作者:EINGRAD.S.F

スーパーSF大戦 第23話


D−PART



 ここ、岡山県の山間にある柾木家。
 元の世界では銀河系で最も広い勢力範囲を持った辺境の多星系国家、樹雷。
 果てしないエネルギーを秘め、高度な知能を有する皇家の樹をパートナーとした彼ら樹雷皇家は力を以って君臨していたのだが、その元は海賊組織であった為にかなり奔放な性格で知られていた。
 中でも柾木家、神木家、竜木家、天木家と四家ある樹雷皇家でも現在の樹雷皇「阿主沙」の出自である柾木家は樹雷皇家本来の奔放な性格で知られており、時空融合時では樹雷皇「阿主沙」第一皇妃「船帆」第二皇妃「美沙樹」の三人以外で、数少ない柾木家の人間である遥照皇子、阿重霞皇女、砂沙美皇女も樹雷を出奔してここ地球に流れてきていると云う具合である。
 もっとも、生体調整を受けて果てしない寿命を持つ彼らの事、数百年前に地球に流れてきた遥照の子孫は宇宙にひとり、地球には…十指に余る程であったが、その地球にいる子孫の中でも唯一柾木家の人間として認知されている男子がいた、その名を天地と云う。
 (ちなみに数世代を経ている地球の子孫達は正木家という分家を名乗っている)
 樹雷皇家の中でも類稀なる能力を持った凡人の彼の周りには、当人にしか分からぬ理由で彼を慕う女性の姿が多数あった。
 遥照出奔のキッカケとなった樹雷史上初めて樹雷本星を襲った宇宙海賊「魎呼」。
 出奔した兄を追って樹雷を家出した阿重霞皇女。
 姉の阿重霞が心配で阿重霞の乗った皇家の船、龍皇に密航した砂沙美皇女。
 そして偶然の天才と呼ばれ、その超絶的な才能を秘しているギャラクシーポリスの一級宇宙刑事、九羅密美星。
 更に魎呼の製作者(母親)であり銀河史上最高の科学者である白眉鷲羽。二万歳。
 この五名に宇宙船「魎皇鬼」の頭脳体の魎皇鬼を加えた六名が現在、天地を慕って柾木家に居候していたのである。
 それに加え、現在は元GPの一級刑事で美星の相棒をしていたノイケ酒津さん(現在は樹雷の影の女帝である神木瀬戸の養女に入って神木ノイケ)が柾木家の家事を一手に引き受けていた砂沙美の手伝い(を名目としているが、瀬戸様の命により天地の嫁の座を狙っている、が、その常識人振りが好評のようだ)として同居を始めたばかりであった。
 時空融合直後に訪れたTV版の真備清音一級刑事は岡山市街のアパートでバイト生活に追われているらしい。結局美星がいなくても運の悪さは固定されたままの様だ。

 さてこれは余談だが、「鷲羽ちゃん」と言えば現在日本連合を牽引しているサイエンティスト…科学者と云うよりもしっくり来るのは枕言葉にマッドが付く属性だからだろうか…の鷲羽・フィッツジェラルド・小林(12歳)が有名だが彼女は「プリティー世界」の鷲羽の同位体である。
 こう云った訳で以前、鷲羽・F・小林が柾木委員長(遥照)に「鷲羽ちゃん」と完璧な発音で呼ぶ事が出来た為に狂喜した裏には、遥照が岡山で鷲羽ちゃんオリジナルの事を呼び慣れていたと云う事情があった為なのである。

 さて、彼ら銀河全ての軍隊と対等に戦える能力を有していた強大な力を持つ柾木家一党は、時空融合後も以前と同じ様に岡山の片隅に篭っていて表舞台へは出て来ていない。
 これは彼ら一族が以前からとっていた現地住民との不干渉の方向から続けられていた物だが、…ここ最近のパターンと同様に、それを破ったのは自分の意思で事態を混乱させる事の好きなトラブルメイカー白眉鷲羽の一言からであった。

