作者:アイングラッド


 新世紀二年七月二日午前

S−01 太平洋上

 南極洋から台風並みの速度で、フラつきながらもほぼ一直線に日本連合を目指している第五使徒の監視は洋上任務の為に当然の事ながら海上自衛隊が担当している。
 幸いな事にその移動速度が船舶速度の範疇内であった為にチェイサー役は海上自衛隊護衛艦隊の中でも俊足の巡洋艦が交番制で担当していた。
 ターゲットの現在位置は日本近海。
 自衛隊の航空戦力が活躍出来るエリアの最前線、硫黄島からカヴァー出来る範囲内に入っている。
 その為に払暁を迎える1時間前から監視任務は重武装した護衛艦から改装前の旧式空母より発艦したUAV、無人偵察機に引き継がれた。
 これは第五使徒が攻撃兵装に反応して攻撃を開始する、と云うデーターが残っていた為に、重武装を施した巡洋護衛艦よりも非武装のゼロ戦改装型無人偵察機の方が与える刺激が少なかろうという判断基づかれている。
 現在までの所、使徒から二〇キロ離れた周辺空域を旋回監視中で、精密解析画像からデーターベースが本部で作られている所である。

S−02 習志野駐屯基地

 午前六時、七月ともなれば既に明るい空が広がっており出勤前のジョギングパーソンの姿もチラホラと見える風景の中を一人の若い女性が歩いていた。
 ここいら辺では珍しい太正風の服装で、振り袖・袴にブーツ姿をしている。
 彼女は習志野駐屯基地の門を警備している歩哨と挨拶を交わすと迷わず中へ入っていった。
 その様子から見て彼女もこの基地内で勤務する基地要員の様に思われる。
 一見するとWACの様には見えないが、その正体は後に分かる。

 さて、習志野駐屯基地で有名なのが落下傘によって敵の後方へ降下し撹乱を行う危険な任務エアボーンを主とする第一空挺部隊である。

 その任務内容もさることながら通常訓練からしてとんでも無い激務であり、時空融合以前の実戦を経験していない時代には、一般隊員からは畏怖の念を以て「本物の軍隊」と呼ばれることすらあった程なのだ。

 彼らは陸上自衛隊の中でも選りすぐりの猛者を取り揃え、猛訓練に猛訓練を重ねた精兵達の様子はそれこそ常軌を逸した様にしか見えなかったと言われている。
 時空融合後はそれに空挺レイバー部隊も加わり、降下後の火力も空挺部隊としては破格な物となっている。
 この習志野駐屯基地は彼らベース基地である事が最も有名なのは確かであるが、それ以外の部隊も存在する。
 その中でも変わっているのが戦時下での戦場に隣接若しくは戦火の下での鉄道輸送任務を旨とする第一鉄道部隊だ。
 元々日本の鉄道部隊は踏破性能の高い輸送車両を開発出来なかった日本陸軍が、勢力圏内では比較的安定して大量輸送を行える鉄道車輌を重視し、占領地に軽便鉄道を敷設し使用した事を発端に発達した部隊で、後には敵方の鉄道を日本用鉄道車輛が使用出来る様に狭軌幅に改軌し運用したのが旧軍での始まりである。
 当然の事ながら鉄道は二本のレールによるデリケートな物である為、それらの保守、敵の破壊工作からの防護、破壊された鉄路の迅速な再生が求められ、効率的な訓練によって旧軍では日露戦争でのシベリア派兵、日中戦争での派兵と活躍してきた。残念ながら太平洋戦争での南方戦線や島嶼戦線での活躍の場は存在しなかったが、タイの鉄道の一部として現在もその姿を残している。
 戦後、大陸での行動を考慮する必要が無くなった自衛隊では当然の事ながら鉄道部隊は創設される事がなかったが、国鉄でのストライキが常軌を逸しだした時期に一時的に発足している。
 その主目的は鉄道輸送がストライキによってストップした時に代理輸送を行う物であったが、実際は新潟での大雪被害、大地震復興任務に出動した程度で部隊解散を迎えている。
 さて、現時点でのその存在意義が問われる鉄道部隊であるが、現在の日本連合では原発テロを行ったテロ集団が常磐線での破壊工作を行った際に旧鉄道部隊出身者を中心とした臨時部隊が編成され、地雷の除去、破壊された箇所の復興任務に有効であった事、敵の大規模武装テロ時に民間鉄道員に負担を掛ける事を避け、避難民の公共機関の使用を確保する為、以上の事から自衛隊の第一施設部隊を中核として旧軍の鉄道部隊出身者やドイツ軍鉄道部隊員を集めて機械化、現在では極めて高い作戦遂行能力を得るに至った。
 もっとも、攻撃力という点では無く、飽くまでも工兵的な能力である。
 さて、その第一鉄道部隊は現在作戦予定地である第三新東京市、つまり旧箱根の周辺に事前集積物資の移送と戦場での作戦要員の輸送準備の為に動いていた。
 戦場下に於いては送電施設の使用が出来ない場合や元々非電化路線の場合もある事から機関車による牽引が中心である。
 現在所属している機関車は、九六〇〇式蒸気機関車、DE五〇型ディーゼル機関車、DF五一型ディーゼル機関車が存在する。
 九六〇〇式は中型の汎用性が高い蒸気機関車で、全国で使用された名機である。流石にそのままでの使用は難しいので、現在のボイラー技術や神崎重工の高性能蒸気機関車を参考にボイラーやピストン機関の改良を行っている。
 またDE五〇型は一機のみが試作された五軸、2000ps.の大馬力流体変速機を用いたディーゼル機関車で、大量に生産された流体変速機式のDD51よりも強化された出力を有する。
 DF五一型はDE五〇型に使用されたディーゼルエンジンを二基積んだ六軸の高出力機で、現実世界では計画のみで終わってしまった幻のディーゼル機関車である。
 扇形倉庫式の整備庫では、それら機関車が始動準備を進めており、それぞれに運転要員と整備員がチェックリストを片手に最終点検を行っていた。
 元々頑丈なでタフな機関車らであるが、戦場という極限空間で使用される為、入念な整備は欠かせなかった。

