裏側の勇者達

エピソード:4


神威の拳


A−part






 それは始業式の朝に見ていた夢から始まった。
 「しばらく会えなくなるな」
 夢の中に乱入した師匠……東方流玄は、いつぞや会ったときにも持っていた変な懐中時計を見ながらそう呟いていた。
 「ちょっくら面白いことになっとるが……残念ながらそっちには行けん。俺は『観察者』で、『勇者』じゃねえからな。ま、事がすべて終わったらまた会おう。そうそう、びじんのねーちゃんが呼んでるぞ」
 言いたいことだけ言って、師匠の姿は消えた。と、それと入れ替わりに、確かに美人の知り合いが現れた。
 「イェネンの鬼神よ……伝えておかねばならぬ事があります」
 妙に改まった……いつも以上に表情のないレイハはそう言った。
 「今遙か彼方で、世界の理を覆す悪しき魔が生み出されました。ソルバニアとて、この魔と無縁ではいられません。世界は砕け、新しく生まれ変わることになるでしょう。その奔流の中では、ソルバニアなど波間に漂う木の葉のようなもの。運がよくてもしばらく、悪ければ永遠の別れとなります。では、ごきげんよう」
 ……何かとんでもないことを言っていたような気がしたが、夢の中だったため、俺はそれをさらっと流していた。
 それが大間違いの元だった。
 199X年9月1日、始業式のさなか、突然世界は真紅に染まった。どでかい魔素でも降ってくるのかと思ったが、事はそんなものではなかった。
 赤いのが収まったとき、世界は1999年4月18日午前0時になっていた。
 最初何が起こったのか分からず、続いて混乱が起こった。それがそんなにひどくならなかったのは、意外にも校長の一喝と、Kファイト実行委員会の迅速な努力の結果であった。
 だが結果判明した現実は、あまりにも大きな衝撃であった。謎の機関から発表された原因……時空融合。日本はそれこそソルバニアのような異世界(といっても大半は日本そっくりだったが)と混じり合った世界になってしまったというのだ。
 このときの大作達の動きは見事の一言につきる。どうやって調べたものか、周辺のどの辺までが自分たちの世界だったかをきっちりと調べ上げてきたのだ。
 結果は、うれしくもあり、うれしくもなしだった。
 元の世界から出現したのは、大門高校及び四葉中学、高島平・大門付近の小学校を含む板橋区大門地区のみ。飛天神社も美雪ちゃんも無事だったが、区外から登校していた生徒の約7割が時空の孤児と化してしまったのだ。大作もその口である。
 寄る辺のなくなった生徒達。事ここにいたって、藤堂校長の真価が発揮された。
 変人ではあるが、危機管理能力は意外に高い。普通の学校ならとてもじゃないが扱いきれない草g静馬を、Kファイトを通じてしっかり学校に取り込んでしまった手腕は、決して侮っていいものではないのだ。
 「9月が4月になったという事で、1学期は丸々休校とする。家のなくなったものは、とりあえず住むところを造ることから始めよう」
 との一声で、大門高校学生寮を建造してしまうあたり、不思議としか言いようがない。
 何にせよ、収まるべき所に収まったという感じで、混乱は急速に収束していった。つくづく日本は平和な国であることを実感する。こんな混乱が起こり、おまけに怪獣やら機械獣やらが侵略してくるご時世である。これが日本以外だったら間違いなく暴動が起き、俺は美雪ちゃん達を守って鉄斎先生と一緒に5、60人は殺しているはずである。
 それがわずか3ヶ月足らずで収まった上に、元と変わらない、いや、元より面白い世界が誕生しているのだから大したものである。今の世の中なら、ソルバニアから魔素が降ってきても特に秘密にする必要はないかもしれない。変わったというか困ったというか、今の世界では普通の人にも<龍気>が見えてしまう。ちょうどソルバニアと同じように。草gもよく炎を纏っていてびっくりされるし、御剣の木刀も時々光っていたりする。しかしそれすらも学校が始まると、いつしかごく当たり前の光景になってしまった。聞くところによると、相変わらず行われているバイパーズ・レイブでも、草gや秋嵩達以外の、異世界版神威の拳を使う人間が続出しているらしい。巨大な人型兵器が闊歩するような世界では、人が光ったくらいでは驚かれないのだろう。
