作者:アイングラッド
S−01 富士裾野 SCEBAI敷地内
適格者と呼ばれるエヴァンゲリオンチルドレンである碇シンジ、惣流アスカ・ラングレー、綾波レイの三名は現在江東学園中等部三年に属する学生である。
加治首相の基本方針「未成年者の戦場への投入は不可僻でない限り禁止する」、つまりスーパーロボット物では良くある「若者がスーパーロボットに搭乗し、悪の組織と戦う」と言うシチュエーションは行われないのである。
が、エヴァンゲリオンは対使徒戦闘に於いて必要不可欠の存在であり、欠かす事の出来ないファクターとなっていた。
その為、時空融合孤児であるチルドレン達は特機自衛隊のロボットを管理する立場にあるSCEBAIの影響下に設立された学園都市「江東学園」に所属し、身柄を保護されつつ搭乗訓練を続けるという環境下で生活を続けていた。
だが、わざと精神的な苦痛を与えつつ欠けた心の持ち主として成長させられてきた過去に比べて、現在の彼らが生き甲斐を持ち、有意義に暮らしているのは万人が知るところであり、彼らが自らの環境に不満を抱いている事実は存在していないのだ。
よって、今日も彼らチルドレンと秘密護衛官の霧島マナの四人は楽しく学園生活を続けていた。
放課後に寮の自室で「戦闘待機指示」の辞令が出るまでは。
S−02 日本領海最南端 沖ノ鳥島 南方海上
南極大陸で発生し、オーストラリア大陸東方海域で発見された真の使徒たる第五使徒はオーストラリアに派遣され海域の治安を維持していた豪州派遣艦隊により監視されつつ北上を続けていた。
その歩みは不規則に変化し到着時刻が何時になるかまるで予測が出来なかったが、それが何処を目指しているかは簡単に推測出来た。
第五使徒は真っ直ぐに第三新東京市を目指していたからだ。
使徒にとってそこは黒い月の眠る誘惑の地。
本来ならばひとつの恒星系にひとつしか届かない筈の第一始祖民族が送り込んだ生命発生システム「月」、アダムとリリスが二つ届いてしまったのがエヴァンゲリオン世界の地球である。
第一から一七使徒までを創造した月・アダムと人類たる第一八使徒を創造した黒い月・リリス。
彼の世界では卵にまで還元されてしまったアダムと似た波動を持つリリスに惹かれて(後には成長を始めたアダムに惹かれて)第三新東京市を目指した使徒達であったが、この融合後の世界に有ってもそれは変わらないらしい。
真の第三使徒はエヴァンゲリオンにそれを感じ取った様だが、第五使徒は黒い月、第三新東京市の地下に埋没したジオフロントを目指していたのである。
現在、その周辺には監視用の護衛艦艇数隻が刺激しないように距離を置いて追尾を続けており、使徒はそれを知ってか知らずかまるで気にした様子もなく進み続けていた。
S−03 SCEBAI敷地内 射撃訓練所
一部スーパーロボットパイロット達の間で「ゲッターロボを墜とした凄腕」として有名になりつつあるトップ部隊のタカヤ ノリコ。
彼女は今日も走っていた、ロリアルを「着込んで」。
正確に言えばマスタースレイブ方式のロリアルのコクピットに乗り込み、その操縦機器を全身に装着しながら走っているのだ。
ほとんどスポ根物のノリだが、抜群の操縦センスを持つノリコの勘を養うにはこれが最適の方法である事は間違いがなかった。
今日もゴスロリ仕様のバランス矯正服を着て訓練を終えたノリコが汗を流して食堂に戻ってくるとオオタコーチが何やら外出の支度をしているのに出くわした。
「アレ、どうしたんですかコーチ。こんな時間に」
「うむ、タカヤか。今日で訓練は終了だ。あとは指示が来るまでマイクロガンバスターのレクチャーを受けつつ待機任務に入れ」
「え? それって」
「遂に第五使徒が日本領海内に進入を果たした。私は今から現地に向かい、作戦本部の設営準備に入る。お前はアマノと共に指示があり次第に現場に移動するように。分かったな」
「ハ、ハイッ! 了解しました」
ノリコが慌てて敬礼すると、会話が終了するのを待っていたアマノが大きめのバッグをオオタに手渡した。
「コーチ、これを。着替えですわ」
「む、済まんな」
らしくもなく照れた様子でそれを受け取るオオタと恭しく手渡すアマノの二人を交互に見ていたノリコの頭上に100W電球が光った。
そして、「おやおやおや〜?」と目尻をつり上げニンマリと笑いを浮かべる。
