邦人救出作戦に使用される救援機の要求は過酷な物であった。
恐らく手荒い迎撃を受ける敵地奥に強行突入し足場の悪い要救助者のいるその基地周辺への着陸および離陸が可能であり、更に19人もの人員を乗せるこの出来る機体の選定作業を進めさせたのだ。
まず問題になったのが飛距離の問題であった。
太平洋岸近くまでタンカーなどで運ぶとしてもムーの迎撃を受けながら大陸をほぼ横断し又引き返してこなくては成らないのである。
目的地はもちろん未整地である、如何にロッキードC−130Hハーキュリーズが高性能機であるとしても問題外であった。
そして高性能機として採用が進められてきたMATジャイロの派生シリーズであったが、敵本拠地の為に分厚く構築された敵陣突破の為のスピードに欠け、飛距離と確保すべき人数が19名と多い事により断念。
更に特機隊に所属している機体を当たってみたが、防御力の点では申し分なかったのだが、航続距離の点と収容スペースの点で合格出来る物はなかったのだ。
しかし、その時調査された機体はSCEBAIでの検定に合格し、特機隊に採用された機体ばかりであった。
その全てが防衛任務に最適な使用である事に間違いない。
しかし、今回のような海外への進出をも考慮に入れた審査はしていなかった。と云うよりも敢えてその項目を外したと云っても良かったのだが。
その事に気付いたSCEBAI所長の岸田博士は自ら採用から漏れた機体の資料片手に検討を開始したのだが、その中にひとつだけ条件に合致する機体が存在したのである。
要求されていた性能は第2次大戦前夜に当時の技術レベルに対して航空機メーカー各社に突き付けられた零式艦上戦闘機の性能要求と比較しても過酷な物であった。
曰く。
援護の機体を付けずに、敵中奥深くにいる味方の元へ駆けつけ、そこがどの様に荒れた場所であっても着地が可能である事。
機体内部に設置された兵員輸送室に特殊部隊を待機させられ必要に応じて展開を行える設備を持つ事。
機体に設置された火器を用いて特殊部隊の援護が可能な事。
要救助の人員を余裕を持って収容し、保護出来る施設を持つ事。
滑走路などが無くても離陸が可能で、襲い掛かる敵の手を逃れる手段を有する事。
場合によっては機動兵器を収納もしくは機外に置いた状態で飛行が可能な事。
以上の様な過酷な条件が揃えられたのはただ一機のみだけだった。
茜島のグロイザー基地に所属し、かつての世界に於いてはガイラー帝国の空爆ロボと戦う事の出来る唯一の機体であった。
元々はガイラー帝国和平派のヤン博士によって建造され、ガイラー帝国地球侵攻軍と地球防衛軍のミリタリーバランスを均等にする為にその愛娘リタによって地球にもたらされた物である。
特筆すべきはそのエンジンシステムであろう。
科学力の進んだガイラー帝国においてさえも開発者のヤン博士しか理解していない先進科学技術であるタキオンエンジン、俗に言う「波動エンジン」を装備しているのだ。
その為、この機体自体の複製は可能だがガイラー帝国に於いてさえタキオンエンジンをオミットしたデッドコピー品しか建造出来なかったという経緯を持つのだ。
以前SCEBAIでの性能試験の後に実施された選定の際、爆撃機と云うカテゴリーを設ける必要性を感じていなかった自衛隊はイの一番にグロイザーXを候補から外していた。
何しろこのグロイザーX、100メートルものサイズを持ち、爆撃形態から格闘戦形態に変形が可能なのだがこの機体の場合格闘戦形態になるメリットがほとんど無かった、それは彼らの過去の実戦記録からも明かであった。
記録によるとグロイザーXが格闘戦形態で戦闘を行った際の状況としては、相手の爆撃ロボが格闘戦形態に変形した為に自らも相手に合わせただけと言うのが実情であり、しかもその時でさえ変形しなくても問題無かった事例が多々あった様だ。
通常の戦闘ロボットと異なりグロイザーXの場合、機動能力も火力も爆撃形態の方が遙かに優れていたのだ。
そしてこのグロイザーXを爆撃機と云う色眼鏡で見る事を止め、純粋に相手の攻撃に耐え敵地奥深くの邦人救出任務を行うと云う点で検討を行った所、この機体の真価が見えてきた。
