作者:HIさん


SSFW外伝

            マリネラ興亡史

  第二章 ロンドンのかけら(前編)

 常春の国マリネラ

 マリネラ王宮の執務室においてパタリロは、時空融合からここ数ヶ月の間日課となっている新たに判明した世界状況に関する報告書に目を走らせていた。
 彼が嫌う単純な書類仕事に較べこの報告書は格段に面白く、そのためこの時間帯は貴重な静寂の空気が漂う時間としてタマネギ達の憩いの時ともなっていた。
 現在、マリネラはおおむねにおいて平穏でありダイヤモンド貿易も軌道に乗っていた。
 しかしながら必ずしも安全とはいえず、特に南米で大殺戮を行ないながら勢力の拡大を進めるムーに関しては直接的なプレッシャーだけでなく、間接的にも進路上にある北米大陸の準戦時体制による個人支出の低下が発生しており宝飾用ダイヤモンドの需要は予想よりも低くなり、逆に工業用ダイヤモンドは供給が追いつかないほどであった。
 その為現在のマリネラが早急に手がけなければならない問題として新たな供給と需要の地があり、特に供給源はなんとしてもマリネラの手で抑えたかったのである。
 そんな事を頭の片隅に置きながら報告に目を通していたパタリロはある国に関する項目を見たとき動きを止めしばらく考え込んでいたかと思うと、電話に手を伸ばし(どうでも良いが受話器の向きが逆である)タマネギを呼んだ後もう一度電話をかけなおした。
「……ダイヤモンド鉱山の整体局に繋いでくれ」
 新世紀元年七月ことであった。

―それから二週間後

 ロンドン郊外―陸の孤島となった後もこの地に住むロンドンッ子はこの呼称を使い続けており、ロンドン中央部があった地には『現在再開発中』の立て札が刺さっている―にあるマンションの一室。
 黒いストレートの長髪に整った顔立ちをした男が受話器を握って何事かを大声で話していた。
「……うむ解った、明日だな。なに?…そうゆうことはこっちに来た後にいえ!わかったな、切るぞ!!」
 受話器をたたきつけるようにして切ると、彼―英国情報部MI6きっての情報部員であり、また美少年キラーと言う異名を持ち自他共に認めるプレイボーイでもあるジャック=バンコラン少佐は大きくため息をついた。
「どうしたの、バンコラン?」
 キッチンからでてきた巻き髪を片目にたらした美少年がたずねた。
「パタリロ…あのアホからだ、明日くるから貸しを返す算段をつけとけと言ってきた。あの擬人軟体動物、鬼の首をとったような態度をとりおって……」
「パタリロがくるの?」
「ああ、このロンドンの今後を相談するために会議が開かれるのは知っているな?それに出席するから今度完成したロンドン空港に迎えにこいといってきた」
 バンコランはそうぼやきながら少年―彼の愛人であり、相棒でもあるマライヒに目を向けながら
「フィガロは寝ているのか?」
と彼らの子供(注:実子)の事を聞いた。
「うん、良く寝ているよ。時空融合…だっけ、あれが起きた後から良く眠るようになったんだ。色々あったからね、疲れているのかな?」
「確かに色々あった、何せつい一ヶ月前まではヴィクトリア女王の時代の者達と一緒に十九世紀末の生活をしていたからな。全く何て出鱈目な話だ!今でも信じられんぞ、私は!!」
 額に手をやりながらつぶやくバンコラン。
 どうやら現実主義者の彼にとって今回の自体はかなりの精神的ショックとなったらしく、いまだに気分の切り替えが上手くいかないらしい。
「でもあの時代の人たちといっしょに融合したおかげで何とかやっていけたんだから、もし私達だけだったらどうにもならなかったと思うよ?」

 事実だった。
 この世界に出現したロンドンはアメリカのTCTや中華共同体の香港やアモイのように、様々な時空が融合した都市として出現していた。
 しかしほかの都市が規則性など欠片もないモザイク状に出現しているのに対し、ロンドンは素人目に見ても明確な規則性が確認できたのである。
 具体的な地名を挙げると、ロンドン北部にあるカムデン地区を中心とした半径六キロ、ただし北東には八キロ伸びた卵形の区間が出現したのだが、中心から半径三キロはマリネラと同じ世界、時間の二十世紀末のロンドン(以後、中央部と呼ぶ)、その他の区域は十九世紀末から二十世紀初頭のヴィクトリア朝のロンドン(同じく、外周部)、さらに都市移転限界線より一・五キロ内側の最外縁部では時代こそ前者二つの世界と同じながらも様々な世界のロンドン(この地区だけはモザイク状に)が出現していた。
 その為、外側から見ると鉄筋コンクリートのマンションなどがある中央部を取り囲むようにして煉瓦造りの建物が立ち並ぶという情景が出現していた。
 しかし、つい一ヶ月前まではこの中央部は全くの無人地帯となっており、そこに住んでいた住民たちも外周部に間借りをして生活をしていたのである。
 その理由は簡単で、この出現した区間には殆どのライフラインの供給設備がなく、それらに特に頼り切っていた中央部は全ての生活機器が使用不能になってしまったのである。
 その一方、外周部において電気設備はまだ一部の家の照明にしか使われておらずランプもまだ広く利用されており、またガス灯や調理設備などのガス設備に関しては最外縁部に位置していた鉄道駅(ユーストン、セントパンクラス、キングスクロス駅など)が十九世紀末のものだったので大量の石炭の備蓄などがあり、それから石炭ガスを蒸留する事により何とか供給量を満たす事ができた。
 その他食料においても流通があまり発達していない外縁部はそれなりの備蓄を各家庭とも備えており、マリネラ等の各国の援助が来るまで十分持ったのである(貴族の中には馬に乗って狩りに出かけるものもいたが…)。
 その為、自然ロンドンの行政は外周部が中心となっていった。
 無論、問題無しともいかず融合当初はパニックになった一部の市民が暴動を起こし、中央部の風俗街の有志達が警官と共同で鎮圧にあたるようなことがあり、またライフラインも水道に関して上水は時空融合により浄化されたテムズ川からのポンプによるくみ上げや井戸の利用でどうにかなったものの、排泄物は堆肥として利用する他は下水に関しては有効な処理方法が思いつかず下流に流すより他なくこの問題はエマーンの援助による下水処理システムの導入まで解決される事はできなかったのである。
 そんなわけで上記の理由によりバンコラン一家もいつも住んでいるマンションを離れある貴族の邸宅の一室を借りており、電気等の回復によって戻ってこられたのはつい一ヶ月前の事だったのである。
 もちろんその間バンコランも何もしていなかったわけでなく、この街のために持ち前の能力やマリネラとのコネを最大限に活用し治安の回復や援助物資の拡大に努めた結果、外周部の上流階級を中心としたロンドンの行政をつかさどる自治評議会の中でもそれなりの発言力を持つようになっていた。

