この戦いに於いて日本連合政府はひとつの秘策を用意していた。
日本が唯一その秘密に気付き始め、活用次第では悪魔にも天使にも打ち勝つ事の出来る神秘学。
この時点ではムーなどの自律意識を持つロボット等の高度な電子制御機器に対する防衛不可能な切り札として、後には恩恵が大きい分だけ反動も大きい機械文明の影響を少なくする為に日夜研究が進められていったのである。
ただ、完全自律性人工知性体であるムーには劇的な効果が期待出来た霊子力兵器だが、この時点では未だに出現していなかったゾイドという魂を持つ金属生命体に対しては生命が持つ霊力に対する自然な防衛力の為にそれ程の効果は期待出来ないのであったが。
霊子力に関する研究が成され始めた現在、この時点の研究の最初期に於いてはほとんど科学的な霊力の制御方法は存在していなかった。
その為、これを運用する為には特殊な技能を有する者達、俗に言う霊能力者達の協力が不可欠であったのだ。
幾多の世界に自称・霊能力者達は沢山居たが、実際に力を持つ者は少なく大半がインチキ霊能力者であった、しかしGS世界のGS=ゴーストスィーパーズはある程度まとまった力とそれに見合った技能を有する事で知られていた。
もちろん、この時点で「魔法」そのものを持つ者達も存在していたのだがその大半が在野に隠れてしまっており決して表に出てくる者はなかったという。
この時点で既に魔法使いと目される人物が出現した事件や映像による記録も残されていたのだが、新世紀元年12月末のお台場のあの事件の際に魔法を使ったとされるマジカル・エミなる魔術師もあの後忽然と姿を消しており、その後の日本政府が誇る諜報組織による懸命な捜索網にも全く触れる事がなかったのである。
あの事件の時確認されていた人物の中には今以て正体が不明である人物が数多く、ショッカーの黒幕をそそのかしたとされる手配番号029通称「戦闘員その1」や手配番号031「鉄腕少女」等がおり、未確認魔術師001「マジカル・エミ」と共に全国に手配中であったがまったく手掛かりが存在しないのだ。
特にマジカル・エミの場合、所属していたマジック・サークル(手品倶楽部)に登録されていた住所も偽造されたものであり、その痕跡の無さから元からマジカル・エミと云う人物が存在しなかったかのように思える程であった。
その為、魔法関係からアプローチを開始する事を諦めた鷲羽博士を中心とした神秘学研究プロジェクトチームは手のつけられる技術、霊子力の活用から手をつける事になったのである。
今回の作戦で使用する霊現象は極めて限定されていた。
対象がムーである為、その範囲は広かったが霊障自体ではなく、その主な副産物である電子機器の動作障害を再現する事になっていた。
その為、目的地である中米を挟んで太平洋側の遣中米艦隊と大西洋側の大西洋調査艦隊、そして中米上空の機動戦艦ナデシコの3隻を以て頂点とし、それぞれに霊力子の源の精霊石を媒介として目標域に共振現象を発生。
その範囲内の電子機器をフリーズさせようと云う物であった。
しかし、実験室での検証の結果、2点間にGS横島謹製「同調」の文殊を使用したGS達が共振波を発して霊力フィールドを形成する事に成功はするだろう事は分かったのだが、その後の電子機器の機能停止の引き金となる切っ掛けが掴めなかったのである。
最初はGS小笠原エミによる黒魔術によりムーのロボットに呪いを掛けると言う線で計画が進められていたのだが、「人を呪わば(墓)穴ふたつ」の言葉にもあるように、呪いの反動は科学者が考えているよりも大きくGS側からクレームが付いた為新たなアプローチが取られる事になった。
その為、鷲羽は取って置きの切り札に頼る事にした。
魔術師達にとって正体を公表すると言う行為は死にも等しい禁忌として戒められている。
だが数多く存在する魔術師の系統の中にはその点が緩く、ギアスが掛けられていない魔術師も存在していた。
そう云う緩やかな流儀を有し、異世界にその端を発する魔術の系統「樹雷派」の内のふたり、時空融合以前から鷲羽が目星を着けていたふたりの魔法少女達に正体は隠蔽すると言う事を条件に作戦に参加して貰う事を承諾させたのである。
そして今そのふたりと鷲羽を載せた機動戦艦ナデシコはナデシコBと共に大西洋上空の低高度軌道上を西進していた。
