アンヘル基地
オペレーション、テイルズ・オブ・アメリカが開始されたのが深夜であった為、グロイザーXの救出行動は明け方近い時間帯となった。
宇宙に浮かぶ機動戦艦ナデシコの甲板からプリティーサミーとピクシーミサのふたりの魔法少女が放った必殺技プリティー・コケティッシュ・ボンバーの影響は予想以上に大きかった。
本来の影響範囲であるアメリカ大陸陸橋部を越え、ムーの戦闘ロボットを指揮していたネットワークに潜り込み、中枢部の演算機能を一時にしろ停止せしめたのである。
その影響は劇的な物だった。それまでシミュレーションではグロイザーXがアンヘル基地の邦人救出に進入すれば、ムーの飛行部隊に追跡され、南極に向かうにしろアメリカに向かうにしろ地球滅亡の引き金を引きかねないと予想されていたのだ。
しかし、現在グロイザーXが極めて低空飛行をしているにしろ、全くと言って良い程ムーの反応は無かった。
この事から作戦本部は最終的なGOサインを出した。
100メートルを越す大型機である事を忘れさせる高速度、旋回性能を持ちながらグロイザーXは重爆撃機の編隊(B−52H・20機以上)に匹敵する地上掃射能力を持ち、更に人型に変形して格闘戦までこなす事が出来るスーパーロボットである。
日本連合は一度この機体を不採用としていた。何故なら、この様な過剰な軍備は防衛と治安維持を目的とした自衛隊にはふさわしくないと考えられたからだ。
しかし、その後日本連合は数々の事件に巻きこまれ、敵の真っ只中に取り残された邦人の救出作戦をしなければ成らない状況が増えて来ていた。
そうした時、白羽の矢が当たったのがグロイザーXだったのだ。
この重装甲に更にはバリアーを展開可能で敵の攻撃の中、救出目標上空へ直接乗り込める機体は他に無かったのである。
そして採用後に施された改装箇所は次の通りである。
1.グロイザーXの仇敵の空爆ロボを破壊するための必殺武器、フライング・トーペード(飛行魚雷)の除去。
2.フライング・トーペード除去によって空いた胸部スペースへの突入隊員控え室と要救助者保護室の設置である。
これによりグロイザーXは超爆ロボから強行救助機へと生まれ変わったのだ。
南米大陸が近付くと、ザンス岩礁に仮設された中継基地から操縦していたコ・パイロットのリタからメイン・パイロットの海阪譲に操縦が変わった。
このグロイザーXの航続距離は軽く地球を一周出来る程長大なため、彼らの基地がある茜島からいかなる場所へも6時間で展開が可能である。
今回のミッションでは事前にグロイザーXはERET隊員達を乗せて日本を飛び立ち、作戦の数日前から南米大陸の東に位置するザンス岩礁に仮設されていた中継基地に待機していた。
これは余裕を持たせる為であったが、戦況の為に作戦が若干の遅れを見せた事で彼らは仮設中継基地に足止めされる事となっていた。
しかし、グロイザーX内で彼らの世話をする為に搭載された海上自衛隊用に納品されていたHM−13がいてくれたのでそれ程ストレスは溜まらなかった様だ。
例えそれがロボットであるとは言え、女っ気があると無いとでは雰囲気が大きく違ってくる物だ。
尤も、グロイザーXのコ・パイロットのリタ隊員も女性だが、他にグロイザーXのパイロットとしての役割があるのにERETの屈強な肉体派隊員の世話まで担当させるというのは酷だろう。
この後グロイザーXは南米大陸に強行突入しアンヘル基地にて要救助者たる邦人(この時点で南米各地のムーのロボット集団を偵察していたというムーンベース36分隊女性報道官のシノブ竹内とアンドロイドが増えているという情報は入っていなかったが、座席には充分な余裕がある為問題はない)を救出した後、メキシコ湾に出てパナマ上空を抜けてハワイへと帰還する予定である。
その為にパイロットも通常で二名であり、巡航中はコ・パイロットの監視の元、オートパイロットにて移動し、戦闘域に達すると戦闘に長けたメイン・パイロットの海阪譲に操縦がスイッチされる事になっていた。
