「やれやれ、頭が痛いな」
「頭痛薬をお持ちいたしますか?」
首相官邸で、5月5日の事件の経緯をマスコミに発表するための資料に目を通していた加治は、その複雑さとややこしさに頭を抱えていた。どうにか打ち合わせも終わり、明日最終的なチェックをした後、公式発表となる。あまりのややこしさ故、だいぶ時間が経ってしまって、イリス事件以来の政府対応のまずさを、マスコミ各社からは突っ込まれまくっていた。
それはそれで問題だが、加治はそれを厭うてはいない。むしろ、報道機関が健全かつ活発に機能している証拠だと喜んでいたりする。
(マスコミが政府に迎合したら、それは民主政治の末期だからな)
彼は本気でそう思っているのだ。協力と迎合は似て異なるものである。
「いや、頭痛薬はいい。問題の複雑さに困っていただけだからね」
加治は肩を自分でほぐしながら、セリオの方へ振り返る。するとセリオ=アユミは、無表情のまま、言葉を返した。
「わかっています。今のは冗談です。コーヒーでもお持ちいたしましょうか」
「……頼む」
台所に消えていくセリオの背後を、加治はぽかんとして見つめていた。
「冗談を解するメイドロボか……技術は、確実に進歩していると言うことか」
知らぬが仏とは、まさにこのことであった。
裏側の勇者達
5月5日の大事件、俗称『有明襲撃事件』は、GGGと市井の格闘家達の活躍で、何とか幕を閉じた。だが問題は、どこまで事態を正確に公表し、どこからを機密を守るための創作……つまり法螺でごまかすかであった。
いくら何でも、すべてを公表することは出来なかった。そんなことをしたら、霊力関連の情報を全公開することになってしまう。かといってこれだけの大事件、秘密裏にすることも出来ない。
実際、この事件が元で、又日本連合政府は、新たな力と、それに比例する厄介事を抱え込む羽目になったのだから。
マスコミ対策など、それに比べれば大したことがない、と言いきれるくらいに。
頭痛の一つは、なんと言ってもゾンダリアンの活動再開である。
GGGメインオーダールームには、久々に緊張が高まっていた。
「この分析結果をご覧ください」
猿頭寺が分析した結果を投影する。
「ごらんの通り、怪獣化したベヘモスより回収された『封魔石』……これは、処理の仕方や働きなどは違うものの、本質的にゾンダーメタルと同じと言ってもいいくらいよく似た特性を持っています。おそらくゾンダリアンの手にこの物質が渡れば、彼らはこれを原料にしてゾンダーメタルを製造できると思われます」
「そうか……そうすると、ゾンダーの奴等も、ついに動き出すってわけか」
火麻参謀が、両手を体の前で打ち合わせる。
「封魔石はゾンダーメタルほど精製というか、制御がきっちりとはしていないようです。ゾンダリアンの手でコントロールされ、人間と融合するゾンダーメタルに対し、封魔石や封魔柱に詰められている『魔素』は、生体組織ならなんでもいいそうですから」
そこで表示が切り替わる。
「南雲氏の話や、鷲羽博士による解析結果から見ても、この『魔素』は、我々が目を付けていた素粒子ZOとほぼ同等のものでしょう。これを霊力工学的に解析すれば、素粒子ZOとは、疑似粒子化した霊力波動、霊電場や霊重力場が複合・安定化して、ちょうど現実の粒子のような振る舞いをしていると考えて間違いなさそうです。例によって数学的には霊波動方程式の解として成立するのですが、霊力次元での幾何解析が不可能なため、現実世界に対応した結果はまだ導けないことも報告しておきます。ただ、ゾンダーの持つ物質融合・変形が、霊力工学的な現象であることは結論として間違いないようです。昔話などで語られている変身・獣化などの現象と、根は一緒と言うことですね」
「Gストーンや護君の力は、それを現実化できると言うことか」
大河長官が重々しく言う。
