行くかと思ってたから清々した」
「まったくだ」

一方、官舎に戻る途中の二人は、技研へ行かずに済んだことに対して嬉しそうに話していた。
それはあたかも技研への不信感いや批判を込めているかのように。

「あいつ等がでしゃばって統制違反なんぞやらずセキュリティに気を遣ってりゃああならなかったんだろうに」
「まぁ、頭でっかちでエリート意識しかない奴等だ。研究室の中にいたら外の世界もわからんよ」

彼等が口にするのは4月に起こった技研の襲撃事件と、その後に判明した統制違反についてである。
技研そのものが機密の塊という場所だったことから、詳しい事情は伝わってないものの彼等も自衛官であることから、ある程度のことは把握していた。

襲撃事件で少なくない数の自衛官が死傷し、その一方で彼等は自らの裁量を逸脱した行動をとっていた。
この両者に直接のつながりはなくとも、実戦部隊として現場に立つ彼等の技研に対する印象は最悪と言えた。

先ほどの発言にも有ったように、自分たちが何を研究しているのか考えればおのずと自身が普段から狙われる対象になると分かるはずである。
常から技研そのものの警戒レベルを高めておけばあれだけの犠牲は出さずに済んだというのが彼等の見解だった。

幸い、彼等の所属する習志野駐屯地の第一空挺師団や他の部隊は技研襲撃の囮となったテロの鎮圧に向かったので直接的な死傷者は少なかったが、他部隊に数多くの死傷者が出たという事実は大きなショックを彼等に与えたのだ。

もっとも、彼等とて真に憎むべきは襲撃者であり、技研を恨むのはお門違いというのは分かっている。
だが、当の技研は数人の関係者が収監・免職・現棒で済まされ、他の者は相変わらず国費で研究を続けているという事実に納得できないものがあったのだ。

「どっちにしても、ホワイトホールの予備は本当に無いからな。欲しかったら自分で作れって言うしかないな」
「WAPなんて代物を開発できるんだから、あいつらなら複製ぐらいやりそうだしな」

そんなことを話していると、二人は官舎とは違う場所にたどり着いた。
話しているうちに道を間違えて別のところに来たらしい。

「ありゃ、整備場に来ちまったか……どうする。見ていくか?」
「だな」

どうせあとは自分たちにとって用事もなく休養するだけと思った二人は整備場に入っていく。
機体整備ハンガーには、レイバーを始めとする二足歩行兵器類が並び、その傍らには装甲車が順番を待つように並んでいる。

やはり、もっとも数が多いのは99式空挺レイバー「ヘルダイバー」だ。
他機種と比較しても生産性の面で優れていることや、製造・開発元である篠原重工八王子工場のラインが開発ノウハウを持つ従業員ともども出現していたため、現在でも安定供給がなされている。
いずれは、後継機に替わられるだろうが、当分はこれが空挺部隊の主力であり続けるだろう。

その近くには数機の2式歩行戦闘車「HIGH-MACS」が並んでいる。
融合時には実験小隊二個とその予備パーツが出現していたが、現在では研究資料として補完状態にある。
ホワイトホールの開発元だったという石川島播磨重工がHIGH-MACSの開発された同一世界の出身ではなかった為にこれらが、フルコピーされて量産される可能性は低い。
しかし、攻撃ヘリの代替機として研究されていることや、今回技研がホワイトホールを欲しがっていたことからその性能は決して低いものではない。

後年わかったことだが、技研がWAPやPLDの開発以前はレイバーやASの持つ格闘戦能力をHIGH-MACSに付与する事を想定し、融合させた新型機を研究していたそうである。

「あっちの隅っこに並んでいるのはなんだ?」
「以前、どこぞで見つかったという装甲車と聞いたが……」

二人の見る方に在ったのは、防水シートをかけられた数台の車両。
いずれも6個の車輪を装備し、上部から砲身らしきものが突き出しているが、異様なのはその車輪配備だった。

