作者:アイングラッド
スーパーSF大戦
第二十三話
7/2 午前 ナデシコパート
新世紀二年七月。
SCEBAI麾下の子会社組織は多々あるが、最も重要な物のひとつにナデシコA,Bが所属するナデシコ重力制御調査株式会社が存在する。
その最重要業務としては、社名にもなっている様に確立された重力制御技術の現代科学への翻訳であり、諸外国、特に慣性制御にまで発達しているエマーン商業帝国の技術的支配を未然に防ぐという重要な国策会社でもある。
ただし、現状がそれに専念する事を許さなかった。
現在の地球を見てみると、地上界及び海中海上界に於いては様々な諸勢力が覇権を競っており、その状況は予断を許さない物である。だが、たったひとつの勢力が完全に支配している領域がある。
それは宇宙空間。
大気圏上層部から相剋界までの広大な軌道空間はインビットと云う単一勢力の圧倒的な戦力によって完全に支配されていた。
アメリカ合衆国の宇宙軍では相手にもならず、その他の国家も宇宙に戦力を保持している物は無かった。
だが、そこに唯一侵入する事の出来る存在があった。
それがナデシコ級宇宙戦艦である。
インビットは衛星軌道上に軌道上で運用出来る圧倒的な戦力、数百万機を保持している、しかし、それを構成している戦闘機体「イーガー」はビーム砲と格闘戦力を有するとは言え絶対無敵とは云えない。
真空が有する密度差を利用して無限のエネルギーを発生させる相転移エンジンを有し、それを基にした重力波砲(グラビティー・ブラスト)、空間歪曲場(ディストーション・フィールド)と言う最強クラスの矛と盾を装備し、護衛用に重力波によってエネルギーを供給するエステバリスと言う人型戦闘機を搭載しているナデシコ級宇宙戦艦は、現在の地球上では間違いなく最強クラスの宇宙戦力である。
その力を以てすれば、如何な圧倒的な戦力を保持するインビットと云えども負けはしない。
だがしかし、現在を以てしても宇宙空間を支配しているのはインビットであり、ナデシコではない。
何故か、理由は簡単で、少数精鋭たるナデシコはインビットに対して戦術的には負けない、だが、戦略的には勝てない。
少数精鋭であり、戦力の換えが効かないというナデシコがその力を維持し続けるのは至難の業で、一度失った機体は二度と補給出来ない状況にある。
よって敵に対して積極的に打って出れば、確かに勝ち続けるだろうが弾薬の補給、人員の休息を行わなければならないナデシコは戦力の逐次投入を行ってくる(軌道上戦闘では公差軌道の関係から、一度に投入出来る戦力は限られる)インビットに対して長時間戦い続けられないと云う制約を持っている。
もしも全力でそれ以上の時間を戦えば、インビットの百分の一程度は叩けるだろうが時間経過と共にナデシコの戦力が減って行くのは目に見えている。そして現在でもインビットが宇宙を支配するのに使っている戦力は一万分の一も使用していないのだ。つまり、全力戦闘は意味のない行為に他ならない。
よって現在のナデシコの戦闘時間の制約は決められており、その時間内で出来る作戦行動。つまり、人工衛星の軌道投入ミッションと宇宙空間に於ける広域精密観測任務程度の事しか出来ないのだ。
それは今回の使徒迎撃作戦に於いても同じである。
対使徒用の砲撃ユニットとしての期待も出来ようが、ナデシコのグラビティー・ブラストは強力過ぎた。
地上に向けて使用すれば、その被害は甚大であり容認出来る物ではない。
また、迎撃を受け、ナデシコを失えば日本連合の重力制御技術の発展に障害が出る事は明白であり、これも又容認出来る物ではない。
そう言う事実により、今回のナデシコのミッションは観測任務となった。
その為、ナデシコは七月二日、使徒が日本連合に侵入する前に軌道上へ待避、戦闘中はそれを観察分析する任務が充てられたのである。
無論、全迎撃作戦が失敗し、サードインパクトが発生しそうな時にはナデシコA,Bが第三新東京市に向かって全力のグラビティー・ブラストを連続して打ち下ろし、第三新東京市周辺地域五十キロ圏内の壊滅と引き替えに使徒を掃討する最終任務が課せられているのは当然の事であった。(作者注・マクロステレビ版「愛は流れる」をイメージ参照)