「ええ、ここ半年足らずの間の研究で、工学寄りの霊力現象は、かなり数値分析が進んでいます。ただ、困ったことに、我々にはそれを具体化できない。霊力場に対する干渉を、直接的に測定、分析できないせいです。現実世界の機器をどう扱えば、望んだとおりの計算結果を霊力場に展開できるのかがわからない。これが出来れば、低次の魔法的現象は、一気に工業化が可能になるのですが」
「無理を言っても始まらんよ、猿頭寺君。獅子王博士も、Gストーンの利用方法はギャレオンのデータを元に解析できたが、Gストーンそのものを完全に複製することは出来ない。それは未だ、人類の手には届いていない技術なのだ。だが、異星人や古代文明などによって作られた物体がこうして存在する以上、いつか必ず人類はこの技術に追いつく。我々の使命とは、それまで人類を存続させることではないのかな?」
長官の含蓄ある言葉に、猿頭寺は深い感銘を受けた。
「ええ、その時まで、諦めてはいけない。と言うことですね」
「そういうことだ」
皆の思いは、あの事件の直後へと飛んでいた。
あの事件の後、大半の格闘家は身元の確認だけで解放された。元々彼らの大半は義侠心から協力してくれたものである。政府としては特異能力保持者として登録してほしかったが、無理強いするわけにもいかなかった。というか、登録してくれるような人物は、春日野さくらのようにすでに登録済みだ。
また、『ベヘモス』に搭乗していたタクマ少年は、過剰な薬物投与による副作用のせいで、現在も入院中である。証拠隠滅目的による殺害の可能性もあるため、ちょっとしたVIP並の警護を受けている。
魔法使いの少女……木之本さくらには、あっさりと逃げられてしまっていた。
「ま、今の私達にはまだ無理よ。無理に追いつめるより、名乗り出てくれるような社会を作る方が、早道かも知れないわね」
とは、鷲羽ちゃんの弁である。加治首相も、同じようなことを考えているらしい。
こうして大半の人物は、あっさり(?)と解放されたのだが、一部の人間はそう簡単にはいかなかった。
南雲慶一郎と、相良宗介である。
超人的な格闘能力を持つ慶一郎、未知の、そして驚異的な性能の機動兵器を操る宗介。
この二人だけは、さすがに政府も見逃すわけにはいかなかった。
かといって彼らを犯罪者のように拘束するわけにもいかない。信賞必罰は現在の日本政府にとっても根本的な国是である。そして今回の件に関して、二人の行った行為は、賞が罰を遙かに上回っている。
その妥協案が、中立地帯ともいえる、GGGでの会談だった。
そこで日本政府は、二つの驚異的な事実を知らされることとなった。
おそらく神界などと同じレベルに存在している異世界・ソルバニアの存在と、そこから一方的に送り込まれてくる『魔素』。ウィスパードとブラックテクノロジーの存在。それを所持する『ミスリル』と『アマルガム』。
宗介が預かっていたメッセージは、大河長官の手から連合政府防衛会議へと渡され、もはや何度目になったかわからない大激震を関係者各位に見舞っていた。
それらのいくつかを報告しよう。
「この『パラジウム・リアクター』は、極めて画期的ともいえる動力源じゃ。現在の世界において、1、2を争う、クリーンかつ安全なエネルギー源となる。是非とも応用、量産したいところじゃが……困った問題がいくつか有る」
『アーバレスト』の予備分析が終わった後の報告会議で、岸田博士はそう発言した。
「小型軽量、高出力。さすがにエリアルサイズまでいくと、触媒の効率の関係で今までの熱核反応炉の方が効率がよくなるが、この程度までなら圧倒的に高効率かつ安全じゃ。大型化しても、効率が落ちる分コストはかかるが、安全性では比べものにならん。これは核反応炉ではなく、核電池とでも呼んだ方がふさわしい代物じゃからな」
「電池、と言いますと?」
参加者の質問に、博士はこう答えた。
「炉という文字には火偏が使われている事からもわかるとおり、いわゆる反応炉には高温・高圧の維持が不可欠じゃった。だがこのシステムは完全に常温常圧下で作動する。つまり爆発する要素がないんじゃよ。破壊の危険にさらされている戦闘兵器の動力源としては、ガソリンエンジンより安全じゃぞ」