 ある日の夕食時の事である。
 平凡な一日であった。
 いつもの如く天地は畑仕事を終え、魎呼は一日中家でごろ寝していたし、阿重霞は兄の遥照が留守をしている神社境内の掃除を済ませ、砂沙美はノイケと共に以前と同様に柾木家の家事を済ませて、パトロール任務がなくなった美星は家事手伝い(意外な事に彼女の家事能力は砂沙美に匹敵する。スピードがネックだが)を行い、そして鷲羽は何やら怪しげな研究の合間に、ここ茶の間にて夕餉についていた。
 暖かな食卓から食べ物の姿が無くなり、皆で砂沙美の煎れたお茶をすすっていると真っ赤な蟹の様な髪型をした鷲羽が突然宣言した。

「明日東京に遥照殿会いに行くけど、みんなも行くでしょ?」

 不意を突いた申し出に唖然とした顔をした皆を見て、彼女はいたずらが成功した幼子のように笑いを浮かべた。

「お兄様に会いにですの?」
「そうよ」

 阿重霞が問い返すと鷲羽は直ぐに返事を返した。
 だが、突然のこの申し出に何か妙な感触を持った阿重霞は更に質問を行う。

「お兄様に何かあったんですの?」
「んー、別にそう云う訳ではないんだけどねぇ、まぁ、たまには顔見せに行っても良いんじゃないの? 家族なんだし」
「…どうしましょうか、天地様。急にそんな事云われましても」

 久しぶりに兄に会える楽しさを隠しきれずにいる阿重霞だが、この家の主である天地に了解を取りつけずに自分が勝手に判断を下す事は憚れた。
 その為、少し戸惑いがちに天地に訊いた阿重霞だったが、その横から、ツンツン頭の魎呼が要らぬ突っ込みを入れる。

「へっ、別に阿重霞が仕事している訳でも無し。アンタが心配する事じゃないんじゃないのぉ?」

 阿重霞当人の認識としては、「自分は天地様の未来の妻として、それなりの態度を周りに示さなければ」と云う考えが有ったので若奥様然とした態度を取っていただけなのだが、そう云う風に云われればそれも又図星であると云わざるを得ない。
 故にカチンと来た。

「何ですって! わ、わたくしは天地様のご都合が悪いかどうかを聞いただけですのに、どうしてあなたはそう余計な事を言うんですの? 大体アナタだって一日中家でゴロゴロしているか、お酒を呑んで酔っ払っているかしかしていないじゃないの!」
「へへん、アタシは宇宙海賊だからね。こうしてゴロゴロしている方が平和でいいってなもんよ。それに、今の世の中、宇宙に行ける訳でもないしねぇ。今のアタシはただの天地のイ・イ・ヒ・ト、なぁ〜んちゃってな♪」
「なっ!? な、なぁ」
「なぁんだよ、文句あんの?」
「…むむむむむ。むぁったく、家事の手伝いもしない癖に言いたい事ばかり言って、大体アナタは!」

 一瞬のうちにヒートアップしたふたりであったが、それもいつもの風景であったため周りの人間も苦笑してそれを見ていたのだった、が、五分も経つと流石に天地が止めに入った。

「まぁまぁふたりとも。仕事の方はオレも畑仕事があるけど、まぁなんとかなるよ。おれも爺っちゃんに会いたいしさ、良いだろ魎呼」
「まぁ、アタシはどっちでもいいけどよ。まぁた鷲羽が何かとんでもない事を企んでるんじゃないかってな」
「ど、どうなのかな? 鷲羽ちゃん」

 魎呼のもっともな心配に人の良い天地も思わず確認を取ってしまう。
 だが、百戦練磨な(何しろ二万歳だ、神我人によって凍結されていた期間も魎呼とのリンクは繋がっていた訳だし)鷲羽が素直な答えを返す訳が無かった。

「んふふふ、ヒミツ」
「あ、やっぱり。まあとにかく、皆んな明日東京に行くって事でいいかな?」

 鷲羽のいつもの態度にガックリと来た天地であったが、これ以上懸念を示しても何も返ってこない事を知っていたため家族の皆に同意かどうか確認を取った。

「はぁ〜い、砂沙美はOKだよ」
「みゃあみゃみゃみゃ〜♪」
「リョウちゃんも大丈夫だってさ」
「了解。阿重霞さんは」
「勿論行きますわ」
「はい、分かりました。魎呼はどうする?」
「んー、アタシはぁ…天地の行くところならどこへでも付いて行くぜ」
「魎呼も良し、と。美星さん…」
「はいは〜い、美星一級刑事、天地さんの護衛について行きまぁす。GPの一級刑事の実力は伊達じゃないんですよぉ」
「「へっ、」」

