裏側の勇者達

Part2 神秘学への道 その1

B−part



 「通報によれば、現場はここから少し先の洋館や、大神はん」
 「よし、急ぐぞ、紅蘭。とにかく時間が優先だ。疾風の如く走り、烈火の如く攻める!」
 「はいな、風作戦から火作戦やな!」

 そして2体の光武は、その鈍重そうな見かけからは信じられないスピードで、洋館までの道を一気に駆け抜けた。
 付近には避難命令が出ているから一般人を巻き込む心配はない……はずだが、実際には物見高い野次馬が、きっちり安全距離を保ってたむろしていた。
 この時空では去年、帝国華撃団と黒之巣会が一年近くにわたって激しい戦いを繰り広げたため、どこまでなら近づいても大丈夫か、しっかりと認識しているのであった。

 「ん、今日は2体だけか」
 「こりゃ今日の敵はせいぜい1体だな」

 軍事評論家並みに詳しい野次馬もいる。
 TOKIOウォーカーの記事があんな調子になるのもむべなるかな、であった。
 だが。
 二人が問題の屋敷の前にたどり着いたとき、信じられない光景が目に飛び込んできた。

  


 すさまじい轟音と共に、館の屋根が消し飛んだ。そしてそこから巨大な物体が打ち出される。
 それは紛れもなく降魔であった。その腹部に、銀色に輝く奇妙な服をまとった女性が食い込んでいる。
 全身を伸ばし、右手が突き上げられているその姿からは、パンチ一閃、降魔と一緒にここまで飛び上がってきたとしか思えなかった。
 降魔はそのまま屋根の上に落下し、ごろごろと転がりながら館の庭に落下した。
 後を追うように、その女性も降魔の脇に降り立つ。渾身の一撃だったのか、かなり息が荒い。

 「……なんやいったい」
 「……信じられん」

 大神も紅蘭も、一瞬任務を忘れて立ちすくんでしまった。
 だが、彼らの仕事はまだ終わってはいなかった。
 かなりの打撃を受けながらも、降魔はゆっくりと立ち上がったのだ。

 「な……なんてタフなの! アシュタロス並みじゃない……っ!」

 驚きながらも女性が身構えようとしたとき、不意にその姿がぶれた。

 「まずいっ、さすがに限界っ……」

 そうつぶやくと同時に、その姿が二つに分かれて倒れた。
 そこにいるのは、体にぴったりと密着した服を着た肌もあらわな女性と、ジーンズの上下を着た少年。

 「美神さん! 横島さん!」

 二人が分離すると同時に、庭の隅から巫女姿の少女が飛び出してきた。
 そのまま二人のところに駆け寄ろうとしていたが、閉ざされた門の前に異形の甲冑が立っていることに気がつくと、すぐに門を開け、大きなよく通る声で叫んだ。

 「帝国華撃団の方ですね! 美神さんと横島さんをお願いします!」

 その声に二人とも我に返った。

 「任せろ!」

 大神はそう外部伝声管に向けて叫ぶと、通信機に向けて、やや声を落としていった。

 「紅蘭、まず二人を安全なところへ。俺が降魔を牽制する」
 「はいな、まかしとき!」

 そして今にも倒れている二人に襲いかかろうとする降魔の前に、大神は敢然と立ちふさがった。
 少しの間、大神は防御を固める。
 降魔はかさにかかって攻めてくるが、思ったよりその打撃に威力がなかった。

 「こいつ……かなりの深手か?」

 思わず大神はそうつぶやいた。そこに紅蘭の通信がかぶる。

 「合体攻撃や……この二人、どうやってかは知らへんけど、二人の霊気を完全に同調させたんや」

 合体攻撃。それは二体の光武の霊気が完全に同調したときのみ可能になる、究極の攻撃法。他のどんな攻撃より強力な霊撃波が、周辺の敵のみをうち砕くのである。
 彼らでもよほど気力の充実したときにしか使えない、まさに切り札であった。

 「それがあの一撃か」
 「そや。そうそう、二人の安全は確保したで。巫女の女の子がなんや治療しとる。霊治療できるみたいやな」
 「よし、一気に行くぞ、紅蘭、一発頼む」
 「よしきた!」

 紅蘭の光武は庭の片隅に三人をかばうように立つと、装着されたロケットランチャーを発射した。
 ヒュルヒュルと飛ぶ火箭が降魔を直撃し、降魔はよろよろと安定を崩す。

 「もらった!」

 同時に大神機にすさまじい気合いがこもる。

 「狼虎滅却、天地一矢!」

 二刀の刃が三度きらめき、降魔を切り裂く!

 ぐぉぉぉぉっ!

