「敵潜水艦、追撃してきます!」
「敵、は止めてください」
正義の傭兵団『ミスリル』の誇る強襲潜水艦『トゥアハー・デ・ダナン』、略称TDD。
現在彼女は、無粋なストーカーにつけ回されていた。
その犯罪男は『たつなみ』という。
裏側の勇者達
東京湾に侵入したTDDであったが、ここでついに発見されてしまった。
「日本連合を甘く見ましたか……」
艦長のテッサが、悔しそうな顔をして言う。
「この世に完璧などというものはありませんよ」
それをたしなめるのはまだ若く見える男。元『やまと』艦長、海江田四郎。
彼の持つ知識と技量は、カリーニンやマデューカスですら、一目を置かざるをえないほどのものであった。他の局面はともかく、海の中では、彼に勝るアドバイザーはいない。
ミスリルの人間たちもこの事実を受け入れ、元『やまと』のクルーたちも、いつの間にか元からのクルーたちとなじんでしまった。今では交代で艦を運用しているくらいである。
実際、この組み合わせは意外なほどの効果を生んでいた。
ミスリルの人間の技量ももちろん一流であるが、皮肉にもこの強すぎる戦女神が、彼らの技量をスポイルしていた。
彼らは真の意味で、強敵と戦った経験がなかったのである。そしてゾーンダイクのムスカ級生体潜水艦は、この戦女神にとっても十分『強敵』であった。
実際、『やまと』の乗員との遭遇がなかったら、彼らは海の中へと消えていた可能性が高い。確実に存在が感じられるゾーンダイクの目をくぐり抜けられたのは、彼らの力が大きかった。
もちろん、1対1で戦ったら、TDDはムスカよりも強力である。何より速力が違うから、簡単に逃げ切れる。
だが、数が違う。一隻しかないTDDに対して、ムスカは数を揃える事が出来、またミューティオと連携を取る事も出来る。また、TDDは強襲揚陸艦のため、最大潜水深度(約400m)に劣るという弱点もある。
もし3対1になったら、確実にTDDは沈められているであろう。そして、彼らと出会っていなければ、それは現実になっていたはずであった。
だが、その恐れは消えた。
今までのTDDには、『頭脳』はあっても、『腕』がなかった。
サトモラケのニケのように。
だが今や女神は、最強の『腕』を宿していた。
それは、奇妙な事実の符合であった。
香港で掴んだ情報。タンカーで日本に向かったガウルン。
前の世界で、『その事件』に、ガウルンはからんでいなかった。
だが、それ以外の状況は、紛れもなく『ベヘモス』の存在を告げていた。
万一を考え、TDDは日本へと向かった。だが、完全とは言えなくとも、張り巡らされたSOSUS網を、破壊することなく突破するのには、さすがに時間がかかった。
そして問題のタンカーが、やはり青海に入港しているのを見つけた時、ついに彼らの悪運も尽きたのである。
一人の男の執念によって。
「逃がしはしないぞ……」
ムスカとも違う、全く未知の潜水艦。その性能は、最高速度60Ktと推定されている。広い海での遭遇であったら、勝負以前の問題であっただろう。
だがここは東京湾。融合による自然回復で汚染が消えてクリーンになっているとはいえ、やはり狭い湾である事には全くかわりがない。
ここでなら、絶対速度のアドバンテージは消える。水深も浅く、艦艇で湾を封鎖してしまえば袋の鼠である。
残念ながら、封鎖の方は間に合わなかった。あれだけの艦艇を運用していても、それでも手が回らないのが、復興しつつある現在の日本なのである。
だが、この追跡劇の最中、追跡側の艦長……深町一佐は相手の機動に、あるデジャビューを感じていた。
「この動き……やはり、貴様なのか……」
見つけてはロストの繰り返し。狭い湾内のどこに、これほどの隠れ場所があるのかと思わせるチェイスであった。
だが、地上でのある出来事が、この均衡を崩した。