グロイザーXが南米上空に達した時点で打ち上げられる筈の対空砲火に対して緊張していたのだが、予想以上にムーの攻撃はまばらな物であった。
グロイザーXを発見した戦闘ロボットが両腕のビーム兵器にて攻撃を行ってくるのだが、それらは単発の攻撃であり、連携された物ではなかった。
これはムー側の情報統制の混乱を示している。
本来ならばレーダーにて発見されたグロイザーXは組織的な攻撃に晒され、撃墜までは行かないものの、手傷を負っているはずだったからだ。
彼らは敵地の上空を攻撃されずに悠々と東へ向かった。
しかし、彼らが到着した時、要救助者が待ちかねている筈のアンヘル基地は炎に包まれていた。
指令マシーンからの指示が途切れた各戦闘ロボット達が混乱に乗じて本能的な欲求を満たす為暴走したのである。
それまでムーの政治機械は戦略的に重要でないこの場所で戦力を消耗する愚を避ける為にアンヘル基地に対して総攻撃を控えていたのだが、指示が途切れた為にムーの戦闘ロボットに備わっている攻撃衝動を抑えきれなくなった個々の戦闘ロボットが暴走に近い攻撃を仕掛けてしまい、それまで彼らの行方を阻んでいた古代人機を打ち破り、遂にこの基地をもその攻撃範囲に含んでいたのである。
動物が侵入する事を防ぐ為の土塁も金網もズタボロに破壊され、敷地内は完全に火の海に包まれ、その内部で活動する人間の姿はなかった。
グロイザーXの乗員達がアンヘルの人間が今も生存している可能性があるのか、それが有ったとして彼らの捜索方法とグロイザーXの安全が保持出来る余裕の時間の検討し始めた時、北西の方向5キロにて火砲の発射光が観測された。
慌てて精密監視をした所、ムーの戦闘ロボットに追われる一団を発見したのである。
グロイザーXは直ぐに頭をそちらへ向けると、砲撃の続く戦火の中へ飛び込んでいった。
100メートルの規模の巨大な爆撃機が頭上に現れた事で、ムーの戦闘ロボット群はその目標を頭上のグロイザーXへと変更した。
しかし、流石に装甲が桁外れに厚いグロイザーは集中するムーのレーザー光線を物ともせず逆に頭部の角から2条のタキオン光弾を地上に掃射し、肩部に設置されたGマシンガンを群がる戦闘ロボットに浴びせ蹴散らし、その隙を縫って要救助者たるアンヘル構成員の前に機体を降ろした。
高度10メートルに懸垂浮遊したグロイザーXの下部から緊急展開装置によって地上に降下したERET隊員達は互いに援護をしつつ、直ぐに銃器を構えてアンヘル隊員達の元へ走った。
もちろん彼らが走っている間もグロイザーXからは並みの戦車など蒸発させてしまう様なエネルギーを持った光線兵器の数々が辺り一面へ発射され続けており、一定の範囲からムーの戦闘ロボット群が掃討された事を確認したパイロットの海阪譲は直ぐにグロイザーバリアーを展開した。
その境界線上に立っていた樹々を吹き飛ばし、安全地域が確保された事を確認するとERET隊長の神命龍明は彼らをグロイザーX下部に開いた搭乗口へと急がせつつその場にいた責任者と思われる老人へ声を掛けた。
「我々は日本連合からの救出チームだ。この場にいる者達で全員か?!」
「いや、囮になって敵に飛び込んでいったパイロットがふたりほどまだ戻っていない、それとひとり行方不明だ。彼女の事は諦めているよ・・・」
「・・・パイロットの方の生存の可能性は?」
「人機に乗っている以上、そう簡単にはやられたりせんよ。だが、な」
「了解した・・・撤収する。海阪、聞いての通りだ。上空にて存在が確認出来れば救出に当たるかもしれん。周囲の監視を密にしろ」
<了解。搭乗を急いでくれ。ロボット共が集まってきている、直ぐに飛び立つぞ>
「分かった」
既に要救助者の収容を済ませていたグロイザーXは扉を閉めると垂直に上空へと上昇した。
地面に展開したロボットから苛烈なレーザーの集中砲火を浴びたが、グロイザーXは意に介さず定位旋回しつつ周囲の捜索を行った。
その頃、小河原両兵と津崎青葉の両名は人機「モリビト2号」に乗り込みテーブルマウンテンの陰に隠れてムーのロボットの追撃をかわしていた。