「ねえ、バンコラン?」
 これまでの事をぼんやり考えていたバンコランはマライヒの呼ぶ声に、はっと注意を戻した。
「私達どうなっちゃうのかな……」
「わからん。ただ今言えるのは現在、援助をしているカナダ、エマーン、マリネラのうち一国でも援助を打ち切ったら、すぐに干上がってしまうのは確かだ。しかしこのままではそうなる可能性は高い、そうならないためには早急にこの街の将来を決定しなければならないのだが…」
「自治評議会の人たちに何か考えはあるの?」
「いや、彼らは街をまとめるために精一杯らしくてそこまで手が回らないらしい。それに上層部と官僚との間で意見が別れている、上層部は外周部の貴族だし官僚は中央部の中産階級出身だからな。その上それらからあぶれた外周部の市民の一部にはいわゆる貧民層もいてな、彼らの待遇改善要求への対応でかかりっきりになっているらしい」
「あなたは?」
「一応考えはある、しかしこのアイデアは三国のうち事前に最低一カ国の示し合わせと結果として三国全ての同意が必要だ。彼らの提案として発表されなければまともに取り上げられないだろうし、三国全ての同意がなければこのアイデアは実現しないだろう」
「じゃあ事前の示し合わせをする国はどこにするの?カナダ?エマーン?それともマリネラ?」
「情報から総合すると最有力候補はマリネラだ。しかしあいつが私の言うことを聞くかどうかなんだが……」
とバンコランが答えたとき、ピンポーン♪と来客を知らせるチャイムの音がした。
「はぁーい」
とマライヒが玄関のドアを開けるとそこにいたのは
「よっ、元気そうだなマライヒ」
 ついさっきまでバンコランが電話で怒鳴りあっていた相手だった。
「パタリロ!?」
「なにっ!?」
 驚くバンコランとマライヒ、何せついさっきまでマリネラにいたと思っていた相手が目の前にいるのだから当然である。
 二人を尻目にとっとと部屋に上がりこみ、ソファーに腰をおろしたパタリロはマライヒに
「粗茶があるとうれしいんだが」
と聞いた。
 少しカチンときながらもキッキンにいくマライヒを横目で見ながらパタリロの向かいのソファーに座りバンコランはたずねた。
「おまえ、明日来るんじゃなかったのか?」
 どうやって来たのか尋ねるのが先のような気もするがパタリロとの長い腐れ縁からこいつのやることにいちいち付き合ってもしょうがないと認識しているからである。
「ほかの国に秘密でこちらの自治会と話したくてな、電話の後流星号ですっ飛んできた。なんせ今大西洋上の電話中継はアメリカの電話会社の中継船が行なっているからまず盗聴されてカナダに情報が流されるだろうし、エマーンにいたってはどんな技術を持っているかわからないからな、そいつを逆手にとって僕がまだマリネラにいると思わせたいんだ」
 ちなみに流星号とはマリネラに住む出稼ぎ宇宙人から(高利貸しの担保として)貰った部品より作った空飛ぶ絨毯形飛行装置で、亜光速の飛行が可能である。
「それで何のようだ?」
 仏面顔で尋ねるバンコラン。
「はい、粗茶!」
 同じく仏面顔でマライヒがお茶を持ってきてテーブルにやや乱雑においた。
 そんな二人を尻目にお茶を飲みだしたパタリロは飲む途中で手を止めマライヒに言った。
「粗茶菓子があればもっとうれしいんだが」
 マライヒのこめかみが引きつったように見えたが、そのまま何も言わずキッチンに消えた。
「うむ今度の会議においてロンドンの処遇が決定されるんだが、三国の事前協議ではエマーンの慣性制御技術を使って岩盤ごとマリネラやカナダに移動させると言う案がかなり有力になってきてな…」
「その辺の事は私の耳にも入っている、マリネラがそれに反対している事もな。…にしてもだ、おまえ達は我々当事者を無視して勝手にそんな事を決めようとしているのか」
 不快感を隠そうともしない口調で問いただすバンコラン。
「はい、粗茶菓子!!」
 同じく不快感を隠そうともしない口調で、お菓子の入ったお盆をテーブルに叩きつけるように置くマライヒ。
「あくまで事前協議だ。それにおまえがいった通り、僕はこの案には同意していない」
 お茶菓子を食い散らかしながらパタリロしゃべり続けた。
「カナダやエマーンの言い分はこうだ。『このまま現在の地にロンドンがあることはその援助に莫大な費用がかかり、また一番近い文化圏がエマーンでは文化レベルの相違に発する軋轢は避けられない。それを防ぐためにはより手軽に援助ができ、文化もより近い地に彼らを移住させたほうが良い』」
「つまり『これから先も援助がほしかったらこっちに来て、我々のいうことを聞け』ということか?」
「まあそんなところだ…。カナダは輸送距離の問題から、エマーンは文化の違いからこの案を支持している。さすがにエマーンも勿体無いからとは言っていない、そんなことを言えば信用がなくなるということはわかっているらしい…将来はわからないがな」
 バンコランは頷くと、パタリロに先を促した。
「で、我がマリネラの方針なんだが…悪いがこれから先おまえ達に無償援助を続ける気はさらさらない、たとえおまえ達がマリネラに来ようともな」
「なんですって!!」
と怒声を発したのはバンコランではなくマライヒであった。
「どういう事よ!今になって援助のお金が惜しくなったとでもいうの、ここにいる人よりもお金のほうが大切とでもいうの!? どうなの、答えなさい!!」
「落ち着け、マライヒ」
 パタリロに詰め寄ろうとするマライヒを押しとどめながらバンコランはパタリロの目をじっと見ながら言った。
「今、無償援助は…といったな?」
「ああ、ちゃんとこれまでの分を返してくれるような目算がたつなら、援助を続けてやってもいいと思っている。」
 バンコランの顔になんともいえない表情が浮かんだ、それは彼と同じことをパタリロが考えていたという事に対する嫌悪感と自分のアイデアの中での一番の懸案事項が解決したという安堵感の二つの感情が入り混じったものであった。
「そして、それはロンドンがここになければならないという事だな?」
「そう、マリネラだけでなく世界が必要とすることだからな、大儲けできるぞ」
そう言ったパタリロの目にはいたずらっぽい光があった。