それは、テッサの脳裏に、直接響いてきた声であった。
(なに? この声は……)
それはいつもの、あの『ささやき』とは違う、もっと明確な意志を伴った声。
だがテッサが疑問に思った瞬間、本命のあれが来た。
「はうっ!……あ、ああああああ」
それはかなめを襲ったのと同じ、発作的とも言える、『ささやき』の圧力の上昇であった。テッサの心の、さらに奥深くから聞こえてくる声。それは身をゆだねれば、自分を消し去りかねない、声。
ただかなめに比べて、テッサは幸いであった。
彼女はかなめより多くの事を知っていた。周りにもそれを知る仲間がいた。
襲い来る混乱の中、テッサの心は、かけがえのない『友』にして『ライバル』の心に触れていた。
瞬時に繋がる心。ほんの一瞬の逢瀬。それはかつてこの潜水艦が危機に陥った時、女神と機械の力を借りて行われた結びつき。
テッサはすべてを瞬時に悟ると、心を強く持ち、混乱から回復した。
「艦長、大丈夫ですか!」
心配そうに聞くカリーニンに、テッサは力強く言った。
「……今、カナメさんと『共振』しました」
驚愕に歪むカリーニンの顔。しかし、問い返しはしない。
「彼はあそこにいます。徒手空拳で。我々は彼に、『武器』を届けねばなりません」
「わかりました……しかし、届ける事は可能ですが、どう考えても回収できそうにありません。事実上、アーバレストを使い捨てる事になりませんか?」
ちらりと海江田の方をみるカリーニン。彼もすまなそうに頷いた。
「追ってくる相手が『たつなみ』でなければ……あの男でなければ、回収の可能性もありますが、現状では難しいでしょう。さらに、一度この場を離れたら、おそらく彼に加えて、日本連合に協力しているという生体潜水艦と、『青』が出てくる可能性が高い。3対1になったら、さすがに私といえどもお手上げです」
「………………構いません」
長い逡巡の後、しかしテッサはそう言いきった。
「頃合い、なのでしょう。あの日より約一年、我々は今の日本連合なら、十分に信頼できる相手である事を知っています。日本連合に所属する事は出来ません。しかし元々ミスリルは傭兵組織でもあります。いずれ全世界規模で起こると考えられる、ゾーンダイクの侵略やムーの脅威に対抗するには、しかるべき組織と手を結ぶ事は必要です。そのためのパートナーは、現在においては……アメリカはムーの脅威によって急速に右傾化、孤立化の様相を示しており、いずれは国民皆兵などの暴挙に出る可能性が極めて高いですし、エマーンは戦闘に対する考え方がきわめて危険です。ロシアは残念ながら情報が足りません。あとは中華共同体か日本ですが、中華共同体は、残念ながら統一的な意志に欠けると、どれも欠点が目立ちます。結局の所、私達が選べるのは」
「日本連合しかありませんな」
マデューカスが、艦内全員の意思を代弁して言った。
そしてテッサは、改めてブリッジ内のクルーを見渡し、さらに艦内放送も双方向オープンにして、その問いを発した。
「みなさん……よろしいですか?」
「この場における最上位者は、艦長、あなたです。ミスリルの本部は、残念ながら消滅しているのですから」
マデューカスが答える。それは事実であった。
「ですから艦長は、ただ命令すればいいのです」
「わかりました」
もちろんテッサは、その言葉の裏の意味にちゃんと気が付いている。
それは事実の確認ではなく、信頼の表明なのだ。
「直ちに『アーバレスト』を、私の指示するポジションへと打ち込んでください。後、アーバレストのミッションレコーダーに、全機密解除許可を入力しておいてください」
「……腹を、くくりましたね」
感心したようにカリーニンが言う。
「残念ながら現状で、サガラ軍曹が日本連合の追撃をかわしきれるとは思いません。そうなれば軍曹は、大切な、かけがえのない装備であっても、ためらうことなく自爆させるでしょう……我々とのつながりを秘匿するために。それだけはさせてはいけません」
