「もうすぐ集合時間ね。ゲートに向かいましょう」
飛鈴の声に、一同は名残惜しそうにこの巴里市を後にすることにした。その時……
「にゃ〜」
一匹の黒猫が、こちらに近づいてきた。
家でも黒猫を狩っている美雪が、思わず手をさしのべる。慣れているのか、猫はすんなりと美雪の手の中に収まって、気持ちよさそうに喉を鳴らした。
「ん、どうしたの、美雪」
沙羅の質問に、美雪は黙って黒猫を見せる。
「あら、かわいい」
「ほんと〜」
さくらも黒猫にじゃれつき、知世はその様子をしっかりビデオに収める。
と、そこに。
「おーい、ナポレオーン、どこ行ったー」
元気よく響き渡る男の声。その一瞬、美雪は手の中で、黒猫が動いたのを感じた。
「……ナポレオン?」
「うにゃ〜」
小さな美雪の呼びかけに、まるで言葉か分かるかのような反応を返す黒猫。
その様子を見ていた沙羅が、万事心得てるとでもいいだけに、声を上げている男を呼んだ。
「すみませ〜ん、ナポレオンって、黒猫? ならここにいるよ〜」
「あっ、すみません!」
男は20代前半くらいの、さわやかなイメージの青年だった。
「これ、兄さんの飼い猫?」
そう聞く沙羅に、男は答える。
「いや、オーナーのなんだけど……ほら、こっちこっち」
美雪から黒猫を受け取ろうとするが、猫は美雪から離れようとしない。
「しまった……ナポレオンは男にさわられるのを嫌がるんだった」
「スケベな猫やな」
沙羅のツッコミにも意に介さないナポレオン。
「あの……」
その時、美雪が口を開いた。実は非常に珍しいことだ。
「つれてってあげて、いい?」
まわりのみんなにそう聞く。沙羅がそれを受けて男に聞いた。
「ねえ、どこまでつれてけばいい? ナポレオンちゃん」
「あ、それならすぐそこ、シャノワールっていう店までだけど」
彼が指さした方に、この巴里には珍しい、電飾の飾りがあった。
「ナニあれ? 妙に派手派手しいお店だけど」
「同感」
涼子とかなめが、ある意味身も蓋もない感想を述べる。
「まあ……シャノワールは社交場だからね」
そう答える男。説明に困る男に助け船を出したのは飛鈴だった。
「ああ、パンフレットにあったわね。かなめちゃんたちにわかりやすくいえば、ショーパブやキャバレーの元祖みたいなお店よ。ただし、ずっと高級かつ上品。紳士淑女の社交場で、女の子を侍らせるようなお店じゃないわ。ディナーショーやダンスホール、ライブハウスなんかも兼ねているから。ま、食事やお酒をとりながら、レビューショー……宝塚や帝劇みたいなショーを見られる所なの。今の時代みたいなお店の分化が進む前の業態だから、今の言葉には、一言で言い表せる言葉がないのよ。一応、テアトル、っていうんだけどね」
「なるほど……」
「テアトル……『劇場』っていう意味ですよね。でも、食事やお酒まで飲めるとなると、私たちの考える劇場とはちょっと違いますものね」
かなめたちが感心していると、男はちょっと誇らしげにいった。
「私もまだリハーサルでしかみていませんけど、すばらしかったですよ。あれなら帝劇に匹敵する」
「ふうん……ちょっと興味がわいたけど、営業は夜になってからなんでしょう?」
飛鈴にそういわれて、男もちょっと残念そうにいった。
「ええ、夕方からになります。到着記念にスペシャルショーのオンパレードなんですけど。是非とも見ていただきたかったです」
「見ての通りですから。まだちょっと、さくらちゃんや美雪ちゃんには早いわね」
そう言っているうちに、一同はシャノワールの前についた。酒場とも劇場とも言えない、変わった雰囲気の店である。電飾も派手でありながら、不思議とセンスの良さを感じさせた。
何よりここには、女性のいる酒場にはつきものの、隠微さが全くない。
