裏側の勇者達

エピソード:4


神威の拳


プロローグ 不死身の男






 新世紀元年4月、運命の日。アメリカ。
 時空融合は、この国にはほとんど変化を及ぼさなかった。わずか数ヶ月後には、メンツと生存を掛けた戦いが始まるが、基本的に大多数の一般市民は、時空融合そのものに気がついてはいなかった。
 それ故、いつの間にか出現していたこのサウスタウンは、はじめ珍しがられ、続いて興味を持たれ、そしてすぐ見向きもされなくなった。文明的にも過去の街であり、ましてやそこではギャングの抗争が日常茶飯事。付いたあだ名がバイオレンスシティであり、東洋通のものからは『アメリカン・ナインヘッドドラゴン(アメリカ版九龍島)』などといわれるようになっていた。
 だが、その名もこの街のことが分かってくるにつれ、『TCT』の名の方が有名になっていった。
 タイム・クラッシュ・タウン。
 時の壊れた街。
 この街は、ただの過去の街ではなかった。1960年から2010年くらいの間の時が、複雑に入り交じっていたのである。このことに気がついた学者達が調査に乗り出したため、いつしかこの名が知られるようになった。
 そしてもう一つ、彼らの興味を引いたものがあった。
 この街には、今まで彼らが採用していた軍隊格闘術を遙かに越える威力を持った武術が存在していたのである。
 その手の武術の使い手のうち、幾人かは元、あるいは現役(?)の軍人であった。アメリカ政府は少しでも足しになればと、彼らを現在のアメリカ軍に引き込んだ。それ以外の使い手も結構いたのだが、彼らは一様に軍入りを拒んだ。軍の側も、非協力的なものを無理矢理引き込むメリットを感じていなかったので、特にトラブルは起きなかった。
 やがて時が経ち、対ムー戦役が本格化して来るにつれ、『TCTの武術』に対する関心は少しずつ高まってきた。とある空軍少佐が帰還途中味方陣地を目の前にして撃墜されたものの、約2キロにわたって、単身ムーの二等兵を蹴散らしつつ生還したというエピソードが知られてきたからである。
 二等兵とはいえ、銃の効かない相手にダメージを与えられる格闘技。これが不安におののいていた一般市民の心を掴んだ。アメリカ中に空前の格闘技ブームが巻き起こったのである。
 TCT発の武術は、いつしかアメリカにしみこんでいった。
 しかしその影で、何人かの悪しきものの野望も、着実に広がっていったのである。
 そして約一年。ニンジャブームなども巻き込んで広まった武技……オリエンタル・アーツといわれたこの系統の武術は、使えるようになったものこそほんのわずかだったものの、その注目度は最高潮に達していた。
 『KI』を操る武術。
 そんな彼らの頂点に立った青年と、それと並び称される二人の若者の元に、その発祥の地といわれる東方の国より、武術大会のオファーがもたらされた。
 それを受け取った三人の名は。
 現アメリカ格闘界のチャンピオン、ケン・マスターズ。
 極限流空手の若き師範、リョウ・サカザキ。
 そしてサウスタウンの英雄、テリー・ボガードである。



 しかし、光ある所には闇がある。
 サウスタウンの裏側では、着実に黒き闇が育っていた。
 今のサウスタウンの闇を統べるのは、『黒き皇帝』と綽名される人物。
 Mr.BIG、ギース・ハワードに続く、三代目の闇の王であった。
 BIGはこの街に出現していたものの、程なく姿を消した。ただし敗退したのではなく、何かより大きなものを得たため、この街を出たといわれている。
 ギース・ハワードは存在が確認されていない。ただし、その片腕といわれたビリー・カーンは、今でもこの街で小さいが強力な組織を築いている。皇帝の組織に対しては一応下位者の礼を取っているが、両者の関係は臣従ではなく同盟である。小さいながらも独立した組織であることを認めさせたのである。
 そして、現在の闇の帝王。
 その名を、ウィラード・ゲイツといった。



 サウスタウン、セントラルタワービル。いや、『ギース・タワー』といった方が通りはよい。
 この街に、いつしかできあがった不文律がある。
 このタワーを所有するものが、この街を所有する。
 ウィラード・ゲイツも、それに従って、このビルを所有している。
 しかし今彼は、その屋上にあるペントハウス……『帝王の玉座』などと綽名される……にはいなかった。
 彼はそれとは全く逆の場所……タワー地下に新たに設けられた、特設コロセウムにいた。
 それも観客ではない、出場者としてである。
 ゲイツの組織が主催する闇格闘大会、ダークキング・オブ・ファイターズ。略称DKOF。サウスタウンの町中で行われている喧嘩は、すべてここに行きつくとまでいわれる。そしてこの大会で優勝したものには、二つの栄誉のうち一つが与えられるという。
 ゲイツに仕える栄誉か、
 ゲイツに挑む栄誉である。
 年に4回、この大会は開催される。アメリカ中から密かに招かれた有力者が、仮面の下に己を隠しながら、肉体が肉体を壊し合う様を堪能する。ムーの脅威も、ここには届かないかのようだ。
 そこで彼は宣言している。優勝者には自分と対戦する機会を与えると。そしてもし自分をうち破れれば、そのとき組織はその者に受け継がれる、と。
 一人目の対戦者は血の海に沈んだ。
 二人目の対戦者は彼に仕えることを選んだ。
 三人目の対戦者は塵も残さずこの世から消えた。
 そして今日、この時のみ開かれるコロセウムは、四人目の対戦者を迎えていた。
 ビリー・カーンが自らセコンドをつとめるほど入れ込んでいる若き格闘家。
 ジャパンの古武術を身につけたというふれこみの彼は、並み居る強敵を……オリエンタル・アーツを身につけたものすら次々と屠り、ついにこの場に立ったのである。
 『臣従か、挑戦か』の問いにも、当然の如く『挑戦』を選んだ。
 そして今、戦いのゴングが鳴ろうとしている。
 金網で密閉され、どちらかの『死』を持ってしか出られないというリングの外で、ビリーは舞台に立つ若者を感慨深げに見つめていた。
 その奥には『黒き皇帝』……身長三メートル、ゴリアテの巨人に称されるその肉体を驚くべき速さで自在に操り、常勝不敗の格闘家としても名が高い男……ウィラード・ゲイツの美しい姿がそびえている。
 (やっとお立ちになったのですね……)
 ビリーはあの日……時空融合の瞬間の奇跡を思い出していた。