さて、昨晩七月一日はプロスペクター率いる総務班とウリバタケ率いる整備班が中心になってナデシコへの補給物資の搬入が行われた。
既に誘導ミサイル等はナデシコに積んでいた在庫が切れており、その規格に合わせたSCEBAI製の物を使用していた。幸いな事にナデシコ世界の工業規格もSI単位が採用された国際工業規格の発展した物が使用されており、それほど困難な事ではなかった。
勿論、約二百年にも及ぶ高度な発展を遂げた工業技術を再現するのは困難なので、同じように使用出来る、と言う代物であったが。
何しろ、惑星間航行技術とテラフォーミングすら可能にした世界の最先端技術の集大成がナデシコ級宇宙戦艦なのである。その世界でも立証中の実験的な最先端技術をこの時代の工業技術で運用するのは非常な困難があるのは当然の事だった。
それにより、その他消耗品も技術力による製品品質の壁は克服出来ずに居た為、特注品ばかりとなった事により非常にコストが掛かっている。
だが、それらは最低限必要な物である事から、日本連合の加工技術では達成出来ない製品の一部はエマーンにも発注されており防衛機密的には扱いが難しい物となっている。
エマーン側でも、日本連合の科学技術を知るのは重要な顧客情報となるので、発注を受けた製品については色々と情報を集めている様である。
そう言った訳なので、それらの積み込み作業は慎重に行われ、社長であるプロスペクターと副社長ゴート、整備部長のウリバタケが直々に立ち会い、製品の確認を行う必要があったのだ。
当然、製品の受け渡しにも入念に検査が行われているのは当然であるが。
そして当日。
この日は朝から予定が立て込んでおり、進捗の遅れは許される物ではなかった。
よって、全体ブリーフィングの一時間前になった時にナデシコB艦長である星野ルリが前以て気を利かせて行動したのは『情けは人の為ならず』と言う諺にある様に、ユリカの為と言うよりも自分の行動を考えての事であったのは仕方のない所だろうか。
大きい方のルリ、以降はルリ艦長と呼ぶが、彼女は宿舎にあるミスマルユリカの自室の扉の前に立っていた。
ルリ艦長がインターホンのボタンを押すとピンポーン♪ と云う軽妙な電子音を鳴らして応答を待つが、何の返答もなかった。
「はぁ、まだ寝てるみたいですね。仕方がないので。ポチッと」
ルリ艦長が手元のオールセットキーを部屋のカードキーリーダーに読み込ませると、普通に扉は開いた。
「お邪魔しますねー。もしもーし。ユリカさーん? もしかしなくても寝てますねー」
そう言いながらルリ艦長はズカズカとユリカの部屋に入り込んだ。
「・・・やっぱり・・・」
部屋のベッドには幸せそうな顔をしたユリカがネグリジェ姿で熟睡していた。
別に変な趣味はないルリはさっさと起こすべく、スヤスヤ眠るユリカの耳元で囁いた。
「艦長、かんちょ〜、遅刻してしまいますよ〜」
「うーん、分かってる〜、そんなに食べられないってぇアキトォ♪」
「………ムカ」
自分の思い人との幸せそうな夢を貪っているユリカにむかっ腹を立てたルリが、少し意地悪な気分になったのは仕方のない事だろう。
それは回り回って自分の身に災いとなって降りかかる事になるのだが、『情けは人のためならず』と云うのも『木乃伊取りが木乃伊に〜』と云うのも、実は正負の違いはあれども似た様な物であるという事なのだろうか。
ルリ艦長は無言でユリカの鼻と口を、両手を使って塞いだ。
しばらくは何の反応もなかったが、少し経つと寝苦しくなったユリカは手足をバタつかせ始めた。
どうやら溺れている夢を見ている様である。
立て続けで悪いのだが、『因果応報』と云う言葉がある。
ルリ艦長としては目を覚ましたユリカに「悪い夢でも見たのですか?」と云って流すつもりであったのだが、その報いを受ける事になった。
『溺れる者は藁をもつかむ』と云うのは追い込まれた者が手近な物に縋り付く様子を諺にしたものだが、ユリカも伸ばした手に触れた物を引き寄せる行動を起こした。
つまり、ルリ艦長の後頭部を掴むと思いっきり引き寄せたのである。
すると最近出没したと噂のある巨乳ハンターのターゲットナンバーツーと噂される豊満な乳にルリは顔面を塞がれた。
(因みにナンバーワンはハルカ・ミナト操舵手である。イネス・フレサンジュ? そんな恐ろしい事!)
