「これが今度の仕事。集合は明日の11時。私と横島君、おキヌちゃんの3人で行くわ。シロとタマモはお留守番してて」
GS(ゴーストスイーパー)一の腕利きと元の世界で言われていた美神令子嬢は、今日も仕事に励んでいた。
時空融合によって仕事が減ってしまうことも覚悟していたが、蓋を開けてみると以前にも増して仕事は盛況であった。
これは時空融合によって美神さんの世界のみならず、霊力や魔法を内包していた世界も結構出現していたため、霊的な存在がよりはっきり感じられるようになっていた上、それを退治する技術を持っていた時空がきわめて少なかったため(某化け猫退治会社や不死身の下僕付き三ツ目少女とかが出現しているのかどうかはまだ不明ですので)、転移してきたGSの少なさと相まって、仕事はひっきりなしであった。
おかげで一時期は各種証券が紙くずになってしまって落ち込んでいた美神さんが、元通り元気になったことは以前にも語られている。
実際、GS業界はある意味極度な人手不足ともいえた。
この時空融合の中、出現していた霊能力の持ち主はアシュタロス戦を共に戦った仲間たちとその関係者、シロやタマモ、あと六道女学院の霊能科の女生徒および横島の学校にいる机妖怪の愛子ぐらいしかいなかったのだ。
GSの免許制度が法制化されるのはしばらくありそうになかったから、ある意味やりたい放題であったが、先のことを見越した美智恵と西条の働きかけで、近々GS協会を復活させることになるという話もある。
しかし美神さんはそんなこと全然気にしていなかった。彼女の関心は、当座の仕事とそれによって得られる報酬に集中していたのだから。
「場所は旧中央区新川付近。例の大正時代になってるところね。依頼人はこの度ここを買ったんだけど、地下で奇怪な物音と異臭、あと不気味な雰囲気がするのでその調査、および原因が悪霊のたぐいの時はその除去を含む。あの辺はまだ交通規制がかかってて一般人の自動車による立ち入りは制限されてるから、東京駅から市電に乗ることになるわ」
「はい。分かりました」
おキヌちゃんが元気に答える。
「有楽町線は復旧してないから、山手線で行くことになりますよね」
「うん、そのはず」
「間違いないっすよ」
横島も最近発行されたばかりの地図と住所を見比べている。
「東京駅から市電でまっすぐです。乗り換えの必要もないみたいっす」
「それじゃ今日は解散。おキヌちゃん、あとをよろしくね」
「はい」
美神さんは近くのマンション、横島は電車で二駅ほどの下宿に住んでいる。
おキヌ、シロ、タマモは事務所に住んでいるのでそのままだ。
美神さんと横島、どちらの自宅も時空融合で消えることなく、無事こちらに転移していた。
今日はみんなで夕食を食べたあとなので、あとはお風呂に入って寝るだけである。
が、なぜか今日はちょっとだけおキヌちゃんの様子が違っていた。
リビングの方から、なにやら本というか雑誌のようなものを引っ張り出している。
「何してんの、おキヌちゃん」
不思議そうにタマモがのぞき込んだ先には、先週のものと思われる雑誌が握られていた。
[TOKIOウォーカー・新世紀版]
「なにそれ」
「ふふふ、先週号でね、ちょうど特集してたの」
開かれたページには、ちょうど帝劇のあたりの写真が載っていた。
『どこか違う昔、[太正]時代の日本を歩く――帝都区徹底ガイド』
そう書かれたタイトルが目に飛び込んでくる。
「なにこれ……字、間違ってんじゃん」
容赦ない突っ込みを入れるタマモ。しかしおキヌちゃんはそれを見てにんまりと笑った。
「間違ってないのよ、これ。ここの時空では、ほんとに年号をこう書いたんだって。結構あるらしいわよ、こういうのって」
「へぇ〜」
