裏側の勇者達

エピソード2 神秘学への道 その1


エピローグ トップの悩み







 新世紀2年1月。松も片づき始めた頃、首相官邸の一室で、ある重要な会議が開かれていた。
 帝国華撃団司令、米田一基陸将より提出された報告書……後の歴史の中で、「米田レポート」と呼ばれることになる文書に関する報告であった。
 これがとんでもない爆弾となるのである。


 「みなさん、ご苦労様です」

 加治首相のこの一言から、この日の会議は始まった。非公式のはずの会議なのに、あまりにも錚々たるメンバーがそろっている。九条外務相、秋山経済相、土方国防相、倉木補佐官、鷲羽ちゃん、獅子王博士、土門補佐官、柾樹公安委員長ほか、各分野から多数の参加者が出席していた。

 「今日の議題は、帝国華撃団の米田司令からもたらされた報告書による、いくつかの問題に対する対策会議です。本来なら公式の防衛会議の話題ですが、一部あまりにも非常識かつ衝撃的な内容が含まれていることと、外交にまで波及する問題が含まれている関係上、問題を分割するための予備会談として、今日の会議を設けました。まず最初に、報告書にあったいくつかの問題をあげさせていただきます」

 加治はちらりと鷲羽ちゃんの方を見た。それを受けて彼女が立ち上がる。

 「まず第一は、新種の鉱物マテリアル……『精霊石』に関する諸問題です」

 そういうと、彼女はみんなに見えるように涙滴型の鉱物を置いた。

 「この精霊石は、『GS世界』で精霊石、そして『帝都世界』では霊子水晶といわれていた鉱物です。シリコン系の結晶で、水晶にきわめてよく似た物質です。化学的には、ほぼ普通の水晶と区別が付きません。しかし、この水晶には、大半の世界では無視されていたある種の力にきわめて強い反応を示します」
 「霊力、ですか」

 土方国防相が言った。

 「そう」

 鷲羽ちゃんも肯定する。

 「さすがは土方さんね。ちゃんと報告は受けているみたいで何より。あたしは霊力とこの石がもたらす特性に興味を持って、しばらく帝劇の研究所で紅蘭ちゃんといろいろ調べてみたわ。その結果、なかなか興味深いことが分かりました。結論から言うと、『霊力』というのは、いくつか観測されている魔法的現象の中で、もっとも現代物理学に近い『魔法的存在』です。いえ、極論すれば霊力は現代物理学を拡張することにより、現代物理学に組み込むことすら可能な力であるといえます」

 この発言に、あらかじめ報告を受けていた加治首相と獅子王博士以外の人達の間に何ともいえない衝撃が走った。

 「物理学に組み込めると言うことは、工業化が可能である、ということですか」

 秋山経済相が、緊張した面持ちで尋ねる。

 「完全に、とはいえないけどね。霊力がどんな力なのか、今から簡単に説明するわ」

 そういうと彼女は左手の親指から中指までを、それぞれ直交するような形にした。

 「フレミングの法則は知ってるわよね……よろしい。これはあくまでも霊力の一特性にすぎないんだけど、霊力というのは『4本目の指』なのよ」
 「それは、電力、磁力、力に、4次的に直交すると言うことですか?」

 経済相の質問に、鷲羽ちゃんはうなずいた。

 「ごくわずかな力だけど、霊力は電磁場や重力場と相互作用する。霊子水晶を使った『精霊石クォーツ』は、この場をある程度電気的に制御できるわ。
 ちなみにね、霊力って言うのは、人間の魂を構成する力よ。これが電磁場と相互作用すると言うことから、今までオカルトといわれていたいくつかの現象に科学的な説明が付いたわ」

