作者: アイングラッド
美智恵の荷物持ちとして東京へ出ていた横島だったが、美智恵がお偉いさんとの会談を行っている間、その暇を持て余していた為に真っ赤に燃える夕焼け空を見に東京タワーの特別展望台の屋上へと上がっていった。
本日、日本列島の東京〜静岡の地帯に対して警戒態勢とまでは行かなかったが、敵性体による攻撃「注意」が発せられていた為、人が沢山集まるアミューズメント施設は軒並み営業を停止していた。
当然の事ながら、東京を代表するランドマークである東京タワーも例外ではなかった。
そう言った理由から、東京中のアミューズメント施設、武道館や東京ドーム、各種遊園地も臨時休業の為、東京という灯の消えない街は幾分淋しげな雰囲気に包まれていたのである。
そう言った理由で無人の東京タワーの特別展望台の上で横島は西の山陰に沈んでゆく夕陽を浴びて感傷に浸っていた。
この時の彼の心には、普段見られることのないシリアスな陰が覆い、彼の友人達も口を噤んでしまうだろう。
しばらくして釣瓶落としに夕焼けが沈んだ後、彼は「降」の文珠を使い地上に向かって降りてゆく。
東京タワーのほぼ真ん中、大展望台の上に差し掛かった時に彼の霊感に何かしらが引っかかった。
妙な違和感が大展望台の中に生まれつつあるのだ。
少しばかり警戒しながら横島が大展望台の少し上に来た所、突如大展望台の中から閃光が発せられた。
「おっかしいなぁ〜。確か東京タワーは営業していない筈なのに・・・まさか泥棒じゃねぇだろうなぁ」
そう言うと横島は閃光が発せられた窓の上の鉄骨へと降下し、足を降ろした。
そのまま、警戒しながら展望台の中を覗いてみると、意外な事に中学生くらいの少女が三人、展望台の外を見て不安がっていた。
何故こんな時間に?と横島が疑問に思っていると、ポケットに仕舞ってあった携帯電話が鳴った。
いきなりの着メロにちょっとビビった(何故、美智恵の着メロがスタアウオーズ・ダースベイダアのテーマなのか、その理由を彼は公言した事はなかったが…)横島だったが、一応ディスプレイを見て『from 隊長』を確認して電話を受けた。
「隊長からか・・・用事が済んだのかな? ハイ、横島です」
『あ、横島君、今、手は空いてるわね』
「ええ、何か用事でしょうか」
『たった今東京タワーから時空震の反応が有ったと連絡があったの、恐らく揺り戻しがあったんじゃないかって事らしいんだけど、今、そこに居るんでしょ?』
横島は、美神美智恵の言葉に『隊長はお見通しかぁ』と苦笑を漏らす。
「はいそうっスよ」
『規模からして人間数人分らしいの、横島クンなら大丈夫だと思うけど危険人物の可能性もあるわ。確認して連絡を』
「それなら、今見てます。中学生くらいの女の子が二人と小学生の女の子が一人、大展望台の中に居ますけど」
『そう・・・なら保護してちょうだい。オカルトGメンとしての命令です。協力してね♪』
「(命令って時点で協力も何も・・・って言っててもしょうがないか)分かりました、それじゃ、うわっ」
隊長と会話していた横島は、耳元の携帯に気を取られてしまい、下を覗き込んむ為に踏みしめていた赤く塗装された鉄骨を踏み外してしまった。
途端、彼の身体は重力に引かれて落下する。
東京タワーの比較的下の構造物とは言え、自立鉄塔としては世界最高の333メートルを誇るの大展望台である。そこら辺のビルディングなんか目ではない高さだった。
その高所感覚に流石の横島も慌ててしまったのか、思わず『浮』の文珠を発動させたのは良いのだが、制御が甘く身体を持ち上げるには至らなかった。
結果として、彼の身体は月面での重力落下速度とほぼ等速でゆっくりと落ちていった。
彼の体感スピードは通常通りだったのだが、焦りで「緊張時の神経加速状態」の様に「ゆっくりと物が見えている」状態の様に感じてしまったのは仕方がない所だろう。
それは兎も角、体勢を立て直そうと藻掻く横島がふと大展望台に目を遣ると、3人の女の子達(余談だが、横島のストライクゾーンからは外れている)が横島の事を凝視していた。