基本的にパラジウム・リアクター自体が爆発したりすることは、構造上あり得ないのだ。
「だがな……いかんせん、このシステムに使われている工作技術は高度すぎる。今の日本には、これを製造することは出来ても量産するのはまだ無理じゃ。メンテナンスもまるで追いつかんじゃろう。何より一番大事な原料であるパラジウムが足りん。北日本鉱業や海援隊、面堂マテリアルなどにも問い合わせてみたが、残念ながら大量生産するほどの在庫は確保できんそうじゃ。ほかの希少金属は足りとるのじゃがな……肝心のパラジウムは日本にやってこなかったらしい」
約10年後には北日本鉱業の鉱山開発などが進み(地底の一部はロシアの地下に及んでいる)、パラジウムもそれなりに産出されるようになるのだが、この時点では未だ十分な量の発掘報告は為されていなかった。
「現時点で、このパラジウムリアクターを大量生産して産業ベースに乗せられるのは、エマーンとアメリカしかない。中華共同体はシズマドライブに特化しておるから、こういうのは不得手じゃしな。そのことを肝に銘じておいてくれ」
後にこの技術は、基本特許は日本が押さえたものの、事実上すべてのライセンスがアメリカに売却されることになる。アメリカは丁度その時、高性能かつ安全な電源供給システムを喉から手が出るくらい欲していたため、瞬く間にこの技術は普及していった。その中の一社が、『ミスリル』のカバー企業であったことも報告しておこう。
もっとも『軍事技術の輸出』か、『世界的エネルギー危機への貢献』かで、政界が大きく揺れることにはなったのだが。
アーバレストに関しては、もう一つ大事なことがある。
『ラムダ・ドライバ』の解析であった。
原理は不明ながら、精神力を攻撃力や防御に変換できること。
『神威の拳』を機械的に再現できるシステムではないかという、慶一郎の意見。
そして、ミスリルからのメッセージ。
まず鷲羽ちゃんが、そして6月にはいると紅蘭も合流して、徹底的な解析が行われた。
その結論は……
「参ったわね、こりゃ」
「意味は分かるけど、再生産は手に負えんわ。これ作った人、本物の天才やで」
二人ともさじを投げることになった。
「理屈は、まあ、わかるのよ」
鷲羽ちゃんも、紅蘭も、同じ事を言っていた。
「このアーバレスト、調べてみてびっくりしたけど、基本構造は『光武』に極めて近いのよ」
「霊子力シリンダー、全身をくまなく走る精霊石ファイバー、そして霊電変換器。原理はみんなわかるんや。けど、どうやったらこれを、霊力界レベルで統合できるのかがわからへん。これを解析でけたら……うちらの『光武』は、多分究極レベルまでパワーアップできるで」
「これを作った人……『ウィスパード』でしたっけ? その暗黒面に取り込まれて自殺しちゃったんですってね……惜しい人を亡くしたわ」
実際、一番のポイントである霊電変換システム……ラムダドライバの中枢解析は、かなりの未来までなされることはなかった。その制御方法も、未知数と言ってよかった。
後にミスリルと共同研究をするようになっても、なかなか手が届かなかったのだ。
だが、この技術も又、様々な分野に形を変えてフィードバックされることになっていく。
時には意外な形となって。
翌年発表され、特に若い女の子の間に大ブームを巻き起こすことになるゲーム、『エンジェリックレイヤー』が、実はこの手の技術の集大成であるとは、さしものアメリカ=チラムやエマーンも、長年気がつかなかったりするのだ。
まさか日本政府の最高級機密が、よりによって民生用のゲームに使われているなど、想像の埒外にあったのである。
彼らは『エンジェル』をコントロールするための『小型脳波検出装置』が『霊電同調反応計測器』であるとは思ってもいなかったし、エンジェルを自在に動かす、『ムービングコントロールシステム』が、操縦者の脳内肉体制御ルーチンを霊的同調によって利用するものであるなどとは、全く考えもしていなかったのである。
基本設定によって無限のバリエーションをもち、さらに操縦者との連携によって成長すらするシステム。実はそこにこそ、日本の誇る超科学が結集していたのである。