「今の世界でも街としてはおそらく一番昔らしいのね、ここって。だから少なくとも地上では舗装とかの再開発をしないで、できる限りこの景観を保つように努力する、ですって」
記事を眺めながら、おキヌちゃんはそんなことをつぶやいた。
新世紀元年11月現在、帝都区……東大、新橋、隅田川河口、浅草を頂点とする四角の内側は、大正ロマンあふれる世界に変わっていた。
例外は新幹線および在来線の鉄道路線、および秋葉原の電気街、築地市場のみである。
首都高速一号線やゆりかもめのレインボーブリッジ以北などはあおりを食らったのかものの見事に消滅している。
ゆりかもめはまだしも、首都高の分断は流通にとってかなりの大打撃で、現在地下道路として復旧作業中である。
ある意味日本の中心とも言えるこの地域がこうなったことによる打撃は結構なものがあったが、日本中のほとんどの人がこの懐古趣味あふれる町並みをあのビル街に変えてしまうことにはためらいを感じた。
そのほかいろいろな思惑があったが、この界隈はできる限り開発の手を入れず、このたたずまいをそのまま残すことに決定された。
道路も石畳のまま舗装はせず、路面電車等も運行され、業務用を除いて自動車の乗り入れも大幅に制限される(後に帝都区地下道路網が建造され、この点はいくらか改良された)。
街灯などもガス灯のままである。といってもこのご時世、便利になりすぎたと言ってもいい電気の恩恵をここだけ無視させるわけには行かないので、電線のたぐいはすべて地下埋没で処理されることになった。
そのほか、地下鉄駅(ここにもとから存在していたのは銀座線のみである)の復旧など、この区域内の再開発はすべて地下化されることになった。表向きの理由は帝都区の景観と文化の保護であったが、実はその影で帝国華撃団基地の改修が行われていた。
元の世界では帝都の地下をある意味独占していた帝国華撃団であるが、今の世界には地下にもいろいろなインフラがある。
そのため轟雷号や翔鯨丸、ミカサといった巨大兵器の運用が非常に難しくなるといった問題があった。
特に地上の施設を破壊しないと出撃できないミカサは大問題になる。
そこでこれらの巨大兵器は別の場所に移し、帝都各地への出撃には新たに造られた移動施設が用いられることになった。
これらの工事をある意味ごまかすために、帝都区再開発はそのほとんどが地下工事となったのである。
後に再開発工事が完了したとき、銀座は情緒あふれる地上と便利でにぎやかな地下との二面性を持った繁華街となる。
だがこの時点では再開発工事の名目で帝撃地下基地の改修が始まったばかりであった。
「ふふふ、仕事終わったらちょっと散策してみたいなって思ってるのよね。二人とも、なんかおみやげほしい?」
「拙者、ドッグフードがいいでござる」
「あぶらげっぽいの」
ためらわずにそう答えた二人に、おキヌちゃんは頭を抱えた。
「そうじゃないのに……」
そういいつつも、彼女はページをめくり続けるのであった。
翌日。
三人は隅田川近くの立派な洋館の前にたっていた。
ただでさえ懐古趣味なこの街の中で、さらに古ぼけてはいたが。
「確かになんかいそうね〜」
そこはかとなく漂う妖気に、美神さんは顔をしかめた。
「大丈夫かなー。お札、残り少ないんでしょ?」
横島も心配そうに言う。
「それ考えると頭痛いわねー。厄珍でもどうにもならないことってあるのね」
美神さんは仕事に必要なオカルトグッズを主に厄珍堂から仕入れていた。だがその厄珍堂の店主、厄珍がこの間ついに音を上げたのだった。
「令子ちゃん、このままだとウチは、ただの骨董屋に鞍替えしなきゃなんないアルヨ〜」
「ほへっ?」
美神さんも思わずそんな声を上げていた。
「どういうこと?」
そう聞く美神さんに、厄珍は頭を抱えながら言った。
