作者:HIさん

マリネラ興亡史


第二章 ロンドンのかけら(後編)



 ロンドン郊外にあるカフェ『モナ・リザ』はその日もいつも通りの繁盛を示していた。しかしそのいつもは賑やかな店内は沈黙 の中、時たまひそひそ声が聞こえる程度でいつもは昔話などを話し合ってる年寄り達も今日はテレビのブラウン管をじっと見 続けていた。

『・・・このようにロンドンの行く末を決める会議はまもなく始まろうとしています。この会議に参加するため各地域、時代、階級か ら代表者や各国のオブサーバー達が続々と開催地となったここロンドン大学に集まっており増す。またこの会議に対し一九世紀の一 部労働者は集会を開き生活環境の二十世紀並みの向上を要求、警官隊と一時もみ合う場面もあり会議場は緊張した雰囲気を・・・・・ ・』

 ティーカップに紅茶を注ぎつつ、テレビのキャスターの声に耳を傾けていたベネットはふと気が付くとシャーリーがこっちを 見ているのに気が付いた。そのいつもの無表情な目の中にベネットはそれでも隠しきれない不安を見て取ることができた。
 ベネットはため息をつくように肩を落とすとポットをコンロに戻し、シャーリーのほうを向くとできるだけおっとりとした声 で尋ねた。

「どうしたのシャーリー?」

 それでもベネットの声にシャーリーは体を震わせ、何も言わずにただ下を向いたままだった。
 そんなシャーリーの様子を見たベネットは、彼女の胸の前で不安そうに合わせていた手を取るとそれを自分の手に重ねた。驚い たシャーリーがベネットを見ると、ベネットは彼女に優しく言った。

「安心して。どんなことがあってもあなたを追い出すなんて真似はしないわ」
「はい・・・」

 その言葉にシャーリーの表情は彼女が俯いたままであるので窺い知ることはできなかったが、その短い返事の中にとても嬉し そうな響きがあるのをベネットは感じることができた。
 しばらく二人の間を暖かな空気を取り巻く。しかしその空気をぶち壊すようなだみ声が響き渡った。

「安心しな。俺達もこの店がどこに行ってもいつも通り常連になってやるよ」

 いつのまにか客の全員がにやにや(にこにこにならないのは年のせいだろうか・・・)しながら彼女達を見ていた。
 その客の態度に対しベネットは腰に手を当てすぐに反撃に出る。

「ありがと。でも、もうちょっと若い人に言われたらもっと嬉しかったんだけどね」

 しかし敵もさるものすぐに反撃に出た。

「あに言ってんだ。俺達がもう少し若かったらおまえさんショコタンと言われちまうぞ」

 両者引き分け。その場を講和を示す笑い声が響き渡った。
 その様子を少しあきれながらも嬉しく感じたシャーリーは厨房の仕事に戻ろうと見を翻した。その視界にテレビが目に入った とき、そこに何か見たことがあるものを見たような気がし、動きを止め画面に意識を集中させる。アナウンサーの喋る声が聞こえ る。

『・・・マリネラ大使館より来られたパタリロ・ド・マリネール8世国王は現在10歳。この会議の出席者の中では最年少であり、また唯 一の国家の最高権力者でもあります。この後者の面から見ても今回の会議におけるマリネラの関心の高さが見られます。なおマリ ネラはかねてより存続案に賛意を・・・』

 シャーリーはそこに写ってるまるで潰れた大福のような顔の特に中心部分をじっと見た。まさかとは思いつつもその人物の名 を思わずシャーリーは呟やいていた。

「パニッシュくん・・・?」

著作/森薫 出版社/エンターブレイン・BEAM COMIX「シャーリー」よりシャーリー嬢ですぞ紳士。この絵はEINGRADが描いた物です。本物はもっと良いっ! です。

 彼女の声はいまだ笑ってるベネット達の耳に入ることはなく、ただただシャーリーはテレビの少年の顔をじっと見ているので あった。



「ぶわっくしょん!!」

 何とも品のないくしゃみがロンドン大学の講堂に響き、移転案を述べていた者の声を妨げた。何事かと周りが振り向く。彼らの 視線の先にはタマネギ頭に周りを囲まれている潰れ大福の少年がいた。ある意味エマーン人より特徴的な集団である。
 少年−パタリロはその視線に気を止めることもなくにっこりと微笑むと軽い会釈をした。その表情に押し切られるように周り のものも視線を戻し、論者も発言を続けた。しかし周囲の注目はパタリロに移ってしまい、彼の発言の効果は彼が期待した程には ならなかった。
 しかし彼らがそのような態度を取るのも仕方ないかもしれない。なにせパタリロがいたのはオブザーバー席がある2階、そこか らロンドン市民の代表者達がいる一階まで響くようなくしゃみである。視線がそちらに移るの当然と言えよう。
 無論、彼らがそれだけが理由でパタリロを見ていたわけではない。
 この会議、一応建前は決定を下すのはロンドン市民の代表者となっているが、実際はロンドン評議会とこの後もロンドンに協力 することを表明しているエマーン、カナダ、マリネラが参考として示すロンドンの将来案がそのまま会議の総意として決議案とな る手筈になっていた。
と言ってもここにいる代表者が案山子であるというわけでは決してない。
 彼らは現状に於いて自分達がこれらの国の援助なしにはどうにもやっていけないことは熟知しており、それゆえ彼らの怒りを 買わぬために評議会から伝えられたこの屈辱的な方針を甘んじて受け入れた。
 しかし、いやだからこそ彼らはこの三国の動向に最大限ともいうべき注目をし、その動向を慎重に探っていたのである。(もし彼 らが納得できない結果を連中がもたらした場合、彼らはロンドンを見捨てるという選択を持って評議会と三国の評判を地に落と すことまで考えていた)
 このような状況で起こったパタリロのくしゃみはある者は会議の軽視とも取り、またある者は彼個人に対する肝の太さを認識 する事になったりで決して小さくない波紋を会議場に撒いたのであった。
 結果として発生した議場の奇妙な緊張感は休憩時間まで続いたが、その空気にさらされた続けた出席者や代表団、そしてその 緊張感の渦の中心にいたパタリロ達はそれでも疲れたようなそぶりを廊下にたむろしている報道陣には見せずに割り当てられた 休憩室へと入っていった。
 入ったとたんタマネギ頭−タマネギがパタリロにキツイ口調で言った。

「殿下!いったい何て事をするんですか!!」
「そういうな。こればっかりは止めようがない」
「国王たるものそんなことでどうするんですか!これでは殿下が不真面目だと思われます」
「逆に余裕の表れという風には取られられないかな?」
「それは・・・・・・相手が殿下をどう思ってるかによりますが・・・・・・」

例のごとくの漫才をパタリロとタマネギがしていると、パタリロ達がくる前から休憩室にいたタマネギ達の中から一人の影タマ が彼らに近づくとパタリロに掃除は済んでますと言った。

「何個見つかった?」

 それまでの会話を中断して問い掛けるパタリロ。そのすばやい切り替えにはくしゃみの件を脇に押しやろうとする意思も無き にしも非ずと言うところであろうか。

「盗聴器が5個ほどありました、隠しカメラはない模様です。周波数と形式の確認をしましたが全て我々の文化水準のものでした」

 答える影タマ。それに対しパタリロと共に議場にいたタマネギが小声で異論をはさんだ。

「それではエマ―ンの盗聴器は見つかってないんじゃないのか?」

 その言葉にむっとしたかのように影タマが少しキツイ声で反論した。

「検査にはマリネラに来たエマ―ン人から購入した機器も使用しています」

 それに対し安物か紛い物でも掴まされたんじゃないのかと声もあがったが、その声に影タマは中小氏族から購入したものです と答えた(つまりもし国家相手にそのようなものをつかませたらすぐに潰れてしまうような相手から購入したと言うことである)。

「ひとつ疑問がある」

 不意にもらしたパタリロのつぶやきにタマネギ全員が彼に注目した。

「エマ―ンがなぜそういった行動を起さなかったかということだ」
「倫理観の問題では?」

 タマネギの中からそのような声があがったがすぐに否定された。これまでのロンドンへの援助金の分担や一般の商取引の経験 からエマーンが商取引に関しては徹底したマキャベリズムを貫くことは良く認識されていた。
 悩める一同に新しい混乱の種が持ち込まれえたのはそのときだった。廊下に通じるドアからノックの音がすると共に一見して フリージャーナリスト、その実は情報収集が任務の影タマが入って来た。彼の姿を見て部屋にいた影タマが目を潜める。

「何をしている。カバーが剥がれるぞ!」
「解っている。だが緊急事態なんだ」

 変装していた影タマがそう言うと、パタリロの方を向き緊張した声で報告を始めた。

「殿下、少し困ったことになりました」

 無言で先を続けるよう促すパタリロへ彼は言った。

「わが国提案の存続案、この会議が始まるまでエマーン、トーブ家の耳に入っていませんでした」

 その報告に思わず立ち上がるタマネギ達。パタリロも思わず驚きの声を漏らしてしまっていた。

「一体・・・?」



『どうしてこんな事になったの!?』

 声ならぬ声がエマーン人達の脳に響き渡る。その『声』の強烈さは凄まじく、その『声』を発した者がどれだけの怒りに包まれ てるかがトーブ家の者達へ即座に伝達されていった。
 といっても休憩室には実際の声は響いておらず、また休憩室にいる他の氏族にもその声は聞こえることはなかった。
 その理由は彼らの体を見ればおのずと解る。彼らエマーン人(学名・ホモ・サピエンス・エマーニシス)達は円卓の中央で他の人類 (ホモ・サピエンス・サピエンス)を比較する上でイの一番にあげられる特徴である精神感応能力を持つ触手を絡ませていたのであ った。
 これが彼らエマーン人が商売の達人となった最大の生物学的理由である。彼らのこの能力は絶対の機密性と互いの(明かしても 良いと自己が判断するレベルの)情報を他のどんな方法よりも明確に認識することができ、これらを利用した情報伝達機器が開発 された後は瞬く間にその勢力を世界中に広げたのであった。無論これには弊害も多々あり、特にこの情報の深いレベルの共有と言 う行為はその情報を明かす相手を極端に選ぶようになり、やがて貴族階級さらには氏族制が成立する遠因ともなった。
 その関係は今この時も続いており彼らエマーン代表団はその実、氏族ごとばらばらに触手を絡ませていたのであった。