この機体は設計製造が異星の科学者に拠る物だけに、100メートルというサイズにも関わらず、下手をするとフランカーをも上回る機動特性を有するだけでなく「タキオンエンジン」による高加速により通常の戦闘機よりも機動性が高いのである。
しかもその巨体に見合った装甲板は格闘戦をも考慮してあるだけ有り、ウルトラホークに使用されている装甲よりも耐久性に優れた「ミラクルシリコニウム」と云う材質で鎧われているので0式メーザー高射砲の直撃にすら耐えた。
更に、航続距離は地球周回を行って更に余裕がある。
つまり日本を飛び立ち巡航してベネズエラに迄行き、その地で戦闘機動を行った後にそのまま日本に戻ってくる事が可能なのである。
もちろん、搭乗員の疲労を勘案すると途中で休息を取るのがベストであるが。
数々の機体要求に含まれていた特殊部隊隊員と要救助者の収容施設の設置も、このグロイザーXが爆撃機として設計してある為、機体内部のペイロードに余裕がある事が幸いした。
若干の改造で人員の収容数を大幅に増やす事が可能だったのだ。
これが邦人救出任務に最適な機体として評価を受けた第1の要因となったのである。
この機体の再登用の検討が進められていた時、このグロイザーXはSCEBAIに於いて技術調査の為に半ば以上解体調査されていたのだが実用の為には直ちに改造工事が必要だと云う事になり、半分解体されているのを良い事に直ぐに改造が始まった。
元々、このグロイザーXには数限りない武装が施されていた。
乗っているパイロットが武器の名前を間違えるぐらいだからその程が知れるだろう。
よって攻撃兵装と防御兵装の合理化を行い機体構造の簡素化と余剰スペースの確保が図られたのは当然の事だった。
その中でもグロイザーXの必殺技として有名な「フライングトーペドー(飛行魚雷)」は機体内部の容積を圧迫するという理由からオミットされている。
グロイザーXに与えられた任務は敵の撃破ではなく、あくまでも敵中に居る要救助者を安全な場所へ移送する事なのだ。
敵から逃げ切る事さえ出来れば、その敵を撃破する為の武装は必ずしも必要ではなかったのだ。
攻撃兵装として選定されたのは対空対地両用砲としてタキオン光弾、スピリットミサイル、Gマシンガン他数点。
防御兵装としてはグロイザーバリアが採用されている。
こうして改造されたグロイザーXは特殊部隊隊員を乗せていつでも世界中の何処へでも(対空砲や迎撃機が待ち受けている場所へ)単独で飛んで行く事が可能となった為、生命の危機に曝された邦人救出の任に就く事になったのである。
そして、急ピッチで改装計画が立てられ、改造作業も順調に進められた。
それが完成したのは時空融合から約11ヶ月が過ぎた新世紀2年3月の事であった。
因みに少数ではあるが、グロイザーの量産化計画もあるらしい。しかし、変形機構は省かれて形状も空力学的に洗練された形に変更、更にメインエンジンであるタキオンエンジンの再現が出来ない為に後の汎人類圏防衛機構の主力戦闘機VF−1シリーズと同じウルトラホーク1号の流れを汲む熱核ジェットエンジンの搭載が予定されている。
これではハッキリ言って別のマシーンとしか言えないであろう。
それは兎も角、機体は直ぐにSCEBAIの隣にある陸上自衛隊東富士演習場特設倉庫へ運ばれ特殊部隊隊員達の緊急展開練習に充てられた。
このメンバーは固定ではなく、その都度任務を割り振られたチームが作戦に合わせてコンディションを整える様になっている。
今回の任務に当たる事になったのは緊急特殊部隊ERETチームだった。
これは今回の敵がムーというロボット兵であり、新ヤイヅCITY戦に於いて彼らが科学要塞研究所から貸与された対機械獣用の特殊装備を運用しDr.ヘル配下の殺人アンドロイド・ガミアQ3との戦闘を経験していたからである。
戦闘ロボットの機体性能の点で云えば格闘戦に於いてはガミアQ3が勝り銃撃戦ではムーの方が勝っていると云う違いはあったが、現在の所対ロボット兵器戦闘に関してはERETチームに一日の長があった。
相手がロボット兵器と云う事もあり戦闘想定時間は昼間に設定され訓練が行われていた。
相手は戦闘に特化されたロボットである。夜間戦闘用の装備はデフォルトで持っていると見て間違いなかった。まず間違いなく昼も夜も戦闘能力に差はないであろう。