 その後二人はお互いのアイデアに関して調整と意見交換を交わした後、バンコランはこの案をロンドン市の考えとするよう自治評議会に働きかけをしに出かけ、パタリロは明日予定通りロンドン空港に到着するタマネギが来るまでバンコランのマンションにいることになった。
 しかし年並み以上の好奇心を持つパタリロがじっとしていられるはずもなく、二時間もたつとマライヒに向かって昼食ついでに出かけないかといい始めた。
「あのねぇ、人目に付きたくないから一晩ここに泊めろといったのは君じゃなかたっけ?」
「なに安心しろ、こんな事もあろうかと…」
 そういうとパタリロはぱっと飛び上がり着地したときには普通の少年が現れていた、以前も何度か使っていた変装のひとつでかつらが上手くほっぺを隠している。
「どうだ?」
「まあ、そんなに行きたいのなら止めはしないけれど…」
 頭を抱えながらマライヒは電話を取った。
「外周部なんだけどなかなかいいお店があるんだ、値段も手ごろだしそこに行こう。今タクシーを呼ぶよ、フィガロは下に預かってもらうよ。」

 ―数分後。
 二人の前には一台の辻馬車が停まっていた。
「車はまだ使用が制限されていてね、代わりにこうゆうのが走っているのさ。……通りの『モナ・リザ』へ」
 説明しながらマライヒは御者へ目的地を告げた。
 しばらく走るうちに町並みはコンクリート製の建物が消えていき、煉瓦造りや木造モルタル製の建物が大半を占めるようになっていった。
 暫くすると、
「フィガロの調子はどうだ?」
 パタリロがどこか伺うような口調で問い掛けてきた。
「うん、時空融合の後から良く寝るようになってね、少し疲れたんだろうと思うんだけど…それが何か?」
「いや、少し心配になってな。元気そうならいいんだ」
「そう…でも私達はマンションごと貴族のお宅に泊めてもらったからそんなに疲れてないんだ。他の人達は公共施設が殆どだったから、そっちの人達はもっと疲れてると思うよ」
「ふむ…」
 マライヒは暗にそういう人達がいる事をつたえたかったのだが、パタリロは他の事を考えてるらしく関心を払わなかったので、仕方なくマライヒは話題を変えることにした。
「そういえば外縁部なんだけど、その中に十九世紀末のベイカー街があるって知ってた?」
「ああ、しかし報告書を見たが二百番があったぞ?確かあの当時はまだその番地は存在しなかったはずだと思ったが…」
「うん、でもあったんだ。で、そこの221-Bに誰が住んでいたと思う?」
 無論、世界名探偵友の会会員であるパタリロがその番地を知らないはずがない。彼にしては珍しく緊張した口調で尋ねた。
「…で、いたのか?」
「うん…でも今はいないよ。二人とも最新の犯罪捜査や医療技術を学ぶといってロンドン中を駆け回っているから、今彼らがどこにいるのか誰にもわからないんだ」
「うーむ、しかし彼らがここにいるとわかったら大変だぞ。きっと世界中の名探偵がここに押し寄せるだろうからな」
「そうだね。でも、君やバンコランのアイデア通りになったら彼らはこのロンドンに無くてはならない存在になるだろうね」
「それはそうだな…」
 そんな会話を交わしていると馬車は一軒のカフェの前に停まった。
「ここだよ」
 そういって御者に運賃を払うと、パタリロを促しカフェの中に入っていった。
『モナ・リザ』という名のそのカフェはまさしくロンドンのカフェというべき造りで、カウンターとテーブルそしてボックス席が組み合わさった落ち着いた空気をかもし出していた。
 ただしお客は殆ど年寄り(といっても元気のいい、いわゆるくそぢぢいの類)ばかりで初めての人が入るには少し勇気のいるところではあった。
「ベネットさん、こんにちわー」
 マライヒが挨拶するとカウンターの中にいた二人の女性(といっても二人の間にはかなりの年齢差があったが)の内女主人らしき三十路間近といったほうが振り向き返事をした。
「あら、マライヒさん。こんにちは!!」
 周りの客もそれにあわせ次々と返事をする、どうやらマライヒはこの店の常連らしい。最後にカウンターの中にいたもう一人の、黒を基調としたワンピースにエプロン、カチューシャといういわゆるメイド服を着た十歳ちょっとのおとなしそうな女の子がぺこっと頭を下げた。