「・・・何か言いたそうだな。タカヤ」
「いいええ〜? べつにぃ〜。ぬふふふふ」
イイ笑顔のまま、口元を手の平で押さえるノリコを見て、コーチのこめかみに井桁が浮かぶ。
「そうか。アマノ、後は頼む。厳しくな」
「ハイ、コーチ」
そう言うとオオタはビルの屋上に設置されているヘリポートからマットジャイロ輸送ヘリに搭乗して東、第三新東京市へと向かった。
「さて、ノリコ」
食堂の窓から遠ざかる機影を眺めていたアマノは薄暗い笑顔を浮かべて、Aランチの乗ったトレイを持ったノリコに向かい口を開く、だがノリコはノリノリでアマノに言ってしまった。
「ひゅーひゅー、熱いよご両人〜っ、で、なんですか、お姉さま♪」
「フフ・・・グランド一〇周」
「へ?」
「鉄下駄装備でね」
「あ、あのー、私今まで特訓していて、さっきさっぱりして来たばかりなんですけど」
「ええ、そうね。知ってるわ」
「それで今からお食事を〜」
「それは残念ね」
「えっと・・・それで・・・ですね・・・えっとぉ〜そのぉ〜・・・どうしてもですか?」
「今から徹夜でタンホイザー理論の勉強をしたくなければね」
「ふぇ〜。行って来まふ〜」
ボテボテとした足取りで、泣きが入ったノリコは食堂から出て行った。
「まったくあの子ったら・・・オオタ中佐の身体は・・・」
S−04 東京都千代田区 議員用宿舎
遙照こと柾木委員長が数日間帰宅できない事を自宅にいる天地達に知らせようと電話を入れると、留守録になっていた。
「まったく浮かれよって。何処に行っとるんじゃ」
その頃、天地一行は、浅草から銀座へメトロで観光に行っていたのだが、それはさておき。
本日、加治首相は使徒が日本国内に進入した事実を受け、第三新東京市を中心とした関東東海地域に警戒警報を発令した。
強制力のある避難勧告が指定されたのは使徒の予想針路上幅五〇キロの伊豆半島全域から箱根に渡る地域のみであるが、七〇キロ圏内に対しても避難を呼びかける注意報が発令されてる。
それに伴い、周辺を走る公共機関、特に鉄道関係に対しては指定範囲内の路線に対する運賃の免除(避難民に限る。後に避難に関する予算から精算)と臨時列車の増発を要請。また、野戦下に於いて被弾下の局地鉄道運営を想定し、民間人である各鉄道会社の運転手に鉄道運行を強要出来ない理由から主要路線に第101鉄道隊の運転隊の派遣を通達した。
また、避難経路と逆行するが、主戦場が箱根の外輪山内部に設定されたため、その外側である御殿場線と東海道線の3箇所に自衛隊の物資の集積所を設け、移動することが決定された。
その輸送には陸自のトラックによる輸送部隊が任に当たったが、御殿場線は東名高速道路でも速度制限が特に厳しい山間部であり第101鉄道隊が有する鉄道車輌も使用されることになった。
これを受けて習志野の部隊駐屯地にて整備されている九六〇〇型蒸気機関車とDE五〇型ディーゼル機関車、DF五一型ディーゼル機関車各一両も出動準備を開始している。
とは言え、対使徒戦闘に於いては特機部隊のスーパーロボット軍団以外に効果が薄い事が判明しているが、現地に普通科が派遣されている理由はもちろんある。
地形が変わりかねない戦闘が予想されているのだが、第三勢力が戦闘に妨害を掛けて来る可能性が有るという情報が入っていたのだ。
極めてデリケートな作戦となる「第二次八州作戦」で使用される火器は誤射が許されない物である為、妨害者の排除を主任務とし、対使徒戦闘での周辺地域に及ぼす被害を最小限に留める事も期待されている。
さて、それとは別に監視任務を継続している海上自衛隊では無人偵察UAV部隊を使徒が近海に近付いてきたら展開する為に空母が派遣されていた。
使用される機種は三菱零式艦上戦闘機無人偵察機改造型で、高度な人工知能を搭載し確実に目標を長時間に渡って監視する事が可能である。
また、編成間もない特機自衛隊にもスクランブル待機が掛かっている為、富士の裾野にあるSCEBAIの整備工場にて出撃準備が進められていた。
S−05 SCEBAI 滑走路脇駐機場
ナデシコ重力制御研究株式会社の社長室。
ここで執務を行っているプロスペクターの机の上に置いてある赤い古いタイプの電話機が鳴った。
日本連合政府とのホットラインである。
この電話が鳴ると言う事は色々と厄介な出来事が進行している証拠である。