既にインビットの勢力圏内に入り込んでいたが、インビットの宇宙戦力であるイーガーの主兵装はビーム兵器であり、重力波によって歪曲されたフィールドたるディストーションフィールドによって完全に防御されていた。
今回の作戦は軌道スピードが地球の自転スピードよりも速い低軌道上(90分/回 対 24時間/回)で、ナデシコは地表に同調するスピードで地表に対し相対的に静止すると言う厄介なミッションであった。
重力制御機関を搭載したナデシコ級航宙戦艦にしか不可能な荒技である。
しかしその為、襲ってくるインビットの相対速度は毎秒20キロメートルを超えており、体当たりを喰らった場合ディストーションフィールドを破ってナデシコ本体にダメージを喰らう可能性が高かった。
それに対する作戦としてナデシコA艦長であるミスマル・ユリカは上流側に厚い迎撃陣の展開を指示、ナデシコBはそれの補佐に就く事になった。
ナデシコ搭載型の機動兵器エステバリスは重力波によって運ばれるエネルギーを受信する事によって行動の為のエネルギーを得ておりその行動半径は宇宙機としては結構狭いのである。もっともそのお陰でレイバー並みの大きさまで小型化が進められたのであるが。
今回のミッションは今後の世界の行く末さえも占う様な重要な物である、と言う事でナデシコ関連の全戦力が投入される事になっていた。
最近はデーター取得の目的でSCEBAI敷地内にて各種実験を続けていたナデシコAが投入されたのがその良い証拠である。
軌道上に投入されたナデシコAを中心としたナデシコ戦隊の戦力概要は、旗艦・大規模霊力実験を行う呪術実験艦の宇宙戦艦ナデシコA、機動兵器母艦として宇宙戦艦ナデシコBの2艦による艦隊に0G戦フレーム・イズミ機、アマノ機、スバル機、テンカワ機。スーパーエステバリスのタカスギ機。月面フレーム(ナデシコBのデーターからウリバタケがSCEBAIの手を借りて作成。主機は熱核融合炉に換装)・カザマ機、ヤマダ機。そして今回が初出撃となる元木連の相転移炉搭載型人型戦闘ロボット・マジンのシラトリ機である。
その他の特機隊のスーパーロボットを宇宙空間に運ぶという案もあったのだが、無重量状態及び真空での試験を経ていなかった為今回は断念した。
特にスーパーロボットは地上での使用が主目的だけに真空中での熱の放出に疑問点が出された事がネックとなっていた。
(宇宙開発機として設計されたゲッターロボだが、ゲッターロボGは戦闘用に再設計された物だった為に宇宙空間での運用は保証されていなかった。今後、ナデシコ保護下に於いての宇宙空間運用試験が行われる予定であるが無茶する事で有名なゲッターチームも敵の濃密な勢力圏内に入り込んでの実践テストをぶっつけ本番で行う事はなかった)
それでも戦力的にはナデシコ級が2隻に直援機が8機。
その内グラビティーブラストを搭載しているのがナデシコ級2隻にマジンの1機と、本気になれば冗談抜きで地球を火の海に変える事の出来る戦力である。
しかも高軌道に移ってしまえばインビットの防衛網に埋没してしまいこれらへの地上からの攻撃は事実上不可能となり、正にエヴァンゲリオンを除けば、そして人の手でコントロール出来る最強の戦力である。
これに匹敵する戦力としては前述のエヴァンゲリオンと怪獣王ゴジラ、宇宙怪獣キングギドラ、後はマイクロ・ガンバスター位であろうか。(全てこの世界に実在が確認されている)
逆に言えばそれだけの戦力を持っている事が諸外国、特にアメリカに知られた場合かなり厄介な事になる。
加治首相が恫喝に使った言葉だが、冗談じゃなくグアテマラ海峡を作るだけの火力を備えているのだ。
その為今回に限らないが、宇宙での戦闘ミッションに於いてグラビティーブラストを地球へ向けて放つ事は厳禁である。
巨大な戦力を秘めつつ、ナデシコ戦隊は予定の軌道上へ急行していた。
実は出発が遅れたのである。
理由は、ナデシコらしいと言えばナデシコらしいのだが・・・機器操作の為乗り込んでいた鷲羽ちゃんの一喝がなければ本当に間に合わなかったかも知れない。
要はテンカワ機を何処に配備するかと云う事であった。
ミスマル・ユリカはナデシコAの防衛力不足及びテンカワ・アキトの練度不足を理由にナデシコAの直援を希望したし、星野ルリ艦長はナデシコBの直援を、カザマ・イツキは同型機である月面フレームのパイロットとしてテンカワを希望して意見が正面衝突していたのであった。