下手をすると赤外線輻射の影響で夜間の方が射撃性能が向上する可能性すらあるのだ。
彼らがまず慣れなければならなかったのはグロイザーXに設置された特殊部隊隊員用の待機設備と降下設備であった。
待機設備も要救助者の収容設備も旧ERETで使用されていたオスプリー機とは比較にならない程高価な物になっていた。
何しろ戦闘機並みの機動を行って逃げなければならないのだ、高性能で有名なロシア製の脱出コクピット並の座席が用意されていた。
訓練当日。
陸上自衛隊東富士演習場にてERETのメンバーを搭載したグロイザーXは直ちに太平洋を南へ、邪魔されずに自由に演習が可能な訓練空域である硫黄島へと飛んだ。
グロイザーXの中のコンパクトに纏められた室内には戦闘機並みの脱出座席が整然と並んでいた。
その脱出方向は機体の都合上、下方向へ飛び出されるので座席には特殊なヘッドギアが着けられているのだが、それはさて置き、彼らERETは重装備に身を包みその特殊な座席にキッチリと体を固定しつつ前後縦横に激しく体に掛かってくるGに耐えていた。
なにしろ実戦を想定した訓練だったからジェットコースター等比べ物にならない程の激しい機動を繰り返していた。
現在、訓練領域である硫黄島の北方10キロの上空一〇〇〇メートルである。
だが、その十数秒前までは一〇〇〇〇メートルの成層圏を巡航していたのだ。
それまで血の気が失せるような逆Gによって背筋がゾッとする様な感覚を持ったかと思うと次の瞬間には腹の底に貯まるように重いGが掛かり脳味噌の中の血が体の下の方へ押しつけられた。
ERETを乗せたグロイザーXが硫黄島の訓練空域に突入すると、硫黄島で待機していたアグレッサー役のF−15Jが3機、編隊を組んで突撃してきたのである。
グロイザーXのメイン・パイロット海阪譲が「回避運動の開始」をスピーカーを通じて知らせると、それまでは穏やかだった室内がまるで関東大震災も斯くやと言うべき状況に変貌してしまったのである。
彼らは訓練前に紹介されたパイロットの海阪譲とリタに呪いの言葉を唱えつつそれに耐えていた。
今回用意された耐G機能が付加された戦闘服のお陰で脳貧血によるブラックアウト(失神)こそ免れたが、特殊部隊隊員として日夜体を鍛えている彼らでも過酷な訓練である事には間違いなかった。
因みに要救助者の収容設備の方は耐G性能の高い特殊な座席が使用されている。
エヴァンゲリオンのエントリープラグの耐G能力に目を付けた、設計者であるSCEBAIの技術者が原理を応用した物だが液体を使用すると要救助者の体力に負担が掛かる事、負傷者の場合傷に障るとの事から電圧によって柔軟性が変わる素材で全身を包むコクーンを収容設備にしている。
その開発には呼吸の問題などが浮上した為難航したらしいが、現在は解決されている。
もっとも、次期改装計画にはこの設備をナデシコの重力制御技術から応用した重力制御システムか、エマーンから購入した慣性制御システムに切り替える計画が検討されている。
ナデシコ式(つまりはナーギャル型)の重力制御システムとは一定領域内をひとつの系として制御する物で、その領域内の重力・慣性力を同じ物と見なして制御システムにより一定方向へ揃える物であり、この様な乗室内に掛かる加減速Gを人間の通常の活動限度内に制御するには長けているのだが、系の外部に対して働きかけるのが苦手である。
それに対してエマーンの慣性制御システムは完全に慣性の制御を行ってしまえる為に応用範囲が広い。
簡単に言えばナデシコ系重力制御システムの場合、系内のGの制御、機体の動きに追随して乗員に掛かるGをある程度までなら一定方向に制御出来るが、機体その物の制御は苦手としており主推進システムに反動動力機関が必要不可欠である。
又、工学精度の問題から重力制御機関の大きさもある程度の規模になってしまう為、大型機等スペースに余裕がある物にしか搭載出来ない点が欠点である。
それに対してエマーンの慣性制御システムは機体の加速にも用いられまるでUFOの様なジクザグ飛行が可能なのである。
しかも機関の大きさも標準型で200×400×500(mm)・98<N(ニュートン)>程度の重量しかないのに最大490<kN(キロニュートン)>の質量を制御仕切ってしまうのだ。
