降下兵団を満載した装甲シャトルは順調に弾道軌道を進んでいった。
異変が発生したのは艦載レーダーへの光点の集結という形であった。
サブ・パイロットが警告音を鳴らし始めたレーダーコンソールに注目すると、障害物レーダーに前方から不自然な軌道を描く障害物が多数接近してくるのが確認された。
一〇〇〇キロ前方を秒速三〇キロで接近してくるのを見て取った彼は前方を警戒する戦闘機群へ迎撃の指示を発した。
例えそれが敵戦闘機でないとしても、充分に致命傷となるのが宇宙である。
大航海時代、羽子板一枚下は暗黒の地獄と謳われ、時代は移ってエアロックの向こうは真空の地獄。
宇宙戦闘機隊は接近しつつある障害物を除去すべく過剰とも言える無数の対宙ミサイルを放った。
しかし、その爆発を乗り越え、その物体は殺到してきた。
真っ赤な蟹のような機体に航宙用ブースターを括り付けたインビットの尖兵、宇宙用イーガーの群れである。
それらは背中に設置された光線兵器をバラ撒きつつ圧倒的な数で戦闘機隊に突撃し瞬時にして壊滅せしめた。
弾道軌道に対して多少の軌道修正を行える物の、基本的に直線的な動きしか出来ない宇宙戦闘機では格闘戦をも前提にしたイーガーの敵ではなかったのだ。
まるでシャワーのように浴びせられるビーム兵器を戦術コンピューターが予想しバーニア噴射にて避け続けるが、そこへ急接近してきたイーガーが音速を遙かに超える相対速度にも関わらず接近するとコクピットへ格闘用の爪を叩き付けた。
レールガンの直撃と同様のエネルギーを受け取った機体は一瞬にして爆散した。
もちろんイーガー側にも甚大な被害が出ていたが、彼らの後方にはまだまだ無尽蔵なインビットの戦力が控えていたのだ。
衛星軌道に浮かぶシャコ貝のような「シェル」、その蓋の中には一〇〇〇体を超える宇宙用イーガーが収められているのだ。
戦闘機隊を失った降下船団はパニックに陥った。
だが、インビットは容赦なく自分達の領土へ侵入した敵を排除すべく行動を開始していたのである。
この時実はインビットの戦力は半減していた。
時を同じくしてナデシコAとナデシコBのナデシコ艦隊がこの宙域へ進行していたからである。
彼らは重力制御システムにてゆったりと余裕を持って南米上空へ接近してきていた。
彼らには重力歪曲場(ディストーションフィールド)と云う防護壁(バリアー)がありほぼ全てのエネルギー弾を弾き返し、接近する質量を持った敵に対してはインビットを遙かに超える俊敏さと運動性を持ったエステバリスで対処していた。
そして突入角度の問題からほぼ一定の角度で押し寄せる本隊に対しては3つのグラビティーブラストを以て一気に殲滅。
問答無用の戦力を以てインビットを蹴散らしていたのだが、アメリカ航宙軍にはそれだけの火力がなかった。
有るとすれば核を以て外無いのだが、至近距離に於ける核爆発は自滅行為に他ならなかった。
次々に押し寄せるイーガーは必死で抗戦する降下用シャトルに取り付くと、その爪を以て装甲板を引き千切り始めた。
キャビン内は与圧されており、裂けた装甲板から爆発的な勢いで空気が吐き出され、それと共に座席に固定されていた降下兵たちは座席毎宇宙空間へ吸い出されていった。
後続のブロンコ II 達の抗戦も焼け石に水、シャトルの機体をバラバラにされて行くのを歯痒い思いで見守る事になってしまったのだ。
この時、ナデシコ戦隊との距離は一〇〇〇キロ、エステバリスでの援護には距離が有りすぎた。
ナデシコAブリッジ。
その正面ディスプレイには壊滅して行くアメリカ降下兵団の光景が映し出されていた。
「ルリちゃん・・・」
「ダメです艦長。あまりにも敵が接近している為グラビティーブラストでの援護は不可能です」
「でもこのまま見ている訳には」
その時ユリカの顔には苦痛の表情が滲み出ていた。
自分達の実力、距離、敵の戦力、そして攻撃を受けているアメリカ軍の残り時間。それら全てが彼女の頭の中で計算され、その天才的な能力が弾き出すのは「不可能」の文字だけである。