結局、エステバリス隊の隊長であるスバル・リョーコの下に付く事で決着したが。ヤレヤレ。
急行すると云えば、メキシコ太平洋岸30キロ沖合を中米派遣艦隊打撃護衛艦ヤマトも集合点に向けて急行していた。
作戦海域に到着するのが遅れていたのである。
事前の計画では現場海域にて待機する予定であったのだが、現在のアメリカ軍を壊滅させるような敵軍の動きが察知された為に急遽作戦実施4日前に敵の掃討を行うためコスタリカへ向けて南下を開始したのであった。
そして作戦の前日で有る昨日に行われた、ムーの機動部隊たる飛行型ロボットの撃破に時間を取られてしまった為である。
仕方がないと言えばそうなのだが、作戦終了後とんぼ返りで引き返していたのだが全ての艦艇が機関の更新により30ノット以上の高速艦隊になっていたとは言え、コスタリカの沖合から作戦海域まで30時間以内に移動せねばならず、現在艦隊全艦が遮二無二になって急いでいたのである。
その作戦、ムーのロボット兵の行動を封じる為の霊子力を用いた科学実験「トリニティー」を行う指定海域へほぼ全速力で向かっていた。
実験その物は魔法実験用の特殊任務艦である機雷掃海艦「やえやま」(太平洋側実験艦)「うわじま」(同大西洋側)によって行われる為、実験の進行事態には問題ないのだが彼らが到着するまでは直衛艦がDD103(ゆうだち)のみで心許ない状況だったのだ。
この実験に掃海艇が使われたのには、この実験が理論の確立が始まったばかりの神秘学心霊現象再現実験であったからだ。
この海の物とも山の物ともつかない実験に関しては細心の注意を以て当たっていたのだが、その現象についての根拠となる物には科学者連も戸惑ってしまったのである。
その為、伝承や都市伝説などで挙げられている様々な情報を駆使した結果、既に分かっている事実を考慮し実験に使う船に掃海艇が選ばれたのである。
その理由は掃海艇が徹底して非磁気化を行っていた為である。
機雷の除去を行う掃海艇は、磁気を感知し爆発する機雷に対処する為船体を木造で建造し(海外ではFRP等の合成樹脂だが、日本帝国海軍直系の伝統ある掃海艇部隊に所属している掃海艇は木造造船の限界に挑戦し続けているのだ。意味があるのかどうかは別として)、機関も特別に非磁化処理を施している。「うわじま」型では煙突などの喫水線上の構造物に関しても徹底的に非磁化処理を施しているのだ。
そして魔法や霊力の伝説に曰く、神秘学に通じる魔法や妖精などは「冷たい鉄」に弱いと言う事が定番となっていた。(西洋の物であるが)
これは鉄が通常の太陽型恒星で行われる核融合反応によって作られる最終的な物質である事から「死・滅び」を象徴する為かも知れない。(因みにそれ以上重たい物質に関しては太陽よりも重たい恒星の死の際に行われる爆縮現象によって生成される為その総量は鉄と比較して限りなく少ない。何故なら太陽より重たい恒星が成立するには星間物質の中に水素以外の重たい物質が多量に含まれている必要がある為、恒星の死と誕生の世代交代の進んだ銀河核宙域でもないオリオン腕の辺境域では巨大恒星の数が希であるからだ)
結局の所、それ程の拘束力はないと結論付けられるのであるが、それは兎も角、「やえやま」の木造の上部甲板には特設ステージが設営されていた。
現在政府と太いパイプで繋がっている旧オカルトGメンに所属していた美神美智恵の指導の元、鷲羽博士率いる科学者グループが様式化した魔法陣がそこに描かれており、今となっては限りなく貴重な精霊石とお札が霊的に巧妙に配置されていた。
同じ物が大西洋上の「うわじま」甲板上にも設置されており、出番の時を待っていた。
計画では実験艦の周囲を対空対潜警戒の輪形陣で取り囲み、実験を開始。
太平洋と大西洋の2点間に同調の文珠を用い霊力のフィールドを形成し、低軌道上に定位しているナデシコAを頂点とした3点包囲網間の電子機器を破壊せしめるという物であった。
だが、計画開始の時刻が近付いていた為に太平洋側の中米派遣艦隊は急いでいた訳だが、しかし、その隙を突かれたのは痛かった。
戦闘が終了して油断していた事、ムーの飛行ロボットが海面スレスレに飛びレーダーに映りづらかった事を合わせてもこの失態は大きかった。