「あれ、今日はシャーリーが来てるの?」
「ええ、最近忙しい時間にきてもらってるの。そっちもおんなじ位の子を連れてきているようだけど、どうしたんだい?」
「ああ、友人の子でね。出かける用があるとかで預かったんだよ、名前はパ…パニッシュと言うんだ」
「パニッシュです、よろしく」
 マライヒに合わせるようにしてパタリロ…いやパニッシュが頭を下げる。
「あら、礼儀正しい子だね。なににしますか」
「ああ、軽いものでいいよ」
 パタリロに聞くベネットをさえぎるようにしてマライヒが注文をする。今はパタリロが役になりきっているからいいものの、かれ本来の食欲が表に出てしまったら最後この店の食料は一切なくなってしまうし、何よりマライヒの財布が持たない。
 そんなマライヒをじっと見ていたパタリロだったが、シャーリーにお冷を出されるとにっこりと笑い彼女の顔を赤くさせ、ついでにそれを見て自分も赤くなっていた。
 そんなパタリロを見てこうゆうとこは年頃の子なんだなあ、と思っていたマライヒはふとテレビが設置してあるのを見つけた。
「ベネットさん、テレビつけたの?」
「ええ、やっぱこうゆうのは便利よねー」
 ちょうどテレビはBBC(本社ごとこちらに来ていた)がニュースでテムズ川河口にあった港町サウスエンドの浜辺に設置した仮設港湾に停泊していたイギリス艦船のうち、外国艦船の受け入れを表明した日本連合に向け融合前日本と同盟を結んでいた世界の艦船が出港していく様子が映し出されていた。
「あーあ、天下のロイヤル=ネイビーもかつての後輩の下で下働きとはねえ」
「しょうがないよ。今のロンドンに彼らを維持する能力もお金も無いし、彼らのおかげで日本も援助してくれるんだから。それに指揮下に入る先だって、インド洋や太平洋に出現した同じ英国艦隊だし、向こうにはれっきとした王族もいるんだし」
「女王陛下(ヴィクトリア女王)の曾孫なんだって、マウントバッテン卿」
「私にとっては女王陛下(エリザベス女王)の義理の伯父何だけどね…」
 そうぼやく二人の後ろで、パタリロとシャーリーはお互いに顔を赤らめたまま言葉少なめに会話を弾ませていた。

 一方、政府庁舎として臨時に使用されている三つの駅のひとつセント・パンクラス駅の一室ではバンコランが一人の若い官僚と話していた。
「……という訳でな、お前の力を借りたい」
とバンコランは融合後に友人となったウィリアム・ジョーンズにこの件への協力を働きかけていた。
 彼は官僚としては数少ない十九世紀末の出身で爵位を持たないとはいえれっきとした上流階級の出なのだが、その時代の人としては珍しくあまりそういった階級意識をもたないので中央部やカナダ人といった二十世紀末の人々との受けも良く、この件に関してはうってつけの人物であった。
 ウィリアムはしばし天井を見上げた後バンコランに視線を戻し
「バンコラン、君の友人であるパタリロ国王は信用できるのか?」
と聞いた。
「あいつは友人でもなんでもないし、言ってる事はまったく信じられん。……しかしあいつの言ったエマーンとカナダの案に関してはこちらも裏が取れてるし、パタリロがそれに反対してるのも納得できる。あいつのケチはエマーン以上だからな、そこらへんを考えれば俺たちを騙すメリットはないだろう…問題はこの件が片付いた後だな。きっと恩切せがましくあれこれ強請られるぞ」
「本当に国王かそいつは……」
「知らん!まあ、その件は後で考えよう。とりあえず評議会につなぎを入れなければどうしようもない、頼まれてくれんか?」
「ま、それはかまわんがあの人が俺の言う事を聞くかな…」
「何だお前、まだ親父と喧嘩してるのか」
「喧嘩というより意地の張り合いだよ、お互い馬鹿馬鹿しいとは思っているけどな…」
 そういいながらもウィリアムは受話器を取ってダイヤルを回し始めた。
「…ああ父さん、僕だよ。…いや、今日はエマの事じゃなくて…」
 暫しの会話の後、
「今日の夜、評議会委員内でサロンを開くからお前を連れてこいだとさ」
「そうか…」
 バンコランはほっと一息付きそうになりながらもまだ始まってもいないことを思い出し、思わず姿勢を正しながらも『早く現場に戻りたい……』と今度はため息をつきたくなった。

