作者: アイングラッド

スーパーSF大戦
第23話
7/3 午前3時20分


03時20分
「ふむ、またもやコヤツの出番があろうとはな」
 現代中華共同体に於いてはマイナーな存在となった、仏教(現在は道教の影響が強く、少林寺等の少数の寺院が残っているに過ぎない)の修行僧が身を包む僧衣(小僧=一休さんの格好を思い出して貰いたい)を着た禿頭の小柄な男がプラネタリウムの様な機械の台を撫でながら、そう言葉を零した。
 彼の名は一清道人。
 国際警察機構のエキスパートである。
 時空融合前に発生し、地球に甚大な被害をもたらしたBF団の地球静止作戦に於いて、彼、一清道人も激しい戦いの中に身を投じた。
 そこで実施された上海大油田・電磁ネットワイヤー作戦にて、大怪球「フランケン・フォン・フォーグラー」を大気圏外へと放り出そうとしたのがこの電磁網発生装置であった。
 彼の時代に於いてすらシズマドライブ以前の旧式兵器であったこれを守る為に沢山のエキスパート達が上海の戦地に消えた。
 そう思うと、感慨深い物がある。
 その彼の視線の先には、青く澄んだ双四角錐の第五使徒の姿があった。
 黒い球体の真ん中に目が存在した大怪球とは異なる姿をしている第五使徒だが、その迫力は大怪球に劣る物ではなく、寧ろ神秘学的な能力を有するだけ有って、一清道人にプレッシャーを与え続けていた。
 彼は焦る気持ちを抑えつつ、使徒が予定位置へと移動してゆく事を確認する。
 現在この電磁ネットワイヤー作戦には彼の他にも国際警察機構のエキスパート達が参加しているが、九大天王や名持ちのエキスパート達は参加していない。
 それをサポートすべく自衛官達が偽装を施した陣地に待機し、使徒の動きを固唾を呑んで見守っている。
 その所為もあって、現在の第三新東京市の様子は静けさを保ち、そこに潜んでいる戦力を完全に隠蔽していた。
 第三新東京市は元の地名が箱根という事は有名であるが、再開発の中心地は芦ノ湖の北岸の桃源台から仙石原が中心となったので東西南岸は箱根時代と大して変わらない森林と観光地然とした町並みが並んでいる。
 すでに運行は停止しているが、海賊船も双胴船も桟橋に停泊している中、自衛隊唯一の水軍である前ド級戦艦を改造した薩摩型水上自航砲(自衛隊編入前は前ド級戦艦)のネームシップ「薩摩」が芦ノ湖中部西岸の百貫ノ鼻で警戒をしていた。
※大英帝国で建艦された近代的な戦艦「ドレッドノート」を基準として、それ以前の設計思想に基づく旧式戦艦の事をそう呼ぶ。「超弩級の〜」等に使われる弩はドレッドノートのドである。ちなみに若者言葉として知られる「超〜」は実は海軍用語だった訳です※

 だが、迎撃はあくまでも計画通り行う事が厳命されていたので監視以上の事はしていない。
 余談だが、この「薩摩」水上自航砲、何かと注目を集める第三新東京市で想定される武装テロリストとの防衛戦闘の際に重要な阻止火線のひとつに数えられている。
 他には強羅から早雲山のケーブルカーと早雲山から桃源台に渡るロープウェイのゴンドラを使用した強羅絶対防衛線があるが、基本的に敵勢力は水上戦力を有していない事が想定出来る為に比較的安全な芦ノ湖湖上の位置から14インチ砲4連装2基と云う強力な火砲による火力を提供する移動砲台として日々仮想敵勢力に睨みを効かせていた。
 だがしかし、それとは別な面で有名になりつつあったのだ。
 芦ノ湖と言えば南北に細長く湖岸が森林に覆われている為に観光をする際には遊覧船を使用するのが定番である。
 そして、現在芦ノ湖を遊覧する二つの観光船会社が激しくしのぎを削っているが、その片方である芦ノ湖観光船の海賊船、外輪船は他に類を見ない程外観、内装共に凝った作りになっている。
 何しろ四〇分程度の観光船に特別料金が必要な一等船室まで設けられているのだ。
 それらの観光船に勝るとも劣らない外観を有する前ド級戦艦が目立たない訳がない。
 乗船する事こそ適わないが、現在では海賊船や外輪船並ぶ船の「戦艦」として人気者である。