 幸い我らが板橋は怪獣の侵略にも悩まされず、少なくとも相対的には平和な日々を過ごしていた。御剣が木刀で鉄棒を切断したとか、時空融合の巻き添えを食らって日本で過ごしていたレックスが久々に開催された格闘大会に出場して、不利な条件が全くなかったにもかかわらず(言い換えれば全力で戦ったにもかかわらず)一回戦で御剣と同年代の少女に全身の関節をバラバラにされて入院したりとかいったハプニングはあったが、半ば壊滅した焼津とかに比べればましだろう。
 もっとも俺の周りもそうとは限らず、ちょくちょく政府機関を名乗る者からのお誘いとかも来ていたが、そんなものはすべて丁寧にお引き取り願った。俺にそんな暇はない。ミアン・キュービーも姿を現さず、俺はそれなりに充実した日々を過ごしていた。
 だがいつかは夏休みも終わる。あの日より1年、御剣達も、美雪ちゃんも3年生になったあの日、俺たちの夏休みは終わりを告げようとしていたのだ。




 「転勤?」
 校長室に呼び出された南雲慶一郎は、校長からの言葉を聞いて、大きく口を開けていた。
 「何でまたそんな話が出るんです」
 そう聞き返した彼に、藤堂校長は、少なくとも表面上は心底残念そうに説明を始めた。
 「二つの学校から君を欲しいというオファーが来ている。一つは総合学園、もう一つはなんと女子校だ」
 「総合学園はともかく、何で女子校がわざわざ男子教員をほしがるんです。思いっきりうさんくさいですね」
 「いいや、そう単純な話じゃないんだ、これが」
 校長は学園のパンフレットのようなものを二枚、机の上に広げた。
 「私立江東学園……新世紀版筑波学園都市とでも言うか……国立科学研究所の下部組織として来るべき新世紀を担う人材を育成するという名目の元に開かれた総合学園だが、その筋の人間には特殊な事情のある若年層の要人を集めるために造られた学校だと言うことは知れ渡っている。この間も2200年の世界から来ている天才小学生がどこかのテロリストに誘拐され掛かったという話だしな。君のような教師をほしがるのも分かる」
 ちなみにラピス誘拐未遂事件は一応機密である。
 「政府筋はいやなんですけどね……」
 「ちなみにこちらの交換条件は高給保証、及び関係者の推薦入学を認めるとある。つまり草g君も引き取ってくれるというわけだ」
 「あいつまで駆り出すと言うんですか?」
 校長は少し真面目な顔をしていった。
 「よくは分からんのだが、どうも今年に入って政府筋に妙な動きが見られる。君や草g君達に対する注目度が急上昇しているのだ」
 「どっからそんな話を仕入れてくるんですか……」
 慶一郎は今更ながらにあきれかえった。
 「まあ、これは私でも受けないとは思っていたよ。ただもう一つの方は、かなり君の気を引きそうだな」
 「女子校がですか? よしてください。俺にはそんなの似合いませんよ」
 「美雪ちゃんが絡んでいてもかな?」
 その一言に、危険なオーラが彼の周りに滾る。龍気が見えるようになってこの方、これは彼が真に怒ったときに見られる現象として、とみに恐れられている。
 「安心したまえ。君の事情に巻き込まれたわけではない。むしろ逆だ」
 そう言って校長はもう一枚のパンフレットを慶一郎の前に差し出した。
 それを手にとってしげしげと眺めていた慶一郎の顔つきが不意に真面目になった。
 「霊能科……? 何ですかこれは」
