東京タワー。
時空融合のさなかにも、失われることなくそびえ立っていたテレビ電波の送信塔であり、東京のシンボルの一つともいえた。
しかしその地下に、ある『もの』が宿っていたことに気が付いていた人は、この時点にも存在していなかった。
『EI−01』。かつてGGGが生まれる元となった、外宇宙よりの飛来者である。
「四天王よ……」
金属製の木の根に張り付いた、機械仕掛けの顔……とでも表現されるものの口がうごめき、地底の空洞にその声が響き渡る。
それに答えるように、4つの影が、壁からしみ出すように姿を現した。
「ポロネズ、参りました」
「プリマーダ、ここに」
「ペンチノンはここです」
「ピッツァ、参上」
蒸気機関車を擬人化したようなもの、自動車のパーツをアクセサリーのように纏った美女、正面に単眼をもち、蛇腹の手と短い足を持つ外洋船のデフォルメ、鳥をイメージしたマスクとマントを羽織った若い男……。
その4人は、主の前に姿を現すと、たちどころに姿を変えた。
機関車は小柄で恰幅のいい老紳士に。
美女は踊り子のコスチュームに。
外洋船は小太りの水兵姿に。
鳥のマスクの男は、帽子をかぶった精悍な若者に。
4人は膝を付き、拝謁の姿勢を取った。
「パスダー様、如何なる御用で」
4人を代表してポロネズが問いかける。パスダーは幾重にも響き渡る声でそれに答えた。
「お前たちも感じておろう……ゾンダーメタルにきわめてよく似た波動を持つ何かが、こちらに接近しつつある」
「確かに、感じておりました」
4人のうちで、天空を制するピッツァが答える。
「ほんのわずかに違うようですが、十分に調べてみる価値がありそうです」
「お前たちはその物質を我が元へ持ち帰れ。ここから感じる限りでも、その物質があれば、ゾンダーメタルプラントの生成に、大いなる力となる。だが気を付けよ。現場の近くより、あの忌々しき緑の力を感じる」
「わかりました。残念ながら現在の我々では、力が足りませぬ。今回は出来るだけ手出しを控えましょう」
ポロネズはやや残念そうにいう。
「未だゾンダーメタルは実らぬ。故に今回は、お前たちが直接出ねばならぬ。よいな。心せよ」
「「「「ははっ!」」」」
ゾンダリアン……地球の機界昇華を狙う異星よりの使者達は、一度アスカをゾンダーエヴァにしたきり、不気味なほど沈黙を保っていた。
その理由は、ゾンダーメタルプラント再生が、思ったほどうまく進まないためであった。時空融合によって、パスダーも大きな痛手を受けていた。長い時間を掛けて張り巡らせた『根』を、時空融合によって失ってしまったのである。
手元に残ったゾンダーメタルも、たった一つきりであった。
アスカの事件は、GGGの能力が、この異変でどこまで維持されているかを測る目的で行われたものであった。特に浄解能力を持つ護の存在に注意が払われていた。結果、ほぼそのままの力を維持しているとわかったため、ゾンダリアンたちは力が回復するまでの間、再び永き眠りにつくことにしたのである。
だが、その眠りは破られた。異界よりの廃棄物……『魔素』。その実態は、異世界で生じる、一種の『負の想念』の濃縮体である。
皮肉にもそれは、GGGの存在した世界において、素粒子ZOと名付けられたものに極めてよく似た存在であった。いや、処理の仕方が違うだけで、本質的には全く同じものだと言ってもよかったであろう。
後に獅子王博士と鷲羽ちゃんは、魔素と精霊石、Gストーンとゾンダーメタルの関係を元に、霊力工学、そして神秘学を大きく発展させることになる。そしてそれは、Jジュエルの覚醒と、青き星の貴石・Bウォーターを巻き込んだ想像を絶する大事件へのきっかけとなっていくのだか、それは遙か未来の事であった。
裏側の勇者達
ただの一撃であった。
身長約9mの人型兵器の一撃が、巨獣の心臓を貫いていた。
「おおっ!」
「ベヘモスが、崩れる……」
ラムダドライバを失い、ベヘモスに現世の物理法則という名の枷が、重くのしかかり始めていた。それを見た宗介は外部スピーカーをオンにすると、人命救助を目的としている赤と青のロボットに声を掛けた。
「それには人が乗っている! 薬物を投与された少年の可能性が高い! 俺が今コックピットを開けるから、保護してくれ!」