かなり厳しい要請がされる事が多いので色々と緊張してしまうのであるが、取り敢えず彼はそんな様子を微塵も見せずに涼しい顔で受話器を取り上げた。
「ハイこちらナデシコ重力制御研究会社です」
・
・
・
「と、言う訳でお仕事です。ハイ」
ナデシコAとBの艦長、副長を社長室に呼んだプロスは目の前に立つミスマルユリカ、星野ルリ、葵ジュン、高杉三郎太にそう告げた。
それを聞いていた三郎太は思わずプロスに問いかけてしまう。
「あの、いきなり『と、言う訳で』と言われても訳分かんねーんですけど?」
「おっと、いつもの癖で。連合政府からの軍事任務要請です、と言っても我々が戦闘に参加する訳ではありませんが。今回は少しばかり長時間の軌道上ミッションになる為、負担が大きいので少しばかり皆さんに頑張って貰わなければならない物と思われますので」
「プロスさん質問〜。それって。どうしても軌道上からじゃないといけないんですか?」
「はい。今回は相克界の観察任務となります。大気のフィルターを通さずに直に観察して置きたいとの事でして。ハイ」
日本連合からは特にこの手の依頼が多い。それだけ研究が活発なのだから文句を言う筋合いにはないのだが。
それでもインビットの襲撃を撃退しながら、観察のために精密な操艦が求められるこの手のミッションは非常に神経がすり減らされるのだ。
任務の困難さに思わず溜息をついたユリカは、顔をプロスに向けそれでもビシッと敬礼して言った。
「そうですか。では仕方ないですね。万難を排して任務に当たらせていただきます」
「はい、よろしくお願いします。星野艦長も宜しいですかな?」
実際のところ断れる物でもないのだが、一応出撃前の確認事項と言うことでプロスは星野艦長にも了承の言葉を促す。
「はぁ、そう言う事でしたら。では早速準備に入りますので。あ、ミッション内容は」
「既に思兼に連絡してありますよ」
「了解です、では」
軽い口調で了解した星野ルリは、サッサと自分の艦へと歩き出していた。
「あ、ルリちゃん待ってぇ〜」
置いて行かれると思ったのだろうか、ユリカ艦長は足早に去って行くルリの後をドタバタとした様子で追い掛ける。更にそれを追い掛けて副長のジュンも後を追う。
「ユリカ置いてかないでよぉ」
多分に情けない様子だが。
そして最後に染めた金髪に赤いメッシュが入った高杉三郎太が頭の後で手を組み、ぼやきながら退出して行く。
「はぁ〜、今日から一週間はデートの日程が詰まってンのになぁ〜、ミヨコちゃんにミドリちゃんにパフリシアちゃんに・・・。いやぁ残念ザンネン」
とまぁ、この時点での最強宇宙戦艦2隻を保有する軍事組織の人間としてはあまりにも軽すぎる態度であるのだが、それとは裏腹に彼らが最強の精鋭であるのは間違いない。
人間性はともかく、最高の人材を集めたと言うプロスの言葉は間違いではないのだ。
元々最高の能力を持つ人材というのは何処かしら普通の人間とは違う物なのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
S−06 東京都中野区 面堂邸終太郎専用武道館
畳敷きの広い講堂の中、胴衣を着込んだ少年が巻藁の前に膝を着いて精神を集中していた。
面堂家は武家の家柄。
文武両道にて常に最強を誇るために鍛錬を続け、常日頃から日本刀を携帯し、心構えを作っている。当然、身柄を狙ってきた漢賊を返り討ちにする為の最終手段でもあるが。
そんな面堂家は更に年に一度、面堂家の敷地を開放して行われる無差別級仮面武闘会を開催、そこでは様々な武器のエキスパートから素人までが相争うという無軌道なイベントまでが開催されていた。
だが、時空融合が発生し、様々な世界から様々な存在がこの世界へ集まってきた。
その中には面堂家にも匹敵する財閥が存在しており、尚かつ面堂家よりも強力な武術を以て君臨する家すら有ったのだ。
自分が一番ではない、それは友引高校へ転入してから実感した価値観であり、それでも求めた地位である。
だが、イマイチ目立っていないのではないか。
神月財閥の令嬢は自分と同じく高校生でありながら、神月流格闘術を極め、更にその上を行くべく修行を続けている。
あの『アルティメット・ヴァーリトゥード』での活躍は終太郎をして手に汗を握らせるほどの物であった。
そんな現状を噛み締め、怒りと共に手にした刃を振るった。