「ですな。ならそれに加えて、もう少し具体的な指示をしておきましょう」
カリーニンは、笑みを浮かべつつ、彼の事を思った。
「少しは成長しているといいのですが、そうとも限りませんからな」
その時、壇上から声がした。
「打ち合わせはお済みですかな」
「ああ、Mr.海江田」
「では、私からもお願いしたい」
「なんでしょうか」
すると海江田は、皆と同じような、いたずらっぽい微笑みを浮かべていった。
「逃げ隠れする必要が無くなったみたいですからね……音楽CDを貸していただきたい」
「音楽、ですか?」
「はい。私のものは、『やまと』と共に失われてしまったのでね。どなたか、モーツァルトのCDを持っていませんか?」
「なんだと……? そうか、やっぱり生きてやがったな! 海江田!」
『たつなみ』のセンサー担当員は、一瞬、自分の耳を疑った。
突如敵潜水艦から、音楽が鳴り響いてきたからだ。
それに混じって届く、探信音によるモールス信号。
それも、わざわざ和文のコードで打たれたメッセージ。
[ワレ コレヨリ チジョウノ タタカイヲ エンゴス。テダシ ムヨウノ コト]
「あのやろう……なめやがって!」
歯を食いしばる深町。しかし同時に、こう命令していた。
「しばし敵潜の動きを監視! ただし、手は出すな! 絶好のチャンスでもな!」
「何故ですか?」
「あいつはな……騙しは入れてもこういう嘘は付かん! そう言う事だ」
「はっ!」
そして、彼らの見守る中、トゥアハー・デ・ダナンから、何かが打ち出された。
「ミサイルか!」
「いえ、それにしては弾速が遅すぎます。何かの揚陸カプセルのようなものかと」
「すぐに本部に連絡しろ!」
そして、水中より上がった光は、地上で戦うものの目にも入った。
「なんだ、あれは?」
氷竜が銃撃を加えながら、センサーを向ける。
「こちらに向かっているが、ミサイルのような攻撃兵器ではないようだ。なんだ……うおっと!」
「ぼけっとしてると危ないぜ」
「そうだ、気にはなるが、今はそんな余裕はない!」
「こちら自衛隊第7班、謎の飛来物の着地を確認、直ちに現場に向かいます」
だが、一番早く、そこにたどり着いたのは……。
「まさか……千鳥の言っていたのは、これか?」
「なんだ、この馬鹿デカいのは」
しかし慶一郎の疑問に応える前に、宗介は、あふれる喜びと共に、カプセルの解放キーを操作した。
外壁がパージされ、収められていたものがその姿を現す。
「ほう、こりゃ凄い。何となく忍者みたいだな」
「面白い感想だ。これが俺の『相棒』……ARX−7、『アーバレスト』だ」
戦士は、今こそ立ち上がった。
ハッチを開け、コクピットに乗り込むと同時に、素早く起動手続をはじめる。
《お久しぶりです、軍曹殿》
「ああ、本当に久しぶりだな、アル」
『相棒』の声に、宗介は心地よい安堵感を感じる。
戻ってきた……戦いの場に。
宗介は己の中に潜む戦いへの渇望を、確かなものとして認識した。
だがもはやそれにとらわれる事はない。
「ベヘモスよ……今のこの世に、『亡霊』は要らないんだ!」
《ラムダドライバ作動。エネルギーレベル『最大』に移行しました》
アルのサポートボイスがそう告げると同時に、『アーバレスト』は、常識はずれの、そう、明らかに物理的に不可能と思われるような速度でその場を離れていった。
「あのやろう……いつの間に<旋駆け>を覚えやがったんだ?」
その場に残った慶一郎は、頭をかきながらそうつぶやいていた。
国防省CIC。
「難しい所ね、首相……」
戦況を眺めながら、鷲羽ちゃんがそうつぶやいていた。
「僕ちゃんもそう思うのう……」
同時にリンクされている、GGGメインオーダールームでも、獅子王博士が眉をひそめている。