 そういうと彼女はホワイトボードに要点を書きなぐった。

 「一つ、脳髄と魂、そして人間的感情などの問題。現在の人工知能に深く関わる問題よ」

 そういうと首相の脇に控えているセリオにちらりと目をやる。

 「現在ある人工知能の内、通常の工学技術的なものでの最高峰は、さがみの自治区にいるアルファタイプの人工知性体ね。これは極限まで情報処理能力を高めたコンピューターに、長い年月をかけて経験蓄積を行うことにより生み出されたもの。彼女たちはほとんど人間と変わらないけど、極論すれば究極まで成長した人工無能よ。芸術すら理解し、自ら創造性を発揮するまでに進化した彼女たちだけど、完全な人間の複製というわけじゃない。どうしても再現できないものがある。でも霊力工学は、それを可能にしかねない」

 それを聞いて場に緊張が走った。

 「霊力は電磁場と相互作用する。普通は観測不能なわずかな変化でしかない。だがある種の環境下ではそれは無視できない影響となる。そのもっともわかりやすいのが、脳髄との相互作用よ。脳神経はいわば超高密度かつ微弱な電流のネットワーク。これが霊力場に影響する。脳髄は霊力場と相互作用することにより、四次的な広がりを持つ超回路を形成するみたいなのよ。これが人間の持つ高度な知性の秘密ね」

 一同はあっけにとられていた。

 「それだけじゃないわ。これによって、人間の生死に関するいくつかの事象が説明できてしまう。転生や幽霊が論理的に説明できちゃうのよ。脳死もね。心霊現象もしかり。なぜ幽霊は見える人と見えない人がいるのか、昼間でないのはなぜか、自縛例や浮遊霊、そういう現象が残らず合理的に説明出来ちゃうの。そしてさらに」

 鷲羽ちゃんは軽く机を叩くと、言葉を続けた。

 「これは微少電流を扱う電子機器にも影響する。霊力による攻撃……ノイズみたいなものを受けると、霊場−電場の相互作用のせいで電子機器が誤動作することがある。去年警察のレイバーが霊力を武器にする敵と戦ったとき、謎の故障をしたことは知ってるでしょ。そのほか一部で存在が確認されている技術……『気』を操る武術も、生体電流の高度な制御によって霊力をコントロールする技みたいね。これも定量化は出来ていないけど定性化には成功したわ。そしてとどめが霊力と電力の相互変換。理論はまだ出来ていないけど、魔術式でも、そして霊子水晶を使っても可能なことは判明している。つまり」

 鷲羽ちゃんはここで大見得を切った。

 「霊力は科学できる。そして……すでにいくつかの文明には、この技術が使われている」

 メガトン級の爆弾であった。

 「ぐ、具体的には……」
 「いくつかのオーバーテクノロジーアイテムに、霊子水晶が使われていたわ。一つはブルーウォーター。そして、ちょっと意外だったのが、ナデシコのメインコンピューター、『思兼』よ」
 「ナデシコにもですか!」

 土方防衛相がさらなる驚きの声を上げた。

 「元々ナデシコは古代火星文明から発掘されたオーバーテクノロジーを使っているわ。そのうちの一つよ。当時のものを遙かに上回っていた、自立人格すら形成可能な超高性能CPUコア。火星の原材料から作ってたものらしいけど、調べてみたら霊子水晶だったわ」
 「なんと……」

 皆の間からそんなつぶやきが漏れた。

 「そのほか霊子水晶ではないものの、よく似たものが二つあった。一つはGストーン、もう一つは……使徒のコアよ」

 とどめの一撃であった。

 「結論から言えば、霊子水晶を使った電子回路なら、人間と変わらない思考回路を形成することも可能。さらに、同様の思考回路的な電子回路にダメージを与える兵器を作ることすら可能よ。そんなものが出来たら、対ムー戦にどれくらい役に立つかしら」