 「私立六道女学院……元の世界では全国的に有名だった霊能力者の育成学校だよ。GSといわれる霊能者のことは知っているかな? 融合以来、ほとんどの世界では眉唾だった霊現象は、今や確実に存在するものとして認知されつつある。テレビカメラにも結構写るし、池袋の公園には、幽霊が集会を開いているところすらある。君や草g君の使う『神威の拳』も、今まではただの不思議な現象だったのが、融合以来何らかの力を発揮していることが我々の目に見えるようになっているからね」
 「おかげで悪目立ちして少々やりにくくなりましたけどね」
 苦笑いを浮かべる慶一郎を、校長はこれまた曖昧な笑いを浮かべて見上げた。
 「たまに噂を聞くよ……全身から光を放つ巨漢が小さなお面を着けてヤクザ達に天誅を加えるような話は。ま、それはどうでもいい。要は美雪ちゃんが潜在的とはいえ霊能力を持っていると言うことが、興味ある人間に知られたと言うことだな。念のために言っておくが、これは決して悪い話ではない。彼女は去年、身の回りに起こった不可解な事件が元でクラスから浮き上がり、結果登校拒否児童となった。だが少なくともくだんの学院においては、それが理由でクラスから浮き上がるようなことだけは絶対にない。まあ人の集まるところである以上軋轢はあるだろうが、それはどこの学校でも同じ事だ。美雪ちゃんにとっても、内なる力から逃げるよりは、むしろ正面から向き合って制御することを覚えた方がいい。彼女に起こったことから察するに、むしろ制御せねば危険な力だと思われる。そして六道女学院は、この手の教育にかけては冗談ぬきに日本一、いや、他の外国でこんな話を聞かない以上世界一の場所といえる。君をほしがると言うより、むしろ美雪ちゃんのおまけかもしれないな。彼女だけをスカウトしたら、四葉中学の再現にもなりかねん」
 否定できない慶一郎であった。
 「で、どんな話なんですか、こちらは」
 少しは興味を引かれたのか、まじめに聞く。
 校長はパンフレットを広げて説明を始めた。
 「このたび六道女学院では新たに霊能科中等部を併設することになった。まあ確かにこの手の能力は若いうちから鍛えた方がものになると相場が決まっている。巫女ともなると処女が絶対という場合もあるしな。で、学院は将来有望な霊能の持ち主を捜しいているというわけだ。ちなみに私立でも霊能科はかなり学費が安い。その分ハードルが高いがな。だが向こうから来て欲しいと言っている以上、その手の心配はあるまい。向こうさんとしては美雪ちゃんに霊能科の三年に編入してもらい、ついでに英語に加えて格闘……それも実戦格闘を教える教官としても有能な君も一緒にほしがっている、というところではないかな?」
 「実戦格闘の教官?」
 さすがに慶一郎も訝しがった。
 「何で女子校に格闘技の教官が必要なんです?」
 「おっと、説明不足だったな」
 校長は再びパンフレットの別の所を指さした。
 「ここは本来ゴーストスイーパー……悪霊退治するものを養成することが主眼になっている。今の世の中ではそうとも限らないらしいが、それが本流だ。で、かの世界での悪霊退治というのは、決してエクソシストの映画のようなものではないらしい。むしろ君が得意とする、ヤクザとの喧嘩に近いらしい。いや、はっきり言って殺し合いだな。相手が人間ではなく、元人間や魔物だと言うだけで。カリキュラムにもちゃんと霊力格闘が組み込まれている」
 「お断りします」
 即座に慶一郎は言った。
 「何で美雪ちゃんをそんな危険なところに放り込まなきゃいけないんです!」
 「決して悪い話ではないとおもうのだがな……」
 多少未練がましくはしながらも、それ以上話を進めようとは思わなかったらしい。パンフレットをしまうと、校長は再び慶一郎に向き直った。
 「ま、無理にとは言わん。ただ、こういう話が出ていることは覚えておきたまえ。純粋な科学技術において最先端から隔たってしまった日本が、こういった霊力や気と言った分野に注目しているとも聞く。いつまでも人ごととは言えんぞ。内調や危機管からも結構スカウトが来ているそうじゃないか」
 「その気はないですよ。用はこれだけですか?」
 「ああ、ご苦労様だったね」
