裏側の勇者達
日本のはるか南西、台湾の西付近を、巨大な島の群れが飛行していた。
島と言うより浮遊大陸、分かる人には伝説のラピュタを想像してもらいたい。
そのうちの大半が、進路を北へ向けた。一つだけが北東へと向かう。
その島の中央あたりに、やたらに華やかな建物があった。
全体的にレトロでありながらモダンな建物の中にあって、ひときわ目立つ電飾のアクセサリーをまとう館。
名前を『シャノワール』という。黒猫(シャット=ノワール)、という意味であろうか。
それはこの街……巴里でも名の知れた社交場であった。おいしい料理とお酒、そして数々のレヴューショーの見られる店として有名である。
その店内、二階客席の窓から、一人の中年女性が外を眺めていた。見慣れた街並み、そしてその外に広がる青い大地……高空を飛んでいるのではないので、むしろ船の眺めに近い。
「やれやれ、長かったね……」
女性……ライラック伯爵夫人、いや、シャノワールの支配人『グラン・マ』は、しみじみと呟いた。
「最初はどうなるかと思ったけど、まさか東京の帝撃まで来てたとはね。あっちもこの発展した文明の中でいろいろ大変だろうに」
幾多の秘密を抱えた者の美しさをたたえ、今は静まりかえっている舞台を見渡す。
「まあ、あの変にお堅い人達よりはノリが良さそうだけど、ね」
そうして彼女はこの数ヶ月の間ののドタバタに思いをはせるのであった。
新世紀二年二月末、エマーン商業帝国中央に、ちょっとした騒ぎが持ち上がっていた。
「時空の不安定化を確認!」
「場所、オールドパリ遺跡付近。一部ネオパリシティーにも掛かります!」
「住民の避難は!」
「完了しています。現地には分析班が待機中!」
「貴重な機会だ。データ取り逃すなよ! そうでなくてもこの分野では日本に一歩後れを取っているからな!」
時空融合の揺り返し……日本ではそう呼ばれている、後発性時空融合現象が、エマーン商業帝国のど真ん中、パリ付近に発生していた。この時期日本をはじめとする世界各地で同様な現象が確認されており、時空融合現象の解析に貴重なデータを提供することになるのだが、このことが判明したのははるか未来、時空融合対策が大詰めになった頃である。この時点ではあくまでもローカルな現象ととらえられていた。
それはさておき、エマーンにとってもこれはまさに貴重な機会であった。現行の世界の中ではごく一部の例外を除き、もっとも発達した科学力を持つエマーンであったが、時空融合現象に関する研究では日本の後塵を拝していた。実力ではなく、データの不足が原因である。無数の世界が融合した日本と違い、ヨーロッパを中心としたかなりの地域がまとめて転移したエマーン圏は、安定した時空が徒となって研究に必要なデータをほとんど得られなかったのだ。地盤の安定した国では地震の研究が進まないのと一緒である。日本はこの件に関してデータの出し惜しみはしなかったのでそれなりに研究は進んでいるが、やはり生のデータがないのは大きかった。エマーンは他の世界のような無秩序な広がり方をせず、都市型コロニーが点在する形の居住圏を形成していた。これが時空融合の際、利点ともなり欠点ともなったのである。事が起こったとき、エマーン内部では他のブロックと連絡が取れなくなったことを除き、人的・施設的被害は皆無といってよかった。家族的な結びつきの強いエマーンでは出張の際なども家族を伴うことが多く、融合によって断絶した家庭はトーブ家やラース家などの有力氏族内の留学生程度であった。多数の時空孤児を出した日本とは大違いである。ところがそれ故にエマーンは時空融合そのものに関する情報が全くと言っていいほどなかった。融合境界面もほとんどが無人の森林であり、観測機器などあるはずもなかった。彼らにとって時空融合とは、『朝目が覚めたら隣が別の国だった』程度のことでしかなかったのである。