ムーの飛行型ロボットは基本的に推力によらず重力制御によって飛行するタイプの飛行物体である。(この時点に於いては。だが、人類側はムーの戦力についての詳細な情報を未だに手に入れていなかった為にこの時のムーの技術評価を誤っていた。後には回収したエマーンの慣性制御デバイスをコピーしたと見られる慣性制御機関の搭載も確認されている)
その機動は戦闘ヘリやハリヤー以上に自由自在でスピードも遷音速近く出ている。
また、機体もムーのロボットとしては大型の戦闘ロボットを改良して作っただけ有って全高僅か3メートルにて歩兵戦車以上の装甲を有するのである。
これらムーの飛行型戦闘ロボットに対して通常の全長10メートル以上のジェット戦闘機を攻撃目標として設計された対空ミサイルでは旋回半径が大き過ぎて追い切れず、まず直撃は不可能なのであった。
そして近接信管による破片の直撃程度の威力では装甲に破片は弾かれてしまい撃墜は不可能であった。
これを迎撃するには通常型のミサイルでは直撃が絶対条件である。
しかし、これを迎撃しようと対空火器をコントロールする艦載火器管制コンピューターにはこの初見の敵機に関する機動データーが入っておらず、通常の航空機に対する対空戦闘プログラムでは計算が追いつかずに見当違いの方向を攻撃してしまう可能性が高かった。
そしてまた、その懸念は的中したのである。
戦端が開かれた日時はムーの機動部隊を撃破したコスタリカ沖から北西へ向かい進んでいた作戦当日の午前4時、未だに闇夜に包まれた海上での出来事である。
最初に異常に気付いたのは単縦陣の後方に付けていた一隻の駆逐艦改造護衛艦「フミツキ」の後部甲板で監視任務に就いていた水兵のひとりであった。
実際はレーダー監視員が居る為にしかも時刻も遅く、海上も空も暗やみに包まれている状態であったので監視員の必要など無くなっていたのだが、旧来からの習慣のひとつとして続けられていた業務のひとつであるのだが、彼が双眼鏡(日本光学産業製の電子式光感度増幅暗視鏡であった)を片手に暗い海を眺めていると海面に幾つもの発光体が見えた。
実際の夜の海は発光生物が意外と多く、停泊中の艦船など夜光虫が群がり敵に発見される可能性が過去には存在した程である。
だが、彼の目に見えたその発光体の動きは異常であった。
現在艦隊は合流地点へ向けて巡航速度を上回る非経済的な速度で北上しているにも関わらずそれと併走する様な低発光体がポツポツと数を増やしつつ次第に接近している様に見えた。
双眼鏡の増幅回路をMAXにしても正体が分からなかった彼は相方の監視仲間に現状を告げると艦橋へと足を向けた。
「失礼します!」
彼は艦橋に立ち入った途端声高に報告した。
この艦は第2次大戦開戦前から来た駆逐艦を改装した物である。
彼らは軍艦の種別に入っていない(艦首に菊の御紋を付けていない)小型の軍用船であり便利に使われる下っ端でしかなかった。
しかし、その分乗組員達の結束は硬く、船一隻がひとつの家族の様な物であった。
船体は近代化改装され、新たな乗組員が乗り込んできては居たが改装前からの乗組員も数多く残っており家族的な雰囲気が強く残っていた。
階級こそ違えど、家長である艦長に対して気後れという意識を彼は持っていなかった。
「どうした? 珍しい海獣でもいたのか? 話によると古生代の怪獣が実在するらしいぞ」
「さぁ、しかし何かが居るのは確かなようです。後方より正体不明の発光体が多数接近してきているのですが・・・電探には映っていないのですか?」
「ふむ? どれだ」
そう言うと彼は艦橋横の吹き曝しの張り出しに出て後ろを見てみた。
「艦長これを」
水兵が先程の双眼鏡を差し出すと礼を言って受け取り後ろを見た。
「どれどれ・・・むむむ、確かに何かいるな」
少しばかりの緊張感を孕みながら彼は艦橋内に立ち戻った。
「レーダー監視員、反応は?」
艦長が問いかけた相手は最近配備が進んできたHM−13JSDF(正式採用に伴い末尾のXが取れた)である。
電子兵装の取り扱いに熟知していない大戦時の軍艦が大量に採用されたのだが、それを取り扱う兵員の絶対数が少なく補助要員の形で配備が進んでいる。
彼女たちは日本政府のロボットに対する基本方針に基づき戦闘を行う為のプログラムを搭載していない為、直接戦闘(白兵戦、及び兵器の操作)に参加せず電子機器の取り扱いの他、機関科、主計科に配備されている。
