作者: アイングラッド
午前三時〇〇分
使徒は伊豆大島から相模湾を横断し熱海上空へと移動してきた。
民間人が避難した熱海の町からは警官隊と自衛官が緊張した顔つきで上空を見ていた。
無闇にサーチライトで照らすと無用の刺激を与える事となるため、町の建物から明かりが消えている中、街灯のボーっとした白い光が暗い夜空に浮かぶラミエルを浮かび上がらせている。
不意にラミエルの動きが止まった。
この地にはラミエルの気を引くような存在は確認されていなかったが、ラミエルを注視していた者達は激しく緊張した。
もしもこの場に攻撃があれば町ごと激しい破壊を受けるのは確実だからだ。
だが、ラミエルは飛行進路を旧箱根、箱根の外輪山に囲まれた第三新東京市へと変針すると何事も無かったかのように動き出した。
それを見守っていたものたちは正直ホッとしたが、その先に待つ防衛線に参加している仲間を思うと心が締め付けられる気がした。
〇三時一五分
第5使徒ラミエルは四角錐を二つ合わせた様な特徴的な姿かたちをした使徒である。
どう見ても無機質の物体にしか見えないのだが、人間の遺伝子情報と99パーセントまで共通した情報体を持つ別の可能性の人類だという。
そしてそれはエヴァンゲリオンも同じだった。
よってこれもまた、いままで歴史上で行われてきた人類同士のくだらない戦争の別の形態でしかないのかもしれない。
シンジ、アスカ、レイ達のエヴァンゲリオン3機とノリコとカズミの乗ったマイクロ・ガンバスターは地面に伏せ、その上から迷彩カムフラージュネットを被り、付近の森林に偽装していた。
実際の所、使徒の何処に目(センサー)があるのか無いのかも分からないので、この偽装が効果あるのか不明である。
だが、今まで集められたデーターから『攻撃を仕掛けてきた』相手にのみ反撃する事実が知られていた。
よって彼らは相手が所定の位置に停止するのをカムフラージュネットの下からジッと待ち伏せしていたのだ。
地獄のような静けさと緊張感の中、遂にラミエルは姿を現した。
『使徒接近中、出現方向、十国峠方面』
有線で結ばれた本部からの通信が入った。
旧世界のラミエルは強羅方面から現れたので予定通りに行かないのではないかと言う懸念も有った、確かに新世紀に最初に現れた擬似ラミエルは東京方面へ向かうと言うまったく想定外のことをしている。
しかし、使徒の行動原理からすれば地下に黒い月が存在すると云う点から、この第三新東京市へ侵攻してくるのが最も自然な事であった為、ジオフロントへ向けてボーリングを開始するのも予定地点である可能性が最も高かったのだ。
空中を浮遊している第5使徒ラミエルの動きは決して早くない。
熱気球と比べられるほどの低速である、が実際は音速を超える事が出来るのは知られている。
そのラミエルの姿は外輪山の峰から少しずつ顕になってくる。
この瞬間、迎撃陣の緊張感は頂点に達した。
もしもラミエルの敵性体認識の識別原理が、自らに攻撃を仕掛けてきた相手を障害として認識する消極的な対応をするタイプではなく、自らに攻撃を仕掛けてくる可能性がある存在全てに対して障害として認めて攻撃するタイプならば、今現在のこの瞬間が最も危険な瞬間だからだ。
幸いにして、峠の頂からラミエルの姿が完全に見える段になってもエヴァンゲリオンとマイクロガンバスターに対する攻撃は無かった。
だが、攻撃は確かに行われたのだ。
『使徒外周部に高エネルギー反応っ! 過電粒子砲の可能性、大っ!』
本部の分析センターが各地に潜んでいる観測班からのデーターを基に使徒の攻撃開始を告げた。
こうなるとスピード勝負である。使徒の攻撃が先か、ATフィールドの展開が先か。
エヴァンゲリオンチルドレン達は陣地に待機しているエヴァンゲリオンとマイクロ・ガンバスターに被さっている迷彩カムフラージュネットを跳ね除けようとした瞬間、その本部から制止が入った。
『待てぇいっ! この攻撃はこちらに向けた物ではないっ! 動くなっ』
本部にてこの作戦の指揮を取っているオオタ中佐が怒声を上げた。
「どうしてそんな事が言えるのよっ!!」
今にも自分たちが荷電粒子の灼熱に灼かれるのではないかと気が気ではないアスカはすぐにでも動こうとオオタに怒鳴り返した。
オオタ中佐は冷静にアスカへと疑問の答えを返した。
『荷電粒子の先触れが北東に出ている。間違いなく首都圏へ向けた攻撃だ』
つまり、彼らに対する攻撃はまずないだろうと言う客観的事実があったわけだが、それはつまり、自分たち以外がラミエルの過電粒子砲の攻撃を受けると言う事だった。
攻撃のチャンスを掴むためとは云え、他の犠牲を見過ごすやり方にシンジは反発を覚えた。
ここで自分が頑張れば犠牲が少なく済むのだから。
「だったら止めなきゃ」
『自惚れるなぁっ! お前たちがぁ、今しなければならない事は使徒を倒す事だ。今出れば、予定しているフォーメイションが取れん。作戦通りに使徒を倒す事、今はそれだけを考えていれば良い…』
「しかしそれじゃ、攻撃を受けた人がっ! 僕たちなら止められるのに」
『自惚れるなと言っているっ! 責任は私が取る。お前たちは使徒殲滅だけを考えていればいい。分かったな』
「…ハイ…」
オオタの激しい口調とその裏に滲み出た苦渋の決断、その迫力にシンジは圧倒された。
その瞬間、箱根の山々は白熱光で真っ白に照らし出された。
使途の外周部から発せられた超高出力の荷電粒子ビームは空気を抉り、強烈な発光と共に首都圏へと突き進んだ。
結果、首都上空を飛行中の航空機に命中、機体を四散させて残骸と破片は池袋周辺に落下して行った。
第1段階へと進む。