 なんとなく間の伸びた返事を返す美星に魎呼と阿重霞はハナで笑った。
 だが美星は、そんな事に動揺するようなタマではなかった。

「じゃあノイケさんも…」
「私はここに残っていますわ」
「え、一緒に行かなくていいんですか?」
「はい、私の事よりも久し振りのお休みなのですから、充分に羽根を伸ばして来て下さい。家の事は私が対処して置きますので」

 と言ったのが彼女以外だったら天地は強引にでも引っ張って来たかも知れないが、彼女はここにいる人間の中で表も中身も最も大人の女性であった。

 翌日。

「おーい、天地ぃ、来たぞ!」

 朝も早くから天地父の運転するランドクルーザーが天地の家の玄関前に付けられた。

「あ、おはよう父さん。麗亜さんもわざわざ」
「いいんだってば。あ、こんにちは皆さん」

 大型のランドクルーザーの運転席と助手席から天地の父「信幸」と天地の継母の「麗亜」が降りて来た。

「どうもお義父様、お義母様。本日はご足労頂きまして、大変に」
「よっ、すまねえな天地のおとっつぁん、おっかつぁん」
「ちょっと魎呼さん! お義父様お義母様に失礼です事よ」
「い、いやぁかまわんですよ阿重霞さん、却ってざっくばらんな方が気楽で…」
「ほぉ〜ら見ろ阿重霞ぁ、天地のおとっつぁんもこう言ってるんだ気楽にいこうぜ気楽によ」
「魎呼さん、アナタには謙遜の心と言う物が…」
「知んないなぁ〜? ったく阿重霞は堅苦しいばかりでいけねぇよ、ねぇえ〜? 天地ぃ? あれ?」

 魎呼が先程まで隣りにいた天地に抱きついて阿重霞を刺激してやろうかと思ったら、そこにはいなかった。

「天地い?」

 不安に駆られた魎呼(意外と気弱な面を持つ事は13巻のおまけを参照の事)が辺りを見まわすと、玄関で見送りに立っていたノイケが声を掛けてきた。

「魎呼さん?」
「何だよノイケ、アンタは留守番だろ?」
「ええ。阿重霞様、魎呼さん。お二人が話に熱中している間に皆さんおクルマに乗ってしまわれてますわよ」
「「えっ?」」

 ふたりが熱く口論している間に残りの家族はちゃっかりと車内に乗り込んでいた。
 見ると苦笑しながらも「早く早く」と手招きしている。
 何となく顔を赤らめた阿重霞と魎呼が座席に坐るとひとり玄関前に立つノイケが手を振っていた。

「いってらっしゃ〜い」
<全員で>「「いってきまぁ〜す」」 

 全員が乗り込んだランドクルーザーは山道を下って行く。
 途中、この前家屋兼用の雑貨屋からスーパーに改装したばかりの山田商店に寄った。

「やあ西南君」
「あっ、天地先輩おはよう御座います。どうしたんですか? 皆さんして。お出かけですか?」

 スーパーの入り口で帚を握っていたのは山田商店の跡取り息子? の山田西南16歳で、その頭の上に魎皇鬼と同じタイプの小動物…形で言えばネコウサギ…を載せたまま玄関前の掃き掃除をしていた。

「うん、ちょっと東京まで爺っちゃんに会いに行こうかと」
「ああ、遥し…神主さんですか。ずいぶん急なんですね」
「うん、まあ、鷲羽ちゃんがね」

 彼女の奇行を知り合いには知らぬ者はいない。
 鷲羽の行為にはある種の裏付けがある筈なのだが…天才の頭の内など凡才に理解できる筈も無いので「鷲羽ちゃんだから」で大抵の事は納得してしまうのが常である。