S−03 首相官邸

 加治首相を始めとする政府首脳は徹夜で自衛隊の第一迎撃作戦が始まるのを待ち受けていた。
 これは威力偵察を兼ねた物で、これによって使徒が撃退出来ると考えられてはいないが、後に行われる第三新東京市直上決戦での戦力参考にこれらのデーターが使われる為、重要な作戦と位置づけられている。
 相手は全生命体の敵、使徒。
 時空融合の直後は、ただ単に強力な謎の敵対勢力である、と考えられていたが、その正体が第三新東京市地下のネルフ本部遺跡のMAGIから得られた情報によって人類存続に最も危険な存在である事が確認されて以来、最優先で殲滅すべき目標であると定められていた。
 コレの跳梁を許すと、下手をすれば地球は使徒ただ一体の生命体だけが存在し他の生命は微生物でさえも存在出来ない死の惑星と化す可能性が高いのだ。
 よって日本連合の持つ自衛隊の全戦力を有効に使用すべく、前日から自衛隊及び政府首脳は活発に迎撃準備を行っていたのだ。

S−04 早乙女研究所

 首都圏に対する警戒態勢は特機自衛隊にも発令されていた。
 だが、今以て特機自衛隊という集団が存在している訳ではない。
 現在、富士演習場とSCEBAIに於いて量産型グレートマジンガーの配備と訓練が行われているが、陸自配備の量産型の小型人型戦闘機である軍事用レイバーやパワーローダーなどの純軍事用に作成された機体と違い、実験的要素を含んだ機体である特機つまりスーパーロボットの特殊性から、それぞれの研究所にて機体の実験と改修が続けられているのが現状だ。
 よって実戦の際にはそれぞれの研究所に連絡して出動する事になる。
 ここ早乙女研究所でも出動準備が進められていた。
 前回、機体の分解整備に入っていたゲッターGはお台場での事件に関わる事が出来なかった。
 もしも立て続けに出動不能ともなればゲッターに対する信頼度の低下を招き、メインの研究テーマであるゲッター線の研究にまで影響が出てくる可能性がある。
 そうならない為にも、事が始まる前に出撃準備を万全にしておく必要がある。よって早乙女博士は徹夜で整備作業を監修していた。
「お父さま、ライガーのゲッター線放射装置の整備、終了しました」
「うむ。こちらももうすぐ終わる。ふぅ、この歳になると徹夜は堪えるのぅ」
「あら、そんな事云って。そう言えばこの前の定期検診で肥満度が危険値に達してましたわ。カロリー制限をしなくちゃお父さまの健康に、」
「むむ、大丈夫じゃっ、自分の身体の事ぐらい自分で把握しとる。いちいち口をださんでも問題ないわい」
「もう、本当に自分の事になるといい加減でズボラなんだから」
「分かった分かった、母親に似て口うるさいのぅ」
「何か言いまして?」
「いや、もうすぐこちらも終わるぞ。お前は向こうに行ってなさい」
「……分かりましたわ」
 ジロリと父親である早乙女博士を睨んだ早乙女ミチルは、チェックリストを挟んだバインダーを片手に制御室へと向かった。
 その後ろ姿を見ながら早乙女博士は嘆息する。
「ヤレヤレ、母親がいないというのに、どうしてあそこまで似たのやら。…血筋だろうかのぅ」