だが今の世の中ではそうも言ってられない。融合の結果発生した相剋界のため、これを何とかしなければ後々世界が危機に陥るくらいのことは、当然エマーンでも掴んでいた。ところが融合現象を分析しようにもデータ不足、相剋界を観測しようと宇宙に出るとインビットに襲われてろくに研究できない。護衛の軍を出そうにも、実はエマーンに武力はない。なまじ商業が発達しすぎたためエマーンでは、目に見える暴力は忌み嫌われていた。争いごとはエレガントに解決するものである。融合前のエマーンには経済戦争はあっても侵略戦争は存在せず、暗殺防止のための個人的な護衛は存在しても集団としての軍隊は存在しなかった。世界がこうなったため今ではエマーンも武装の必要性を感じているが、困ったことに今のエマーンには兵隊のなり手がいない。ついでに言えばノウハウもマニュアルもない。とどめにエマーン人は基本的に兵役につく気がない。過去の種族特性を呼び覚ませば成人女性が勇猛果敢な兵士になると予想されているが、それは種族的タブーであって、最後の最後まで抜けない伝家の宝刀である。
そんなわけでもしこれで科学力が突出していなかったら、あっさりとアメリカあたりに占領されかねないところであった。
とはいえ、人間同士の争いなら中国四千年がかわいく見えるほどマキャベリズムに通じているエマーンであるが、話の通じないムーやインビットには手の出しようがない。そのためのノウハウを各種取引の裏でアメリカや日本からこっそりと入手しているが、技術はともかくそれを運用する人材の育成には時間が掛かる。エマーン人の社会通念からすると、こういうとき自分たちにとって一番使いやすく利益のある存在とは、自らの手を汚すことなく、かつ絶対に裏切らずに戦ってくれるもの……理想的なのは機械獣だったりするが、いくら何でも世界征服を狙うテロリストと手を組むわけにも行かない。この思いが後にエマーン社会の暗部にとある影を発生させることになるが、それは今の時点では関係ない。
とにもかくにも、まともな研究が出来ない歯がゆさを、エマーンの指導者達は密かに感じていた。そんなとき、帝国領内にて、融合現象の兆しが発見されたのである。
この機会を逃すわけには行かなかった。普段仲の悪いラース家・トーブ家の二大氏族も即座に手を結び、万全の準備を整えて事態を見守った。
そして彼らの見守る中、パリ遺跡……彼らがまだ都市コロニーを形成する以前に存在していた街の跡……は、よく似てはいるものの全く違う世界に転位したのである。
その街こそ巴里……1925年、オーク巨樹を撃破し、復興の槌音響く巴里だったのである。
一方出現した側の巴里も大混乱であった。オーク巨樹の一件がやっと片づいた矢先に、世界が真紅に染まって気がついたら大森林の中。そしてすぐ隣に見たこともない城がででーんとそびえ立っていたら、パニックにならない方がおかしい。
かつて巴里の平和を守り抜いた、巴里華撃団の面々といえども例外ではない。
「グラン・マ、いったいこれは」
血相を変えて支配人室に飛び込んできたグリシーヌを、グラン・マはやんわりと押さえた。
「何が起こったかなんて、まだ誰にも分かってはいないよ。少し落ち着きなさい」
「はい」
とりあえず椅子に座って息を整える彼女であった。
「ところでほかのみんなは」
「エリカは町中に飛び出していったよ。神父のところにでも行ったんじゃないかい?……迷惑だろうけど。コクリコは動物たちが心配だってサーカスへ。ロベリアは情報を集めてくるってやっぱり出ていったよ。花火は見ていないけど」
「彼女は家にいる。私が様子を見に来たのだ」
「そうかい。ならいいんだ。そうそう、今のうちに言っておくよ。こういうときには、巴里華撃団としてではなく、ブルーメール家の次期代表として振る舞った方がいい。今巴里の人に必要なのは、不安を和らげてくれる強力なリーダーだからね。あんた達にムッシュ・大神がいたように、ね」
「それは関係ない!」
グリシーヌは声を荒げて立ち上がり、部屋を出ていった。その顔が赤かったのは、怒りのためではあるまい。
「やれやれ、まだまだだねぇ。さて、あたしも動こうかしら。グラン・マじゃなく、ライラック伯爵夫人としてね。メル、留守は頼みましたよ」
秘書室に控えていた彼女に一声かけると、彼女は混乱した街へその歩みを進めるのであった。
触手を持つエマーン人達を巴里の人達が魔物と誤解したりする一幕もあったりしたが、何とか両者の間に話が成立した。時空融合がどんなものかは理解されなかったものの、とにかく巴里が別の世界に来てしまったことは何とか理解できたのだ。