 実際問題、慶一郎は彼が自覚している以上にそう言った政府機関の注目を集めていた。彼にしては珍しく不注意なことであったが、何度かやってしまったヤクザ組織への殴り込みが追求されていないのも、彼らが裏で手を回しているせいである。
 少なくとも今の日本において『神威の拳』は、きちんとした訓練によって身につけることが出来る『気のコントロール法』なのである。帝国華撃団団員のような持って生まれた霊力がなくても、ある程度なら努力の結果として身につけることの出来る『技術』なのだ。この時期の日本にも『気』の使い手はそれなりに存在していたが、ある程度体系化された理論をもち、他者にそれを教えられる人物は響弾と南雲慶一郎の二人しか存在していなかったのである。あとの人物はたいてい生来の才能を磨いて得た力であり、明確な理論は存在していない。元ICPOの春麗刑事も他人に教えるには特化しすぎていると語っている。
 後に第2回UVT大会のあと、極限流空手が日本に逆輸入されてこの状況も幾分改善されるが、その後も『仙術気功闘法・神威の拳』と、今はまだ語られていない蝦夷の妖拳法、『対仙術闘技・九頭竜』は、人として人を越える究極の技として伝えられることとなるのである。
 慶一郎が出ていったあと、一人になった校長は、深々とため息をつきながら、去っていった彼の背中に語りかけるように、そっと呟いた。
 「もう遅いよ、南雲君。君はもう目をつけられている。私だけでは守り切れんかもしれんぞ。今の日本は、決して平和ではないのだ。見た目ほど、な」
 そして傍らの電話に手を伸ばし、ダイヤルボタンを手早く押した。
 「もしもし……藤堂だが、林水君かね……」







 池袋、サンシャインシティの公園は、週末になると独特の喧噪に包まれる。
 ラジカセから流れる音楽と、肉が肉を打つ音。
 自由な格闘を標榜する若者達が、日夜その技を競い合う場。
 ここは『バイパーズ・レイブ』と呼ばれるストリートファイトのメッカなのだ。
 ストリートファイト自体は、わずかではあったが、いくつかの世界でごく当たり前に行われていることであった。池袋、渋谷、世田谷……その中でもっとも洗練されたマナーを持っていたのがここ池袋であった。はじめはすわ喧嘩かと警察が駆けつけたりもしたが、お互い了承の上での『試合』であること、賭博などの営利行動が絡んでいないことなどが理解されるにつれ、世間的にも認知されるようになっていた。
 そして今日も戦いは行われていた。



 「ねりゃあっ!!」
 叫び声と共に、炎の気が相手をはじき飛ばす。天高く舞い上がった彼が優雅に着地を決めると共に、その炎は音もなく消えた。
 「なかなかやりおるが、まだまだ修行が足らんな。お帰りはあちらやで〜」
 敗れた男達が、すごすごと引き上げていく。
 「田舎者でしたね〜」
 息を整えている男に、「紅顔の美少年」という言葉がぴったり来るような少年、神谷大作がタオルを片手に声をかけた。男は別に何も答えず、黙ってタオルを受け取って顔を拭く。
 彼もまたこうしてみると結構いい男であった。全身は鋼の針金を束ねたかのような、細身だがしなやかで強靱な体つき、虎縞のバンダナが似合う顔は、かなりクールな美貌だ。だが彼をも見ていても、ちっともそんな涼やかさが感じられない。全身から吹き出る熱気が、その程度の涼やかさなど吹き飛ばしてしまっているからだ。
 何とも暑苦しき、肉食獣の雰囲気を持った男、それが彼……草g静馬であった。
 「おう、次はおらんか? 何、まだ加減が分からんでも安心せいや! 初心者にはちゃんと優しく教えてやるで。この静馬様にはイージーモードも装備されとんのや!」
 ベートーベンの「第九」をバックに軽口を叩く静馬。周りのギャラリーがどっと沸く。ここでは静馬はヒーローなのだ。
 「んじゃハードモードもあるかな?」