 秦の秘伝書を巡る一連の事件のさなか、彼の敬愛する主君、ギース・ハワードは、生き霊となって秘伝書にその魂をとどめていた。そしてあの運命の時、奇跡は起こった。
 「な、何だ!」
 ギースタワーの頂点で、秘伝書と共に……ギースと共にサウスタウンの夕焼けを眺めていたとき、突然空だけでなく、現実のすべてが茜色に染まった。同時に起こる激しい振動。地震というものをよく知らなかったビリーは、激しくうろたえた。
 「こ、この世の終わりか!」
 そうかもしれなかった。彼の目の前で、現実が崩れ始めた。ミラーハウスの鏡が割れるかのように、赤く染まった世界はまさしく鏡のように砕け散った。
 そのさなか、ビリーは思わぬものを見て息を呑んだ。
 秘伝書が二つの砕けた空間に挟まれて浮いていた。それが本当に浮いていたのか、その一瞬だけが脳裏に焼き付いたのかは今のビリーにも定かではない。だがその光景をビリーは一生忘れないだろう。
 それは合わせ鏡のように見えた。秘伝書を真ん中にした平行の合わせ鏡。
 だがそこに映っていたのは秘伝書ではなかった。
 片側には生前のギースの姿が。
 反対側には未だ見ぬギースの姿が。
 そこに映っていたのは、過去と未来であった。
 そこに大きな横揺れが来た。足を取られてひっくり返ったビリーの目は、さらに大きく見開かれた。
 その揺れが合図であったかのように、秘伝書と重なるように、ギースの姿が通り過ぎていく。
 子供のギース。
 少年のギース。
 青年のギース。
 見慣れたギース。
 見たことのないギース。
 年老いたギース。
 スロットマシンのリールのように、ギースの姿は激しく変化し続けた。
 そして一陣の光と共に、世界は変容した。
 「いったい……何が起きたんだ?」
 めまいがする頭を押さえながらそう呟いたビリーの耳に、人の言葉が飛び込んできた。
 「儂にも分からん……だが、悪いことではなかったようだな」
 そちらを見たビリーの前に、心から焦がれた人の姿が映っていた。
 自分よりも若い、しかしそれだけに生命力を全身に滾らせた姿で。
 ギース・ハワードは、二〇代の力を持って、この世に甦った。



 「ビリーよ……人はなぜ、権力をほしがると思う?」
 復活した彼は、見た目の若さに似合わぬ思慮深さで、そう語りかけた。
 「名誉……自尊心……影響……今この世に生きる人間のほとんどは、権力などというものを気にせず生きている。だがほんの一部の人間だけが、人であることをやめてもそれを求める。なぜだと思う?」
 「人の下につくことが、我慢できないからですか?」
 そう答えたビリーに、ギースは笑って答えた。
 「変わらぬな、おまえは。それもまた正しかろう。特に男が人の頂点に立とうとするのは、雄の生命としての性よ。だがな、それだけではない。善なるものも悪なるものも、すべてにおいて権力者たろうとする者がそれを求めるのは、そのような理由ではない。
 人が権力者足らんとするのは、夢のためよ」
 「夢、ですか?」
 よく分からないといった顔をするビリー。
 「フフフ、権力も、玉座も、突き詰めれば人が己の夢を果たさんとした結果にすぎん。すべての理由は、個人の夢、願望に通じておる。その夢がどんなものだったかによって、後年の者が勝手に善悪を語っただけのこと。一皮むけば皆同じ事よ。秘伝書と同化していた儂には、そのことがよく分かった」
 そしてギースは、ビリーの方を見た。
 「ビリーよ、そしてもう一つ理解したことがある。権力に限らず、大きな力は、持ち続けるだけでそうとうの力を使うものなのだ。権力とは所詮己の夢を果たすための道具にすぎない……そのことを理解しているものには、常に強大な力を持ち続けることなど、個人の命を無駄に使うことに他ならん。要は必要なとき、必要とされるだけの力が己の手の内に有ればよいのだ。普段は力を持たず、かつ必要となったときには十分な力を集められる……そう言う組織を作れ。中心は生活が維持でき、安全が保証される大きさで十分だ。だが同時に、手綱を結んでおくことを忘れるな。常に点検せよ」
 「かしこまりました」



 そして今ギースは、ここに立っている。ゲイツを倒すために。
 ただしその目的は、ゲイツの組織ではない。
 最初は興味すら持っていなかった。
 それが変わったのは、一度目の大会のあとからである。
 そのときは観客側で戦いを見ていたギースの気が、ゲイツを見た瞬間、はっきりとその相を変えた。
 「やつはこの手で倒さねばならない。手段ではない、目的なのだ」
 彼はそうはっきりと言いきった。
 そして今、戦いのゴングが鳴る。
 彼は何を黒き皇帝に見いだしたのであろうか。
 そして彼は、このときまで封じていた自らの『気』を解き放った。



 A−partにつづく。






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