「ここなら私たちでも入れそうね」
それが涼子のもらした感想であった。
と、中から誰かが出てきた。
「ムッシュ、ナポレオンはいたかい?」
「あ、オーナー。こちらのみなさんが保護してくれていました」
一見したところ、オーナーと呼ばれたのは、品のいい中年の女性であった。
だが、一同の受けた印象は実に様々だった。
飛鈴は、企業人として……そして、組織を率いるものとして、とてつもない度量の大きさと格の高さを感じ取っていた。
さくら、美雪、そして小狼……魔力、霊力を持つものたちは、実に不可思議な印象を。
彼女自身からは力を感じなかったが、何というか、彼女たちの力を、しっかりと抱きしめてくれる、そんなイメージを、皆感じ取っていた。
かなめや涼子、そして沙羅は、今身近にいない母のイメージを。
大作は中年のおばさんなのに、是非ともカメラに残しておきたいという欲求を。
そして知世の瞳には……何かを値踏みするような、危険で冷たい光が。
特になにも感じていないのは、恭子だけだった。そんな彼女ですら、目の前の女性から目が離せない。
「おや、あたしの顔になんかついているのかい?」
彼女にそういわれて、みんなはあわてて首を振った。
魅入られる。その言葉の意味を、いやというほど実感する一同であった。
「あの、これ……」
そんな中、おずおずと美雪がナポレオンを差し出す。
「ああ、ありがとう、マドモワゼル」
そういって彼女はナポレオンを抱き上げる。何というか、とてつもなく『しっくりする』姿であった。
「改めましてみなさん。私はこのシャノワールのオーナー、グラン・マと申します。この子のことではお世話をかけました」
そういってナポレオンの頭を軽くなでる。
「い、いえ、たまたまですから」
飛鈴が照れながら答えたが、その姿は大グループの会頭でも裏社会に君臨する女帝でもなく、ただの若い娘でしかなかった。
「お礼に……そうだ、ムッシュ、例のサービスチケットを持ってきな、人数分」
「ハイ」
彼はそのまま店の中にいくと、やがて素朴な感じの紙束を持ってきた。
「ハイこれをどうぞ。うちの招待券だよ。パスを持っているっていうことはまたこれるんだろうし、今度来た時にでもどうぞ。期限はないから、ゆっくりと時間の取れる時にね」
「わあ、すみません!」
みんな大はしゃぎだ。
その時、大きな鐘の音が巴里市内に響き渡った。
「あ、時間だわ! みんな、急ぐわよ!」
「は、はいっ!」
ドタバタとその場から立ち去る一同。男……大神一郎はあっけにとられながらも、その様子を見送っていた。
「なんかあわただしいですね」
「ムッシュ……こんな稼業をしていると、妙に勘が鋭くなっちまうね」
答えたグラン・マの顔は、戦いの時のように引き締まっていた。
「どうしました?」
いぶかしる大神に、グラン・マは答える。
「今のナポレオンを渡してくれた子……帝劇のファイルに載っていたよ。未知数なれど、かなりの霊力を秘めている、次期華撃団候補の1人としてね」
「いっ……申し訳ありません、気がつきませんでした」
「それはまあいいさ」
グラン・マは軽く笑いながら、彼女たちの去っていった方を見る。
「けど、あの子たちの中に、まだ何人か、強大な霊力を秘めてそうな子がいたみたいだね……ロベリアを見つけた時と同じような気配が、あの子たちからしたよ」
「ロベリア……君ですか?」
大神は頭の中で一夜漬けしたファイルを繰った。
ロベリア・カルリーニ。元々は巴里に限らず欧州全土を騒がせた世紀の大犯罪者で、刑期の減少と引き替えに巴里華撃団に入団。戦いの際にはきちんと息を合わせるものの、私生活においてはあくまでも犯罪者としての意識を捨てていない……
あの、彼女たちから?