ピィーン、と金属音が響く。
素早く刃を鞘へと戻した瞬間、鋼鉄を仕込んだ巻藁が斜めにずれて行く。
普段は諸星によって白刃取りされる斬撃も、本来ならばこれほどの威力を有する。
彼とても、常に鍛え続けた武士の末裔である。
現状を正確に理解し、相手と自分の力量を推し量り、常に勝利すべく頭を働かせているのだ。
それはこの瞬間も同じこと。
面堂家の一員として、面堂家が最も有利になるべく考えていた。
だからだろうか。
斜めに斬られた鉄骨は垂直に落下、畳に刺さった、が、重みに負けて傾き、図ったように終太郎の向こう脛に激突した。
超痛いって感じである。
S−07 太平洋上の某所。バードス島にて。
太平洋を行く輸送船の航路から外れたところを国籍不明のタンカーがふらついていた。
それが向かう方向には海図には何の記入もない空白地帯。
そのように場所に何の用事があるというのだろうか。
しかし、その先に島影が浮かんでいる。
如何にも南国の小島という感じの小島であるが、人の手が加えられた雰囲気を持っていた。
それを発見したタンカーは真っ直ぐにその小島へと急行した。
タンカーの艦橋にはこの船の船長と部下、そしてサングラスをした細目の怜悧な眼差しをした青年が立っている。
彼の名は黒崎。
シャフト・エンタープライズ・ジャパン(SEJ)の人間である。
何故彼がこんな辺鄙な海上にいるのか。
それは今現在、彼の上司が推し進めている計画の為である。
リチャード・ウォン、内海などの名前を持つヘラヘラした男は、グリフォンの開発を発展させ、より強力な兵器を作成する技術を求めた。
彼らの世界ではレイバーが発達していた為に人型のロボット兵器は存在したのだが、股関節の構造が大重量に対応しきれない横棒式であったので俗に言うスーパーロボットの技術を手にしようと手を四方八方へと伸ばした。
そしてそこに引っかかったのが『ドクター・ヘル』の機械獣軍団であった。
内海の目論見としては、これからの市場のニーズから推測するに、無人制御という高度な機能を有しながら極めて頑丈な機械獣の技術こそが望ましいと考えた。取り敢えず手に入れられる技術だったからではない。
その為に彼らは今まで危険な目にも遭いながら、ドクターヘル一党に対して便宜を図ってきた。
見返りとして機械獣の構造を解析しても良いという物であったが、運搬中の機械獣を測定し、解析し、再構成するのは多大な努力を必要とした。
その結果がこのタンカーの船倉に積み込まれた機械獣軍団である。
もっとも、構造材質からして非破壊検査によって得られた物であるので、かなりの劣化バージョンとなってしまった。
それもこれも、機械獣のノウハウを他組織に渡すことを厭ったドクターヘルの所為であるわけだが。
元々古代ミケーネ文明の技術によって作られた機械獣。その劣化コピーは粗製濫造という形容が正しい機械獣の偽物であったが、代用できる技術は現代科学によって置き換えられ、コストパフォーマンス的にはそれほど損はない物になっていた。
今回、ドクターヘルが大量の機械獣を必要とした為、彼らが作成していた劣化版機械獣すら必要だと言い、黒崎がそれの運搬責任者としてわざわざこうして長旅に就いていたのだ。
この劣化版機械でもその巨体に施された重厚な装甲と容積増量による搭載武器からすれば、レイバーよりも遙かに強力であり、特機自衛隊のスーパーロボット軍団以外では苦戦必死なのである。
渋い顔をしながら、黒崎はバードス島から迫り出してきた桟橋に接岸したタンカーから足を降ろした。
何しろドクターヘル一党にはまともな人間は一人も存在しない。
右半身と左半身で男女異なるあしゅら男爵。
生首を抱えたナチスの亡霊、サイボーグのブロッケン伯爵。
脳改造済みの兵隊ら、等々しかいないのだ。
実は最もまともなのが、紫色の非常に不健康そうな顔色をして世界征服を本気で考え実行に移したドクターヘルだと言うのだから。
黒崎の苦労も、これからが本番であった。
S−08 第三新東京市にて。
第三新東京市に避難勧告が出されて数日。
今正に、避難民ラッシュが始まったところである。
この都市に集まった多種多様な人間達は、急いでこの場を離れようと動き出していた。
着の身着のまま取り敢えず逃げようとする者達、体中に有価証券の入った紙袋を巻き付かせて必死になっている者達、様々な人間模様がそこにある。