彼らが悩んでいるのは、最後の切り札を投入するか否かであった。
先ほど『たつなみ』から緊急連絡があった。謎の怪潜水艦は、正式な所属は不明ながら、内部に間違いなく、かつて『沈黙の艦隊』を生み出した、あの海江田四郎が存在している事、そして、その潜水艦から、こちらに味方すると思われる、何らかの支援活動が行われたことが、報告の内容であった。
だが、すでにGGGの方も限界が近づいていた。大神の放った奥義によって大ダメージを受けたものの、敵の巨体はその攻撃に耐えきった。また、敵の張り巡らせるバリアが視認できるようになったため、こちらの攻撃を当てる事も容易にはなったが、その『ムラ』も常に変動しており、またバリア自体も、消滅したわけではなかった。
さらに彼らの持つ武器も、無限に弾を放てるわけではない。
「畜生、弾切れだ!」
「こちらもエネルギーの残りが厳しいです」
「くそっ、わかった。氷竜、炎竜、俺が前面に出る!」
ガイガーのクローをメインに攻撃するものの、敵の防御反応の方が速度的に勝り、なかなか決定打を与えられない。
その様子を見ていた加治は、最終兵器……エヴァンゲリオンの投入を決定するか否かの決断を迫られていた。
そして加治が、苦渋に満ちた決断を下そうとした、まさにその時だった。
「現地より緊急報告! 謎の人型機動兵器が、潜水艦より発射された物体の中から出現! 敵巨大兵器の方へと向かっています!」
「すぐに映像を回せ!」
指示が飛び交い、現場からの中継映像が回ってきた。が、そこには何も映ってはいない。
「おい、映っていないぞ!」
「は、速すぎます! 追尾できません! 上空からの俯瞰映像に切り替えます!」
映像が、現場近くを飛ぶヘリからのものに切り替わった。
そこに映っていたのは、一陣の流星であった。
うっすらと光すら放つその物体は、瞬く間に巨大人型兵器に迫る。
「嘘……あのスピードは、歩行型の兵器には出せっこないわよ……」
鷲羽ちゃんも唖然としてその映像を見詰めている。
そして、『奇跡』は起こった。
「ん、なんだ、あれは!」
勇者達が気づいた時、自分たちの半分程度の人型兵器が、こちらに向かって近づいてきていた。ほどよい距離で、走りながら突撃小銃の様なものを構える。
斉射。その一瞬、その機体は、確かに光を放った。
光武や、目の前の敵と同じような光を。
そして放たれた銃弾は、敵のバリアを難なく引きちぎり、さらにすさまじい打撃を与えた。
装甲板が消し飛び、相手の体勢が大きく崩れる。
「す……凄い」
炎竜の口から、驚愕のつぶやきが漏れていた。
「誰だ……あれは」
「嘘……」
再び、鷲羽ちゃんの口からも、その言葉が漏れる。
「あの機体……あのテロリストや、あのデカブツと同じシステムを使っているわ……」
その隣では、加治と土方が矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。
「現場の部隊に連絡を! 出現した機動兵器は味方のようだ!」
「とりあえず呼びかけを! 搭乗者には、身柄の保全を保証すると伝えろ! 器物損壊等の法律違反も、有事協力として不問にすると!」
相手の身元は不明でも、こちらに対する協力者なのは、今の行動で明らかであった。だが、現行法を厳密に適用すれば、彼もまた、テロリストと同等の存在と見なさなければならなくなる。そうなったとしたら、加治としても正体不明ながら協力してくれた相手に合わせる顔がない。さらに、相手がそれを察して逃亡したりでもしたら、被害と混乱が広がる一方である。
これらの行為に対する法的解釈はこの時点では確立しておらず、司法機関と、それに携わる人間たちに格好の研究材料を与える事になるが、結果はおおむね現実に即したものになったと言っておこう。