尤も加速には反動推進の方がコストパフォーマンスが良いのでどの機体にもジェットやロケットモーターが備えられているのだが、一度加速してしまえばその移動エネルギーポテンシャルをそのまま別方向に振り分けたり、打ち消したり、貯蔵した上で再度解放したり出来るのだ。どう云う原理なのかは日本連合の科学力では解析出来ていない。
少なくとも大統一理論程度の科学理論が必要と思われるが、流石にSCEBAIの岸田博士も鷲羽・F・小林博士もお手上げである。
現在の所、原理は理解は出来ないがシステムは利用出来る、と言うだけであるので信頼性といざという時の整備の問題から、現段階ではグロイザーXにはナデシコ系の重力制御システムが採用される可能性が高い。
さて、一気に六〇〇〇メートルまで上昇したグロイザーXは機体各所に設置されたスラスターによって疑似CCVをも駆使して左右に機体を振り、対空回避行動(通常の爆撃機には不可能な機動だ)を実施、これならまだ世界級のバーテンダーが振るシェイカーの方がマシだと思うようなGが加わり、地獄の様な訓練は続けられた。
だが、彼らの出番はこの先にあるのだ。
二〇分にも及ぶ機動訓練終了のブザーが響くと彼らは直ぐに次の行動に取りかかった。
作戦領域に近付いた彼らは直ぐに座席のハーネスを取り外して装備を収納した棚に近付いた。
ハーネスで棚に固定された武装を取り外し、直ちに身に付け始めると降下用昇降口へ集まった。
「これより地上へと降りる。いつものエアボーンと違い、今回はヘリボーンだ・・・乗っているのはロボットだがな。地上に降りたら直ぐに散開、予定の箇所へ配置を急げ。・・・降下まであと60秒だ! 急げ!」
ERETチームの隊長新命龍明が合図をすると、降下要員は各自割り当てられた降下設備に並んだ。
この降下用の設備はグロイザーXが地上10メートルに浮遊し、降下要員の居る部屋のある腹から下へ伸ばしたワイヤーによって同時に10名の降下が可能になっている。
ワイヤーには足場と取っ手があり、金具によるホールディングをせずとも降下できるため迅速な行動が可能である。
『降下ポイントまで後三〇』
コ・パイロットのリタからアナウンスが入り、ERETのメンバーは身構えた。
突然機体に逆加速が掛かり降下口に設置されている高度計、速度計の数値が既定値内に収まり「降下」のグリーンランプが点った。
「いくぞっ!!」
機内スタッフが第一ボタンを押し込むと足元の扉が開き地面が見えた。
一般人ならばここから降下するのは躊躇いを覚える物だが、常に降下訓練を積んでいる彼らからすれば、それ程の高さでもない。
更に第2ボタンを押し込んだ途端、ワイヤーに縋り付いたERET隊員達はスルスルと地上に降下、地上10センチの位置で地面を検知したワイヤーは自動的に繰り出されるのを止められ、停止。
その途端に彼らは事前に写真と図面で訓練していた遮蔽物に身を隠すべく素早く移動を開始した。
因みに今回の訓練相手にはムーのロボットを持ってくる訳には行かなかった為、あの有名な「R・田中一郎」を開発した成原博士の造り上げた多目的自動機械「晩餐会」もとい「バーサーカー」のデッドコピーを使用している。
作動音が独特なのが難点だが、生産性が良い為にこうした対戦闘ロボット訓練に使用される事が多い。
因みに春風高校占拠事件に於いて逃亡したメカ・ナリハラは大陸にて着々と世界征服の準備をしていると言う噂がある。
話しを元に戻すが、もけもけけと移動してくるバーサーカーは辺りを確認しながら彼らの方へ移動を開始してきた。
思考ユニットと知覚ユニットが組み込まれた本体の下に設置された多数のマニュピレーターが保持する銃器はペイント弾および照準用レーザー銃である。
訓練用にとの事で、ERET隊員達の軍服にはレーザーが当たると当たり判定が出る様になっている。
もっともムーの戦闘ロボットの光線兵器はコンクリートの壁をも穿つので適当ではないと言う指摘もあるが、そこまで再現していては訓練する方の身が持たない。
今回ERET隊員達が装備しているのは対機械獣用に科学要塞研究所で開発された弾頭に稀少鉱物ジャパニウムから精製し鉄の合金とした超硬度の超合金ニューZを採用した劣化ウラン弾をも上回る貫通性能を持つ銃器、のペイント弾を打ち出す訓練用モデルガンである。