ただ困ったのがこれからの暮らし向きであった。しばらくの間はエマーン側で援助してもらえるとのことだったが、元々巴里はフランス王国の首都で、基本的に全国から集まる税収で成り立つ管理都市である。地方の農村と違い、周辺からのバックアップがなければあっという間に崩壊してしまう。かといってエマーンの社会に入り込むには文化・教育のレベルが違いすぎる。この絶望的な差がある以上、巴里の市民達はせいぜい奴隷か珍獣扱いが関の山である。
エマーン側でも同様であった。人種的に他の世界の者をこんな大量に受け入れるのには無理がありすぎる。出来ればどっかに引き取ってもらいたい気分であった。
お互い困り果てていたときに、救いの光が地球の裏側から差し込んできた。
日本及び中華共同体よりの時空難民受け入れ表明であった。
「たまにはエリカのドジも役に立つんだねぇ」
のちにグラン・マはしみじみそう語った。
何があろうと日々の生活は維持されねばならない。社会不安が広がる中、どこの酒場も満員であった。シャノワールも例外ではない。目の回る忙しさの中、ある日エリカが例の如く棚に頭をぶつけ、落ちてきた荷物の下敷きになった。
「だーいじょうぶ?」
すっ飛んできたコクリコに救助されたエリカの上に、とどめの一撃が降ってきた。
「ふぎゅっ」
「わーっ、エリカ、しっかりしてーっ!」
華撃団のみんな総出でエリカを医務室に運ぼうとしたとき、その声は飛び込んできた。
『はいこちら紅蘭……あれ、混信したんかや?』
「「「「紅蘭さん!」」」」
『わっ! な、なんや、あんた達は!』
「私たちが分からないのかい?……マドモワゼル紅蘭、済まないが米田司令を呼んでくれないかい? グラン・マといえば分かるはずよ。もし分からないと言われてもとにかくつれてきて。そのときは改めて事情を説明するから」
とどめの一撃……キネマトロンが落下したとき、その衝撃でスイッチが壊れ、たまたま合っていた紅蘭のチャンネルに繋がったのだった。故障のせいだったので紅蘭が米田司令に連絡を取っているうちに通信が切れるというハプニングはあったものの、すぐにグラン・マのキネマトロンが持ち込まれて事なきを得た。
幸い米田司令はグラン・マのことを知っていた。お互いの事情がすりあわされ、双方頭を抱えることになった。
「どういう事なのだ?」
みんなを代表して聞くグリシーヌに、グラン・マはやや沈んだ顔をしていった。
「みんなもここが別の世界だって事は理解したね……でね、どうやらあたし達だけがこうなった訳じゃないらしい。それこそ無数の世界がなんかの理由でごちゃ混ぜになっちゃったらしいね。で、その中に、あたし達と同じ世界……そう、日本の帝国華撃団の世界もあったらしいのさ。ここでの時間でだいたい一年前から来ているらしいよ」
「じゃあ!」
「イチローも」
「こっち……っていうか、帝都にいるっていうわけかい?」
「……(*^^*)」
明らかな喜色に包まれた団員達を見つめ、グラン・マは深くため息をついた。
「みんな、よくお聞き。確かにムッシュ・大神はいま帝都にいる。けどね、あっちは4月にこの事件に遭遇している……どういう意味だか分かるかい?」
「……?」
「……?」
「……こっちに、来る、前って事かい?」
答えたのはロベリアであった。
それの意味することを皆が悟るまでに、一瞬の間があった。
「それって……ボクたちのこと、イチローは知らないって事……」
コクリコの声は震えていた。グラン・マはそんな彼女をいとおしげに見つめつつも、きっぱりと言い切った。
「そう。残念だけど、帝都の帝国華撃団は、今年の4月、ムッシュがこちらに来る直前にこの現象……時空融合だったっけ? それに巻き込まれたそうだ。あちらではうまくやっているそうだけど、とにかく、ムッシュをはじめとするみんなは、私たちのことを何一つ知らないと言うことだ。もしまた会えたとしても……覚悟はしとくんだね」
「でも、生きているんですね……隊長」
「そりゃそうだけど……」
本来励ましの言葉だったが、言ったのが花火だったせいか、場の雰囲気はさらに落ち込んでしまった。
一方、通信を受けた帝劇も大変であった。
「あやめ君、42番のファイルを添付して首相に報告してくれたまえ。かえで君は手の空いているみんなを集めてくれ。あ、大神は必ず連れてこい」
「「了解」」
藤枝姉妹の声がきれいにハモった。ちなみにあやめは現世に戻ってきたあと、米田司令の個人的な秘書となっている。帝劇の副司令に復帰することはなかった。
「今の私は帝劇のことだけ考えているわけにはいかないことがありますので」