「なんだって! 本当か!」
「炎竜、驚くより先に、彼をアシストしろ」
「わりぃ、氷竜」
そして宗介は、崩壊していくベヘモスのコックピットハッチを、苦労しつつも何とか解放した。
「やっと開いたか」
「本当だ、人が乗ってるぞ……まだ子供じゃないか!」
「俺が救助しよう」
巨大な銀色の人型があれよあれよという間にメカライオンに変形する。その口の部分から、赤い髪、金の鎧の勇者が現れた。
瓦礫の山と化したベヘモスを、軽々と飛び越えていく。
そして彼がコックピットにたどり着いた時、彼らは異変に気が付いた。
「おい、なんだありゃ」
「ちょっと待てい!」
見上げた空に、大きな異物が混じっていた。
しかもそれは、彼らの視界の中で、どんどんと巨大化していったのである。
同じ頃、お台場のホテル。
デフコン3が発動されたものの、政府もふくれあがった観光客を全員退避させきれなかったため(物理的に無理だった)、現場からある程度距離のあったこの付近のホテルはまだ機能していた。
そのスイートルーム。
広いスイートがすし詰めになっていた。原因はテレビの前に人が集中しているからだ。
現場を望遠で捕らえたと思われる報道機関のカメラは、戦いの様相を逐一映し出していた。焼津の事件を教訓にしたのは、何も自衛隊や政府筋だけではなかったらしい。
「やったあ! さすがは宗介!」
ベヘモスをアーバレストが倒した瞬間、思わずかなめはそう叫んでしまった。
叫んだ後、自分が何を口走ってしまったかに気が付いて、そのまま凍り付いてしまったが。
ほかのみんなはともかく、今は恭子がしっかり目を覚ましているのだ。
「カナちゃん?」
「あ、あは、あはははは……」
「……ドジねぇ、かなめさん。こりゃ仕方ないわよ。常盤さんにも事情を説明するしかないわね」
飛鈴にいわれて、かなめの頭ががっくりと落ちた。
(宗介になんて言って謝ろう……)
別段宗介が怒ったりしないことくらい、かなめにもわかっていたが、巻き込まないようにしようとした宗介の気持ちを思うと、かなめは申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。
だが、その時、異変は起きた。
「……?」
「……何、この、嫌な気配」
「どうした、さくら……!!」
美雪が不審げに上を向き、そしてさくらと小狼もまた同じ方をきっと睨んでいた。
「どうかしたの?」
だが、聞くまでもなかった。
「ああっ!あれはなんでしょう! 何か巨大なものが、こちらに向けて降ってきます!」
カメラは巨大な柱のようなものを映し出していた。
そしてスイートルーム避難組の中に、ただ一人、それがなんであるかがわかっていた人物がいた。
「あれは……!」
その時点ですでに木刀に手がかかっている。
「涼子さん!」
この時点ですでに部屋から出ようとしている。
そしてさすがに気が付いたのか、そこで一旦足を止めた。
「何でか知らないけど……あれは先生とあたしが相手をしなけりゃならないものなの!」
「あなたと、慶一郎が?」
飛鈴が興味深げに涼子を見る。
「ああもう! 先生もね、みんなの知らないところで怪獣退治をやってたのよ! あれはその前触れみたいなもの! 詳しくは後でいくらでもするからとにかく行かせて!」
だが、そこまで言ってしまってから、涼子は自分が言葉を間違えたことに気が付いた。
「そう、あなたと二人でこっそりと怪獣退治をね……」
「飛鈴さん、こわひ……」
さしもの涼子も、飛鈴から立ち上る、『嫉妬』という名のオーラには、心底恐怖を感じていた。
そして敢然と立ち上がる飛鈴。
「行くわよ」
「行くってどこに」
「あの人の所に決まっているでしょ!」
「でも……」
止めようとした涼子であったが、すでに手遅れであることは嫌でもわかった。
おまけに……
「お前は師に隠してそのようなことをしていたのか」
「お、お師匠様っ!」
とたんに背筋を伸ばしてその場に正座してしまう涼子。
そして鬼塚鉄斎は、鋭い眼光で弟子を射すくめた。
「ふっ、それはよい。己の敵を見定めるのもまた修行の内。だが……なんでこのように面白そうな敵のことを内緒にしておった! 水臭いではないか」