『原因は?なぜこんな事になったの?』

 先程の『声』がやや落ち着きを取り戻したのか原因を尋ねる。その『声』の主はその口調のみならず脳裏に響くクリアさから 触手を2本持つ女性の物だと言うことが連想できた(ここん所にエマーン女性が商才に優れると言う一因があった)。
 彼女の怒りはもっともであった。何せこの移転案を知ったのはつい先程、本会議の裏で行われていた明日のための予備会談だっ たのである。急に派遣されこの代表団のトップになった彼女がそのままのメンバーに怒りを向けるのは当然と言えた。
 しばらくトーブ家の面々は彼女の矢面に立つのを恐れて誰も報告しようとしなかったが、精神感応を通じ彼女の怒りを認識す ると一人の男がやっとのことで報告を始めた。

『マニーシャ様』
『何かしら』

 即座に返された脳に氷を差し込まれる様なマニーシャの思念にめげそうになりながらも彼は報告を始めた。

『ロンドンにはトーブ家の諜報網は殆どいません。別種族と言うこともありまして直接的な情報収集はその土地と交易する者し かできないため、我々のフットワーカーはその殆どが北米に派遣されているのです』

 彼はまずエマーン(そしてトーブ家)の基本的な諜報活動から(思念を)送り始めた。無論ここしばらく新婚生活で一線から離れ ていたとはいえ、この程度の基本状況は彼女も良く知ってるのだが報告を始めてる以上、いらぬ半畳を入れるのもアレだと思った のでそのまま聞くことにした。

『これは他の諜報活動にも同じ様な事が言えます。それに何より我々はそれ以上に注意を払わなければならない相手もいること ですし・・・』

 そこで彼は口を濁らせたがマニーシャは何も言わなかった。確かにいかに氏族内での話し合いとはいえ、対外的には統一国家( 確かに統一当初はそうであったが長い年月の間にそこら辺はかなりいい加減になっていた)であるように振舞ってる以上、このよ うな国際会議の場でそのような認識をあからさまにすることはあまり心理的にはよろしくないだろう。

『また情報売買なのですが、これにはトーブ家だからこその問題があります』

 この思念にマニーシャは意識を向けた。実は彼女はこの事に一番の関心を払っていたのだった。

『現在、大体予算の4割が国内、3割が北米、残りが他の諸地域という事になっているのですが、その残りの三割の殆どがある地域の 動向に集中していまして・・・』
『一体、何処だって言うの?』
『我々の東にある東欧、そして直立する熊が治める国ソビエトと呼ばれる地です』

 彼の送った思念はまるで越後の縮緬問屋の隠居が持つ印籠のような効果を彼らにもたらした、そしてそれはトーブ家出身の者 ほど重い効果をもたらした。
 それに対しマニーシャは庶家出身だったので個人の感覚としてはそれほどでもなかったが、家系的にはトーブ家に属している のでその感覚は彼女にも十分承知できることであった。


 なぜ彼らがこれほどまでの反応を示すのか?それはエマーンの歴史に大いに係りがある。
 もともと今度の時空融合、知的生命体の出現した(西暦以外の年代を使用しているところもあったが)大多数の地域は西暦に換 算して大体20世紀から21世紀の地域が出現しているのが理解できる。結果としてテクノロジーも大体時代に沿ったカーブを描い ていった。
 無論、まるで突然変異のように特殊な技術が開発された(特に諸外国が言う所の『モノリスを触ったとしか思えない』新技術を 開発した複数の研究所が出現した日本連合のような)世界も存在するがそれも社会全体を変革する物ではなく、そのような結果を もたらしたのは中華連合のシズマ=フォーグラーユニットのみであった。
 しかしエマーン人は他の人類と出現時代が同一であるにもかかわらず、そのテクノロジーは控えめに見ても平均出現時代より 2、3世紀を隔てていたのである。
 それは彼らエマーンの歴史がかつて滅亡と隣り合わせの物だったことが挙げられる。
 彼らホモ・サピエンス・エマーニシスがこの地球上に出現したとき、それと同時に彼らを捕食する関係であった知的生物(ひょっ としたら彼らこそホモ・サピエンス・サピエンスなのかも知れない)も出現し、彼らと同じ進化の過程を辿って行たのである。
 相対的に弱者の立場であるエマーン人はそれゆえに様々な生き残りの手を打ってきた。女性の一定年齢に達した後の生殖能力 の喪失に換わる身体構造の強化といった生物学的進化、そして彼らが捕食体に打ち勝つための文明の進化。
 これらの努力により彼らはある時代ついに今のエマーン人が住む土地、他の人類が言うところのヨーロッパに定住することが できるようになったのである(それまでの各地を放浪した歴史が今のエマーン人の旅をしながら交易を行うという風になったの である)。
 しかしそうはいっても彼らの安全がこの時確立されたわけでなく、その東方にはまだ捕食体が彼らの文明を掠め取りながらそ の勢力を誇示しており、何度も彼らの地に押し寄せて来る彼らをエマーン人が押し返すという事を(帝政による権力と技術の結集 によって可能とした最後の戦いの時まで)繰り返す事となった。
 その時、最も彼ら捕食体に近い位置にあったコロニーがトーブ家のコロニーだったのである。トーブ家の氏都は我々の地理感覚 に当てはまる所のポーランド(より正確にはオストプロイセン)にあり、そのため伝統的に東方の脅威には敏感に反応するように なっているのであった。
 そのため新開拓地の競り落としにおいてトーブ家は北米のみならず東欧をも手に入れようと画策したのだがこれは当然のごと く否決され、そのため次善の策としてトーブ家系の中小氏族にその地を競り落とさせると言う手を選択した。
 この策は一応うまくいったがその時の運動費、さらには東欧諸国の交易に関する補助費(殆ど利益が出せなかったため競り落と し時の取り決めで中小氏族にそれなりの額のお金を融資しなければならなかった)、さらには難民武装集団と化したドイツ国防軍 への援助(恒常化することを恐れて取引は東欧諸国を通じてドイツ人に気付かれないように行われた)等、これらの経費増は今回の ロンドンの一連の手抜かりといった様々な弊害をトーブ家にもたらしたのであった。


『まぁ・・・一理あるかもね・・・』

 上記の事を情報担当の説明と共に思い浮かべながら、奇しくもマニーシャはタマネギと同じ台詞をもらした。と言ってもその言 葉に含まれる感情にはかなりの差がある。タマネギの言葉はあくまでどうにかしようという意思があったが、マニーシャの言葉に はどうしようもない事に対する諦観が垣間見ることができたのである。そしてそれは他の者達にも(いやむしろ彼らのほうに色濃 く)の見て取れた。
 無論、代表団の臨時代表の職を押し付けられた時からある程度の予測はしていたのだがここまで深刻だとは彼女も予測してい なかったのである。
 逆に言うとここまで深刻だったからこそ、この状況をギリギリの段階で掴んだ上層部の一部が彼女を送り込んだのだった。しか し又、彼らもすべてを掴んだわけではなく、ただ今回の会議に関する情報不足をおぼろげながら認識し、それを人材で何とかしよ うとしたのであった。
 このような状況なのだから、到着前に罷免された団長が何もできなかったのはある意味当然だったのである(それでもその事に 関して一切報告しなかったことは罷免されるには十分ではあったが・・・)。

『ラース家はこのことを知ってたのか・・・?』

 なんともいえない空気が流れる中、不意に氏族出身の男性が情報担当に問い掛けた。その思念にどこか伺うような感じが見て取 れたことにマニーシャは不信を覚えた。

『それは・・・』

 戸惑う情報担当にマニーシャは助け舟を出した。無論、腹の底では『こいつ何言ってるんだ・・・』という想いが渦巻いている。
 そして彼は彼女の期待にそぐわぬ台詞を吐いた。

『確証はないけど、ロンドンに援助物資を贈っていた氏族に多額の金が流れてるいたのは確認されてるわ。案の全体は昨夜、急に 明らかになったみたいだけど、その断片は前々から流れていたようだから知ってたでしょうね・・・』
 ちなみにこの事はマニーシャがこの会議に参加するようにとの命令を受けたすぐ後に彼女自身が(自腹で)調査した物である。

『ならば彼らに責任があるにではないか?我々と契約を結んでいる以上、情報を報告する義務があるのではないか?』
『確かに、彼らにはそれなりのペナルティを課す必要がありますな』

 それに次々と賛同する声にマニーシャはこれまで抑えていた物をついに噴出させた。

「いい加減にしなさい!!」

 この時彼女は思わず声に出してしまっていたがそれもあまり関係なかったかもしれない。何しろその時彼女はテーブルを拳を 思いっきり叩き込んでもいたのである、その音は別の会議をしていた他の氏族が思わず彼女に注目してしまったほどであった。
 マニーシャも注目を浴びていることを認識すると即座に呼吸を正すと冷静に、しかし侮蔑の念は隠そうともしない感じの思念 を送り始めた。

『さっきから聞いていれば好き勝手言ってるように聞こえているけれど、資金が不足気味なのは始めから解っていたのでしょう? ならば一番優先するのは何かを見極めるのがあなた達の仕事でしょう。それを何ですか、一番重要な情報の収集をおざなりにし後 ろ暗い連中と陰謀史観論者が喜びそうな企みをして、どうにもならなくなったら責任転換?恥を知りなさい!恥を!!』