問いかけられた彼女はレーダースコープとコンピューターに有線リンクしているデーターを調べたが特に異常は発見出来なかった。
「−−レーダー波に反応ありません」
「そうか」
「−−ですが、波浪によるノイズの様な反応が有ります。海面状態との比較からすると誤差範囲内ですが」
「ふむ・・・通信員、艦隊司令部に一報を入れてくれ」
彼はメモの用意をすると返答した。
「はい、どうぞ」
「後方よりレーダー未確認の光点接近中、探照灯使用の許可乞う、以上」
「はい「後方よりレーダー未確認の光点接近中、探照灯使用の許可乞う」以上」
駆逐艦は雑用任務に就く事が多いのは先程も書いたが、特に出番が多かったのが海戦によって沈んだ船の漂流者の救助であった。
特に夜戦での場合、その探査は困難でその為に探照灯設備がこの護衛艦には残されているのである。
この夜間、敵が間近にいないとは言え目立ちまくる照明を灯けるというのは非常に危険度が高い行為である。
とは言え「フミツキ」艦長の要請は聞き届けられた。
艦長は待機番の乗組員を後方監視に駆り出し、探照灯を後方から接近しつつある淡い光に向けて照射した。
距離はまだあったが照らし出された物は生物ではなかった。
飛行機でもなかった。
直接その姿を見ていなかったとは言え、先程自らが攻撃したムーの飛行型戦闘ロボットの特徴的なシルエットがクッキリと浮かび上がったのだ。
その事実を確認した艦長は直ちに「敵接近中」の警報をデーターリンクで司令部に伝達すると戦闘準備の号令を艦内に発した。
C.I.C.なんて高級な物を置く場所もない駆逐艦の艦橋内の照明は直ちに低視認性の赤色灯に切り替わり、煙突から吐き出されるDG排気にはIR対策として海水が噴霧され冷却された排気ガスが煙突から放たれた。
にも関わらずこの護衛艦は探照灯の明かりを消さなかった。
敵の存在が確認されながらも未だに艦隊のレーダー網に敵の光点が現れなかったからである。
敵は百戦錬磨の戦闘ロボットである。
あらゆる戦場で生き残り対策が検討され、コストと比較しながら改良され、再度実戦に臨み生き残ってきた者達である。
海上1メートルを波に引っ掛からずに曲芸飛行並みの低空飛行を敢行出来る点もさることながら外皮装甲板に当たるレーダー波を熱と電気に変換してしまうシステムは非常に完成度が高くそのステルス性は完璧と言えた。
さらに推進システムも重力制御と低温ジェット推進機関によりその存在の感知は非常に困難であった。
何より機体の大きさがコンパクトで、飛行機相手とは訳が違った。
しかも目視しても飛行機と違い、機首方向が進行方向とは限らないのだ。
とは言え流石に発見された事を感知したムーの飛行戦闘ロボットは隠密飛行を中止した。
「フミツキ」から連絡を受けた司令部は直ちに対空戦闘開始の号令を艦隊全てに発令した。
しかし、通常なら上空にいる筈の敵機影は目視、レーダーともに無し。
少し遅れて入ってきた続報にて海面ギリギリを接近中との知らせに全艦監視要員を増員する始末であった。
通常の近代戦では考えられない事態である。
この様な事態を想定していなかった訳ではないのだが、舷側以下の敵を迎撃する為のシステムはヤマト以下の最新衛艦にしか搭載されていない。
その頃になると漸く照明弾が打ち上げられ始めた。
パラシュートによってゆらゆらと落下してくる光源によって照らし出された
本来なら艦隊は対空防御に優れた輪形陣を採る所なのだろうが、その隙もなかった。
この襲撃が目視にて確認された数分後、今度は前方の空域の上空1000メートルを飛行する多数の光点がレーダーに確認された。
その報告があった瞬間、ヤマトのCICはパニックに近い状況であった。
さてはムーの分遣隊が襲撃してきたのだと、直ちに迎撃ミサイルによる攻撃開始を具申する参謀も居たのだが艦隊司令はそれを採用しなかった。
実際は敵味方識別信号を発していない未確認機が戦場へ侵入してきたのであるから撃墜されても文句は言えない所であるのだが、ムーに比べてその行動パターンが共通しておらず撃墜するリスクが大きいと判断したのである。
と言う訳で状況が判明するまで判断を保留された未確認機群であったが、光点が画面上であっても刻々と接近してくるのを見ているのは精神安定上、非常に辛い物があった。