「なるほど。あ、今日は大人バージョンなんですね」
「えっと、テレビで知ってるかもしれないけれど、ホラ、東京の連合政府に行ってる爺っちゃんが「東京の」鷲羽ちゃんに気に入られちゃってさ。政府のVIPにそっくりな姿でいくと色々とね」
「それもそうですね」

 あはははは、と女性陣が優勢な中、その中心人物にして唯一の男性と言う共通する立場にあるふたりは笑った。
 この西南も純血種の地球人ながら数奇な運命を切り拓いて来た人間である。
 この山田商店も最近、…と言っても時空融合前だが『不幸の代名詞』、『歩く災難』と呼び慣わされていた高校生の山田西南が何やら遠くの警察学校に行った途端、羽振りが良くなり結構な賑わいのスーパーになっていた。
 現在は何があったか語ろうとしないが、以前の様な災難も…他人を巻き込まない程度に縮小された上に「我こそが婚約者」と名乗る個性豊かな美女八人が取り巻いていた。
 もっとも、その内の四人、霧恋、天音、リョーコ、ネージュとは実際に結婚式を挙げた樹雷の属する銀河連盟銀河法では正式な妻達であり、残り四人も樹雷とは別の銀河連合である蓮座連合の銀河法では正式な婚姻関係にあった、のだが地球の日本連合では重婚は犯罪である。
 それに第一、西南はまだ未成年だ、と言うわけで対外的には住み込みの花嫁修行見習いと言う事になっている。
 これからどうするかは未定だが、今後とも日本連合内に於いては重婚は犯罪であり続けるので、国内でのハーレムエンドは有り得ないのだ。
 そう言う苦しい状況ではあったが、同病相哀れむと言う奴で天地も似たり寄ったりだものだから笑って話を続けた。

「まあ、そう言うわけでこれから新幹線に乗って行かなくちゃならないんだよ」
「あれ? 魎皇鬼じゃダメなんですか?」

 天地の告げたスケジュールに西南は疑問を持った。彼らのステルス技術は二十世紀末の地球製の技術では到底見破れる物では無かったからだ。飽くまで元いた世界、での話だが。

「うーん、それもそうなんだけど。西南君、天音さんや霧恋さんから聞いてない? 今の日本連合の科学者を甘く見ちゃいけないよ」
「それもそうですね」
「うん、っと皆んなの買い物も済んだみたいだし、そろそろ行くよ」
「はい、気を付けて下さいね。何かあったら呼んでください。守蛇怪(かみだけ)で駆け付けますから。な、福?」
「ミャアアァ〜ン♪」
「あははは、まあそんな事にならないように気を付けるよ」
「行ってらっしゃい」

 色々と要り用な物を買い込んだ一行は岡山駅に降りた。
 ここは市内を走る路面電車が有名であるが、それはさて置き、新幹線である。
 旧来の技術を結集した最高速を誇るJNRの新幹線は地方の自治権が拡大された現在に於いてもビジネスマン、観光旅客の重要な足として高い利便性を誇っていたので乗車率も高い。
 とは言え、「のぞみ」は百%指定席なので、何とかまとまった席が取れた。
 やはりと言おうか何と言うか、日本連合の平均的な文明は20世紀後半である。つまり洋装がメインの服装である所に和服とも違うファッショナブルな樹雷の服を着た阿重霞、砂沙美、魎呼が乗り込んで来たのだから目立たない方が不思議であり、しっかり目立っていた。
 もっとも、彼女達の方はと言うと、元の世界でそれぞれ有名人だったので気にも止めていなかったが。
 席順で少し揉めたが、当然天地の両脇は阿重霞と魎呼が占めている。
 新幹線も幅が広いとは言え、横に五席も並んでいるのだから魎皇鬼などと比べると格段に狭い。
 当然の事ながら魎呼がブツクサと文句を言い始めた。