6個の車輪はまるで昆虫の様に車体から突き出した「足」の先端に取り付けられている。
その内真ん中の2個は車輪が車体の外側へ向いており、前進することを想定してないかのような配置がなされていた。

「あの車両に興味でもあるのか?」

いきなり背後から聞こえた一言に二人は振り向く。
そこに立っていたのは、いかにも古参兵という空気を漂わせる人物――整備班長――だった。

「ええ、まぁ……変わった形でしたので」
「まるで虫みたいだなと思いました」

二人は車両を見た第一印象をそのまま話す。
それを聞いた整備班長は、どこか面白そうに頷いてみせた。

「そいつは俺達があれを見たときの感想と同じだな。あれは、他の世界で自衛隊に配備されていた車両らしくてな。正式名称は“零伍式6輪高機動戦闘車(TYPE-05 HI-MOBILITY 6X6 COMBAT VHEHICLE)”。通称ガンローラーと呼ばれている」
「ガンローラーねぇ……」
「つまり装輪戦車ってことですか……」
「平たく言えばそういうことだ」

整備班長の説明を聞きながら二人が見ていた「ガンローラー」と呼ばれる車両。
これが、その機動力の高さと運動性から彼等が先ほど話題となっていた技研での研究対象となっていると知ればどんな顔をしただろうか。

技研が現在進めている主な開発兵器は、DoLLSとの共同で行なっている新型PLDの他に新型車両の開発計画が二つあった。

一つは「Jストライカー」と仮称される装輪装甲車に関する計画である。

これについては、4月の技研襲撃で計画に関する情報は一部が失われた後に再スタートしていた。
だが、融合後の新技術を用いて開発するというコンセプトがあった為、主機であるハイブリッドエンジンや駆動系のインホイールモーターについて技術的課題が多く、難航していたのである。
しかし、DoLLSの出現により新たな技術を得られたことで、その計画は再び動き出していた。

早ければ、今年の年末あるいは翌年にも試作一号車が完成するのではないかと噂されている。

もう一つが「多脚戦車」の開発計画だった。

こちらは、ある意味主力戦車の開発中断により生じた副産物的なものだった。
元々、技研の目標は90式を始めとする既存の車両に代わる新技術を投入したMBTの開発であり多脚戦車はその一つ程度にしか見られてなかったのである。

事態が大きく動いたのは、昨年の冬のことだ。
三菱重工を始めとする民間軍需メーカーにより開発されていたMBTが11月末に試作車両が完成、先行量産型が自衛隊へ引き渡された後試験運用を経て今年の3月に「02式戦車」として採用すると発表されたのである。

これは、技研にとって衝撃的な出来事だった。
技研は新型MBT開発にあたって、準備不足だったことから開発の発注こそ民間に許したが、一方で仕様を発表し防衛省(当時は防衛庁)での内示においても試作車両の開発は翌2年春以降であることを発表していた。

周知が進んでいた一方で、三菱を始めとする民間メーカーの開発しているMBTが「熟成された既存技術の集大成」的な代物と聞いて、自分たちの車両が短期間で取って代わるとすら思っていたのである。

だが、02式戦車は「一両でも多くのMBTを前線へ」という実戦部隊側の要求に応えるべく作られただけあり、生産性に優れコストも低く抑えられながらも優秀な性能のMBTだった。
続々とロールアウトし、配備が進む02式戦車を尻目に技研の開発チームがあせったのは当然だった。

その矢先に技研の襲撃事件と統制違反が発覚し、以後技研は改修・性能向上研究とそれに伴う民間企業との共同研究を除きMBTの開発から実質外れることとなる。

しかし、MBTを開発する上での研究データは先の襲撃事件でもごく一部が失われたのみで、多くは無事だったことからこれらのデータを用いて他の車両を新規開発することは認められていた。