それは当然だろう、自分たちの目の前を飛行能力を持たない人間が落ちて行くのだ。
びっくりして声も出なくなる位になってしまうのも当然だ。
<あ〜、こりゃあイカンなぁ。え〜と驚かなくても良いよって手でも振ってみるか?>
焦っている割りには妙に余裕が伺える。
彼は間の抜けた笑顔を浮かべながら右手で手を振り、余裕を見せようとした。だが、それをどう解釈するかはそれを見た相手に委ねられる。
今回の場合も、横島の伝えたかった事と彼女たちが受け取った意味は完全に異なっていた。
だから、横島の考えられなかった対応を相手が取ったとしてもそれは非難される類の物ではないのである。
アホみたいに手を振り続ける横島に向かって、ガラスの中にいた茶色い髪の緑色の制服を着た少女が右手を突き出すポーズを取った途端、横島の身にそれは降り掛かった。
彼女の右手に着けられた腕輪が輝くとその瞬間、横島の身体の回りに突風が吹き荒れた。
物凄い轟風の為に目も開けられない横島だったが、突然その身体が一方に急激に動く感触を得た。
次の瞬間、横島の身体は展望台の分厚い硝子を突き破り大展望台の中に飛び込んでいた。
不死身の肉体を持つと関係者に有名な横島であったが、別に感覚が鈍い訳ではない。
全身を刺すような激しい痛みに、「うっぎゃーっ! 痛て痛て!!」と喚きながら大展望台の床を転がる横島であった。
しばらくの間真っ赤な血潮を吹き出しながら転げ回っていた横島だが、自分を見下ろしている気の強い女の子の視線に気付き何とか立ち上がる
「ちょっと貴方っ!」
いきなりの怒声にイチビリまくりの横島は思わず直立不動になりながら返答した。
「ハ、ハイ。何でございましょうか」
「何があったか知らないけど、いきなり東京タワーから飛び降り自殺なんてなに考えてるのよ。ビックリしたじゃないの」
「えっ? 飛び降り自殺っ!? オレが?!」
「そうよ、風(フウ)が魔法でって風ぅっ!? 今あなた、使ってた?!」
「そう言えば、無意識の内にですが使ってましたわ。ここはセフィーロではないですのに」
自分でも忘れていた出来事に突然気付いたらしく、彼女たち3人のうちのふたり、気の強そうな青い髪の少女とおっとりとした緑の制服の少女は顔を合わせて驚いていた。
その為、彼女たちの頭の中から横島の事は一瞬だが忘れられてしまった。
だが、そう言う事も物ともせずに目の前の人間に集中していた女の子が二人を叱りつけるように声を上げた。
「海ちゃん、風ちゃん、今はそんな事を言っている場合じゃない。そこのお兄さん、あなたは大丈夫なのかっ?! 全身から血を流してるけど」
「うう、ええ子じゃぁ。おう、大丈夫大丈夫」
赤い制服を着た背の低い女の子が青褪めた顔をして横島の心配をするが、横島は平然とした顔で心配ないという。
「それよりも、この硝子が危ないな、下に落ちたら危険だし、バレたら弁償じゃ済まないもんな。ちょっとどいててくんねえ?」
横島が割れた硝子の事を話題にすると、三人の少女達もその危険性に気付いたのか慌てて破片を拾おうとした。
だがそれを遮るように横島は言う。
「あぁ、オレがやるから。少し離れてくんないかな?」
「え? あ、ハイ」
躊躇いながらも彼女たちが少し離れたのを見て、彼は掌に持った文珠に気を集中する。
すると、半透明なその中に『復』と読める漢字が浮かんだ文珠を横島は硝子の散乱している場所に放った。
放たれた文珠は空中で弾け、光の粒子になると散らばった破片に纏わり付く。
光を纏った破片は文珠が生み出した霊力が作用した物理力によって空中へ浮き、そのまま元の板ガラスへと破片は『復』元していった。
「そんな、今のって魔法っ!?」
「信じられませんわ」
「でも、確かに今のは魔法だよ、セフィーロでしか使えないはずなのに。はっ、もしかして帰れなかったのか? 私達は」
横島の文珠による作用を目撃し、驚愕する三人を観察した横島は今の発言と先程の出来事と併せてこの三人の女の子達が霊力を始めとする神秘学系統の事実を知る存在である事を確信した。