実際、『エンジェル』のボディを構成しているマテリアルが、ゲッター合金の亜種だったなんて、誰も想像していなかったであろう。
長船会長、恐るべし(笑)
そして、『神威の拳』の存在。
ついに身柄を押さえられてしまった慶一郎であったが、関係者への伝授については、きっぱりと断りを入れた。
「俺自身、そこまで極めた訳じゃあない。基礎くらいは教えてやるけど、そっから先はどっちかって言うと天賦の才がものを言う。ま、あんまりお堅い軍人さん向けじゃない」
この件は以前にも語ったが、最終的には極限流空手が日本に逆輸入されることによって、一応の解決がついた。だが、六道女学院からのスカウトが激しくなったことは伝えておこう(笑)。
後年、ついに音を上げた慶一郎は、非常勤講師として招聘されることになるのだが、あの慶一郎をそこまで追い込む六道家の実力……と言うより天然ぶりは、長らくこちらの業界でも語り継がれることになる。
なお、政府筋はこの件についてはあっさりと引いたが、それでも特異能力者登録は、きっちりとさせられてしまった。月に一度魔素が降ってきて、規模は小さくともほぼ間違いなく今回のような騒ぎが起こるとなったら、いくらなんでも放置しておく訳にはいかない。
「二次災害及び器物損壊に関しては手を打とう。その代わり、登録だけはきちんとしてほしい」
こう言われたら、さすがに慶一郎も逃げるわけにはいかなかったというわけである。
又、宗介達であるが……
「もしもし、相良ですが」
「久しぶりだね、相良君」
「これは閣下、わざわざすみません」
事件の翌日、宗介達の元に林水からの連絡があった。お連さんと恭子は自宅に帰っていたが、かなめは報告に時間がかかったため、宗介と共にGGGで一泊していた。お互い家には誰もいないから、心配されることもない。そんな二人が朝、食堂で一緒に食事をしているとき、宗介の携帯に連絡が入ったのだった。
「ああ、早速だが喜ばしい連絡だ。君たちの身柄は、今私も通っている、江東学園が引き取ってくれるそうだ。まあ、少し気になることはあるが、待っているぞ。場所柄寮に入ることになると思うが、問題はないかね」
宗介はかなめにそのことを伝える。かなめは問題ないという風にうなずいた。
「自分と千鳥は問題有りません、閣下。後の二人には改めて連絡をお願いします。ところで、気になることとは」
「うむ、どうも政府筋の、かなり上層の存在が、君たちの動きに注目しているようだ。そのせいもあって、君たちの編入は、私が手を尽くすほどのこともなく割とあっさり認められたのだが……心当たりはあるかね」
「……肯定です、閣下」
林水の言葉を、宗介達は苦々しい溜息と共に受け取った。
「了解した。では、再会を期待しているよ、相良君」
そうして電話は切れた。それを確認してから、かなめは溜息をつく。
「ありすぎるわよね……心当たり」
かなめの存在は、日本連合も責任を持って保護すると誓ってくれた。決して利用しようとはしないが、協力は期待したいと、しっかり言われてしまったが。
もっともかなめにしたところで、もし自分が、正気を失うことなく、テッサのような能力を発揮できるようになったとしたら……別段政府筋に協力することを、嫌とは思っていない。
「世話にもなっているし、それに今の日本、嫌いじゃないしね。前の世界みたいに、間の抜けてる政府じゃちょっと怖いけど」
とは、かなめの弁である。実際かなめは両親がNY在住だったため、時空孤児としての保護対象になっている。
この絡みもあって宗介達は全員江東学園への編入が決まった。
なお、特例として宗介は春麗やマナなどと同じ特別護衛官として日本連合にも認められ、銃器の所持及び使用許可が正式に下りたことは付け加えておこう。付近の警察組織などにも、慎重な根回しがされた。
「ただの、話に聞いたような真似は出来るだけ控えてほしいな。許可が出ているとは言ったが、危急時以外に学園内で銃器を振り回したら、遠慮なく没収するぞ」