 そこに女子高生と思われる人物が割り込んできた。ちょっと今風の、スカートの短めなセーラー服に長めのはちまき、手には保護パッド入りのグローブ、足下は軽いスニーカーという出で立ちだ。
 「おーっ、やっときたか!」
 静馬からかなり明るい、喜びの雄叫びが上がる。ギャラリーの間からも、どっと歓声が上がった。
 「さくらさん!」
 すかさず手にしたデジカメでスナップを一枚撮りながら、大作はさくらに声をかけた。
 「どうしたんですか? ここんとこ姿が見えませんでしたけど」
 「うーん、今富士にいる友達のとこ行ってたんだけど。そこでいろいろあって。ま、バイトみたいなものかな? お願い、聞かないで」
 「それってむちゃくちゃ興味を引かれるんですけど……ま、僕は女性の頼みは断れませんから。何も聞きませんよ」
 「サンキュー。やっぱり神谷君ってかわいいよねー。弟とは大違い」
 そう言ってさくらは大作を抱きしめると拳で脳天をぐりぐりした。当然神谷の顔はさくらの胸元に埋まる。
 「こら大作! いつまでおいしい思いしとんのや!」
 静馬からも強烈なツッコミが入った。
 もっとも当の大作は、
 (うーん、この警戒心のなさと愛想の良さは高ポイントなんですけど、出来ればもうちょっとふっくらしていただけないですかね〜)
 などという不届きなことを考えていたりした。天使の笑顔にだまされてはいけない。この神谷大作という男、実はその可憐な外見を裏切りまくるほどのしたたか者である。
 それはとにかく。
 「ひさしぶりだね、草g君。ちょっとやなバトルする羽目になってむしゃくしゃしてたんだ」
 ぱんっ、と拳を自分の胸の前で打ち合わせる。
 「気持ちよく戦おうね! 行くよっ、草g君!」
 いうと同時に、両の手首を合わせ、腰だめに構える。
 「波動拳!」
 叫び共に勢いよく突き出された手から、青い光の固まりが打ち出された。
 「おうっ! 気合いが足らんで!」
 答える静馬の拳が、淡い炎を纏う。ショートアッパーの軌跡で拳がふるわれると、残像のような赤い光が、炎となって青い光と激突した。
 再びわき上がる歓声。本日のメインイベント、「池袋の帝王」草g静馬と「世田谷最強」春日野さくらの戦いが始まったのだ。



 この戦いが始まると、公園内4カ所で繰り広げられていた戦いが、決着の付いていたところから自然とお開きになっていく。公園中の観客が、この戦いに魅せられていってしまうからだ。大作もビデオの撮影に余念がない。
 (相変わらず人外の戦いですね〜、あのお二人。ホント、とんでもない世界になっちゃいましたね、日本は)
 光の弾丸と地を走る炎が激突し、光を纏った拳と炎を纏った拳がぶつかり合う。お互い大した助走もなしに軽々と3〜4メーターは飛び上がり、そのまま空中で蹴り合っている。
 万有引力の法則はどっかで昼寝でもしているようだった。
 ちなみにこの戦いがこうまで盛り上がるのはこの戦いっぷりだけではない。実はさくら、現在知られているバイパーズの中でただ一人、「公式に草g静馬を破った」人間なのである。静馬を破った人間としては慶一郎と涼子、あと小関遼二教諭がいるが、涼子は武器使用、小関は柔道での勝利である。正面対決で勝ったのは慶一郎だけであるが、彼は明らかに格上で、経験値が違いすぎる。今の静馬では『まだ勝てない』相手なのだ。
 だが彼女は、この池袋のバイパーズ・レイブで、初めて静馬に土を付けた。しかも一度ではない。過去の勝敗は12勝3敗と静馬が圧倒的に勝っているが、それでも静馬に3回も苦汁をなめさせているのである。はじめの一回は静馬が女の子相手にとまどったせいだが、あとの二回はきっちり実力である。チーム「KOG」と並んで、今池袋で数少ない、静馬と互角の勝負が出来るファイターなのだ。