「狭いよぉ〜天地ぃ? 東京に行くならわざわざ汽車になんか乗らなくても、魎皇鬼でひとっ飛びの方が楽で良いじゃん。今からでも魎皇鬼に乗ってさぁ」
「あのなぁ魎呼。目立ってどうする」
「なぁに言ってんだい。今の地球人にゃあ魎皇鬼のステルスモードが見破れる訳がないだろぅ?」
「甘いわね魎呼」
「なぁに言ってんだよ鷲羽。魎皇鬼だぜ、魎皇鬼。地球人の科学力じゃ」
「ここには私の同位存在がいるのよ。それに、色々と興味のある能力者もねぇ〜♪ ぬふふふふふ」

 それが目的か、と会話に参加していた全員は胸中で叫んだ。

「何よ皆して、何か変な物でも私の顔に着いてる?」

 それら面々の顔に浮かんだ表情を見て少し怒気を憶えた鷲羽が睨みつけると全員慌てて顔を振って否定した。

「まあいいか。ねぇえ? 天地殿ぉ〜♪」
「な、何かな? 鷲羽ちゃん」

 突然ブリっ子をして二の腕に抱きついた鷲羽を振り解く事も出来ずに、阿重霞と魎呼の矢の様な視線に耐え続ける天地。
 いつもと違い大人バージョンの豊満な身体で攻めてくるので、流石の天地もたじたじである。

「あ、あの」
「んふふー、…おや? どったの、魎呼ちゃん、阿重霞殿」

 嫉妬に燃えるふたりの心理状態を把握しつつも敢えてそれを刺激する鷲羽にふたりのハートは破裂寸前である。
 このままでは一般人の前にも関わらず、超能力を用いて一大決戦に突入か? と言う所であったが焚きつける神有れば鎮める神も有り。

「鷲羽さん、魎呼お姉ちゃん、お姉ちゃん! 駄目だよ、他の乗客の皆さんの迷惑になっちゃうじゃない」

 人差し指を立てて水色ツインテールの少女が指摘する。

「「「あ、あはははは…ゴメンなさい」」」

 とまあ、家事の実権を握っている砂沙美皇女には頭が上げらないのが天地家の人間関係だ。

「天地兄ちゃんもだよ。もっとちゃんと言わなきゃダメだよ」

 勿論、天地もそう言う意味では弱いのであるが…。

「うん、ありがとう砂沙美ちゃん」

 ぽっ
 恋する少女たる砂沙美は無意識のうちに繰り出された天地の笑みには勝てなかった。
 さて、そんなこんなで新幹線は東へ東へ進んでゆく。

「ああーっっっ、着いたぁーっ!」

 東京駅のホームで大きな声を出して思い切り伸びをする魎呼。
 酒を呑んで酩酊気分でいる時はさほど気にならないが、何分ジッとしていられない性格の彼女は何時間も座席に坐っていたのが効いたようだ。

「こんなに身体動かさないとエコノミストゴーショーグンになっちまうぜ。ヨット、イッチニのサンシ」

 何やら怪しい気な知識を披露すると、実に気持ち良さげに柔軟体操を始めた。

「止しなさいよ魎呼さん。恥ずかしい」

 それを見ていた阿重霞は、まるで自分が恥を掻いたかのように顔を赤らめた。
 だが、宇宙スケールの感覚の持ち主がまだこの場には存在した。

「まあまあ、ここが遥照さんが住んでいるお部屋なんですか? 随分沢山の人がいるんですねえ〜」
「えっ? 天地様、そうなんですか?」

 自分の郷里の常識を元にほとんど天然な台詞を言っているのが九羅密美星一級刑事である。
 確かに美星の所属した銀河アカデミーや驚天動地の惑星・樹雷になら東京駅規模の個人部屋が有っても不思議では無い、と言うか実際にある。

「あの…、美星さん、阿重霞さん。ここはまだ駅です」
「あらまあ、そうなんですかぁ〜、随分狭い駅なんですねえ」
「はは」

 褐色の肌に金髪の美女と言う大変に目立つ美星である。その言葉を聞いた人も少なからず居たのだが…「ああ、そう言う天然(ひと)か」…と納得して足早に目的地へと足を進めて行く。