2メートル台のムーのロボットと15メートル超の人機とでは圧倒的にコンパスに差異があった為、モリビト2号が有る程度まで引きつけた後にこの複雑な地形にて走り出したら追いつけなくなった為である。
コンパスの大きさはそのまま不整地に於ける踏破力となる。
2メートル台のロボットには2メートルの段差は大きな物だが、15メートルの人型兵器にとっては些細な段差でしかない。
モリビト2号のコクピット内部ではふたりのパイロットは息も荒く、周りの状況を確認していた。
「ねぇ、両兵」
「ああっ? 何だ」
「みんな無事に逃げられたかな?」
「さぁな、出来るだけこっちに敵をおびき寄せたが、敵もバカじゃねぇだろ。1トントラック1台がこのジャングルの中じゃな」
「そんな!? 両兵は心配じゃないの!? 自分の親でしょ」
「お前の母親もいるじゃねぇか。あの中にはよ」
「・・・・・・あんな人、私の親じゃないよ。あの人にとって私はただ利用出来るだけマシな厄介者なのよ。あんな人なんか!」
「ふーん、オレにはどうとも言えないから何も言わねぇがよ。それに楽観的に見て助かるならな、幾らでも楽観的になってやるけどな」
「・・・うん・・・。結局・・・助けに来なかったね」
「あん? 何が?」
「何がって・・・助けに来るって言ってた日本連合とか言う所の、ホラ」
「ああ、アレね。俺は元々期待していなかったからな」
「両兵って、冷めてるね」
「こらっ、」
両兵と言った少年は青葉という少女の額にデコピンをかました。
「あたっ! 何するのよ両兵」
「年上の男を呼び捨てにするなって言ってんだろう。いつもいつも」
「う、うん。でも両ちゃんは両ちゃんだし、両ちゃんでいい?」
「良い訳ねぇだろうが・・・」
ゴリゴリ
「あ、痛い痛いよぉ! ちょっと、か弱い女の子に酷いじゃないのぉ」 ・・・ジワ・・・
少し涙目で非難する青葉に両兵も少し怯んだのか慌てて手を放した。
ふぅぅ、と言って口の端を歪め始めた青葉に不穏な物を感じたのか両兵は後ずさるが、その時、無線機から雑音混じりの声が響いてきた。
<両兵! 青葉ちゃん! 生きていたら返事をしてくれ!>
聞き慣れたその声にふたりは思わず顔を見合わせた。
「オヤジ! 無事だったのか?!」
両兵は備え付けのマイクに齧り付いて叫んだ。
<ああっ、ようやく助けが来てくれてな。今は機上にいる。そっちの状況は!?>
「こっちはピンピンしてるぜ。モリビト2号にもパイロット2名にも異常はないぜ」
<そうかそれは良かった。両兵は兎も角青葉ちゃんに何かあってはアイツに顔向けできんからな>
「ああ? まぁいいか。こっちは今ポイントD近くの岩陰に隠れて居るんだ。来れるのか!?」
<そうか、今から掛け合ってみる。待ってろよ>
「ああ」
そう言ってマイクを置いた両兵の顔は流石に緊張が解れたのか、少しばかり緩んでいた。
「良かった、みんな無事だったんだ。はぁ」
「安心するのはまだ早いぜ」
「え、なんで」
「奴らだ」
両兵が指し示す先には確かにロボット兵が姿を現していた。
しかも中には指揮官機である「軍曹」と呼ばれるロボットまで混じっていたのだ。
これは兵士と違って人間を殺す為だけの思考ルーチンを更に高度に巻き上げた物を持っており、部下を状況に応じて動かせ、獲物を効率よく追い立てて仕留める技能を持つ難敵であった。
「このままあいつ等に接近されてから逃げ出したんじゃ手遅れだ。直ぐに移動する。良いな」
「うん。奥に逃げ込めばいいのね」
「ああ。取り敢えずは時間稼ぎだ、逃げ出しちまえばこっちの勝ちだからな」
「分かった」
「それじゃ行くぞ。1,2のサン!」
両兵がカウントを取ると同時に下半身制御担当の青葉はモリビト2号を前方の谷に駆け出させた。
ロボット群も直ぐにそれに気付き、顔をモリビト2号に向け攻撃の姿勢を取った。
しかし彼女はそれに怯まずに機体を右の方へターンさせ、谷の奥へ向かってダッシュさせたのだが、その眼前に半分壊れた様な最後の古代人機が立ち塞がっていた。
「ウソォ!」
青葉は慌てて急制動を掛け、その場に立ち竦んだ。