 マニーシャの詰問に一同から怒りの感情が湧き上がってきてるのが彼女にも感じ取れたが気にとめる必要性は全くと言って良 いほど感じていなかった。

『とりあえず彼らに対しては行動を控える様、指示をしなさい。その以外は各々情報収集をしつつ明日の援助会議に備えること、以 上』

 この放り投げるような台詞と共にマニーシャへの怒りが憎しみにまで近くなっているのを無視して、彼女は精神接続を切断し た。
 既に彼女は腹を固めていた。自分のためというよりトーブ家のため、ひいては夫のために自らの(当面の)将来を引き換えに、移 転案への方針変更をすることを決意していたのであった。
 ただし、この件で左遷されるのはほんの僅か間だろうと彼女は考えていた。何せ、彼女は会議直前まで殆どこの件にタッチして いなかったし、移転案の有効性が実証されれば評価も変わるだろうと計算したのである。
 無論そうなった場合、代表団もそれなりの処置を受けることになるが、その事に対しては彼女は自業自得と考えていた。
 マニーシャは暇そうにしていたエマーンのジャーナリスト(実は彼女の子飼いの情報員)に精神接続すると彼にロンドンの自治 評議会とマリネラに彼女の(代表団のではない)内意を伝えるよう告げた。

『とにかく今回はこちらの内情を正直に伝えておくこと、いいわね?』
『解りました。しかしそのような事をしたらこちらの弱みに漬け込まれかねませんが?』

 情報員はマニーシャに対して対等の口をきいてるが彼女は全く気にしない。彼女自身がそうするように言っていたからだった。

『構わないわ。何せこの会議においてエマーンの議決権を持ってるのは我々トーブ家と言う事は連中にも解ってるはずよ。そして その中で存続案に賛成なのは代表の私だけ。そうなれば私を支援するためにむしろ妥協を図ろうとするはずよ』
『匂わせておきます。ところで、ラース家に関してはどのように対応するおつもりなのですが?』

 先ほどの会議とは打って変わってマニーシャはすらすら答え始めた。交渉上、彼にはそれなりの説明をする必要があったからで ある。

『彼らには十分気を付けなければならないわ、彼らの行動はあくまでこっちの営業妨害よ。彼らが存続案を支持してるのも同じ理 由ね。対立してる相手と同じ方針を採ることなんてまずないしね』
『伝える相手を選べということですか?』
『それはあまり考えなくてもいいわ。どうせあの中からラース家に身売りしようとする人たちも出てくるだろうし・・・』

 マニーシャはそう言うと未だにテーブルに着いたままのトーブ家の代表団を見た。

『最後にひとつ。ロンドンはともかくなぜマリネラにも伝えるのですか?』
『それはおそらくこの存続案を考えたのがマリネラだからよ』
『理由をお聞かせ下さいますか?』
『存続案への運動が本格化したのが昨日から。その夜評議会のメンバーが密談していたとの情報があるし、同時刻にマリネラ国王 と懇意だという情報部員の動向も不明だときてるわ』
『しかしマリネラ大使館に動きは無かったとの報告がきてますが・・・』
『何か他の手を打ったんでしょ。それにさっき会議場でマリネラ国王が大あくびをしていたわよね?』
『ええ、あれでもまだ十歳ということですから。退屈だったのでしょう』
『馬鹿言いなさい。あれは見た目道理、只者ではないわよ。あのあくびだって余裕の表れに違いないわ』
『そうなると結果としてマリネラの思い通りという事ですね』
『かまやしないわ。こちらの利益になるなら妥協も手打ちもすべきなのよ。貴族はどうもそこんとこ取り違えてる気がするけど』

 その思念に対し、情報員はにやりした笑みの感情を含めた思念を送った。

『無論、主人は除いてですね』
『あたりまえよ。さあ、馬鹿言ってないで仕事をしに行きなさい。会議後に連絡を取りたかったらハウスに繋ぐ事、いいわね』
『何をするつもりなのですか?』

 今度はマニーシャがにっこりと笑った思念でもって質問に答えた。

『夫との愛を確かめに』

 彼女の思念と共に休憩時間の終了を継げるチャイムが情報員の耳を捉えていた。



 結果として会議の一日目は表も裏も意見の交換と情報収集で終わり、そして明日の表の討論会、裏の直接会議のためのそれらの 刷り合わせが行われた。
 ちなみに今回の会議では晩餐会のようなあまり仰々しい儀式は行われないことになっていた。イギリス人は残念がったがまあ、 これは状況が状況だから当たり前とも言える(もっとも今回はとの但し書きが付く物ではあったが)。
 ちなみに今回、会議の日程が僅か三日なのは下手に期間を延ばすことによりすることによって会議を踊らせない様にするため である。これは外交の常識から言えばかなり特異なことであるが、逆にこのことからこの問題の当事国がいかに重大に受け止めて いる事が伺える。
 またこの会議で注目すべき事はあるレベル以上の者達に無意識の内にあるルールが定められていた事である。

 それはこの会議が終わった時、どのような結果になろうと絶対合意を出すという物である。

 なぜ各国のトップがこのような考えを持つにいたったのはこの会議が時空融合後、最初の多国間国際会議であるというひとつ の−事件−という事実が存在する。
 その結果は今後の国際関係に大きく影響すると考えられ最悪、不調に終われば国際関係の枠組みが大きく後退することも考え られていたのである。
 そのためこの会議は出席者(の少なくともトップ)の内では既に初日に暗黙の合意に達しているという奇妙な事態に陥っており 、二日目の会議はそれを本国(特に存続案を選択してしまったエマーン・トーブ家)を説得するための方策を探る会議となっていた のであった。
 そして昨夜に引き続き、その夜も今度はエマーン(というよりマニーシャ・トーブ)も含めた様々な折衝が行われることになる。 それが昨日と異なるのは劣勢というより、もはや絶望的となった移転案に同意していた者達が半ば自暴自棄となって行った様々 な目論見(その中には暗殺も含まれていたという)があったという事である。
 無論、このような乱暴な計画が成功するはずも無く、全ての行動は夜明けまでに内々に処理される事となり、夜が明けた時には それなりの規模を誇った交易会社の社長の事故死とエマーンとカナダの代表団の数人が病欠という結果を生じることとなった。

 そして三日目の朝が訪れた。



「これよりロンドン自治政府がエマーン、カナダ、マリネラによって此れまでにロンドンに対し行われた援助の報告を行いたいと 思います」

 ロンドン大学構内にある会議室の一室、そこにウィリアムの声が響く。彼が話した会議の内容は勿論、建前である。
 ここで実際に開かれるのはロンドンの将来を決める会議であることは顔ぶれを見れば一目瞭然であろう。ロンドンは官僚と評 議会の混成、カナダは外務大臣を筆頭とした集団、エマーンは代表団のほぼ全員、そしてマリネラは国王パタリロとタマネギと言 う全権団グループという一項でも理解できよう。

「それでは先ず各国より援助をして下さったその内訳と換算金額について報告したいと思います」

 ウィリアムが先ず建前についての報告を始めた。といっても此れは全くの無意味な物とは限らない、ここで公表された換算レー トが公表されたことによりこれまで殆ど没交渉であった各国における資源価値の格差を認識することができ、これが後の公平な 取引、さらには貿易活性化への一助となっていった。
 最もそのような事はここ二日連続の(彼にとっての)徹夜により極度の寝不足に陥ってる今のパタリロにとっては全く意味を持 たぬものであったのでウィリアムの数字と固有名詞の渦を聞いてるうちに彼は今朝のやり取りを脳裏に浮かべていた。



「で、そのマニーシャというエマーンの代表団代表は信用できるんだな」

 パタリロの言葉に憔悴した顔のタマネギがうなずいた。

「ええ、彼女より遣わされたという情報員の説明は納得できる物ですし、少佐から手渡された資料にも彼女がひとかどの人物であ ると書かれています」

 パタリロは彼の背後を覗いた。そこにあるテーブルにはうずたかく詰まれたファイルの山が所狭しと置かれ、それを囲むように して何人ものタマネギが突っ伏していた。前日、パタリロが出かけた後バンコランから送られたこの書類の山を解析するのに会議 中は留守番のタマネギ、会議後は一般タマネギの全員が徹夜をしていたのである。無論、一晩の徹夜ぐらい常日頃のパタリロのサ ボタージュに遭っている彼らにはそれほど苦痛ではなかったが、一晩で終わらせなければならないという重責が彼らを此れほど までに消耗させていたのだった。
 ここでねぎらいの言葉をかければ彼も文句なしの名君なのだが、まあそこはそれパタリロがパタリロたる所以で、彼らにさらに 質問をした。

「それにしても流石イギリス人だな。此れほどまでの情報を良く集めたものだ」
「情報といっても見た所これらは殆どが民間から出されている本や雑誌、新聞ですよ。おまけに殆ど一次資料のままで・・・・・・おか げで一晩徹夜の過労死という物を本気で考えましたよ」
「それを集めるだけでもたいした物だぞ。ひょっとしたらそういう機関がロンドンには存在してるんじゃないのか・・・・・・」
「さあ、どうでしょう。なんでしたら黒タマに調べさせますか?」
「ああ、この会議が終わったらそうしてくれ。それにしても、だ・・・・・・」

 パタリロはそう言うと書類のファイルをぱらぱらとめくった。

「ラース家がこういう手段を採るとはな・・・と、いう事は例の件を掴んだわけではないようだな」
「そうですね。あの件に関しては情報の漏洩は行いませんでしたし、まだ誰も知らないと思います」
「間者猫からはなんと言ってきた?」
「国交の締結に関しては合意を得られたようです。第二条件はエマーンの反応を見てからでないと賛同しそうに無いとの事です」
「まあ、なんだかんだといってもあいつは本職の外交官ではないのだからな、上出来というとこだろうな。よし、放送時間は何時だ? 」
「本日、午後一時。最高のタイミングです」
「訂正しよう。あいつには一流の外交センスがある、鰹節を50本追加しよう。各代表、報道機関に通達しとけ、理由を聞かれても黙 っとくように」
「マニーシャ代表にもですか?彼女に知らせないのはちょっとこじれかねないと思いますが・・・」