そして新たに現れた人型機動兵器は、まさに目の醒めるような大活躍を始めたのであった。
《軍曹殿、外部音声、およびいくつかの波長の無線通信による呼びかけが殺到しているが、どう処置いたします?》
マスタースレーブ方式で駆動されるアームスレイブにおいては、無線通信の起動など、各種操作を手を使って行う事が出来ない。戦闘以外の大概の操作は、音声命令および、なんと舌を使って操作される。
ベヘモスの攻撃をかわしつつ、宗介は答えた。
「無視だ。こちらから何かを答えるわけにも行くまい」
《この件に関しては、全機密解除許可が指定されています》
さすがに宗介も驚いた。
《故に軍曹殿は自分の氏名および所属を、現地政府に対して秘密にする義務は適用されません。また、機密保持規定に関する一切の義務が免除されています。一部においては、積極的な命令を以て規定無視を指示されています》
「具体的には」
攻撃を続けつつ、宗介は問う。ラムダドライバによって感覚が拡張されている今の宗介にとってみれば、相手の攻撃を『察知』するのはきわめて容易であった。本来『不可視』な筈の力場攻撃も、今の彼には丸見えである。
《一つ、自爆および自害の禁止。軍曹殿は『アーバレスト』を、機密保持のために破壊する事は禁止されています。軍曹殿の身柄についても同様。逮捕・拘禁されても、秘密を守るために死を選ぶ事は厳禁とされています》
「了解」
宗介は小さく答える。アルは、さらに指令を続けて読み上げた。
《二つ、現場の軍隊との協調の許可。一人で無理する事はない、遠慮無く協力を要請してよいとの事です》
「次」
《三つ、戦闘終了後、現地政府機関より接触があった場合は、速やかに以下のファイルを、信頼できると判断される上位者に、絶対の機密保持を以て託す事。ファイルの内容は、以後ミスリルが日本政府に対して行う接触内容の指示。特殊指令は以上です》
「わかった……そうか、ミスリルは日本連合との接触を決意したという事だな」
《補足。千鳥かなめの保護任務も継続との事。現地政府の協力を求めてもいいが、現地政府に彼女を拘束・監禁するような行動がみられた場合は、直ちに彼女を保護、トゥアハー・デ・ダナンと合流するように。この際、彼女の身柄を第一優先目的とするとの事です》
それを聞いた宗介は、少し不満げな顔をした。
「……そこまで俺は信用ならないか?」
《どういう事でしょう、軍曹殿》
「言われるまでもない、という事だ」
《了解》
「さて、そうなったら、挨拶ぐらいはしないといけないな。アル、なるべく上位組織に通じていると思われている回線を開けてくれ。音声のみでな」
「謎の機動兵器との通信、繋がりました!」
「そうか!」
加治と土方の表情に喜色がともった。少なくとも相手には、話し合う余地があると言う事である。
この程度の事、と思うかも知れないが、今まで日本を襲ってきた敵性体は、大半が会話不能、力を持って殲滅、撃退するしかない存在だったのである。
「回線、回してくれ!」
「わかりました!」
そして土方の元に、通信が回される。
「こちらは国防省中央指揮所。私は防衛相を務める土方という。貴君の名は?」
「こちらは秘密傭兵組織『ミスリル』所属、相良宗介軍曹。『ベヘモス』撃退に際し、貴公らと協力する」
「ベヘモス? あの巨大メカの事か?」
「そうだ。あれは融合前、我々の世界に存在した敵だ。弱点などもわかっている。相手の動きを牽制してくれれば、こちらでその弱点をつく」
「わかった。それでいいのか?」
「いい。なお、それ以外の事は戦闘後、改めて話し合おう。今は無駄話をしている時ではない」
「む……確かに。了解した」
そして通信は途切れた。
「どうやらあの潜水艦とあの機動兵器は、例のテロリストと目の前のあれを追っていたようですね」
大きく深呼吸をした後、土方は加治の方を見る。