「チクショウ! まさか奴ら手を組んだって言うのか?」
両兵は上半身に格闘戦の構えを取らせて出方を待った。
「クソッ! 前門のトラ」
「後門の狼ね」
古代人機は鍵穴の様な形状の両端から鞭の様な形状の物を伸ばすとビュンビュンと音を立てて振り回し始めた。
青葉はそれを注意深く観察していたが、何か異様な気配がした事を感じると操縦桿を反射的に引き倒していた。
突然の機動に両兵はコンソールに頭をぶつけて呻いたが、彼女の持つ驚異的な虫の予感の威力を知っていた彼はうめき声を上げただけで直ぐに姿勢を正した。
正しく、その行動は敵の攻撃を避けきっていた。
但し古代人機の物ではない。背後から放たれたロボット共が放った無数のレーザーの光条で有る。
極端に低い姿勢を取ったモリビト2号はそのまま崖っぷちに駆け寄り半身の体勢で攻撃に備えた。
一方、空かされたレーザー光線は誤らず古代人機へと殺到した。
まるで雨の様な無数の光条を古代人機は鞭の様な物で払い続けていたが避け切れぬレーザーがその機体を灼いていた。
取り敢えず、敵同士が手を組んだという懸念は払拭されたが最低な状況に変わりはなかった。
「どうするか、取り敢えず両方に挟まれているのは嬉しくねぇ。ロボット共は元気だし、ヤッパ奥に行くか」
「うん。今だったら行けるよきっと」
モリビトはジリッと歩を伸ばすと、タイミングを窺った。
その時、グロイザーXは上空からその状況を監視していた。
曲がりくねった谷は奥に行くと急激に狭まっており、既にモリビトの居る位置でさえグロイザーXが侵入するにはかなり狭いと言わざるを得ない状況なのだ。
その為、両兵の父親、小河原現太は無線機に告げた。
<待つんだふたりとも。奥に行っちゃイカン>
突如聞こえてきた声にふたりは困惑した。
この目の前の状況が掴めていないのか。
しかし、見えているからこそ指示が出せるのである。
現在モリビト2号が選択する事の出来るルートは限定されていた。
莫大な段差を持つテーブルマウンテンに挟まれたこの地峡を奥に進むか、それとも引き返すかだ。
そのどちらにも敵がおり、決して彼らを見逃す事など無いだろう。
「何でだよオヤジ。このままじゃ古代人機を倒したロボット共にやられちまうぜ」
<今から救出に向かうが、この機体は大きすぎて今居る地点まで入り込めないんだ。この機体でも援護するから10数えたら飛び出してこい!>
「じゅう? ふざけるなよ、そんなの早すぎるぜ」
<10,9,8,7・・・>
「あああ〜、分かったよ。行くぞ青葉!」
「う、うん! 両兵」
<5,4,3,2,1,ゼロ!>
「ダッシュ!!」
両兵の掛け声と同時に青葉はモリビト2号の操縦桿を押し倒し、アクセルを踏み込んだ。
遮二無二飛び出したモリビト2号の眼前には結構な数のムーの戦闘ロボットの群れが立ち塞がっていた。
ちなみにモリビト2号のキャノピーは直接目視タイプの風防である為にパイロットに掛かるプレッシャーはカメラを介した間接系とは比べ物にならない程に、怖い物がある。
「あっっっ!」
それらが一斉に腕のレーザー砲をモリビト2号に向けた為、やっちゃ行けない事と知りつつ青葉は踏み込んだアクセルを緩めそうになってしまった。
「青葉! 一気に駆け抜けろ!」
「あ、う、うんっ! 分かってる」
両兵に焚きつけられた青葉は気を引き締めると左右に機体を振り、殺到するレーザーを次々に避けていった。
「うそ、本当に避けられちゃった」
自分でも信じられないと言った感じで彼女は呟いたが、後席の両兵はフッと口を歪めた。
「さぁさぁドンドン行くぞ」
「うん!」
彼らは来た道を急速に引き返すと、谷の出口に近付いた。
<そこから出たら、モリビトごと飛び乗れ!>
「えっ、でも・・・」
「幾ら何でも、飛行機なんかに人機が飛び乗ったら屋根を踏み潰しちまうんじゃないか?!」
現太の指示にふたりは否定的に答えたが、現太は言い返した。
<このグロイザーXを見たら腰を抜かすぞ。タイミングを合わせて飛び移れ!>
「分かったよ」
そして谷を抜け、そこに広がっていたのは・・・ロボットの群れだった。