 タマネギの提言にパタリロは考え込んだ、暫くして決断を下す。

「よし、バンコランとそのマニーシャの情報員にだけ匂わせる方向で伝えろ。ロンドンやマニーシャ代表がこちらの期待どうりの 人物ならラジオ視聴要請だけで我々が切り札を持ってることぐらい解るだろうが、念には念を入れる。特にマニーシャとか言う女 性は慎重に扱え、彼女と繋がりを持つ事はマリネラの将来に大きくかかわることになる!」
「はっ!」

 パタリロの命令と共に報告してたタマネギだけでなく、テーブルの上にファイルと一緒に頭を横にしていたタマネギも起き上 がると各々の仕事へ散っていった。
 そんな中、パタリロだけは執務机の椅子に納まりぼんやりしていた。

 その机の上には朝食にトーストを一枚しか食べずいたことを示す膨大な量の食い残しがあった・・・・・・。



 ぼんやりと残した朝食へ一抹の未練を覚え意識をそちらに飛ばしていたパタリロはいきなり背中をどやされ、慌てて意識を現 実へと帰還させた。

「・・・・・・特にマリネラ王国におきましては我々との係わりが比較的薄いのにもかかわらず、カナダ、エーマンと肩を並べる程の援 助をして頂いた事には感謝の言葉もございません。この場をお借りしましてパタリロ・ド・マリネール8世陛下、及びマリネラ王国 に対しロンドンに住む者を代表として感謝の意を示させて貰います」

 その声にすぐさまパタリロは顔を作ると、ロンドンの代表者達に会釈をしながら言った。

「ありがとうございます。ロンドンの皆様の感謝の意、確かにいただきました。ああ、後それから・・・」

 パタリロは頬を軽く掻きながら言った。

「陛下は勘弁して下さい、爺むさいので。殿下でお願いします」

 席上から控えめな笑い声が響く。評議員代表として出席しているジョーンズとマイクロフトが軽く頭を下げて言った。

「了解いたしました、殿下。これからはそういたします。さて・・・・・・」

 ジョーンズは視線を会議室に向けると、会議の本題に入った。

「これで援助報告に関しては終了しました。ところで今現在、同じロンドン大学の構内で我々ロンドン市民の代表が集まりこのロ ンドンがこれから先どのような道を歩むべきかを話し合っています。ここで此れまで援助活動を行ってきた皆様にも何かしらの 考えがあれば是非ともここでその案を開陳してもらいたいのですが?」

 ジョーンズはこの様な事を言ってる自分をばかばかしく思い、同時にこの役を押し付けた他の評議員達を恨みながらも少なく とも表面上は与えられた役を演じていた。一方、マイクロフトは彼よりはこの手の役経験は豊富のはずなのだが、ジョーンズに進 行を任せて椅子の奥深くまで沈み込んで彫像を決め込んでいた。

『まあ、此れが済んだら・・・・・・』

 将来の事を脳裏に浮かべつつジョーンズが各国の代表の肯定を確認すると(彼にとってはまだまだ若造である)息子のウィリア ムが再び立ち上がり、

「では先ずマリネラ王国から提案がありましたらお聞きしたいのですがよろしいでしょうか・・・・・・」

 息子のやり取りを聞きながら僅かな間であったが演技を強制されたジョーンズはストレスを相当ためていた。イギリス人にと って演技とは自らの意思で行うものであって、強制されるものでは決してないのであった。
 鬱屈したものを腹の底し感じつつ、彼は腹中でため息をしながら何処かへと問い掛けた。

 神よ、もし此れが試練なら耐えます。もしジョークなら恨みます。
 この時の彼はまだ幸せだったかも知れない、少なくとも全能とされる神に対して文句を言うことができたからである。

 一方、日本人と同じように多神教(ただし戦いの神は皇帝と同一となり消滅した)を信じ、さらには日本人以上に現実主義者のエ マーン人であるマニーシャにとって神というものあまり普段から考えるような習慣はあまりなく、それゆえこの味方が敵で、敵が (油断できない)味方である現状に対して神に文句を言うなど考えには及ばず、ただただ周りから発せられる針の筵に耐えていた。
 最も、彼ら他の代表団はそれ以外の動きをしようとせずむしろそれが精一杯のようであった。
 ある意味それは当然だったかも知れない。
 昨日の会議が終わった直後、マニーシャは彼らを置いてハウスに戻ってしまった。この行動は彼女を罷免しようとした彼らの出 鼻を挫く事となった。しかし彼らはこのくらいの事では諦めず、すかさずそれを奇禍とし彼らは反撃に出ようと行動を始めた。
 しかしその夜、事前より接触していたロンドンの『実業家』とそのカナダの協力者と話し合いに二人が出かけた後、その消息が 途切れたため一連の計画は不可能になってしまった。だが彼らが本当に恐怖を覚えたのは翌日の朝の事である。『実業家』が轢死 体で発見されたというニュース耳にしたときである。
 それ以後彼らはいかなるアクションも起していない。彼らはその事件よりマニーシャがその二人を『消した』と確信している のである。
 最もこの認識をマニーシャが聞いたら苦笑か怒り出したであろう。暗殺がどうこうとうより、今の彼女にそのようなせせこまし い上に賭博性の高い『濡れ仕事』にかまける暇はなかったのである。彼らには想像すらできなかっただろうが、彼女自身が昨夜工 作を行っていたのは既にそのような『現場』ではなくエマーン本国と言う『後方』なのであった。



『君というのは全く・・・・・・』

 彼にそのような言葉をかけられるのは覚悟していた。しかし実際かけられた時、彼女の心は締め付けられたかのように苦しんだ 。俯く彼女の肩に何かが触った。彼女が顔を上げると彼女の夫はにっこり笑い、

『でも君はそれが最善と感じたんだね?』
『ええ』
『なら』

 彼はそれが当然であるかの様に言った。

『僕は君が信じる道を一緒に行くよ』

 その思念を感じた時マニーシャはガラにもなく涙が溢れるのを堪える事ができなくなってしまった。それは仕方のないことで あった。先程まで彼女は孤立無援、いやそれどころか身内から命を狙われかねない状況だったのである。その緊張が彼のひと言で 一気に緩んだのである、感情を爆発させるのはむしろ当然といえよう。
 暫く彼女は彼に寄り添い肩を震わせていたが、やがて涙をぬぐうと決然とした面持ちで尋ねた。

『頼みがあるの』

 彼女の声はかなりの難題を言うことを感じさせ、彼の顔も商売をする時の顔になった。

『なんだい?』
『あなたの・・・トーブ家嗣子の立場を用いて上層部との精神結合を頼んでほしいの』
『それは・・・』

 さすがに彼もその申し出には難しい顔をした。通信機器と精神感応能力を持つ触手を介した長距離交感は融合前より頻繁に行 われていた事なのだが、それゆえに様々な問題も存在した。特に通信波を傍受され交感内容を盗聴させたり思考を解析させるとい うことが何度もあり、さらにより悪質な物として相手の精神を破壊するという例もあり(さすがにこれは直ぐさま犯人は捕らえら れ厳罰に処された)一般人やヒラはともかく役員級にはかなりの制限がくわわることになったのである(ちなみにこの精神結合技 術は日本連合の関心を大きく引き付ける事となる)。
 この様な事情があるがゆえにマニーシャの頼みに彼が即座に返事をしなかったのも当然といえよう。

『本当に精神結合でなければならないものなんだね?』

 彼の質問にマニーシャは頷いた。

『ええ。書簡ではとても間に合うものではないし、こちらだけ繋いでホログラムで話す手段もあるけど、それでも今回のこの件は 相互に繋ぐ必要があると思うの』
『うーん』

 彼はあごに手をやりしばし考えていたが、顔をあげると

『してやってもいいけど・・・その前に彼らと何を話そうとしてるのか教えてくれないか?』
『勿論、でも簡単な事よ』

 マニーシャはそう言うとにっこり笑った。



「・・・・・・以上。配布した資料をご覧になっても解る通り、我々マリネラ王国が推察し、提案するロンドンを現状の地に存続した場合 における大西洋圏における利点を挙げたものを発表をいたしました。なお、この案を実働に移すにはある程度の資金と時間は勿論 、さらには特定の組織による貿易不均衡を予防するためにロンドン自治政府のエマーンにおける氏族並みの権利を必要するもの と考えるものであります。」
 会議室にタマネギの声が淡々と響く、最初その特異な風体に疑念を抱いていた他の国の代表団だったが、彼の説明を聞くうちに 見た目とは全然異なる人物である事を知り、この時にはその有能さへの畏敬と警戒の念を抱くようにまでなっていた。
 タマネギ部隊が設立されたときこのコスチュームが選ばれた理由として相手を油断させると言う理由があったが、今回の会議で はそれは大いに役に立ったと言えるだろう。
 マリネラの発表が終わったことを確認するとウィリアムは会議を進めた。さて、予定ではこのままマリネラ案を各国が支持して 通る事になっているが果たしてその通りに行くかな?