 静馬も彼女と戦うときは全く遊ばない。初回以外の二回の敗北は、その邪念が浮かんだ隙をしたたかに突かれたせいだ。だがそんなことをしなくても、けれんなくまっすぐに向かってくるさくらの技を受け、かわし、返していく行為は、すでにそれ自体が芸術であった。ついでにいえば、気を使えるせいか、さくらは女の子のくせに静馬が全力で技を仕掛けても重傷を負わない人間である。静馬が知る限り、彼の全力の攻撃を受けても大丈夫なのは慶一郎と不動秋嵩、そして彼女だけだ。強さだけなら涼子も静馬以上であろうが、それでも彼女に静馬の攻撃がクリーンヒットしたらただの怪我では済まない。入院必死の大怪我になってしまう。だがさくらには『全力でないとまともなダメージを与えられない』のである。関節技ならそんなこともないだろうが、少なくとも打撃に関しては異常なまでにタフであることは静馬が身をもって体験している。秋嵩や慶一郎ほどではないにしろ、腰の入っていない攻撃ではびくともしない。
 一進一退の戦いの中、ついに均衡が崩れるときが来た。静馬が一歩間合いを開けたとき、何かに滑ったのか重心が崩れたのだ。もちろんその隙を見逃すさくらではない。
 「いくよっ、せーのっ!」
 ねじり込むようなアッパーが竜巻のように放たれる。一撃で大の男を消し飛ばすアッパーが三連発でたたき込まれる大技、通称『乱れ桜』が静馬をとらえる。一発、二発。そのたびに大きく静馬の体がのけぞる。そこに三発目、ひときわモーションが大きくなったパンチが静馬に迫る。振りが大きく、隙も大きいがそれ以上に威力があるこの一発が決まれば、さすがの静馬も沈む。初めての戦いの時、油断した静馬はもろにこれを食らって轟沈したのだ。
 だが向かってきた三発目を、静馬はぎりぎりの間合いですかすことに成功した。
 (しまった!)
 さくらがそう思ったときはもう遅い。多少不自由な体勢から、鋭いショートアッパー……<紅い牙>がほとばしり、宙に浮いた彼女を突き飛ばす。
 「うりゃあっ!」
 そこに追い打ちをかけるように静馬が踏み込むと同時に虚空を薙ぐ。その手の先から爆発的にふくれあがった炎が、虎のような形を一瞬見せ、さくらに襲いかかる。
 そしてさらに高く打ち上げられたさくらに向かって、静馬は体をひねりながら飛び上がった。肩からぶつかると同時に、大きく手を広げる。
 鳳凰のはばたきが、見た目以上の衝撃を相手に与え、炎に包まれたさくらは、さらに高く跳ね上げられたあと、地面に落下した。
 <紅い牙><炎の虎><焔舞い>の三連続技……<紅蓮無双炎舞>。静馬最大の必殺技だ。まともに食らったら即病院送りである。
 しかしさくらは、顔をしかめながらもよろよろと立ち上がった。怪我した様子も、服が焦げたあともない。
 「くう〜痛たたたた。へへへ、また負けちゃったね」
 そう言うとさすがに力つきたのか、ぺたんとその場に座り込んだ。
 「相変わらず丈夫なやっちゃな。ほれ、立てるか」
 「ごめん、手、貸して」
 静馬のさしだした手に捕まってさくらが立ち上がると、うぉ〜っという歓声が上がる。
 興奮が支配する中、今日の「レイブ」も自然にお開きとなった。



 BCG(ブラインド・シティ・ガーディアン)の人間が群衆を整理していく中、静馬達は近くのファミレスへとしけ込んだ。珍しくさくらが静馬達を誘ったのだ。
 「そう言えばこうやって落ち着いて話すのは初めてですね」
 パフェをつつきながら大作が言う。男のくせにその姿が似合いすぎている。
 「そやそや。あんまりのんびりしてるとうちに帰れなくなんのやろ。もしよければ送ってくで」
 「あ、それは大丈夫」
 カレーライスをかっ込みながら答えるさくら。その様子と、彼女及び静馬の前に並べられた大量の皿を見て、大作は内心そっとため息をついた。
 (神威の拳に限らず、『気』を使う技って言うのは、相当エネルギーを使うんですね〜。南雲先生も戦ったあとはよく食べるし)
 そんな彼のことは気にもせず、二人は猛烈に栄養を吸収していった。色気もなんにもない。
 それが一段落したところで、おもむろにさくらが口を開いた。
 「ところでさ静馬君、一つ聞きたいんだけど、ひょっとしてこんなのもらってない?」