 S−05 江東学園女子寮

 朝七時、タカヤノリコの目覚めは良い方である。少なくとも冬木市の「あかいあくま」の様な絶望的な低血圧ではないのでパチッと目が覚めると直ぐにベッドから起き出した。
 本日は第三新東京市に於ける第二ヤシマ作戦が行われるが、その作戦に於いて二人は作戦の要となるマイクロガンバスターのメインパイロットを務める予定なのだ。
 責任感による重圧の掛かる任務だが、結構本番に強いノリコは特に強すぎる気負いを負う訳でもなく普段通り眼を醒ました。
「ふ…ぅわぁあぁあぁあぁあぁっ、フゥ…よく寝た……っよしっ! 起きたゾ」
 そう言うと彼女はノーブラランニングシャツと云うラフ過ぎる格好から学校の制服に着替えて食堂へ向かった。
 既に食堂には結構な数の女子生徒達が姿を見せていた。
 ノリコは注文のスタミナランチAセットを受け取ると、そこでキョロキョロと辺りを見渡す。
 すると食堂の真ん中あたりの席でヘルシー朝食セットを行儀良く食べているアマノカズミを発見、そそくさとアマノの席へと移動した。
「お姉さまおはようございます、ここ良いですか?」
「おはよう、ノリコ。ええ、良くってよ」
「えへへー、朝からお姉さまに会えてラッキー、みたいな?」
 その九十年代っぽいノリコの口調が気になったのか、少し眉を顰めたアマノであったがノリコのトレイに載っているスタミナランチセットを見て少し呆れた。
「ノリコ、貴女朝からそんなに食べるの?」
「えへへ。朝食はキチンと取らないとお昼まで持たないんですよ〜」
「…太らない?」
「バッチリですよ〜。その分動いてますから、何しろわたしは身体を動かす事の方が得意ですしアハハ」
「そう…良かったわね」
「ハイ、昔から健康優良児でしたから。それで、お姉さまは今日のトレーニングは」
「朝練ならもう済ませてきたわ」
「へー、お早いんですねぇ。でもこんな大事な日にまで」
「それは違うわノリコ。寧ろこういう時だからこそいつもと同じメニューを行う事が大事なの」
「流石お姉さま、そこに痺れる憧れるぅうう♪」  
 アマノのその言葉に感銘したのか、ノリコはとある定番のマンガに出てきた台詞とポーズを取ってアマノを賞賛する。だが、それらの言葉は特定の人にしか通用しないのだ。
「ねぇノリコ。貴女、事ある毎にその科白を口にしているみたいだけど…それ、何かの宗教?」
「え? あはははは、違いますよぅ。これはWJの」
「ダブルジェイ?」
「えっと、まぁ、ウィークリージャンプの略でして」
「跳躍週間? 体力強化週間の標語とか」
「いえ、週刊ジャンプですぅ」
「ああ、劇画ね。私はそう云う物は読んでみた事無いから」
「そうなんですか? だったら是非一度」  
 それは仲間を増やそうとする本能なのだろうか、ノリコはアマノにジャンプ系マンガのどれから紹介すればアマノをこちらの世界に引き込めるかを算段した。
 ギャグ系はダメ、マンガを劇画とか云う人には無理。やはり数多くのお姉さま方が転がり続けてきた耽美系格闘物に馴らしてから同人の世界を…ソレダ! とか何とか考えたらしいのだが。
「遠慮しておくわ」  
 アマノはつれなくそれを断った。
「ええーっ?! そうですか、しょぼーん」  
 ノリコはガックシと落ち込んだ、するとそれを見ていたアマノは微笑む。
「ふふ…」
「ふぇ? 何か変ですかワタシ」
「ちょっとね」