だが、中には直ぐに逃げ出すわけにはいかない人間も多かった。
避難は基本的に公共機関を用いて移動する事となっている。
何故ならば、第三新東京市はもともと箱根と言うカルデラ火山の名残であり、出入り出来る街道は基本的に山道である。
あわてて行動する事により只でさえ細い道が塞がってしまう。
そうする事により、第三新東京市周辺への自衛隊の展開に支障を来す可能性が高いのだ。
混乱する現場を管理する部署、地域社会を取り纏める役所、その他諸々の管理職はこの第三新東京市からの避難が最後まで出来ない者達である。
その中に第三新東京市市立第3中学校の鈴原桃児の父親と祖父もいた。
よってここ数日ばかり多忙を極めた彼らは家に帰っていない。
そうなると困るのが、現在家で一番の年長者である鈴原桃児15歳だ。
明日までに避難しなければならないのは確かなのだが、家族と連絡が取れないとは言え勝手に行動する事は憚れたし、手詰まりなのであった。
唯一連絡があったのは、親父からのメールであった。
曰く、帰るまで待て。との事。
日々淋しくなる町並みを眺めつつ桃児は避難生活に必要となる物資をリュックに詰め込んでいった。
S−09 都内某所。
高校の放課後、帝劇に顔を出す。
横島忠夫の生活は基本がバイトであり、学校は資金と時間に余裕があれば出席すると言う程少ないものであった。
流石に時空融合後は時空融合孤児に対する過酷な労働が強力に規制されている為、ガメツイと噂の美神令子でもその生活を続けさせる事は困難で、少しは学校側にシフトしていた様だが。
さて、令子の母親である美智恵からの勧告により、横島とおキヌ、シロ、タマモの四人は令子の除霊事務所から切り離された。
と言う訳で、今日、七月一日の横島は放課後に暇を持て余していた。
通常ならば、令子の事務所で夕食を集った後に除霊に出動する所だからだが、美智恵の用事も今すぐに、と言う訳でもなかったので行く所がない、訳でもなかった。
時空融合後に彼が得たコネクションもまた、彼の活躍に比して広かったからだ。
特に、奇麗どころが多くて食事も出される理想的な場所が帝都区にある帝国劇場の帝国歌劇団こと帝国華撃団であった。ここでの彼は非常に高く評価されており、普段のセクハラも鳴りを潜める程である。(とは言え、風呂場で「体が勝手に」状態の大神と鉢合わせた事は何度もある。覗きは犯罪だ)
と言う訳で放課後になると彼は地下鉄で銀座へと出かけた。(回数券を支給されている)
翌日の使徒襲来は首都圏に直接の被害は及ばないと考えられていたが、避難民の移動や交通手段の麻痺が考えられた為に帝劇の公演も臨時休業となっていた。
さて、帝国華撃団と言えば五月の巴里歓迎祭のテロ時に妙神山へと修行に出ていたが、順調に修行をこなして下山していた。
現在は巴里華撃団が交替で修行に行き、その期間を無事終える頃である。
さて、今日は彼女たちが帝劇に復帰してから初めての顔見せであったため、妙神山での修行の先輩である横島に嬉々としてその感想を話し出した。
横島も嬉しそうに聞いていたのであるが、その内に「いいなあ、楽な修行で」と零してしまった。
彼女たちからすれば十分以上に厳しい修行の日々であったからその言葉は容認出来る物ではなかった。
しかし、横島が、自分が何度も受けてきたのは「死んで無に帰るか、生きて爆発的に成長するか」のどちらかの最も厳しい「スペシャルハードデンジャラス・コース」及び孫悟空との一騎打ちであり、彼女たちが受けた「ジックリと実力を底上げする」修行は受けた事がなかった。
その受けた修行がどんなに困難な物だったかを蕩々と述べた所『あんなに凄い修行に、更に上があるんですか?』と驚かれてしまった。
更に彼の株が上がる結果となってしまったのだが、基本的に体術中心のカンナはそっちを受けたかったと悔やんだとか。
とまあ、霊力的には目論見通りの成果を得た彼女たちであったが、ただひとつ失敗があった。
横島から妙神山には斉天大聖孫悟空が居るという事を聞いていた為、次回公演は本物を参考にした『西遊記』を考えていたらしいのだが、まさか本物の孫悟空が比喩ではなく本当の意味でのゲーム猿だった等とは思いも寄らず、残念ながら廃案となったとか。
そんなこんなで、今日の彼は、まだこの時点に於いては「平和」であったのだ。