「まあ、単なる勘だけどね。後で米田さんにでも言っておこうか。ま、あの美雪とかいう子の周辺人物なら、既に調査の手は入っていると思うけど」
「でしょうね」
大神もうなずいた。
裏側の勇者達
UVT。アルティメット・ヴァリートゥード。
ただ一回の開催で、真に『何でもあり』を実現したと名高い格闘大会。
『これ以上実戦に近づけることは、戦いから殺し合いへと移行することを意味する』
ある格闘技評論家は、この戦いをそう評した。
事実、この戦いのルールは、『殺さなければよし』というほど過激なものであった。今回に限って何故か特別選抜大会が用意されているが、基本的にありとあらゆる制限がない。急所攻撃だろうが、相手の骨をへし折ろうが、噛みつこうがいっさいが許可。最後に立っていた方が勝つという過激な大会である。
そして意外なことに、この大会、屈強な格闘家が勝つとは限らない。この融合時空の中には、人として常識外れの格闘能力をその身に宿した人物がかなりの数に渡って存在する。そしてその人物は、必ずしも見た目屈強とは限らない。
現に前大会の優勝者と準優勝者は、どちらもうら若き美女であった。しかも彼女らは、公衆の面前で、屈強な格闘家を無数に葬り去って、決勝の舞台に上がったのである。
今大会にもそれは言えた。もちろん、今度は見た目に惑わされるようなことはない。それでも今大会、やはりかなりの数の女性格闘家が本戦大会に残っていた。
もう一つ注目されるのは、老格闘家もまた多かったということである。前回は参加してこなかった老人が、まるで血の滾りを鎮めるかのように多数参加し、そしてかなりの数が、しっかり本戦に残っていた。
観客は『柔能く剛を制す』という、柔道に限らぬ日本武術の神髄を、その姿に見ていた。
おかげでこの老人たち、若い女性にモテまくっていた。
ストイックな老人も多かったが、それと同じぐらい、スケベじじいも多かったのである。
さすがに本戦だけあって、戦いはどれも伯仲し、見ごたえがあった。怪我で棄権した人物も多く、本戦に出場してきたのは予選突破者の6割ほどであったが、それでもきちんと見ごたえのある試合が数多く見れた。
まず、この戦いを見せねばなるまい。
レックス・ディザスターマン対神月かりんである。
前回予選第一試合に大会優勝者の彼女と当たってしまったため予選敗退となったが、試合後の彼女のコメント、
『決勝の来栖川さん以外の強敵は、予選第一試合のレックスさんだけでしたわ。あの方とは、是非本戦で戦ってみたかったものです。予選の時は、彼も油断していましたから。はっきり言って、彼の不意を突けなかったら、私は完全な体調でここに立つことは出来なかったでしょう』
によって、俄然注目を浴びていたファイターである。
その後いくつかの興業においてゲストとして出場し(彼にだって金を稼がねばならぬ事情はあった)、その強さは遺憾なく発揮されていた。元プロレスラーという経歴のせいもあり、融合後誕生した、いくつものプロレス団体からもかなり熱烈なラブコールがあったというが、彼はその全てを断り続け、そしてこの大会に出場してきた。
その意気込みが知れようというものである。
そして今回は前回のようなフロックもなく、互いに本戦で相まみえることが出来たのである。
「今度は見た目で油断したりしないぜ……悪いが潰させてもらう」
「こちらこそ。私とて以前と同じではありませんことよ」
頑強な肉体と、そのボディーから生み出される重厚なパワーを武器とするレックス。
見た目は小柄ながら、しなやかな体がからみつくように、的確に相手の弱点を破壊していく苛烈な戦士、神月かりん。
さすがにマークされた今回は、彼女もあまり優雅な勝ち方ばかりともいかず、既に3人の闘士が彼女の手によって格闘家生命を断たれている。
それでも彼女は引かない……未だ見ぬ強者に挑み、それをはいつくばらせるために。
戦いは猛攻となった。基本的に相手を秒殺してきた神月かりんの肉体にも、いくつもの傷が付いていた。
レックスも足の筋を痛めている。まともにパワーの争いになったら勝てないと判断した彼女に、その源である足を殺されたのだ。