 一同の頭脳が再起動した。

 「本来の霊的な魔物に対する面とあわせても、大変な価値を持つ戦略物資になりますね」
 「そうなのよ〜。ね、倉木さん」
 「そのことで大変重大な問題があります」

 報告者が倉木補佐官にスイッチした。

 「精霊石はごく限られた世界でしか知られていなかったマテリアルです。当然産出場所も限られる。その中でも最大のものが、大西洋上にあったという小国でした。情報を受けた調査団が現地に赴いたところ、その場所に国は存在せず、満潮時には水没する岩礁があるだけでした。ですが念のためその場を調べたところ、そこに莫大な規模の精霊石鉱脈があることが判明しました。
 現在の世界では国連もなく、国際法も有名無実の存在です。極論すれば海のど真ん中、誰も領有していない場所に埋まっている資源です。掘ろうとすれば勝手に掘るしかないでしょう。海上プラットホームを使えば、採掘は割と簡単です。ですがもしこれら一連の情報が他国、特にアメリカに漏れた場合、日本に宣戦布告をしてでも精霊石を独占しようとするという分析がなされています。事は国の興亡に関わるだけに、妥協の余地はないというのがこちらの結論です。さらにこの場を調査中、海底域にて何者かの監視を受けていた可能性があります。ゾーンダイクである可能性が高かったため、我々は調査を早めに切り上げました。採掘に当たるには、十分な護衛をつける必要があるでしょう……どう誤解されるか分かったものではありませんが」
 「なるほど、私がこの場に呼ばれるわけですな」

 九条外務相が大きくうなずいていた。

 「いずれは掘らねばならない資源だが、国際的にきわめてやっかいな代物、というわけですか。場所も日本から遠いし、おまけに武装集団による護衛が必要とは……第二のハワイ、海上前線基地だといわれても否定できませんな、これは」
 「まだその国が存在していれば、他国の干渉を押さえやすかったのですが」

 加治首相も残念そうに言った。

 「おまけにもう一つ懸念があります」

 追い打ちをかけるように倉木補佐官は言った。

 「先の事情で詳しく調査は出来ませんでしたが、問題の海域にはさらにとんでもないものが存在している形跡があります」
 「これ以上とんでもないものがあるというのかね」
 「はい。少しは足しになるかと海底に複合型の鉱物資源探査用ソナーを向けておいたのですが、それを分析したところ問題の場所の海底には、巨大な遺跡らしきものが埋まっている形跡があります」

 そのとき、参加者の脳裏には、ある俗説が浮かんでいた。

 「それは、まさか……」
 「おそらく、その、まさかです」

 倉木補佐官は、苦い笑いを浮かべた。

 「たぶんアトランティスでしょう。鉱脈から発見された物質の中に、精霊石以外の未知の成分があったのですが、どうもある世界でオリハルコンと呼ばれている物質だったようです。おまけに未発見仮想敵の中には、それを求めている組織が存在しているらしい」

 ちなみにオリハルコンのサンプルを提出したのは木戸財閥である。

 「そこまでとんでもないとは……」

 だが、話はさらにとんでもない方向に加速していくのである。


 軽い休憩のあと、第二の爆弾の導火線が点火された。
 今度は加治首相が直々に火をつけた。

 「さて次は、防衛上、そして宗教的な問題です。この融合時空内にて、神の実在が確認されました。同様に悪魔も存在しています」

 さすがに参加者一同、開いた口がふさがらなくなった。

 「神の……実在、ですか」
 「はい。キリストや仏陀のような有名な神が、天界と呼称される高位次元に存在していることが確認されました。神族といわれる、我々とは存在レベル自体が違う高位生命体も現在地上に存在しています。幸い我が日本連合にはこの手の宗教による拘束事項は存在していませんので、政治的な対策は、特にありません。天界側も、人界……我々の世界に、原則として介入しないことを明言しているそうです」
 「原則的、ということは、例外があるということですか」