「ガーン、お姉さまに変な子と思われちゃった、大ショックゥ」  
 アマノのその言葉を聞いたノリコは頭を抱えて落ち込んだ。 その内、『燃え尽きちまったぜ、真っ白にな』とか言い出しそうな感じである。
「もっと緊張でガチガチになっていてもおかしくないのに、随分と感情豊かだなってね。リラックスしているのなら、それに越した事はないわ。戦いの場に於いて過度の緊張は邪魔になるわ、一番大事なのはメンタル面の調整だもの。貴女は良くやっているわって思ってね」
「え? えへへー、任せて下さいよ。そう言った事なら大得意ですから」
「頼もしいわね」
「ハイ、お姉さま。あ」
「どうしたの?」  
 唐突に『あ』とか言って何かに気付いたノリコにアマノは問い掛けた。
「アスカちゃん達来たので」
「あら、だったら一緒に呼んだら?」
「そうですね。それじゃ、おーい、アスカちゃーん。此処ココォ!」  
 そう言いながらノリコは立ち上がって手を振り出した。  
 少なくない人数がいるこの場でのその振る舞いは、朝っぱらのテンション低めの人間が多いこの場に於いて明らかに異彩を放っていた。  
 アマノは恥ずかしげに他人の振りをしていたし、呼びかけられたアスカ達三人も気付かない振りをして離れた所に行こうとしたのだが、気付かずに違う場所に向かいだしたアスカを見て慌てたノリコが『金髪の』とか『紅い髪飾りの』とか極めて目立つ容姿を描写しだしたので諦めて近寄ってきた。
「おはよおノリコ」
「おはよーアスカちゃん、レイちゃん、マナちゃん♪」  
 朝っぱらから恥ずかしい真似してんじゃないわよ、とばかりに顔を引きつらせて挨拶するアスカに対して、ノリコは脳天気に挨拶を交わした。  
 それを見て苦笑するマナとアマノ。  
 彼女たちも持っていたトレイをテーブルに並べてそこに座った。  
 ちょっとした文句でも言ってやろうかとアスカは考えた、だが。
「おはようございます、皆さん」  
 そこへ如何にも良い所のお嬢様然とした感じでアマノが挨拶したので、慌てて挨拶を返す。  
 それで会話の主導権がアマノ達に移った訳だが。
「ねぇアスカちゃん、今日の作戦の事なんだけど」  
 と、ノリコが公衆の面前で軍事作戦の事を喋り出したのでアマノ、アスカ、マナは緊張の色を隠せなかった。レイも表面的には平然としていたが、冷ややかな目でノリコを睨む。
ヒソヒソ「バカッ! こんな所で軍事機密を喋り出さないで」ヒソヒソ
ヒソヒソ「あっ、ゴメーン」ヒソヒソ
ヒソヒソ「無様ね」ヒソヒソ
ヒソヒソ「うう、レイちゃんにまで怒られたぁ」ヒソヒソ
ヒソヒソ「私たちがエヴァーのパイロットってのは絶対的な秘密じゃないけど、TPOってものが有るでしょう。私たちのスケジュールが分かっただけでどんな影響が出るか、それにここには一般人のマナだっているのに」ヒソヒソ
ヒソヒソ「そうでした…オルズ」ヒソヒソ
ヒソヒソ「orzって口で言うと間抜けね」ヒソヒソ
ヒソヒソ「ま、ワタシは個人的にアスカ達を守りたいって思ってるけど…アスカとレイ、シンジ君があのロボットのパイロットってのも噂で知ってるしね」ヒソヒソ
ヒソヒソ「へー、一応秘密になってるのに、よく知ってたわね、その事を。…じゃあ、私たちに何かあったら助けてくれるってのマナ」ヒソヒソ
ヒソヒソ「モチロン、特にシンジ君とかは重点的に守ってあげたいし」ヒソヒソ
ヒソヒソ「ムッ」ヒソヒソ