実に壱〇〇〇機近くものムーの戦闘ロボットが待ち受けていたのである。
「しまっ・・・!」
次の瞬間、ロボット達は激しい光を放った。
「うわっ! 」
「きゃあ! 」
激しい地響きと共にかなりの数のロボットが爆散した。
「「 えっ・・・」」
呆然とするふたりの目の前を、100メートルを超える巨大な超爆ロボ・グロイザーXが地面スレスレの高さを豪速でフライパスしながら地上目掛けてGマシンガンを掃射していった。
流石は超爆ロボの名を持つだけある。爆撃機としての能力をオミットしてありながらも充分すぎる対地攻撃能力によってかなりの数の戦闘ロボット群にダメージを与えていったのだ。
一旦地面から距離を取ったグロイザーはそのまま上空へ向けて進路を変えると、アフターバーナーを吹かしたF−15並みの上昇力で高度を取った。
因みにその時にタキオンエンジンから噴射された波動エネルギーの余波だけで、地上にいたムーの戦闘ロボットにかなりのダメージが与えられている。
そのまま飛び去ってしまうかとも思えたが、高度一万メートルで背面飛行に入り、そのまま急降下姿勢で再度のアプローチを掛けてきた。
<両兵、次のタイミングで飛び乗れ>
「お、おう」
モリビト2号は身構えてタイミングを待った。
グロイザーXは少なくない数のレーザー砲の火線に曝されながらも再度低空からのアプローチを開始し、腹を地面にこすりつける様な曲芸紛いの飛行技術でもってモリビト2号の着機をし易くしていた。
「今だ!」
「はいっ!!」
モリビト2号の足が大地を蹴ったその瞬間、その脚に鞭の様なものが絡みつき、その動きを封じた。
「キャアアアア!!」
ピンと伸びたそれによって、モリビト2号はグロイザーXに飛び移る事が出来ずに地面に倒れ伏した。
「何だ! 一体!? うわっ」
衝撃でクラクラする頭を抱えながら両兵が振り返ると振り切った筈の古代人機がそこに立っていた。
「こいつっ! しつこいぞ・・・青葉やれるか?!」
「う、うん。なんとか」
青葉も衝撃でクラクラしつつも何とか操縦桿を握り直した。
そのコンソールにはイエローランプが点灯していたが、幸いにもレッドランプの点灯はなかった。
しかし、両兵の側のコンソールには点っていたのである。レッドランプが。
・・・左腕に重大な損傷有り・・・
それはそう示していた。
古代人機の鞭攻撃を両兵は辛うじて避けていたが、片腕では完全という訳には行かなかった。
青葉はその事を不審に思い、何故両腕を使わないのかと両兵に問い掛けた所、最悪の答えが返ってきた。
既に敵の鞭は脚に絡みついており、これを排除しつつ、残りの鞭攻撃を避けなければならないのだ。
敵の力は強大で、ジリジリと機体は引き寄せられ、撃破の危機にある事は確実であった。
また、グロイザーの援護も、こう敵味方が接近していると的確なモノが出来ずに味方を傷つけてしまう可能性があった為、不可能であった。
しかも、グロイザーからは観測されていたのだが、ムーの後続部隊が続々と接近しつつあり、この場にていつまでも旋回待機している訳には行かなかったのだ。
残り時間、あと10分。それがの邦人救出部隊の責任者であるERETの神命が下した判断だった。
モリビト2号も必死で抵抗したが、傷が増えるばかりで一向に希望の光は見えず、残り時間は1分を迎えてしまった。
<ふたりとも、聞いてくれ。敵の大部隊が接近してきている。最後に一回だけアプローチを行うから何とかそれに間に合わせてくれ>
スピーカーから何とも沈鬱な声と共にメッセージが届いた。
ふたりは眉を歪めたが、泣きもせず、また怒鳴り散らしもしなかった。
間に合わなければ見捨てると言われたのだが・・・ふたりも現在の状況を的確に捉えており、そうしなければならない理由が良く分かっていたからだ。
そうでなければ、わざわざ囮役など引き受けては居ない。
そう、一緒に囮役としてナナツーウェイカスタムに乗り込んだ緑の髪のムーのアンドロイドの少女も最後までふたりが生き残れる様に戦ったではないか。