 奇怪な雄叫びと共に、降魔は崩れ落ちた。

 「ふう……」

 あたりにもう敵がいないのを確認し、大神が刀を下ろす。と、どこにいたのか、周り中からやんややんやの声がかかった。

 「紅蘭……二人きりだけど、いつものあれ行くぞ。なんか野次馬がいっぱいいるみたいだ」
 「二人きりでちと寂しいけど、いきまっか」

 言葉と裏腹な明るい声で、紅蘭は答えた。

 「「勝利のポーズ、決めっ!」」

 光武がいつもの型をびしっと決めると、わあっと言う歓声が上がり、同時に人の気配が引いていった。
 このあと、華撃団が引き上げたあとに警察や軍が後始末にやってくることをよく知っているためだ。華撃団の活躍は見たくとも、そういうのとは関わりたくないらしい。
 ある程度野次馬が引いたのを見て、二人は問題の女性と少年たちの方に近づいていった。

 「大丈夫ですか?」

 そう聞く大神に、女性と少年は頭を痛そうに押さえながらも、自力で立ち上がった。

 「どうもありがとう……まさかあそこまでやって生きてるなんて……そこいらの魔族なんか目じゃないわね」
 「さすがにもう打ち止め……」
 「無理しないでください、横島さん」

 ふらついた少年を、巫女姿の少女が支える。やはりかなり消耗しているらしい。

 「危ないなら医者を……! おい、紅蘭!」

 そういって紅蘭の方に視点を戻した大神は、目が飛び出るほど驚愕した。
 何かにとりつかれたように目を光らせた紅蘭が、光武のハッチを開け、外に飛び出していたのだ。
 当然のことだが、秘密組織である帝国華撃団は、危急の場合を除いて一般人に正体をさらすことを禁じられている。そもそも大神以外の隊員は、女優として顔が売れているのでなおさらである。

 「……李、紅蘭さん!?」

 案の定巫女姿の少女があっさり紅蘭のことに気がついた。大神も光武の中で頭を抱える。

 「何やってんだ、いったい……」

 だが、熱に浮かされたような紅蘭の口から漏れ出た言葉を聞いたとたん、大神も絶句してしまった。

 「あねさん……それ、どこで手に入れはった! これ……天然物の、それも魔神器並の霊子水晶やないか!」
 「へっ?」

 相手の女性があっけにとられているにもかかわらず、紅蘭は女性の下げていたペンダントをつかむと、そう叫んでいたのだった。

 「霊子水晶……? 精霊石のこと?」

 女性の口調からは、紅蘭が我を忘れるほどの衝撃を受けたものも、さして大切なものとは思えないような感じがした。

 (ということは……あの女性にとっては、あれはありふれたものと言うことか……? だとすると、ほっとくわけにも行かないな、これは。司令の指示を仰ぐ必要がある)
 「紅蘭、光武に戻れ」

 考えをまとめた大神は、意図的に厳しい声で言った。正体がばれている以上、名前を隠す必要もない。
 さすがにその叱咤の声に、紅蘭も正気に返った。

 「し、しもた〜〜〜!!」

 ようやく自分が何をやってしまったか自覚したらしい。
 すごすごと光武に戻るのを見届けたあと、大神は目の前の三人に声をかけた。

 「申し訳ありません。皆様方に少々伺いたいことがあります。よろしければ我々に同行していただけませんか? あ、私は帝国華撃団隊長、大神一郎ともうします」
 「は、はあ」

 美神、といわれていた年長の女性は、まだ正気に返っていないようであった。

 「あの……そちらの方、李紅蘭さんですよね、花組の。ひょっとして、帝国華撃団って……」

 巫女姿の女性が、上目使いにもじもじしながら聞いてくる。

 「一応機密なんですが、今更意味無いですね。その通りですよ。ちなみに同行の理由は、あなた方のすばらしいというかすさまじい戦闘力のことと、そのペンダントに使われている石のことをお伺いしたいからです。秘密を知ったからどうのというわけではないから、安心していいですよ」
 「それじゃ、花組のみなさんに会えるんですか!?」
 「ええ。秘密を守ると約束していただけるなら」

 


 大神がそう言ったとたん、さっきまで死にそうだった少年から、すさまじい霊気が吹き上がった。

 



 すさまじい魂の叫びであった。

 「……なんやずいぶん偏ってるみたいやけど」

 どうやら立ち直ったらしい紅蘭が冷静な突っ込みを入れていた。と、

 「ええ加減にせーいっ!」

 美神嬢は見事な一撃で少年を沈め、こちらに向かって怜悧な瞳を向けて来た。こうしてみるとかなりの美人だ。スタイルもいい。霊力の強さといい、同時代に存在していたらきっと帝撃にスカウトされていただろう。
 そして彼女は言った。

 「いいわ。他意はないようだし。噂に名高い帝撃を見学するのもいいかもね」

 そして大神と紅蘭は、おまけ付きで帝撃へ帰還した。

 「目が回ります〜」
 「ジェットコースター、目じゃないわね」
 「……」

 新型通路は、生身のままでは刺激が強すぎるらしい。最低速でこれでは、機体の破損時に問題がある。
 改良を具申するか、などと考えながら。




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