 その質問に対して、加治は土門補佐官の方を見ながら答えた。

 「はい。報告によると、天界……神の側は不干渉の方針ですが、魔界……悪魔達の世界は、いわゆる原理主義的な過激派勢力が、我々の世界を滅ぼすべく動いているとのことです。ただし、我々の側としては、今までの使徒やゾンダーのような、特異な力を持ったテロリスト的集団として対処すれば特に問題はありません。ただ、この場合の敵は、魔力や霊力といった、我々にはほとんど未知の力を使いこなす存在であり、迎撃する部隊も、こういった霊力や魔力を使う存在でなくては全く対抗できません。また、現段階において、これらの敵性体が真に宗教的な魔物であることはしばらく秘密にする予定です。単なる異形の魔物と、宗教上の魔物では、民衆の持つイメージがまるで変わってしまいます」
 「その方がよろしいと思います」

 土門補佐官も賛同の意を表明した。

 「しかしまた一つ、通常の軍事組織では対抗できない敵性組織が増えるわけですか。千客万来ですな」
 「この手の敵性体に対抗するためのノウハウを持っている人物も報告書にはあげられています。極秘の内に接触をお願いいたします」
 「了解しました」
 「なお、神や魔の実在と言うことは、我が国においては大きな問題とはなりませんが、アメリカをはじめとするキリスト教文化圏などに大きな影響を与えるおそれがあります。この意味ではヨーロッパが宗教とはほぼ無縁のエマーン文化圏であったことを、不謹慎ながら喜ばねばなりません。その意味でも秘密の厳守をお願いいたします」
 「了解しました」
 「また、これに伴い、碇シンジ君をはじめとする江東学園の少年達に対する護衛を増強することを検討したいと思います。現段階では推測ですが、精霊石がらみの報告にもあったように、エヴァンゲリオンにはどうやらそれとは意識されない部分で、魔導的な技術が使われている形跡があり、これが魔法を能くする敵の目を引くおそれがあるためです」
 「併せて検討いたします」

 このときの懸念が、後にシンジや、ラピス、ハーリー達の危機を救うことになる。


 このあと会議は食事休憩となった。参加者達はこの時間を利用して意見の交換を始めた。仕出し弁当を囲んでのパワーランチが、至る所に出現する。何しろ精霊石採掘は多岐にわたる範囲で問題分析・意見調整をしなければならない。後にこのときの会話が、どうしても縦割りになりがちな行政組織に風穴を開けるきっかけとなるのだが、この時点では加治首相も気づいてはいなかった。

 「首相も大変ね」

 そんな中、加治首相の脇に鷲羽ちゃんが弁当を片手にやってきた。そこにセリオがお茶を入れていく。

 「ああ、この半年、いくつもの危機に対応してきたけど、この米田リポートにはまさに驚天動地の衝撃を受けたよ」

 弁当をぱくつきながら、加治も気さくに答えを返す。

 「相剋界の研究の参考にもなったわ。それに超次元統一理論の参考にも」
 「今回の事象をふまえた、研究だったっけ」
 「そ。大統一理論を、高次時空間にまで拡張した理論。レポートにあったノルンの三女神さん達は、ある程度それを使いこなせるみたいだったわ。さすがは神様ね。聞いてみたけど、さすがの私にも一足飛びには理解できなかったわ。ヒントにはなったけど、やっぱり自分で解かないとだめね。現に彼女たちの時空にあった管理システム・ユグドラシルも世界を完全に管理できた訳じゃなかった。常にバグ取りしなきゃならなかったって言うし」
 「それでいいのかもしれませんね。完全に支配された世界では、息が詰まる」
 「神様達もそれがお望みらしいし」
 「ところで研究の方はどうなりました?」

 加治は花組の紅蘭隊員との共同研究のことを聞いた。

 「ん、ずいぶん参考になったわ」

 鷲羽ちゃんは上機嫌に微笑んだ。

 「今までの魔法探知機とかも、霊子水晶を使った回路を組み込むことで大幅に性能を上げられそうだし、彼女も電子技術をかなり吸収したし。でね、そのせいで少し分かったことがあったわ」
 「どんなことですか?」
 「我々のほとんどの世界で、霊的現象がきわめて珍しかった理由よ」
 「ほう?」