「君たちは、今ここに出現したって事で間違いないのかな?」
横島は出来るだけ優しく聞いてみた。
だが、彼女たちは自分たちの居場所も分からない上に、どうみても普通の人間にしか見えないと思っていた人が『魔法』を使ったと云う事に驚いたのだろう。
不審気な顔をして横島の事を見詰め、先程とは異なる頑なな態度を取り始めたのだ。
流石にこのままではどうしようもないと思った横島は、相手に信用される為に、まず自分の事を知って貰おうと自己紹介を始めた。
「俺は横島忠夫、GS見習いなんだ」
キッパリと横島はそう言ったが
「ごーすとすいぃぱぁ?」
「見習いですの?」
「あなたは横島さんて云うのか」
三人三様の返事を聞いて、どれから答えようかと一瞬悩んだが、横島は現在の主題である自分の職業について答えを返した。
「ああ、っと、ゴーストスウィーパーってのは悪霊祓いって言うかエクソシストというか、そういう職業なんだけど、知らない?」
横島は内心『これは俺達とは別世界って事は間違いないポイな。でも、魔法を見たような事を言っているから・・・』とか考えていたが、彼女たち3人が声を揃えて言い放った次の様な返事にちょっぴり残念に思った。
「「「知りません」」」
まず、別世界に間違いないようである。
そこで知りたいのが次の事である。
『彼女達はどういう世界のどの時代から来たのか、それを判断する質問としては・・・』として横島が選んだのは美智恵に教えて貰った質問例からのひとつであった。
「ちなみに今の日本の首相は誰?」
「確か細川首相だったような」
「違うわよ、羽田首相じゃないの」
「嫌ですわ、村山首相ですわよ」
「ぅそうだっけ、ここの所直ぐに替わってしまうから覚え切らないんだ」
「それは言えてるけどね」
<なるほど、では90年代の世界から来たって事か>
「残念ながら、今の日本連合の首相は加治首相さ」
「加治首相?」
「って言うか、日本連合ってどういう事!?」
<決定か、と云う事は時空融合孤児の可能性が高いよな。>
<となると、家族と生き別れたって事にあまりショックを与えないようにしてやるしかないよな、同じ様な境遇の先輩としては。>
<まぁ、取り敢えずは落ち着ける所、食事とソファーと休息が要るし、隊長の所へGoだな。>
内心でそう結論づけると、横島は途惑いを隠せない年下の女の子達に提案した。
「それは道々教えるから着いて来て貰えるかな。一応これでも準公務員の立場でさ、君たちみたいな人達を見つけたら保護して貰えるようにしているんだ。だから、もしかしたら君たちの保護者に連絡が取れるかも知れない。今の東京はちょっと事情があって混乱しているから電話じゃ連絡取れないかも知れないし、何だったら上の組織に言って直接連絡を取れるように取り計らって貰えるしな」
横島がそう提案すると女の子達は顔を寄せ合ってなにやら話し合っていたのだが、それほど時間を掛けずに了解した。
「で、君たちの名前は何ていうのかな?」
「私、獅堂光(しどう ひかる)」
「鳳凰寺風(ほうおうじ ふう)です」
「龍咲海(りゅうざき うみ)よ」
さて、本日の東京タワーは臨時休業であり、横島は空中から、3人に至っては虚空から東京タワーに入った為、出入り口は閉鎖されていた。
その為、横島は地上へと降りられる階段への扉の錠前を文珠「開」にて開けた。
今日は先ほどからポンポンと貴重な文珠を使っているが、やはり以前美神に制限を掛けられていた反動だろうか。
彼が生みだした文珠の大半は美神令子に没収されていたので、今現在の彼はそれほど文珠の手持ちに苦労しているわけではないのだ。
地上へと続く長い階段は、だがそれ程には苦労でもなく歩いて行ける距離の階段であったので、彼ら四人は難なくその階段を降りていった。
その途中、横島は携帯電話を取り出すと美智恵に連絡を入れる。
「隊長、横島です。東京タワーの大展望台でM関係の女の子三人を保護しましたんで、タクシー呼んで貰えませんか?」