「えっと。まあその、それじゃ行きますか」

 周りの反応に汗を掻きつつ、ごまかしも何も無いが天地の号令で一行はゾロゾロと乗り換えホームへと歩いて行った。

 さて、柾木・遥照・樹雷こと柾木勝仁は政府の中でも特に公正さを要求される要職に有る政府要人だ。
 その為、彼の生活の場は危急の際にはいつでも首相官邸、国会議事堂へと駆けつけられるように千代田区内の某所に用意されている。
 一見するとただの高級マンションだが、警備レベルは対テロを想定しているのでかなり厳重である。
 天地たちは東京駅恵比寿口のターミナルで蒸気円タク(蒸気駆動のタクシー。創業当初は運賃一円均一であった)を拾い、それに乗り込むと遥照から聞いていた住所を告げた。
 円タクの運転手もそれを復唱し、蒸気円タクを出した。
 外燃機関特有の出力曲線を描く加速度に技術屋でもある鷲羽が興味を持ったのは当然の事だった。

「ふぅん、蒸気圧で動く乗り物かぁ。なかなかユニークな技術よねぇ」
「お客さん、外の人でしょ? 」

 思わずそう呟く鷲羽の言葉に前席の運ちゃんが声を掛けて来た。

「ええ、そうよ」
「やっぱりなぁ。ここに来た外の人は皆んなビックリするから直ぐに分かりまさぁ」
「でしょうねえ」
「この帝都じゃ蒸気で動かないものはないんですぜ、蒸気ランプに蒸気蓄音機、蒸気ラヂオに人型蒸気なんてのも作られてますしね。逆にあっしも一度外の内燃機関ってやつを動かしてみましたが、ありゃあどうにも性に合わんですなぁ。プスンパスンとうるさくていけねえや」
「ま、何でも慣れと言う物が有るしね。仕方ないんじゃない?」
「まあ、神崎重工も蒸気自動車の生産を続けるって事だし。当面は良いんですけどねぇ」
「でも、観光面ってのもあるし。オジさんがタクシーの運転手をしている位は大丈夫なんじゃない?」
「だと良いんですがねえ…と、そろそろ着きますぜ」

 ここ、帝都区は蒸気を中心とした技術が栄えている上に、周囲とは時代が百年近くずれて居る。
 ここでは車輛の乗りいれが極めて厳重に制限されており、その為に区内の道路に元々ここで走っていた蒸気自動車以外のクルマはほとんど無い。その代わりとして路面蒸気汽車が発達しているので帝都民の足となっている。
 元々帝都臣民は歩く事に慣れており平気で二・三時間は歩くのだからそれほど不都合は無いのだ。
 彼らにとっては徒歩が日常の「足」となっていたので、欧州では一般的な散歩の概念が定着していない位である。
 それはともかく、ガラガラに空いている道を円タクは直ぐに目的地へと到着したのだった。

 帝都区を眺望出来るちょっとした高台の上に建築されたマンションは重厚な玄関に守られていた。

「あ、ここだここ。AICマンションの5階っと」

 天地の案内に続いて玄関からホールに入った一行であったが、エレベーター横に設置されたGurdmanBoxから出て来たガタイの良い警備員ふたりが彼らを止めた。

「もしもし、ここは住民の方以外の立ち入りは禁止されていますよ」

 警棒片手に威圧感を発生させている警備員の言葉に天地は思わず足を止めた。

「あ、ボク、柾木天地と言います。爺っちゃん…柾木勝仁に会いに来たんですけど」
「505の柾木さんのご家族の方ですか? おい、そんな予定入ってたっけ?」

 声を掛けて来た警備員は傍らの警備員に聞いた。すると彼はPDAを取り出して画面を操作し始めた。

「いや、予定は入って無いな」
「ではお引き取りください」

 彼は慇懃な態度であったが、有無を言わせぬ口調でそう言った。

「鷲羽ちゃん、電話しなかったっけ?」
「ううん、してないわよ。孫の天地殿がした方が良いと思ってね」
「おいおい、まだるっこしい事していないで、こんな奴らブッ飛ばしてとっとと行こうぜ」
「何言ってるんですの魎呼さん。暴力を振るうだなんて」
「そうだよ魎呼お姉ちゃん。そんな事したらイケナイんだから」
「そうですよ魎呼さん。暴力を振るうなんて、まるで強盗じゃありませんか」