「この時空融合で、オカルト関係の仕入れ先、ものの見事に全滅したアルヨ。新規開拓しようにも、そもそも作ってるところがないアルネ。無い袖は振れないアルヨ」
「そっかー」
ある意味美神さんにとっても死活問題である。
「ま、令子ちゃんところはボーズの文珠をうまく使えば、吸引の札の代わりぐらいは何とかなるだろうけど、破魔札はどうにもならないアル」
各種のお札の中で、メイン武器とも言える破魔札はもっとも消耗が激しい。
「在庫はあとどのくらいあるの?」
厄珍は重苦しい声で答えた。
「あと百枚足らずね。あとは一千万以上のスペシャル札だけアル。神通棍や見鬼君は数出るものじゃないから大丈夫アルけど」
「ザンス王国の消息も不明じゃ、この先オカルトグッズもきついわねー」
元の世界で、GSの使うオカルトグッズは、ほとんどのものがザンス王国製の精霊石部品を使用していた。これなしではオカルトグッズは成り立たない。そのザンス王国は大西洋上の孤島にあった。そのため今のところ、国交があったという話は全くない。
「てことはこの先、なるたけお札は節約しなきゃならないって言うわけか……」
それ以来美神さんは、雑魚をしばくのにはなるべく破魔札を使わず、神通棍や霊体ボウガンを使用するようにしてきた。
だが破魔札は値段にもよるが、美神さんにとって一番威力のある攻撃法であった。これが制限されたのはかなりきつい。
特に今回の仕事のように、どうもいやな予感がするときは。
「で、何枚持ってきたんですか?」
「とりあえず結界用と破魔札、十万くらいのを二十枚ってところね。いつもみたいにできるだけ節約するから、横島君、がんばってね」
「文珠は七つ使えます。で、そういうことなら、是非とも霊能力アップに協力を〜!」
そういって美神さんにすり寄る横島。彼の霊力は性的な煩悩が源だから、あながち欲望だけの行為ではない。
「仕事前にふざけるんじゃない!」
……あっさり撃墜されたようだ。おキヌちゃんに手当てされている。
「もう、横島さんたら」
だが十分後、美神さんはさわらせた方がよかったかもと言う思いを味わうことになる。
この帝都にも、大変危険な闇がある。それがこの二種類の魔である。どちらもたびたび帝都に出現し、多大な被害をもたらしている。
妖気の源を見鬼君で確かめつつ、三人は館の地下へとやってきた。地下になにやら怪しげな部屋があり、そこからさらに奥へ続く秘密の通路らしきものがあった。
そこに、「それ」はいた。
口から酸の唾液を垂らす、映画に出てきたエイリアンのような異形の怪物が。
美神さんが神通棍で、横島が霊波刀で立ち向かうが、ほとんど打撃が与えられない。
「何よこいつ、とんでもない強さだわ! 危険手当五千万じゃ安かったか!」
「その前に命が持つかわかりましぇ〜ん!」
もしここに来たのがGS美神……元の世界で大悪魔ですら倒した力と運の持ち主でなかったら、間違いなく瞬殺されていたはずである。
そして今回も、一つの『運』が味方した。
「み、美神さん、それ、『降魔』です!!」
そう叫んだのは、おキヌちゃんであった。
「おキヌちゃん、知ってるの!」
攻撃をいなしつつ、美神さんも叫ぶ。
「はい、昨日読んだ雑誌の、帝都の注意点に。確か、この化け物を専門に相手にしている人がいるって書いてありました!」
それは、TOKIOウォーカーの記事の一角であった。
帝都の恐怖――魔操機兵・降魔――
もしこれらを見かけたときは、すぐに逃走すると同時に、最寄りの警察に連絡すること。電話がなければ付近の民家でもいい。帝都区在住の人は、この魔の恐ろしさをよく知っており、すぐに適切な行動を取ってくれる。
そして無事に生きていられれば、帝都にその名も高い『帝国華撃団』の活躍が見られるかもしれない。秘密組織のため詳細は不明だが、『人型蒸気』といわれるちょっとレトロなデザインの機体から繰り出される信じられないような技を見ることができたら、一生ものの宝となるであろう。