『横島君、それ本当? 間違いなくMなの?』
「えー・・・そう言う言い方だとアレですけど。はい、間違いないっスよ」
『分かりました、では今からそちらへ行くから、分かってると思うけど、確実に確保するのよ横島クン』
「ハイ、じゃあ東京タワーのバス停で待機してますんで、よろしくお願いするっス」
ピッとボタンを押すと通話が切れる。
「ねえ、横島さん。今の誰?」
近くで会話を零れ聞いていた海が興味を持ったのかそう聞いてくる。
「ん? ああ、オレの上司。…キャリアウーマンの……おねいさんダヨ」
「ふふーん、もしかして横島さんの好きな人とかだったりして」
「何を言うんダイ。二人の子供を持つキャリアウーマンだゾ、そんな恐ろしい事…(いや、向こうから誘ってきたら吝かでは無いような気もするけど)」
間違えてもそんな事をしたら美神令子に完全殲滅させられる事は明白であったので、背中を襲う悪寒を無視してそう言った。
「ふーん、それで何て言ってきたの?」
「取り敢えず、迎えに来てくれるって事だったから。下に着いたら電話してから待ってようか」
「はーい」
と言うわけで、横島が先導する女の子達は無事に階段を降りきった。
実際の所、登るなら兎も角、下るだけならば意外と短く感じるルートなのである。
時間があるならば是非にと勧められる程だ。
ここからは蝋人形館や水族館などが入った観光ビルとなっていて、東京名物のおみやげ屋が一杯なのだが、今の様に電気が非常灯しか点いていない状態だと非常に不気味である。
特に問題なくビルから出た横島達は平時ならば観光客達を乗せたバスや定期バスが発着するバスターミナルにあるベンチへと移動し、そこで美智恵を待つ事にした。
結構歩いたので喉が渇いたのか、横島は最近リッチな小銭入れの重量を確認した。
「あー、ジュースとかいるなら買ってくるけど。どうする」
横島が声を掛けると緑色の制服を着た女の子、自己紹介で鳳凰寺風と名乗っていた子が苦笑しながら断った。
「いえ、そこまでしていただくと悪いですし」
「最近金回りが良くなったから、そうでもないんだけど。まあ良いか」
「ええ、次の機会にでも」
そう言われると自分だけが飲むのもどうかなと思ってしまう訳で、何となく自販機に行くのを止めた。
と、そこへ東京タワーで自宅へと電話したがっていた青い服の女の子、竜咲海が声を掛ける。
「あ、横島さん。私あそこの電話ボックスで電話を掛けてくるわね」
彼女はそう言うと直ぐにでも電話ボックスに駆けていきそうになったのだが、横島は或る事に気付きそれを引き止めた。
「えー、海ちゃん。お金は持ってる?」
横島がそう言うと、彼女はポケットに入っていた可愛い財布を取り出し、中の硬貨を数える。
「え、あるわよ、それくらい。ホラ、10円玉が…ひと、ふた、みつ、よつ、いつ、む〜、なな。七十円あれば大丈夫でしょ」
「うーん、やっぱりか。ほら、これ使って」
そう言うと横島はポケットから小銭入れを取り出し、そこから数枚の新円の10円玉を取り出した。
デザイン的には旧10円硬貨に似ているのだが、安価なICチップが埋め込まれており、偽造硬貨防止を図っている。
覚えているだろうかと思うが、時空融合後に政府が行った施策の内、最も重要な物が通貨の統一であった事を思い出していただきたい。
その世界の元の時代での景気や時代により通貨の価値が異なり、又、その種類も数多かったことから新しい円、通称「新円」を作成し、その通貨毎の新円との交換レートを設定して順次入れ替えていったのである。
これらの改訂によってコスト的には10円硬貨を一枚作るのに10円以上のコストが掛かってしまっていた。
わざわざ手間とコストの掛かるIC封入型にしたのも、とある世界で偽金作りで有名な某国に日本円が集中的に狙われてしまい、多少のコストが掛かっても信頼性を取ったと云う経緯があった為だ。
もっとも、お陰で機動戦士ガンダム逆襲のシャアに出てくるサイコフレームの様なIC封入型の金属加工技術が発達し、コスト面も大分安くなっているのだが。