「ねぇアスカさん?」
「え? あ、なにカズミ」
「そんなに背中を丸めてヒソヒソ話してると却って目立つんだけど。良いの?」
「え?」  
 アスカは思わず頭を周囲へ回す、すると彼女達の事を興味深げに見詰める人間がチラホラと確認出来た。
「あ、そうね。ついつい」  
 アマノの指摘を確認したアスカは、テヘヘと言って頭を掻いた。

 S−06 硫黄島近海

 第五使徒は一見、のんびりとした様子で航空機としてはゆっくりとしたスピードで北へ進んでいる。
 ほとんど台風並みの低速なので、監視用の零戦改UAVも定距離を保ちながら周囲を旋回する余裕がある。
 零戦改に積まれた高度AIは、風防に設置された数基の監視カメラを以て使徒の様子を監視しつつ、それを日本本土に中継していた。  
 海上は晴れ渡り、何の異常もなく使徒だけが違和感を持って飛行していたのだが、事前に設定された午前八時ジャストを以て一斉に状況が動き始めた。  
 紺碧の世界。  
 太陽光線も届かない深い海中に、彼女たちは息を潜めていた。  
 サブマリンと呼ばれる彼女たちの涙滴型や葉巻型のノッペリとした艦体は、高張力鋼とチタン合金によって形作られており硫黄島の海底地形に紛れる様に水中懸垂状態で時を待ち続けていたのだ。  
 日本連合海上自衛隊の持つ潜水艦は通常型のディーゼル潜水艦であり、その目的は海中から海上目標への攻撃である。  
 その目的を達する為に、目的に応じた兵器、主にホーミング式の魚雷を主兵装として搭載している。  
 だが、今回、事前に迎撃位置を定めての待ち伏せ攻撃となった為に彼女たちの設計思想から外れた追加装備が取り付けられていた。  
 艦外のコネクターに取り付けられた数本のワイヤーの先、蛸の足の様に広がっているその1キロ先には円筒状の気密筒が数基、蓋を天に向けて屹立している。  
 金属製のそれの中には水中発射式のスサノオ大型対空ミサイルがそれぞれ一基ずつ搭載されており、出番を待っていた。  
 各管制を行う母艦では、水中音波信号によって目標の動向と計画変更の有無を確認した後に攻撃の秒読みが始められていた。  
 対空ミサイル発射開始まで一分前、発射準備としてミサイル筒は海面下数メートルまで浮上。  通常型潜水艦『』のセイルでは艦長達が射撃準備を進めている。
「支配下のミサイル筒十基、所定深度クリヤー、カウントダウン、二〇前…射撃管制装置、オールグリーン。一○…五、四、三、二、一」
「対空ミサイル一番から十番まで一斉発射」  
 艦長の合図と同時にスイッチが入れられ、ホット状態であった対空ミサイル群はすぐさま反応した。
 ミサイル筒の中で取り扱いが容易な固形燃料式のロケットモーターが点火され、猛然と炎を吹き出す。
 水密構造となっているミサイル筒の蓋は、外部圧力に抗する強靱な構造をしているが、内側と外側の圧力差が約0.98(MPa)以上に内部の圧力が発生すると金具が外れる様に設計されている。 
 ロケットモーターの推進力によってミサイルの本体が蓋に接触すると、それは六つの構造材に分解し隙間からロケットモーターの炎を水中に零しながらバラバラになる。  
 大量の海水と強力な火炎の鬩ぎ合いによって発生した圧力の弱い水蒸気の道を対空ミサイルはグングンと上昇。わずか十数メートルの強力な抵抗体である海水の層を盛り上げながら海面に到達すると、抵抗の小さくなったミサイル本体は一気に空中へと躍り出た。  
 見渡す限りの大海原のそこここから突然無数の対空ミサイルが水柱を牽きながら海面から躍り出た。  
 その数、二百基余り。  
 半径四十キロの広大な面積に比べるとかなり疎らに感じるが、実際は単一目標に対しての過剰なまでの飽和攻撃である。  
 その攻撃パターンは威力偵察である事から、一点に集中した加重攻撃ではなく様々なパターンを以て計画されていた。  
 第一撃攻撃群は発射より十五秒後。水平方向だけではなく垂直方向を含めた四方八方である三六〇度同時攻撃。  