 舞台を少し後のバンコランのマンションに移すと。
「…うん、わかった。がんばってね……おやすみ」
 マライヒは電話を切ると元の格好に戻ったパタリロのほうを向き、バンコランが今日は戻らない事を告げた。
「何だ?あいつ、美少年とナニしにでも行くのか?」
 そうまぜっかえすパタリロの言葉に一瞬髪の毛がメデューサとなったマライヒだが、すぐに元に戻ると上層部にあってくるというバンコランのメッセージを伝えた。
「ん、そうか。とりあえずはあいつに全てを託す他はないな…」
と何事もなかったように言葉を返すパタリロを見て、これまでおちょくられ続けたお返しとばかりに今度はマライヒがからかうような口調で尋ねてきた。
「それはそうと…、さっきのカフェじゃシャーリーとずいぶん仲が良かったじゃないの。ひょっとして気に入ったの?」
 シャーリーの名を聞いたとたんパタリロの顔は真っ赤になり、体もカッチンコッチンに固まってしまった。
「へー、どうしたのかなー。タマネギさんから聞いた話じゃ、君ろくに女の子とも手をつなげないようじゃない。やっぱ変装してたからなの?ねー、ねー」
「いや、あれはなんと言うか…その」
 何とか返そうとするパタリロではあったが自分に対しての色恋に関しては経験の乏しさもあって有効な反論も思いつかず、ただただ八つ当たりのようにその脳裏ではロンドン大使館員の給料相場が大幅な下落を続けていた。
 結局マライヒのからかいは夜まで続き、そのころにはタマネギの給料は一割にまで減っていたとか。

 二人の事は置いといて、バンコランとウィリアムに話を戻すと。
 早めの夕食を終えた彼等は日暮れと共にセント・パンクラス駅をでると、そこに停まっていたジョーンズ家の馬車に乗り霧の出てきたロンドンをサロンに向かっていた。
「そういえば、君はこういった場に言った事はあるのかい?」
「あまりないな。私はあまり友人と付き合えるような時間を持ったことはないし、あったとしてもカフェかレストランで食事をしながらだからな」
「まあ、今回はサロンだからな。あまり格式ばらなくてもいいんだし」
 ぼやくように話すウィリアムにバンコランは前々から気になっていたことを聞いた。
「ウィリアム、ひとつ尋ねたいのだが…」
「答えられる範囲ならな」
「お前の親父なのだが……最近良く大英図書館にいかないか?」
「ああ、大英博物館も含んだあそこは二十世紀末の施設だからな、世界の移り変わりを知りたいからと融合直後からちょくちょく行っているが……それがどうかしたか?」
「いや……最近良く上層部の連中が行くと聞いているのでな、何かあるかと思ったのだが……」
「考えすぎだよ、親父達もこの世界に何とか適応していこうと一生懸命なのだろ」
「まあ、そうなのかもしれんが……」
 釈然としないながらも、そういってバンコランはこの話題を引っ込めた。