というのが彼女の弁である。
それはさておき、集まったのは大神、さくら、アイリス、紅蘭の4人であった。ほかのみんなは舞台である。
「司令、何事ですか?」
「そやそや、いきなり変な通信が入ったとおもたら……」
身を乗り出さんばかりにしている紅蘭を米田司令はやんわりと押さえた。
「まああわてるな……気持ちはわかるけどよ。みんな、時空融合がなかったら、大神は研修のため巴里に留学するって話は覚えてるか?」
「ええ」
そううなずいたのは大神。
「うん、一緒にフランス語勉強したんだよね」
アイリスもうなずいた。
「実はな……その留学って言うのは、巴里で新たに設立される予定だった霊的防衛組織……そう、さしずめ巴里華撃団とでも言うものを立ち上げるためのものだったんだ」
「「「「ええっ!」」」」
驚くみんなを制しつつ、米田司令は言葉を続けた。
「まあこの騒ぎでその話はご破算になってたんだが……どうもその巴里でエラいことがあったらしい」
「それって……」
「そ、どうもいわゆる揺り返しってやつで、俺たちの時代、俺達の世界の巴里がエマーンのど真ん中に出現したらしい。細かい確認は首相にとってもらうとしてもだが……どうもこの巴里、俺たちの時代のさらに半年ばっか未来の世界らしいな」
「???」
みんなが首をひねる。
「まあ、俺にも想像できねえんだが、そっちの世界では、大神は見事に巴里華撃団の立ち上げに成功……なんとおまえらも協力したらしいが……で、巴里の危機を見事に救ったらしい。つまり向こうはこっちのことをよく知ってたってわけだ」
「はあ……実感はまるでありませんが、そう言うことなんですか?」
困った顔をする大神。
「で、こちとらは知らないものの、向こうではかって知ったる俺たちに相談があるっていうんだ。これぐらいは見当つくと思うが、おまえら、エマーンの人達の間で生きてく自信あるか?」
みんなの顔が一様に酸っぱくなった。
「……ちょっと自信ないですね」
「だろ。向こうもそう言っている。で、なんか助けの手はないかって事なんだがな、はっきりいってこれは俺たちの手に余る。首相送りにするっきゃねえんだな。だがな、俺はこう睨んでる。少なくともその巴里華撃団は、俺たちが預かることになるんじゃねえかとな」
「!!!」
みんなの……特に大神の顔が引きつった。
「どういう形であれ、最終的に巴里の市民は難民にならざるを得まい。となるとこの手の受け入れのノウハウを一番持っているのは日本だ。さんざん苦労したからな。で、加治首相がどんな手を打つかはしらねぇが、あっちの巴里が俺たちと同じ技術を持っていると知った以上、賭けてもいいがその連中を引き抜きに掛かるぜ。特にエマーンに渡す気はさらさらねぇだろうからな」
大神と紅蘭がそろってうなずいた。
「ま、今の時点では何も言えんが、そのうちそんな話が出てくるのは間違いあんめぇ……大神、みんなにも伝えておくように」
「了解しました」
そうしてみんなが出ていこうとしたとき、思い出したように米田は付け加えた。
「お、そうだ、アイリス、言い忘れていたが、シャトーブリアン伯爵、奥さん共々たまたま巴里にいたらしいぞ」
「!!!!!!!!!!!!」
いっぽう、報告を受けた加治首相は直ちに閣議を招集、この問題を検討した。特に巴里に帝国華撃団と同等の技術が存在しているという点は重大であった。
「何が何でもこちらに取り込む必要があります。今の時点でエマーンに霊力技術の知識を渡すのは国策上非常に不利ですので」
その場の一同は皆そう考えていた。霊力関連の技術は今のところエマーンに対して唯一完全に日本が優越しているものである。このカードを失うのは非常に痛かった。
「幸いエマーン側でも一都市分の人間を丸ごと受け入れるのは難しそうな状況です。ここは機を逃さず、彼らを受け入れてしまうのがベストだと思いますが」
「しかしいくら何でも巴里丸ごとは無理ですな。協力者を募る必要がある。私としては中華共同体を引き込むのがいいと思います」
九条外相がそう提案した。
「ご存じの通り、今の中華共同体は首相などの世界のヨーロッパと気質的な類似点が多い。私の知る限り、そちらのフランスはこちらの楚や斉との共通点が多いのです。かの国ならそれほど混乱なく受け入れてくれるでしょう。文明レベルの差はいかんともしがたいでしょうが、それは何とかなることは我々自身が証明していますしな。早速交渉に入ります」