 三十四本が正確に等分された三十六度の角度を以て使徒に向かって突撃した。  
 使徒は接近してくるミサイルに対しての防御策として絶対領域ATフィールドと強力なビーム兵器である荷電粒子砲の二通りの防御法を持つ。  
 だが、今回は不意打ちでの攻撃であった為に荷電粒子の加速時間が取れず、ATフィールドの全面展開による受動的な防御策をとった。  
 だが恐るべき事に、バリアーであるATフィールドを展開しているにも関わらず使徒外周の荷電粒子加速器が稼働している事がUAVの観測によって確認されたのだ。  
 張り巡らされたATフィールドは強力な弾頭であるスサノオ対空ミサイルが着弾したにも関わらずそれを完璧に受け止めた。  
 第一弾が爆散すると同時にATフィールドは解除され、そして接近しつつある第2群に向けてすかさず荷電粒子砲が撃ち放たれた。  
 収束率が甘く設定されたそれは大気による拡散作用を受けて広範囲に荷電粒子の塊をばらまいた。
 無数に散らばった球形のそれは、例え数センチの物であってもミサイルを破壊するには十分過ぎる威力を秘めていたのでATフィールドに対する一点加重攻撃を計画していた第2群を残さず撃墜した。  
 その予備実験として付加されていた第2群予備群はそれと正対する方向からの十基ばかりが突撃していたが、これはATフィールドによって防がれた。  
 第三群は荷電粒子砲の射撃範囲の探索を主目的としていたので、使徒の鉛直方向からの同時攻撃が敢行された。  
 上群は高度二千メートルからの垂直降下、下群は海面上十メートル垂直上昇。  つまり下群の方が速度的には遅い為、まずは上群から標的とされた。  
 使徒の外観は四角錐の底辺を貼り合わせ、その間のスリットが粒子加速器となっている。  
 荷電粒子はその角から放出しているのが確認されている、が、垂直方向への自由度は水平よりも小さいのではないか、と云う予想は見事に覆された、  
 上方のミサイルに向かって火線が伸びたかと思うと、次の瞬間に下方のミサイルに対して一瞬だけフラッシュの様に光線が瞬いた。  
 これにより判明した事は、水平方向は三六〇度全周に対して攻撃が可能で、垂直方向に対しても荷電粒子の偏向によりほぼ全面に対するパーフェクトなオフェンス能力と同時攻撃に対してもATフィールドによる全周防御が可能である事。  更に悪い事に、防御用のATフィールドを展開しながら荷電粒子の加速が可能で、異なる方向であればディフェンスとオフェンスの同時使用が可能であると云う使徒の能力が判明したのだ。  
 威力偵察としては成功であったが、だがそれだけでは終わらなかった。  
 使徒としては自らに攻撃を仕掛けてきた存在に対する反撃の必要を認め、再度の攻撃を防ぐ為の行動を起こす自衛策に出た。  
 使徒の能力として何を以て世界を認識しているのか、可視光線、X線、紫外線、赤外線、その他の電磁波、音波、それ以外の何かなのか、それが未だに不明ながらもそれが海面の何処からミサイルが出てきたかはハッキリと記憶していた。  
 使徒は外周部の粒子加速器を起動、S2機関から得られるエネルギーを注ぎ込み、人工の物ではその規模の加速器では考えられない程のエネルギーを付加した荷電粒子を蓄える。  
 粒子加速器から零れるエネルギー反応だけでも充分すぎるエネルギーが観測されていたそれは、数カ所有ったミサイル発射箇所に向け、続けざまに短くパルス状に過粒子砲を撃ち放つ。  
 威力の弱いビームならば拡散、吸収してしまう海水の壁であったが、有る程度以上のエネルギーを持つビームに対しては事情が異なった。  
 海水面に接触した荷電粒子は海水を沸騰させ爆発的な膨張を発生させるのだが、それが納まると海水と荷電粒子ビームの間に高エネルギーを持つプラズマ状態が発生して両者の距離を保つ均衡状態が発生する。  
 それにより荷電粒子ビームは周囲にプラズマを形成する。  