 そうこうしている内に馬車がひとつの建物の前で停まった。どうやら目的地に着いたらしい、彼らを出迎えるために建物から出てくる人影を窓越しに見ながらバンコランは敵のアジトに乗 り込むときのような緊張を味わっていた。
 馬車を降り建物中に入ると応対役らしい男性がウィリアムの帽子を受け取りながら他の客は皆そろっている旨を伝えると、二人を奥に案内していきひとつのドアの前に立つとノックをしゲストが来た事を中に知らせドアを開けた。
 その部屋には暖炉を囲むようにしてソファーなどが設置してあり、それら調度品はかなりの高級品ぞろいであった。
 そしてその部屋に全く違和感なくくつろいでいる気品と知性にあふれた貴族達―彼らこそロンドンの行政を預かる評議会委員たちであった。
 そのうちのウィリアムとよく似た中年(彼らの時代では初老)男性が立ち上がり会釈をかえすとまずウィリアムに向かって話し始めた。
「久しぶりだな、ウィリアム」
「父さんも元気そうで」
「仕事はどうだ?市民達に物は行き届いているのだろうな?」
「今のところは大丈夫です。むしろ問題はこれから先どうなるかの展望がないことかと思います。」
「わかっている、だからこそ彼を連れてきたのだろ」
そういうと彼はバンコランのほうを向き、手を差し出した。
「済まない、息子に会うのは久しぶりでね。久しぶりだなバンコラン、息子が世話になっている」
「そんなことありませんジョーンズさん。融合当初はお宅のお世話になりましたし、その後もウィリアムには色々助けてもらっています」
そういいながらバンコランも手を差し出し握手を交わす。
 実は融合当初バンコランが身を寄せていた貴族の邸宅とは彼、リチャード・ジョーンズの屋敷であり、ウィリアムとの付き合いもこの時の縁からなのである。
 また彼はウィリアムの時に説明したように貴族ではないが資産家として上流階級に属しており、そのため他の貴族が領土を失ったのに較べ資産の被害も比較的少なく、結果として上層部のトップとしてこの評議会でも議長職に就いていた。
「いや、あの時はマライヒ君に下の息子達の世話をしてもらったからねお互い様だよ」
「いえ、そんなことはありませんよ」
 ジョーンズの謝辞に内心冷や汗をかきながら答えるバンコラン。実はあれはマライヒがバンコランの魔手から子ども達を守るためだったのである。
 まあ、次男は少し生意気で末っ子は幼すぎたので大事には至らなかったが(調度、彼のストライクゾーンに入っていたのが女性だったところにジョーンズ家の幸運があった)。
 そのようなことには露とも気付かず、ジョーンズは他の委員の方に向くと
「紹介しよう。我が大英帝国が誇る外套と短剣の第一人者、ロンドンの安全を裏から支え、さらにはマリネラ国王とも面識がある者だ」
「元大英帝国情報部MI6情報員、現ロンドン公安局対外課課長のジャック・バンコラン少佐です」
 それにあわせ他の者も挨拶を始める、殆どは外周部の貴族で中央部出身の官僚は一人もいなかった。
『ここら辺がロンドンの最大の問題だな…』そう思いながら進められるままにソファーに座り、葉巻をすって様子を伺いながら頃合を見て取ったバンコランはウィリアムに、ウィリアムは、ジョーンズに目配せするとジョーンズは頷き本題に入る口火を切った。
「さてバンコラン、君はこのロンドンの先行きを決めるアイデアをマリネラから提案されたようだがそれはどんなものなのかね」
 ジョーンズはウィリアムから聞いた内容を確認した。
 ちなみにバンコランは自分のアイデアが入っていることはウィリアムにも話していない、そのような事は無用なひけらかしだと思っているからだ。
「はい、その前にエマ―ン、マリネラ、カナダによる事前協議の内容を知る必要があるのですが…」
 一人の委員が口を挟んだ。
「大丈夫だ。そのロンドン移送案に関しては我々や一部の官僚も大体知っている」
「本当ですか?」
「ああ、カナダ人が教えてくれた。どうやらカナダ人も我々と同じように意見が分かれているらしい、エマーンは移送案で統一されているようだがな」
 ちなみにロンドン内部において上層部は移送案に反対、官僚は半々なのだが反対派にはそれに代わる有効な代案がないことがネックとなっていた(カナダはもう少し移送派が多いが基本的な構図に変化はなかった)。
その発言と共に他の委員達も話し始める。
「これまでのところは意見が拮抗しているからお互いに表立った行動はしていなかったが、このままだと移送派が生活に不安を覚えている一般大衆を味方につけるため情報のリークを行なう可能性がある。そうなったらロンドンの世論は冬の北大西洋のような有様となり、世界からはロンドンは統一した方針を出せない連中との評価がついてしまうだろう」
「そうでなくとも我々には時間がない。どう転ぶにせよ今回の会議で決着をつけなければ9月には間に合わない」
「9月と言うと例の…」
「そう、英連邦にとって最も重要な時に会議を躍らせていたとあっては末代までの恥だからな」
「と言っても英国発祥のこの地から離れるのは忍びない。官僚達やカナダ人の多くも実務的にはともかくとして、心情的には同じだろう」
「そこでマリネラの提案だ。もしそれが一石二鳥と言える妙案ならば無論我々も協力は惜しまない、反対を唱える連中もこの土地で自活できると言うならば考えを翻すだろう」
 その言葉と共に全員の目がバンコランに再び向けられた。
「そういうわけだ。君が今から言う考えがロンドンの明日を照らす光である事を期待しよう…始めてくれたまえ」
ジョーンズの促す声と共にバンコランは話し始めた。