「さて次はカナダの皆さんの意見をお聞きしたいのですが・・・・・・?」

 ウィリアムの言葉と共にカナダの代表団の団長が『予定通りに』手を上げるといかにも感心したような口調で話し始めた。

「いえいえ。我々も今、マリネラの提案を拝聴しておりましたが、実は我々が提案しようとしていた案も同じような物だったのです よ。しかもマリネラの案の方がよく練れてる様でして、これでは我々の案を発表する必要はありませんな」

 団長(本職は外務大臣)は『自国の提案』が記してあるという書類を手に持ってひらひらさせていた。その顔には笑顔が張り付 いてはいたが唯一つ目だけは笑っていなかった。
 それはそうだろうな、とマイクロフトは思った。もともとカナダの移転案、存続案の内、前者は純粋な『好意』からでた物だと言 う事になってるからな。それを断られ、挙句の果てにはこちらの出した(と彼らは思っている)台本通りに行動しろと言う事になっ たら『裏』がどうであれ表向きは腹を立てなければいけないからな。
 と言うより、マイクロフトは内心で一昨日の会談を脳裏に呼び起こすと思い出し笑いをした。
実際、最初は相当怒ってたからな。



 「いい加減にしてくれませんか」

 外務大臣の声は抑えているがそれでも怒りの感情は隠しようがなかった。
 それとも隠す気はないのかな?マイクロフトはそんな事を考えていると彼はさらに言い募った。

「ホームズ委員。あなたの著名は私もよく知っております。しかしあなたはまだ融合前にいた時代の日の沈まぬ国としての大英帝 国に未練があるのではないですかな」

 彼の皮肉にマイクロフトは表情を全く変えなかった。彼は先ず、一つの訂正をした。

「マイクロフトでお願いします。ホームズとなると弟と勘違いする者がいますので」

 マイクロフトは続けて、

「確かに全く未練がないとは言い切れません。そう思ってる者もロンドンの中に数多くいるでしょう。しかしこの変異が起きてか ら3ヶ月以上、我々自身も現状を受け止める時間は十分得たものと考えています」

と自らの考えを開陳した。
 しかし外務大臣は彼とは異なる見解を持っているようであった。

「そうですか。しかし我々にはその様には感じられませんが・・・・・・」

 彼の言葉にマイクロフトは肩をすくめながら答えた。

「確かに貴方がたの目から見ればロンドンのそれも一部しか出現しておらず、各国の援助でどうにか生き延びている我々がこの様 な態度をとるのは自らの立場をわきまえていないと思われるかも知れません。しかし、」

 そこでマイクロフトは言葉を切るとカナダの代表団の方を向いた。
 その顔を見た(大臣を除いた)代表団のメンバーは意外の感を覚えた。彼の顔には彼らに対する憐れみの感情があったからだっ た。

「将来まで目を延ばしてみるならば、亡国の危機に立たさせれいるのは我々ロンドンではなく、むしろ貴方がたカナダだと私は考 えているのです」
「なっ!?」

 彼の発言にカナダの代表団の何人かが腰を浮かした。しかし外務大臣はこれまでの怒りの表情を完全に消し去った態度で微動 だにせず、じっとマイクロフトを睨んでいたがややってわざとらしい感じで口を開いた。

「どういうことですかな?私にはトンと検討もつきませんが・・・・・・」

 マイクロフトはどちらかと言えば同情すら感じさせる声で諭した。

「とぼけるのはよしてください。私は同じ英連邦の者として貴方がたと話したいのですから」

 外務大臣はため息をつき椅子に深く腰をおろすと、独り言のようにつぶやいた。

「子供の時分、コナン・ドイルの作品を楽しんで読んでいた頃がありましてね。そこには貴方の事も書いてあったのですが、ここま で辣腕だったとは正直、思いもしませんでした」
「あれはシャーロックの友人の作品を代理執筆人が発表した物ですから、私は彼とは余りあってはいないのです。それより・・・・・・」

 マイクロフトに促され、とうとう外務大臣はカナダの真意を口にした。

「おっしゃる通りです。我々が本当に求めているのはロンドンではなく、そこを流れるテムズ川。その河口にあるサウスエンドに遊 弋している艦船等の軍事力です」

 外務大臣の告白に対しマイクロフトはさしたる感慨も無かった。彼にとってそれは想像道理の結果であったからだった(むしろ 大臣以外の代表団メンバーの方が衝撃を受けているようであった)。

「カナダは広大な領土に対してその軍事力は脆弱です。そして今現在、国内にはインビットと称す敵性体が存在しています」
「さらに」

 後を引き継ぐようにしてマイクロフトが言った。

「それらを牽制する為に貴方がたはアメリカ軍を国内に受け入れた」
「あれは我々が要請したものではありません。アメリカのごり押しですよ、自分達にそれを断る権利はありませんでした」

 マイクロフトの台詞に外務大臣は苦々しげに答えた。その時の会談を思い出したらしい。

「ともかく」

 外務大臣は真剣な表情になった。

「我々はそれらへの対抗として強力な軍事力を必要としているのです。そして我々が手を出せる唯一の軍事力が」

 外務大臣がマイクロフトの目を見た。

「ロンドンなのです」

 しばしの沈黙が一同を支配した。
 2、3分たった後、マイクロフトはその間閉じていた目を開けるとゆっくり口を開き始めた。

「残念ながら、貴方がたの申し出に答えることはできません」

 彼の回答に対し、大臣はそれが予定された答えだったらしく大きくため息をついた。
 マイクロフトはそれを気にとめず、話し続けた。

「第一、今ロンドンが持っている軍事力はその殆どが海軍力なのです。陸上兵力は揚陸艦、輸送艦、さらには軍艦に乗っている海兵 隊をかき集めても2個師団にしかなりません。ノルマンディ上陸に動員された兵力があれば少しは違った答えも出たでしょうが、 その時はその時で我々は飢餓線を彷徨う事になっていたでしょう」
「それに」

 マイクロフトはさらに言い募った。

「海軍力をそちらに送るにしてもその維持には莫大な費用がかかります。我々も特に金のかかる大型艦をオーストラリア、ニュー ジーランドの保護の名目で日本連合の指揮下に置くことを条件とし、その代わり維持整備を行うという協定を結んでおります。そ れらの艦船を除いても今我々には大量の艦船があります。はたして貴方がたにそれを維持するだけの費用がおありですかな?」
「それは貴方がたにも言える事ではないのですか?」

 反論する大臣にマイクロフトは手元の鞄から書類を取り出すとそれを彼に渡した。

「これは?」
「ロンドン存続案の具体的方策です。あまり詳しいことは聞かないで下さい、機密書類という物でしてね」

 マイクロフトは嘘を言った。ロンドンを自立させるという方向でカナダと議論している以上、他の国の提案どうりにロンドンが 動いているという事実を(少なくとも今は)彼らに知られるわけにはいかなかったからだった。
 マイクロフトはさらに数部を他の代表団メンバーに渡すと彼らが内容を把握するための時間を待つため、葉巻を取り出し火を つけた。
 マイクロフトの葉巻が三分の二になった時、外務大臣は顔をあげるとマイクロフトに言った。

「で、貴方がたロンドンは将来消滅する運命のわれらが祖国であるカナダにどのようなお情けをいただけるのですかな?」

 外務大臣の嫌味をまぶした台詞を無視し、マイクロフトは真剣な顔と声で答えた。

「私は先程、同じ英連邦として話をしたいと言いました。我々は同じ一員として貴方がたを見捨てる気は欠片もありません」

 マイクロフトの態度に外務大臣も表情を引き締めた。

「我々にはカナダの国民を可能な限り守る義務があります。・・・将来、国がなくなろうとも」
「だからこそ他の地にカナダの資産を可能な限り移転させるべきなのです。そのままカナダに温存させていても占領国に接収させ るのが落ちでしょう」
「そしてその避難させた物を利用して併合されたカナダ国民の生活を可能な限り保護する」
「幸いと言うべきなのでしょうか英連邦だけをあげても投資を必要とするところは我々ロンドン、オーストラリア、ニュージーラ ンドと複数あります。これらに分散した資産を活用し占領後のカナダに投下すれば、かなりの行動の自由を手に入れる事ができる はずです」
「しかし我々とて座して併合を待つ気はない。可能な限り我々は独立を維持するつもりだ」
「当然です。しかし徹底抗戦は避けるべきだと思います。双方が武力衝突という事態になってしまえば、それは人類の滅亡へと直結 することになります。それに、どちらに転ぼうともロンドンを存続させることはカナダのためになると思っています。最大限楽観 的に考えれば、貿易中継港が稼動することでアメリカにエマーン技術の導入が進めば独力による防衛が可能になり、結果としてカ ナダの独立が保てるかも知れません」

 マイクロフトの言葉に外務大臣はできのいいジョークを聞いたかのように笑いながら言った。

「本当にそうなればいいんですがね」
「希望は捨てるものではありません。たとえそれがどんな確率であろうとも」
「そうですな。しかしそうならなければ我々は統制された国家の滅亡を行わなければならないのです。それは・・・あまりにも辛い」
「清・・・いや今は中華共同体でしたな、そこの言葉に次のものがあります『国敗れて山河あり』」
 大臣は目に手を当てて暫く沈黙した後、独り言の様に言った。

「今回の会議では私に全権が与えられています、これは事前の本国の会議では結論が出なかったためです。逆に言えば事前に結論 を出す必要がなかったということです。今のカナダ政府は先ほどマイクロフト委員が言った件とインビットで手一杯なのです。先 ほど言った移転案の効果も我々代表団が考えたものです。それに較べたらこの案のほうがわが国にとってもプラスに作用するで しょう。さて、マイクロフト委員」