この谷の入り口、つまり彼らが戦っている直ぐ脇に大破したナナツーウェイ・カスタムとその臨時の繰手であるムーのアンドロイド少女が横たわっていた。
機体は大きく破損し、特にキャノピー周辺には重大な加重が掛かり、破壊されていた。
あの状況で生き延びられる人間は居ない。
ふたりはあの娘の為にも最後まで諦める訳には行かないのだ。
残り50秒。
逆に古代人機に突撃していったモリビト2号はショルダーアタックで相手を蹌踉めかせた。
その隙を突いて青葉は強烈な蹴りを鞭の根元にお見舞いした。
ブツッと云う音共に鞭は千切れモリビト2号は自由になった。
更なる連続攻撃で壊れた左腕を叩き付ける様に古代人機を殴りつけ、転倒させた。
残り40秒。
モリビト2号は踵を返すと谷の出口へと向かった。
残り30秒。
上空を見るとグロイザーはファイナルアプローチに突入しており、もはややり直しは効かなかった。
残り20秒。
ふと、モリビト2号のキャノピーに掛かっていた月明かりが途切れた。
上を見ると、再度立ち直った古代人機が鞭を振りかぶり攻撃を仕掛ける所だった。
青葉は咄嗟に左に避け、ジリジリと前に出て時間とタイミングを見計らった。
残り10秒。
グロイザーの姿は目前に迫って来ていたが、それよりも早く古代人機の攻撃がモリビトに襲い掛かろうと、見る見るうちに接近して来た。
残り05秒。
「両兵様、避けて!」
スピーカーから飛び込んできた割れた声が聞こえた瞬間、青葉はその場から20メートルも右に機体を動かしていた。
それと入れ替わる様にあの、大破したはずのナナツーウェイ・カスタムが飛び込み、鞭の攻撃を受けつつ古代人機もろとも大地に転がった。
残り0秒。
「ファントムッッ!!」
サイドステップと同時にモリビト2号のバーニアを吹かし行ったダッシュジャンプによってモリビト2号は脚部機構が許す以上の大ジャンプを行い、空中へ舞った。
空中へのファントムという今まで行った事の無い状態に、両兵と青葉は瞬時に姿勢を正すと言う難作業をこなした。
だがグロイザーXのスピードに僅かに及ばない。
「両兵っ!」
「おうっ! そこだぁっ!」
青葉が掛け声と共にバーニアのリミットを外し、残存燃料を120%で叩き込むと両兵はグロイザーXの背中に手を伸ばした。
「届けぇっ!」
「届いてぇ!」
彼らの必死の願いが通じたのか、次の瞬間、モリビト2号はグロイザーXの背中に無事着地していた。
必死で青葉が両脚を踏んばり、両兵は無事だった右手を機体の縁に固定、ふたりは必死で転がり落ちぬ様にモリビト2号の姿勢を正した。
漸くひと息ついた両兵はスピーカーから漏れてくる声に集中していた。
<ザ・Zzザー、両兵様が無事で良かった・・・>
「おい、お前無事だったのか? 生きていたのか?」
<フフ、イヤだ両兵様ったら。アンドロイドは元々生きていません。活動しているだけです>
「そんな事はどうだって良い。無事なんだな?!」
<・・・いいえ、余り無事とは言えません。どのみちこの状態から生還出来る確率はとても低いです>
「おいおい、そう簡単に人生を捨ててんじゃねえぞ。お前にはしなくちゃ何ねえ事があるんじゃなかったのか」
<・・・そうですね。私達アンドロイドはこの電池が尽きるまで人間の方達に尽くして尽くして尽くす義務があります。私の電池の寿命はあと10年程・・・活動を終えるにはまだまだ早すぎますよね>
「ああ、さよならなんて早すぎる。俺は、お前に酷い事をいっちまった、それなのにお前は俺の命を救ってくれた。俺はまだ借りを返していないんだ、死ぬんじゃねえ」
<ハyzZZ・・・いつの日にか又・・・お会い出来る機会をお待ちしております。・・・サヨナラ・・・両兵様・・・バイ・・・・・・・・・・・・>
モリビト2号のキャノピーから見える景色は見る見るうちに彼らがいた場所から遠ざかっていった。
夜の帳に包まれた谷の入り口がほとんど見えなくなったと同時に、ポッと閃光が発せられ、直ぐに消え去った。
その意味する所に気付いた両兵は一瞬声を失った、5秒程息を呑んだ両兵は堪らずにマイクに向かって吼えた。
「モーム!!」