理事長も兼ねている岸田博士は、宗介達にそのことを伝えた時、こういった。
「了解した。ただ、一つ聞かせてほしい」
「なんじゃ」
「みだりに使用しないことは約束する。だが、あなたはいかなる権限で、政府から所持許可の出た銃器を没収するというのか、その論理的根拠をお教え願いたい。自分にとっては、それは任務遂行に必要なことである故、明確にお願いしたい」
かなめは『何今更常識外れな質問しているのよ!』と思ったものの、それも又宗介式の思考方法であることに気がついて黙っていた。
と、岸田博士はにやりと笑っていった。
「決まっておる。『校則違反』じゃからじゃ」
「そうか、了解した……どうしたのだ、千鳥」
かなめはツッコむことも忘れてこけていた。
そして時は過ぎ、だいぶ苦しい言い訳もあったが、ようやっと騒ぎも沈静化し、日常が戻った頃。
加治の姿は、とある海に浮かぶ無人島にあった。
いや、正確には無人などではない。そう思われていただけだ。
極秘のうちに、加治首相、土方防衛相、竹上議員などの要人を乗せた潜水艦「たつなみ」は、見事に偽装されたドックの中に姿を現していた。
そして、深町一佐は、そこで再び『彼』に出会った。
かつての世界で、いろいろな意味で競い合った相手……海江田四郎に。
そこで何が語られたかは、今更であろうからくどくどとは述べない。
だが、来るべき未来へ向けて、一つの意志が確認されたことは告げておこう。
「首相……やり遂げねばなりませんな」
竹上も、もはや今の日本は、世界は、過去とは全く違ったものになったことを改めて実感していた。
「海江田四郎……さすがは前世界で『沈黙の艦隊』を思いついた男だ。この世界の行く末を、ぴたりと見据えている」
「そうですね……私にしても、まだ目標としてしか掲げていなかった構想を、彼はずばりと口にした。そして、それを実現することを、いつの間にか誓わされてしまった」
汎世界的人類防衛機構。
国家人種生命形態の枠を越え、人類の生存のために戦う意志。
かつての国際連合を越えた、人類という種を守り抜くための『牙』を研ぎ上げることが出来るのは、おそらく加治隆介一人しかいないと、海江田は言い切ったのだ。
「かつて私は私なりの考えを以て、私の理想とする世界を築き上げようとしました。私自身はその結末を見ることがなかったのですが、竹上さんの話によれば、一度は成功したらしいですね。そして、かつてそれだけのことをした男として、私はあなたに問いたい。
加治首相、いや、加治隆介さん。今の地球上において、人類すべての平和を願い、そしてそれを現実のものと成す力を持った人間は、おそらくあなたしかいない。天の時、地の利、人の和。すべてがあなたのもとには集まっている。後必要なものはただ一つ……強い意志です。あなたには、その意志がありますか、加治さん」
かつて世界を揺るがした男の問いに、加治はうなずいていた。
それこそが、加治の理念だったが故に。
そして、それを見て、傍らにたたずんでいた銀髪の少女は、その身からは想像も出来ないくらい強い意志を秘めた瞳で加治を見据えた。
「あなたがその志を忘れない限り……『ミスリル』はその目的のためへの協力を惜しみません。なぜなら……それはまた、『ミスリル』の理念でもあるのですから」
そして加治は、娘どころか、下手をすれば孫でも通じかねない少女の手を、対等の存在として手を取り、力強く握手をした。
「私も、約束しましょう。道のりは遠くとも、誓いは果たすと」
この時より加治は、世界の平和を強く意識するようになる。
アメリカやエマーンが、強大な力を持ちながらも、自国の繁栄のみを願っていたのとは、実に対称的なことであった。
このため時には国内意見をまとめきれず、野に下ることもあった。
だがその意志は、後にすべての難関を突破して、汎世界的地球防衛機構を設立させることになる。
彼は、その一歩を踏み出したのだ。
だが、一方ではそれと正反対の道を歩む者もいた。
「ありがとう……貴重なデータが手に入ったよ」