 パタリロ(そしてバンコラン)のアイデアはエマーンとその他の国との技術レベルの差に注目したものである。
 実際の話、エマーンとの技術格差は一般的な技術レベルの発達から計算しても数百年単位の差があり、2050年代のアメリカでさえ技術導入によってエマーンが現在一般的に使われている慣性制御システムより一世代前の重力制御システムの運用が精一杯なのである。
 逆に考えてみると他の世界で使われている(エマーンにとっての)時代遅れの技術の中には彼らにとっては『失われた技術』が存在する事でもあるのだ。
 代表的なものとして航空機が挙げられる。かれらエマーンにとっては揚力を使用して飛ぶ機械などはあまりにも非効率的かつ危険な代物であり、そのような技術は現在では完全に失伝していたのである。
 これは船舶も同じであり、そのため現在のエマーン勢力圏には飛行場や港湾と言えるものは一切存在しないのである。
 ここで問題になるのはエマーンへのアクセスの問題である、このようないわば『テクノロジーのカーテン』が存在するような状況ではお互いの意思の疎通は(特にエマーンに関しては)難しく、このままでは大きな問題になりかねないと思われたのである。
 この問題に対してエマーン側は諸外国への支社の展開などを推し進めてきたが、そのような一方的な経済戦略はすでに大きな問題となっており、また支社もその能力を超えた取引量にすでにパンク寸前となっていた。
 また輸送力の限界と言う問題もあり、特に予想以上(この予想はアメリカの国力を元に『エマーンの常識』にしたがって算出されたものであり特に軍事費の面において大きなずれが生じていた)の重力制御系の発注を行なうアメリカに対してはその交渉権を獲得したトーブ家のハウスの数では間に合わなくなってきており、このままでは他の氏族に儲けを譲るか、契約の不履行と言うエマーン人にとっては最も恥知らずな行為のどちらかが発生するかもしれなかったのである。
 そこで二人の考えた案とはロンドンにある空港、港湾を利用した物資、人員の積み替えシステムの構築である。
 例えばある人がエマーンに行きたいとする。
 このとき航空機でエマーンに行こうとしても飛行場そのものがないので不可能、エマーンのハウスだとスピードの問題からどうしてもある程度の日時が必要となってしまうのである(ここで疑問なのがエマーンには旅客機のような高速長距離輸送システムが存在しない事である。これはおそらく重力制御技術と違い慣性制御技術が低速ならば推進剤無しでの移動が可能なため、経済性から交渉・連絡等を通信に委託し高速性能を諦めたものと思われる)。
 しかしここでロンドンの空港で乗り換えれば大幅な時間の短縮となるのである。
 港湾もそれほど急を要さない場合、サウスエンドの港湾を使い貨物をハウスから積み替えれば一般の船舶でも物資の輸送が可能になるのである。
 さらにこのシステムはエマーンのハウスにも応用が利き、中型を各コロニーからロンドン、大型をロンドンから北米という形にしておけば効率よく交易ができるのである。
 しかしながら良い事ずくめに見えるこの案だが問題も多く、その中でも最大の懸案事項が肝心の空港、港湾施設の未整備であった。
 何せ両者とも元から存在しなかった代物なので、ロンドン空港はまだ滑走路が一本しかなく、またサウスエンドの港湾施設にいたっては集まった船舶群の中にマルベリー(第二次世界大戦においてノルマンディー上陸のために連合軍が用意した人工港湾)があったためそれを利用してどうにか開設できたものだったのである。
 そのためこの案を実行・拡大するには更なる資本の投資が必要であり、そこを各国が納得するかが懸念されていた。
 さらにエマーンに関しては大西洋を横断する大型のハウスのための支援設備が必要になり、先のエマーンの主張もあわせ説得の困難が予想された。

「で、エマーンにはどう譲歩させるのかね?」
 委員の一人が一番の要点を聞いてきた。
「はい。その点に関してなのです……マリネラはエマーンを譲歩させられるような案を持っているようなのですが、詳しい事は国家機密だとして教えてもらえませんでした」
 はっきりしない内容であったがバンコランは全く気にせず言い、また委員の誰も文句は言わない。おそらくこれがマリネラの最大のカードだと全員が認識しているからだ。
 ポーカーでもブリッジでも七並べでもおよそ全てのカードゲームにおいて己の全てのカードをさらす馬鹿はいない、そう言う事である。
 バンコランが説明を終えると委員の誰もが(表面上は)思索をしているような態度を取っていたが、やがて互いに目配せするとジョーンズが立ち上がり言った。
「ありがとうバンコラン君、有益な提案を聞かせてもらったよ。君の果たした役割は実に重大だった、我々もそろそろ腹をくくっても良いかも知れんな」
「それでは……」
「うむ、これより活発な運動を始める事にしよう。ご苦労だった、マンションにいる彼を夜遅くまで待たすわけにもいかんだろう今日の所は帰りたまえ、明日キングスクロスでまたあおう」

「しかし何故これまで誰もそのような考えを思いつかなかったのだろうか」
 帰りの馬車の中、バンコランはウィリアムの質問に答えていた。
「別にこれまで誰も考えなかったと言うわけではあるまい。ただそのアイデアを考え出し、実行に移す力があったのがあいつだけだったと言うだけだ」
「それだけでも十分たいしたものだと思うぞ」
 バンコランは鼻を鳴らした、彼としてはパタリロを手放して賞賛する気にはなかなかなれないのである。
「しかし、さすがにすぐ決まるとはいかなかったな」
とウィリアムが言うとバンコランも
「それはそうだ、第一あれで決まるようではそっちのほうが問題だ。今夜は連中、夜があけるまであそこにいるのじゃないのか?」
とのバンコランの言葉にウィリアムが苦笑していると
「まだ一番の問題があるしな」
とバンコランは言葉を重ねた。
「エマーンか?」
「ああ、あの国は移送一本槍だからな、あの国の考えをなんとしても変えなければならない」
「確かに。このまま彼らをないがしろにしてわれわれだけで議論の180度転換をしたら、報復として援助の即時停止を決めかねんしな……」
「それに彼らは商売に生きる民と聞く、商人にとってなめられるということは死活問題だからな。きっと全力で反対するだろう」
「何か案はあるのか?」
「何とかしてエマーン側とも交渉をして意見を一部でも変えさせたいのだが、残念ながら現在の我々はエマーンとのパイプは全くと言っていいほど存在しない。これはどこの国でも同じらしいがな……」
「となるとチャンスは三日後の交渉団到着から共同宣言までの一週間…いや、向こうの交渉も考えると二日と言ったところか……大丈夫なのか?」
「少なくともよほどのうまみがない限り彼らはうんと言わないだろう。少なくとも先ほどサロンで言った内容ではとても間に合わん」
「それはそうだな。あれはロンドンを香港や上海、シンガポールにすると言う内容だからな、エマーンにも利点はあるがそれよりも諸外国のほうがより必要とする類のものだからな」
「うむ、交渉団との直接交渉ともなると私の出る幕ではない。となるとマリネラが説得するしかないのだが…あいつが最後のかぎを握ると考えただけで憂鬱になってきてな」
 そういうバンコランの憂鬱そうな声はロンドンの霧に吸い込まれていった。