半ば揶揄するような記事であったが、今となってはそれに賭けるしかなかった。
「おキヌちゃん、すぐに連絡して!」
「美神さんたちは!」
「何とかするわっ! いざとなったら、最後の切り札を使ってでも!」
その言葉を聞いて、おキヌの心も決まった。
「お願いします!」
「そっちこそ!」
「司令、緊急通報です」
「何事だ、かえで君」
大帝国劇場、支配人室。
そこの主、米田一基支配人は、藤枝かえで副司令の声を聞くと、瞬時に顔を引き締めた。
帝国劇場支配人のだらけた態度から、帝国華撃団司令、米田一基陸将のそれに。
そしてかえでは報告を続けた。
「新川地区に降魔が出現しました。通報者は民間の除霊業者で、作業中降魔一体が出現、現在二人がかりで押さえているものの、このままでは危険だそうです」
「なにいっ! 民間人が降魔と戦ってるだぁ! それはともかく、まずいな。今公演中だろ」
「はい。出動可能なのは大神隊長と出番の終わっているさくら隊員及び紅蘭隊員だけです」
「一体って言ってたな……となると一人は残さんと万一ってことがある。とすると……よし、大神と紅蘭を出動させる。急いでな」
「はい。幸い工事が終わったばかりの新式出動通路七番が使用可能です。テストが不十分ですが、この際時間が優先と思われます」
「おし、すぐに招集をかけろ!」
二人はすぐに支配人室にやってきた。
「大神一郎、出頭しました」
「同じく、李紅蘭、出頭しました」
いつものおちゃらけたところの全くない、きびきびした態度で二人は米田の前に現れた。
「二人とも、緊急出動だ。新川に降魔一体が出現。よくわからんが、民間人が降魔と交戦中らしい。二人とも直ちに降魔を排除。民間人を救出せよ。帝国華撃団、出撃だ!」
「「了解!」」
帝劇地下。
大神と紅蘭は、それぞれの光武改に乗り込むと、新設された通路の方に向かっていった。
蒸気エレベーターで降下した部屋は、周り中に扉のある円形の部屋であった。中央に汽車のターンテーブルのようなものが据え付けられており、そこにちょうど光武の足がはまるプレートが九枚、レールのようなものに縦一直線に並べられていた。
これこそが轟雷号に代わる光武の発進施設であった。プレートはそれぞれがリニアモーターで駆動される浮遊プレートである。ここに光武を乗せ、蒸気カタパルトで一気に浮上駆動に必要な初速を得る。あとは都内八方向に設置された(今はまだ予定である)リニア軌道が、轟雷号を超える時速四百キロの速力で光武を運ぶのだ。軌道は八本だが、乗り降りが轟雷号より楽なこと、及びどこでも停止できることもあって、出動可能ポイントは100近くにも及ぶ。なお、轟雷号は夢の島ヘリポート近くに移された翔鯨丸の発進基地への直通列車となる予定である。
なお、この施設の原型が、今は使われていないグレンダイザーの発進システムの小型改良版であるのは、ここだけの秘密である。
そして大神と紅蘭は、台座に乗り、突き出ている2本の棒にアームを固定した。打ち出しの反動で転倒することを防ぐためである。
「準備完了やで、大神はん」
通信機から紅蘭の声がする。ちなみに今の光武はまだ電子化作業が完了していない。試作したシステムと霊子駆動機関との間に思わぬトラブルが生じたため、一時作業が中断しているためである。紅蘭がいろいろ研究していたが、現状は思わしくなかった。
「こっちもよし。いくぞ、帝国華撃団、出撃!」
「了解や!」
紅蘭が元気よく答える。このとき彼女が内心、(二人っきりや、ラッキー)と考えていたのは内緒である。
そして二人を乗せたプレートは、まさしく弾丸のように打ち出され、『七』と書かれた通路に突入していった。