 彼女が鞄から取り出したのは、一通の手紙であった。差出人は、神月UVT管理委員会。
 静馬本人より、大作が先に反応した。
 「それ、UVT大会の出場依頼ですか?」
 「そ。あ、じゃやっぱり来てたんだ」
 「これのことやろ」
 静馬も同じ手紙を取り出した。
 「よく分からんけど、要するにこれ喧嘩のお誘いっちゅうやつやろ。ワシは売られた喧嘩は必ず買うことにしとんのや」
 「じゃ出てくれるんだね。ああよかった。かりんさんったら強引だから、なんか変なことしてないかって心配してたんだ」
 それを聞いて大作の手がぴたりと止まったが、静馬は気にもせず話を続けた。
 「いや別に何にも変なことはあらへんが……なんかあるんか?」
 「ううん……そう言うんじゃないけど、思ったより参加者が少ないってぼやかれちゃって。静馬君参加の返事出してないでしょ。あなたは絶対参加してくれるって思ってたから、かりんさん結構気にしてたみたいだったし」
 「なぬっ! 返事ださなあかんかったのか?」
 その一言にさくらと大作がこけた。
 「ちょっとよく見せてください!」
 静馬の手から手紙を取り上げて中を開く。
 「ほら、ちゃんと返信用のはがきが入ってるじゃありませんか! 気がつかなかったら『草g静馬は売られた喧嘩から逃げた』って言う評判が立ちまくってたとこですよ」
 そう言いつつ勝手に『不参加』の方に棒を引いて消し、表の『行』を『御中』に書き換える。
 「何しとんのや、大作」
 「……まあ静馬さんが手紙の作法を知ってるとは思いませんでしたが」
 小さくぼやきつつはがきを手渡す。
 「これちゃんと出しておいてくださいね……あれ」
 大作はあることに気がついた。
 「オーバーソウル級? 資格無制限が売りのアルティメット・ヴァリー・トゥード大会に、何でクラス分けが?」
 「それ、特別大会だよ」
 答えたのはさくらだった。
 「事前調査で分かっている、特別な技を使える人達だけの選抜大会だって」
 「選抜大会? それは初耳ですね。それにさくらさん、ずいぶんと事情にお詳しいようですが」
 大作のあくまでもにこやかな、それでいて後ろ手に刃物を隠し持った質問に、さくらはちょっと赤くなりつつ、頭をかきながら答えた。
 「うーん、まああたしは直に聞いてるし……別に秘密じゃないんだけど、あんまり言わないでね。オーバーソウル級って、『気』を使える人達の大会なんだ。だからあたしもこっち」
 「なぬっ!」
 それを聞いた静馬の全身から、ゆらりと炎が立ち上った。
 「落ち着いてください静馬さん、ここは室内ですよ!」
 大作になだめられ、静馬の炎はゆっくりと収まっていった。
 「するってとなにか、さくら。俺やおまえみたいな奴らが集まるっちゅうのか、この大会」
 「うん。ただこういう技使える人って、あまり人前に出たがらないらしくって、半分くらいは不参加だってぼやいてたから。それでも何とか15、6人は参加してくれてほっとしたって言ってたけど」
 「あの……さくらさん」
 盛り上がる二人の間に、大作はそっと割って入った。
 「さっきっからかりんさんって言う人の名前が出てきますけど、それってひょっとして……」
 「うん、神月かりん。主催してるの彼女の所だから」
 「……お友達、なんですか?」
 「うん。友達って言うか、ライバルかも。しょっちゅうファイト申し込まれるし。今彼女も『気』を使う修業してるけど、なんかまだ実ってないらしくって。今度南雲先生だっけ? 静馬君のライバルの先生にご教授願いたいって言ってたけど」
 「ライバルって……かりんさんって、神月財閥の当主で、前回の大会優勝者の、あの神月かりんさんですよね」
 「そうだけど、なんで今更? 大作君」
 「いえ……なんでも」
 全く動じていない二人に、大作は深くため息をついた。






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