加治も答えるように頷いた。
「鷲羽ちゃんの理論にもありましたね。強大な味方には、それに相対する敵もまた、この世界に出現する……逆もまた真なり、と言う事ですか」
「そうね。でも、これは大変なチャンスよ」
一転して鷲羽ちゃんの顔には、喜びがあふれていた。
「どういう事です?」
問う加治に、鷲羽ちゃんは答えた。
「あのメカ……ベヘモス、っていってたっけ? あれと相良軍曹の乗っているメカは、同じ技術を持っているのよ。そう、明らかに霊力工学に根ざしている技術の産物をね。それに彼のメカは、量産を意識された設計になっているわ。たぶん、一品もののスーパーロボットよりは、遙かに研究がしやすいと思うの。彼らの存在は、きっと今の日本にとって、大きな力になるわ」
「そうですか」
加治にもその意味は十分に伝わった。
「敵性組織にもその技術があるのは問題ですが、こちらにも利はある、と言う事ですね」
「そうよ、加治ちゃん」
そして鷲羽ちゃんは、現場からの中継モニターを見据えた。
「さて、お手並み拝見させてもらうわよ、相良軍曹」
「……了解! 氷竜、炎竜! 彼はこの敵……ベヘモスが、本来所属していた世界から来た、我々の味方だそうだ! 奴の動きを牽制してくれれば、彼がこいつにとどめを刺すと言っている!」
「なんと! 捨てる神あれば拾う神ありって事か!」
「それは少し違うぞ、炎竜」
GGGの勇者達は、残る力を振り絞って、ベヘモスの動きを止めた。
ガイガーも、氷竜も、炎竜も、手痛いダメージを負っていた。基地に戻ったら、また修理が大変であろう。
そして宗介は、そんな彼らの献身に答えた。
口に当たるところに装着されていた単分子カッターを手にする。
「行くぞ、アル。目標は背面ラムダドライバ廃熱坑だ」
「了解……あのスリット部分ですね」
「そうだ。多少改良された後はあるが、本質的には変わっていない」
そしてアーバレストは、一気に戦場を駆け抜けた。
(やるな、相良。あれがお前の実力か。まさに一級品だな。はっきり言って、戦場では会いたくないぞ)
慶一郎は、先ほどの地点で戦いを見続けていた。
アーバレストに搭乗した宗介の動きは、見事、としか言いようがなかった。
「あれなら神威の拳を身につけるのも、案外速いかもな」
そう一人つぶやいた時、携帯電話が鳴った。
「誰だ? お師匠様か? それとも御剣か?」
だが、携帯に表示された発信人の名前をみて、慶一郎の顔色が変わった。
「なんだとっ!」
そこには、「レイハ」と表示されていたのだ。
「なんで今頃、こんな時にっ!」
慌てながらも、太い指で着信のボタンを押す。
「……おひさしぶりです、ケイ」
電話機から流れてきたのは、紛れもなく、約一年ぶりのレイハの声であった。
「レイハ! なんで今頃!」
「出来れば連絡したくはありませんでした、ケイ」
レイハの声は、相変わらずの平坦なものであった。
「どういう事だ?」
いぶかしがる慶一郎に、レイハは淡々と語った。
「実はソルバニアとケイの世界との接続は、あの事象の後でも保たれていました」
「ならなんですぐに知らせなかった」
心配したんだぞ、と言う言葉は飲み込む慶一郎。一方的に迷惑を掛けられていても、あの世界の事を気にしていた事を、思わず自覚してしまう慶一郎であった。
「それを理解していたのは私だけだからです。私とて、ケイより預かった、この『携帯電話』がなければ、まずその事実には気づかなかったと思います」
しかし、レイハはそんな慶一郎の事など気にせずに話を進める。
「この時空融合、とケイたちの世界で呼ばれる現象により、表向きは、ソルバニアとケイたちの世界の接続が切れたように見えました。神官たちも、『魔素』をケイたちの世界に捨てる事が不可能になった、と思っていたのです」
そう言われて、慶一郎も得心した。
「それで連絡してこなかったんだな?」