ただ、その貫通力を得る為には薬室で得られる火薬の膨張エネルギーのみに頼ると、かつての対戦車ライフルを上回る反動を持ってしまう為、陸軍戦闘機の鍾馗で採用された30ミリ機関砲の様な推進用の薬室を持つ半ロケット弾となってしまった。
その大きな口径の為に銃器全体の質量も増えてしまい、その取り回しに苦労する所があった。
だが、超小型のロケットパンチそのものと言える弾頭の貫通力は戦闘ロボットの装甲を撃ち抜くには最適で、現代の軍隊が装備しているNATO弾採用の機関銃では太刀打ち出来ないムーやアンドロ軍団の戦闘ロボットを倒す事が可能なのであった。
ERET隊員達は物陰に隠れながら確実にターゲットを捕捉、撃破し保護対象の居る(と想定されている)建物へ侵入を果たした。その途端、建物の中から罵声が浴びせられた。
「遅い遅いっ! アタイらだったらあと20秒は縮められるね。弛んでるんじゃないの? モチマル」
「ちぇ、好き勝手云ってくれるぜ。こちら突入隊、被保護者確保、これより撤収開始」
『グロイザー・了解』
「さてっと、我が親愛なる被保護者さん達、大人しく云う事聞いてくれよ」
「分かってるアルよモチマル副長。大人しくしているアルね」
今回は被害者役を務めるディビジョンMのメンバー等と軽口を叩きながらERETの持丸副隊長は建物からの脱出を始めた。
最初の突入時と異なり、荷物となる民間人が居る事からその難易度は格段に跳ね上がる。
彼らは自分の身を守りながら、彼らを全員助けなければならないのだ。
何しろ何の訓練も積んでいない民間人である。不用意な行動をしただけでそれは即、死に繋がる。
まず脱出行の前に軽く姿勢などのレクチャーをしなければならないのだが、彼ら特殊部隊の通常任務のひとつに一般兵士に対する特殊戦のレクチャーという物が存在する。
その為、この様な時の行動に対してまるっきり知識がないまっさらの相手とは云え、基本行動を教える教師としての経験はそれなりに各人が積んでおり、これも又、脱出訓練に欠かせない項目のひとつであった。
こうした訓練を続けて、邦人救出作戦の準備は整えられていった。
<グロイザーXのタキオンエンジン=波動エンジンは掲示板日本連合No.83 ゴールドアームさんより>
この時期、アメリカ軍の前に現れ、彼らと戦いを繰り広げたムーの軍勢の姿には様々なバリエーションが存在した。
そのほとんどが案山子の様に単純なシルエットの等身大のロボットが多かったのだが、時々同じ文明の産物とは思えない様な技術的な差異を持つ物もあった。
これは彼らムーの出現した時代が異なる事から来ていると考えられている。
この時期に特にそう云った物の出現が多く報告されていたのだが、その中でも最もアメリカ軍の兵士達に恐れられた存在があった。
全長300メートル、全高100メートル、全幅200メートルの巨大な鉄の塊である。
動力源:不明。
自律意識の存在:不明。
巨大な体内にロボットの生産工場と修復装置を持つと推測。
その巨大な鋼鉄の塊が機体の下部に設置された複数の巨大なキャタピラによって稼働。
体内から自爆型の滑空ロボットや砲撃型ロボットをはき出し、その前方に存在する者こと如くを爆破し、踏みつぶし、蹂躙していったのである。
それが通った後には瓦礫の山しか残らず、阻止しようと前方に展開していた兵力はその火力の大きさにも関わらず全て踏みつぶされてしまったのだ。
通称「ROBOT CARNIVAL」
その由来は何の事はない、その正面に赤く大きな装甲板でそう記されていたからだ。
その他、諸々のロボット達がアメリカ軍の防衛陣地の前に姿を現していた。
その中でも最も多く姿を現していたのが「2等兵」と呼ばれるロボットである。
特徴と言えば、特に上げる点がないのが特徴であろうか。
赤銅色に仕上げられたボディにノッペラ坊の頭部、両方のマニュピレーターの先端には固定式のビーム兵器が装備されている。
動作速度も遅く、少し訓練を積んだ人間なら正面でやり合っても勝てる気がするが、何しろ数が多く、そして通常のライフル程度では傷も付かない為に人間相手に開発された武装が通用しないのが難点である。