だがかりんにとって予想外だったのは、レックスの強靱さである。鍛え抜かれた彼の肉体は、最初の一撃に耐えきり、あまつさえそれをおとりにして彼女に大ダメージを与えることに成功したのである。
だがその代償は大きく、彼は倒れた彼女にとどめを刺し損ねた。そのため戦いは膠着し、ほとんど気力の勝負となっている。
現状はスタミナにまさるレックス有利……しかし彼の心には一分の奢りも油断もなく、対するかりんの瞳も、これまでにないほどに燃え盛っている。
「久しぶりですわ……ここまで魂を燃やせる戦いは。さくらさん、ケンさん、綾香さんに続いて4人目です……。やはり我が家の家訓は、一部改める必要がありますね……敗北は許されない、ただし、真に価値ある敗北は百の勝利より貴重であると! そしてそれを乗り越えて掴んだ勝利は、万の勝利より価値があると!」
お互い、限界が近づいていた。そして、二人の攻撃がぶつかる。
レックスのパワーと、
かりんの気合いが、
会場中央で激突した。
そして……その場に崩れ落ちたのは、レックスのほうであった。
レフリーが近づいてくる。この大会の勝利は、片方の意識不明か、勝利の名乗りによって決定される。そしてレフリーからマイクを奪ったかりんは、会場中に、高らかに宣言した。
「ファンの方にはまことに申し訳ありませんが……私、神月かりんは、ただいまを持って、この戦いに参加する資格を失いました。よって、この戦いは彼の勝ちとなります」
一瞬の静寂の後、会場にブーイングの嵐が巻き起こった。
「お静かに!」
彼女のたった一言で、その嵐は収まってしまった。
「納得のいかない方も多いと思います。しかしこれは、私が今回の戦いを主催するに当たって、たった一つ定めた『枷』に抵触する行為なのです。その『枷』がなんであるのか、そして何故私が今ここで棄権しなければならないかは、この後行われる特別大会の開始時に、全て説明いたします。今はこのまま、大会の継続を見守ってくれることをお願いいたします」
圧倒的なカリスマであった。不満に感じた観客も、彼女のそのあまりにも堂々とした態度に、決して譲れぬ訳があることを感じ取った。
その後、滞りなく、戦いは進んでいった。
とてつもなく激しい戦いが繰り広げられた。
時には絶対の有力候補が、思わぬ負傷でリタイアすることもあった。
そして……準決勝。残ったのは以下の四名であった。
前回準優勝者、来栖川綾香。
神月かりんの謎の棄権により生き残り、そのまま戦い抜いたレックス・ディザスターマン。
赤き胴着の格闘家・武神凱。
そして、来栖川綾香と同じ、エクストリームを振るう新進気鋭の女子格闘家・松原葵である。
そしてこの戦いは、実にとんでもない結果に終わった。
綾香対レックス。
かりんとの戦いの後遺症が出たため、来栖川綾香の勝利。しかし彼女も、無視出来ないほどの傷を負った。
武神凱対松原葵。
戦いは圧倒的に武神凱優勢で進んでいた。だが、戦いの最中、何故か凱は何かに気をとられたような大きな隙を見せ、その隙を逃さなかった葵渾身の一撃を受け、そのまま敗退。後に彼のコメントが得られるまで、疑惑を呼んだ一戦となった。
そして決勝戦。
前回に引き続き、若い女性同士の戦いである。
しかもエクストリームという、新興の格闘技同士の争い。
下馬評では、来栖川綾香圧倒的有利であった。だが、準決勝でのダメージが完全に抜けきれていないことが伝わり、一気に波乱含みとなった。
これは後のコメントであるが、あえてここで記す。
「この戦いは、決して単なる個人の優劣を決めるものではないわ。それならばもっとスケジュールに余裕をとり、オリンピックのような健全で公正な戦いにするべきよ。そうでないのは……この戦いは、いにしえの合戦をモデルにしているから。そう、これは相手を殺さない合戦。少しでも油断すれば、地に伏すのは自分のほう。途中で負傷することも、あるいは宿舎に帰る途中襲われることも、全ては自分に帰する戦い。戦いはいつでも全力で戦えるとは限らない。むしろどんな状況下にあっても、戦い、生き延びられることが出来てこそ、最強の格闘技ではないかしら。最強を目指すということは、そういうことよ。ただ単に強くなるだけなら、銃を持てばいい。でも、そういうものじゃないでしょ、強さを求めるというのは」