「はい、そうです。今ケイたちの世界とのやりとりは、こちらからの一方通行です。こちらから繋げば、ケイたちの世界との連絡は可能ですが、逆は不可能です。つまり、ケイを召喚する事も出来ません。連絡しなかったのも、私が発信した連絡をたどって、ケイたちの世界に至るルートを察知されないためでした」
「そうだったのか。さっき怒鳴ったのは謝る」
律儀に電話に向かって頭を下げる慶一郎。もちろん、レイハには伝わっていない。
「しかし先ほど、ケイたちの世界で、とてつもなく大きな『力』が発動しました。その力はケイたちの世界と他の世界をを隔てる『壁』……相剋界の、外側の世界からでも見えるほどの光を発していました。そしてさすがに神官たちの目にも、それは映ってしまいました」
「おい、それって……」
慶一郎にも、何故今になってレイハが電話を入れたのかが理解できた。
「そうです。神官たちは、この一年間、処理できずにふくれあがっていた魔素を、一気にケイたちの世界に放り出すようです。私に出来る事は、いつものようにその進路が、少しでもケイのそばになるよう修正する事だけです。残念ながら、この時空の混乱のため、事象を分枝させて、無かった事には出来ません。またご迷惑を掛ける事になりますが、お許しください」
慶一郎はちょっと驚いていた。レイハが『謝った』のを聞いたのは、初めてだった気がしたからだ。
「いいっていいって」
慶一郎も、そのせいか、照れたような物言いになっていた。
「こっちの世界は今、怪獣やらなんやらがわんさか襲ってくる、ある意味そっちみたいな世界になっているんだ。別段隠し事をする必要もない」
「そうですか。わかりました」
そう言ったとたん、レイハの口調は元に戻る。ちょっと早まったかという気もする慶一郎であった。
「後、大事な事があります、ケイ」
「ん、なんだ?」
「核の処理です」
慶一郎の脳裏に、青い水晶球のような珠の姿が浮かぶ。
「ああ……そう言えばソルバニアに持っていけないんだよな。どうするんだ?」
「幸い、そちらの世界に、核を安全に処理できる存在を感じます」
「そんなのがいたのか」
「はい。『緑の妖精』が現れたら、核を託してください。彼なら、核を安全に処理できます」
「緑の妖精ね……現れる、っていう事は、勝手に出てくるのか?」
「はい。核に引かれるようにして、彼の者は現れると思います。ではよろしく」
そう言って電話は切れた。
「なんてこった」
慶一郎は電話を見つめながらつぶやく。
「どうやら夏休みは終わりらしい……ま、いいか。またあの生活がやってくるだけだ」
そして顔を上げた時、ふと慶一郎は、ある事に思い至った。
(ちょっと待て……今この場に、特大の封魔柱が降ってきたとしたら、『何』と合体する?)
封魔柱は、近くにある生命体と融合して、『怪獣』と化す性質がある。そこいらへんの小動物や何かなら、別に大したことはない。
だが、『魔素』には、ある種の暗黒面を持った人間にとりつく性質もあるのだ。
「おい、やばいぞ……今ここに降ってきたら、たぶんとりつく相手は『あれ』だぞ……」
冷や汗をかく彼の目の前で、『アーバレスト』の攻撃が、ベヘモスを捕らえていた。
その一撃によって、ベヘモスが纏っていた<邪気>が消滅する。
『ラムダ・ドライバ』が破損したのであろう。
<邪気>を保てなくなったベヘモスは、軋むような音を立てて、その場で立ちすくんだ。
やがてその全身が悲鳴を上げ始める。元々ベヘモスは、ラムダドライバ無しでは、その自重を支える事も出来ないのだ。
だが慶一郎は、それを補うかのような邪気が、天から近づきつつあるのを感じていた。
いかなるレーダーにも映らない、より正確に言えば、霊力と目視以外では探知できない『何か』が、相剋界の界面から姿を現したのは、まさにその瞬間であった。