その「2等兵」よりも数が少ないが少し高級な造りの通称「軍曹」がある。
これは白色のボディーに可動式のモノアイが装備され、マニュピレーターは5本指、両腕のビーム兵器の換わりに両肩部に小型ミサイルポッドが装備され、額に単装のビーム兵器が装備されている。
耐久力は「2等兵」と大差ない。
それらが現在、アメリカ軍がメキシコ南部に構築した防衛線にむかって押し寄せてきていたのである。
アメリカ軍は既に旧式化していたMBT・エイブラムスも対ビーム用の鏡面装甲を増設してまで投入し何とか戦線を維持していた。
その中に今までの最新鋭MBTの姿はほとんど無かった。
何故なら、最新鋭のMBTは緒戦に於いてほとんどが消耗されており、その後の補充がほとんどされていなかったからだ。
後方の産業地帯はほとんど無傷であったが、現在工場は生産ラインの組み直し作業で大混乱していたのだ。
今現在、アメリカの兵器大系は転換期に差し掛かっていた。
それほどエマーンからもたらされた重力制御ユニットは画期的だったのだ。
現在の所、軍産体は重力制御ユニットを最も有効に使う方法を試行錯誤で検討している所であり、兵器メーカーが試作する珍兵器が続出していた。
陸戦兵器メーカーは重力制御ユニットによる車輛重量の低下を利用して、失敗作の悪名高い旧独逸第3帝国の「マウス」よりも重量の大きい多砲塔重戦車「DEVIL FISH」を開発中であったし、他社では中戦車に重力制御ユニットを複数装備して飛行可能な飛行戦車を開発中であった。
その他にもガウォーク形態が特徴的な強襲戦闘機「ブロンコU」を開発した航空機メーカーでは高速戦闘が可能なブロンコUに戦車並の武装を施した機体を以て陸戦兵器の分野へ参入を果たそうと画策していた。
その他にもマルスベースのレギオスを参考にした人型戦闘機が開発中であった、と言う具合である。
これらは後に重砲撃デバイスシリーズ、戦闘攻撃デバイス「イシュキック」シリーズ、戦闘デバイス「ナイキック」シリーズへと統合されて行く。
そのどれもがエマーンからの輸入に頼らざるを得ない重力制御ユニットによって成り立っていた。
ここに自らの技術開発に拘る日本連合との差が垣間見えるのだが、敢えて輸入の道を取った事により大量生産が可能であり早急に戦力を整えなければならなかったアメリカを救う事になったのだ。
グロイザーXを以て計画されている邦人救出作戦はアメリカで全軍を結集して計画されている一大反攻作戦「オペレーション・テイルズ・オブ・アメリカ」に合わせて行われる事になった。
アメリカ政府の首脳たるホイットモア大統領の恫喝に近い日本連合の軍事派遣に対して日本連合政府は、ハワイに集結していた旧連合艦隊に所属し現在改装相成った大型打撃護衛艦を中心とした中米派遣艦隊の派遣をアメリカ政府へ通達した。
それを知ったアメリカ政府は良い顔をしなかった。
彼らからすれば戦艦などと言う艦種は110年もの遠い過去に生産されて以来建造されていないポンコツその物であり、要するに日本連合が役に立たない戦力をアメリカ政府に押しつけたと解釈していた。
その為、アメリカ軍作戦本部からは最初の支援砲撃の後はその場に留まり囮役を果たすようにと命令が下っていた。
最初は海岸線から僅か2キロまで接近しろ、と言う自殺覚悟の物だったが有効射程やその他を突き付けて何とか水平線に身を隠す事の出来る60キロまでの自由艦隊機動を勝ち取った。
現在中米派遣艦隊はハワイ県真珠湾海自基地を出航し太平洋を東へ、第2次大戦時に日本海軍が進めなかった領域まで足を進めていた。
そして開戦予定日の2日前に決戦海域に近付いた中米派遣艦隊は随伴してきていた三段飛行甲板に電磁カタパルトを装着し新素材にて装甲化した正規空母「赤城」から偵察機の発艦準備をさせていた。
赤城(垂直離着陸機搭載型護衛艦「あかぎ」と紛らわしい為、漢字表記のままである)の最も長い滑走路である最上甲板に新素材にて補強、軽量化を施した偵察機零戦改を甲板へ並べた。
甲板要員の指示に従い、レシプロエンジン「誉」からターボプロップエンジンに載せ替えた零戦はエンジンを始動させていった。
ただし、そのコクピットの中には人影はない。