思いっきり周囲一同がこけていた。こけていないのは雷蔵と天堂、古くから鉄斎とつきあってきた二人だけである。
と、ちょうどその場を収めるかのような声が、テレビの前にいた沙羅からあがった。
「おい、見ろよ、これ! なんだあっ!」
それは……
GGG、メインオーダールーム。
「長官、護君から連絡です」
「護君から?」
猿頭寺の報告を、大河長官は不思議そうに聞いた。
「何事かね……はっ、まさかこの機にゾンダーが!」
「いえ、そうではないようです。ですが、ゾンダーではないけど、それにきわめて近いものが、天から降ってくる、と……」
「レーダーには何も映っていまセーん!」
次々に入る報告。だがそれらしき気配はない。
「まてよ……?」
その時長官は気が付いた。
「猿頭寺君、例の探知機を起動させてみたまえ」
例の探知機とは、ゾンダーが持つ、ある種のエネルギー反応を察知するセンサーシステムであった。いわゆる素粒子ZO検知器である。ただ、この融合世界では、ゾンダーの活動がアスカの時以来ないためデータが少なく、実用にはまだほど遠い、実験中のシステムであった。
「ここでですか?……はい……わわっ!」
「どうした!」
「こ、これは……ゾンダー反応ではありませんが、きわめて近い何かが、相剋界界面から地上へ向けて移動中! ここから探知できるほど強力な波動を発しています!」
「追跡してくれたまえ! それとボルフォッグ! 護君を迎えに!」
「了解しました」
国防省CIC。
「おいっ、何が降ってきているんだ!」
「れ、レーダーには、何も映っていません!」
「なんだとっ!」
寝耳に水の騒ぎであった。
視認できるようになった時は、もう手遅れの距離になっていた。
高空から降ってくる巨大な柱。あんなものが落下したら、お台場一帯はめちゃくちゃである。
だが、一人冷静な人物がいた。
鷲羽ちゃんである。
「みんな、落ち着いて!」
よく響く少女の声に、その場にいた全員が彼女に注目した。
「慌てないで……あれは多分、落下しても物理的な被害は及ぼさないと思うわ」
「……どういう事です?」
その場を代表して加治が聞く。鷲羽ちゃんは現場からの中継映像を見ながら、冷静に指摘した。
「加速度が計算通りじゃないのよ」
「と言いますと?」
「ま、一言で言えば遅すぎるし、ほとんど加速していないのよ、あれ。大体あれが隕石みたいな代物だったら、とっくに地上に落ちているわ。カメラなんかで追い切れるわけないもの。かといって張りぼてとも思えないし……これが動けばはっきりしたんだけど」
鷲羽ちゃんは胸元からペンダントを引っ張り出した。
「それは?」
「携帯用魔法探知機。ただ、精度は全然だけどね。元々反応があったら、即座に研究室へ駆け込めるようにって思って作ったものだから。ただ、さっきの華撃団のあれで吹っ飛んじゃったのよ」
「なるほど……」
そしてさらに鷲羽ちゃんは言った。
「ま、今更どうこうできるものじゃないわ。様子を見守りましょう。私達に出来ることなんて、そのくらいよ、今の時点じゃ。たとえこのせいで100万人の人間が死んだとしてもね」
「かも知れませんね。我々に出来るのは、同じ事を繰り返さないことだけです。初めの一回は、どうにもならないと言うことですか」
「予期することが不可能な災害は、諦めるしかないわ。時空融合だって、そうだったんですもの」
そして柱は地上に落ちた。
なんの衝撃波も発することなく。
崩壊したベヒモスの真上、コックピットを直撃するかのように。
「隊長!」
「早く避難を!」
「駄目だ! まだこの少年が!」
迫り来る巨大落下物の影で、救助作業をしていた凱はそう叫んでいた。
「最後まで、決して諦めたりしない! それが『勇者』だっ!」
ところが、思わぬ事が起きた。
「!! Gストーンが!」
凱の左腕に装着され、機械体の維持を司っているGストーンが、突如すさまじい光を放ち始めた。
まるで護が『緑の妖精』となるときのように、その光は凱の全身に染み通る。
そして磁石が反発するかのような勢いで、凱の体ははじき飛ばされた。
「うおっ!」
Gストーンが過負荷になり、凱は全身の動きを制御できなくなっていた。
(まずいっ!)