 閑話休題。
 さて、鏡の様に静かな湖面の上を第五使徒は北上して行く。
 それを監視する薩摩はディーゼル/バッテリー併用駆動でスクリューもタグボートの様に三六〇度自在に回転する電動スクリューの為にほぼ無音で監視任務に就いていた。
 それはほぼ真東へ4キロの地点にある二子山の地球防衛軍極東基地ウルトラ警備隊に於いても同様で、高度を利用した監視位置から息を殺して情報を収集中である。
 その他にも原生林に設置された観測機器が続々と情報を集め、本部へと送られ、情報を整理し、現場部隊へと送られていた。
 両側を外輪山と中央山に挟まれた芦ノ湖は縦に長細いが、距離的には琵琶湖程広くないのであっという間に北岸の湖尻へと到達する。
 既に関係者以外存在しない第三新東京市には人気が途絶えていた。
 その無人の野の如き街中を、滑る様に第五使徒は移動して行く。
 第三新東京市中央区の第五交差点にて、不意に第五使徒は停止した。
 そここそエヴァンゲリオンに記録された、ヤシマ作戦の使徒停止ポイントと一致していた。
 その為、事前に確認したセントラルドグマの測量位置と一致していた事から使徒の目的がアダムにある事を裏付ける結果となった。
 使徒は下部の頂点を開くと、レーザー掘削シールドを伸ばし始めた。
 これは機械式の掘削シールドよりも遙かに早く地面を掘り進める事の出来るレーザー式の掘削ヘッドが付いている柱状の触手である。
 これが接地してしまうと地面に固定されてしまうので、それ以前のタイミングで仕掛ける必要があった。
「良しっ! 今だっ。電磁ネットワイヤー作戦開始っ!!」
 一清道人が声を張り上げると、使徒の周囲に待機していた電磁網発生装置が一斉に起動した。
 電磁反応が大気をイオン化する鈍い音と共に目映い光が使徒へと伸びて行く。
 十数本の光条が使徒を取り囲み、強力な電磁網によって使徒を包み込んだ。
 雷の様なマスクメロンの表面の様な、白い電磁網は使徒の身体を完全に包み込むと一清が命令を下した。
「捕らえたっ! 勝機は我にあり。では、最後の仕上げだ。焦点の仰角を同調して上げよ。使徒を宇宙へ放り出すのだ」
 当然、宇宙へと放り出しただけではATフィールドによって再突入して来てしまうので、熱圏の上層にて大量に熱量を放出する非核兵器の飽和攻撃によって葬り去ろうという作戦だった。
 これならば少しは地球に与える影響が少ない。(とは云え、相剋界の内部の話なので保有する熱量自体は変わらない)
 使徒を完全に包囲した電磁網は少しの溜めの後、一気に上昇し空の彼方へと消えた。
 使徒をその場に残して。
 暫しの間、戦場に静寂が訪れたが、一清道人の言葉が静寂を破る。
「何故だ…」
 何故ならば、確かに電磁網はATフィールドと接触していた。
 だが、ATフィールド=絶対領域と呼ばれる様に、ATフィールドは内部と外部を隔絶させる場であり、ATフィールドを破壊するだけのエネルギー量を以てしなければ外部から内部に働きかける事は出来ない。
 よって、ATフィールド自体に接触していたとしても、使徒本体に干渉していた訳ではないので使徒はその場に留まったのである。
 攻撃側の人間が呆然としていた間も使徒は自らの活動を停止した訳ではなかった。
『使徒外周にエネルギー反応っ!』
 後方の本部オペレーターから絶叫の様な報告が届く。
「いかんっ! 総員退避っ! 」
 一清が命令を下すと、国際警察機構のエキスパート達は近くにいた自衛隊員達を脇に抱えて一斉に跳躍、その場から一〇メートルを超えるジャンプを繰り返し、跳ぶ様に逃げ出した。
 だが、使徒の攻撃は強力であり、その素早い退避でも逃げ切れるかどうかの瀬戸際だったのだ。
 しかし、その場に踏みとどまった者がいた。
 一清道人である。
 彼は手に持った短刀で自らの血管を切り裂き、噴出した血を無数の勅令符と共にバラ撒いた。
「急々如律令ッ! 今こそ欲する我が正義っ! たりゃあっっ!!」
 彼の裂帛の気合いと共に伸びた血潮と混然となった符は空中で渦を巻き、その長い姿を一〇〇メートルを超える巨大な白蛇へと変化させた。
 白蛇は目の前に聳える使徒に牙を剥くと、空中に浮遊する使徒の身体に絡み付けてギュウと締め付ける。
 その膂力は駆逐艦位ならねじ切ってしまう程強力であったが、使徒も展開したATフィールドにてそれに対抗した。
 激しい力と力の攻防が続いたが、一瞬オレンジ色のATフィールドが大きく歪む。
「むぅ、何という強靱な障壁だ。これでは早々持たぬか」
 仙道の修行を極めつつある一清道人であったが、BF団の十傑衆程の実力を有さぬ彼は使徒に有効な一撃を与える事は出来なかった。
 しばらくの間、ATフィールドに圧力を掛けていた白蛇は、内部から放出された荷電粒子砲の直撃を受け、周囲のビル群と共に消し飛ばされる。
 直後、その一帯が爆煙に包み込まれ、全く見通しが利かなくなった。
 轟々とビルの崩壊する音が続いたが、暫くすると徐々に落ち着きを見せ始める。
 そして数分後に爆煙が消えると、更地となったそこに一清の姿は見えなくなっていた。





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