 加治は興味深げに鷲羽ちゃんの顔を見た。

 「まず第一の理由は、霊現象は電気を嫌うのよ」

 ぱくぱくとおかずをかっ込みながら、彼女は言った。

 「霊力場の特性からすると、霊力場は強力な電磁場の中ではほとんど存在できない。昼間幽霊が見えないのは、日光というホワイトノイズの中では霊力場が安定しないせいね。光も電磁波の一種だから。けどね、なぜか月光は霊現象の妨げにならないのよね。で、これと女神様達から聞いた話を合わせると、なかなか面白い結論が出たわ」
 「どんな結果ですか?」
 「今は無理なんだけどね。ま、参考までに覚えていて。月の土壌成分、結晶化してないけど、ほとんど精霊石とおなじ特性があるわよ、きっと」

 加治は思わずつまんでいたおかずを落とした。

 「月に反射した光は、スペクトル的には全然変化無いけど、霊力理論的にはきれいに位相のそろった光……いわば霊力のレーザーみたいになってるのよ。満月の時が一番きれいね。ま、これも今回のことのおかげでパワーアップした測定機器のおかげで分かったんだけど、これを論理的に説明できる考えって、これしかないのよね。女神様達も、一時期力を失いかけたとき、人工合成した月の石でしのいだって言うし。帝撃の人工精霊石も似たようなものだったわ。あとシルスウス鋼とか、そういうものの物性を細かく調べていけば、きっと霊力との関わり合いも分析できると思う。存在するって分かった以上、この方面、いつかは工業化されるでしょうし」
 「あり得ますね」
 「で、話は元に戻るけど、近代に入ってたいていの世界では工業化と電気工学が進んだでしょ。無線や電線が世界中に張り巡らされ、今の世界じゃ携帯電話なんかで空間が電磁的に飽和しちゃってる。こういう場には霊力場が形成しにくいから、オカルト話が消えちゃったのよ。力負けしてね。帝都は蒸気機関が発達しすぎて電気の発展が遅れたから、霊力を損なう要因が少なかったし、GSのいた世界では、霊力の水準が強く、早期からいろいろ研究されていたから、電気工学と霊力理論が共存したのね。きちんと調整すれば、この両者は互いを補完する関係にもなるから」
 「しかし現状では我々の社会ではあまり霊力が必要とされていない上に、そういうものを得意とする敵も現れるとなると、痛し痒しですね」
 「実はね、そうも言ってられないの。いえ、むしろ、霊力と電力の相互作用は、もっときちんと研究した方がいいわ。天界や魔界とは関係のない話だけど」

 そういう鷲羽ちゃんの顔は、ひどく沈んでいた。

 「……どういう事です?」

 さすがに加治もただごとではないということに気がついた。

 「人間の知性が、脳の電磁場と魂の霊力場との相互作用から生み出されている可能性が高いってのは、分かっているでしょ。証明はまだだけど、たぶん間違いないとは思うの。で、もしこれが事実なら、今の世界は、ひどく環境が悪いことになるわ。今の世界……特に都会は携帯電話の普及もあって、極度に空間が電磁波に満たされている。一時期電磁波の悪影響が取りざたされていたけど、電磁波が本当に悪影響を及ぼすのは、脳の霊電場……人の精神活動である可能性があるのよ。本能的行動は反射行動……あるていど脳にプログラミングされている行動だけど、理性的行動は、脳と魂が全力で相互作用して起こるものよ。そして極端な電磁波は、この相互作用を阻害する可能性がある。結果、人の理性的な行動が抑制され、本能的な行為が目立つようになる……覚えない? 加治ちゃん」