ともあれ、新円の導入によって、混乱は最低限に治められたと言える。
何しろレジなどの人の手を介するところでは10円玉だけでも30種類を超える本物があったのだ。
それが本物かどうかを確認する作業は煩わしいを通り越して不可能に近かったし、それぞれが元居た世界以外の硬貨の使用については色々と不都合が多すぎたのだ。
自動販売機や切符の販売機では異なる世界の硬貨はそのサイズも異なる事があった為に受け付けられない事が多々あった。
10円玉を入れて100円と認識されれば個人的には嬉しいだろうが企業的には死活問題であり、逆に500円玉を入れて10円とされてしまえば地駄を踏んで悔しがるしかないではないか。
そう言った事を防ぐ為に、人も機械もわざわざ煩わしい事もなく識別出来る新たに統一された硬貨や紙幣が必要だったのだ。
そして最近、ようやく旧紙幣や旧貨幣との交換事業が一段落付いたところだった。
これにより、世間に出回っている自動販売機も新規の物は新円で設定された貨幣を認識するようになっており、それは公衆電話でも同じである。
実際の所は1990年代から2000年代の貨幣価値が中心となった為に、帝都区などの様な時代差がない限り10円としての価値はほぼ同じであったのだが、貨幣規格の違いからそのままでは旧10円玉は使用できないことが多い。
不思議そうな顔をして手渡された10円玉を眺めていた海であったが、取り敢えず電話が先だと思い直したらしく電話ボックスに駆け寄った。
横島は先ほど断られたのだが、何となく自分が珈琲を飲みたい気分であったので自動販売機にて缶コーヒーを購入。
自分だけと言うのも何なので、一応人数分の缶コーヒーを買っておいた。
しばらくすると電話ボックスの扉が開かれ、心配そうに見守っていた海と光が駆け寄り会話を交わしていた。
やはり通じなかったんだな、と横島は推測する。
無理もないのだ。
時空融合直後に現れた人間でさえ、肉親とはぐれる者が続出していたのだ、揺り戻しとなるとその確率は更に下がるのだから。
暗い表情をした3人はトボトボとした足取りで横島の座っているベンチへ歩いてくる。
「どうだった? 海ちゃん」
無神経にも見える調子で横島が訊いてくるが、海は力なく頭を振るだけだった。
「そっか…。ホラ、これでも飲みな。缶コーヒー・オリジナルブレンドだけど」
「…頂きます」
「ありがとう」
「頂戴します」
横島から缶コーヒーを受け取った三人は無言でそれを啜った。
女三人姦しい、と言う言葉があるが意気消沈した彼女達には当てはまるはずもなく、非常に暗い雰囲気を醸し出していた。
そんな空気を嫌ったのか、横島が三人に語りかけ始めた。
「俺もさ…親とはぐれてね。俺の親達は外国へ赴任していたからなぁ…。でもまぁ、美神さんが、あっと俺の雇い主ね、その人がまだゴーストスイーパーって云う奴が全然有名じゃなくて仕事も無かったから収入もなかった頃にさ、ぶつくさ言いながら食事とか用意してくれたんだ。そのお陰で食いっぱぐれることはなかったし。それに美神さんの他にもおキヌちゃんやシロやタマモって云う仲間がいたから。俺みたいなヤツでも何とかなったんだ。だから、君たちも大丈夫だと思うよ」
そう言うと柄にもないことを言った反動か、照れ笑いを浮かべて視線をあっちの方向へ向けた。
その横島の態度を見て3人は『ああ、この人は優しい人なんだな』と感じた。決してなんたらスマイルの如く一目惚れをする事はない。
さて、こういった時、相手が守備範囲内の女の子であれば飛び掛かってフられるといった行動パターンの横島であったが、相手が中学生ではとてもその気にはなれず気さくなお兄さん的な態度で相対していた。
何しろ学生時代と云えば、ひとつ上の学年の生徒はたった一年しか違わないにも関わらず、より偉そうに見え、逆にひとつ下の学年は幼稚園の如く幼い様に感じる年齢格差社会である。