が、突然加速感が消えた。誰かに受け止められたようだ。
かろうじて生きているセンサーは、人間のものらしい暖かみを感じている。
だがそれは、同時に凱を混乱させていた。サイボーグ体である凱のボディは重量125Kg。並の人間では持ち上げることすら不可能である。ところがこの人物は、さらに加速度がついていた自分を軽々と受け止めたのだ。
「大丈夫か、兄さん」
そういって自分をその場に立たせる。そちらを見ると、自分と同じくらいの高さに相手の顔があった。
30前後に見える、屈強そうな肉厚の肉体を持つ男であった。顔の位置でもわかるが、自分と同じくらいの上背がある。
「あなたは……」
「説明は後だ。始まるぞ」
何が始まるのかは、聞くまでもなかった。
謎の落下物は、黒い霧状に分解すると、そのままコックピット内の少年を取り込み、さらにベヘモスの残骸と融合を始めたのである。
「これは……! まさか、ゾンダーメタル!」
「あんたたちはそういうのか? 俺は『封魔柱』って言ってたが」
その言葉に凱は反応した。
「知っているのか?」
「ああ、これは俺達の世界の……まあ、見ての通りのものだからな」
そして男は、傍らに立つ、あの白い人型兵器に声を掛ける。
「宗介、来るぞ……ラムダドライバとかを、全開にしていろ!」
そして男……南雲慶一郎も、深く呼吸をして、全身に<龍気>を満たし始めた。
「な、なんと言うことでしょうか! 倒れたはずの怪ロボットが、が、怪獣と化しています!」
テレビアナウンサーの金切り声が、その場で起こったことを一言で説明していた。
地の巨獣、ベヘモスの名の通りに、機体の残骸は、その自重を支えうる、4つ足の獣へと変化していった。
GAOooooouuuu!!
その口から、甲高い雄叫びがこだまする。
現場の部隊員は、今度こそ終わりかと思った。
加治首相も、今度こそエヴァを投入しなければならないかと思った。
だが、それは起こった。
「天覇龍凰拳!」
その声は、決して大きくはなかったはずなのに、現場付近の中継システムに、明瞭に響き渡っていた。
そして巨大な光の弾丸が、全長50メートルを越しそうな巨体を、確かに揺るがしていた。
「凄い……」
まだ完全にGストーンが復調していない凱は、かろうじて立ったままの姿勢で慶一郎の戦いを見ていた。全身に光を纏った男は、白い機動兵器と共に、時に殴り、蹴り、躱し、放ちつつ、この巨獣と明らかに五分の戦いを繰り広げているのだ。
「信じられない……私のセンサーは、彼が確かにただの人間であることを示しているのに……」
「けどよ氷竜、こう、なんか見ているとワクワクしてこないか?」
そのころ、GGGメインオーダールームでは、急激に高まり始めた炎竜のシンパレート値に皆が驚いていた。
「……ああ、実は私もだ、炎竜」
そして頷く氷竜。
「なあ、いけると思わないか? あいつは強そうだが、あのバリアみたいなものはなさそうだし」
「そうだな……いくか!」
そう二人が決意した瞬間、二人のシンパレート値は同時に100%に達した。
「「隊長、行きます!」」
「ああ、がんばれ!」
すでに弾薬は尽き果てていたが、わき上がる闘志は抑えきれなかった。
「「シンメトリカルドッキング!」」
氷竜と炎竜は一旦距離をとると、再び変形を開始した。人型から車型に、それがさらに変形する。そして二人の体が、今ひとつになる。
「超・竜・神!」
全長30m、勇者ロボの中で最強の強力を誇る超竜神が、今ここに降臨した。
「二人とも! こいつは私が押さえ込みます! その隙に攻撃を!」
さすがは超竜神、バリアさえなければ、この巨体を押さえ込むことも、不可能なことではなかった。そこにギャレオンも加勢する。
さすがにこれにはベヘモスも対抗しきれなかった。