 そうなるとプラズマ状態を保つだけのエネルギーを消耗するだけで、それ以降ほとんどエネルギーを消耗しないで済むのだ。  
 実際には先端部分の海水掘削部の進行スピードの増減により枝トンネルが発生する為に目標に到達するエネルギーは減るが、スギナの様な拡散状態を発生させる為に命中率自体は若干上がる。  
 その周囲がプラズマ状態を維持する現象が発生する為に、ビームの周囲は高いエネルギーを保ったまま海水中を直線に進むビームトンネルを形成するので、空中から水中目標を狙撃する事が可能になるのである。  
 ただ、それを可能にするエネルギー量は膨大な物で、この時代の科学技術ではゲッタービームやバスタービーム等の限られた高出力ビーム兵器にしか再現は出来ないのであるが。  
 それは兎も角、海中に向けて発射された荷電粒子ビームはそれをクリアーするエネルギー量を保有していたので、荷電粒子砲から放たれたビームは空中のみならず海中を突き進みミサイルを発射したミサイル筒を撃破したのである。  
 幸いな事に潜水艦の本体から発射した対空ミサイルは存在しなかった為に、使徒から潜水艦に向けられた攻撃は存在しなかった。  
 しかし、水中で発生した爆発は、液体の圧縮率の小ささから爆発の衝撃がそのまま伝播する性質を持つ。  
 直径2キロメートルに及ぶ円形にミサイル筒を配置していた事から、艦を中心に周囲を攻撃された潜水艦は周囲から殺到した強力な水中衝撃波を喰らってしまった。  
 更に海水の撹拌、ワイヤーの断絶による水中連絡網の寸断もなされた。  
 これにより水面上空の様子は勿論、潜水艦隊同士の連携も断たれて混乱の坩堝に叩き込まれた潜水艦艦隊による再度の攻撃は不可能になってしまった。  
 だが、この攻撃による被害は、衝撃による計器への接触による打撲や骨折が数十名、そして数隻が水中事故救出艦の世話になったものの、それ以外に撃沈等の被害がなかったのは不幸中の幸いと言えるのかも知れない。  
 しばらくの間、第五使徒はそのまま空中に静止して周囲を警戒していたが、それ以降の動きがない事を確認すると当初の目標に向けて進行を開始した。  
 それに合わせてUAVも使徒の動きに追従したのだが、ここで状況が変化した。  
 使徒に学習機能が有る事は、これまでの襲来や第三新東京市地下のジオフロント遺跡のMAGIから得られたデーターによって確認されている。  
 UAVから放出されている観測データーの送信を感知したのか、単に自分がUAVの監視対象になっている事を観察したからかは分からないが、彼は密かにそれらUAVと人類が呼ぶ飛行物体を見詰めた。  
 次の瞬間、周囲に撃ち放たれた荷電粒子ビームは正確にそれらを撃ち抜き、撃墜した。  
 当然の事ながら自衛隊は予備の機体を発進させたが、それらは使徒の感知エリアの広さと迎撃可能範囲のデーター取りに役立つ事になってしまった。  
 ここで次の選択肢が幾つか考えられたが、鷲羽博士の助言により基地レーダーからの監視のみに留められる事になった。  
 もしも第一選択肢の戦術偵察機や戦略偵察機による監視に切り替えたらば確実に貴重な人命と機体を損耗していたであろうし、第二選択肢の艦船による監視も同様であっただろう。  
 しかも使徒の識別は無人機の監視機体にのみ向けられている訳ではないだろうと分析されていた。  
 つまり、使徒の目障りになる空域を飛行している飛行物体は、その所属如何に依らず無差別に攻撃を受けるだろうという事だ。  
 よって、その報告を受けた首相官邸で待機している加持首相はすぐさま本州周辺に於ける全面的な飛行禁止を指示した。  
 これは戦闘準備の為に数多くの飛行機械を運用している自衛隊にとって大きな足枷となった。
 戦闘周辺域への物資、車輛、人員の輸送任務は当然だが、避難民の待避に輸送ヘリが使えないのはかなりのダメージと言えた。  
 これが後々大きな問題となるのは明白な事であった為、政府からの指示の量は爆発的に増大した。