 過激な魎呼の言葉を諌める阿重霞、砂沙美、美星であったが魎呼は反射的にその言葉に反論していた。

「アタシは宇宙海賊だから良いんだよっ!」
「へっ? そうなんですか?」
「当ったり前だろ」
「……やっぱりダメですよっ!」
「ちっ、バレたか」

 そんな調子でワイワイガヤガヤやっていたもので、警備員はイライラを隠し切れなくなって来た。
 何かを警告しようと大きく口を開いた瞬間、天地が皆に聞こえるように言った。

「皆、とにかく外に出ようよ。ここにいたら警備員の方に迷惑を掛けてしまうだろ。表に出てから爺っちゃんに連絡を居れれば良いんだからさ」
「まあ、天地様がそうおっしゃるのでしたら」
「分かったよ」
「異議無〜し」
「は〜い、わかりましたあ」
「私も別に構わないわよ」
「じゃあそう言う事で、あ、どうもご迷惑をおかけしました」

 警備員の監視の前、ペコリと頭を下げて出て行った天地たち一行は玄関から出て行った、かと思ったら直ぐに戻って来た。
 何か異常に早かったなと思いつつ警備員は再度同じ質問をした。

「もしもし? このマンションは…」

 だが、それを言い切る前に彼の前に見慣れた一人の人物が立っていた。

「大丈夫よ。この人達本物の柾木委員長の家族の方達だから」

 そう言ったのは僅か十二歳の天才科学者の鷲羽ちゃんである。見た目は。
 遥照に親しい彼女はしばしばこのマンションを尋ねており、警備員達には顔パスとなっていた。

「あ、鷲羽博士」
「鷲羽…ちゃん!って何時も言ってるでしょ」
「ははは、ごめんごめん。鷲羽ちゃん、でこちらの方達は本当に?」
「ええ、柾木委員長のご家族の方達よ。ちょっと驚かそうと思って連絡しなかったんだって。政府重鎮の一人なんだけどねぇ」
「いえいえ、事情に詳しくない一般人の方では仕方の無い事でしょう。分かりました、どうぞお通り下さい」
「悪いわね、いつも」

 一同が屋内に入って行くと警備員その2が疑問の声を上げた。

「あれ? 鷲羽博士はさっき…」
「あの子の行動は、俺には予想出来んよ」

 それもそうだと警備員その2は肯いた。

 廊下を歩く鷲羽の姿はいつの間にか子供バージョンから大人バージョンに変化する。
 そう、彼女は自在に自分の肉体年齢を操作する事が出来る。
 普段は十一歳位の姿を取っているが、二十台まで自在に変化する超能力を有していたのだ。最近では主に天地を誘惑する時に使っているようだが。
 さて、五階に到着した一行。
 代表して鷲羽がドアチャイムを鳴らすと「どなたじゃな?」とインターホンから声が。

「鷲羽ちゃんでぇ〜す」

 鷲羽が子供鷲羽の声で返事をすると、阿重霞たちは思わずクスクスと笑い声を漏らしてしまった。

「はて? 鷲羽ちゃんとな。少し待ってもらえるかね」

 インターホンが切れると、扉の向こうから軽い足音が聞こえロックが外れる音がした。

「はぁ〜い♪ 遥照殿、お久し…」

 ドアが開くと同時に挨拶をした鷲羽の目の前と云うか下と云うか、そこにはビックリ眼で自分を凝視している鷲羽・F・小林の姿があった。
 白眉鷲羽も今回の調査旅行の第一目標たる研究サンプルNo.001にバッタリ会ってしまうとは露ほどにも思ってもおらず、お互いに一瞬お見合い(お互いをマジマジと見詰めて)してしまった。

「…あ、どうもぉ。えっと、私は柾木委員長の実家に厄介になっている白眉と云う者です。どもよろしくぅ…」

 そう言って彼女は愛想笑いを浮かべると、右手を差し出した。
 だが、流石は鷲羽の同位体のひとり、そんな簡単なごまかしが効くはずもなかった。

「それよりアナタは」
「あ、それから後ろの方達がお孫さんの柾木天地さん、係累の柾木阿重霞さん、柾木砂沙美ちゃん。私の従姉妹の白眉魎呼とペットのリョウちゃんに」
「ああん? アハハ、聞いたかよ天地、イトコだってよイトコ! あははっグハァッ!!」