「宗介! こいつは別段生き物じゃあない! 構うことないから、片っ端からぶっちぎれ! どこかに青い水晶玉みたいなのが埋まっている。それがこいつの核だ! それさえ引っぺがしちまえば、こいつは倒せる!」
「了解した。青い水晶玉だな」
二人は超竜神がその巨体を押さえ込んでいる内に、徹底的に相手を攻撃した。だが、いかんせんあまりにも敵が大きすぎる。それでも5分後、何とか慶一郎は核……『封魔石』を見つけ出した。
「あった!」
慶一郎は一旦そこから離れると、両手を自分の前方に突き出すように組み合わせた。
その手の先が、黄金色に輝き出す。
そしてそのままの体勢で、慶一郎は核めがけて全身で突撃していった。
「お、おいおい……」
相手を押さえ込んでいる超竜神は、閉じられない目をしばたいた。
「な、なんと!」
GGGメインオーダールームでは、大河長官があっけにとられていた。
「な、生身でヘル&ヘブンを仕掛けるなんて……」
そして我らが勇者も、今更ながらに今の世界のめちゃくちゃさを実感していた。実のところ慶一郎の攻撃は、単に気を纏わせたパンチでしかないのだが、まだ彼らにはその区別が付かない。
そんな驚きの中、ほとんど全身が発光している慶一郎は、ベヘモスから封魔石をものの見事に引きちぎった。
「やったか!」
だが、思わぬ事が起きた。
封魔石を引きはがせばたちどころに分解してしまうはずの怪獣は、そのまま平然と、慶一郎に攻撃をしかけてきたのである。攻撃と言っても、超竜神に押さえられている巨獣は、身じろぎしただけであった。だが、その反動は巨大なハンマーで殴られたに等しかった。とっさに<龍気>を高めて防御したものの、反動で慶一郎の体は、派手にすっ飛ばされた。慣性を殺そうにも、衝撃を中和するだけで体内の龍気は使い切ってしまっている。
だがすぐにその勢いは殺された。
「おあいこだな」
赤い髪の勇者は、がっちりと慶一郎の体を受け止めていた。
「大丈夫か? 派手に飛ばされていたが」
「ああ、衝撃を殺すのが精一杯だっただけだ。大したことはない」
自力で立ち上がった慶一郎は、未だ活動を続けるベヘモスをにらみつけた。
「しかし参ったな……普通はこれで動きが止まる筈なんだが」
と、その時またもや慶一郎のポケットから携帯の音がした。もしやと思って発信者を確かめると、案の定レイハである。
「ケイ、忠告することがあります」
着信ボタンを押すと、なんの前置きも無しにレイハの声が流れてきた。
「おい、レイハ、これは……」
「今回の封魔柱は、一年分の<魔素>をまとめて投棄しています。推定ですが、おそらく封魔石が12個生じているはずです。すべて摘出してください」
「なぬっ!」
しかしすでに電話は切れていた。
「今のは、一体?」
「説明は後だ」
慶一郎は頭を抱えながら言った。
「参ったねこりゃ、おおい、宗介! こういうのが後11個埋まっているはずだ! 全部抜き取るぞ!」
「了解」
宗介は淡々と答え、攻撃を続行する。
しかしさすがに相手が巨大すぎた。最初の一個は、元コックピットあたりだろうと踏んで、見事に大当たりだったのだが、それ以外ともなると見当も付かない。
「俺も手伝おう!」
「ああ、何でもいい!」
そう慶一郎が言った時だった。
「先生!」
かすかではあったが、慶一郎の耳に、聞き慣れた女性の声がした。
そちらを見ると、慶一郎のジープに、飛鈴と涼子、そして鉄斎が乗っている。
「援軍に来たわよ!」
その手に握られている木刀は、慶一郎のものと同じ光を放っている。
「御剣!」
「それだけやないで!」
さらに重なる、声。
封鎖を突破して駆け抜けてくるバイク。それに続く何台もの車とバイク。
草g静馬と、武闘会場にいた格闘家たちだった。