しかも、その柔軟な構造は完全にルリの顔面に密着した為、ルリの呼吸も塞がれてしまう。
何とか押し戻そうとするも、無意識の行動である為に非常な強力で、いわば火事場のクソ力であり、ルリにはとても振り解ける物ではなかった。
更に悪い事に、ユリカの鼻と口を塞いでいた手がルリの額によって押さえられ、動かせないのだ。ユリカを解放して意識を取り戻させる事すら出来なかったのである。
よって、そのまま暫くもがいていた二人だが、ほぼ同時に意識のブレーカーが落ちてしまった。
後に、ユリカを襲った巨乳ハンターの正体が誰であったかは・・・云わぬが華と言う物であろう。
さて、仲良くベッドに沈没した二人が目を覚ましたのはそれから三十分近くが過ぎてからだった。
ダダダダダッッと足音を立てて廊下を走っているのは、当然の事ながら遅刻寸前のユリカとルリである。
ユリカは半泣きになりながらルリ艦長に文句を付けた。
「ルリちゃんどうしてもっと早く起こしてくれないのぉ〜」
「起こしましたよ」
「へーん、これじゃ折角アキトが愛する私の為に作ってくれた朝ご飯抜きだしぃ〜。ルリちゃんだって」
「あ、私は先に頂きましたので、悪しからず」
「えっ・・・・・・ルリちゃんの裏切り者ぉっ!」
「自業自得ですね」
とか何とか言い合いながら彼女たちは駐車場で車を磨いていたエステバリス・ライダーのスバル リョウコを発見。
艦長権限を振りかざし、リョウコにSCEBAI中央棟へ自動車を走らさせた。
ナデシコの繋留ポイントは倉庫街に近く、中央棟のある場所から離れている為、自動車に乗って移動しても少しばかり時間が掛かる。まさにギリギリだった。
ここから目的地までは滑走路の脇を走り、駐機場を突っ切ると言うほぼ一直線が最短距離であったが、それでもだ。
その為にユリカはリョウコに泣きを入れて急ぐ様に頼んだ。
「へーん、リョウコちゃん。遅刻しそうなの、超特急でお願いーっ」
それを聞いたリョウコの目が輝いた。
「おっ、艦長命令か? 艦長命令じゃ仕方ないな。こんな事も有ろうかとウリバタケに付けて貰った『ウルトラスーパーチャージャーターボニトロブースターエンジン』の出番だなっ!!」
「へっ!?」
その物騒な、しかもウリバタケ製のバリバリに強化された怪しげな装置の名前を聞いて二人は顔色を蒼白にした。
「よっしゃあっ! ふたりともシートベルトを忘れんなよぉ? 『ウルトラスーパーチャージャーターボニトロブースターエンジン』、スイッチオンッッ」
カチッと音を立てて、トグルスイッチが入れられた。
途端にボンネットから変な機械が迫り出し、轟音が発生。衝撃と共に物凄い加速が掛かった。
それがどれ位かというと、隣の滑走路を離陸しようとしている戦術偵察機RF−15Jをゴボウ抜きにしている事からも想像出来るであろう。と言うか、タイヤによる加速でどうやって離陸スピードに達しているジェット戦闘機に勝てるというのか、想像だに出来ない。
「キャッホーィッッ!!」
リョウコは歓声を上げているが、取り敢えずユリカとルリはあっさりと意識を手放した。
<七月二日午前の部、終了>