「我が武神流は常在戦場、競い合いの場であっても、路上であってもそれは同じ。今回大会に参加したのは、ここでなら今まで機会のなかった強敵と手合わせが出来るゆえのこと。我が流派には、名誉も尊敬も不要。ただあるがままにあることのみ。されど、それ故あの戦いでは失礼なことをした。あの時、我は武神の名にかけて許すことの出来ぬような、歪んだ気を感知した。目の前の御仁との戦いすら忘れさせるほどの歪んだ気を。けどそれは我の奢りと油断。いかなる事があろうとも戦いの最中ほかに気をとられるなど恥に過ぎぬ。勝利者たる彼女は、誇りを持ってそれを受け取るだけの価値がある。彼女の名誉のためにも、下衆な勘ぐりはやめてもらいたい」
これらは大会終了後のインタビューより得られたものである。
そう、この戦いは、来栖川綾香が消しきれなかった負傷を、あえて情け容赦なく攻めた松原葵の勝利に終わった。
それなりに物議もかもしだしたが、結果は世に受け入れられた。
もっとも……それはこの後の大会の、あまりにもの非常識さにもあったのだが。
今大会は、これで幕を閉じなかった。
案内のパンフレットにも、ただ、特別大会、オーバーソウル級、としか書かれていないのだ。そして神月かりんの謎の棄権。その説明が、この特別大会の前に示されるという。
大半の客は、これから起こることを知らなかった。一部の格闘マニアと、事情を知るもののみが、この先になにが起こるのかを推察していたのである。
そして壇上に、主催者でもある神月かりんの姿が現れた。脇に試し割り用の板と、ビール瓶がおかれている。
「さて、特別大会開催前に、お約束の事情説明をいたしましょう」
そういうと、彼女は傍らのビール瓶を指さした。
「論より証拠。これから私のやることをご覧ください」
彼女は台の上に載せられたビール瓶から、3メートルほど離れたところに立った。
「はぁぁぁぁっ」
そして大きく息を吸う。目のいい人には、ほんのりとではあるが、彼女の拳が光って見えたであろう。
「哈っ!」
気合いと共に、彼女は掌底を突きだした。そこから不可視の……いや、わずかに発光した『何か』が、ビール瓶めがけて飛ぶ。
ぱりいん。
奇妙な静けさの中、やけにその音は会場内に大きく響いた。
「これがその理由です」
そこに彼女の声が重なった。
「池袋などで行われている私的格闘……『バイパーズ・レイブ』のことをご存じの方は、噂に聞いたことがあるかも知れません。かの地には、炎や光を武器とする戦士がいると。そう、確かに彼らは存在します。以前の世界では『気』などと呼ばれ、架空のものだと思われていた技。その技を現実に振るえる方が、今の世界には存在しているのです。
私の世界にも、この『気』を使う技を振るえる闘士がいました。私も、その技を身につけるべく精進を重ねてはいましたが、なにぶんにも珍しい技術ゆえ、その習得はかないませんでした。ですが私も、今日のレックス氏との戦いの中、その技に目覚めたのです。
そう、そしてそれこそがあの時、戦いを棄権した理由です。
第一回の戦いには、この『気』の使い手は参戦していませんでした。また、こちらもあまり詳しいことは分かっていませんでした。ただ、普通より少し強い、程度のことだと思っていたのです。ですがその後事情を知るにつれ、いきなり『気』の使い手と、そうでない人を戦わせるのは、不公平であると気づきました。『気』の使い手は、攻撃、防御、双方において、いわば『武装した』といってもいいほどにその実力が違いすぎます。ほんの少し、その技術の入り口に目覚めた程度の私でさえ、相手にこれだけの距離をあけて攻撃が出来るのです。
もう一度お見せいたしましょう」
彼女は、今度は試し割り用の板を台に固定し、正拳突きで狙えるように固定した。
そして再び『気』を練り、放つ。
やはり離れたところから、板はうち砕かれた。
これが路上や、あるいは見知らぬ人間がやったのなら、手品の類だと誰もが思ったであろう。だが、彼女ほどの立場の人間が、このような格闘大会の会場で、わざわざ手品をする理由などあるであろうか。
この時始めて、会場の人間は、彼女のやったことが、トリックでもなんでもないと気がついたのである。