「よろしくお願いいたします」
幸いこの交渉はうまくいった。エマーン側も街並みの古くささにごまかされ、その中に隠された財宝に気づくことなく、体のいいやっかい払いが出来ると喜んだ。交渉を担当したトーブ家の人間は難民受け入れを引き替えにこちらの科学技術の一端を取り込もうとする九条外相を完璧にやりこめ、代償なしの難民受け入れを認めさせたどころか、ラース家に独占されていた極東貿易に一筋のひびを入れるのに成功したことを大いに誇った。九条外相にまんまとだまされたとも気づかず。
こうして『巴里難民問題』は一応の決着を見た。
問題は受け入れ先の施設づくりと輸送手段であったが、これにはエマーン側からとんでもない手段が提示された。
「何、街ごと持って行ってしまえばいいではないですか」
引き取り手の日本及び中華共同体はさすがにあっけにとられた。だが確かに一番いい手である。これによって日中の各地にチャイナタウンならぬフレンチタウンが出来ることとなった。
日本にとっては巴里華撃団の基地ごと持ってこられるメリットが特に大きかった。だが九条外相はそんなことをおくびにも出さず、エマーンの優れた科学力を称揚するのであった。
結果この一件は見事に日本の一人勝ちとなった。この時点の日本の動きに不審な点を見いだしていたのは、エマーン在住のある日本人夫妻だけであったという。
その後の交渉の結果、日本は無事シャノワールのあるモンマルトル地区の引き取りに成功した。受け入れ地点は有明、お台場の埋め立て地にある遊休地を利用することになった。そしてこれが正式に発表されると、日本中にちょっとしたフランスブームが巻き起こった。元々ブランド嗜好の強い日本、言葉にはしていなかったが、欧米の文化にあこがれている人物は少なくはなかった。そんな中、ちょっとオールドではあるが、正真正銘のフランスは巴里である。関心を引いたのも当然であった。
到着予定がちょうどゴールデンウィークになるということもあって、関東自治区政府は歓迎セレモニーに連動する形でフェスティバルの開催を決定した。これに各種企業が協賛、有明は沸騰した。かつて計画された都市博を上回る勢いで熱気が集まる。
神月財閥主催、『第2回アルティメット・ヴァリートゥード格闘大会 in 台場』。
コニーパレス有明店開店記念、『TOKYOバトルロイヤル』。
同人誌即売会『スーパースプリングソビーク』。
日仏対決『お台場フェスティバル』。
などなど、様々な企画が立ち上がり、盛り上がりを増していった。
割を食った湾岸署の面々は渋い顔であったが。
そろそろ部屋に戻ろうときびすを返したグラン・マの視界に、人影が映った。
「もうじき、また大神さんに会えるのね。ちょんまげの免許、もう取れたかな」
「でも……僕たちのこと知らないイチローなんだよ。いいの、エリカ」
「だいじょうぶよ。だって、半年前はコクリコだって知らなかったのよ。でもちゃんと仲良くなれたんだもん。だったらもう一回仲良くなればいいだけじゃない」
「……そっか、そうだよね。また仲良くなればいいんだよね」
「そう。忘れちゃったことを嘆くんじやなく、もう一度知り合えばいいのよ」
「そだね」
「それに今はあたし達日本語ぺらぺらなのよ。今度は花組のみんなとももっといろんな話が出来るわよ」
「そう言えばイチローもみんなフランス語下手だったもんね。まともなのはアイリスとレニ、あとソレッタぐらい。マリアは割とましだっけど。一番ひどかったのはさくらかな」
「懐かしいわね……もし大神さんが私たちのこと覚えていたとしたら、今のあたしを見てどう思うかな」
「頭のぶつけすぎだと思ったりして」
「コクリコーっ!」
どたどたと走っていくコクリコとエリカを見て、グラン・マはゆっくりと微笑んだ。
「注射一本で日本語が自在になっちゃうは、街一つ丸ごと浮かすわ、とんでもない世界に来ちゃったもんね……でもムッシュ米田によると、こんな私たちの力もまた必要だとか。行く先は決して楽園じゃない……でも今はまだ夢見ていなさい、エリカ、コクリコ」
そのとき、ごい〜んと言う音がシャノワール中に響き渡った。
「……またやったわね」
しかめっ面をして額に手を当てるグラン・マであった。
C−partにつづく