「全く、とんでもない世の中になりやがった。まあ、せいぜい楽しませてもらうとするか」
「報酬はいつも通りに。ご苦労様」
彼はかつて『アマルガム』という組織に所属していた。
だがすでに『アマルガム』は存在していない。
その他いくつもの組織と融合し、全く新しい組織が誕生していたからだ。
超古代文明、異星文明、未来文明……。
それら最先端テクノロジーの支配と操作により、人類世界の実権を握らんとする者たち。
あるものは利益のため、あるものは理念のため、あるものは野心を満たすために、この組織に加わった。
その名は『ダマスカス』。
異種の鋼を鍛造することにより、硬度と粘性を両立させた奇跡の鋼。
異種の組織は打ち合わされ、着実にその力を増していた。
後の世にて、アメリカの軍事クーデターの成功や、エマーン自衛部隊の立ち上げの影に見え隠れする秘密結社。
そして汎世界的防衛機構の傀儡化を狙って、特に日本と大きく対立することになる巨大結社。
加治という光が生まれる中、その影もまた、確実に濃くなっていった。
そして東京の地下でも。
「よくやった、と言っておこう。十分とはいえなかったが、やむを得まい。お前達は全力を尽くした」
「ははっ」
パスダーの言葉に、全員が平伏する。
そしてプリマーダが代表して、封魔石をパスダーの『根』に接触させる。
そのとたん、封魔石はみるみるうちに花のような姿に変わり、そしてそれが散ると、そこにはあの忌まわしきゾンダーメタルがいくつも実っていた。
「……やはりな。予想通りだ」
「ヤツラノハナシカラスルト、ドウモコノイシハコレッキリトイウワケデハナイラシイデス」
ペンチノンの言葉を聞いて、パスダーは何ともいえぬ笑みを浮かべた。
「なるほどな……四天王よ。可能な限りこの石を奪え。作戦は任せる。残念ながら今の世界にはどうやら我の力を削ぐ『何か』が存在しているらしく、我が力の回復が以前より遅い。だがこの石があれば、それを補える」
「御意、パスダー様」
だが人々はそれを知らない。
人々にとっては、青海の事件よりも、それによって中断された格闘大会の後日再開が決定したことの方が関心が高かったりする。
だが、それでいいのだ。
牙もたぬ人が安心して日常に埋没できる世界。
それを築くことこそが、牙を持つ者たちの理想なのだから。
「あ、千鳥。すまないが週末に、南雲先生の所に行って『神威の拳』の基礎を学ばねばならない。その間護衛が外れることになるので、これを渡しておく」
「だからってこんなごっつい拳銃を渡すなっ!」(スパーン!)
「……失礼した。これは君の手には大きすぎたか」
「あのね宗介。今じゃあなただけじゃなくって、政府関係からの護衛もついていてくれるんでしょ? あなたが目を離したって、そうそう危険なことにはならないわよ」
「しかし……」
「全く……そうだ! ね、あたしも一緒に行ってもいい?」
「君が? そうか、護身術を学ぶのは君にとっても有益だ。ましてや『神威の拳』は、肉体構造上不利を負っている女性でも、そのハンデをある程度解消できる。一緒に頼んでみよう」
「それは、まあ、どっちでもいいけどね。でもあたしが一緒に行けば、宗介は鍛錬しながら護衛も果たせるでしょ?」
「肯定だ。確かに極めて合理的でもある。同行を認めよう」
「ん、わかった。お弁当作っていくね」
「その方がいいだろう。食事に毒物を仕込まれる危険性を回避できる」
「……この男は」
世間ではそれは、『デート』と呼ばれる行為だと言うことに、全く気がついていない宗介。わかっていながら、照れ隠しもあって回りくどい誘い方をするかなめ。
今まだ日本は平和だった。
「飯か? 出来てるが」
「なんでこんなに上手なの〜〜〜〜。負けた〜〜〜」
「ふむ。一流の兵士たるものは、身体の健康と安全、士気の維持と生存確率の向上のためにも、優れた調理技術を身につけるべきだったとは。これはいいことを学んだ」
「そうよ。自分で料理できれば、毒を飲まされる確率はかなり減るものね」
「……御剣、お前、意外に宗介と話が合うな」