 大臣はマイクロフトを見た。

「貴方がたは我々に何をお求めなのですかな?」



「・・・以上の理由で我々カナダは移転案を支持いたします」

 大臣が『台本どおりの』発言を終えた。大臣は発言を終えるとやれやれと言わんばかりの態度で腰をおろした。もうひと言も喋 りたくないと言う感じであった。
 しかし、もしロンドンが隠していた内容を知ったらとたんに怒鳴りだしていたかも知れない。マイクロフトは『台本』を伝えた 時にマリネラが存続案を発表するのをカナダと同じ『台本』によるものだと言ったのだった。
実際は知っての通り、立場は逆であるのだがこのからくりはカナダもマリネラも知らなかった。いや実はカナダの移転案を考えた 官僚がこの事をロンドンのとある『実業家』より知らさせたのだが、その彼も詳しい話を聞こうと昨日でていっきり連絡はなく、 その行方はようとして知れなかったのである。
 カナダの代表団は勿論警察に捜索願を出したがこれを理由として会議の中止を求めることはしなかった。その官僚はその情報 源が信頼できなかったので真偽を確かめに行く際、誰にも打ち明けずに出て行ってしまったのだった。そのため彼らはなぜ彼がい なくなったのかこのときは全く解らなかったのだった。結果としてこのまま『台本』どおりに進むこととなり、カナダの移転派は 完全に沈黙することとなった。
 一方、一応方針の一本化ができたカナダと異なりエマーンの代表団は表層は平静を努めていたが、その内部は一触即発の状況で あった。当初の移転派であるトーブ家と(表向きは)存続派のラース家の対立構造は代表団代表であり、トーブ家のトップであるは ずのマニーシャ・トーブがラースケとは異なる視点による存続案への傾斜により両者を混沌の渦に放り込み、そしてそのままこの 会議に突入したからであった。特に彼らの緊張を高めていたのが団長であるマニーシャが何を考えているか解らないことであっ た。彼女はその真意を誰にも告げず昨日の会議の終了直後からハウスに引きこもって以来今日会議直前まで戻ってこなかったの である。
 当然の事ながら彼女のこの態度に対し彼らに不満は限界寸前、いや既に何度も彼女の罷免を打診していたのだが、この件につい ての決定権を持つトーブ宗家は昨日より沈黙を守ったままであった。そのためトーブ家のより過激な一派は非常手段をも考慮に 入れたのだが・・・その結果は先ほど述べた通りである。
 又もう一つの派閥であるラース家は意志の統一はなされていたが、当初の支持案である存続案が予想に反しトーブ家に大きな 利益をもたらすことが判明した以後はその動向は全く表に出していなかったのである。
 この様な微妙な状況は既に他の国にも知れ渡っており、それは今日の会議でこれまでエマーンに発言を廻さなかったと言う点で も窺い知れると言うものである。
 しかしそれも限界に近づきつつあるようである。このままエマーンにだけ発言を求めずに採決を行うわけにもいかず、ならば行 うことは唯一つである。
 ウィリアムは知らずに湧き出てきたつばを飲み込むと立ち上がった。さて、ここからは『台本』なしの本当の駆け引きの始まり だな。

「最後にエマーン代表団のご意見をお聞きしたいと思います。マニーシャ代表?」

 全員の視線が一点に―マニーシャに集まった。しかし彼女はそれに頓着する様子もなく先ほどまで互いに絡み合わせていた触 手を解くとそっけなく言った。

「私が話す前に先ずラース家の皆さんの意見を拝聴して下さるようお願いいたします。私はエマーン代表団の代表であると同時に トーブ家の代表でもあります。ここで先ず私が発言してはラース家の皆さんの意見をないがしろにしたとも見られかねませんの で・・・・・・」

 マニーシャの発言はつまるとこ全ての登場人物を舞台に出すための最後の一手であった。そしてこれはラース家の考えが掴め なくなっていた諸外国達にも望ましい事であり、どうやらあわよくば最後まで洞ヶ峠を決め込むつもりだったらしいラース家も その賛意の様子を見てしまっては断る術は無かった。
 しかしそのことで逆ギレでもしたのだろうか、ラース家の代表がはなった台詞は以前の何となしの存続案への支持を180度ひっ くり返した、これまで作り上げてきた存続への道を叩き壊そうとせんものであった。

「マリネラ発表の存続案なのですがそれにおけるロンドンの立場についていくつかの疑問があります」

 彼は先ずそう言うとマリネラとロンドンの方を向き話し始めた。

「先程の話でロンドンは何処の国にも属さない独立した存在と言うことになりますがそれに相違ありませんか?」

 タマネギはちらりとロンドンの方を見た後、答えた。

「あくまで実行上の事だと考えています。ですからロンドンがかつて所属していた英連邦を再結成したり貴方がたエマ―ンの政体 に所属することもありえると思います。まあ、そのことは当のロンドンの皆さんの意見をお聞きしたいと思いますが・・・・・・」
 ジョーンズが彼の言葉を受け止めると答えた。

「私達としては両方の組織に属したいと思っています。これはどっちつかずになる批判も受けるでしょうが、我々がこの様な状態 にあり支援をもらう立場である以上カナダ、エマーンとの繋がりをこの様な形で維持していきたいと考えています。又、マリネラ とも相互安全保障条約を締結したいと考えています」
「それは問題ですな」

 ジョーンズの言葉にラース家の代表が噛み付いた。

「英連邦は結構、もともと貴方がたが所属していた所ですからな。マリネラとの結びつきも宜しい事でしょう。しかし唯、援助が欲 しいばかりにエマーンの政体に所属することは許しがたい。我々はエマーン総体の利益に貢献しているからこそ、そこに所属する ことができるのです。果たして貴方がたロンドンがエマーンの政体に所属できるだけの貢献ができますかな?」
「できます」

 間髪入れずに発したその声に一番驚いたのはマニーシャでもラース家の代表でもなくジョーンズであった。なぜならその声は 彼の息子であるウィリアムから発せられたものであったからだった。

「ほう、それは何ですかな?」

 ウィリアムの言葉に対しかすかに優越感を響かせながらラース家の代表は尋ねた。自分たちより遥かに劣ったテクノロジーし か持たない彼らにそのようなものなどないと信じきっているらしい。

「それは・・・」

 口を開きつつウィリアムは今朝の事を脳裏に浮かべていた。



 ロンドンのユーストン・ロードに肩を並べるようにして建ち、現在は政府庁舎として使用されている三つの駅。その真ん中にあ るセント・パンクラス駅にはレンガ造りの威容と駅舎の中にホテルが組み込まれているのを利用して特に重要な施設が置かれて ていた。
 そのホテルの中で最上級のスイートルーム、そこにバンコランはいた。隣には大英図書館より来たというジョーカーなる男と同 じ建物から来たウィリアム、そして彼らの前にはウィリアムの父親が寝不足の顔をしていた(もっとも寝不足の顔はバンコラン達 も同じであったが・・・・・・)。
 彼らがなぜここにいるかというとなんてことはない、報告を求められたのである。何時の世も中間管理職は振り回されるもので ある(それでも評議会委員のジョーンズが足を運んでるという点を見れば彼らはまだマシかも知れない)。

「例のエマーンの資料、マリネラに譲ってもよかったのですか・・・・・・」

 バンコランが昨日の仕事についてジョーンズに尋ねたが、返ってきた声は前からでなく横からであった。

「構いません。どうせ交易がそれなりに動くようになればすぐに他の国でも手に入る様になる物ばかりですから」

 ジョーカーの声にバンコランはかすかに不快感を覚えた。確かにこの質問には彼が答えるのがもっとも適任だが、それとは別の 問題で彼はどうもこの男が気に入らなかった。どうやら現場主義のバンコランにとってトラの威をかる狐的なジョーカーは生理 的に受け付けないらしい(もっともこのときはお互いの事をあまり知らなかったため表面上の事でしか理解していなかった)。
 そのようなバンコランの感情を知ってか知らずかジョーカーは続けた。

「マリネラには借りを借りっぱなしですからね、少しは返さないとどんな対価を要求させるかわかっものではありません。そうで はありませんか、ミスター・バンコラン」

 いきなり振られたバンコランだが動揺することなく答えた。

「ああ、パタリ・・・・・・マリネラ国王の吝嗇ぶりはかのシャイロック夫人に匹敵するくらいだ、ある程度は覚悟する必要があるぞ」
「大丈夫なのか?正直な話、過大な要求をされても困るのだが・・・・・・」

 問い掛けたのはウィリアムであった。彼は時空融合後、官僚に転出していたのでロンドンの実力についてある程度の事実を知っ ていたのだ。

「安心しろ。あいつに関しては私が何とかする」
「できれば具体的な手段を教えて欲しいものですね?」

 ジョーカーの探るような要望に対し、バンコランは明瞭に断った。

「断る。これはあくまで私とパタリロの間で交わされた事なのだ。この件に関してロンドン政府とのかかわりは一切ない」

 この言葉にはジョーカーだけでなく室内の他の者にも意外そうな顔をしたが何も言わなかった。バンコランが最悪でも自分の レベルで責任をとろうとすることに一応の認識したのであった(もっともその理由については各々別の理由をあったが・・・)。

「しかしそれにしても、あのエマーン女性のリーク情報には驚きました」

 ウィリアムが話題を変えるためマリネラ大使館でも話に上った話題を言い、それに対してジョーンズが返した。ここら辺の気脈 の上手さは流石、親子と言う所であろうか?