このため、技研は一連の問題が収束した直後より研究を開始。
新規開発するべき車両を「MBTやWAPの戦闘時においてその補助を行なう戦闘車両」と定めた。

新開発される戦闘車両は、新型MBT開発研究当時のコンセプトと同様「ハイテク重視による省力化・省人化」を第一として、MBTやWAPの補助という点から新たなコンセプトを盛り込まれた。
それは「移動手段に『足』を用いる」というものだった。

一部では何もそこまでやらなくてもという声もあったが、これに対して発案者(確か飯野という苗字である)は以下のように反論している。

「足を用いることでMBTでは進入が難しい湿地帯や高地でもある程度の走破性が得られる。大丈夫だ、問題ない」

他にも、どこまで行っても補助車両の扱いならメインとなるMBTやWAPほど大量生産するわけでもないから、整備の点でも問題になることは少ないとも付け加えて発案者の人物は反論を終えた。

結局「多脚戦車」の案は会議の場で開発が決定したが、問題は参考となる車両探しだった。
流石に参考となるものはそうそう簡単には見つからなかったのである。

唯一、4脚式走行システムを持っていたHAL-X10を参考にして計画案が練られたが、高速移動時はホバー移動をメインとしているこの機体も決して相性がいい物とは言えなかった。

と言うのも、ホバー移動では速度が速すぎて逆に戦車との連携に問題があったのだ。
ちょうどこの時期、東欧戦争にてソ連軍が投入していたホバークラフト戦車「パルイーフ」も高い戦闘能力を誇った一方、狭い戦場では些細な操縦ミスで崖に突っ込み袋叩きと言う事態に陥ってる事が伝えられていた事を考えると、ホバー移動主体の戦術は問題があることが予測できた。

しかし、X-10以外のクラブマン・ハイレッグやぴっけるくんの様な一般作業用レイバー類は強度・防御力の面で不安が残り、パンドラの箱にあったモノは未だ解析中でその中に該当するものは見つかってなかったのである。

そんな中、習志野駐屯地に変わった戦闘車両があると知った開発チームはその車両を調査することとした。
それが当の「ガンローラー」だったのである。

テストの結果は予想通りであり、6輪が完全に独立した構造ゆえにきわめて高い機動性・運動性を発揮したことで技研の関係者に「これこそ多脚戦車の参考になる」と言わしめたのである。
既にこの時期、習志野駐屯地から一台が技研に運び込まれて構造解析の真っ最中であるとのことで、近く解析データを元にした多脚戦車の設計が始まると噂されている。

そして、この時開発された多脚戦車が後に公安9課等で運用されることとなる半自律型戦闘車両「思考戦車シリーズ」につながっていくのだが、それは少し未来の話である。

新世紀2年8月30日 9:30
北海道紋別市 紋別港埠頭

「これで全てだな」 「ええ、最初の輸送が無事済んだことで先方も安心していました」

輸送船から降ろされる最後の戦闘車両を見ながら、二人の男が話している。
彼等は未だにある程度の勢力を維持している「赤い日本」の残存部隊に所属する将兵であった。

そして、彼等の近くに停泊している大型輸送船。
外見は単なる貿易船であるが、そのマストに掲げられた国旗を見れば日本連合の関係者は思わず度肝を抜かれただろう。

掲げられているのは星条旗。
そう、それは「赤い日本」を裏から支援する為にアメリカが送り込んだ封鎖突破船による輸送船団だった。

「封鎖突破船と言うが、結局は高速輸送船じゃないか。大層な言い方だな」
「いっそのこと我々も柳船(やなぎせん……第二次大戦中に日本が用いた封鎖突破船の秘匿名称)とでも呼んでやりますか?」

士官の一言に部下の下士官は船団の方を見て言う。
一方の士官は、それに対して面白くも無いという表情を浮かべながらもうなづいてみせると、視線を輸送船から少し離れた場所へと向けた。

(しかし、連中もただで物資をよこしてくるとはいえ船を失うのは怖いか)