 魎呼は歳を御魔化して娘と同世代であると主張する鷲羽に思わず吹き出してしまった。
 その代償は見えない位置からの鋭い肘打ちとなって魎呼を襲う事になったのだが。

「ウルサイ、それから彼女も一緒に下宿している九羅密美星さんです」
「はぁ〜い、九羅密美星ですぅ。こんにちはぁ」
「……」

 怒涛の如く勢いのある紹介に圧倒されてしまった鷲羽ちゃんだったが、その素晴らしい頭脳は直ぐに回転を始めて、状況の分析を始めていた。
 焦ったのは鷲羽である。
 とにかく自分の正体を隠そうとしたのは良いのだが、よくよく考えてみると彼女の知りあいに河合砂沙美、水谷美星等の類型がいる事を今更ながら思いだしていたからだ。(※1.時系列的に「おリョウさん」や「ロミオ」とは遭遇していない)
 完全にでは無いだろうが、白尾鷲羽が鷲羽・F・小林の同位体だと言う事がバレてない訳は無い。
 それを裏付けるように鷲羽ちゃんは鷲羽に向かってニヤリと不敵な笑いを浮かべると後ろからやって来た勝仁(遥照)に向き直った。

「あ、柾木委員長。どうやらご家族の方達が来たようですね、私はこれで」
「気を使わせて済まんの鷲羽ちゃん。うむ、またいつでも来なさい。こんな白髪頭の爺さんしかおらんがな」

 鷲羽ちゃんは勝仁にお辞儀をし、その場を退出しつつ興味深げに一同を観察して行った。

「うーむ、まづい」

 鷲羽が焦っているのを後目に、天地達は遥照に再会の挨拶を交わしていた。

「良う来たな天地、元気にしてたかの?」
「うん、爺っちゃんも元気そうだね」
「ホッホッホ、まぁな。阿重霞も砂沙美も変わりないか?」

 遥照はすっかり身に付いてしまった老人風の会話で応じた。

「はい、お兄様。お兄様に置かれましてはお変わりなく、私も安堵の…」
「はいはぁ〜い、砂沙美も元気だよ! お兄様も元気だった?」
「勿論だとも。ま、色々あったがの。ホッホッホ」
「ふぅん、大変なんだお仕事の方」

 砂沙美は眉を伏せて心配そうな顔で勝仁を見詰めるが、心配された方は肩をすくめただけで心配ないと返した。
 因みに、元々彼ら兄妹の年齢差は大きく長男の遥照と末っ子の砂沙美では十歳近くの差があったのだが、消息不明になった遥照を探す旅に出た阿重霞と砂沙美は700年間時間を凍結していた為に彼らの間の実年齢差はかなりの物になっている。
 阿重霞にとってしてみれば、親同士が決めた婚約者である愛しのお兄様を探す旅に出ている間に、当のお兄さんは地球で結婚するわ、嫁さんが亡くなった後銀河アカデミーのアイリと結婚して二人の子供(内ひとりは魎呼の事件以前に)と一人の孫まで設けているわ、実は祖母に当たる樹雷の鬼姫として名高い瀬戸様と密かに接触を持っているわ、で後から知れば散々に踏んだり蹴ったりの期間であると言えなくも無い。
 もっとも、遥照が自分に兄妹としての感情しか持っていなかった事を知り、好意を持った相手が遥照の孫であった事を知った今では過ぎた事としてこだわっていないのだが。

「さて、天地、わしはこれから政府の会合で出掛けねばならん。留守の方、よろしく頼むぞ」
「え…こんな時間から? 残念だけど。分かったよ爺っちゃん」
「うむ。では行って来る」

 遥照は外套を引っ掛けると阿重霞、砂沙美、美星の挨拶を受けながら出掛けて行った。
 ここ連日続いている「使徒発見」についての対策会議の為に。




日本連合 連合議会


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