「ああ、ここまでエマーンという国が緩い政体だったとはな・・・」

 それに対してこの中でもっとも早くエマーンの情報に触れることができるジョーカーが答えた。

「むしろ氏族ごと一つ一つの国と考えたほうがよさそうです。かつてのECよりもバラバラと考えるべきかも知れません」
「まあ、外敵のいない世界帝国などという物は大抵そんなものだろうな」

 バンコランの言葉に大げさな身振りでうなずくとジョーカーは続けた。

「いや、全く少佐の言う通りですな。しかしそのような帝国は外敵の侵入により崩壊するというのが歴史的前例でありますし、エマ ーン商業帝国がその例外とは思えません。今のところは世界の混乱とエマーンの技術レベルの高さでそれほど表立った動きはあ りませんが・・・・・・」
「問題なのは、かの地では未だに融合前の気分が抜けないように見える事だ。ソ連を背後に控えるトーブ家は他の氏族に較べれば 幾分マシと言えますが、それも所詮は程度問題だな」

 バンコランの言葉にウィリアムが反応した。思いついた懸念を口にする。

「そうなると我々がこの地に残るなら将来、エマーンの動乱に巻き込まれることになりませんか?」

 その言葉に三人は三様の反応を返した。父親のジョーンズはため息をつき、ジョーカーは肩をすくめ、そして友人であるバンコ ランは何処となく羨望の表情をした。

「ウィリアム」

 ジョーンズが子に物を教えるような調子で自分の息子に語った。

「それこそ我々が望むべきことではないか」
「他人の不幸を望む物ではありません」

 父親の言葉に眉をひそめて答えた息子の言葉にジョーンズは内心で少しは変わったと思ったがまだまだかと改めて感じつつ、 もう一度ため息をついた。
 そんな二人の様子を見てジョーカーは貴族のボンボン息子に対する蔑視を一段と強め、一方バンコランは殆ど忘れ去っていた 父親の事を刹那に思い出していた。
 そのため彼に助け舟を出したのが、あまりこういう事には係わらないバンコランとなったのは友人であることも含めても珍し い事であった。彼はジョーンズをとりなすと共にウィリアムにも

「ウィリアム、残念だが今の我々には他人の不幸を心配する暇はないのだ。利用できる物なら何でも利用しなければならない。さも なくば彼らではなく、このロンドンが滅びることになる」

と言った。そして直ぐに再び、ジョーンズの方を向き

「しかしエマーンが崩壊してしまったら、我々も一蓮托生と言うことになります。よってあまり積極的な行動を控えるべきだと思 います」

と言い、ウィリアムの言葉を融和政策的な物に誘導した。
 すると話が(彼にとっての)意味にある話題に戻ったことを見て取ったのか、ジョーカーも話題に参加した。

「彼らの混乱に介入するのは当然と思います。ただそれはあくまでエマーンにコミットするためではなく、我々の地位を保つため に行うべきでしょう」
「つまり問題は、だ」

 二人の発言にジョーンズは再び意識を政治に戻すと言った。

「我々はこの後どのような手段を用いてエマーンという体制に潜り込むかと言うことだ。経済だけではダメだ、安定した走行には 最低でも二輪は必要だからな」

 その質問に対しなぜかバンコランは答えず、あつまさえ彼はジョーカーを目で制していた。バンコランはウィリアムの心情にど ちらかというと羨望の念を抱いていたが、将来のロンドンをになう一翼になる将来がある以上そのような考えは捨て去らなけれ ばならないと感じていた。
 ジョーカーも貴族の世襲に関しては別としてその点については同じ考えをもっていたのでバンコランの制止に従っていた(も っとも彼はウィリアムが再び『甘い』回答をし、出世の道が断たれることも期待していたが・・・・・)。
 彼らの様子を見ていたジョーンズは再びため息をつくと、再び彼の息子を見た。
 三人の無言の圧力を感じながらウィリアムはしばし俯き、葛藤に悩んでいたようだがやがて顔をあげると言った。
「それは我々にあって、彼らにないものであるべきです。そしてそれは唯一つしかありません。それは・・・・・・」



「軍事力です」

 ウィリアムの言葉に一同(特にエマーン側から)がざわめいた。ウィリアムはそのざわめきを無視し話し続けた。

「長い間平和が続いたエマーンにはまともな軍事組織が存在していないとお聞きしています。しかし現在のこの世界では様々な武 装集団、敵性体等が数多く存在し又、それらによる襲撃も多数報告されています。特にエマーンの高い技術力はどの組織も咽喉か ら手が出るほど欲しいものでしょう。特に問題なのはそれらの製品を大量に有し交易を行っているハウスです。このままではこれ らに大きな損害が出るのは必至でしょう」
「だから今、テムズ川に浮いているあの鉄舟で守らせるべきだと。お忘れのようですから改めてお教えしたいと思うのですが我々 のハウスは海ではなく空を飛ぶものです。それに速度も巡航速度で貴方がたの3、4倍は出せるのですよ。とても貴方がたの船が役 に立つとは思えませんが・・・?」

 ラース家の嫌味にラース家の者達だけでなく、トーブ家の者達もマニーシャを除き、追従笑いをした。
 これに対しウィリアムは待っく動じることなく答えた。

「だからこそ我々はエマーンの政体への加入を申し入れたのです」
「それは、どう言う事です」

 今度聞いたのはマニーシャであった、笑みを浮かべている。しかしその笑みは先程のラース家代表のような人を馬鹿にしたよう な笑みではなく、興味深い事を聞いたときに浮かべるそれであった。

「勿論、我々はハウス護衛にあたってそれに対応した艦船を建造するつもりです。そしてそれには輸出禁止品である慣性制御機関 の搭載が必要不可欠となります。我々がエマーンの政体に参加を希望する理由の一つに慣性制御機関の供与を求めているからな のです」

 このウィリアムの言葉にエマーン側は本格的に騒がしくなった、といっても言葉は殆ど漏れない。殆どのメンバーはお互いの触 手を絡ませ言葉を交換しており、その時の物音が騒がしかったのだった。逆に言うとそれほどまで物音を立てるほど彼らの意見交 換が激しかったのである、これで声を出していたら会議場は騒然となっていたであろう。
 トーブ家の一人が反論した。

「もし君達の提案の通りにしたとしよう。もしそうなった場合、君達のロンドンがエマーンの中で最大の戦力を持つことになる。我 々はそれを看過する事は到底できない」
「無論我々の軍事技術も皆様に提供するつもりです。それにその件に関しては様々な取り決めを交わすことで解決できるものと我 々は信じています。なお、自慢ではありませんが我々イギリスは兵器開発において常に世界の先鞭を付けてた国である事をご記憶 願いたい」

 ウィリアムに腰をおろすように目で指示したジョーンズが代わって答えた。評議員である彼が話すことによって発言の重みが 増すと考えたからであった。
 そのせいかどうかは解らないがエマーン側の動揺はますます大きくなっていった。実はトーブ家もラース家も安全保障にはか なりの懸念を抱えていたのである。現在そして暫くのところはまだ自らのテクノロジーを誇示することで何とかやっていけてる がいつかは底を見透かされる漬け込まれることは容易に想像できたからである。そしてそうであるがゆえにこの提案は単純にエ マーンハウス団の安全だけでなく、本国の安全保障にさえ大きなプラスとなるものであったのだった。

「よろしいですか?」

 エマーンの焦燥が限界まで高まった時、これまでこの席上に於いて最初を除き、殆ど発言しなかった者が声を上げた。

「なんでしょうか?パタリロ殿下」

 ウィリアムの質問にパタリロはおっとりとした声で答えた。

「いえ、そろそろ事前に通達した件の時間が迫ってきたものなのでここで少しの時間をお分け願いたいのですが・・・」
「我々としてはかまいませんが、今はエマーン代表団の持ち時間です。先ず、エマーンの皆様の意見をお聞きしませんと・・・」

 ウィリアムの声と視線に答えるように、マニーシャはにっこり笑うとこの申し出を快諾した。

「構いませんわ、私達にも気分を変える時間が必要なようですし・・・」

 彼女はそう言うとさりげなく自身のエマーン代表団を見た(と言っても、殆どの者が視線を逸らしたが・・・)。
 申し出が通った事を確認するとパタリロはタマネギに向って頷くと、タマネギは机の下からラジオを取り出し机の上に置いた。

「事前通達したので皆さんも既にモニターしてるかと思いますが・・・・・・こら、まだか?」
「ちょっと待ってください。ワルシャワのラジオアンテナ塔がなくなったせいかどうも受信状態が良くないんです・・・・・・よし、繋 がりました」

 タマネギが離れると同時にラジオから音楽が流れ出した。しばらく景気の良い音楽が流れた後、アナウンサーが喋り始めた。そ の第一声に含まれていた単語を聞いたとき、マリネラ以外のすべての出席者は己の耳を疑った。

『4月に発生した大異変以後、我々ソビエト社会主義連邦は……』

 パタリロが伏せていた最後のカードが開かれ始めた。



 意外といえば意外だし、当然と言えば当然かもしれない。間者猫は交渉相手はせいぜい外務大臣かと考えていた。しかし彼の予 想と異なり間者猫に会ったのはこの国の最高責任者であるソビエト共産党書記長であったのだった。
 あるいは私が諜報員であるという点も働いたかもしれないな。まぁ、個人的にそう思われるのは心外であるのだがな……。
彼はそのようなことを考えながらその書記長と共にラジオに向かい、そこから流れる音声に耳を傾けていた。

「そろそろですな……」

 野暮ったい風の太った熊−二キータ・S・ブレジネフ書記長が間者猫に語りかけた。大祖国戦争(第二次世界大戦)時、政治士官 を勤めていたこの男はどちらかと言うと派閥の対立を調整しその上でそのトップに立つという男であり、そうであるがゆえに交 渉能力の面ではなかなかの人物であった。
 彼の言葉を聞いたかのようにラジオの音声は最も重要な箇所を喋り始めた。

「…このような状況において我々を対等な立場として接し、信義ある交渉を行ったかの国に対しそれに答えるものとしてソビエト 連邦はグリニッジ標準時7月7日午後1時、マリネラ王国と国交を結ぶものである」

 その音声を聞いたとき思わず間者猫は溜息を漏らした。大任を果たしたことによる満足の溜息であったが、同時に消される事は 無くなったという安堵の溜息でもあった(熊の国であるなしに関わらず、60年代のソ連はそのように受け止められていた)。

「おめでとう」

 語り掛けられ急いで振り向くとブレジネフはロシア人らしい屈託のない笑顔を見せると手を差し出した。
 ブレジネフの行動を見たとたん間者猫はその長い諜報員の経験からある恐ろしい結論を導き出したが、書記長自ら出した手を 無視するわけにもいかない。彼は覚悟を固めその手を握り返した。
 次の瞬間。
 ブレジネフは握手だけでなく、間者猫に抱き付くとさらにはキスをしようしてきたのである。これはロシアの伝統的な行為であ るのだがさすがに少々控えたい行為でもある(しかも相手は熊である)。結局間者猫は様々な葛藤の末、頬に交わすに止めることに 成功し、何とかこの難局を切り抜けた。