その視線の先に停泊しているのは、アメリカ海軍の駆逐艦。
輸送船団の護衛として一隻だけ送り込まれた艦艇である。

だが、その駆逐艦の姿は異様だった。

船体、艦橋のどちらにも殆ど凹凸が無く、直線と平面からなる外見。
何より、甲板が海面スレスレのところに来ているのを見ると、浸水しているではないかと錯覚させられる。

異形の駆逐艦は、その名を「ルー・ゲーリック」という。

かつての偉大なる野球選手の名を冠したこの艦。
彼等は知るよしも無かったが、4月に起きた技研襲撃事件の際に日本近海で極秘裏に活動していたのがこの艦である。
その隠密行動性能を買われ、今回は「赤い日本」への支援物資を運ぶ船団の護衛任務に就いていたのだ。

「……足りないとは、思わんか?」
「は?」

いきなり士官の発した言葉に下士官は意味がわからないと首をかしげる。

「連中が、今回持ち込んだ物資がな」
「今回は一度目です。やはりこちらに対する警戒心もあるでしょうし」
「だが、当初より少ない物資しか寄越さないというのは明らかな契約違反だろう……ならば、埋め合わせが必要だ」

そこまで言った士官は、そのまま駆逐艦の方へと歩いていく。
下士官は思わず呼び止めようとしたが、相手が相手だったため結局は止めなかった。
彼はむしろ、士官が立ち去ってくれて強烈なプレッシャーから解放されたことに安堵すらしていたのだから。

その為、士官が無線機で何か指示を出すところを見落としていた。
ある意味当然かもしれないが。

「ルー・ゲーリック」艦内

現在のアメリカにおいて、合衆国海軍の肩身は非常に狭いものとなっている。
時空融合によって南米に出現した敵性体との戦いにおいて主役を務めるのは、もっぱら陸軍と空軍であり海軍の任務は空母から艦載機を送り出して陸上の戦いを援護するか対地ミサイルによる攻撃を行なうぐらいしか無いからだ。

当然、予算も削られる一方であり海軍の将官は日々自分たちの立場が弱くなっていくのと認識していた。
そこに来て、このところ連続して発生している原潜の行方不明事故とハワイに出現し、日本連合が送りつけてきたWWⅡ時代から来たという太平洋艦隊の水兵が起こした不祥事……。

海軍上層部の悩みの種は尽きず、現在では信用の回復もかねてこのようにイレギュラーな任務も行なっているのである。

また、WWⅡ前後の時代から来た太平洋艦隊はこの頃、人員・機材がまとめてカナダへ売り飛ばされていた。
要するに、事実上の戦力外通告を突きつけられると同時に厄介払いされたのだ。

自分たちの意見を無視された上、一方的に放逐されることとなった太平洋艦隊の将兵がどれほど怒り狂ったかはもはや説明の必要も無いだろう。

そのような中で、この「ルー・ゲーリック」が現在も合衆国海軍に籍を置くことができたのは、艦と人員が2018年からの出現だった為2050年代のアメリカにも馴染み易かった事。
更にステルス装甲やレールガンなどの優れた装備を有し、融合前の出身世界でも日本との戦争で活躍していたからであった。

さて、船団護衛という本来の用途とは異なる任務にあったルー・ゲーリックの艦内は少しばかりあわただしくなっていた。

「何?見学者だと?」
「いきなりのことでして私も驚きました。とりあえず上陸させず待たせていますが、いかがします……?」

ルー・ゲーリックの艦長、ジミー・カーク大佐はその報告を聞いたとき思わずハトが豆鉄砲を食らったような表情を浮かべた。
ステルス駆逐艦にとってある意味不本意な任務がようやく終わり、あと少しで抜錨し出航するというタイミングでこの話が来たのだから無理も無い。

(何のつもりだ。ただの好奇心からではあるまい……いや、むしろ罠と考えて警戒するべきではないか……?)