「テレビ見たで! 何一人で面白いコトしとるんや! ちいとは分けんかい!」
「草g! お前まで!」
そしてさらに一組。こちらはなんと空からだ。
金色の獣と、白銀の天使を引き連れた、翼の生えた少女。獣の背には、緑の服を着た少年。
よく見ると、少女は携帯電話で誰かと連絡を取っているようだ。
「あ、みんな着いてる。知世ちゃ〜ん、着替えてたら出遅れちゃったよ〜」
『でもお似合いですわ〜』
「確かに……かわいい」
今ここに、勇者は勢揃いした。
「これは一体……」
CICルームでは、突然現れた援軍に、加治首相も土方防衛相もあっけにとられていた。
ただでさえ生身で怪獣と互角に戦う慶一郎の姿に驚かされていたというのに、さらにこれである。
『第7ゲート、民間人の少女に破られました!』
そんな連絡もほとんど耳に入っていなかったりする。
「なんか知らないけど、これはワクワク出来そう〜〜〜」
ただ一人、鷲羽ちゃんだけはご機嫌だ。
「特にあの空飛んでる子! あれは間違いなく『魔法使い』よ! あの二人と、マジカルエミに続く、正真正銘の魔法使い! 今度こそ、じっくりとデータを……」
残念ながら以前語ったとおり、大神の超必殺技によって、主要なデータ収集システムが吹き飛んでいることには、まだ気が付いていない鷲羽ちゃんであった。
『樹(ウッド)!』
口火を切ったのは、上空に浮かぶさくらの魔法であった。突如大地から生えてきた木の根が、ベヘモスをがんじがらめにする。
「波動拳!」
「パワーウェイブ!」
「山の轟きいっ!」
「九頭竜烈火!」
「十字烈火!」
「覇王翔吼拳!」
「気合弾!」
格闘家たちからは気合いの入った攻撃が飛びまくり、みるみるうちに怪獣の巨体が崩れていく。
「し、信じられん……」
国防省CICルームでも、GGGメインオーダールームでも、同じような感想が持たれていた。
それは人間の可能性の証であり、また、同時に霊力工学が軍事利用、あるいは悪用された時、どれほどの恐ろしさを秘めているかの証でもあった。
「飛天流奥義!」
『剣(ソード)!』
『急々如律令……』
「ウィル・ナイフ!」
さらに幾多もの攻撃が重なる。
そして……
「あった!」
「こっちも一丁みっけたでぇっ!」
一つ、また一つと、『封魔石』が抉り出されていく。
そのたびに少しずつ、ベヘモスは弱体化していった。
そして力を合わせたみんなが、勝利を確信しかけた時であった。
「7つめっ! とったよ!」
春日野さくらが封魔石を天高く掲げる。と、その時。
「それ、いただけないかしら」
背後から突如聞き慣れない声がしたと思うと、封魔石がさくらの手の中から消えた。
「えっ?」
振り向くとそこには、踊り子風の衣装を着た美女が、さくらから奪った封魔石を手に踊っていた。
「誰、あなた?」
思わずそう聞くさくら。踊り子風の美女は、その動きを止めることなく、優雅に一礼する。
「私はプリマーダ。ゾンダリアン四天王が一人。このたびはこの石を戴きに参りました」
「え、でも」
とまどうさくら。と、その時、一陣の風がさくらの目の前に割り込んで来た。
「お前はっ!」
それは赤い髪の勇者、獅子王凱。
「お前は……以前アスカ君に接触したゾンダーだな!」
「おや、覚えていただけていたとは光栄……でもね」
その瞬間、凱はさくらをかばって地面に転がった。
背中の上を、猛スピードで何かが通り過ぎていく。
「やるな、勇者。我が一撃をかわすとは」
そこにいたのは、一見ほかの格闘家に紛れそうな細身の男。だがその男は、凱の目の前で、その姿を、マスクをかぶったものに変えた。
「その素早さに免じてこちらから名乗ろう……我が名はピッツァ、ゾンダリアン四天王にして、大空を支配するもの!」
「勇者、獅子王凱だっ!」
因縁の対決は、世界を越えて、今始まろうとしていた。