「で君の方はこれで良かったのかね……」

 間者猫が先ほどの行為のケアをしていると、ブレジネフはそんな事を訊ねてきた。

「どう言うことですかな?」

 伺うように聞き返す間者猫に対しブレジネフは武器を使わない方法による闘いを数限りなくこなした者に必ずある目―どんな 目の大きさであろうとその端は必ず流れるように切れている―それに得体の知れない光を宿しながら囁く様に言った。

「君、いかに我々の現状が外界と隔絶されてる状況であるとはいえ、今ロンドンで会議が開かれてることぐらいそこにあるラジオ でいくらでも知ることができるのだよ。そこで行われている事とこのラジオ放送が関係する程度の事、ヴォルガの魚でも気付きま すよ」
「失礼しました。しかし御心配には及びません。貴方がたと国交を結ぶという一点だけでも我々の行動に大いに助けになるもので す」

 ほかの案も受け入れてくれたらもっと楽になったかもしれませんがね……。間者猫はその様な事を思ったが勿論、口にはしなか った。なにしろブレジネフを始めとするソ連の政治家、官僚は保守的という意味では日本の同類に勝るとも劣らぬ存在であり(但 し日本とは違い、良くも悪くもロシア的な土着性の強いものではあるのだが…)、そのため一流の諜報員である間者猫も第一条件 の国交の樹立しか確約することができなかったのである。
 間者猫がそんなことを考えているのを知ってか知らずかブレジネフはその事に恩着せがましく聞いた。

「役に立ったと言うのはエマーンに関連した事かね?」
「ええ、間に東欧の小国がいくつかあるとはいえエマーンと貴方がたは互いにかなりの重圧を感じていると思われます。しかしこ こで我々マリネラが間に入ることにより両国の関係はいくらかの改善が可能となるでしょう」
「確かに。これまでとは比べ物にならないくらいの選択肢が増える事になりますな……」
「ええ。そしてそれは他の国家、例えばアメリカとも核バランスの交渉を行う必要があるでしょうし、また日本連合や中華共同体に も同じことが言えます。特にこの両国に関係することであるシベリア問題に関しては当地において貴国の特殊部隊―スペナズに よって確保されている各所の鉱山に関しましては我々も深い関心を持っています」

 間者猫の発言にブレジネフはこの件がマリネラが最もわが国と交渉したかった事に違いないと考え、リップサービスの意をこ めた返答を返し、さらにその返答に耳によい返事の代わりとでもいわんばかりに先程の説明の時に抱いた疑問も付け加え、更なる 情報を引き出そうとさえした。

「なるほど。確か貴国もダイヤモンドの産出国でしたな。解りました、その件に関しては同じダイヤモンド産出国として前向きに検 討させてもらうことにしましょう。しかしエマーンですが、あなたの話や我々が情報収集をし解析した結果を見るとかつてそこに あった西欧よりも政治的に一本化されていないと認識してます。そうなると先程の提案だけでは全ての者達を納得させることは 難しいと思われますが……」

 ブレジネフの質問に間者猫は素直に答えた。彼は今はソ連に正しい情報を与える事でこの国の政治思考が内に入らないように するのが肝要と判断したのである。

「それに関してはその通りです。しかしおそらくパタリロ・・・殿下は今頃、今回貴国に示した国交締結後の交渉案を開陳しているこ とでしょう」

 間者猫の言葉にブレジネフは傍にあった書類をめくりだした。口に手を当てしばし見入る。そこにはマリネラがソ連に対して提 案した外交提案が山のように記されてあったが、彼は直に最も関係すると思われる項目を見出す事に成功した。彼は書類の一点を 指(というかむしろ爪)で叩き言った。

「これですな。シベリヤ―ノヴァヤ・ゼムリャを経由するアジア・ロンドン間直行航空便・・・なるほど金儲け第一主義であるエマー ン商業帝国の商業帝国主義者共には魅力的な案でしょうな・・・。しかしあれですな、もしかのスターリンがこのソ連の書記長を勤 めていたら我々は今頃エマーンの勢力圏に雪崩れ込んでたでしょうな」

 スターリンはともかく、今ソ連が侵攻云々は勿論法螺である。彼はエマーンの事を憎々しげに語ったがそれは単にソ連のイデオ ロギーとあまりにもかけ離れた存在だからであり、そのとてつもないテクノロジーを持ったエマーンと中央部のみ出現した祖国 の間で戦端を開こうとは欠片も考えてはいなかった。ブレジネフの発言はもしかしたら仕掛けられているかもしれない盗聴器へ の対策と後は・・・彼独特の諧謔に他ならない。

「しかしこれをお受けするのは難しいですな。ご存知の通り、北極海沿岸には多数の軍事施設があり、これを不用意に諸外国の目に 晒す事は・・・」

 ブレジネフの言葉は間者猫が差し出した新たな書類に遮られる事になった。しばらく訝しげに書類を見入るブレジネフであっ たがやがてその顔色は見る間に変わって行く事になる。何故ならそこにはソ連の軍事情勢が事細かに帰されていたからであった。

「これをどうやって・・・いや待てよ、しかし・・・信じられん。あれは謀略放送だと考えていたのだが・・・・・・」

 思わず声を上ずらせたブレジネフであったが、暫くすると沈黙した。別に平静を取り戻したからではなく、単にそれ以上の衝撃 的な事実に思い当たってしまったのである。
 間者猫の言葉は彼の考えた『事実』を裏付ける事となった。彼が最も遭ってほしくない『事実』を・・・・・・。

「残念ながらソビエト連邦が存在した世界−これは我がマリネラも含まれるのですが−の内、およそ8割におきまして貴国は20 世紀の終わりに崩壊する歴史を辿っています。これはその後、公表された資料なのです」

 間者猫の言葉にブレジネフは何の反応も示さなかった。衝撃が大きすぎたのだ。無論、彼も融合直後からの通信等の傍受により この種の報告は既に何度か受けてはいたのだが彼を始めとした首脳部はこれを謀略とし、歯牙にもかけていなかったのである。

「よろしいでしょうか」

 間者猫がブレジネフに対しそう言ったのはそれから10分後、彼がようやく衝撃から脱して(様に見えて)からである。

「いや、これは失礼しました。どうか先程の醜態は忘れてくださるよう・・・・・・」
「いえ、書記長の衝撃はむしろ当然と言えるものかと思いますので・・・もちろん先程のことは忘れさせてもらいます。ところで・・・」
「解っています。確かにこのような条件下では機密保持など何の意味も無いでしょう。しかしそれを別にしたとして、もし我々がこの案を呑んでもこの国の領空を飛行機が通り過ぎるだけ、我々には一切利点は無いと思いますが、あなた方はそれに関してはどうお考えなのですかな?」

 先程の衝撃を忘れ去ったかのような(いや覚えてるからこそなのだろうが)このブレジネフの更なる譲歩を求めるとも取れる発言に間者猫は答えた。

「書記長、確かに融合前はその様な先に妥協を図らせるといった方針は有効かつ必要だったでしょう。特にあなたが蹴落とした前 任者であるフルシチョフ失脚の原因がキューバ危機の妥協にあるのならそれは必然ともいえるでしょう。しかしそれはもう通用 しません。この世界にいる者達は既にソ連の内情をよく知っているのです」

 沈黙するブレジネフに対し間者猫はなおも言い募った。

「私のような諜報員上がり風情が一国のトップにこの様な事を言うのも差し出がましいと思うのですが、これからは貴国の方から 呼びかけを行う必要があると私は考えているのです。ただでさえ今のあなた方の勢力圏は大幅に縮小されたものになっており、こ れまでの様に自国のみで国家運営を行えるような状況ではないはずです。これからは少なくとも自分達に何が足りず、何が必要で あるかをはっきりと示さなければいけなくなるでしょう」
「そうやって『弱み』を見せることで相手国を交渉のテーブルに着かせるべきだという事ですな」

 普段は寡黙である間者猫の熱弁が効をそうしたのかブレジネフは彼に対し合わせる言葉を返した。それはつまり、彼の(ひいて はマリネラの)提案に賛同するという事であった。

「さて、今後のことなのだが……」

 それどころかブレジネフはまるで彼を顧問であるかのように今後の方針についてまで意見を聞いてきたのである。

「はい。まず第一に両国の大使館の開設と大使館員の派遣を行わなければなりませんが……」

 普段とは全く異なる調子で喋り続ける間者猫。だからであろうか、彼は見落としてしまったのである。ブレジネフのその太い眉 毛の下にある目が一瞬、光るのを。




後書き  まだエピローグがありまーす。


<EINGRADの感想>
 HIさん大作をありがとうございます。
 私はこの作品を読んで「シャーリー」及び「エマ」に嵌りました。
 何しろ、その前に「エマ1巻」を古本屋で購入した時にはそれ程興味を惹かれなかったのに、この作品を読んでからすっかり嵌ってしまって挿絵を描く衝動を抑えられなかった程です。
 勿論副読本も当日購入。
 いやあ、大英帝国って良いなあ・・・。
 それはさておき、本編では余り語られなかったエマーン−アメリカを両極とした大西洋地域の政治経済関係を見事に書き切って下さっています。
 しかもクマ−ソ連の内実まで。
 私が考えるよりも深く、しかも無理なく出来上がっていますので、エマーン商業帝国周辺はこう云う政治経済問題を内包している物として、今後この地域を絡めた作品を書く際にはHIさんの作品を参考になされると間違いありません。
 ではでは。





日本連合 連合議会


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 提供/岡田”雪達磨”さん。ありがとうございます。


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