相手の意図が読めず、思案するカーク。

「乗艦希望者は何名だ?」
「士官が一名のみです」

しかし、人数は士官が一名のみというのを聞いた彼はその報告に頬を緩める。

「一人なら問題あるまい。だが、事前のボディチェックは入念にやれ」
「了解しました」

一方、許可が出たことを聞いた当の士官は早速乗艦しようとしたところを二人の水兵に止められる。

「武器類はお預かりします」
「本艦の規則でございますので」
「ふむ、ならいたし方あるまい。これでいいかな?」

水兵の言葉に、士官は流暢な英語でそう言ったかと思うと腰の拳銃とコンバットナイフを二人に渡す。
すると、彼等の一人が士官の体を触り、胸ポケットの感触に表情を変える。

「胸ポケットの中も確認させていただきます」
「ああ、かまわんよ」

だが、水兵達は出てきたものに肩透かしを食らう。
そこにあったのは軍隊手帳とボールペン、そして煙草とライターだったからだ。

「私物だよ。返してもらえるかね?」
「え、は、はい……」

出てきたものが武器の類ではなかったことで、気の抜けた水兵たちはそれらを士官に返却すると、彼をそのまま艦内に通した。
甲板に上がった士官が、そのときチラリと艦の後方を見たのを水兵たちは遂に気づかなかった。

「実は、艦長と話がしたいのだが」
「少々お待ちください、問い合わせます……」

士官が途中で案内の水兵にそう言うと、若い水兵は艦内電話で何処にか連絡をとり始める。
しばらくして許可が出たらしく、士官はそのまま艦長室に通された。

「ようこそ、当艦へ。お名前は何と仰いましたかな……?」
「山田太郎と申します。この度はお会いできて光栄です。ジミー・カーク艦長」
「ほう、こちらの名前をご存知とは」

意外な顔をする艦長に士官は「事前に上から話は聞いている」という返答をしてみせる。
艦長に促されてソファーに座った士官は、相手の様子を伺う。

(艦長の背後に一人、あれは護衛だな。そして通路の扉越しにもう一人の護衛……ザルだな。いや、こっちが丸腰だから無警戒なのか)
「ところでオフィサー・ヤマダ、今回は見学との事でしたが急にこちらへこられるとはどのようなご用件がおありですかな?」
「ええ、実は今後の物資提供に関しての話をと思いましてね……」