高校生である横島から見て、中学生の女の子にどうこうする気が起こる訳がないのだ。
と云った訳で、お兄さんぶった横島はしばらく三人の女の子と雑談しながらその場で待っていると東京タワー前の駐車場に繋がっている坂道から一台の車が入ってきた。
しかもただの車ではない。
夜のニュースなどで政治家や芸能人の受賞会場にしばしば出てくる様な黒塗りのリムジン仕様の高級車である。
横島はどう考えても自分たちには関係のない物だろうと思っていたら、駐車場をぐるっと廻って彼らの目の前に停車した。
乗客側のドアーが開き、美神美智恵が降りてきた。
いつもの凛々しい雰囲気の中から溢れる大人の色気を出し、出る所はババーンと出て引っ込む所はキュッと引き締まった美神家の女に遺伝されてきたナイスバディーをタイトな制服に身を包んでいる。
記録からすると最低37歳恐らくは42歳を越えていない筈の女性は相も変わらず確実に15歳は若く見える。
「横島クン、待たせたわね。で、彼女達がそうなの?」
彼女はそのクールビューティーな外観に違わず、冷静な瞳で三人を値踏みする様に眺める。
「はい隊長」
「隊長?」
つい癖となっている隊長という役職名で呼んでしまったが、今まで感じていた横島の性格とは異なる行動に、海は違和感を感じて聞き返していた。
「ああ、昔この人の下で魔神との戦いをしたことがあったのさ」
と、軽い口調で言ったため何かの冗談の様にも聞こえたが、それは事実であった。
「だから、その時の癖で隊長って呼んじまうんだよな」
「へー、魔神と…」
魔神という単語に何かを感じたのか海はそう呟くが、自分から焦点が逸れたことが不満だったのか隊長と呼ばれた女性は咳払いをして自己紹介を始めた。
「初めまして皆さん。私はオカルトGメンの責任者の美神美智恵と言います」
その不敵な笑顔は頼もしい反面何かしらの意図が感じられた。
『と言うか、人を乗せるのが上手いからなぁ〜。退路を断ってから要望するのもしょっちゅうだし。すまん、ウミちゃん、フウちゃん、ヒカルちゃん。オレでは力になれん』
東京タワーから東京新都庁までの道すがら、美智恵は現在の日本に起こっていることを掻い摘んで説明した。
最初に接触した横島が、自分の説明に自信が無かったため『今の日本は大変なことになっている』としか言っていなかった為、そこで告げられた事実に三人は驚愕した様子だった。
大まかな出来事としては今の地球は異なる世界の国々が合わさって出来ている事。
そんな世界の中でも日本は非常に混沌とした状態であり、調査中ではあるが恐らく1000を超える違う世界が集まって今の日本を形成している事。
その中に出現した人々の中にはかなりの人数の超能力者や霊能力者、魔法使いが出現していて政府に登録している事。
そして現在の日本には悪の秘密結社や悪の組織が沢山現れており、それらが事ある毎に襲ってくる事。
通常の科学の他に霊能力や魔法を研究してそれら対抗しなければ大変なことになることを美智恵は切々と語り、さり気なく且つ反論の余地無く理詰めで納得行くように説明したのだ。
多少脚色していたが。
何しろここで敢えて説明すると、元の世界に於いて神秘学に従事していた魔術関係者はこの世界に於いても沈黙を頑なに守っていたのだ。
その理由は色々考えられるが、基本的に言えば『神秘は秘匿してこそ力を保つことが出来る』と言うことが魔術や魔法関係者のスタンダードなのである。
よって、日本連合政府の要人、特に科学技術会議の要人である鷲羽ちゃん達は時空融合後の日本に魔法が存在していることを魔法使用の痕跡から認識しているが、その現象自体を観察した事例は少なく、唯一表立って行動している魔女っ子(魔法少女)であるプリティーサミーも魔法を行使しているにも関わらず自分の使用している魔法の原理や基本原理に対する知識は皆無である。
よって、魔法関係の協力者を作る事は至上の課題であった。ただ残念な事だが魔法騎士達も使い方はともかく、原理については素人だったのであったのだが。