 加治は食事の最中であることも忘れていた。元の世界でも、今の世界でも、そして他の世界でも問題になっていた青少年の暴走行動が脳裏に浮かんでいた。

 「それが事実なら……大変なことです」
 「ま、それだけが理由じゃないのも確かだけどね、きっかけぐらいにはなっている可能性があるわ。今構築中の理論からすると、強大な電磁場にさらされている人間は、理性的な判断力が低下し、抑制力が下がる状態になるわ。知性の働きが鈍るのね。そんなところに過大なストレス……精神的な負担が掛かると、どうしても本能が暴走する……理性の抑制が掛からなくなるのね。いわゆる『キレる』ってやつよ。今の世界を見ると、何となく兆候が出てる気もするし。まあ、霊電場理論がもうちょっと形になれば、防護策はあると思うわ。霊的に見て無秩序な電磁場が悪さの元だから、発信する電波の霊的位相をきちんと管理すれば大丈夫。霊子水晶クォーツがあれば簡単な作業で出来るわ。もっとも管理しすぎると逆にオカルト現象が頻発することになっちゃうから、バランスが難しいと思うけど」
 「霊力はこんな所にまで関わってくるんですね……」

 加治首相の口からため息が漏れた。

 「逆にね、発達させすぎても危ないかもしれないわ。魂はある意味人間の中核よ。この技術が発達してくれば、クローンに己の魂を移植するようなことが可能になるかもしれない。ある種の不老不死よね。人の精神活動が脳と魂双方の相互活動である以上、クローンであっても脳内電場の形は違うから、移植は無理だと思うけどね。ただこれが機械工学や人工知性体の研究と結びつくと話は別」
 「人の脳内電場の工業的再生、ですね」
 「さすが加治ちゃん、話が早いわ」

 鷲羽ちゃんは弁当の残りを一気に平らげると大きく首を縦に振った。

 「実際に可能らしいわ。幽体離脱した魂が、ロボットなどの機械体に乗り移って行動するのって。本人の記憶や理性は霊能者ならきっちり残せるそうよ。どちらかというと、魂の安定性の問題であって能力とは直接関係ないらしいけど。今でもたまにあるらしいわ。悪霊化した魂が、メイドロボにとりついて暴走するのって。来栖川の人が頭抱えてたもの」
 「これだけ問題があると、何もかも一度にとは行きませんね。精霊石の採掘問題あたりから手を着けていきましょう。あと将来的には電磁波の霊的公害が一番問題になると思います。そちらの方の研究もお願いできないでしょうか」
 「まあ、本来の研究目標でもある魔法にも大きく関わる問題だと思うし、やってあげるわ」
 「お願いします」

 頭の痛い議題がますます増えたことを実感しつつ、加治首相は弁当の最後の一口を飲み下した。
 すべてを飲み込むかのように。


 後にこの研究は二つの方向に分かれることになる。
 霊力の低次的作用……電磁場や重力場との相互作用による物理的影響を重視した霊力工学と、高次的作用……物理法則そのものに働きかける、魔法との関連性を模索する霊魔導学である。後にこの二つが統合され、魔法理論も含んだ神秘学へと発展していくことになる。
 そして日本の科学は、その第一歩を踏み出したのである。




<アイングラッドの感想>  そう言えば、横島の両親、エマーンに保護されたみたいですけど、あのふたりが下手に商売にちょっかい出したら日本に帰ってこれなくなるかも。  優秀過ぎて。



日本連合 連合議会


 岡田さんのホームページにある掲示板「日本連合 連合議会」への直リンクです。
 感想、ネタ等を書きこんでください。
 提供/岡田”雪達磨”さん。ありがとうございます。


スーパーSF大戦のページへ


SSを読んだ方は下の「送信」ボタンを押してください。
何話が読まれているかがわかります。
その他の項目は必ずしも必要ではありません。
でも、書いてもらえると嬉しいです。






 ・  お名前  ・ 

 ・メールアドレス・ 




★この話はどうでしたか?

好き 嫌い 普通


★評価は?

特上 良い 普通 悪い