「もちろん、現在我々が担っている任務を放棄して駆けつければ彼らを救う事は二〇パーセントの確率で可能です。しかし、良いのですか? 私達の行動如何で南米にいる民間人の救出作戦が失敗するかも知れないんですよ」
ルリもまた内心に痛みを感じつつ、冷徹に言った。
この場面で自分が冷静でなければ誰がこの事実を艦長に突き付けるのか。
「そうだ! 白鳥さんのゲキガンガーなら」
「はい、確かに独自の相転移エンジンを積んだマジンならばあの戦域に突入は可能ですが、戦力差が有りすぎます。マジンの機動性ではイーガータイプの機動性に追いつけません、またディストーションフィールドもナデシコの物に比べて薄いので取り付かれる可能性大です。それでもですか?」
ユリカはルリの問いかける視線に目を逸らした。
そこには最近彼とつきあい始めたハルカ・ミナトの厳しい視線があったのだが。
『それでもだ!』
そのセリフを聞いた途端、ハルカは抗議の声を上げそうになったのだが、その言葉を吐いたのがユリカではないと気付き正面に浮かび上がったコミュニケの画面を凝視した。
『義を見てせざるは勇なりき。優人部隊白鳥九十九、参る!』
「白鳥さん!」
『ハルカさん、私は帰ってきますよ。帰って熱血ロボ ゲキ・ガンガー3 第25話の続きを見る約束をしていますから。では』
そう言うと彼はナデシコに付けていた40メートル程のマジンの機体を発進させた。
マジンはナデシコAのディストーションフィールドの外、1キロに位置を固定しエネルギーを溜め始めた。そして。
『跳躍ぅっ!!』
彼が叫ぶと不意にマジンの姿が消えた。
「マジン、レーダーに反応。距離100宇宙キロの位置です、連続ボゾンジャンプ続行しつつ戦闘域に接近中」
ディスプレイには彼の操縦するマジンがボゾンジャンプしながら接近して行く様子がCGで表示されていた。
やがてそのグラフィックは交戦域の中に出現した。
「ゲキガンビーム!」
白鳥が叫びながらスイッチを入れるとマジンの胸に設置された小型のグラビティーブラストが撃ち放たれた。どうやら音声入力システムではないようだ。
黒い重力の歪みが密集していたイーガーをたちどころにして撃破して行く。
突然現れた未知の敵にイーガーも戸惑いを見せていたが、一時的にシャトルの破壊を止め新たな脅威に攻撃対象を変更した。
「ふふふ。狙い通りだな。そこのシャトル! この敵をオレが引きつけている間に戦域から脱出するんだ!」
白鳥が通信を入れると画面の向こうのパイロットは目を白黒させながら叫んだ。
『What’s !!?』
「うっ・・・失われしメリケン語・・・あー、あいむユウジンチームろぼっとパイロット、えねみーあいむ引き受けーた、サッサとりたーんしやがれ!」
何故か逆ギレした白鳥に意味は分からなかったが何を言いたいのか理解したシャトルのパイロットは直ちに軌道修正を掛けた。
この時点でシャトルの残存数は僅かに3機。
そこに群がっていたイーガーは大挙してマジンに殺到してきた。
イーガーはビーム攻撃を開始するがマジンのディストーションフィールドに阻まれ、そのビームはマジンには届かなかった。
それを見て取るとイーガーは接近戦を挑んできた。
流石に一撃でディストーションフィールドは破れなかったが、一機、また一機と突撃して来るに連れてディストーションフィールド発生装置に大きな負荷が掛かり始めていた。
だが、未だにシャトルが離れていって居なかった為に彼はそこに踏みとどまっていた。
そしてシャトルが安全圏に到達した頃にはその負荷はボゾンジャンプに耐えられない程大きくなっていたのである。
「・・・ハルカさん・・・どうやら約束は果たせない様だ・・・」
今、マジンのディストーションフィールドの外周にはイーガーがビッシリと密集しており身動きが取れない状態であった。
そして更に、センサーに無数の物体が接近してくるのが感知されたのである。
「こ、この反応は!? バカななんでこんなところにお前達が!?」
白鳥はそこに居るはずの無いものを見、驚愕の顔を浮かべた。
ナデシコA、Bでもその情景はハッキリと確認されていた。
そして爆発。
超望遠映像は閃光に包まれた。