この零戦改A6M−RFは無人機となっているからだ。
零戦改は、その対空性能と昭和前期の技術レベルで機体の生産が可能と言う点から主に昭和初期の時代から来た地域で生産されている機体である。
因みにこの様な工場にもQC(クオリティーコントロール)の概念が持ち込まれ始めており、全体的な品質の向上、均質性が図られていた。
偵察任務に無用な武装を取り外し、機体各所に新素材による補強とターボプロップエンジンに変更した事で重心の移動などがあったが通信設備の設置やそれらを管理するコンピューターを搭載した事による設計の一部変更で無人偵察ドローンとして完成していた。
元々の零戦ライダー達は現在空自にてT−4及びT−2訓練の真っ最中である。
中には中国戦線の撃墜王などの猛者達も居たから、最初は巴戦に拘った者も多かったのだが愛機である零式艦上戦闘機と訓練機であるT−4との模擬戦で完敗を喫した事から現在は趣旨替えし、F−2やF−15ライダーを目指すパイロット達が多い。
一番苦労しているのは英語による管制や僚機との会話だそうだが。
戦闘機としての彼らの零戦に対する信頼は高く、何しろそれまで空戦性能を追及した軽戦闘機の操縦しかこなしてこなかった彼ら旧軍パイロットにとっては零戦ですら最新鋭の重戦闘機であり、それが噴進機とは云え訓練機との模擬戦で敗北を喫するとは思いも拠らなかったのである。研究を重ねた高性能の合成エンジンオイルとハイオクタン価のガソリン、そして高性能プラグの搭載によって以前以上の性能を持つ様になり万全の体勢で望んだ模擬戦にて零戦が惨敗した時の衝撃は凄まじい物だった。
その実体験から第2次大戦後半には一撃離脱戦法が幅を利かせたと言う自衛隊教官からの講義が身を以て彼らに染み渡った。
とは言え、現代戦から格闘戦が無くなった訳ではなかったから、彼らの実地による体験が役立つケースも無くなった訳ではなかった。
因みに戦技班として有名なブルーインパルスであるが、現在は第二班として原型そのままのレシプロ大戦機によるチームが組まれている。
やはり日本人にとって零戦は忘れがたい機体であるらしく、基地祭などで最新鋭機がプガチョフ・コブラを決めるよりも零戦がただ上空を通り過ぎた時の方が歓声の度合いが大きいのだ。木の葉落としを決めた時などは拍手喝采である。
基地祭の時には何処から持ってきたのか、マスタングVS.零戦の模擬戦などを行う所もある位だ。
もうひとつの人気者として有名なのがMATの円盤機ことマットアロー2号の空自仕様だろう。
大きな翼に内蔵された大きなファンから空気を下へ吹き出しながら上昇し、航空機らしからぬ動きで移動する地上目標を付け狙う様は見ていて飽きない物がある。
とは言え一番市民に親しまれているのは最近離島連絡機等民間機としても採用され始めたマットジャイロだろうか。
簡易な構造は生産性の高さを示すのだが、どことなく愛嬌も感じさせるため基地祭の体験飛行の祭にはちびっ子達の人気度ナンバー1である。
尤もその耐久性を活かして重武装を施し、特殊機動自衛隊のモンスターアタックチームの攻撃機としても採用されている。
閑話休題。
東太平洋の作戦域の外にて赤城は偵察用の無人偵察機零戦改を発艦させ始めた。
ターボプロップ特有のエンジン音を響かせながら機影は大陸の方へ向けて消えていった。
レーダーに察知される事を考え、どの機体も海岸線より100キロメートルに入ると海面上10メートルの低高度を飛行する様に設定されている為、人間が操縦していたら精神的な疲労が大きく実用的ではないだろう。
彼らは体を張って現地の貴重な情報を収集し、最終機は作戦前日に赤城へ帰還した。
発進した機体は延べ40機に上り、損耗は5機。原因は気流の乱れによる物と見られているのがほとんどだが、恐らくムーの迎撃により撃墜された物もあったであろうと考えられている。
そう言った地道な努力を続けながら特大型打撃護衛艦「ヤマト」を旗艦とする中米派遣艦隊はステルスマント(対ステルス形状を成していない旧軍の艦を少しでもレーダー探査から隠す為にレーダー波吸収作用のある素材の天幕を艦体に斜めに取り付けただけの簡易装備。効果大)に身を包みアメリカ大陸の陸橋へと接近を続けた。