誰もがウルトラセブンの様に自分の武器の原理を知っている訳ではないのだ。
とは言え、彼女達も神秘の秘匿を行う必要を認めていないので趣旨を理解して賛同して貰えそうだったが、このまま行けば神秘学について理論立てて説明できないが行使出来る人間ばかり集める事になりそうである。
さて、新宿新都庁の地下駐車場の一角にあるエレベーターから地下の秘密施設、GS世界で魔神アシュタロスとの戦いで人類側の活動拠点となり活躍した、オカルトGメンの保有する最大の心霊研究施設に五人は入っていった。
魔法騎士達は美智恵に連れられて待機室へと連れられていったのだが、横島はあの時以来に入ったこの施設が懐かしくなりあちこち見て回っていたのだが、いつの間にかその足はフラフラと研究区画へと向かっていった。
この研究区画の究極の目的は現在の所、達人のみが使用出来る魔法的現象を解析し、工業レベルの再現性を持つ技術を確立する事にあるのだが・・・。
だがしかし、現在のところ、まだまだ心霊現象から超能力を始め魔法に至る神秘学については未だに分かっていない事が多い、と云うよりも何が分かっていないのかすら分からない段階にあるので、とてもではないが理論的な体系立てられた研究としては進んでいないのが実情である。
よって、大部分が混沌とした状況であったのだが、心霊現象、つまり横島の世界で云う所のオカルト学は、概念的なレベルではあったが、ある程度とはいえそれぞれの技術が体系付けられていた。
そう言う事なので少し手が空いたのか、心霊現象について研究されているらしいここら辺の一角だけは少しばかり整理されているようである。
横島が何気なく扉に書かれていた防災責任者の名前をふと見てみると、いつかの事件で関わった事のある、聞き覚えのある名前が書かれていた。
「えーっと。須狩って、あの人造兵鬼を作ってたねーちゃんの名前じゃなかったか? うーむ、白衣がエロいねーちゃんだったよなぁ」
等と記憶を反芻していると、その扉が向こうから開けられ、その本人が姿を現した。
流石に美神除霊事務所のメンツは印象深く記憶に刻まれていたらしく、一発で横島の事を認識した。
「あら? あなたGS美神の所の助手じゃない。こんな所に入って来ちゃダメじゃないの」
「おおっ、白衣がエロいっ、じゃなくて須狩さん奇遇です。こんな所で」
「こんな所で悪かったわね」
「せっかく会えたのも縁ですからボクと」
といつもの暴走セクハラパターンに走りそうになったのだが、横島の背中に突然物凄い殺気が走った。
「どうしたの?」
「いや、何かとてつもない殺気が…」
美神やオキヌの放つ嫉妬と似たような、激しい感情を感じた横島は目の前の須狩に対するセクハラ行動を思わず止めてしまった。
「ふぅ〜ん。なるほどね…ここはオカルト研究施設だし。それが霊感に引っかかったんじゃないの?」
「へっ? ヘイなるほど」
ある意味もっともな須狩の言葉に横島は思わず納得する。
それを当然と思ってか須狩は言葉を続ける。
「どいてくれない? 邪魔なんだけど。それからここら辺は警戒区画だから用事もない人間が入って来ちゃいけないんだけど? 直ぐにここから離れないと警備員が来るんだけど、いいのかしら」
「あ、へいへい。ちなみにここには何があるんスか」
「あのねぇ。前科持ちの私に、機密漏洩の罪まで被させるつもりなの? ほらサッサと行った行った」
「へ〜い」
ノタノタと去って行く横島の姿を見て須狩は溜息をついた。
「ふぅ。まぁ彼には教えられない研究が色々あるからなぁ。何を考えて彼をここに連れてきたんだか、美智恵女史も分からない人よね」
そう独り言ちると別の研究棟に用事があった彼女はレポートを小脇に抱えて廊下へと消えて行った。
須狩に戻るように云われた横島が素直に控え室に戻ると、美智恵との話し合いが済んだのだろう、光、海、風の三人が待機室へと横島より先に戻ってきていた。
「あ、話済んだんだ。どうだった?」
「横島さん。どこへいっていたんですか?」
「え、いや別に、ちょっとそこらをぶらついていただけだけど」