 S−07 SCEBAI パイロット待機室

 午前八時、使徒襲来までまだ時間があったが、現地に赴く前の最終ミーティングがここで行われていた。
 議題は当然『第二ヤシマ作戦』に関する事である。  
 作戦はエヴァンゲリオン搭載の戦術記録コンピューターとMAGIの記録から第五使徒を打ち倒したヤシマ作戦に沿って行われる事になった。即ちATフィールドによるディフェンスと強力なビーム兵器によるオフェンスとに分担が分かれている。  
 このオフェンスの役割を狙っていたのがエヴァ2号機パイロットにてセカンドチルドレンたる惣流・アスカ・ラングレーであった。  
 彼女は元世界でのヤシマ作戦には参加していない。よって記録映像による戦闘分析をドイツ支部にてレクチャーされていた、そして高度な戦闘訓練に明け暮れていたアスカならば第一射で使徒を完黙させていた自信があった。  
 その為、オフェンスに就いたノリコ達、マイクロガンバスター・チームに噛み付くのも彼女の性格からして仕方がない所かも知れない。
「ワタシがオフェンスに就くべきだわ」  
 太田コーチによる作戦実施要案がなされていた時、アスカは大声で主張した。
「どういう事だ?」
「こう見えてもワタシは小さな頃から戦闘訓練を受けているし、射撃の腕ならそこらのオリンピック選手にだって負けない自信があるもの。やり直しの効かない日本中の電力を集中した攻撃を行うなら」
「ふむ、大した自信だな惣流。だが、今回のオフェンスが使用する火器はヤシマ作戦の時に使用された改造型陽電子砲ではない。話は最後まで聞く様に」
「えーっ、そんなぁ」
「アスカ、落ち着きなよ」
「ムゥー」
「さて、今回使用されるディフェンスは君たちエヴァンゲリオンの装備する最強の盾であるATフィールドだ。この能力は当然の事ながらエヴァンゲリオンパイロットの君たちは熟知している、が復習も兼ねてアマノとタカヤに説明してみろ。惣流」
「はぁ〜い」  
 オオタコーチに指名されたアスカは多少ふて腐れた態度で返事を返してしまうが、オオタコーチはそんなアスカを怒鳴りつけた。
「バカモンッッ!! そんな気の抜けた返事をするな」
「ハイッ! ATフィールドはエヴァンゲリオンが持つ固有の能力で、日本連合、恐らくは世界で最も強力なバリアーよ。これは使徒とエヴァンゲリオンだけが持っているんだけど、理論上では核兵器の直撃にも耐えられるわ。相手の使徒もATフィールドを持っているからほぼ無敵、エヴァンゲリオンでなければ対処の出来ない最悪な敵性体と言えるわね。このATフィールドを破る事が出来るのは二通りの方法が考えられるわ。まずは同じATフィールドを、位相を合わせて中和する。もしくはATフィールドの許容量を超えたエネルギーをぶつける、このふたつね。現在この他にあるバリアーって言ったらナデシコのディストーションフィールド…つまり空間歪曲場と、ガオガイガーのプロテクトシェードが有名だけど、空間それ自体を改変するATフィールドに勝てる物はないわ。簡単に言えばこんな物かな」
「ま、良いだろう。ではアマノ、マイクロガンバスターの主兵装と主機について説明してみろ」
「ハイ。まず、マイクロガンバスターの主機関である縮退炉の説明からさせて頂きます。縮退炉とは、内部にシュバルツシルト半径を共有するふたつの公転するマイクロブラックホールの…」
「マイクロブラックホールゥウッッ! それって特異点」
「コホン…ええ、その公転運動によってむき出しになった特異点から解放された膨大なエネルギーを取り出すのが縮退炉です。恐らく科学文明で生み出す事の出来る最強のエネルギージェネレイターでしょうね。それらを用いて我々地球帝国では恒星間航行型宇宙戦艦を運用していました、だから安定した運用方法が確立されています、そんなに恐ろしがらなくても大丈夫よ」
「だ、誰もビビってなんかいないわよ」
「そう? そしてそのエネルギーを直接利用した物がバスタービーム。その気になれば地球を砕く事が出来る高出力の破壊兵器。通常なら恒星間戦争でしか使えない超兵器ね」
「そんなモノ、地球上で使って大丈夫なの?」
「出力は最低限度以下にマニュアルで調整して使用します。オートでは最低出力だけで大気ごと使徒を宇宙へ吹き飛ばしてしまうから、仕方ないわね」
「そんなモノ使う位ならまだ陽電子砲の方がマシなんじゃない?」  
 流石のアスカもガンバスターの秘密を聞き恐れを抱いたのか、自分にとって馴染みのある方法で事を進めた方が安心出来るのでは無いかと、提案する。しかし、オオタコーチはそれを否定した。
「残念ながら、今の列島の社会情勢がそれを許してはくれんのだ。現在の日本連合政府はネルフの様な強権を発動する事は出来ない。更に知っての通り、北には共産主義日本が存在し、その他にも日本連合を狙う組織は数知れない。それらに対する警戒を怠り、エネルギー供給を使徒戦に集中する事は不可能だ。しかし、使徒を壊滅させなければサードインパクトと言われる現象によって人類は絶滅してしまう可能性があるとなると、我々には他に手がない。それは分かるな惣流」
「ハイ」
「そう言う訳で、オフェンスはマイクロガンバスターが担当、ディフェンスはエヴァンゲリオン3機による多重防御陣を構成し、これに当たる。何か質問は?」  
 オオタが質問を受け付けると綾波レイが手を挙げた。
「防御手段はATフィールドだけなの?」
「いや、『ヤシマ作戦』でも使われたシールドと同様の物が用意してある。何しろ敵の主砲は荷電粒子砲と判明しているからな。電磁工学に詳しい南原超電磁研究所の協力の元、超電磁コーティングを施した手持ち式のシールドを作成した。また、敵に直接打撃を与える機会が有るかも知れん、そこで同じく超電磁コーティングを施した武器を用意してある。それが、くぉれだぁっ!」  
 オオタがミーティング用のスクリーンにその写真を映し出すと、シンジは驚きの声を上げた。
「こっこれは!!」  

続く。






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