「もうおわかりでしょう」
会場のざわめきが一段落した、絶妙のタイミングで、彼女は言葉を続けた。
「今回開催した特別大会、オーバーソウル級は、この『気』の使い方を熟知した闘士たちの戦いです。そこで行われる戦いがどれほどのものか、そして、何でもありを標榜するこの大会においてすら、わざわざ今回はクラス分けを行ったのか、それはこれからの戦いが物語ってくれるでしょう。
では、その人智を越えた技を振るう闘士を紹介いたします」
彼女の言葉と共に、十数名の人間が壇上に上がった。
「順にご紹介いたします」
まず最初にスポットが当たったのが、やせ形で、額にバンダナを巻いた、一見クールそうな若者。特設のオーロラビジョンにうつった顔は、なかなかのハンサムである。
しかし彼の持つ雰囲気は、クールからはほど遠かった。
「草g 静馬君。池袋で行われる私的格闘技大会『バイパーズ・レイブ』において現在『池袋の帝王』と呼ばれています」
「オラあっ!」
その紹介に合わせて、彼は舞うように宙へ飛んだ。
その身に炎を纏わせながら。
<焔舞い>……。ただし今のは彼にしてみれば軽く舞っただけで、威力も何もない踊りである。
しかし観客たちの度肝を抜くには十分であった。
「うおおおおおおおおっ!」
彼らは自分がこれから見るものが、何かとてつもないものであることをはっきりと自覚した。
「続けて参りましょう」
かりんの紹介は続く。
「春日野さくら。同じく私的格闘者。彼女もまた、女性ながら気の扱いに長けた闘士です。その実力は……私が未だに勝てないほど、といっておきましょう」
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
さらに観客がどよめく。
「しかしそんな彼女ですら、このメンバーの中ではまだまだ若輩者に過ぎないのです」
観客のヒートアップはさらにはげしくなった。
「二階堂紅丸。優れた身体制御と、雷の『気』を身につけた闘士。彼のもとの世界で行われていた格闘大会・『KOF』の優勝チームのメンバーでもありました。
紹介されたロンゲの男は、頭に手を当てると、髪を天に向けて梳いた。
そのとたん、魔法のように髪が逆立つ。何の支えもなく、髪は重力に逆らっていた。
「続いて……
その後も紹介は続けられて行った。
中にはパフォーマンスを見せる者もおり、観客の熱狂は、さらに高まった。
「そして最後に、特別ゲストのこの御三方を紹介します! 彼らは北米においては、『オリエンタル・アーツ』と呼ばれていた『気』の使い手たち。その頂点に立った方たちです! まずは、『サウスタウンの若き餓狼』、テリー・ボガード!」
星のマークのスタジャンと、赤いキャップの似合う金髪の青年が手を挙げる。
「なおこのテリーさんは、先ほど紹介されたアンディ・ボガードさんの実兄であり、この日本の地にて、再会がかなったとのことです!」
観客席から拍手の嵐が巻き起こる。
「そして同じくサウスタウンが誇る、『心優しき無敵の竜』! リョウ=サカザキさんです! 彼は本来、先ほどのテリーさんより昔の時代の方だったそうですが、この時空融合のため、ほぼ同年代になってしまわれたとのことです。アメリカの大会で彼に敗れたテリーさんは、『全盛期の竜がこれほどの強さだとは思わなかった。今回はリベンジする』とのコメントしています」
観客の盛り上がりに、手を挙げて答えるリョウ。
「また、この機会に、彼の所属する『極限流空手道場』は、かつて追われた日本に、再び支部を開く予定が有るとも聞きます!」
狂熱が、場内を駆け抜けた。
「そして最後の一人は、現在北米格闘技の頂点に立つ男! その名も、ケン=マスターズ!」
赤い道着の男が手を挙げた。
「彼らは北米の大会において、激闘の末、先ほどのお二人を倒してその頂点に立った人です! しかし彼もまた、こう語っております。『前回自分が頂点に立てたのは、リョウとテリーが、準決勝で戦っていたからだ。トーナメントの組み合わせが変わっていたら、頂点は俺ではなかった可能性がある。あくまで、可能性、だが』。なんという自信でしょうか!」
そして、興奮の中、第一回の戦いが始まった。