だが、視線を泳がせたのも一瞬。
艦長の言葉に彼は、さも重要な用件があったかのように話を切り出す。

「ほう、今後の事とは?」
「その前に、水を一杯いただけませんか」
「用意させましょう。君、こちらの方に水を」

すぐに、護衛の水兵が水の入ったコップと水差しを用意する。
出されたコップに口をつけ、水を口に含んだ士官はすぐ眉をひそめて口を開く。

「おい、何だこれは?こんな糞不味い物を出してタダで済むと思っているか!?」
「!?」

先ほどまでとは打って変わって乱暴な口調に艦長も水兵も思わず硬直する。
その直後だった。

いきなり水兵の顔面に水差しが叩きつけられ、席を立った士官がテーブルを超えて水兵に飛びかかる。

その手に握られているのはボールペン。

仰向けに水兵を押し倒した士官は、ボールペンを水兵のコメカミに突き立てる。
一瞬のことに、水兵は何が起こったのかわからないという表情のまま、絶命した。

「い、一体何が……!?」
「こういうことですよ艦長」

あまりの出来事に助けを呼ぶのも忘れて呆然としている艦長に、士官は水兵のホルスターから拳銃を抜き取りコッキングすると銃口を艦長に向けた。
そして、そのまま一発。

軽い銃声とともに、額を撃ち抜かれた艦長も多量の血を撒き散らしてその場に崩れ落ちる。

その時、艦長室のドアが開く。
銃声を聞いて、何事かと拳銃を手にした護衛の水兵が飛び込んできたのだ。

それも予想していた士官は、その水兵が事態を把握するより先に胸と頭を撃ち抜く。

死亡を確認する必要は無かった。
誰の目に見ても死んだのは明らかだったからだ。

すぐさま艦長のIDカード、水兵の拳銃と弾を回収した士官は無線で一言命令を発する。

「開始しろ」

この間にも、他の乗員がこちらに向かってくる様子もない。
彼は艦長室を出ると、そのままブリッジを目指す。

途中、自分と同じ軍服を着た兵士達――彼の部下――と合流し、ブリッジの扉に辿り着いた士官は艦長のIDカードをスリットに差し込み扉を開く。

「艦長……な、何だお前等は!?」
「残念だが、艦長は死んだよ」

いきなりの侵入者に驚く副長の足に向けて一発発砲する士官。
左足を撃ち抜かれた副長が倒れこむのを見て、ブリッジは半ばパニック状態になる。

「無駄な抵抗はやめろ!この艦は我々が接収する。だが、こちらの要求を聞くならば全員解放してやる」

士官の両脇を固めるように二人の部下がブリッジの要員に銃口を向け、士官自らは副長に銃を突きつける。
背後にはもう一人護衛が立ち、ブリッジの外に銃を向けている。

一応扉はロックされていたが、強引に開かれた際の保険でもある。

「一体、何を……?」
「何、簡単だよ。少しばかり足りないものを補填してもらうのさ。まずは、船団に出航を命じていただきたい」

意外な一言。
ブリッジ要員はうろたえるが、副長が頷くのを見て全員が準備を始める。

「ああ、悪いが無線は故障中ということで頼む」

士官が部下の一人に目で合図すると、部下は通信手を押しのけ無線機に数回発砲する。
銃声の後には、腰を抜かした通信手と残骸と化した本国との暗号通信を可能にする高性能無線機が残された。

「本国に救難信号を送ったり、南日本(日本連合のこと)の連中に投降されても困るのでね。安心しろ、こっちの用件をすべて飲めば解放してやる」
「わ、わかった……発光信号を送れ」

副長の命令により、発光信号で「ワレ出航ス。続ケ」との命令が各輸送船に送られる。 これまでに無かった連絡方法を怪しむものもいたが、相手は戦闘艦艇ということもあり、それ以上詮索するものもいなかった。

それから、1時間もしないうちに船団は紋別を離れた。
日本連合によるSOSUS網の穴を抜け、海上保安庁と海自の警戒網を抜ける。

その間にも士官は部下に命令を出す。
しかも、日本語とロシア語を織り交ぜ内容を副長以下水兵に判らぬようにする念の入れようだ。

一方、部下の一人はブリッジ要員から装備類の使用方法を聞きだしていく。

反抗しようとしたり、逆に取り押さえようとするものはいなかった。
それをやろうとして既に数名が返り討ちに会っていたからだ。

なにより、艦長が死亡し副長が人質になっている状況では抵抗のしようがなかった。

やがて船団が千島・樺太の沿岸からも離れた海域まで達すると、士官は口を開く。

「さて、ここで要求を出させてもらう。諸君等には直ちに艦を降りていただく」
「やはり乗っ取りか……しかし、我々が下艦すれば君たちに艦を操縦することはできんぞ……」
「ご心配は無用だ。我々には我々のやり方があるのでね」

士官が副長と話している間に、一隻の輸送船が接舷しようと接近してくる。
発光信号で部下が呼び寄せたのだろう。

予定通りだと心の中でつぶやいた士官は、ブリッジ要員の方を見ると甲板に上がるよう命じた。

接舷と同時に、甲板に上がった乗員が次々と輸送船へ移乗する。
輸送船の船員は、その異常な状況に戸惑ったが艦の主砲であるレールガンの砲口が自分たちに向けられているのを見て、水兵の受け入れを急いだ。