「いけませんわ横島さん。美神さんから『ここは重要施設だからあまり出歩いてはいけない』旨言われていますの」
「あ〜、うん。分かってる。俺もさっき別の人にそう言われたからなぁ」
「まぁ、そうなんですの? それはそれとして、私達の方は今両親の消息などの情報を調べて貰っていますの。それでですね美神さんからは分からない事があったら横島さんに質問するようにと言付かっております」
「え、俺? 隊長が?」
「はい、横島さんに」
「う〜ん。俺あんまり詳しくないんだけど。それで良ければ」
「知っている事だけで構いませんわ」
「それで良いんなら、まあ構わないけど」
「はい、横島さん質問」
「どうぞ」
「時空融合ってどんな感じだったんだ?」
「あー、俺は寝てたんで分からん。って言うか日本の場合大体夜中の内に時空融合が発生したんで大概の人が似た様なモンかな」
「ふぅん、そうなんだ」
「でも話によると、オーロラが見えたとか、凄い霧が出て周りが見えなかったとか、凄い勢いで昼と夜が繰り返された後いきなり夜中になったとか、バリーンと夜空が割れて『向こう側』から外なる神がこっち側を観察していたとか。色々聞いた事はある」
「へー、割れた空から見てたのってモコナだったりして」
「あはは、流石にそれはないわよ」
「何そのモコナって」
「あ、はい。私達が異世界セフィーロで一緒に旅した喋るウサギ耳の〜、」
「あんなの喋る白いボールで十分よ」
「海ちゃんったら」
それから更に1〜2時間が経過。
簡単なレポートを携えた美智恵が部屋に入ってきた。
「残念な知らせなんだけど…」
そう切り出した美智恵は彼女達の家族に関しての調査結果を話し始めた。
美智恵としては、魔法を使える希有な存在である彼女達の身元を調査しておきたいと云う事もあり、彼女の持つ権限を使い、急遽各方面に連絡を取って保護者の情報等から電話連絡や住所への出現を確認して貰ったのだ。
だがしかし、彼女達の家族がこの世界へ現れたという証拠は見つからなかった。
既に午後8時頃の事である。
「それじゃ、私達の両親はこの世界にはいないって事なんですか…」
「ええ、残念だけど、あなたたちの言う住所や電話番号、両親の名前、会社、その他のパーソナル情報を住民基本台帳で検索してみましたが。まだ、調査自体は行われてます、けど、取り敢えず今夜はここで休んでいなさいな。それに、異世界から帰ってきたばかりで疲れたでしょうし。食事にしましょう、久し振りに日本の料理も悪くないでしょう?」
その途端、『ぐぅうううう』と豪快に腹の虫が鳴いた。
思わず顔を赤くする少女達は顔を見合わせる。
「あ、すんません」
ヘラヘラとした声でそう言ったのは一緒に待っていた横島だった。
ここで一緒に待機していた時に備え付けの珈琲を啜ってはいたが、そこから得られる液体の体積と栄養分では腹の虫が鳴る機能を停止させる事は敵わなかったのだ。
美智恵は苦笑すると時計を見て食堂の時間を脳裏にて確認した。
「もう、仕方ないわね。一緒に食べて行きなさい横島クン」
「ゴチになります隊長」
食堂で美智恵に晩飯を奢って貰った横島は食事休みも取らずにそのまま帰宅の途に着いた。
唯一山手線の内側に線路を持つ私鉄である西武新宿線の駅から数駅ばかり行った所にある駅、そこから歩いて約一〇分に建っているのが彼の下宿しているアパートである。
相も変わらずボロであるが、時空融合後の争乱にもめげずに立ち続けるここから出て行く気はまだ起こっていない。
鍵も掛けていない玄関を空けて中にはいると、ほぼ腐海と化した室内の万年床に座り込んだ。
「疲れたー」
突然、バタンキューと倒れた横島はそのまま眠り込んでしまった。
明日も早くから美智恵に呼ばれている為もあるのだが、色々な意味で若い彼が何もせずに眠り込んでしまうほど忙しかったのも確かだ。
消耗した霊力を補充する為に魂魄機能が睡眠を要求したのであろう。
そのお陰で今夜の騒動にも対応できたのだから、ラッキーであった。
続く。