「で、マイクロフトくんはどう思われますかな?」
 一方、彼らが帰った後のサロンは改めて先程の案に対しての討議が進められていた。
 マイクロフトと呼ばれた、先程は一言も発言しなかった男は少し考え込むように眉間に皺を寄せた後
「なかなかいい考えだと思う」
と話し始めた、彼の言う事に誰もが耳を傾けている。
 彼は弟の下宿にいた時に兄弟共々時空融合に遭遇した十九世紀末の人間で貴族の出身ではないのだが、その見識と先を見通す力は前の世界同様彼らを認めさせ頼らせるものがあり、重要な用件に関しては殆ど彼の意見にしたがっていた。
「基本的に誰もが幸せになれるというものだ、ロンドンの現状を最大限に生かしたものといえる。我々がカナダの説得を成功させられるなら、このままエマーンも同調するかもしれない」
とマイクロフトはバンコランよりも楽観的な考えを持ち出した。
「同調するかね?」
「あの国が一枚岩でない事を忘れないように、今我々と交渉しているのはトーブ家だがもし我々と協調しなければそこを他の氏族に突かれるかもしれない、そうなるよりは妥協の方がましと考えているだろう」
「ともかくあの国の外交力は半端なものではない、彼らの意見を変えるにはどうしても二国の賛同が必要だからな」
 マイクロフトの賛意により実際的に採られる行動について話され始めた。
「となるとカナダを我々が説得できるかが問題になるな……」
「わかっている。しかしどうも最近この件に関して食いつきが悪い、彼らにも十分関係あるにもかかわらずだ」
「ひとつ気になる情報が入ってきている」
 答えたのは一人の男であった、老年の割にかくしゃくとしている所や他の貴族よりもラフな服装から二十世紀末の出身とわかる。
「何かねアイルランズ卿」
 少し不快そうな口調で聞く外周部出身の委員達。
 彼らは二十世紀末の一般大衆の風俗は許せても貴族の変化に対してはあまり慣れてないらしい、ここら辺は近親憎悪に近いものなのかもしれない。
 無論彼の能力は彼らも認めており上層部独自の情報収集を任せていた、つまりは趣味の問題に過ぎないのではあるが…。
 そういった空気を年齢と経験の差でかわしつつアイルランズ卿は淡々と報告した。
「この件にアメリカが口を挟んでいる気配がある、どうやらロンドンを移転させその跡地に自分達の資本で新しい拠点を作ろうとしているらしい」
 彼の言葉に一同緊張が走った、大英帝国全盛期出身の彼らとてアメリカの国力の強大さはよく知っている。
「ふむ、そうなると厄介だな。連中も国家の存亡がかかっているし、カナダもそれに関しては同じだろうからこっちの工作も難しくなるな…」
「そのときはエマーンへのマリネラの最後のカードが役に立つときだろう、と言っても我がロンドンやカナダの意見が完全に移送に傾くのだけはなんとしてでも避けたい。あらゆる手を用いて移送案派の拡大を抑えなければなるまい」
「しかしどうすれば…ここで下手に話をこじらせたらどのようにもまとまらなくなって、最悪ロンドンは見捨てられるぞ!!」
 一人の委員の言葉に誰もが沈黙していた。
 暫くして、
「……ミスタージェントルメンに協力を仰ぐ必要があるかもな」
 つぶやくように言ったマイクロフトの声に誰もが身を固くした。
「……あの人か、前の世界はともかく今はそれだけの力を持っているのか?」
 その声にアイルランズ卿が答える。
「すでにカナダとアメリカの協会とは連絡を取っている。アメリカは規制が厳しくなってるようでな、一部の商品をカナダで生産しているから繋ぎも入れやすかったようだ」
「ジェントルマンはこの案に賛成するだろうか?」
「わからん…それは行って確かめるしかあるまい。礼を欠くが状況が状況だ、今から行く事にする。アイルランズ卿、マイクロフト君付いてきてくれ」
 ジョーンズが言うと二人以外の委員も立ち上がった。
「委員会の意見はロンドン移送案に反対の方向で決定したな」
 思い出すように一人の委員が言った。
「今更何を言う」
 ジョーンズが笑いながら言った。
「ロンドンはここにあるからこそロンドンなのだ。そんなのは融合前からきまっとるではないか」
 マイクロフトが続けた。
「すでに我々は当の昔にルビコン川を渡る決心は付いていたのだ。ただ渡り方がわからずにいた、それだけだ」
 自嘲の笑い声が響き渡った。
「そしてマリネラがそれを教えてくれた」
 アイルランズ卿がいった。
「そう、我々はマリネラに大きな貸しを作った。英国紳士としていつかは返さねばなるまい」
 ジョーンズの声に委員全員が頷いた。

 一方、話が上手くいっている事も知らずパタリロは帰ってきたバンコランと今日の宿泊費に関して激論していたがやがて折り合いをつけ毛布にくるまり床についた。
 そこで彼は後後マリネラの切り札となる重大なヒントを手に入れる事になるのであった。



後書きは完結したときに。


<アイングラッドの感想>
 同上・・・ってダメですか?

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