最後に副長が部下と軍医に付き添われて移乗し、輸送船が離れるのを見とどけた士官はブリッジに戻った。

「さて、約束どおり『解放』はしてやった。ここからは我々のやり方を披露するか……火器の操作方法は聞き出しているな?」
「はっ!」
「では早速だが、連中の輸送船……全て撃沈しろ」
「っ!よ、よろしいのですか……?」

士官の一言に、彼の部下は思わず聞き返す。
相手が米帝の船舶とはいえ、いきなり無防備な相手を撃沈しろとはあまりにも酷い話だ。

「早くしろ。ボヤボヤしていたら連中が射程距離から離脱する。それに、南日本の連中に察知されると拙い」
「わ、わかりました……」

まだ、迷いの色があるものの士官の前で部下がブリッジ要員から聞き出した通り主砲を操作し、照準を合わせる。
次の瞬間、レールガンの砲口から砲弾が放たれた。

最初の一発目は最も離れた先行する輸送船に命中する。
機関部を直撃したのだろう、輸送船は遠目に見ても判るほどの炎と煙を上げながら急速に傾斜していく。
生存者がいないのは明らかだった。

残る2隻はというと、やはり先行する船が爆沈した意味が理解できないのか進路を変えようともしない。

そこに二射目が放たれた。
今度も船尾から直撃したかと思った直後、爆発によって上部構造物が炎に包まれる。
最後の一隻がようやく進路を変えて逃走に移らんとする。

「ふん、ようやく状況が理解できたか。もっとも手遅れだがな」

側面を晒している輸送船に向けて放たれたのは、ミサイルだった。
舷側を狙って海面スレスレを飛ぶ二発の対艦ミサイル。

輸送船は回避運動に入ろうとするが、所詮は民間船舶である。
一発は船体の側面中央に命中し、もう一発はブリッジ部と思われる上部構造物へと直撃する。
前の二隻よりも大きな火柱と黒煙が立ち上らせた輸送船は、10分も経たぬうちに傾斜し転覆するとそのまま沈没した。

「連中の始末は終わったな……さて、最後の後始末だ。この艦の爆破準備急げ、自沈させた上で我々は脱出する」

この言葉には士官の部下全員が驚く。
せっかく手に入れた強力な艦をみすみす手放すというのか。

「考えてみろ、自動操縦を解除したところでたかだか10名足らずの我々が紋別までこの艦を操って帰還できると思うか?」
「しかし、あまりにももったいない……」
「判っている。だからそれなりのモノは頂いていくさ」

そこまで言った士官は、時間が無いことを告げて作業に入るよう命じた。
今の輸送船撃沈で確実に南日本の連中も気づいたはずだ。

部下が持ち込んだ起爆装置と爆薬を弾薬庫や機関室に仕掛け、脱出用のボートを海面に降ろす。
最後に乗り込んだ士官の手には彼が艦内より持ち出したものを詰めた鞄があった。

彼等が艦を離れた5分後、「ルー・ゲーリック」は時限式起爆装置と爆薬によりまず弾薬庫、続いて機関部から巨大な火柱を立ち上らせ、船体を三つに引き裂かれて沈没した。
艦を乗っ取った彼等も沈没するその姿を前に敬礼し、最後を見送った。

「一体、何を持ち出されたのです?」 「簡単だ。連中の暗号解読書とレールガンのマニュアルさ。他にも色々持ち出したが、これは利用できそうだと思えたのでな」

士官が持ち出したものは、いずれも重要機密あるいはそれに近いレベルのものだった。
艦艇一隻の中にあったものなどたかが知れているが、暗号解読書は今後米国の動きを知る上で役立つだろう。
レールガンのマニュアルも内容を理解できるものに渡せば何かの役に立つかもしれない。