「・・・し・・・白鳥さん・・・う、うぅううわぁあああああ!!!」
沈黙した艦橋にはハルカの絶叫だけが響いていた。
「艦長! アナタが、アナタが無茶な命令を出したから、白鳥さんが、アタシの九十九がぁ!!」
「ゴ・・・・・・めんなさぃ・・・」
自分の命令に従った人間が死んだ。
戦争の指揮官としては当たり前の事実が彼女の心を蝕んだ。
それは激しい脱力感、無力感を彼女にもたらした。
沈黙に支配された艦橋に小さくコミュニケが開いた。
その画面の中にはひとりの男の顔が映っていた。
通信士であるメグミはやり切れない思いでハルカの泣き声を聞いていた、だからその画面に映った顔を見て一瞬驚愕した後、怒りが奔流となって溢れてしまった。
「何ですかヤマダさん。こんな時に。白鳥さんが亡くなったんですよ?! なのに何でそんな気の抜けた声を出してるんですか?! 不謹慎でしょ?」
『それがそのぉ、お恥ずかしながら生きてます』
「へ?」
良く似た顔とは言え、持つ雰囲気が異なるガイと九十九。
よくよく見てみると彼が着ているのはエステのパイロットスーツではなく、ゲキガンガー3の主人公、天空ケンが着ているパイロットスーツを模したコスチュームであった。
「ナデシコAの側にボゾンアウト反応有り、マジンと・・・不明機1」
空かさずルリの報告が入った。
小さく縮こまったウィンドウに注目するブリッジ要員達。
そこに新たなウィンドウが開いた。
『ここからはオレが喋るとしよう・・・』
突然の闖入者に戸惑うブリッジ要員達、それもそうだろう、全身黒尽くめの怪しい男がバイザーの様な大型のサングラスを掛けたままニヤリと笑っている画面だったのだから。
思わず引いてしまったのも無理はない。
『・・・ナデシコ・・・聞こえているな?』
その男はニヒルな嗤いを口元に浮かべて改めて問いかけた。
「もちろん聞こえてるよアキト! 」
なにっ! と声を発したユリカ以外、画面内の男も含めて目を見開いた。
『うっえへんっゥエッヘェンッ! 残念ながらオレはクールでニヒルなナイスガイ、テンカワアキトという者ではない・・・』
「だーれもそんな事言って無いっつうの」
「ですよねぇ」
外野の鋭いツッコミに焦るアキ・・・もといブラックプリンス。
『見ての通り、白鳥九十九とマジンはオレが救出した。この宙域に集まっている敵の目はこのオレ、BPとこの船ユーチャリスが引き受ける。お前達は早く目的地に向かえ』
「えーっ? でもアキトひとりで大丈夫なの?」
『呼んだかぁユリカ?』
ユリカが自称BPに話し掛けると会話を受信オンリーにしていたテンカワアキトのウィンドウが開かれた。
「あれ? アキトだ、じゃあこっちのアキトは・・・アキトは・・・アキト?」
『とにかく、お前らは行け。それから白鳥、惚れた女を泣かせるな・・・。ナデシコ! ここはオレ達が引き受けた! 行くぞラピス』
「『ラピス?』」
動揺していた自称BPが不用意に呟いてしまった名前を聞いて同名の同級生を持つルリとナデシコBで通信を傍受していたハーリーは思わず声を上げてしまった。
『い、いや「ラビス」。ジャンプ!』
そう言うと彼の乗る重戦闘機の様な重装エステバリス・ブラックサレナはボゾンジャンプして消えた。
その光景を目にしてナデシコBの艦長星野・ルリは驚きの声を上げた。
「あれは単独のボゾンジャンプ・・・つまり彼はA級ジャンパーと言う証拠・・・ふふふ、正体バレバレですよ。相変わらずですね」
ボゾンアウトしたユーチャリスは艦体を開くとそこから無数の小型無人兵装、通称バッタ、ジョロを放出しイーガー達の動きを攪乱しつつ壁を作り上げた。
そしてブラックサレナは中の人間の事など考えていないような激しい機動でそれらを一箇所に追い立てていった。
そしてグラビティーブラストを斉射。
イーガー達は効率よく破壊されていった。
その頃、アメリカホワイトハウスにて、ホイットモア大統領は自国の秘蔵っ子である降下兵団が壊滅の判定を受けた事を知らされた。
そして彼はひとつの非情な決意を固めたのである。
それはメキシコの地に余りにも悲惨な結果をもたらす事になったのであるが。