少し話は逸れるが、このヤマト、世界最大の戦艦として建造された大和型戦艦の一番艦を土台にしているがその艦影は大きく異なっている。
現代戦に対応するべくステルス形状を持たせ、SCEBAIのARIELにも採用されている多目的ミサイル「アマテラス6型」を内蔵したVLS(垂直発射機)を装備したその姿は非常にスマートな印象を持たせていた。
元々、大和は世界最大級だったとは言え決して規模として大きかった訳ではない、逆に日本人お得意のコンパクトな設計で極限まで小さく収められた豆戦艦だと云っても過言ではない。
46センチ砲3連装計9門もの大砲を載せ、更に自身の撃った砲弾の直撃に耐えうる分厚い装甲を持つ戦艦としてはコンパクト過ぎる設計なのだ。
その為、非常に角張った弁当箱の様な印象を持たせるフネだったのだが今回の改修で全長を伸ばすという大改造を行っていた。
それにより冗長性を持たせる事に成功、元々魚雷20本を喰らっても撃沈しない耐久性を持つこのフネの被害担当艦としての耐久性も計算上では150パーセント以上向上した事になっている。
又、装薬を固形火薬から液体火薬に変更した事で火薬庫に被害を受け爆沈、と言う事態も防いだ上に火薬庫自体もコンパクトにまとまっている。砲弾の管理は基本的にコンピューターによる管理が成されており、砲兵科よりの要求に迅速に答えられる様になっている。
更に装甲板も要所要所に超合金ニューZを採用した上に最外装は抗堪性とレーダー反射率の低下を兼ねたセラミックと衝撃緩和用の冷却剤のサンドイッチ構造の複合装甲を使用した為に小口径弾の掃射を浴びた時の後始末が大変だが対ビーム兵器用の装甲としての機能を持つに至った。
こうも重装甲化を進めるとトップヘビーによる復元性の問題が出てくるが、日本艦特有の立派な前鐘楼を止め、全高を低く抑えている事と艦の規模を大きく変更している為に大きな問題となっていない。
艦の外観がシンプルなのは被害担当艦の為のダメージコントロールの点だけではなく、その主砲の爆風から艦の構造体を防御する為でもあった。
元の大和も爆風対策には苦心していたが、新型の多段燃焼室式滑空砲の威力はその比ではなかった。
ハッキリ言って、今のヤマトには主砲以外の突起物は一切無いと云っても良い。
レーダーでさえ、フェーズドアレイレーダー以外のレーダーアンテナは特殊なドームに包まれて保護されている位だ。
そこで小口径の対空システムは搭載されていない。
とは言え現代戦に於いて対空砲のない護衛艦など石の狸と変わりない為に、このヤマトが搭載第1号となる新型の対空システムが開発されていた。
それは艦体埋め込み式のレーザー砲である。
特徴的なのはレーザー発信器が口径で示される丸ではなく縦横長で示される長方形である事だろう。
これを長方向に並べて交互に撃ち出すパルスレーザーとして使用する。
何故断続的な射撃にするかと言えば、単純に云ってコンデンサーのエネルギー容量と充電時間の制約による物だ。
レーザー発信器の後ろに複数のコンデンサーが用意されているが、それでも連続で射撃するにはまだ足りなかった。
その為奇数番と偶数番の発信器を交互に使用する事により面として連続したレーザー光線が発射出来るのだ。
これはレーザー発信器の前に備えられた電磁偏光器によって制限はあるが上下左右に振る事が出来、その有効射撃界に入ったあらゆる対象物を焼き尽くすのである。
因みに、この時のレーザー光線を肉眼で見るとカーテンの様な帯状の光が空に投射されているのだが、カメラで撮影した物を見るとコマ落ちによってまるでチェッカーフラグの様な格子状の模様が見える事になる。
さて、性能を上げる為とは言え、ここまで大改造されさっぱりしてしまった艦ではハッキリ言って元の大和に比べて見栄えがしないのは確かだ。
あの美しいパゴタマストが特徴の日本軍艦史上もっとも格好いい姿が懐かしく思われる方も多いだろうが、そこはご安心。
実は呉では大和の建造に先立って実物大のモックアップが作られていた事が知られているが、呉の海軍博物館特設展示場にはその実物大1/1スケールの戦艦大和の木造模型が展示されているのだ。
現在密かに大阪のUSJと並ぶ人気スポットとなっているらしい。もちろんお土産は大和煎餅で決まりだ。