「さて、空が晴れ上がる前に海岸を目指すぞ」

彼等を乗せたボートは、元来た航路を引き返し始める。
今のうちなら南日本の航空機も自分たちに気付くことはないだろう。

「しかし、大丈夫でしょうか?南日本は領海内に警戒網を設置しているという話があります。場合によっては我々も奴等の網に……」
「貴様は気が付かなかったのか?なぜ、米国の連中がここまで辿り着けたのかということに」
「え、それはまさか……」
「そのまさかだ。こちらとて何もせずに迎え入れたりするものか」

士官の言うように「赤い日本」側も日本連合の設置したSOSUS網を忘れていたわけではない。
にも関わらずアメリカの輸送船団は警戒網を突破し、紋別に到達した。

それは、「赤い日本」によるSOSUS網の無力化によるものだった。
樺太の本土を失った「赤い日本」にとって外界との唯一の窓口である紋別を無力化されることは、彼等にすれば避けたいことだったのは容易に想像できる。

しかし、日本連合側が海中に設置したSOSUS網の警戒センサー類に手を出すのは難しく、センサーそのものについても極めて強固な構造であり何らかの工作を仕掛けるのはリスクが大きいと判断された。
そこで彼等はあるものに目を付けた。

それはセンサーと共に海底へ設置された送信ケーブルである。
センサーそのものに手をつけられずとも、海中ケーブルやそれらを接続するコネクターといった仕掛けが無い物に対する工作は、センサー類へのそれと比べて容易い。
しかも、一度設置すれば場所が場所であるから発覚しても取り除くには時間もかかるというわけだ。

SOSUS網の設置後、彼等は設置されたセンサーの一つを発見し、その周囲を紋別港に所属する漁船で航行し探知されるかを検証した。
結果はセンサーに引っかからず、問題はないことが判明すると彼等は準備しておいた工作を実行したのである。

地元の漁師や潜水夫に金を握らせ、偽装された通信ケーブルを発見するとケーブルに通信妨害装置をとりつけたのである。
具体的には通常時は異常なし時の信号データを記憶装置にコピーし、妨害工作の際にはこのコピーしたデータを用いてセンサーからの送信データを異常なしに置き換えるタイプの物だ。

これにより、センサーの周辺海域をなんらかの物体が通過し、異常を認識してもそのデータが届かない事になる。
電源についてはケーブルから取り込める構造とし、故障しない限りはセンサーの供給電源を横取りする形で稼働し続けることが可能。
しかし、常時稼働させたのでは発覚する可能性もそれだけ高まる為、遠隔操作により必要に応じて作動させる様に工夫が施されていた。

今回の輸送船団によるSOSUS網突破の背景にはこの様な出来事があったのだ。

この事実に日本連合サイドが気づくのは、紋別奪還作戦が行われた後であった。
さらにこれらの欺瞞工作に対しての対策が立てられ始めたのは「首都新浜・福岡世界」の高度電脳化技術が障害者向け等に普及しはじめて高度な知覚を持つ電脳化オペレータが前線部隊に入り、一部の世界で実用化されていた量子暗号技術の複製が可能になってからである。

「さて、もう暫く進めば合流地点だ。このボートもすぐ沈める準備をしておけ」
「合流とはどういうことです?」
「話している暇は無い、見えてきたぞ」

士官の目を向けている方向から一隻の船舶が接近してくる。
それは、あらかじめ理由を告げず金だけ握らせて出航させておいた漁船だった。

この一ヶ月後、合衆国は駆逐艦ルー・ゲーリックと輸送船三隻のロストを「救難信号を発する間もなく海難事故に巻き込まれた」と判断し、船籍からそれそれの名前を削除した。

一方、日本連合はSOSUS網の発した信号から該当海域を海上と空から調査したが、駆けつけたときにはすでに油が浮いているだけであった。
そして、当日現場海域を航行している船舶の情報が無かったことから「何らかの海難事故があったのは事実だが、それが何処のどのような船舶であったかは不明」と結論付けたのである。

ToBeContinued.

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